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前頁 第1話 デルタ9 目次
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■PEVU
「あ! ダメよ、イリーナ。ちゃんと牛乳も取らなきゃ」
 レノアは横から手を出し、オーダーパネルの牛乳パックを押した。パネルには、イリーナの最近の食事内容と栄養摂取計画から逆算した個人用メニューが表示されている。イリーナは牛乳が嫌いなため、パネルから消えたことがない。
「フエ〜ン。許して、レノア〜。カルシウムの錠剤ならちゃんと飲むから〜」
「ダ〜メ。飲むのよ。栄養は、極力、自然食品から摂るようにって、健康維持の授業でいつも注意してるでしょ」
 レノアは、教師の真似をしてイリーナのメニュー選択に指図した。
「なんで〜なんで〜、牛乳ぐらい。それでもパイロット志願か?」
 ケインが、呆れながら隣のオーダーパネルの前に立った。にんまり笑う給食のおばさんの画面が消え、ケインの選択メニューが現れる。
「ゲ。魚料理ばっか」
「出るだけマシだろ」
 横でラジェスが、ボールいっぱいのサラダとオレンジジュースだけのトレーを持ってしょげていた。
 
「オウ。こっち空いてるぜ〜」
 ケインが、テラスの丸テーブルを陣取り、手招きしている。
 デルタ9の気象設定は、北半球の西岸海洋性気候をベースに設定されており、5月のこの時期は、実にすがすがしい。今日は朝から快晴のため、谷(陸部)の気温もだいぶ上がり、心地よい河風(窓風)も吹いている。上空には小さい雲が一つ二つ浮かび、その向こうにセンターシャフトと二つの谷がはっきり見える。
 ロアンはレノアの隣に座ると、雑誌棚から持ってきた週刊誌大のオンラインペーパーを取り出した。誰が最後に使ったのか、他のコロニーで開催される週末の競馬情報が表示されていた。
「ロアン、お行儀が悪いー」
 レノアは、サッとオンラインペーパーを取り上げた。
「あ〜っ。明日の天気を見るんだよ〜」
 ロアンはレノアから取り戻すと、コロニー管理局の気象計画情報を呼び出した。明日の降雨計画は5%となっていた。ロアンは、思わず笑みを浮かべた。
「おい、ロアン。そいつはち〜と気が早いんじゃねーのか?」
 ケインが笑っている。ラジェスもそれに続いた。
「そうそう。入港審査やら機体登記やらで、明日中に学校まで運ぶのは無理だろ〜。だいいち、土曜日だしさ」
「っ、ちょっと調べてみただけだよ」
 ロアンは、ばつが悪そうに答えると、ウィンナーをかじった。
 
「それにしても、早く見たいな〜。いったいどんな機体なのかな〜」
 ラジェスは、さっさとボールいっぱいのサラダを平らげると、椅子の背もたれに寄りかかって呟いた。
「何だよ。ジオメタル社のEG7ベースの改良機じゃないのか?」
 ケインは、魚の小骨と格闘しながら尋ねた。彼らも、アダムとイブのシミュレーションは数回見学させてもらっていた。レノアが、パンを千切りながら、その問いに答えた。
「シミュレーターの映像は、仮なんだって。形状データが間に合わなくて、とりあえず同じ人型の物を流用したそうよ」
「じゃあ、レノアもまだ見たことないの?」
「うん」
 レノアはイリーナに頷いた。
「まあ、外見はともかく、アダムやイブって、どういう機体なんだ? さっきの授業、その練習してたって言ってたけど、そんなに扱いにくいのか?」
「パイロットスーツも専用だし。確か、それもあって、僕たちは乗れないって聞いたぞ」
 ケインとラジェスの問いにどう答えたものか、ロアンは戸惑った。
「シミュレーター自体、完全じゃないらしいんだけど……、何て言うのかな……。操縦し易過ぎるんだ。その……、遊びが全然無いっていうか……。ふかせばふかしただけ、振り回せば振り回しただけ、気味が悪いほど良く動くっていうか……」
「操縦が軽いのか?」
「そういうんじゃないのよ。その……、操作しようとすると、もう動いちゃうっていうか……。とにかく、操縦の感覚が妙なのよね」
 レノアが、思い出しながら答えた。
「『今は変に操ろうとせず、感覚的に流せ』って言われてるんだけど、どーもまだシックリ来ないんだ」
「何だぁ? 俺達の操縦だって、いつもそうじゃねーか。俺はいちいち意識して操縦なんてしてねーぜ。考える前に、手足が動いちまってるよ」
 ケインは、二人の話がどうもピンとこなかった。
「いや、そういう事じゃなくて……」
「そう言えば、この間の通信ミーティングで、変なこと言ってたね。『これはEVUじゃない。PEVUだ』って」
 レノアはロアンを見た。ロアンもその事を思い出し、頷いた。
「PEVU?」
「何だい、そりゃ?」
 実際、二人はこの実験機のプロジェクトについて、ほとんど何も知らされてはいなかった。彼らはあくまでも被験者であり、まだ実験課題とそれに伴う予備知識程度しか与えられていない。そもそも二人がこのプロジェクトに参加して、まだ一ヶ月しか経っていなかった。
 結局、要領を得ないロアン達の話ではラジェス達にも皆目分からず、この話題はそこで途切れた。

 
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