TOP メニュー 目次

 モンスターハンター・ゼロ3 「贄の剣」(にえのつるぎ)

 クエスト6 「贄の剣となりて」
前へ

 どこをどう逃げ帰ったのか。レブンはスザク村に辿り着いた。リンを抱きかかえ村長の家に向かう。村人たちが悲痛な表情で集まってくる。レブンの甲冑は至る所が焼け焦げ、腰に下げた片手剣は折れていないのが不思議なほどボロボロに痛んでいる。そして抱きかかえられたリンに至っては、胸がぐちゃぐちゃに焼けただれ、ぐったりと意識を失っている。アガラバザルで何があったのか、もはや尋ねるまでもない。玄関から村長が飛び出し、急いでレブンを招き入れる。リクがそれに続き、村の薬師や重鎮たちも急いで中へ入る。大勢の村人たちが村長の家に押し寄せた。
 座敷に布団が敷かれ、レブンはそっとリンの体を横たえた。薬師が枕元に駆けつけ手当をしようとする。だが、リンの状態を見るなり手を止めた。村長を見てゆっくりと首を横に振る。リンの胸は潰れ、牙の跡は体の奥まで達している。火傷により出血こそ少ないものの、もはや手の施しようがないことは誰の目にも明らかだった。リクはリンの脇で唇を噛み悔しそうに泣いている。押しかけた村人たちも皆、言葉を失っている。レブンは秘薬を取り出すと、リンの口に含ませた。秘薬にむせ、リンの意識が戻った。
「リン! しっかりしろ、リン!」
 リクが思わず身を乗り出して呼びかけた。リンは震えながら回りを見た。リクを、祖母を、レブンを、村の人々を見る。リンは微かに右手を挙げた。リクは震えるリンの手を両手でしっかりと掴んだ。
「こんな傷、大丈夫だ! しっかりしろ!」
 リンはまよい子として生まれ、送りの儀で村を追われた。密林でレブンに救われ、村へ戻ることが出来た。スザク村の一員として一生懸命働いた。滅びたザダム村を訪ね、レブンの役に立つことも出来た。リンの瞳からポロポロと涙が流れた。リンは最後の力を振り絞り、生まれて初めて心の声を口にした。
「生きたいよ……もっと生きていたいよ……」
 村長が、レブンが、村のみんなが泣いている。
「大丈夫だ。リンはもっともっと長生きできるよ!」
 リクはリンの手をギュッと握った。リンには握り返す力は無かった。
「リク、お婆さま、レブン……あたし、もっともっと……生きて……いた……い……」
 小さな手から力が消え、リクの手から滑り落ちた。リクの双子の妹リンは、みんなに見守られながら静かに幼い命を閉じた。
「リン!! リ――ン!!!」
 リクはリンの体に顔をうずめ、大声を上げて泣いた。レブンにはどうすることも出来なかった。

 リンの葬儀が村総出で行われた。スザク村の外れにある小さな墓に、リンはその名を残した。レブンは絶望に打ちひしがれていた。
『俺が余計な深追いをしなければ……あの広場に続く道で、ふたりを引き返させていれば……』
 自分がリンを殺してしまった。だがそんな深い慚愧よりも遙かに大きな事実が、レブンの矜持を粉々に打ち砕いていた。
 葬儀が終わると、レブンは村の重鎮たちを集めた。村長の家の座敷に、レブンと村長以下村の重鎮たちが対を為して座っている。レブンの表情は腐海のよどみのように暗く、まるで生きた屍のようだ。レブンは俯いたまま重い口を開いた。
「アガラバザルの山中でリンを襲ったモンスターは、炎を統べる古龍、炎王龍テオ・テスカトルです。一連のモンスター侵入の元凶も、ザダム村を滅ぼしたモンスターも、奴に間違いありません。ザダム村を滅ぼした奴はアガラバザルへ辿り着き、そのまま今も棲み着いています。残念ながらハンターズギルドのノウハウを持ってしても、古龍を撃退する方法はありません」
 村長たちはレブンの話に驚いた。だが、騒ぐことなくじっと耳を傾けていた。並々ならぬ事態が訪れたことは、既に村人全員が察していた。レブンは気力を振り絞ると、その言葉を告げた。
「ハンターズギルドの名において勧告します。スザク村の皆さんは村を放棄し、直ちに安全な場所まで避難して下さい!」
 退避勧告。ハンターズギルド創設の頃には、当然のことながら古龍に対抗できるような装備は無かった。古龍の生息が確認された場合、近隣住民には即時退避を勧告する。それが当時のハンターズギルドに出来る唯一の策だった。だがそれは同時に実行不可能な策でもあった。重鎮たちが諦めの笑みを浮かべながら言葉を口にした。
「古龍とは……厄介な者に棲み着かれましたな」
「避難といっても村の周囲はモンスターだらけ。村民百三十六名、街道を逃げ延びることなど出来はせぬ」
「村一つ移り住める安全な土地も有りますまいて」
「リンは残念じゃったが、古龍相手にリクとレブン殿だけでも生還できたのは不幸中の幸いじゃった」
 当時の人類は手に入れた安全な土地でひっそりと暮らしていた。それは見方を変えれば、モンスターによって作られた獄中の暮らしでもある。永遠のアルカディアを手に入れる。それは当時の人類にとって見果てぬ夢だ。退避勧告、それはハンターズギルドの敗北宣言である。レブンは今、スザク村の住人を見捨てる覚悟を迫られているのだ。レブンは膝に置いた両手を硬く握りしめ、意を決して告げた。
「避難することが出来ないなら、わたしも!」
「レブン殿は!!」
 だがそれを村長が遮った。
「そなたはハンターズギルドへ戻られよ。そなたが来ることを待ち望む村は、星の数ほどあるはずじゃ。いつまでもこの小さな村に関わるべきではない!」
 レブンは愕然とした。村長が告げた言葉、それはかつて自分がギルドナイトとなったときに、ギルドナイトの祖であるナザルのヴォイスに告げられた言葉であった。

 * * *

 ギルドナイツの聖地ナザルガザル村。真新しいギルドナイトの制服に身を包んだレブン以下五名のニューフェイスが、村の広場の中央に横一列に並んでいた。一年に渡る厳しい対モンスター戦の修行を終え、晴れてギルドナイツの仲間入りを果たしたのだ。彼らはこれからナザルガザル村を旅立ち、任務に就くためにギルド本部へ向かう。今日は彼らの就任式だ。彼らの前にはハンターズギルドの代表、先輩ハンターであるナザル衆の面々が並び、回りにはナザルガザル村の人々が暖かく彼らを見守っている。彼らの師であるナザルのヴォイスがレブンたちの正面に立ち、旅立つ彼らに訓戒を述べた。
「今よりお前たちは晴れてギルドナイトとなった。お前たちは世界を渡り、数多の人々を救う任に付く。それは苦しい戦いになるだろう。我らの力はまだまだ小さく弱い。お前たちの手に余る事態、モンスターに遭遇することも有るはずだ」
 ヴォイスは新人たちを一瞥した。
「だが決して刺し違えるような気を起こすな。蛮勇を奮い勝てない戦いに散ることは断じて許さん! モンスターは無数にいる。我らはひとりでも多くの人々を救わねばならない。お前たちが安易に死を選ぶことは、これから救える命を道連れにすることに等しい。お前たちの命は、今よりお前たちの物ではなくなったのだ。たとえ救えぬ命を前にしても、あえてその汚名を被れ。救えなかった命を忘れることなくその身に背負い、昼夜を忘れ新たな任務に犬馬の労を尽くせ。十人を見捨てねばならぬなら明日の百人を救え。百人を見捨てねばならぬなら千人の命の礎となれ。お前たちの死までの長さこそが、人間がモンスターに抵抗した何よりの証と心得よ。皆、武運を祈る!」
 レブンたちは武器を胸に最敬礼の姿勢を取り、ギルドナイトの宣誓をした。
「我ら贄の剣となりて明日を紡がん!」

 * * *

 レブンは血が滲むほど硬く拳を握り、唇を噛み涙することしか出来なかった。重鎮たちが笑顔で声を掛けた。
「レブン殿はスザク村のために本当によく尽くして下された」
「村人一同、心から礼を言う」
「なあに、そのテオ・テスカトルとやらも、どこからか来たのなら、またどこかへ行ってしまうやもしれぬ」
「古龍など天災と思えばよい。我らは今まで通り、お山と共に暮らすだけよ」
 レブンは何も言えず、額を座敷の床に擦り付け、村長たち村の重鎮たちに頭を下げた。

 翌朝、レブンは支度を調えるとスザク村を出発した。村の広場では村人が総出で見送り、みんながレブンに笑顔で礼を述べた。レブンは村の門で深々とお辞儀をすると、重い足取りでスザク村を跡にした。
 街道を南へ進む。作物の育った開墾地の脇を通る。みんなで築いた結界が見えてきた。レブンは闇より深い敗北感に打ちひしがれていた。歩くということをこれほど苦しく感じたことは無い。だが今は進まねばならない。ハンターズギルド本部では、新たな任務が待っているのだ。レブンは鉛の足を引きずるように、一歩一歩前に進んだ。
 結界の土塁に差し掛かった時、その陰から小さな人影が飛び出した。リクだ。装備に身を包み、肩に担いだ槍の先には小さな風呂敷包みが結ばれている。リクはレブンの正面に飛び出すと地面に座し、両手を付いてレブンを見上げた。
「レブンにいちゃん! オレにモンスターのぶっ殺し方を教えてくれ!」
 レブンは見上げるリクを見た。
「荷運びでも何でもする。オレも連れて行ってくれ!」
 リクの瞳には、モンスターへの復讐の炎が荒れ狂っていた。消えかけていたレブンの炎に燃え移る。
「モンスターハンターか。修行は厳しい。重い一撃を喰らえば、お前など命は無いぞ?」
 リクは槍を手に飛び起きると拳を振り誓った。
「死ぬもんか! モンスターを一匹残らず殺すまで、オレは絶対に死ぬもんか!!!」
 リクの力強い眼差しが、じっとレブンを見ている。レブンの心にギルドナイトを目指した頃の熱意が蘇る。レブンはフッと笑うと再び歩き始めた。
「行くぞ、ナザルガザルへ。俺も修行のやり直しだ!」
「お、おう!」
 リクもレブンに並んで歩き始める。
 敗北に心を折ってる暇など無い。この世界にはモンスターは無数におり、今この時も多くの人々が救いの手を求めているのだ。足取りに力が戻る。レブンはリクを伴い新たな道を歩き始めた。

 この後、リクはレブンの紹介によりナザルガザル村で暮らすこととなった。修行を積み成人したリクは、ナザル衆のひとりとしてモンスターの討伐に一生を捧げた。一方、ナザルガザルで再訓練を受けたレブンは再びギルドナイトの任に付き、多くの村々をモンスターの脅威から救ったという。数年後、レブンは『調教』と呼ばれる対大型モンスター戦略を立案し、初期のハンターズギルドの基本戦略にまとめ上げていった。

 そして、あのスザク村は、レブンが帰路についておよそ二ヶ月の後、地図の上から消滅した。



モンスターハンター・ゼロ3「贄の剣」
終わり

前へ
 
TOP メニュー 目次
 
For the best creative work