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 モンスターハンター・ゼロ3 「贄の剣」(にえのつるぎ)

 クエスト5 「弱き者、その名は人類」
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 レブンたちがスザク村の結界に入る頃、空は綺麗な茜色に染まっていた。帰り道を歩きながら辺りを見渡す。開墾地に人影は見えない。そろそろ仕事を切り上げてもいい時間には違いない。だが、声ひとつ聞こえないのが気に掛かる。
「だれもいないよ?」
 リンが不安げにレブンを見上げた。リクは畑まで走り辺りを見回した。農機具が無造作に放り出されている。胸騒ぎがする。レブンはひょいとリンを肩に担ぐとリクを呼んだ。
「リク、村へ急ぐぞ!」
 レブンは全速力で村へと走った。リンが振り落とされぬようしがみつく。リクも必死に後を追う。流れる林の奥に、丸太を組んで作られた村の門が見えてきた。広場に大勢の人だかりが見える。村人たちはレブンの帰還に気が付いた。
「レブンさんだ!」
「レブンさん!」
「東の森がぁ!」
 皆、悲痛な表情を浮かべている。大声で泣いている者もいる。人々がレブンに道を空ける。村人の輪の中央に、むしろに横たわる遺体が五つ並んでいた。遺族や守備隊メンバーが泣いている。レブンはその光景に愕然とした。
「これはいったい……」
 村長がレブンに近付き静かに告げた。
「東の森に岩竜が出よった」
「岩竜!? まさか、バサルモスが?」
 村人が開墾のため掘り返そうとした岩は、岩竜バサルモスが擬態したものだった。バサルモスは全身が鉱石の結晶で覆われた飛竜で、体半分を地中に潜らせて眠る。背中だけ地面から出すその姿は岩の塊と見分けがつかない。鎧竜グラビモスの幼体でありながら、全長はゆうに十数メートルに達する大型モンスターだ。それほど攻撃的な性格ではないが、火球や熱線による攻撃や走る巨石のような突進は、まともに喰らえば命に関わる。
 生き残った者の話によると、うっかりバサルモスを怒らせてしまった村人たちは、逃げまどいながら狼煙玉で救援を求めたという。駆けつけた守備隊が必死に応戦したが、小型モンスターの撃退がせいぜいの彼らでは到底太刀打ちできる相手ではなかった。何とか追撃を振り切り退却できたものの、開墾に向かった村人二名、守備隊三名の死者を出してしまった。
 レブンは耳を疑った。岩竜バサルモスは主に火山地帯に生息するモンスターである。アグナコトル同様、熱に強い反面、水を苦手としている。鉱石を主食とするためゴツゴツと岩が露出した場所を好み、一部の例外はあるにせよ基本的には土に覆われ湿度も高い森林などには姿を見せない。それだけに、バサルモスが東の森に現れたこと自体、極めて奇異な事態と言える。レブンは厳しい表情で考えた。
『イーオスの群れを駆逐した時には、バサルモスの気配など欠片も無かった。縄張り争いもろくにない子供モンスターが、わざわざアガラバザルから降りてきた……いや、ドスイーオス同様に逃げてきたのか? 今朝のアグナコトルも、山を降りザダム村の大坑道に棲み着いていた。リクは噴火が活発になっていると言っていた。アガラバザル山で、いったい何が起こっているんだ?』
 レブンは得体の知れない危機を感じながら、夕日で血の色に染まる巨大な活火山を見上げた。

 翌日、犠牲者を弔うと、レブンは広場に村人を集め、バサルモスへの対策について説明した。レブンは昨夜の内にひとりで東の森を偵察していた。みんなに回収してきた守備隊員の武器を示す。大剣の刃はボロボロに砕け、刀身は真ん中でぼっくりと折れていた。岩竜バサルモスはその名の通り極めて硬い甲殻を持ち、守備隊の武器では全く通用しなかった。村人を前に、レブンはバサルモスは討伐しないことを告げた。広場にどよめきが拡がる。リクは拳を振り飛び跳ねるように立ち上がると、かじり付くように尋ねた。
「なんでさ?! にいちゃんはザダム村であのバカでっかいアグナコトルだってやっつけたじゃないか?!」
 レブンは諫めるように静かに語り始めた。
「仇を取りたい気持ちは分かる。だが今回はダメだ。奴は今、東の森の中央付近にいる。大型モンスターの行動範囲を考えると、あそこではこのスザク村に近すぎる。バサルモスは地中に潜って逃げるんだ。攻撃してもしも村の中に逃げ込まれたら、それこそ取り返しが付かない。好戦的な性格でもないから、挑発して山へ誘導することも難しい」
 ではいったいどうすれば良いのだ。人々に動揺が走る。レブンは冷静に話を続けた。
「本来バサルモスは森林のような場所に現れるモンスターじゃない。たまたま迷い込んだ可能性もあるが、今回現れた奴を討伐しても、また別の奴が現れるリスクは残る。モンスターの数はあまりにも多い。今は東の森を奴らに適さない場所に変え、出て行ってもらうのが最善の策だ」
 多くの村人が悔し涙を流している。レブンは黙って村人たちを見渡した。ギルドナイトはただ剣を振り回せばよいというものでは無い。特に渉外担当の者は、人々を守る最前線として、リスクを少しでも排除する方法に腐心し、身を粉にしなければならない。例えそれがどれほど屈辱的な選択であったとしてもだ。レブンは知識と経験を状況に照らし合わせ、バサルモスへの対応策を弾き出した。レブンの指揮の下、早速翌日から村総出で作業を始めた。
 東の森の北側にはアガラバザルから流れてくる川がある。その川から東の森に水を引くのだ。あえて高低差の少ない場所を選び浸水のように森に広げる。スザク村に近い側から徐々に山の方へと流れを変える。地道で根気のいる作業だが、地面を湿らせるだけでバサルモスには十分な効果がある。遠巻きにバサルモスを監視しながら水の流れを誘導する。空気に湿気が混じるだけでバサルモスは敏感に反応した。徐々に山の方へと移っていく。土嚢で水の流れを変え、浸水域を更に山の方へと移していく。レブンはリンを伴い、バサルモスの移動を注意深く追った。十日後、バサルモスはとうとう東の森の東端へと追い詰められた。
「よし。これでもうバサルモスはここが住むには適さない場所だと理解したはずだ」
 アガラバザルへ続く狭い広場の中央で、バサルモスが岩に擬態し眠っている。レブンは片手剣を抜くと刃の状態を確認した。作業を手伝ってきた村人たちへと向き直る。
「ここからは俺の仕事だ。みんなは水を流した安全な場所まで退避してくれ」
 村人たちがざわめく。
「にいちゃん、あいつをやっつけんのか!?」
 ずっとふさぎ込んでいたリクが笑顔で尋ねた。勢い愛用の槍を構える。
「おまえも避難するんだ。逃げられる可能性は高いが、二度とここに近付かないよう痛い目に遭わせてやる!」
 村人に笑顔が広がる。いてもたってもいられず守備隊メンバーが申し出た。
「われらも何か手伝わせて下さい!」
「お願いします!」
 仇を討ちたい思いは皆同じだ。レブンとて、短い期間とはいえ指導した仲間を三人も殺されたのだ。ギルドナイトとしてリスクを計りに掛けて臨んではいても、冷徹に総ての感情を押し殺せるものではない。
「わかった。みんな力を貸してくれ!」
 レブンは作戦を指示した。村人が避難を始め、守備隊が必要な物資を取りに走っていく。仲間はずれにされたリクは、ふくれっ面をしてその場に座り込んだ。その隣ではリンまでもが不満な顔で居座っている。レブンは笑って溜息を吐くとふたりに告げた。
「お前たちは見張り役だ。バサルモスは地中に潜るからな。どっちへ逃げるか木の上から探してくれ」
「オ、オウ!」
 リクは拳を握り応えた。またリンのオマケだが、相手が大型モンスターでは仕方がない。リクはレブンを間近に見て、モンスターと戦うには冷静な判断力が重要であることを自然に学びつつあった。
 レブンは監視に適した木を探した。バサルモスに気付かれぬようリクがリンを手伝い登っていく。守備隊が幾つもの樽を担いで戻ってきた、炸薬を仕込んだ樽爆弾だ。レブンは数個を広場の隅に配置させた。残りの爆弾を抱え、レブンたちは足を忍ばせバサルモスの側へ運んだ。頭と思われる部分の周囲に半円状に並べ、音を立てず総ての安全装置を外す。レブンはハンドサインで守備隊を下がらせた。それぞれ広場の周囲の茂みに隠れる。レブンは全員が配置に付いたことを確かめると、小石を拾い爆弾に思い切り投げつけた。轟音と共に並べた爆弾が誘爆する。衝撃が寝ているバサルモスの頭に集中した。凄まじい衝撃にバサルモスが怯みながら飛び起きた。強烈なダメージを喰らいながらも、まだ何が起きたのか分かっていない。その一瞬の隙を突き、レブンは爆煙を突き抜けバサルモスの懐へ飛び込んだ。猛烈な勢いで剣を振り、比較的薄い腹の甲殻を切り裂く。ようやく敵の存在に気付いたバサルモスは、上体を回し懐の敵を確認しようとした。レブンは動きに合わせ側面へと回り込んだ。レブンを捉えられないバサルモスは脚を踏ん張り、タックルを浴びせてきた。レブンは盾でいなしながら尻尾の下をすり抜けた。そのまま後ろから体の泳いだバサルモスの腹を攻撃する。爆弾と間髪を入れぬ斬撃に、さしもの硬い甲殻も軋みを上げる。
 バサルモスがステップを踏むように地面を蹴った。両脚を軸に岩の巨体を振り回す。翼を広げ周囲を刈り取る。レブンは咄嗟に背後に転がり回転回避で間合いを広げた。バサルモスはようやくレブンの姿を捉えると、怒りにまかせ突進してきた。レブンはギリギリまで引きつけて横っ飛びに回避した。勢い余ったバサルモスは重い体ゆえ直ぐには止まれず、そのまま広場の隅まで走っていく。足が止まろうとしたその瞬間、レブンは大声で合図した。
「今だ!」
 茂みに隠れる守備隊がけむり玉を爆弾に投げつけた。バサルモスの顔が爆発をまともに喰らった。煙幕が視界を遮り、林の中は見えない。好戦的なモンスターならともかく、幼体であるバサルモスは林の中に脅威を感じ怯んだ。後ずさり向きを変える。レブンが誘うように手を振り挑発している。バサルモスはレブン目掛けて口から火球を山なりに吐き出した。あっさりと躱される。再び突進するがこれも躱された。広場の反対側のはしで助走するように向きを変える。その時再び真横から爆発を喰らった。胸の甲殻が音を立てて砕け、バサルモスはそのまま横倒しに転がった。痛みに喘ぐその隙に、レブンは再び懐へ飛び込み、甲殻の砕けたバサルモスの胸を容赦なく斬り裂いた。為す術無くやられたバサルモスはやっとの思いで起き上がると、体中から毒ガスを噴き出してレブンを遠ざけた。攻撃が止んだその隙に、硬い翼で勢いよく地面を掘る。地中に潜り逃げる気だ。こうなるとガンナーでもない限り阻止することは難しい。
「リン!」
 レブンは樹上のリンに合図すると腰に下げた棒状の砥石を抜き、急いで片手剣を研ぎ直した。刀身の薄い片手剣は岩のような甲殻の隙間を捉え、大剣に比べれば弾かれにくい。それでも怒濤の連撃を加えれば、刃はあっと言う間に悲鳴を上げる。レブンは急ぎつつも丁寧に刃の状態を整えた。
 一方、樹上のリクとリンは地中に逃げたバサルモスの行方を探った。気配はリンが追う。リクは地面の変化に集中した。全長が十数メートルもある大型モンスターだ。相当深く潜らない限り痕跡を残さぬはずがない。リクとリンは確信を持って指差した。
「あっちだ!」
「うん!」
 予想通り森を抜け山の方へと逃げていく。リクはリンを両腕に抱え、枝の上から飛び降りた。自らリンの下敷きとなり受け身を取るように着地する。痛みに歯を食いしばりリンより先に起き上がる。彼女の手を取り助け起こすと、そのまま一気に駆けだした。剣を研ぐレブンの脇を走り抜け、そのまま逃げるバサルモスを追った。レブンが剣を研ぎ終わると守備隊が全員集まった。
「よし。余った爆弾を持って続け!」
 レブンたちもリクたちの後を追った。森の外れまで来るとリクとリンが坂を登っていくのが見えた。幸い他のモンスターはいないようだ。レブンは守備隊へと振り返り命じた。
「お前たちはここで待機だ。余った爆弾を並べて、万が一のために防衛戦を張れ!」
 そう言い残すと、レブンはリクたちを追って草木の疎らな坂を駆け上がった。しばらく進むと、テラス状の岩場へ辿り着いた。眼下の森が見えなくなる。更に進むと小さな岩陰にリクとリンが隠れながら待っていた。レブンも隠れるように合流した。
「奴は?」
「あそこだよ!」
 百メートル以上先にある大きな岩陰に岩の連なりが見える。岩に擬態し隠れている。他のモンスターの気配も無い。
「よくやった。お前たちはここに隠れてろ!」
 レブンは腰をかがめ小走りに近付いていった。大岩を利用し死角から音もなく近付く。登りやすい大岩だ。レブンは天辺まで登るとナイフを抜き、ふわりとバサルモスの背中に飛び乗った。驚いたバサルモスが跳ね起きる。岩の甲殻はゴツゴツとしていて掴まりやすい。レブンは振り落とされることなく取り付くと、ナイフを甲殻の継ぎ目に何度も何度も突き刺した。弱点を狙ったピンポイントの攻めにバサルモスが激しく暴れる。だが既に大ダメージを受けた体では耐えきれず、仰け反るように横転した。レブンも慌てて転がるように飛び降りた。甲殻を失った胸を切り裂き、腹部の甲殻までも粉々に破壊する。血の滲む真皮が剥き出しになり、もはや完全に虫の息だ。バサルモスはなりふり構わず逃げだそうとした。必死に地面を掘っていく。土煙が視界を遮る。
「クッ!」
 レブンもまともに手出しが出来ない。それを見てリクとリンが走ってきた。バサルモスが更に山奥へと逃げていく。だが腹の甲殻を失い遠くまで掘り進むことが出来ない。地面にも明らかな痕跡が残る。バサルモスは岩の裂け目の向こうへと消えていった。奥には広い空間があるようだ。
「レブンにいちゃん!」
「この奥にいるよ!」
 リクとリンは早く追おうとレブンを引っ張った。岩の裂け目の道に入る。曲がりくねった道を進むと、徐々に熱気が漂ってきた。どうやら向こう側には近くに溶岩の流れがあるようだ。レブンは考えた。だいぶアガラバザルの奥へと入ってしまったが、あのバサルモスはあと一押しで倒せる。ここまで来れば、グラビモスへと成長させないためにも倒しておくに越したことはない。レブンは立ち止まると、背嚢からクーラードリンクを取り出しリクたちへと振り返った。
「ここからは俺ひとりで行く。お前たちは出口のところで……」
 レブンが告げ終わるより先に、リンはポーチから小瓶を取り出し笑顔で示した。
「クーラードリンク、まだ半分残ってるよ!」
 リクも慌ててポーチから取り出す。ふたりにとってはザダム村の宝物だ。レブンは苦笑いすると、ふたりに忠告した。
「よし。ふたりとも物陰に隠れてるんだぞ」
 三人は熱気の充満する道を進んだ。裂け目を抜けると四、五メートルの高さの尖った岩が林立する広場に出た。空には噴煙が掛かり薄暗い。奥の方には溶岩が滝となって流れ、広場を赤々と照らしている。三人は岩影に隠れるように移動しバサルモスの気配を探した。
「あそこ!」
 リンが指差す。右手奥の崖の手前で満身創痍のバサルモスがバリバリと鉱石を食べている。スタミナの回復を図る気だ。レブンはふたりにこの場に留まるように指示すると、単身背後から忍び寄った。バサルモスは気付くことなく必死に岩を食べている。レブンは一気に駆け寄るとバサルモスに襲い掛かった。食事の邪魔をされバサルモスが驚いてよろける。尻尾を振り必死に反撃してきた。レブンはぎりぎりの距離で躱すと、素早く懐へ飛び込み血の滲む腹部を怒濤の連撃で切り裂いた。たまらずバサルモスが横転する。
「これで終わりだ!」
 レブンは血塗れの胸の前に飛び込むと片手剣で貫き、バサルモスの心臓を切り裂いた。バサルモスは横転したままのけ反るように喘ぎ、断末魔の叫びを上げた。レブンは胸をえぐるように片手剣を引き抜いた。傷口から噴水のように鮮血が噴き出す。バサルモスの全身から力が失せ、そのままぐったりとなって絶命した。東の森で村人たちの命を奪った岩竜バサルモスはレブンによって討伐された。
「ヤッタ──!」
 隠れていたリクとリンが、岩影から飛び出す。レブンは大きく深呼吸するとふたりに笑顔を向けた。その時、突然巨大な殺気が広場全体に降り注ぎレブンたちを押し潰した。リクとリンが両手で頭を隠し叫びを上げてうずくまる。レブンも背筋を凍らせ思わず身を縮めた。
「何だ!?」
 経験したことの無い殺気だ。圧倒的な脅威がこの岩の広場に降り立った。強烈な死の気配に汗が噴き出す。レブンは殺気の主を捜すため慌てて辺りを見回した。いつのまにか噴煙が勢いを増して低く垂れ込め、辺りが更に暗くなる。林立する岩が邪魔で敵が見えない。プレッシャーが強すぎて敵の方向さえも分からない。こんなことは初めてだ。暗闇と溶岩の赤い輝きだけが広場を支配している。
 溶岩の滝が勢いを増し、滝壺から泡立つマグマが噴き上がる。尖った岩の先端が次々と砕け、ドロドロと溶岩が溢れ出す。地面のあちこちに亀裂が走り、赤い光が顔を出す。広場は一気に灼熱地獄と化した。レブンはリクたちを見た。リクは起きあがると顔をひきつらせながら必死に恐怖の根元を探している。リンも両腕を抱え、しきりに辺りを見回している。広場いっぱいに充満する殺気に、リンでさえ場所が特定できないのだ。
 危険すぎる。ハンターの勘が非常事態の警鐘を鳴らす。レブンはリクたちの所へ走った。その時、溶岩の滝を背にした岩のひとつが木っ端微塵に砕け散った。背後から巨大な炎の塊が踊り出し、リク目掛けて襲い掛かった。
「リク!!」
 レブンが叫んだその瞬間、リンがリクを突き飛ばした。炎の塊が飛び込み立ち止まる。レブンはその光景に愕然とした。
 背中に生えたマントのような巨大な翼。頭には太くうねる二本の角。全身に炎を纏った紅蓮の獅子。獄炎を支配する古龍種、炎王龍テオ・テスカトルだ。テオ・テスカトルの大きな口には、真横にリンが咥えられていた。
 リンはあまりの事態に言葉を失い目を見開いている。突き飛ばされ難を逃れたリクがその光景に息を呑む。
 テオ・テスカトルがゆっくりと口を閉じていく。牙がリンに突き刺さり、パキポキとあばら骨を砕きシュウシュウと肉を焼く。リンの可愛い口元からむせるように赤い血が噴き出す。
「やめろ――!!!」
 リクは槍を手に取り飛び起きると、テオ・テスカトル目掛けて突進した。テオ・テスカトルがゆっくりと右前脚を振り上げる。鋭い爪が無慈悲にリクを襲おうとしたその瞬間、死角を突いて首の下に滑り込んだレブンが、テオ・テスカトルの喉へ片手剣を力一杯突き刺した。不意の一撃にテオ・テスカトルがリンを吐き出す。リクは慌てて止まりリンを受け止めた。
「逃げろ!!!」
 レブンが叫ぶ。リクはリンを担ぎ、必死に走った。テオ・テスカトルはギロリとレブンを睨むと、振り上げた右前脚を薙ぎ払ってきた。すかさず盾で受け止める。だが、衝撃と奴が纏う炎がレブンの体力をゴリゴリと削る。よろけるように後ずさると、再び向き直り片手剣を構えた。構えた剣を見てレブンは愕然とした。片手剣の切っ先がボロボロに欠けている。奴の首にはかすり傷ひとつ付いていなかった。
 テオ・テスカトルが襲い掛かる。素早く躱し背後に回る。テオ・テスカトルは房の付いた尻尾を鞭のように振るった。地面を叩く尻尾が爆炎を上げて火花を散らす。レブンは臆することなくタイミングを合わせ奴の後ろ脚に斬りつけた。だが手応えがまるで無い。愛用の片手剣だけが見る見る刃こぼれを起こしていく。
『ダメだ! こんな武器じゃ、話にならない!』
 ハンターズギルド黎明期は、武器も防具もまだ研究の途についたばかりで、通常の大型モンスターに対抗するのがやっとの性能しか出せなかった。そのような貧弱な装備で異能のモンスターである古龍を相手にするなど望むべくも無かった。
 テオ・テスカトルが口から巨大な火炎を吐き周囲を薙ぎ払った。レブンは咄嗟に岩の陰に回り込み難を逃れた。盾で防げるレベルではない。
 離れた岩陰では、リクが必死にリンに呼びかけていた。リンは重傷を負い意識を失っている。リクは泣きながらレブンに向かい大声で叫んだ。
「レブン! そんな奴、やっつけてくれよ! リンの仇を取ってくれよぉ!!」
 レブンは歯ぎしりした。炎王龍テオ・テスカトル。全長は二十メートル足らずでリオレウスなど他の大型モンスターと体格差は無い。だがその生命力、破壊力は他のモンスターを寄せ付けない。如何にギルドナイトといえど、レブンひとりでどうにか出来る相手ではない。それでもレブンは怯まずテオ・テスカトルを攻撃した。武器とレブンの体力だけが、ヤスリで削られるように疲弊していく。
 まとわりつくレブンに業を煮やし、テオ・テスカトルは突然翼を大きく広げ四肢を大地に踏ん張った。キラキラと輝く火の粉のような粉塵が全身から噴き出し、辺り一面に広がっていく。レブンは慌てて片手剣を納めながら振り返ると、リクの元へと全速力で走った。漂う粉塵が岩の間を回り込み広場の隅々に広がっていく。テオ・テスカトルが口を閉じ牙を打ち鳴らした。その途端、広がった粉塵が一斉に爆発した。岩の塔がひとつ残らず木っ端微塵に吹き飛んだ。間一髪、レブンはリクとリンを両腕に抱え粉塵の僅かに外へと身を躍らせた。
 もはや疑う余地はない。ザダム村を滅ぼしたのはこいつだ。粉塵が谷底を満たし、一瞬にして跡形もなく粉砕されたのだ。古龍種は別名『理と共にある者』と呼ばれている。自然の摂理をも力とする、通常の生物とは全く異なる存在だ。テオ・テスカトルは炎を統べる古龍と言われている。アガラバザル山が活性化したのも、こいつが棲み着いたせいに違いない。山を下りてきたドスイーオスやバサルモスも、ザダム村に巣くったアグナコトルも、総てはこいつが原因なのだ。
 岩の無くなった広場の中央でテオ・テスカトルが首を回し勝ち誇るように雄叫びを上げている。レブンは奴目掛け閃光玉を力一杯放り投げた。眩しい閃光がテオ・テスカトルの視力を奪った。その隙にレブンはリクとリンを両肩に抱えると、広場の出口へと一目散に走った。レブンの肩からリクの慟哭が響く。
「レブン、戦ってくれよ!! あんな奴、やっつけてくれよぉ――!!!」
 レブンは悔しさに顔を歪めながら現実を吐露した。
「俺では奴を倒せないんだ!」
 レブンはふたりを担いだまま、一気にアガラバザルを後にした。

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