■ロアンとレノア
シミュレーションが終わった。結果は、ロアンを僅かに抑え、前回に続きレノアがトップとなった。クラスメート達は、既にうんざりした顔で、黒板左手奥に見える2番機シミュレータのハッチを見ていた。
2番機のハッチが勢いよく開け放たれた。中から飛び出したレノアは、そのまま教官の前を全速力で横切り、右手の1番機シミュレータに駆け寄った。
「ロアン、ロアン!」
レノアは、使い込まれたハッチを華奢な白い手で激しく叩いた。彼女の大きな瞳は、既に涙目である。1番機のハッチが開き、中からロアン・ブレイドがボケッとした顔で出てきた。
「な〜に、レノ──」
ロアンが答えるより早く、レノアはその胸にすがりつき、問いただした。
「やっぱり、どっか具合が悪いのね? どーして言ってくれないの、ロアン?!」
「べっ、別にどこも悪くな」
ロアンは慌ててレノアをなだめようとした。
「ウソ! どこも悪くないなら負けるわけ無いじゃない! ロアンは、私よりずっとずっと上手いんだからー!」
レノアは、ロアンの胸に顔を埋め、大声で泣き出した。彼女は、ロアンの事となるとすぐに見境が無くなる。
『やれやれ、またか……』
クラスメートは皆しらけた顔で見慣れた光景を見ていた。
この優等生カップルは、1年の時から、何かと目立つ存在だった。レノアは、ロアンに何かある度に一喜一憂して大騒ぎし、ロアンも、レノアのためならと、その実力を存分に奮った。そのためこの二人は、事ある度に余計なトラブルの素となっていた。まだ1年の内から「カルディアネスの板」に挑戦した事も、上級生と起こしたそんなトラブルが原因だった。そしてその結果、今やロアンは、押しも押されもしない工科高のエースとして周囲に認められているのである。
エンデは、頭を抱えた。
「おい、レノア! これが具合が悪くて出るようなスコアか。授業はまだ終わってないんだから、サッサと席に着け!」
エンデは、出席簿を振って、二人を追っ払った。
「あっ、スイマセン。ほら、泣かないで、レノア。ホントに何ともないから」
ロアンは、レノアの肩を抱き涙を拭いてやりながら、自分たちの席に戻った。
他の生徒達が、そんな二人を見ながら雑談していた。
「しっかしロアンの奴、いつもあんなで、うっとーしくねーのかなー」
「あの二人、幼なじみなんでしょ? レノア可愛いし、言うこと無いんじゃない?」
「俺もこの間、ロアンに聞いてみたんだ。他の女子とか興味ないのか、って」
「そしたら?」
「『何が?』だと」
クラスメート達は、肩をすくめた。
ロアンとレノアは、両親が親友同士で、生まれた時からずっと一緒だった。
ロアンの両親は優秀なEVUパイロットで、よく一人息子を自分たちのマシンに乗せていた。ロアン自身も、両親と宇宙に出る事が大好きで、事ある毎に、自分も乗せるようせがむのだった。そんな境遇もあり、ロアンは、自転車より先に、EVUの基本操作を覚えてしまっていた。ロアンの無重力滞在時間は、いつもギリギリであったため、一家はよく厚生局の呼び出しを受けていたものである。だが、当のロアンは、そんなことにはお構い無しの腕白坊主だった。
一方、レノアは、そんなロアンのシャツの裾をいつも掴んで放さない女の子だった。彼女の父親もパイロットで、父やロアンの両親に付き添われ、彼女もよくロアンと一緒に宇宙に出た。あの頃は、レノアはいつもロアンの背中に隠れている内気な女の子だった。
そして十年前、西暦2101年。二人はあの悲劇に巻き込まれた。
ロアンの両親は、未曾有の大惨事を防ぐため、多くの仲間と共に命を落とした。残されたロアンは、レノアの両親に引き取られ、以来、家族同然に育てられたのだった。
昼休みを告げるチャイムが鳴った。生徒達は、礼をすると第3演習教室を後にした。
「今日は、結構自信があったんだけどな〜」
クラスメートのラジェス・クマールが、ロアン達に話しかけてきた。ラジェスは、男子のナンバー2で、ベスト3の残る席が彼の指定席だった。ロアンと違い、操縦に華やかさは無いが、堅実でミスのない安定した実力の持ち主である。筋肉質の体格に似合わず穏和な性格で、ロアンとはよく馬があった。
「調子が悪かったのなら、ロアンに勝てるチャンスだったのに。惜しいことをした」
笑顔で悔しがるラジェスに、レノアがふくれた。
「そーいう嫌みな会話は、余所でやってくれねーか」
今度は、ケイン・クレセントとイリーナ・ティッセがやってきた。
「やあ、フォース。今日は何位だった?」
ラジェスがケインにわざとらしく尋ねた。
「4位だよ。決まってんだろ」
ケインは、定番の嫌みにムッとして答えた。
「まあ、お気の毒ぅ〜」
レノアはそう言って茶化すと、隣に来たイリーナと一緒にクスクスと笑った。
「ったく。同い年じゃ俺が宇宙一だと思ったのによ〜。鬼みてーに上手い奴が、しかも3人もいやがるなんて」
ケインも優秀な生徒だったが、如何せんその操縦には、性格同様、少々荒っぽいところがあった。そのため、順位は常に4位で、みんなにフォースと呼ばれていた。一方、イリーナは、レノアと大の仲良しで、寮のルームメイトでもある。彼女は大人しく控えめな性格で、レノアが何かにつけ世話を焼いていた。
5人が教室を出ようとすると、教官のエンデが話しかけてきた。
「その歳ですっかり古女房かと思ったら、レノアも案外、ロアンの事がわかってないんだな。先生も安心したぞ」
「それ、どういう意味ですか、先生?」
レノアは、ムッとしてエンデに尋ねた。エンデはニヤリと笑い、ロアンの方を向いた。
「ロアン。お前、アダムの練習をしてただろう?」
「……スイマセン」
ロアンは鼻の頭を掻いた。なぜ最近ロアンの成績が下がってきたのか、レノアにもようやく理解できた。
「何だ、そうだったんだ。……私、ビックリしちゃった」
レノアはまたベソをかき、右手で軽くロアンの胸を叩いた。
「ごめん」
ロアンの言葉に、レノアがコクリと頷いた。
「アダムって……、あの、ロアンが今度テストパイロットをする事になってる人型EVU?」
ラジェスが尋ねた。ロアンは、ちょっとすまなそうな表情を浮かべ、頷いた。
工科高のOBは、メーカーや研究機関など、宇宙産業の至る所にいる。そのため、テストなどの協力依頼が、その人脈を通じてしばしば舞い込んでくる。今回の実験機の話も、そんな数ある依頼の一つだった。
「チェッ。羨まし〜ぜ。おれももう少し操縦が上手きゃな〜」
ケインは、タメ息をついた。
「まあ、そうぼやくな。今回は、男女一人ずつの要請だったからな。次のチャンスは、お前らに回してやるから、せいぜい腕を磨いとけよ」
エンデはそう言ってケインの肩を叩くと、再びロアンとレノアの方を向いた。
「実はその事で……、お前達に話しておかなきゃならん事があるんだ」
エンデは深刻な表情で二人を見た。ロアンとレノアは何を言われるのかわからず、緊張した面もちで教官の次の言葉を待った。一瞬の沈黙の後、エンデはニヤリと笑い、二人に告げた。
「明日、いよいよ実機が届くぞ。お前達のアダムとイブが!」
「! ホントに?」
ロアンの目が輝く。エンデは笑顔で続けた。
「ああ。午前中には2機とも港に着くそうだ。お前らのパーソナルデータは、既にインプリント済みらしいから、来週早々には実機テストに入るぞ。早速、お前らの時間割を再計画せんとな」
「ワー。やったね、ロアン!」
レノアがロアンに抱きついた。ロアンは照れながら嬉しそうに笑った。
「明日は休みだし、用事が無いならお前達も連れてってやるぞ」
エンデは、ラジェス達も誘った。勿論、断るような輩ではない。5人は教員宿舎前に集まる約束をして、興奮しながら食堂に向かった。
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