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 act.27 決戦
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 白いオーラをまとう四象獣ケルビムと、黒いオーラをまとう四象獣リヴァイアサンが、ウバン沼の畔で最後の激闘を繰り広げている。文字通り背水の陣となったケルビムは、リヴァイアサンの攻撃に圧倒されながらも、怯むことなく詰め寄った。最後の力を振り絞り炎の剣を腰だめに構えるとリヴァイアサンに突進した。炎の剣が回転し、迸る炎が円錐状に渦巻く。リヴァイアサンの攻撃を跳ね返し、ついに炎の剣がリヴァイアサンの胸を捉えた。分厚い鱗が砕け、血肉が飛び散る。切っ先が体の中心目掛け突き刺さる。だが、あと少しのところで剣の動きが止まってしまった。もはやケルビムには、リヴァイアサンを貫くだけの力は残っていなかった。リヴァイアサンは皮膚を焼きながら左腕でがっしりと炎の剣を受け止めると、ついに真っ二つにへし折った。よろけ後ずさるケルビムに、リヴァイアサンが突進する。焼けただれた左手でケルビムを捕まえ、黒い炎に包まれた右腕でケルビムの胸を力一杯貫いた。爆光を放ち、ケルビムの胸に大穴が空く。ケルビムは断末魔の咆哮を上げると、ゆっくり仰向けに倒れた。白い巨体が轟音と共にウバン沼に没し、動かなくなった体がそのまま沼深く沈んでいった。
「クックックッ、ハッハッハッ。これでもはやエルリムを守る者は無い。わたしの勝ちだ!!」
 リヴァイアサンは傷だらけの体で大きく天を仰ぎ、聖魔の森を揺らす雄叫びを上げた。その時、えぐられたリヴァイアサンの胸を鋭い閃光が貫いた。木々をなぎ倒し、巨体が仰向けに倒れ込む。
「な、何だ!?!」
 予言者シは、一瞬何が起きたのか理解できなかった。
「命中! 2発目行くよ!」
 戦闘態勢を取ったフロートシップが、巨木の上を滑るように迫る。甲板や側舷には造魔を応用した機銃が並び、船底全体がワニの口のように主砲の砲門を開いている。主砲砲手は巫女ルーが担当し、操舵を巫女ミーが、銃座をトリ男たちが受け持っていた。主砲にエネルギーがチャージされていく。全長20メートル近いフロートシップだが、全長が200メートルを超えるリヴァイアサンに比べれば、力の差は歴然である。手負いとはいえ、主砲の1,2発で倒せるような相手ではない。
「クッ……ゲヘナパレのオモチャか! こしゃくな真似を!」
 予言者シはリヴァイアサンの体を起こした。如何に四象獣といえど、ここまで消耗が酷くては再生もままならない。直ちに反撃に出ようとしたが、そこへ魔攻衆が蜂の群れの如く襲いかかった。傷口に取り付き次々と攻撃を加える。一人一人の力は小さいとはいえ、体中の傷をえぐる攻撃にリヴァイアサンが藻掻きだした。
「ほ〜ら2発目! みんな除けな!」
 船体を流れるように回し、リヴァイアサンの胸の傷に2発目の主砲を叩き込んだ。血肉が飛び散り、傷口が溶岩のように焼けただれる。たまらずリヴァイアサンの巨体が再び倒れた。
「お、おのれ!」
「シゼ! 今日こそ決着を付ける!」
 予言者シの上空にコリスが立ちはだかった。リヴァイアサンの頭部にある魂の座は、未だに露出したままだ。コリスは渾身の力を込め熱線を放った。だが攻撃は予言者シの頭上であっさりと跳ね返された。魂の座は強力なバリアで守られていた。
「つけ上がるな!」
 リヴァイアサンの体中の鱗から光の刃が撃ち出され、襲いかかる魔攻衆を蹴散らした。神殿守備隊とコリス隊だけでは、余りにも数が少なすぎた。自由になった1本の首が砲撃体制に入ったフロートシップに狙いを定める。
「ミー! 軸線そのまま! 発射!」
 ルーが放った主砲がリヴァイアサンを直撃する。だが、リヴァイアサンもまた、ひるむ事無く熱線を放った。ミーが船体をロールさせ緊急回避する。熱線がフロートシップの左舷をかすめ、側舷を銃座ごと焼き飛ばした。フロートシップが黒煙を上げて樹海の中に沈んでいった。
「くそう!」
 コリスにゼロとメロディーも加勢したが、バリアはびくともしなかった。リヴァイアサンの額の部分にある魂の座には、腰まで埋まった四人の人影が前後左右に並んでいる。一番奥が予言者シ。左右に仮面の八熱衆アビーチとプラタナ。そして一番手前には黒いフードの男。
「カフー! あれはカフーよ!」
 コリスの元へ飛んできたバニラが、黒いフードの男を指さした。男に意識は無く、動かない。
「カフー! 返事をして、カフー!」
 必死に叫ぶバニラを、予言者シが笑った。
「ハハハ、無駄無駄無駄。カフーは我が手に堕ちた。目覚めることなど」
「……バニ……ラ……」
 動かないはずのカフーの体が動き始めた。
「バッ、バカな!」
 カフーの意識が予言者シの術を強引に振り解く。魂の座を守るバリアに揺らぎが生じる。
「カフー!」
 バニラは思わずカフーのそばへと舞い降りていった。
「チイッ!」
 魂の座の周囲から無数の触手が伸びバニラを襲う。
「いかん!」
 コリスは慌ててバニラをかばい、剣を振るった。
「グフッ!」
 1本の槍のような触手が、コリスの体をしたたかに貫く。ゼロとメロディーは慌てて迫る触手を薙ぎ払うと、コリスとバニラを抱えて上空へ退避した。バニラは必死に手を伸ばし叫んだ。
「カフ――ッ!!」
「バニラ……バニラ――!!」
 カフーの意識が予言者シの呪縛を跳ね返した。異物となったカフーによって、魂の座のバリアが激しく揺らぐ。この期を逃さずゼロとメロディーが突進した。
「おのれ!」
 予言者シはリヴァイアサンの首を大きく揺らし、無数の触手で防戦した。
「くそう!」
「キャア!」
 今一歩のところで、ふたりは大きく弾き飛ばされた。
「アビーチ、プラタナ! カフーを押さえ込め!」
 予言者シは、リヴァイアサンの体勢を立て直そうとした。その時、リヴァイアサンの傷だらけの体に、無人のフロートカーが次々とミサイルのように激突した。
「ウォ――!」
「奴を潰せ!」
 ついに魔攻衆本体が到着した。数百名の魔攻衆が、次々とリヴァイアサンに取り付いていく。
「ミー! このまま傷口に突っ込め!」
 リヴァイアサン正面の木々の間から、火を噴くフロートシップが浮かび上がった。
「イケ――!!」
 フロートシップがリヴァイアサンの胸の傷口に突き刺さり、ゼロ距離射撃で主砲を放った。最後の一撃がリヴァイアサンの体を貫通した。
「ウォ――ン!!」
 瀕死の重傷を受けリヴァイアサンが崩れるように横転する。だがそれでもまだ、リヴァイアサンは死んではいない。
「くそう! どうした、アビーチ、プラタナ!」
 予言者シは焦った。だが、ふたりの八熱衆は命令に全く従わなかった。ふたりは仮面の上から血の涙を流していた。フロートシップが大爆発を起こす。振動が魂の座を揺さぶり、アビーチとプラタナの仮面が落ちた。
「あれは……リケッツ、レバント!」
 血の噴き出る傷口を押さえながら、コリスはふたりの正体に驚いた。ふたりの視線が真っ直ぐにコリスを呼んでいる。魂の座のバリアが音をたてて砕け散った。
「ウォ――ッ!!!」
 コリスは剣を構え、青い流星となって予言者シへ突っ込んだ。触手の攻撃を吹き飛ばし、ついに予言者シの胸深くコリスの大剣が貫いた。
「ウワアアアア!!!」
 コリスは虚しく宙を掴むシゼの体を左腕で抱きしめると、そのまま右手の剣でシゼの内臓を切り裂いた。
 バニラもカフーの元へ舞い降りた。ふらふらのカフーの体が、魂の座からズルリと抜ける。
「バニラ、カフーを連れて行け」
 レバントがバニラに微笑んだ。リヴァイアサンの体中で爆発が始まる。再び駆けつけたゼロとメロディーがバニラとカフーに手を貸す。
「コリス!」
 ゼロはコリスにも手を差し伸べた。背を向けるコリスの憑魔陣が弾ける。腰から肩までぶち抜かれた傷口によって、コリスの全身は血まみれだった。
「すまぬ……わたしはここまでだ。あとの事は任せたぞ!」
 魂の座が崩れだし、火柱が上がる。
「コリ――ス!!」
 ゼロたち四人が魂の座から離れる。炎の中で、ナギ人千年の歴史が最後の時を迎えた。
「コリス……にい……さん……」
「シゼ、わたしも一緒だ」
 リケッツとレバントに見守られながら、コリスは義弟のシゼを力一杯抱きしめた。魂の座が光の中に消えていった。
「退避――! 全員退避じゃ――!!」
 魔攻衆を指揮していたウーが、声をからして退去を告げる。リヴァイアサンの体から無数の光が噴き出す。大地を揺らす轟音と共に、無敵の竜の巨体が崩壊していった。

 ついに予言者シの狂気と共に四象獣リヴァイアサンは倒された。魔攻衆にもかなりの損害が出たが、その士気はいよいよ高まった。
「ウー様、ウー様!」
 トリ男たちがウーの元へ駆けつける。フロートシップの乗員たちも無事に脱出していたようだ。
「聖魔のへたった奴は持っといで! まとめて面倒見てやるよ!」
「憑魔甲が壊れた人は? 今の内に直すわよ!」
 ススだらけの巫女ルーとミーが呼びかける。
「いよいよエルリムと決戦じゃ! 時間が無いぞ!」
 ウーが檄を飛ばす。怪我人の手当、部隊の再編が急ピッチで進む。
 憑魔陣を解いたゼロは、肩で大きく息をした。朝から戦い詰めの体が悲鳴を上げている。ここ時空の狭間では時間の感覚が掴みにくいが、日没までにはまだ時間がありそうだ。ウバン沼を抜ければ御神木バオバオまでは一直線だという。エルリムとの最終決戦は近い。
 ゼロは辺りを見回しメロディーを見つけた。メロディーはウバン沼の方をじっと見つめていた。
「どうした、メロディー」
「ゼロ……あれ見て!」
 大きなウバン沼の向こう岸で、傷だらけの白い巨人が水中から姿を現した。
「ケルビムよ!」
「生きていたんだ!」
 ゼロとメロディーは一瞬にして漂着すると、ケルビム目指し飛び立った。聖霊アラボスは死んだふりをして沼の底を逃げていたのだ。瀕死のケルビムを操り、何とか岸に這い上がる。
「待て――っ!」
 ゼロとメロディーが迫る。背後には追撃する魔攻衆が雲霞のごとく押し寄せてくる。ケルビムは胸に大穴の空いた体で、地面に這いつくばっている。
「くっ、来るな――!!」
 アラボスは無理矢理ケルビムを起き上がらせると、巨大な光の裂け目を作り、ケルビムを飛び込ませた。魔攻衆本体が駆けつけると、ケルビムを飲み込んだ光の裂け目は、陽炎のように消えてしまった。ゼロとメロディーと共に。

 寒風に枯れ草の平原が揺れている。空中に光の裂け目が現れ、満身創痍の四象獣ケルビムがよろけながら飛び出した。2,3歩進むと、右足が根元から千切れ、その場にへたり込むように尻餅をついた。聖霊アラボスは、魔攻衆の追撃からとりあえず逃げおおせた事に安堵のため息を吐いた。ケルビムの魂の座には、拘束され気を失っているマテイとマハノンがいる。アラボスは舌打ちし、ふたりをののしった。
「お前たちが聖霊の責務を果たせば、こんな無様な事にはならなかったのだ! とにかく今は、ケルビムの回復を急ぐしかあるまい」
 その時、アラボスの頭上から声が響いた。
「逃がしはしないぞ!」
「観念しなさい!」
 見上げると、完全武装したゼロとメロディーが浮かんでいた。
「フ、フッ。お前たちだけで何が出来る!」
 アラボスは一瞬ひるんだが、すぐにふたりを笑った。魔攻衆本体が辿り着くまでには時間が掛かる。完全ではないにせよ、蹴散らす程度には回復するはずだ。アラボスは、かろうじて動かせる右手を使い、ゼロたちの攻撃を凌いだ。羽根1枚1枚が聖魔となってふたりを襲う。
「くそう! これじゃ、ケルビムに取り付けない!」
 蹴散らすことは出来ても、次から次へと襲い来る聖魔に、完全に足止めを喰らってしまった。
「そうだわ!」
 メロディーは、ゴランの森であの少年に貰ったペンダントを思い出した。それは小さく滑らかな瑠璃色のペンダントだった。軽く押すと蓋が開き、中には一人の老女と二人の子供の写真が入っていた。そして澄んだ不思議な音色が流れ始めた。
「この曲、パレルの子守歌だわ!」
 それは不思議なオルゴールだった。淡い音なのだが、戦いの中でも確実に聞こえる。辺りにいる者の脳へ直接響いてくる。
「な、何だ、この音色は?!」
 アラボスが頭を抑え藻掻き始めた。聖魔も活動をやめ、羽根に戻り舞い落ちていく。ゼロとメロディーは頷くと、オルゴールに併せパレルの子守歌を歌い始めた。

   緑萌ゆる永遠(とわ)の都(みや)
   栄え打つ時の槌(つち)
   黄金(こがね)砂とて
   明日あれパレル遙かに

「ウウ……」
「……これは」
 拘束されていたマテイとマハノンが目を覚ます。メロディーは思わず叫んだ。
「マハノン! 戦いをやめさせて!」
「おのれ!」
 アラボスがマテイとマハノンに再び術を掛ける。激しい衝撃がふたりを襲った。
「アアッ!」
「クッ……ゼロ! 我らを討て!」
 マテイが身を切る衝撃に耐えながら叫んだ。
「我らごと魂の座を破壊しろ! ケルビムを葬るにはそれしかない!」
 マテイは身動きの取れない体のまま渾身の力を振り絞り、魂の座のバリアを破壊した。
「メロディー! 早く!!」
 マハノンも必死に抵抗しながら叫ぶ。
「そんな! 何とか出来ないの、マハノン?!」
 メロディーは真っ青になって叫んだ。アラボスの術が効き始め、少しずつバリアが復元し始める。
「何をしている!! 早くしろ!!!」
 思わずメロディーはゼロを見た。ゼロは覚悟を決めるとブレードチャンバーのエネルギーを一気に解放した。膨大なエネルギーがゼロの体を包み込む。メロディーも覚悟を決めるとゼロに倣った。
 ふたりの体が激しい輝きの中に消えていく。二つの太陽をマテイとマハノンは穏やかな表情で見上げた。眩しい二つの輝きが落下し、魂の座を貫く。一瞬の静寂の後、ケルビムの体中から閃光が噴き出した。
「ウオ――――ン!!!」
 ケルビムの巨体がゆっくりと倒れ、巨大な光の中で崩壊した。

 岩と枯れ草の連なりが静寂に包まれる。巨人の亡骸の中央で、白い灰をかき分けゼロとメロディーが立ち上がった。腰のブレードチャンバーは折れ、憑魔甲も聖魔の繭ごとボロボロに壊れている。メロディーが手にしていたオルゴールも、壊れて二度と音を奏でない。
「ゼロ……あれ」
 魂の座のあった辺りにアラボスの死体が見える。近付いていくと、更にマテイとマハノンの遺体が見えた。ふたりは言葉を失った。胸から下の無いマテイとマハノンが、穏やかな笑みを浮かべ手を繋いで横たわっていた。
「ウウ……」
 メロディーは泣き崩れた。ゼロはふたりの安らかな死を祈ると、彼方へと真っ直ぐに目を向けた。視線の先に、天に根を張る御神木バオバオがそびえていた。
「メロディー」
 ゼロはメロディーの肩に手を載せた。ふたりはバオバオをじっと見つめると、真っ直ぐに歩き始めた。
 壊れたブレードチャンバーを外し、憑魔甲を捨てる。ふたりにはもはやナイフ一本残っていない。錬金術師、繭使い、ナギ人、魔攻衆、そして聖霊。もうこれ以上誰も死なせはしない。多くの尊い犠牲を背負い、強い意志だけがふたりを突き動かした。エルリムに「去れ」と伝えるために。

 幹の周囲だけで1キロ近くあるだろう。見上げれば目の眩む高さだ。とうとう御神木バオバオに辿り着いたのだ。バニシング・ジェネシス、世界の謎の中心、森の神エルリムが住まう場所だ。
 ゼロとメロディーはバオバオの根元から巨大な幹を見上げた。ふたりの十数メートル頭上で幹の一部が膨らみ、大きなこぶが生まれた。こぶの上半分が割れ、テラスとなる。奥から淡い光が溢れ、ゆっくりと人影が現れた。長い髪、端整な顔立ち、総ての生命を畏怖させる高雅な美女、森の神エルリムその姿であった。

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