朝日が紫天を切り裂く中、バスバルス・ケムエル神殿混成軍は、ゴラン地区の聖魔の森に突入した。樹海の中には夥しい数の聖魔やメガカルマが待ち構えていた。
「雑魚には目もくれるな! 聖霊さえ叩けば、総てが終わる!」
ゲヘナパレの技術力を獲得した新生魔攻衆は、確実にメガカルマを凌駕する力を獲得している。だが、迎え撃つメガカルマもこれまでになく強力な者ばかりとなっており、如何に新憑魔陣が強力とはいえ、圧倒的な物量差を前に長期戦は明らかに不利だ。ゼロとメロディーはフロートシップに搭載されていた8台のフロートバイクを用い、精鋭によるフロートバイク部隊を編成し、聖霊軍後方を横断し指揮系統を攪乱する作戦に出た。聖魔の森深く駆け抜けるフロートバイク部隊に、聖霊軍は為す術もなく切り崩されていった。攻撃目標が定まらず聖魔やメガカルマが右往左往するところへ、新生魔攻衆の主力部隊が雪崩を打って襲い掛かった。組織的に動けぬ聖霊軍は瞬く間に各個撃破されていく。
『何か、おかしい……』
敵を自在に翻弄しながらも、ゼロとメロディーは胸騒ぎを覚えた。聖霊軍は先に集結しておきながらあっさりと魔攻衆に先手を許した。陽動のための囮部隊かとも警戒したが、それにしてはあまりにも数が多すぎる。正面決戦を挑んできたのだとしても、聖霊軍に策らしい策は見当たらない。
『脆すぎる。聖霊の力は、こんなもんじゃないはずだ!』
魔攻衆全部隊が突入し、津波となってメガカルマを蹴散らしていく。このままの戦況なら、昼を待たずして勝敗が決するに違いない。だが、本当にこのまま決着するのか。
不安を拭えぬゼロとメロディーはフロートバイク部隊の進撃を弛めると、一旦本隊と合流する事を決めた。フロートバイクをふかし、転進しようとしたまさにその時、部隊に無数の光の矢が降り注いだ。ゼロとメロディーは、すかさず周囲に衝撃波を張り巡らし、小石を弾くように光の矢を遮った。部隊の全員が一瞬にして戦闘態勢を取る。周囲の樹木の間から次々とメガカルマが現れる。正面の巨木の陰から純白の甲冑を纏う戦士が現れた。
「聖霊か!」
「我は第3軍軍団長サグン。ここが魔攻衆の墓場と知れ!」
サグンの直営部隊が一斉に襲い掛かった。ゼロたちはフロートバイクの力を解放した。ゲヘナパレ帝国の錬金術師たちが残したフロートバイクは、一種の造魔であった。憑着し戦闘形態となった魔攻衆を乗せる高機動の戦闘獣と言っても良い。ゼロたちは機動性を活かしメガカルマに包囲されることなく散開した。乱戦状態に陥れば、同士討ちしやすい分メガカルマが不利になる。フロートバイク部隊は、こうして敵中を切り裂いてきたのだ。
聖霊直営の部隊だけあり流石に戦闘力も桁違いだ。だが、数的優位を活かせないメガカルマたちは、1体、また1体と撃破されていった。そしてついに、ゼロの刃が聖霊サグンを捉えた。
「降参しろ! もはや聖霊は、魔攻衆の敵じゃない!」
「ほざくな!」
サグンは戦闘形態へと姿を変えた。背中から8本の腕が伸びゼロを襲う。神聖魔ヘブンズトータスの力を獲得したゼロはその攻撃をことごとく跳ね返し、逆にサグンに浴びせた。
「ムウッ!」
屈強な巨人姿のサグンがよろける。そこへヘブンズバードの力で一瞬にして間合いを詰めたメロディーが襲い掛かった。光のリボンをサグンの全身に風のように絡めると、視界を奪いながら頭上を飛び越え、リボンを一瞬にして巻き上げる。鉄塊の巨体がズタズタに切り刻まれながら大きくのけ反り、がら空きの懐にゼロが飛び込んだ。無数の光るパンチがサグンの戦闘形態を粉々に砕いた。吹き飛ばされたサグンの体が巨木をへし折り、地面に叩き付けられた。満身創痍で這いつくばるサグンの前に、ゼロとメロディーが立ちはだかった。
直営部隊のメガカルマも大半が倒された。森の奥からは魔攻衆本隊の鬨の声も迫ってくる。もはや勝敗は決した。ゼロとメロディーは改めてサグンに降伏を迫った。
「もう一度言う。降参しろ。そしてこの世界から去るようエルリムに伝えるんだ!」
「マテイとマハノンはどうしたの? もう戦いは終わらせようとしていたはずでしょ!」
「グウッ……裏切り者の事など知るものか!!」
サグンはボロボロになった姿で捨て身の攻撃に出た。ゼロとメロディーはサグンの攻撃を見切り、とどめのカウンターを加えた。甲冑が粉々に砕け散り、真っ赤な鮮血が噴き上がった。戦闘形態も砕け、死を悟ったサグンは、朦朧とした意識でヨロヨロと森の奥へと後ずさった。
「ケリフォス様……力及ばず、申し訳……」
何かにすがるように宙を掴むと、サグンはそのままゆっくりと倒れて絶命した。総てのメガカルマも片付き、フロートバイク部隊のメンバーが集まる。ゼロとメロディーは森の奥からこれまでになくまがまがしい気配を感じた。
「誰かいる!」
ゼロたちは、その方角へ走った。小さな原っぱが現れ、その中央に煌びやかな純白の甲冑を着た堕聖霊ケリフォスが立っていた。追いついた本隊前衛の魔攻衆と共に原っぱを取り巻くように包囲する。次々と増えていく魔攻衆を前に、ケリフォスは全く動じることなく笑い出した。
「ハハハ。こいつは凄い。サグンがああも易々と屠られるとは。マテイの奴が片腕を失うのも当然だな」
ケリフォスは薄笑いを浮かべながら包囲する魔攻衆を見渡した。肩には巨大な鍵を担いでいた。
魔攻衆がジリジリと間合いを詰める。突然、ケリフォスの足下に魔方陣が浮かび上がった。
「うぬぼれるな、虫けらども!」
ケリフォスは巨大な鍵を、魔方陣の中心に突き立てた。鉄塊が砕けるような甲高い音をあげて鍵が回る。魔方陣が爆発するように閃光を放ち、中心から光の波が波紋のように広がった。
「何だ!?!」
魔攻衆の足下を波が一瞬にして洗っていく。波紋は森を越え、ゴラン全域へと広がった。
「グワ――ッ!!!」
突然、魔攻衆全員が絶叫をあげて藻掻き始めた。頭を押さえ、喉を掻きむしり、ミミズのようにのたうち回る。
「クックックッ、ハッハッハッハ!」
ケリフォスは、一斉に藻掻き苦しむ魔攻衆を前に、大声を上げて愉快に笑った。
「家畜の分際で、聖霊に勝てると思ったか!」
苦しみだしたのは魔攻衆ばかりではない。聖魔もメガカルマも一匹残らず体が砕け始め、聖魔の森の外にいたゴラン中の人間が一人残らず藻掻き始めた。ケリフォスはゴランのエネルギー場そのものを切ったのだ。体内に仕込まれたナノモジュールによってワールドエンドの幻覚が襲い、一人残らず体の自由が奪われる。
「これで魔攻衆はおおかた片付いた。メガカルマなど、また幾らでも作ればいい。さーて。面倒だが、残りの雑魚どもも始末してくるか」
薄笑いを浮かべ、ケリフォスはその場を立ち去ろうとした。だがその時、ケリフォスの体を二つの閃光が貫いた。
「グハッ!」
口から鮮血が噴き出す。二つの軌跡が大きく弧を描き、ケリフォスの前で静止した。それは、ブレードチャンバーを発動させたゼロとメロディーであった。
「家畜は貴様だ!」
「わたしたちにワールドエンドは効かないわ! マハノンから聞かなかった?」
ブレードチャンバーが発するエネルギーフィールドによって、ふたりの憑魔陣はびくともしていない。
「きっ、貴様ら!」
ケリフォスは慌てて両手を剣に変えた。ゼロはケリフォスを指さし告げた。
「エネルギー場が無ければ、聖霊の力も使えないな!」
飛道具に頼れないのはゼロたちも同じである。だが、空気中のナノモジュールも活動を停止した今、戦闘形態に移行できないケリフォスに対し、憑魔陣を使えるゼロとメロディーは圧倒的に有利だ。
「マテイとマハノンはどうしたの?」
「フッ。裏切り者とて、聖霊には聖霊の役目がある!」
メロディーの問いに吐き捨てるように答えると、ケリフォスはふたりに襲いかかった。しかし手負いの体で繰り出す剣は虚しく空を切る。ゼロとメロディーは紙一重でケリフォスの攻撃をかわし、渾身の一撃を加えた。
「グワ――!!!」
ケリフォスの体は甲冑ごと切り裂かれ、その衝撃に砕け散った。ゴラン会戦はここに終決した。ゼロとメロディーはケリフォスの死を見届けると、地中に差し込まれた鍵に駆け寄った。
「ウーン! くそう、ダメだ!」
ゼロは縛装した太い腕で鍵を元へ戻そうとしたが、全く動く気配が無い。どうやらこの鍵は、聖霊にしか扱えない物らしい。藻掻き苦しんでいる魔攻衆の動きが次々と止まっていく。目覚めぬ眠り、スリーパー化を起こしたのだ。
「ちきしょう! こんな所で魔攻衆が全滅するなんて!」
ブレードチャンバーに圧縮されたエネルギー残量も残り少ない。ゼロとメロディーは憑魔陣を解除すると、全く動かない鍵を前に途方に暮れた。
その時、動くものの無いはずの森の中から足音が聞こえてきた。
「あれは……ヤムだわ!」
森人ヤムがこっちに歩いてくる。背中には痩せ衰えた少年を負ぶっていた。
元聖霊である森人ヤムもまた、エネルギー場の影響は受けない。ヤムがふたりの前まで来ると、背中の少年が弱々しく目を開いた。
「……大丈夫……」
枯れ枝のような手をヤムの右腕にかざす。ぷよぷよしたヤムの腕が光に覆われ、しなやかな腕へと変わっていく。ヤムはその手で地中に差し込まれた鍵を掴むと、易々と回した。
ガシュッ!
力強い音と共に魔方陣が反転する。再び光の波紋が走り出す。
「アッ!」
ふたりの憑魔甲が息を吹き返した。腰のブレードチャンバーもチャージを始めた。地中のナノモジュールが活動を再開したのだ。エネルギー場さえ戻れば、魔攻衆のみんなも目覚めるはずだ。
「ありがとう! キミはいったい……」
ゼロとメロディーはヤムに背負われた少年に近付いた。少年は苦しそうに微笑んでいる。その時、遠くからふたりを呼ぶかん高い声が響いてきた。
「ゼロー! メロディー! どこにいるッス――!」
羽根をばたつかせながらトリ男が飛んでくる。
「大変ッス、大変ッス!」
息を切らせながら、トリ男は、コリスたちが出撃した事、未来に危機が迫っている事を伝えた。ゼロとメロディーは迫り来る事態に奮い立った。
「行こう、メロディー!」
「トリ男。わたしたちは先に行くから、あんたはみんなを起こして急いで合流するように伝えて!」
ふたりが立ち去ろうとすると、少年が弱々しい手で一つのペンダントを差し出した。
「これを……きっと役に立つ……」
メロディーに手渡すと、少年は力尽き、そのまま気を失った。
「ちょっと。しっかり!」
メロディーが慌てて声を掛けると、ヤムが代わりに告げた。
「だいじょうぶ。疲れて気を失っただけ。気を付けてね、メロディ」
ゼロとメロディーはフロートバイクに跨り、本隊を待つフロートシップを追って全速力で走り出した。
* * *
パレル歴389年。ここにゲヘナパレ帝国は滅亡した。工房長ジン率いる錬金術師部隊は、聖霊を破りエルリムに戦いを挑むも、今一歩の所で力尽き全滅した。だが森の神エルリムもその代償として、御神木バオバオの一角にあった聖霊の揺りかごを失った。竜神ケムエルの仲裁の元、エルリムは聖霊の血を引くナギ人ギの造ったクマーリ・カヤの結界の奥へとその身を隠したのだった。
預言者ギは、放棄された聖霊の揺りかごを訪ねた。辺りは跡形もなく破壊され、そこかしこに錬金術師たちの亡骸が激闘の後そのままに曝されていた。壊れた揺りかごの中には、誕生を間近に死した聖霊たちが、人型になれず朽ちていた。だが不思議と腐臭は漂っていない。
「霊気のせいか……。エルリムがやったのか? いや、竜神ケムエルか……」
預言者ギは小高い揺りかごの中央部へと登っていった。心臓部たるその場所へと足を踏み入れたとき、そこに友は待っていた。
「ジン……」
7本の槍に貫かれながら、まるで自分がそこの主であるかのようにドッシリと腰掛けて死んでいた。その顔は満足そうに微笑み、一片の迷いも無い。友のあまりにも彼らしい最後に、ギアも安らかな笑みを浮かべた。
瓦礫を椅子にジンの前に腰掛ける。掛けられた術のせいだろう。半分白蝋化したジンの体は、まだ生前の姿を留めている。ギアは酒を取り出した。
「ナギの酒だ。うわばみのお前には気付けにもならんがな」
ギアはジンに飲ませ、自分も杯をあおった。
「エルリムはナギの結界に退いたよ。ゲヘナの結界も無事動いた。足りない分は、我らナギ人が人界を守る。安心してくれ」
ギアはジンの亡骸と酒を酌み交わしながら話を続けた。
「そうそう。ゼロも送り届けておいたぞ。ついでに、ナギの歴史に決着をつけてくれと頼み事もしたがな。わたしの時読みが変わらないところを見ると、ナギの歴史にも決着がつくのだろう。あとは森の神エルリムだが……」
『あいつらなら大丈夫さ。俺たち人間の子孫だぞ』
ギアはハッとなり顔を上げた。そこには、ジンの笑顔が輝いていた。
「そうだ……そうだな」
ギアはジンと共に未来を確信し、祝杯を酌み交わした。
* * *
ウーたちは尾行に残した魔攻衆の手引きで、預言者シを追って未知の森へと入った。
「こんな森は始めて見るな」
そこは一際大きな木が生い茂る聖魔の森であった。足下はぬかるみ、あちこちに沼が点在している。むせ返る緑の大気が、御神木バオバオが近いことを告げている。その巨木の連なりの中、まるで枯れ草でもなぎ倒したように、巨獣が通った跡が大通りのように続いている。明らかにシゼの四象獣リヴァイアサンが通った跡だ。
キキナクによって、コリスたちが惨敗した巨獣が四象獣と呼ばれる怪物であることが判明した。彼によると、完全体の四象獣は無敵であり、聖霊が束になっても太刀打ちできないという。
「ウー老師。シゼの四象獣はもう目と鼻の先だ。わたしは先行して様子を見てくる」
停船したフロートシップのデッキで、コリスは居ても立ってもいられず船を降りようとした。
「コリス、焦るでない。斥候は出しておる。この戦いはタイミングが重要じゃ。予言者シには、エルリムの場所まで案内してもらわねばならんし、我らの戦力も充分とは言えぬ。今は本隊の到着をギリギリまで待つんじゃ」
ウーが制止すると、バニラが助け船を出した。
「わたしも一緒に行くわ。なまった体を少し動かしておきたいし。ゼロたちが着くまで、絶対に手出しはしないからいいでしょ?」
ニッコリ微笑むバニラに、ウーはため息を吐いた。
「ふたりともカラバス草で傷は癒えたとはいえ、病み上がりには代わりはない。絶対に無茶はするなよ」
コリスとバニラは飛行型聖魔を憑着すると、風のように最前線へと飛翔していった。
予言者シの四象獣リヴァイアサンは、巨木をなぎ倒し着実に進んでいた。守備に残る聖魔やメガカルマが必死に応戦するが、攻撃はことごとく跳ね返され、食い止めることが出来ない。7つの頭を持つリヴァイアサンは、左右の6つの頭から熱線を吐き、雲霞のごとく群がる聖魔やメガカルマを蹴散らしていった。
コリスとバニラは斥候部隊と合流した。リヴァイアサンに気付かれぬよう充分に距離を保ち追跡する。
「あんな化け物と戦うの!?」
「悔しいが、弱点を見つけぬことには太刀打ちできん」
コリスはほぞをかみ、巨獣を見上げた。巨木の間から大きなウバン沼が見えてくる。いよいよエルリムのお膝元へ近付いたのだ。
「コリス、見て!」
バニラが沼を指さした。水面が大きく盛り上がり、湖面から巨大な天使が姿を現した。四象獣ケルビムである。リヴァイアサンと互角の巨体を持ち、右手には炎が揺らめく大剣を握っている。ウバン沼の畔に、2体の四象獣が対峙する。リヴァイアサンから予言者シの笑い声が響いた。
「クックックッ。やはり最強の四象獣ケルビムを持ち出したか。だがそれも火・水・風・土の四象を司る完全体であればこそ。四聖霊の一角を欠いて、我がリヴァイアサンに勝てるのかな?」
ついに四象獣同志の戦いが始まった。リヴァイアサンが大きく立ち上がり、左右の6つの口から熱線を放つ。ケルビムは炎の剣で受けきると、そのまま剣を振り上げ襲いかかった。灼熱の刃が鱗にめり込む。リヴァイアサンの鱗は硬く、切り裂くまでには至らない。予言者シの読み通り、力を十分に発揮できないのだ。リヴァイアサンは、鋭い爪を持つ前足で、ケルビムの胸をえぐった。弾かれ地面に転がったケルビムに、リヴァイアサンがのしかかる。7つの口で噛み付き、至近から熱線を放つ。ケルビムも左手にエネルギーを蓄え、光る拳でリヴァイアサンの下腹部をえぐった。巨体が木々をなぎ倒して横転する。双方体勢を立て直すと、一歩も引かず大地を揺るがす激闘を繰り返した。
「スゴイ……」
バニラたちは唖然としながら巨獣の戦いを見つめた。無敵を誇る四象獣といえど、四象獣同志の戦いとなれば話は別だ。四象獣もまた、ヨブロブをも凌ぐ複雑な高次元構造体を持ち、倒すことは並大抵ではない。しかし今、同じ四象獣同士の戦いにより、ケルビムもリヴァイアサンも深く傷ついていった。リヴァイアサンは左右の6本の首の内3本までもが失われ、強靱な鱗に覆われた体もズタズタに切り裂かれた。そしてケルビムに至っては、巨大な翼は根本からもぎ取られ、左腕は焼け落ち、腹から右足にかけて深すぎる傷を負っていた。
「なかなか手こずらせてくれるな」
リヴァイアサンがジリジリと詰め寄る。
「ナギ人ごときにやらせはせん!」
ケルビムから聖霊アラボスの声が響いた。ケルビムの全身からオーラのようにエネルギーが噴き出す。いよいよ最後の勝負に出る気だ。
「ふん」
リヴァイアサンもまた、総ての鱗が逆立ち、黒い炎を全身から噴き出す。
「見て! あそこ!」
バニラはケルビムの額を指さした。兜が割れ、輝く部分がある。そこに、下半身が埋もれた3人の人影が浮かんでいた。
「あれは聖霊だわ! あそこで四象獣を操ってるのよ!」
「ならばシゼもリヴァイアサンのどこかに……あれか!」
中央の大きな頭に、ケルビムと同様の場所がある。リヴァイアサンの斜め後方にいるためハッキリとは確認できないが、4人の人影が見えた。
「フロートシップを出そう! ウー老師に伝えてくれ。この戦いはもうすぐ決着する。その時がチャンスだ!」
コリスの言葉に頷くと、バニラはフロートシップへと引き返した。
* * *
鳥人キキナクは、ひとりケムエル神殿で留守番をしていた。自身の羽根からトリ男たちを産み出し、暴飲暴食にすっかり肥え太ってしまった彼は、今ではとても戦いに出られる体ではない。キキナクは無惨に荒れ果てた玉座の間に立っていた。
正面の玉座は既に跡形もない。そこはかつてナギ宗家の族長が代々受け継いできた場所だ。神殿創始者の予言者ギに始まり、300年前の集結の時を最後に族長ニから繭使いレバントへと譲られた。一緒に魔攻衆を創設したレバントは、深い悲しみの後にエルリムへの復讐のために闇に落ち、世界のことわりを知らずエルリムの使徒となった若き魔攻衆カフーに破れ、闇の森深く消えた。その闇の森も今は消え、右手に光るカヤの門は既に役目を失っている。息を吹き返したエルリムは新たな聖霊を産み、多くの戦士たちが命を落とした。レバントに変わり二代目神殿首座となったカフーは、三代目首座のバニラを守ってナギ宗家の生き残り予言者シに連れ去られた。そして今、生まれ変わった魔攻衆は四代目首座ウーに率いられ、予言者シを追って森へ向かった。キキナクは崩れ掛けた左手のクマーリの門をじっと見つめた。
「ナギ人か……。ボクが人間と恋に落ちたことが始まりだったっけ。ボクがまだ聖霊アモスだった頃。そう、あれは確かゲヘナパレ王朝の始祖となったアザンの妹だった。可愛かったなあ。そのくせ、アザンがたじろぐほど気が強くて、随分苦労させられた。アザンたちとは、人間世界の未来について随分語り明かしたなあ。人間は人間の力で理想郷を創らなきゃダメだって。そうだよ。竜神ケムエルもボクらを応援してくれた。……ケムエル。あの時ボクは、あの竜を依り代にした神に会ったんだ。……なんて名前だっけ?」
1500年も生き抜いたキキナクにとって、昔の記憶はもはや霞んでしまっている。はつらつとした笑顔の少年。その面影だけが、ぼんやりと記憶の底に輝いている。そして自分の大きなお尻にケムエルの紋章があることも、既に忘れてしまっていた。キキナクは昔を懐かしみながら、気付かぬうちにパレルの子守歌を口ずさんで泣いていた。
* * *
大地を揺らす四象獣の激闘は、待機するフロートシップまで響いている。
「ウー様……ホントに勝てるッス?」
甲板の上では、船員を務めるトリ男たちが青ざめた顔でウーを取り囲んでいる。狼狽するトリ男たちの頭を、新巫女ルーが木琴のようにポカポカと殴った。
「何びびってんのさ! やらなきゃ世界の終わりなんだよ! シャキッとしな、シャキッと!」
ルーは腰に手を当て目を三角にしている。その後ろでは、ミーがクスクスと笑っていた。つられるようにウーも楽しそうに笑った。
「そうとも。儂らは勝つ。ルーやミーも来てくれた。未来からはゼロやメロディーも加勢しておる。そしてこの船はゲヘナパレからの贈り物じゃ。これだけの縁が集まって、儂らが負ける訳が無かろう!」
力強いウーの言葉に、根が単純なトリ男たちは一斉に気勢を上げた。その時、フロートシップの周囲で出陣を待っていた魔攻衆たちがざわめきだした。
「ゼロだ! ゼロとメロディーが来た!」
ふたりはフロートバイクを大きくジャンプさせると、ウーたちが集まる上部甲板に着艦した。
「オオ! ふたりとも無事じゃったか!」
3人は駆け寄ると、固く握手を交わした。
「ゴランの聖霊軍は全滅した。本隊もこっちに向かっているよ」
「それで、予言者シは?」
ゼロとメロディーの問いに、ウーは指さして告げた。
「今、向こうで予言者シと聖霊の四象獣同士が戦っておる」
ウーが指さす先から、大きく翼を広げ、バニラが飛んで来る。
「ウー! フロートシップ発進! 攻撃のチャンスよ!」
ついに、決戦の時きたる。
|