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 モンスターハンター・ゼロ3 「贄の剣」(にえのつるぎ)

 クエスト2 「ギルドナイツ、走る」
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 村長の家の座敷に、村長以下スザク村重鎮とギルドナイト・レブンが対峙するように座っている。レブンの右にはリンが不安な表情で俯き、更にその隣には今にも食って掛からんばかりにリンの双子の兄リクが片膝を立てて座っている。
 末席の重鎮が一人ひとりに茶を出していく。茶とは言っても本物ではない。スザク村のような貧しい村では茶葉を育てる余裕も購入する余力もない。そういった村では客を持て成すせめてもの飲料として、野生の香草の葉肉を潰し湯に浸した物を代用することが多い。スザク村で用いる香草は笹の葉のように長く、湯飲みに立てかけるように浸されている。レブンは右手の人差し指で香草を押さえるように片手で湯飲みを持つと、ゆっくり味わうように口に含んだ。さわやかな香りと品の良い苦みがあり、上品な味がする。レブンが湯飲みを置くと、村長がゆっくりと切り出した。
「レブン殿。リンを救ってくれたこと、まずは礼を言う。じゃが、リンは既に村を去った者での。この村に戻ることは出来ぬのじゃ」
 祖母である村長の言葉を聞き、リクは怒鳴り返そうと立ち上がろうとした。だがいつの間にか伸ばされたレブンの手がリクのおでこを押さえていた。
「うわぁ!」
 リクは立ち上がりそこなり、勢い余って真後ろに転がった。起き上がったリクがレブンを見ると、レブンはうっすらと笑みを浮かべながらリクの目を睨んでいた。
『お前は静かにしていろ』
 力強い視線がそう告げていた。リクは憤まんやるかたなく自分の席に戻り胡座をかいた。重鎮たちが言葉を足した。
「察しておるやもしれぬが、このスザク村は貧しい村でな。昨今、東の森を鳥竜に奪われ、食糧の確保もいよいよ厳しくなっているのじゃ」
「村民百四十二名、東の森の収穫無しでは年を越せるかどうか……」
 レブンは動じることなく話を聞いていると、一口茶をすすり口を開いた。
「南の街道を歩いてきましたが、なるほどこの規模の村を維持するには使える土地が狭いようです。東の森の話はリンから聞きました。イーオスの群れを追い払わぬ限り、口減らしをするしか村が存続する術は無いでしょう」
 それを聞きリクは食い入るように尋ねた。
「にいちゃんなら群れを追い払えるか? あの紅トカゲどもをやっつけられるか?」
「イーオスの群れか? 調べてみる必要はあるが、たぶん駆除できるだろう。だが、駆除するだけでは駄目だ。鳥竜どもは自分たちの縄張りにフンなどで臭いを残しマーキングする。臭いを消すか、群れを一匹残らず殺さない限り、奴らは数を増やして再び現れる。縄張りは更に広がりこの村に接近してくるだろう」
 レブンは平然と答えた。村長たちがどよめく。だが次にレブンが発した言葉は、一同を更に驚かせた。
「案ずるには及びません。ハンターズギルドのノウハウを持ってすれば、鳥竜どもの脅威を退ける事ができます。わたしが見た所、この村の採取エリアは少なくとも今の倍以上にはなるはずです」
 一同騒然となる。村長は代表してレブンに尋ねた。
「そんな事が可能なのか? ハンターズギルドとはいったい……」
 レブンは穏やかな表情で村長を見ると堂々と告げた。
「申し遅れました。ハンターズギルドはモンスターに対抗し駆逐することを目的とした団体です。わたしは、ハンターズギルドのノウハウをザダム村へ伝え、この地域の対モンスターの拠点とする任務を帯びてこの地へ来ました。しかし一足遅くザダム村は失われてしまった。こうなった以上、せめてこのスザク村だけでもモンスターへの備えを強化して戴きたい。ハンターズギルドでは日夜モンスターに対抗するための技術や討伐するための武器、防具の研究を続けています。わたしは、各地を巡り技術を伝え、モンスターの脅威を排除するための実働部隊・ギルドナイツに所属するメンバーです」
 リクは興奮しながら立ち上がりレブンに尋ねた。
「スゲー! にいちゃんはモンスターをやっつけられんのか!?」
「どんな奴でもという訳にはいかないが、対モンスター戦の戦闘訓練は、みっちり叩き込まれている」
 レブンは少しはにかみながら答えた。レブンは再び村長に向き直ると襟を正し、右の拳を座敷の床について告げた。
「ザダム村が失われた以上、ハンターズギルドはスザク村の強化に全面的に協力します。その対価として、この地方の貴重な鉱物資源の交易権を結ばせて戴きたい。交易とハンターズギルドのノウハウによって、スザク村は今よりずっと豊かになるでしょう。もう口減らしなど必要ありません。この子も他の子と同じように、普通に暮らすことが出来ます」
 レブンはリンの頭を優しく撫でた。

 今日、ハンターズギルドは世界中に根を下ろした巨大組織となっている。一般の人々が目にするのは、酒場を兼ねた情報発信用の集会所にいるギルドマスターやギルドマネージャー、受付嬢くらいだが、ハンターズギルドの構成員から見れば彼らはほんの一握りに過ぎない。古龍討伐を想定した撃龍船を数多く装備し、超大型古龍ラオシャンロンの巡行を阻めるほど巨大な砦の建設さえも可能な資金力は、完全に国家のレベルを凌駕している。
 ハンターズギルド創設者のサガは、貿易商としての知識を活かし、各地で対モンスター技術の供与と引き替えに交易権を結び、貿易で得られる豊富な利潤をハンターズギルドの活動原資とした。貿易網は各地からの情報収集に役立ち、ハンターズギルドには多くの有益情報が効率的に集まることとなった。そして、特に設立初期においてその実行部隊として活躍したのがギルドナイツであった。対モンスター用の武器も装備も未成熟だった暗黒期、町を結ぶ街道にもモンスターの出現は日常茶飯事であり、技術を伝えるためにはモンスターハンターとしての力量が必須だったのである。
 モンスターへの復讐心に燃える若者がハンターズギルドの門を叩き、ナザルガザル村へ送られヴォイスの指導の下ハンターとしての技量を磨いた。モンスター相手の実戦訓練の中、志半ばにして命を落とす者も少なくなかった。だがそれでも、厳しい訓練に耐え一人前のハンターとなった者たちは、ギルドナイトとなって世界各地のモンスターに苦しむ人々を救済して歩いたのである。レブンもまた、そんな初期のメンバーのひとりだった。
 なお今日においては、ハンターズギルドとは契約という形を取るフリーのハンター、所謂モンスターハンターが登場し、ハンターズギルド傘下のギルドナイツの役割はだいぶ様変わりしている。貿易網によって戦力、財力ともに強大となったハンターズギルドもまた、各国家に対して影響力を行使できるほどのグローバル組織へと変貌を遂げており、その姿はまるで世界を束ねる連邦政府のような様相を呈している。かつて世界統一には興味を示さなかったサガの意向は、皮肉にも真逆の実を結ぶこととなったのだが、その話はまた別の機会に語られるべきであろう。

 レブンは背嚢から書類挟みと握り拳大の革袋を取りだした。書類挟みの綴じ紐を解き、中から一枚の押し花シートを取り出す。そこには見慣れぬ青い茎を持つ野草が貼り付けられていた。
「皆さんはこの草をご存じですか?」
 シートを差し出し村長たちに見せる。リクとリンも近付いて覗き込んだ。この辺りでは見たことがない草だ。レブンは説明を始めた。
「これはゲッコウカイショウというハーブです。繁殖力も強く、乾燥した土地や寒い地方でも育てることが出来ます。そして最大の特長は、草食獣たちがこの草を嫌う所にあります。もちろん食べることはありません。この草が生えていると、ケルビやアプトノスはそこから先へは進もうとしません。青い茎の部分には樹脂が染み出し、その樹脂が足に付くことを嫌うのです。我々ハンターズギルドでは、この草を結界草と呼んでいます」
「結界草?」
 一同が問いかける。レブンはしっかりと頷いた。
「土塁を築き、その斜面にこの結界草を植えると、草食獣はそこから先へは進入しません。草食獣が寄りつかなければ、彼らを餌とするランポスなど肉食獣の群れも寄りつかなくなる。肉食獣の縄張りは後退し、我々は安全に、より広大な土地を利用できるようになります」
 結界草、正式名ゲッコウカイショウは、ギルド創設者のサガが諸国を放浪した際に偶然発見した植物である。結界草によるモンスターの隔離は、特に初期のハンターズギルドにとって重要な戦略のひとつであった。人類がまだモンスターに対抗する力を持たなかった暗黒期、世界中で多くの人々がモンスターの餌食となり命を落としていた。しかしその半数以上は、大型モンスターでは無く、ランポスなど小型モンスターによる被害だった。特に数十頭からなる大きな群れに蹂躙され、村ごと全滅してしまうケースも少なくなかった。研究者の話では、もしランポスが鳥竜の名の通り空を飛ぶことが出来たとしたら、人類はとっくに絶滅していたであろうと言われている。モンスターハンター全盛期となった今日では、村の近辺に鳥竜の類いが現れることはあっても、村そのものが襲われることはほとんど無い。その陰には、ハンターズギルドが二百年の歳月をかけて築き上げてきた生きるための知恵が活かされているのだ。
「無論、結界草も万能ではありません。無闇に小型モンスターを遠ざけても、飛竜などがそこを営巣地にしてしまう場合もある。結界草の配置は、地形を考慮し慎重に行う必要があります。村周辺の出来るだけ正確な地図を用意して下さい。わたしが巡回し、栽培場所を検討します」
 レブンは結界草の栽培方法を説明すると、続いて、ハンターが用いるアイテムや装備についても紹介した。様々な必要物資の調達、装備作りへの協力を要請した。
 救世主が現れたのだ。一同はレブンに希望の光を見いだした。

 重鎮たちは種子の入った革袋を大切に受け取ると、早速村人たちに指示するために座敷から出て行った。後には村長とレブン、そして、リンとリクだけが残った。リンは立ち上がるとお茶を入れ直し皆に配った。ちょこんと祖母のそばに座ると、村長はじっとリンを見た。村長の瞳からせきを切ったようにポロポロと大粒の涙が流れた。村長は涙を流しながらレブンを見ると、額を座敷の床にこすりつけて礼を述べた。
「レブン殿、ほんによくぞリンを救ってくれ申した。この婆にはお礼の言葉も無い」
「村長、どうかお手をお上げください。わたしももし密林でこの子と出会わなければ、瓦礫となったザダム村で、任務も果たせず途方に暮れたことでしょう」
 レブンは改めてリンとリクの顔を見比べ、感慨深げに告げた。
「それにしても、よく双子をここまで無事に育てられましたね。食料の豊富な町でさえ、双子を分ける風習は今なお多く見られるというのに」
 村長は涙を拭くと、リンの頭を愛おしそうに撫でた。
「この子たちは生まれたときから手を繋いでいての。無理に離すと、それはもう大声を上げて泣き始めたのじゃ。まるでそれが永遠の別れになると分かるかのようにな。ふたりがあまりに不憫で、わしは掟を破りふたりとも生かすこととしたのじゃ」
 いかに村長の孫とはいえ、掟を破ることは周囲の反感を買う。ふたりの母は産後の肥立ちが悪く、まるでリンの身代わりとなるように命を落とした。そして父もまた、ふたりが三つの歳にモンスターに襲われて命を落とした。リンが生かされたことは、そのまま有耶無耶となったが、狭い村の出来事である。リンが口減らしを逃れたまよい子であることは消せはしない。だが、送りの儀が訪れ、村から追放されて尚、リンは生き延びた。そして、ギルドナイトのレブンをスザク村へ連れてきたのである。
「この子はほんに、運のええ子じゃ」
 村長は涙を浮かべながら、愛しい孫娘の髪を優しく撫でた。

 翌日、村周辺の地図が用意されると、レブンは早速調査に向かった。案内役として、リクとリンも同行した。リクは木の棒に鍛冶屋に作ってもらった刃をくくりつけた自分専用の槍を手にしている。モンスター相手にさしたる効果は無いが、身を守るにはいいだろう。
「しっかりリンを守るんだぞ」
 レブンは笑顔でリクに命じた。
 西の崖沿いに南下し、村の採取エリアの外へ出る。レブンは地図に地形や植生の情報を書き加えながら進んだ。進路を徐々に東に変え、村の南側を調べていく。途中、邪魔になりそうなランポスやジャギィをことごとく討伐していく。今のところ大きな群れには出くわさない。レブンは倒した死体から皮や爪などを剥ぎ取った。
「モンスターの素材は、加工すれば有効な武器になるんだ。後でお前の槍ももっと強くしてやる」
「ホントか、にいちゃん! ヤッター!」
 リクは飛び上がって喜んだ。南側の調査も終わり、そのまま反時計回りに東側へ足を踏み入れる。果樹が花を付けている。収穫の前までには、東の森を奪還しておきたい。東の森の境界を示す巨石の丘が見えてきた。レブンは周囲にモンスターがいない事を確認すると頂上に上がった。リクとリンも後に続く。身を伏せ双眼鏡を取りだし森の様子を窺う。五百メートルほど先に朱色の動く物が見えた。イーオスだ。まだ若い二頭と少し大きな一頭のグループだ。朱色の鱗に覆われた皮膚には大した傷は無く光沢がある。経験の浅い連中だろう。周囲を警戒しながら視界を横切るように歩いている。
「群れの斥候だな。体力はそれ程無さそうだ。大した相手じゃない」
 その時、リンが左手の方を指差した。
「あっちにもいるよ!」
 レブンは双眼鏡を向けた。一回り大きい体格のイーオスが二頭いる。体には細かい傷が無数にあり、鱗の光沢も鈍い。明らかに格上のイーオスだ。どうやら草食獣のアプトノスを仕留めたところらしい。馬面で天を仰ぎ吠えると、仕留めた獲物にかじり付いた。顎の力で牙を食い込ませ、肉を皮ごと引き千切る。満足そうに頬張り呑み込んでいく。
「向こうのは力もありそうだな。あのクラスの個体がいるとなると……」
 レブンがそう呟くと、奥の方からギャーギャーと甲高い声が聞こえた。草むらを突き破り二回りも大きな個体が現れた。二本の脚で豪快に地面を蹴り、獲物を貪る二頭に向かい突進する。馬面の鼻筋には斧を彷彿させるトサカが生えている。群れを束ねるドスイーオスだ。二頭は慌てて獲物から離れた。ドスイーオスはアプトノスを右脚で押さえ二頭を威嚇すると、おもむろに獲物を食べ始めた。ドスイーオスの体には大小数多くの傷があり、筋肉の盛り上がり方も二頭の比ではない。
「やはりいたか」
 レブンは双眼鏡を降ろすとリクに渡した。リクは必死になって双眼鏡を覗いた。
「かなりタフなボスのようだ。これは気を引き締めて掛からんと大怪我をするな」
「レブンにいちゃん、あいつに勝てるか?」
 リクは必死の形相でレブンを見た。レブンはフッと笑った。
「ナザルガザルという村でハンターの訓練を受けてた頃、あいつの毒を喰らって酷い目にあったことがある。油断は禁物だな」
 レブンたちは気付かれぬように丘を降りると、東の森を迂回するように調査を続けた。残る北側のエリアを調べ終える頃には、既に陽も傾いていた。村へ戻り村長の家へと帰る。夕げを済ますと、リクとリンは直ぐにぐっすりと眠った。レブンは村長に調査の成果を話すと、客間に戻り調査した地図を広げた。結界草の配置位置と土塁を作る順番を書き加えていく。地図を完成させながら、レブンは昼間見たドスイーオスを思い出していた。
『鳥竜種の群れが進出して来る場合、普通は経験の浅い若いボスが率いているものだ。だがあいつは違った。明らかに長年群れを率いてきたベテランが、アガラバザルの縄張りを放棄して東の森に移り住んだんだ。つまり、アガラバザル山の山中に、もっと厄介な奴が現れたってことか……』
 イーオスの群れが東の森に降りてきたのがひと月ほど前。丁度同じ頃、本来の目的地だったザダム村も何者かによって滅ぼされた。
「偶然の一致であればいいが……」
 ハンターの勘がざらつく。作業を終えると、レブンは妙な不快感を覚えながら眠りについた。

 翌日からレブンは目の回る忙しさとなった。結界草の苗が育つまでの間、土塁を作る作業を村人たちに指示し、付近で脅威となりそうな小型モンスターを一匹残らず討伐する。村に戻っては、スザク村の狩人や若者に基本的な戦闘訓練を行い、手の取れる者たちにはアイテムの作り方を指導する。
 レブンは手始めにアイテムの基本となる素材玉の作り方を教えた。スザク村では元々、近隣で採掘した鉱石をザダム村へ卸していた。そのため鉱石の類には事欠かない。出来上がった素材玉を元に、村人にも使えるアイテムの作り方を指導する。モンスターから逃げるために、煙幕を張るけむり玉や、目眩ましのための閃光玉を。大型昆虫対策に毒けむり玉を。仲間に危険を知らせるために狼煙玉を。狼煙玉はけむり玉の一種で、着色することも出来る。今日では狩りに用いることこそ無くなったが、集合場所を示したり、救難信号代わりに用いたり、かなりポピュラーなアイテムだ。
 レブンは更に合間を見て鍛冶屋にも足を運んだ。モンスター素材の加工マニュアルを渡し、哨戒中に集めてきたモンスター素材を持ち込む。職人たちはマニュアルを見ながら、モンスター素材のなめし方、加工方法を試行錯誤した。一方では、豊富な鉱石を使い、当座の村の守備固めとして初歩的な対モンスター用武器を量産し、戦闘訓練を受ける者たちに装備させた。今日、村の武具屋を覗くと、対モンスター用の武器としてアイアンソードやハンターナイフが並んでいる。これらもまた、ハンターズギルドが村々に武器製造のノウハウを広めてきた名残である。
 一週間も経つと、村人たちもだいぶ作業に慣れていった。採取にでかける者たちは、万が一の備えとして応急薬やけむり玉を携帯するようになった。戦闘訓練を受ける若者たちも、大振りな対モンスター用の武器にだいぶ慣れ始めた。
「なんだなんだ、そのへっぴり腰は! そんな太刀筋では鱗一枚砕けはしないぞ!」
 レブンは守備隊候補の若者たちを一喝した。余談ではあるが、怪我や年齢的な理由からギルドナイツを退役した者たちの中には、指導者として後進の育成を行う者が少なくなかった。今日各地に赴任している教官たちも、そんな流れを継ぐ者たちである。
 若者たちに混じり、リクも必死に自分の槍を振っていた。槍も防具もリク専用の新品だ。レブンは加工で余ったモンスターの端材を集め、リクのために新調したのだ。所詮は七歳の子供だ。レブンも戦力としては期待していなかったのだが、覚悟の違いだろうか、最近ではだいぶ様になってきた。
『大きくなったら、ちょっとした使い手になるかもしれないな』
 レブンは必死に槍を振るリクを見てフッと笑った。

 結界草の苗も育ち、いよいよ土塁に植える時が来た。今日は三カ所、街道のある村の南側から着手する。土塁ひとつの長さは長くても数十メートル。モンスターの通り道を効果的に塞げば、村をすっぽり囲む必要は無い。高さもせいぜい二メートル程度。草食獣たちが土塁の向こう側を見られなくすれば充分だ。守備隊四名と共に十数名の村人を引き連れ土塁に向かう。結界として機能させるには一気に植える必要がある。そのための大人数だが、同時に最も危険な作業でもある。ランポスなどは事前に駆除したとは言え、ここはモンスターの縄張りの中なのだ。
 ひとつ目、二つ目の土塁に結界草を植える。三つ目の土塁に取りかかった時のことだった。作業を手伝っていたリンは、突然何かの気配を感じると、土塁の上によじ登った。耳を澄まし、緊張した顔でじっと南の方角を見渡す。
「どうしたの、リンちゃん」
 苗を植えていた村の女がリンを見上げた。突然リンは一点を見据え、指差した。
「あっち! モンスターが来るよ!」
 リンの叫びを聞き、作業をしていた村人たちは慌てて作業を切り上げ、土塁の裏側へと走った。守備隊は辺りを警戒しながら村人を誘導した。レブンはリンの指差した方角へ走り抜刀した。リクが加勢しようと後を追う。レブンは一瞬振り向き怒鳴った。
「お前は隠れていろ!」
 慌てて止まったリクは、渋々土塁の裏へと走った。
「リン! アンタも降りな!」
 村人が手を取りリンを土塁の裏側へ降ろす。村人たちは息を潜めた。これだけ大勢となれば目立つのも仕方がない。肉食獣にとっては恰好の獲物だ。
 突然、狼のような遠吠えが響いた。キャンキャンと何頭もの犬のような声が迫ってくる。レブンは舌打ちした。ベージュの影が茂みから飛び出した。レブンは計ったようにタイミングを合わせ、一匹目の相手を袈裟斬りにした。犬のような小型モンスターが血を噴き地面に叩き付けられた。鳥竜種のジャギィだ。次々と茂みから躍り出る。一頭の力は弱いが、数が多いのは不味い。彼らは数を力とするタイプのモンスターだ。レブンは群れを土塁に近付けぬよう必死に応戦した。
「かかってこい、雑魚ども!」
 レブンは土塁に注意を向けさせぬよう大声を張り上げ挑発した。十頭以上のジャギィがレブンを取り囲み跳ね回る。レブンは必死に剣を振るった。だが、一頭、また一頭と土塁の陰に隠れている人間の臭いに気が付きだす。土塁に向かい走り出した。
「待て!」
 レブンが追おうとしたその瞬間、背後から大きな影が体当たりしてきた。鍛え抜かれたハンターの習性が、思考よりも早く反応し盾で身を守った。衝撃を吸収しつつ体ごと弾かれた。
「チイッ、出たか!」
 ジャギィの群れを率いるドスジャギィだ。扇のような耳が襟巻き状に目立つ大型個体で、せいぜい大型犬程度のジャギィに比べ馬を越えるほどの体格を持つ。前脚は退化しひっかき程度の攻撃しか出来ないのは鳥竜種として共通だが、がっしりした体格から繰り出される体当たりや尻尾攻撃は、村人が喰らえば一溜まりもない。
「ここで止める!」
 ギルドナイトにとって、ドスジャギィは難しい相手だった。迂闊にボスを殺すと群れの統制が無くなり、かえって住民の被害が拡大する場合がある。群れを率いるモンスターから如何にして人々を守るか。奴らの相手をするくらいなら、リオレウスの相手でもした方がましだ。この当時の多くのギルドナイトが、そう言い残している。彼らの背負っているものは余りにも重い。
 レブンは群れを引きつけるように回避すると、ふわりと閃光玉を放った。激しい光にモンスターたちが目眩を起こす。レブンはジャギィを巻き込みながらドスジャギィに攻撃を加えた。洗練された立ち回りだ。ナザルガザルのハンター育成訓練は伊達ではない。だがそれでも、総てのジャギィを止めることは出来ない。数頭のジャギィが土塁に迫る。土塁の左右から守備隊が飛び出した。村人を、結界草を荒らされる訳にはいかない。実戦に不慣れながらも守備隊は勇敢に戦った。
 一頭のジャギィが土塁を駆け上がりジャンプし、隠れる村人を飛び越え背後に着地した。村人たちが悲鳴を上げる。振り向いたジャギィが村人に飛び掛かろうとした。その時、リンがジャギィの前に毒けむり玉を叩き付けた。紫のけむりが上がり、ジャギィがまともに突っ込んだ。毒を吸い込み、仰け反って怯む。
「この野郎!」
 リクが全身を使って思い切り槍を振り下ろした。矛先がジャギィの胸を切り裂いた。弾き飛ばされたジャギィが身をよじり起き上がる。次の瞬間、突進したリクの槍がジャギィの口に飛び込み、そのまま後頭部まで貫いた。ジャギィは断末魔の声を上げると、ぐったりと力尽き動かなくなった。
「やった!」
 リクは初めてモンスターを倒した。
「セイッ!」
 レブンの目にも留まらぬ連撃がドスジャギィを斬り裂いた。体は血に染まり、襟巻きのような耳は見るも無惨に千切れている。ドスジャギィの巨体が地面に転がった。がら空きになった腹部に更に追い打ちを加える。ドスジャギィはやっとの思いで起き上がった。既に虫の息だ。ドスジャギィは一声吠えると、くるりと後ろを向いて脚を引きずりながら逃げ出した。手下のジャギィたちも襲撃を諦め、慌ててボスの後を追って敗走する。レブンはそれ以上追撃せず、総てのジャギィが引き上げたことを確かめ大きく安堵の溜息を吐いた。土塁に静寂が訪れた。村人たちが恐る恐る土塁の陰から出てくる。リクとリンがレブンの元へ走ってくる。
「レブンにいちゃん!」
 レブンはふたりに汗の光る笑顔を向けた。危機は去った。守備隊と数人の村人が負傷したが、皆たいした傷ではない。ジャギィの群れを撃退し、結界の土塁を守りきったのだ。村人たちの顔には笑顔が溢れていた。

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