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トンボ OUT OF EARTH 第1部 天空のエデン
 
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トンボ
 

■旅のはじまり
 粗末な毛皮をまとい、身を切る冷気と空腹に耐えながら、その者達は眼下の不毛の大地を悲しそうに見つめていた。
 身もすくむ断崖の下、途方もなく巨大な谷が、彼らの行く手を遮っている。いや、谷と呼ぶのはふさわしくない。左右に地平線の彼方まで続く巨大な大地の溝だ。
 その群の長たる男は、遙か向こうに霞む斜面に目を向けた。ほとんど垂直に切り立った崖が、見渡す限り続いている。崖の上には、裸の木々が小さく霞んで見える。到底、皆が登れる高さの崖ではない。群には、年老いた者、体の不自由な者もいるのだ。眼下に延々と続く谷底に目を向けても、彼らを満足させる土地は見あたらない。豊かな森も、獲物の駆ける草原も、魚の泳ぐ川も無い。あるのは、ごつごつした岩だらけの大地と、不気味な色の水をたたえた湖だけだ。そして、足下の崖とて、全員無事に降りられる代物では無い。
 ここは大地の縁だ。地を這う者の進むを禁じたこの世の果てだ。
 彼らの陽沈む大地への旅は、これで終わりを告げた。
 年若い長は、来た道を振り返った。彼方には、幾多の群が数少ない獲物を探すサバンナが広がっている。力無き者は倒れ、たちまち獅子や猛禽の餌袋と化す飢餓平原だ。
 その中にあって、彼の群はむしろ恵まれていた。彼らの振るう石斧は確実に獲物の骨を砕き、鋭い槍はより多くの獲物を仕留めていった。だが、肉をうまそうに頬張る子供達の顔を見る度に、彼は悩んだ。この子たちの代になれば、群は更に増え、獲物は更に減るだろう。彼らには新たな狩り場が必要だった。
 群の大人達は、年若い長の決断に従った。彼は陽沈む峰へと群を率いた。だが、幾日を経て辿り着いた先が、この厳しい現実だった。大人達は、ガックリと膝を折った。
 
 髪の長い女が、男の傍らに寄り添った。足下には、歩き始めたばかりの我が子が、彼女の柔らかな腿にしがみつき、男をじっと見上げている。彼は、幼子をたくましい左腕に軽々と抱くと、いつの日かアフリカ大地溝帯と呼ばれるその大地の裂け目に再び向き直った。もはや後戻りは出来ない。男は腰に下げた青い羽根飾りの石斧を掴むと、右手に続く尾根を指し示し、叫(たけ)びを放った。
『北へ!』
 
 今、人類の旅が、始まった。

 
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