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 モンスターハンター・ゼロ3
       「贄の剣」(にえのつるぎ)


 クエスト1 「血涙は大地を濡らす」
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 朝から空気は重くよどんでいた。村長の家の座敷に十数名の男女が座っている。右手にはスザク村の重鎮たち、左手には親族の代表が並んでいる。いつもなら重鎮の先頭に座るべき老婆の村長は、今日ばかりは親族代表の先頭に座っている。正面の上座には向かって右から、半身の不自由な老人、大怪我をした男、そして、七つになったばかりの愛くるしい少女が座っていた。もし少女が大人へ成長したら、きっと美しい娘になったに違いない。上座の三人は、木綿で作った薄手の白い羽織を掛けている。三人の前には質素だが心づくしの膳が置かれていた。陰膳だ。老人は涙を流しながら黙々と喰らっている。中央の男は料理にはあまり口を付けず、傷の痛みを消すように黙々と酒を飲んでいる。そして少女は、うつろに自分の膳を見詰めながら悲しい笑みを浮かべていた。
「どうした、リン。村長がお前のために作った膳だ。遠慮せずお食べ」
 重鎮のひとりが少女に勧める。リンはそっと村長の顔を見た。村長は悲しそうにリンを見詰めている。今日は送りの儀。口減らしのために三人をモンスター溢れる森へと送る日だ。
 スザク村は火の山アガラバザルの麓に位置する貧しい村だ。温暖な地方でありながら、アガラバザルから噴き出す噴煙によって陽の光は弱く、狭い土地から得られる作物は小さくやせ細っていた。恵みの少ない土地ゆえ草食獣の数も限られ、それを喰らう肉食獣の数もそれほど多いわけではない。スザク村の周囲には防壁となる地の利も少なかったが、痩せた土地である事が皮肉にも村を守っていた。モンスターの縄張りを避け耕作や採取に使える土地は村の周辺に限られ、養える村の人口も自ずと制限されている。そして今、新たな口減らしの対象として、上座に座る三人が選ばれたのだ。送りの儀。それは実質的な葬式だ。モンスター溢れる森に分け入り、自らの足で新天地を目指す。だが実際に新天地へと辿り着いた者は皆無と言ってよい。
 モンスターハンター全盛期の今日よりおよそ二百年前の暗黒期、スザク村のような口減らしの風習はごく当たり前に行われていた。大きな街が近隣にあれば、奉公や里子などで命だけは繋ぐことが出来る。それが出来ない土地では、出産を制限したり、廃老のような風習で村を維持するほか無かった。凶暴なモンスター相手に人類はまともな対抗手段を持たず、身を隠し、少ない食料を分け合い、飢えに耐え忍びながら生き続けるしかなかったのだ。
 親族は沈痛の面持ちで俯いている。老人の息子夫婦、男の父、そして村長。村長はリンの祖母であった。村長も、そしてリン自身も、この日が来ることを理解していた。リンはまよい子として生まれた。一度は口減らしに会わずにすんだ身ゆえに、その時が来たら自分に番が回ってくる。そしてその時がついに来たのだ。リンは祖母に精一杯に微笑むと、美味しそうに膳の料理を食べ始めた。
「東の森に、イーオスの群さえ住み着かなければ!」
 重鎮の一人が悔しそうに呟いた。イーオスは二足歩行する朱色のトカゲ風モンスターだ。小型モンスターに分類されるが、身長は人間より大きく、飛び掛かられ噛み付かれれば只では済まない。同様な鳥竜種のランポスより力も強く、群れをつくって行動し、口から毒を吐きかけて獲物を狩る。以前は村の東にある森には、イーオスは滅多に現れなかった。本来イーオスの縄張りはアガラバザル山の山中にあったのだが、ここひと月程の間に山を下り進出してきたのだ。東の森での採取が出来なくなり、村人たちは群れを追い払おうと試みた。だがイーオスの群相手にそれは叶わず、多くの死者、怪我人を出した挙げ句、東の森からの恵みを放棄せざるを得なくなったのだ。
 最後の食事が終わり、重鎮たちが頷く。
「では、参ろう」
 列席者は未練を残し立ち上がり、鉛の足取りで座敷を出た。玄関の土間には、黒装束に身を包んだ男が七人、無言で座っていた。顔は黒頭巾で隠されている。彼らは送りの執行者で、誰が選ばれたのか一切秘密にされる。黒装束の男達は音を立てずに立ち上がると、送りの儀の列席者を取り囲み先導した。村はシンと静まり返っていた。家々は堅く戸を閉ざしている。送られる者を見ることは禁忌とされているのだ。村の出口まで来ると、村長を除く親族は皆そこで立ち止まった。親族の送りはここまでとなる。残る者たちは無言で村の門を出ると、そのまま振り返ることなく村を後にした。
 村の西にある林に分け入る。程なく林は途切れ視界が開ける。スザク村の西側には、南北に巨大な断崖が続いていた。眼下には見渡す限りに広大な密林が拡がっている。百メートルを超える垂直な崖は、粘土質と黒曜石の地層が折り重なり、大型モンスターと言えど登ることは出来ない。崖の前まで来ると、村長は送る三人の前に立った。
「愚かな我を恨んでくれ。どうか皆息災で」
 そう告げると懐から小さな紙包みを三つ取りだした。一つずつ手渡していく。
「苦しゅうなったら、これを呑め」
 村長はそれ以上は告げなかった。紙包みの中には黒い丸薬が入っている。村長が下がると、黒装束の男達が籠の用意を始めた。ツタを編んだ籠で、送りの者たちを崖の下まで降ろすのだ。二人ひと組となって籠から伸びるロープを持つ。
「嫌じゃ、嫌じゃ!」
 突然老人が逃げだそうとした。黒装束の男達は老人を取り押さえ、籠の中へ押し込んだ。入り口を固く結び閉じ込める。巻き添えを食わぬよう慎重に籠を崖から降ろしていく。目も眩む高さに、老人は泣きながら恐れおののき身を縮めた。二つ目の籠を用意する。大怪我をした男は黙って自ら籠に入った。黒装束の男が籠の口を閉じる。黒装束の男は掟を破り言葉を発した。
「うぅっ……すまねえ、すまねえ!」
 送られる男は目を伏せると、小さく首を横に振った。男の籠もゆっくりと崖の下へと降ろされていく。そしていよいよリンの番だ。気丈にもリンは自ら籠の前に立った。中へ入る前に村長の方へと向き直った。
「お婆様、お世話になりました」
 深々とお辞儀をする。村長は悲しそうにじっとリンを見詰めていた。傍にいた重鎮のひとりがうかつな言葉を口にした。
「そういえば、リクは?」
「しっ!」
 横にいた者が慌てて制した。リンと村長の表情がピクリと震える。リンは悲しそうに微笑むと、籠の中へと入っていった。リンの籠がゆっくり崖から降ろされる。不思議と恐怖はない。もうスザク村へは帰れない。リンは虚ろな瞳で迫る密林を見つめた。
 老人の籠が最初に崖下の地面に着いた。つり下げていたツタのロープが緩むと、程なくロープが丸ごと落ちてきた。黒装束の男達がロープを放したのだ。ロープの支えを失い、巾着のように閉じていた籠の上部が緩む。老人は慌ててそこから這い出すと辺りをキョロキョロと見回した。今のところ、モンスターの姿は無い。下へ降ろされれば、もはや西を目指すしか術はない。長く巨大な崖は迂回することも難しく、例え迂回できたとしてももはや村へは戻れない。老人は男やリンが降ろされるのを待たず、足を引きずりながら逃げるように密林の中へと入っていった。男の籠が地面に届く。男は籠から出るとリンの籠を見上げた。リンの籠も地面に着いた。中から出るのを手伝ってやる。
「ありがとう」
 リンは礼を述べると崖の上を見上げた。ここからでは村長は見えない。西を目指すしかない。それが自分の運命だ。リンと大怪我をした男も老人の後を追うように密林へ足を踏み入れた。だが男は先を急ぐでもなく、何かを探している。巨木の洞を見つけると、ひとりでその中へ腰掛けてしまった。リンが戸惑っていると男があきらめた笑みで言葉を掛けた。
「西へ行け、リン。この怪我では先へ進めない。俺はここまでだ。リン、生き延びろ!」
 男がリンを追い払う。迷いながらリンは歩き始めた。少し歩き、男が気になり振り返った。男は洞に体を預け動かない。口から血が流れている。丸薬を飲んだのだ。リンは後ずさると、足早に密林の奥へと入って行った。
 辺りにはモンスターの声が響いている。七歳の少女に密林の横断など不可能だ。しかもリンは、もともと体が丈夫な方ではない。モンスターに見つかれば一巻の終わりだ。突然、前方から悲鳴が聞こえた。先に進んだ老人だ。モンスターの咆哮が轟き、木々をなぎ倒す音がする。断末魔の叫びが響き、直ぐに静寂へと変わった。リンの足がすくむ。だがそれでも、自分は西へと進むしかない。リンはモンスターのいる辺りを大きく迂回するため、進む方向を変えた。
 モンスターの気配を探りながら慎重に進む。幼い足では進む距離もしれているが、小さいことがモンスターから身を隠す役に立った。既に太陽は真上に差し掛かっている。リンは食べられる野草を摘み、口にしながら先を急いだ。祖母の手伝いをしてきたことが身を助けた。リンは祖母と過ごした日々を思いだしていた。体の弱いリンには、村人と共に野山を駆け巡り山菜や木の実を集めることはできなかった。リンは村長と一緒に村人たちが集めてきた山菜を分別し、加工する仕事を手伝った。
「これ、リク! 毒草を摘んでくる奴があるか! 食べられる草も見分けられんとは。少しはリンを見習え」
「葉っぱなんて見分けられねぇよ。俺は大きくなったらモンスターを狩るんだ!」
 日に焼けた浅黒い顔でリクが悪態をつく。祖母は溜息を吐き、リンは楽しそうに笑った。
 リクはリンのたったひとりの兄妹だ。まよい子として口減らしを逃れたリンは、村ではいつも肩身が狭かった。そんなリンをリクは守り、大人に混じってリンの分まで働いた。
「気にするな、リン! リンだって、立派に村の役に立ってんだ!」
 幼いふたりは村人がリンに向ける視線を誰よりも敏感に感じ取っていた。村の大人たちは、子供たちをリンと遊ばせようとはしなかった。いつ口減らしとなるか分からぬリンと親しくさせたくなかったのだ。リクはリンに一番近い場所で、リンの辛さを誰よりも感じていた。リクは自分に降りかかる辛いことはどんなことでも耐え、たったひとりの味方としてリンのために戦った。リンを守るためなら例え年上の相手だろうとケンカを売り、相手が音を上げるまでやめなかった。リクの体中には生傷が絶えなかったが、リクはいつもリンに笑顔を向けていた。
「リク……」
 ここにはもうリクはいない。リンはリクと遊んだ楽しい日々を思いだしていた。リンは歌が上手かった。リクはリンの歌を、ニコニコしながら聴いていた。リンはリクが好きだった歌を口ずさみながら、密林を西へと歩き続けた。

「くそう。やはり昨日のあの丘で道を間違えたんだな」
 軽装の甲冑を着た若い男が、深い密林の中を東へと歩いていた。男は腰に片手で扱える剣を下げ、左腕には丸い丈夫な盾を付けている。そして甲冑の左胸には、斜め十字に区切られた四つの模様を持つクロスの紋章が描かれていた。若者は逞しい戦士の出で立ちをしてはいるが、とりわけ大男というわけではない。顔はむしろさわやかな印象さえある好青年だ。若者は歩きながら地図を取りだした。地図とは言っても正確に測量された物ではない。地形の特徴を大雑把に描いた程度の落書きのような地図だ。密林の中では樹木に遮られ遠くを見渡すことは出来ない。梢の隙間から空を見上げる。雲とは違うもやがゆっくりと流れ、日差しを遮り始めていた。
「あれは火山の噴煙か? アガラバザル山の物だとすると、だいぶ北に道を外れちまったことになるが」
 辺りにはモンスターの声が響いている。だが男は全く動じていない。モンスター溢れる大自然でのサバイバル技術は、文字通り死にかけるまで体に叩き込まれていた。若者は大型モンスターの気配を正確に捉え、戦闘を最小限に抑えながら東を目指した。
「弱ったな……迂闊に進路を変えるのは危険すぎる。とにかくこの長い崖にぶつかるまで進んでみるか」
 地図には南北に走る巨大な崖の線が描かれている。
「ん? 何だ?」
 若者は急に立ち止まった。目を閉じじっと耳を澄ます。
「歌……子供の声だ!」
 鍛え抜かれた聴力の分解能は常人の比ではない。若者はまるで平地を進むように密林の中を声の方角へと走った。
「キャ――ッ!」
 歌が悲鳴に変わる。小型モンスターの気配。若者は更に速度を上げた。
「イヤ――ッ!」
 リンは必死に逃げた。三頭の青いトカゲ風の鳥竜種、ランポスがリンを追いかけていた。三頭は包囲するように追跡した。七歳の少女の足では到底逃げることは出来ない。小さな広場へ飛び出すと、一頭が行く手を遮り、二頭が逃げ道を塞いだ。逃げ場を失ったリンに、ランポスがジリジリと包囲の輪を縮める。正面の一頭が牙を剥きリンに襲い掛かろうとしたまさにその瞬間、ランポスの背後から甲冑の若者が躍りかかった。
「セイッ!」
 抜刀しながら飛び掛かり、ランポスの脳天を叩き割る。そのまま走り抜け右手のもう一頭を切り上げ、更に向きを変えリンを襲おうとした三頭目の頭に丈夫な盾をぶちかました。
「隠れろ!」
 若者はリンを逃がすと、傷付いたランポスに襲い掛かり次々と仕留めていった。若者は反撃を全く喰らうことなく、身の丈を越える三頭の鳥竜をあっという間に討伐した。
「よし!」
 若者は脅威が去ったことを確かめると、片手剣を鞘に収め少女を呼んだ。
「もう大丈夫だ。出てきていいぞ」
「あ、ありがとう!」
 茂みの陰からリンが出てくる。若者はリンの姿に息を呑んだ。こんな場所で白い羽織を羽織っている。死に装束だ。若者はリンの身の上を洞察すると、力強く近付き白い羽織りに手を掛けた。
「この羽織は脱いだ方がいい。モンスターに見つけてくれと言ってるようなものだ」
 若者はリンの白い羽織を脱がすと、丸めて力一杯放り投げた。この少女は口減らしのために密林に捨てられた子供だ。若者の心に決意の炎が燃える。こんな時代は、俺たちギルドナイツが必ず終わらせてやる!
 若者はリンの前にしゃがむと笑顔で尋ねた。
「俺の名はレブン。ハンターズギルドという組織から来た者だ。君はザダム村から来たのか?」
 リンは首を横に振った。
「わたし、リン。スザク村から来たの」
「スザク村?」
 レブンは地図を取り出しリンに見せた。南北に延びる長い崖。その崖の上に小さな村の印がある。リンはそれを指差した。
「なんてこった。随分北寄りに来ちまったんだな」
 レブンが目指すザダム村はその崖の南の端を更に東に行った場所にある。火の山アガラバザルの南にあり、一方スザク村は西の麓にあった。
「さてと弱ったぞ。ここからだとザダム村はだいぶ遠いな」
 その時、リンが予想もしない事実を告げた。
「ザダム村はもう無いのよ」
 驚いたレブンはリンに尋ねた。リンの話では、ザダム村はひと月程前のある夜、謎のモンスターに襲撃され、たった一夜で住人諸共滅ぼされてしまったという。レブンは愕然とした。ザダム村はアガラバザル山の豊富な鉱石を採掘する鉱山町で、この地方の中核となる活気溢れる町だと聞いていた。レブンはハンターズギルドの先遣としてザダム村を視察し、交渉する任務を帯びていたのだ。レブンはひとつ溜め息を吐くと直ぐに決断した。こんな密林の真ん中で悠長に思案する暇はない。
「仕方がない。スザク村へ行こう。案内してくれるかい?」
 リンは身を縮め困った表情を浮かべた。
「あの……わたし……」
 レブンはリンの唇に指をあて、言葉を遮った。
「分かっている。俺から村長に村に戻れるよう頼んでやる。どうしてもダメなら、俺が責任を持って君を安全な町まで送り届けよう。だから安心しろ」
 レブンの言葉にリンは笑顔を取り戻した。レブンは笑顔で頷くと、リンを軽々と担ぎ上げ肩に乗せた。
「よし。それじゃ、スザク村へ行くぞ!」
 レブンは力強い足取りで再び東へと進んだ。

 レブンは南北に延びる崖の下に辿り着いた。断層によって出来た崖は険しく、とても登れそうにない。レブンは崖に沿って南下した。少しずつ崖の高さが下がってきた。
「ここから登れそうだな」
 崖の上からツタが降りている場所があった。レブンはツタの強さが充分あることを確認すると、リンを背負い易々と高い崖を登った。崖の上に着きリンを降ろす。北へ進路を変えると、程なく獣道のような街道に出た。ここまで来ればスザク村はもうすぐだ。だがリンの足取りは逆に重くなった。送られた者が村へ帰ることは許されないのだ。レブンは辺りを見回し、茂みの向こうに気配を捉えた。
「やはり帰り辛いか。だったら手土産ぐらいは必要だな」
 レブンはリンを低木の陰に手招きした。葉の隙間から向こうを覗くと、大猪のブルファンゴが二頭、地面に生えた草を食べている。レブンはリンをその場へ残すと片手剣を抜き、音も無く背後からブルファンゴに接近した。一頭の真横へ回り、太い首に素早い連撃を加えた。一頭目が為す術無く倒されると、もう一頭が突進してきた。レブンはジャンプして一太刀浴びせると、続けざまに斬りつけとどめを刺した。
「すごい、すごい!」
 リンが笑顔で駆け寄ってくる。レブンは簡単な血抜き処理をしながら笑顔で告げた。
「こいつを土産に持って行こう」

 スザク村の広場では騒ぎが起こっていた。
「ババア! よくもリンを捨てたな!」
 リクは祖母に向かって大声で怒鳴った。送りの儀が執り行われる間、村長はリクを遠ざけるため、村人の鉱石掘りに同行させたのだ。村に戻ったリクは、リンがいなくなったことを知り、暴れ出したのだ。
「これ、リク! 村長に何という口をきくか!」
「お前に別れを見せまいと採掘に出したのじゃ。村長のお気持ちが分からんか!」
 村の重鎮たちがリクを諫める。だがリクの怒りは治まらない。
「分かるか、ちきしょう! オレはリンを助けるんだ!」
 リクはリンを追うため村を飛び出そうと走り出した。大人たちは慌ててリクを捕まえようとした。
「バカを言うでない! もう何時間経ったと思っておる!」
「皆! リクを捕まえるんじゃ!」
 リクはネズミのようにすばしこく逃げ回ったが、とうとう大人三人がかりで取り押さえられた。地面に這いつくばるリクは憤怒の叫びを上げた。
「ちきしょう、放せ! リン!! リ――ン!!!」
 リクの視界に村の出口が見える。その向こうから、大小ふたつの人影が歩いてきた。リクは目を見開き、小さい人影に釘付けになった。村人たちも人影に気付きざわめき出す。甲冑を着た逞しい若者が、右肩に身の丈ほどの大猪を軽々と担ぎ、左手にもう一頭の足を掴んで引きずりながら近付いてくる。そしてその若者の陰に隠れるようにリンが帰ってきたのだ。
 レブンはスザク村の門を通ると広場の中央へ進んだ。村人たちは後ずさり道を空ける。レブンは笑顔で周囲を見渡すと、通る声で話した。
「わたしはハンターズギルドのレブン。スザク村の村長にお会いしたい!」
 村人の間から老婆の村長が進み出た。
「わしが、このスザク村の村長じゃ」
 村長はレブンを見上げた。レブンも澄んだ瞳で村長の目を見た。
「つまらん物ですが手土産です。どうぞお納め下さい」
 レブンは二頭のブルファンゴを傍らへ放り投げた。地響きを立て大猪が転がる。村人たちが騒然となる。村でも時々男衆が総出でブルファンゴを狩るが、暴れ者の大猪を捕まえるのは容易ではなく、怪我人が出ることも珍しくなかった。それを二頭も、まるで瓜でも取ってきたかのように差し出したのだ。
 リクは押さえ付ける大人たちの下から抜け出しリンに駆け寄った。
「リン! リン! よかった! 無事だったんだな!」
「リク……」
 リクはリンが怪我ひとつしていないことを確かめ、飛び跳ねて喜んだ。レブンの大きな手を掴み、嬉しそうに見上げた。
「にいちゃんが助けてくれたのか! ありがとう! すげえな、にいちゃん! すげえ、つええんだな!!」
 リクは嬉しすぎて、まだ飛び跳ねている。レブンはリクという少年とリンを見比べ驚いていた。
『このふたり、双子か! よく揃ってここまで育てられたものだ……』
 貧しい地方においては、双子がそのまま育てられることは少ない。片方を里子に出したり、川へ流すことさえあった。レブンの生まれ故郷でも、双子は分ける掟になっている。村長はレブンに話し掛けた。
「遠路お疲れのことじゃろう。参られよ」
 村長はレブンを家へと招いた。村の重鎮たちも後に続く。リンは少し不安な表情を浮かべ、ギュッとレブンに掴まった。レブンはリンの頭に優しくポンと大きな手を乗せ微笑んだ。
「さて、行くぞ」
 レブンはリンを伴い村長たちの後に続いた。リクはハッとすると、慌ててリンの手を握り厳しい表情で同行した。村人たちは声も出さずに、村長たちが家に入っていくのを見守っている。レブンは真剣な表情のリンとリクを見ると気持ちを引き締めた。
『それじゃあ、ギルドナイツの仕事を始めるか』

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