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 モンスターハンター・ゼロ3 「贄の剣」(にえのつるぎ)

 クエスト4 「窯の底」
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 充分な休養の後、レブン、リク、リンの三人は、村長たちに見送られ、ザダム村を目指し出発した。レブンはリクの装備の補強は勿論、リンの装備も準備してやった。キュロットスカートにボレロ風の上着、ベレー帽。ジャギィの端材で作った朱鷺色の可愛い出で立ちだ。さすがに戦うことは想定していないので武器は護身用の短刀だけだ。三人は開墾地を南へ意気揚々と歩いた。畑仕事にいそしむ村人に手を振り更に南へ進む。みんなで守った結界の土塁を過ぎ、いよいよモンスターの領域へ出る。街道はモンスターに遭遇しにくい場所を繋ぐように引かれているが、安全という保証は無い。道は曲がりくねり時間も掛かる。それでも密林や火山地帯などモンスターがばっこする荒野を横断することに比べれば遙かに安全だ。
「今のところ付近に大型モンスターの気配は無い。リンも何か気付いたら教えてくれよ」
 レブンが笑い掛けると、リンは嬉しそうに頷いた。実際、レブンはリンのモンスターを察知する感性に驚いていた。レブンも修行により今日で言う千里眼スキルを磨いており、モンスターを察知する能力を身に着けている。だがリンの持つそれはレブンよりも質が高く、僅かな気配にも反応する。巨石の丘での観測を任せたのもリンの資質を見抜いての事だ。ザダム村調査においても充分役に立つだろう。
 リクもその事に気付いていた。リンがレブンの役に立つ事を嬉しく思う反面、自分も頑張らねばと力が入る。リクは両手で槍を構え、必要以上に辺りを警戒している。
「おいおい、リク。今からそんなに力んでちゃ、ザダム村に着く前にへばっちまうぞ」
 レブンはリクを見て笑った。リクは振り向くと、拳を握り宣言した。
「こんぐらい平気だい。オレも大きくなったら、にいちゃんみたいなギルドナイトになるんだ!」
 リクの真剣な眼差しにレブンは驚いた。リクは間近にレブンの活躍を見て、憧れを抱いたのだろう。純真な子供の反応としては無理からぬことだ。だがギルドナイトになるという事は、そんなに甘い物ではない。レブンはフッと笑うと、リクに告げた。
「ギルドナイトか。それもいいが、まずはみんなと協力してスザク村を守ることだ。お前には帰れる場所があるんだからな」
 リクとリンははっとした。レブンがギルドナイトになったのには、何か理由があるのだ。それもあまり良い理由ではない。ふたりは気まずい顔をした。
「にいちゃんには、故郷が無いのか?」
「リク!」
 リクは思い切って聞いた。リンは慌ててリクの袖を引っ張った。レブンは気にしていない素振りでふたりに微笑んだ。
「なに、お前たちと大差は無いさ。俺の住んでいた村もそれほど豊かじゃなくてな。五年に一度は口減らしをしなきゃならなかった。十五の時、俺の姉も人買いに売られていったよ。その後の消息は分からないが、きっと今もどこかで生きているだろう。優しい姉だった。その後、俺は村の狩人の見習いになったんだが、村の使いで大きな街に出かけた時に偶然ハンターズギルドのことを知り、村を捨ててギルドナイトとなる道を選んだんだ」
 レブンは笑顔で静かに語っているが、その瞳の奥には深い悲しみが潜んでいた。幼いリクとリンは、それを敏感に感じ取っていた。
「ごめんよ、にいちゃん……でも、ハンターズギルドに入れば、にいちゃんみたいなギルドナイトになれるんだろ?」
 子供の反応というのは純粋で、暗くなりがちな話でも時にはそよ風のように感じるものだ。レブンはふたりの反応を心地よく感じた。
「ギルドナイトになるのは想像以上に厳しいぞ。俺と同時期に入った者は全部で五人いたが、既に二人は任務で命を落としている。俺たちの仕事はモンスターを相手にすることだからな。実力を付けなければ、例えギルドナイトになったところで直ぐに死んじまうだろう」
 モンスターに対し有効な対抗手段が無かった暗黒期、モンスターの脅威に晒されなかった人間は皆無といってよい。滅びたザダム村や送りの儀で村を維持したスザク村、姉を売られたレブンのような境遇は、決して珍しい物ではなかった。多くの人々がモンスターの影に怯え、僅かな食料を分け合って暮らしていた。そしてそこには、いつの日かモンスターを殲滅することを夢み、慟哭の果て復讐心に身を焼く者たちも大勢いた。そんな者たちが、我が身を省みずハンターズギルドへと集っていったのである。ギルドナイトの、特に初期の者たちの決意の壮絶さたるや、今日では想像することすら難しい。
「ギルドナイトを目指す者は、適性検査を受けた後、ナザルガザルという小さな村に送られるんだ。そこにはとてつもなく強いハンターがいてね。その方の元でハンターとなるための訓練を積むんだ」
 レブンは自分がナザルガザルで修行していた頃の話を語って聞かせた。レブンは極めて初期のギルドナイトで、当時ナザルガザルで修行する訓練生は十名にも満たなかった。レブンたち訓練生は、ギルドナイツ始祖であるヴォイスや先輩ハンターの指導を受け、およそ一年間に渡り骨の髄までハンターとしての技術・知識を叩き込まれた。辺境であるナザルガザル周辺は、モンスターの見本市と呼ばれるほど数多のモンスターが群雄割拠しており、訓練の相手には事欠かない。ギルドナイトの訓練は実戦を重視したもので、道半ばにして命を落とす者もいた。大怪我や適正不足によりギルドナイトとなることを諦め、ハンターズギルドで他の職務につく者も多かった。そして苦行の末、強靱な肉体と精神、ハンターとしての技量を獲得した者だけが、正式にギルドナイトとなるのである。
「スゲ――! だからにいちゃんは、スゲ――つえーハンターなんだな!」
 リクはレブンの話に興奮した。レブンは少し困った笑みを浮かべた。
「いや、俺はギルドナイトの中ではそれほど強くはないよ。俺よりもっと強い者たちは、大型モンスター専門の討伐チームとして今でもナザルガザルで修行を重ねながら各地の任務に派遣されているんだ。俺たち外回りのギルドナイトは敬意を込めて、彼らをナザル衆と呼んでいる」
 リクはレブンの言葉に複雑な顔をした。
「そんなことねーよ! にいちゃんは一番強いギルドナイトだ!」
 リクにとってレブンは間違いなくヒーローだ。謙遜はあるにせよ、レブンのそんな言葉をリクは聞きたくないだろう。
 実際、ハンターとしての力量はそう単純な物ではない。早熟で頭打ちとなる者もいれば、大器晩成の者もいる。事実、レブンのような渉外担当の者から実績により討伐チームに転属する者も珍しくなかった。余談ではあるが、今日ナザル衆の名はナザルガザル出身のギルドナイト全般を指す言葉となっているが、元々はレブンが言うようにギルドナイトの間で使われたのが始まりだった。時代と共に意味が変わっていったわけだが、その点からもギルドナイツではメンバーの交流がかなり頻繁に行われていたことが窺える。

 レブンたちは、アガラバザルの麓を回るように徐々に東に進んだ。いくら街道とはいえ、のんびり進むわけにはいかない。リクはともかく、リンの足では付いていくのは難しい。レブンはリンが疲れぬよう小まめに背負ってやった。ザダム村に近付くにつれ、アガラバザル山の噴火の様子が見えるようになってきた。アガラバザル山は、山頂から南東側に大きく斜面が広がり、幾つもの生きた噴火口が列をなしている。西側の麓にあるスザク村からでは、大きな噴火でも無い限り、噴き出す溶岩が見えることは無い。リクは南東斜面の赤い輝きを見て立ち止まった。
「あれ?」
「どうした、リク?」
 レブンがリクへと振り返る。
「もう山の火が見える。今日は山のきげんが悪いのかな?」
 リクはそうつぶやくと、再び歩き始めた。
 街道の分かれ道に出た。このまま東に進めばザダム村、西はレブンが辿り損なった街道だ。岩に文字を刻みつけた道標がある。だがそのひとつは、斜めに大きく傾いている。おそらく大型モンスターでも通った際にぶつかったのだろう。東西に延びる街道の道標は、本来ザダム村の者が補修していた。村が壊滅したことで整備する者がいなくなり、レブンも狂った道標に惑わされスザク村へ流れ着くこととなったのだ。レブンは念のため周囲の巨木に傷を付け、予備の道標とした。
 スザク村からザダム村までは、朝出れば夕方には着く距離だ。だがレブンはザダム村の手前で安全な場所を探し野宿することにした。何が潜んでいるか分からないのだ。朝を待った方がいい。しっかりと食事を取り、リクとリンを休ませる。レブンは取り越し苦労であることを願いながら眠りについた。
 翌朝、いよいよレブンたちはザダム村へ入った。ザダム村は地殻変動で出来た谷底のような窪地にある。北側と南側を断崖に挟まれ、地面から突き出た柱のような岩があちこちに生えている。崖にはクリスタルを多く含む地層が幾重にも重なり、谷底まで陽の光を届けてくれる。落差が大きく見通しの悪い土地のため飛竜が営巣地に狙うこともない。高い断崖は小型モンスターの接近を許さない。まさに自然の要害と言える場所だ。
 レブンたちはザダム村西側の入り口に辿り着いた。長く太い鉄製の槍が村を守るように並んでいる。巨大なまきびしのような鋭い障害物もこれ見よがしに無秩序に置かれている。硬い甲殻のモンスター相手にどれほど有効かは疑問だが、この光景を見ればわざわざ近付きたがるモンスターもいないだろう。鉱山町らしい備えと言える。レブンたちは障害物の合間を縫い、村への降り口に着いた。見渡すと谷底は相当な広さがあるが、動く物は何一つ見あたらない。微かに風の音が流れているだけだ。崩れた建物の跡には雑草が覆い始めている。三人は曲がりくねった坂道を下っていった。途中、崖から溢れる地下水を集めた巨大な貯水槽の脇を通る。村の生活用水を賄っていたのだろう。今は使う者もなく、満タンになった貯水槽からチョロチョロと水が溢れていた。足下に気を付けながら三人は谷底に降り立った。
「こいつは完全な廃墟だな。谷底ならもっと涼しいと思ったが、案外暑いな」
 ザダム村には八百人近い人々が暮らしていたと聞いている。村が襲われた翌日、たまたまスザク村の者が鉱石の納品に訪れ、村の惨劇を知ったのだ。瓦礫には残り火がくすぶり、生き残った住人は一人も見つからなかったという。だが、たった一夜で村が全滅してしまうなど、本当にあり得るのだろうか。
「守りやすい地形だが、同時に逃げにくい土地でもある。谷底にあることが禍したのか……」
 三人は村の中心へと歩いていった。至る所に白骨化した死体が転がっている。逃げ惑う村中の人々が、そのまま命を落としたのだ。建物はどれも粉々に破壊されている。焼け落ちた木の根元から、新しい芽が伸び始めている。自然の回復力は実に旺盛だ。レブンは集会場か何かの大きな建物跡に足を踏み入れた。石壁はススで黒ずみ、大きな木のテーブルは炭化して焼け落ちている。鉄製の格子も飴のようにひしゃげている。
「こいつは明らかに火を扱うモンスターの仕業だな。猛烈な火炎が谷底の空気を焼き尽くし、人々は息も出来ず炎に巻かれてしまったんだ」
 建物の隅に複数の遺体がある。おそらく親子だろう。子供を守るように大きな遺体が小さな遺体に覆い被さっている。リクとリンは言葉を失っている。緑に包まれているとは言え、子供には刺激の強い光景だ。レブンはこのような惨状を見るのは初めてではない。任務で各地を巡れば、凄惨な現場に出くわすことも多い。ギルドナイトとはそうしたものだ。三人はザダム村の人々のために祈りを捧げた。
「これだけ草が生えてしまうと、さすがにモンスターの足跡を探すことも出来ないな」
 レブンは何とかモンスターの痕跡を探そうとしたが、既に時が経ち過ぎていた。モンスターの鱗でも見つけられれば特定も可能なのだが、辺り一面雑草に覆われ、偶然でもない限り到底見つけることは出来ない。リクとリンも手伝ったが何も見つけることは出来なかった。レブンは改めて破壊された町を見渡した。
「崖や岩をくり貫いた建物はともかく、平地の建物はひとつ残らず壊れている。こんなに綺麗に焼き払われるものなのか……おや、あれは何だ?」
 北側の崖に巨大な洞窟が口を開けている。
「あれはザダム村のダイコードーだよ。あの奥でたくさん鉱石がとれるんだ」
 リクが指差して答えた。
「ダイコードー? ああ、坑道か。風穴か何かを利用したんだな。随分大きな洞窟のようだ。行ってみよう」
 大坑道の前は広場になっている。おそらく鉱石を運び出し、ここで仕分けたのだろう。洞窟の入り口に立つ。むせ返る熱気が吹き出てくる。
「谷底なのに暑かったのはこのせいか」
 レブンが先に入って行く。リクは首をかしげ、後に続いた。
 中は想像以上に広く、低く落ち込むように続いている。両側の壁面には作業小屋のような跡が幾つも残っている。ここにも多くの遺体が横たわっていた。坑道に隠れようとしたのだろう。熱気が更に流れてくる。
「こいつは結構応えるな。この方角はアガラバザル山の方角だ。近くに溶岩でも流れているのかもしれない」
 レブンは背嚢から小瓶を三つ取り出し、リクとリンに一本ずつ渡した。
「こいつはクーラードリンクといって、飲むと暫くの間、多少の暑さには耐えられるようになる。お前たちはまだ小さいから半分で充分効くだろう。残りはまた暑くなってきたら飲め」
 レブンが一気に飲み干す。リンは量に気を付けながら少しずつ飲み始める。リクは真剣な顔でクーラードリンクの瓶を見詰め、突然レブンに訴えた。
「にいちゃん、やっぱり変だよ! オレ、前にもここに来たことあるけど、こんなに暑くなかった!」
 確かに、まだ坑道に入ったばかりだというのに、これほど暑くては作業にならないだろう。大坑道が暑くなったという話は、スザク村では聞かれなかった。つまり、ザダム村が謎のモンスターに襲われて以降の変化ということになる。アガラバザル山の活動に変化が起きているのだろうか。その時、レブンは何かにつまずいた。村人の頭蓋骨だ。だが近くに体の骨が無い。
「頭だけ?」
 普通、遺体が白骨化した場合、頭と胴はそのまま残り、離れることは無い。レブンはその頭蓋骨を手に取った。何気なくそのまま裏返すと、レブンの顔がこわばった。後頭部の首の付け根の部分に大穴が空いている。喰われた跡だ。レブンは辺りを見回すと、白骨化した遺体を見つけ駆け寄った。どの遺体も、骨が粉々に砕けている。大腿骨の欠片にハンマーのような歯形が付いている。
「この歯形には見覚えがあるぞ!」
 その時、リンが幾つもの気配を感じた。
「あっち! 地面に何かいるよ!」
 リンが指差した方向で、地面に赤く燃えたぎる水たまりのようなものが幾つも現れ、その中心からまるで水面から顔を出すかのように赤い影が次々と飛び出した。碇を半分に切ったような硬い嘴をカンカンと鳴らしている。火山特有の小型モンスター・ウロコトルだ。全長は三メートル程度。尾ビレの付いたタツノオトシゴのような外見をしており、左右に突き出た短い四肢でトカゲのように地面を這う。ウロコトルは縄張り意識が強く、侵入した者を容赦なく攻撃する。地面を灼熱化させ自在に地中を潜ることができ、体当たりや、火炎液を吐きかけて攻撃してくる。レブンはともかく、リクとリンの防具は鳥竜種の素材製のため火にはそれほど耐性が無い。
「いかん、戻るぞ! 出口まで走れ!」
 地面から次々と湧き出てくる。十頭……二十頭はいる。ウロコトルの群れを見掛けた時に最も注意すべきこと。それはウロコトルが、炎戈竜(えんかりゅう)アグナコトルの幼体であることだ。近くに親がいる可能性がある。閃光玉で足止めするが、総てを止めることは出来なかった。レブンは片手剣を振り、撃退しながら後退した。突然地鳴りが洞窟いっぱいに鳴り響いた。ウロコトルの群れの中央で、地面が赤く灼熱化しながら大きく盛り上がった。巨大な体が地面から大蛇のように現れる。炎戈竜アグナコトルだ。ウロコトルの成体だけあり体の特徴に大差は無いが、その大きさは十倍にも達する。体の表面には灼熱の溶岩を纏いギラギラと光っている。
「レブンにいちゃん!」
「早く外へ出るんだ! 急げ!」
 レブンはアグナコトルを睨みながらリクたちに叫んだ。レブンはアグナコトルの注意を引きながらふたりを背にしないよう僅かに回り込んだ。アグナコトルは強力な長射程の熱線を吐く。もしふたりに当たったら一溜まりも無い。レブンは熱線を吐かせぬよう一気にアグナコトルの懐へ飛び込んだ。硬い嘴がレブンを襲う。レブンはすれ違うように避けると、溶岩で赤く光る左前脚に連撃を加えた。剣が溶岩を削り脚の甲殻を切り裂いた。手応えがある。動きにもそれほど切れは無い。どうやらまだ経験の浅い個体のようだ。
「アグナコトルは溶岩流を連れてくる。この熱気はこいつが溶岩の流れを変えたためか!」
 アグナコトルは、体は細長いものの全長が三十メートルもある超大型のモンスターだ。そのため懐に飛び込んだ人間を正確に捉えることは出来ない。レブンは長い尾ビレや前脚に注意しながら死角を取るように立ち回り、確実に攻撃を加えていった。
「にいちゃん、がんばれ――!」
 リクが大坑道出口の陰から顔を出して応援する。レブンは後退する機会を窺いつつ剣を振るった。痺れを切らせたアグナコトルが四肢で地面を掴み全身に力を溜めた。レブンは急いで頭の方へと走った。アグナコトルの全身がバネのように弾け、波打つように豪快に地面を横滑りしていく。突進に数頭のウロコトルが巻き込まれ押し潰される。間一髪レブンはアグナコトルの頭の下へ回転回避し横滑り突進を躱した。アグナコトルが身をよじりレブンを探す。レブンは再び懐へ飛び込むため距離を詰めた。アグナコトルは嘴をカンカン鳴らしながら首を回し振りかぶると、レブン目掛けて強烈な熱線を放った。
「にいちゃん!」
 唸りを上げるビームに、リクたちは思わず叫んだ。レブンは熱線の軌道を読み、喰らうことなく再び左前脚に取り付いた。目にも留まらぬ連撃に、冷えかけ固まり始めた溶岩が甲殻ごと破裂するように砕け散った。叫びを上げながらアグナコトルの巨体が横転する。レブンは横転に巻き込まれぬよう飛びのくと、片手剣を鞘に収め出口に向かって走り出した。外で待つリクとリンに叫ぶ。
「今だ! 村の出口まで走れ!」
 リクとリンは慌てて村の出口へ続く坂へと走った。レブンも後を追う。ようやく起き上がったアグナコトルは坑道を出ようとするレブンを見つけると、烈火の如く怒り咆哮を上げ、巨体を錐揉み状に回しながらドリルのように地中に潜った。
 リクは必死にリンの手を引いて村出口の坂へと走った。
「リン、早く!」
「レブン! 地面から来るよ!」
 リンはアグナコトルの気配に気付き叫んだ。レブンが走り抜けた地面が真っ赤に溶け、アグナコトルの上半身が突き出るように現れた。地中に潜り再び灼熱の溶岩を纏い直し、全身が真っ赤に燃え光っている。アグナコトルは嘴を鳴らすと、首を大きく回しながら熱線を吐き出した。強烈なビームで辺り構わず焼き払う。草が瓦礫が一瞬にして黒こげとなり、熱線の跡が渦巻き状に描かれていく。
「わぁ!」
 リクとリンは柱状の岩陰に飛び込み難を逃れた。レブンも身を躍らせて熱線を躱した。熱線を吐き終わるとアグナコトルは地面から這い出しレブンを見つけた。狙いを定め、地面を滑るように一直線に突進してくる。レブンは身を翻して躱すと、すかさず駆け寄り後ろ脚を攻撃した。アグナコトルの振り向きに合わせて閃光玉を放り上げる。眩しい光にアグナコトルの視力が奪われた。
「登れ! 早く!」
 レブンはふたりに叫んだ。リクはリンを引っ張りながら必死に坂を登っていく。レブンは坂の下まで来ると登らずに剣を構えてアグナコトルを睨み付けた。視力を取り戻したアグナコトルがゆっくりと近付いてくる。嘴をカンカンと鳴らし再び熱線を放ってきた。咄嗟に横へ飛びのいて躱す。熱線が坂に突き刺さり大穴を空ける。レブンは直ぐにその穴の前に戻った。頭上で激しくきしむ音がする。
「さあ来い、火魚野郎!」
 レブンが大声を張り上げて挑発する。烈火の如く怒るアグナコトルが、猛スピードで突進してきた。ギリギリまで引きつけて横へ飛びのく。アグナコトルの硬く長い嘴が坂に出来た穴へ勢いよく突き刺さった。次の瞬間、坂の途中に作られた貯水槽が崩壊し、アグナコトルの全身に大量の水が降り注いだ。灼熱した溶岩が一瞬にして冷却され、爆発するように水蒸気を上げながらアグナコトルの甲殻もろとも木っ端微塵に砕け散った。激しい断末魔と共にアグナコトルの全身がのたうつ。言うまでもなく、溶岩の中を泳ぐアグナコトルにとって水は最大の弱点だ。盾で爆発を躱したレブンは全力で突進すると、外皮を失い虫の息となったアグナコトルの心臓目掛け、渾身の力で片手剣を突き刺した。剣が鍔まで深々と突き刺さる。アグナコトルは最後の絶叫を上げると、ゆっくりと力尽きそのまま二度と動かなくなった。レブンはザダム村に巣くった炎戈竜アグナコトルを討伐することに成功した。
「やった――!」
 坂の上から見ていたリクとリンが、はしゃぎながら駆け下りてくる。レブンは片手剣を引き抜くと大きく息をつき、ふたりに笑顔を向けた。

 レブンたちはザダム村を後にした。調査は充分とは言えないが、アグナコトルがあの一頭だけとは限らない。大坑道からモンスターが侵入してきている以上、もはやザダム村は放棄せざるを得ない。ザダム村が見えなくなっても、リクはまだ興奮していた。
「すげ――! すげ――! やっぱり、レブンにいちゃんはすげ――よぉ!」
「これでザダム村の人たちの仇が取れたね」
 リンも嬉しそうに微笑んでいる。
「ああ、そうだな」
 レブンはそう応えながらも、内心疑問を感じていた。確かにアグナコトルは危険極まりないモンスターだ。だが奴の放つ熱線は直線的で、当たった場所と当たらなかった場所とで大きく差が出る。少なくともザダム村に残された廃墟には熱線による痕跡は見られなかった。
『やはりアグナコトルは村が滅びた後に出現したと見るべきだな。ザダム村を壊滅させた奴は他にいる』
 レブンは真犯人を考えながらスザク村へと急いだ。

 レブンがアグナコトルと戦っていた頃、スザク村の東の森で奇妙な出来事が起きていた。数人の村人が開墾のため、あの巨木のある広場を訪れた。
「ここは結構日当たりがいいから、畑にするのが良さそうだな」
「おい……あれ何だ?」
 村人の一人が指差した。巨木の前に小山のような岩の連なりがある。
「こんな所に岩なんてあったっけか?」
「この前来た時には無かったぞ?」
「開墾の邪魔だな。少々大きいけど掘り起こすか」
 村人は目の前の岩に力一杯ツルハシを打ち込んだ。

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