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前頁 第1話 デルタ9 目次
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■授業
 旧式の大型三次元プロジェクターが、耳障りなファンの音を漏らしながら、シミュレーションの映像を浮かび上がらせている。
「ボーッと見てるんじゃないぞ! この二人とお前らの操縦と、いったいどこが違うのか。上手くなりたきゃ、テクニックを盗めよ!」
 電子黒板を背に教壇に立つ大柄の実技教官が、演習を終えた生徒達に発破をかけた。
 優に3メートル四方はある大プロジェクターは、すり鉢状に作られた第3演習教室の中心に据えられている。教官は、映像の向こう側に扇状に座る二十二名の生徒達の顔をじっくりと見渡した。誰もが最後のペアのシミュレーションに呆れ顔である。
「んなこと言ったって……」
「いったい、どういう操縦すりゃ、あんな動きが出来るんだ?」
「あっ、そーか。3番の補助タンクから先に切りゃ良かったのか〜」
「バーカ、そんぐらい気付きなさいよ。それより、リアブロック5番の暴走したアポジモーターの殺し方よ。アームの駆動半径ギリギリで、最短距離で支持してる。レノアったら、まさかあれ、目測でやってるの?」
 生徒達は、思い思いに最後のペアの分析を行った。
 
 プロジェクターには、迷走する大型宇宙輸送船の様子が映し出されている。クジラを彷彿させるその船体は完全にコントロールを失い、軽いキリモミ状態で暴走している。先端のコックピットは無惨に大破し、左舷コンテナ外壁もズタズタに裂けている。緩衝宙域であるダンパー粒子雲の外を航行中、運悪くスペースデブリ群(高速で飛翔する宇宙ゴミ)と交錯し被災した想定である。
 コンテナには、スペースコロニー用のミラーパネルが満載されてる。キリモミにより生じる遠心力により、崩れかけた積み荷が、損傷激しい左舷外壁をジワジワと圧迫している。このまま放置すれば、外壁は弾け、無数のミラーが周囲に飛び散る事になる。生徒達の課題は、この危機的状況を速やかに収拾しつつ、輸送船の生存者を救助する事であった。
 
 傷ついた船体の表面には、最後のペアが操縦する2機のEVU(Extra-Vehicular Unit:宇宙空間用作業機械類)と呼ばれる大型作業ロボットが取り付いていた。二人が操るEVUは、手長の亀の様な形をした汎用型の単座式ロボットである。
 一般の生徒達は、同型機でも救難作業用に換装されたタフな機体を使用する。だが、今演習を行っている機体は、軽作業向きのドノーマルの機体であった。最後のペアは、その非力な機体をスペック一杯に使いこなし、テキパキと救難作業を進めていた。
「すげーな〜。コンテナの外壁、あんなに余裕無かったけどな〜」
「お前のは、トロいからだろ。さっさとやりゃ、外れやしねーよ」
「それだけじゃ無いぞ」
 えらの張った体格のいい教官が、生徒達の寸評に加わった。教官は手元のコンソールを操作し、モニター上の輸送船に重心軸と回転軸を追加表示した。
「ロアンの制動のかけ方をよく見ろ。このシミュレーションでは、コックピットの損壊で輸送船内部からのコントロール回復が出来ない。よって、各アポジモーターの推力調整やノズル制御を、外部から直接やらなきゃならん。キリモミを止めるだけでも十分厄介なミッションなのに、あいつは、ノズルを微妙にずらし、螺旋状に制動を掛ける事で回転軸を左舷にシフトさせ、破損部分にかかる遠心力まで押さえ込んでいるんだ。これなら、船体の応急処置も最小限で済むから、他の作業を同時進行し易くなる。被災者の検索、輸送船の減速、制動、応急処置。あいつらは、たった二人でそれらを同時に行っているわけだ。模範解答として非の打ち所が無い。まったく、ロアンのセンスといい、それに答えるレノアといい、毎度の事とはいえ呆れるな。いったい、俺の立場はどうなるんだ?」
 生徒達は、教官の愚痴を笑った。
 
 月の公転方向前方、重力均衡宙域ラグランジュ・ポイント4に位置するスペースコロニー群「フロント・アイランズ」。円筒の一端に3枚の細長いミラーを取り付けた旧式のシリンダー型スペースコロニー「デルタ9」は、現在、フロント・アイランズの月側最外周部に他のコロニーから離れて設置されている。デルタ9は、宇宙開拓初期に建造された9基の実証試作コロニー「フロンティア9」の一つである。史跡保存されているガンマガンマ、デルタ1の2基を除けば、現存する最古のコロニーで、来年には解体される事が決まっている。
 彼らは、この旧式コロニー内にある名門校、デルタ9工科高等学校の生徒である。
 デルタ9工科高等学校は、若手宇宙技術者育成のために創設された最古の宇宙工科高校で、優秀な技術者、パイロットを数多く輩出している。特に、EVUパイロットの育成は有名で、フロント・アイランズはもとより、地球やリア・アイランズなど、各地から生徒が集まって来る。
 
 EVUやスペースクラフトなど無重力環境下重機の操縦訓練は、通常、成人してから行われる。これは、成長期にある未成年者の方が、宇宙の風土病とも言える低重力障害になり易いからである。宇宙居住基本法の中でも、未成年者の低重力滞在時間は厳しく制限されている。その為、未成年者がパイロット技術を習得するには、時間管理、健康管理の徹底された専門の養成校に進むケースが多い。
 デルタ9工科高校も、他の養成学校同様、厳しい生活管理の下、教育が行われている。だが、そのカリキュラムは、他校とはかなり様子が違っていた。工科高ほどの名門ともなると、入学前から操縦技術をマスターしている新入生も多く、生徒の技術レベルは一般の水準より遙かに高い。2年生になって間も無い彼らが取り組んでいるこの課題も、他校であれば卒業研修に使われる難易度の物である。
 
 そんなハイレベルな生徒達の中でも、このロアン・ブレイドとレノア・リー・ルージュのペアは桁外れだった。
 ロアン・ブレイドは、一見大人しく地味な生徒だが、成績は常にトップである。学園祭に行われる伝統のEVU競技会「カルディアネスの板」においても、彼は、5年間破られていなかったハイスコアを、まだ1年生の時にアッサリと塗り替えてしまった。俊敏な動きをする彼の操縦技術には、ベテラン揃いの教師達でさえ、もはや教えることがほとんど無い有様だった。
 一方、ロアンとペアを組むレノア・リー・ルージュもまた、ベスト3が指定席という女子ナンバー1の生徒である。操縦のキレこそ及ばないが、精密操縦ではロアンさえも凌ぐ腕を持っていた。そして何より、この二人の息の合った連携は、他者の追随を全く許さなかった。
 
 モニター上の状態マーカーが、赤から黄色へ変わった。
「ゲー、マジかよ〜。取り付いて、5分で危機回避〜?」
「参考になんないよ、こんなの〜。出来っこないじゃん」
 一斉にブーイングが上がる。
 この手のミッションは、対応が早ければ早いほど、作業の難易度は下がっていく。ロアンの操縦は、常に全開に近い加速減速を行いながらも、その制動には無駄が一切無く、不要に機体が泳ぐこともない。極端に短いクリア時間は、この操縦テクニックの賜物である。AI制御下ならともかく、マニュアルベースの操縦でこれをやるには、相当高度な操縦技術が要求される。慣性、加速、ブースト圧など、機体の状態を瞬時に把握出来なければ、とうていマネ出来る芸当ではない。ロアンのテクニックは、既に一流パイロットの域に達していた。
 
「……あら? レノアの方がスコアがいいわ」
「ホントだ。ロアンの奴、何かミスったのか? 全然気付かなかったけど?」
「あ。そういや、この間も……」
 クラスメートの間に、小さなざわめきが起こった。解析モニターを見ると、確かにレノアのスコアが、ロアンをわずかに上回り始めている。
 EVU実技教官のムンマ・エンデは、コンソールを操り、ロアンの減点内容を分析した。見ると、全般を通じて機体の制動動作に妙な癖が出ている。いつもなら歯切れ良くブースト圧を切り替えるところを、わざわざ鳥が舞うようなしなやかなリズムを付け、機体を微妙に揺らしている。どうやら、意図的に行っているようだ。エンデは、前回のログも呼び出し、比較してみた。そして二つの記録から、ロアンが何をしているのかを理解した。
『やれやれ。授業はそっちのけか』
 エンデは、タメ息をついた。

 
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