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 act.25 戦渦
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 ブルーアイランドへの空爆は、破滅の蟲ヨブロブの誕生という最悪の結果をもたらした。対策本部へ戻ったサガは、直ちに迎撃態勢に入った。大統領が非常事態を宣言し、全軍に命令が下る。第一波の攻撃が羽化途中のヨブロブへと浴びせられる。だが、サガの予想通り、攻撃は全く通用しなかった。
 帰還したサガのところに、聖魔の森の資料を分析していたラングレイクからの報告が届いた。分析の結果、それが自然物質ではないことまでは理解できたが、どのような原理で動いているのか、その構造も含めついに解き明かすことは出来なかった。
「こいつを作った連中は、僕等から見れば実質的に神と同じだよ。どんだけ進んだ文明か見当も付かん!」
 モニター越しのラングレイクは、憔悴しきった顔で告げていた。今我々が戦わなければならないヨブロブは、まさに神獣と呼ぶにふさわしい敵なのだ。
 夥しい数のヨブロブが、焦土と化した聖魔の森から溢れ出す。各国とも全軍を上げてこれを迎え撃ったが、攻撃は通用しないばかりか、その圧倒的な破壊力によって蹴散らされてしまった。2007年の科学力では、ヨブロブの足を止める事さえ不可能なのだ。都市は炎に包まれ、かつての帝都ガガダダ以上の惨劇が世界を包んでいった。
 そんな絶望的な状況の中、サガに国連への出頭命令が告げられた。
「ブルーボールの情報が漏れた、我が国としても、これ以上隠しておく事はできん」
 大統領の言葉に、サガは終始無言だった。専用機に乗り込み、国連へ向かう。サガは、最悪の結末が近づいている事を予感した。

 * * *

 ウバン沼への帰路、マテイはゼロの告げた話について考えていた。
 自分たち聖霊が人間から創られたという話は、マテイにも腑に落ちる所がある。次々と生まれいく聖魔やメガカルマと異なり、自分たち聖霊は忽然と誕生した。そして後継となる聖霊は未だ生まれず、自分たちの出生もまた知らされていない。だがマテイは、その事に動じてはいなかった。自分たちが人間から創られたとしても合点がいくし、むしろ人間を越え人間を導く存在となったことに誇りさえ感じる。
 気がかりは、森の神エルリムの加護無しに人間が1600年繁栄を続けたという事実であった。
『人間は神を必要としない!』
 その言葉は、自分たちの存在への楔となる。永遠の繁栄をもたらすはずの森の神エルリム。その復活のために魔攻衆を排除し、再びパレルの地へと降り立つ。卑しき人間に神罰を下し、浄化の世を築きあげる。その行為そのものに迷いの種が植えられたのだ。
 マハノンは穏やかな表情でマテイの隣を歩いていた。会談は決裂したが、マハノンはマテイの微かな仕草から、会談が決して無駄ではなかったことを感じていた。
「わざわざ、命預けるなどと。あの者たちをお認めになったのですね」
 マハノンの囁きにマテイは振り向くことなく答えた。
「勘違いするな。わたしはこの手で決着をつけたいだけだ」
 マハノンは嬉しそうにクスクスと笑った。

 ふたりの前にウバン沼が見えてきた。ラキアは八熱衆を追っており、沼には誰もいないはずである。だが畔の木陰に、純白の甲冑が立っていた。第三軍軍団長のサグンである。マテイは驚くと、サグンを問い詰めた。
「サグン。今まで何をしていた!」
 サグンは無言でその場に片膝を付き頭を垂れた。だがそれはマテイへの礼ではなかった。木陰から純白の甲冑をまとうもう一人の男が現れた。
「久しぶりだな、マテイ」
「お前は、ケリフォス!!」
 それは聖霊の列席から追放された堕聖霊ケリフォスであった。
 森の神エルリムは、新たな下僕として8人の新聖霊を生み出した。ケリフォスは、シャマイン,ラキア,サグンの三軍を統べる元帥で、死と破滅を司る聖霊であった。マテイは、破壊と殺戮を愛するケリフォスを聖霊の列席に加える事に反対し、彼を冥界の森深く幽閉した。だが、そのケリフォスが今、マテイの目の前に立っている。
「何だ、その醜い腕は。無様なものだな」
 ケリフォスは前髪を掻き上げながらマテイの左腕を笑った。
「ケリフォス。貴様、何故ここにいる?!」
 マテイはマハノンをかばうように立ちはだかると、巨大な左腕を構えた。だがその時、ウバン沼の奥から聖霊アラボスが現れた。
「エルリム様の命により、ケリフォスを聖霊の座へ戻す」
 マテイとマハノンはその決定に愕然とした。
「馬鹿な! パレルを血に染めようというのか!」
「アラボス! どうかお考え直すようエルリム様をお諫めして!」
 だがアラボスはふたりの言に耳を貸さず、逆にマテイとマハノンを弾劾した。
「お前達こそ、こそこそと魔攻衆などとざれ合い、いったい何を企んでいる。よもやエルリム様を裏切るつもりではあるまいな?!」
「何を言うか!」
「我らはこれ以上無益な血を流さぬようにと」
 マテイとマハノンは釈明しようとした。しかしその瞬間、ケリフォスがふたりに術を放った。ギラギラと輝く光の螺旋がふたりの体を締め上げる。
 苦悶の表情を浮かべる二人に眉一つ動かさず、アラボスは湖面に手のひらをかざした。ウバン沼の水面が盛り上がり、水中から巨大な繭が姿を現した。繭はうっすらと明滅し、誕生が間近な事を告げていた。
「まさか! 四象獣まで?!」
「嗚呼、エルリム様!」
 森の神エルリムは総てを無に帰する決定を下したのだ。これまで何のために思慮を巡らし戦ってきたのか。マテイとマハノンは絶望に打ちひしがれ、唇を噛んだ。
 アラボスはゆっくりと四象獣ケルビムの繭に降り立つと、マテイたちを見下ろしてエルリムの命令を告げた。
「三軍と我ら四聖霊は、この日のためにある!」

 * * *

 マテイたちが捕縛された頃、上位四聖霊の一人である知の聖霊ゼブルはウバン沼から少し離れた記憶の島で、先代の聖霊たちが残した創世の記憶を紐解いていた。

 森の神エルリムと竜神ケムエルは、涙に暮れながらパレルの地へ降り立った。焼けただれた大地。煮えたぎる海。御神木バオバオは無数の枝を地に伸ばすと、深い深い森を産んだ。無数の森が世界を覆い、黄金のオニブブがパレルを癒す。エルリムは揺りかごを揺らし聖霊を産んだ。
「ケムエルよ。パレルに生命の息吹を与えておくれ」
 緑が赤い大地を覆い、ケムエルは空を駆け聖霊を率いた。花は咲き、鳥は歌う。聖霊はあまたの獣を産み、名を付けた。
「今こそパレルに創世をなそう」
 竜神ケムエルはバオバオの根に降り立ち、森の神エルリムへ告げた。ケムエルは一つの繭塚を祝福すると、聖霊長アモスに人間を生み出させた。
「その獣、汝らを惑わす知恵ある獣。交わること、決してまかりならぬ」
 エルリムは聖霊に契約を課し、最初の創世が始まった。
 エルリムの庇護の元、豊かな恵みに人間の村々は栄えた。だが人界は瞬く間に麻の如く乱れ、無益な殺戮に大地は血に染まった。嘆いたエルリムは創世からやり直す事を決めると、竜神ケムエルにオニブブを放つ事を命じた。
 二度目の創世もまた、苦渋に満ちた物となった。一つの繭塚を開き、平安の世を築けたかに見えたが、二つ目の繭塚を開くと、熟した実が落ちるように乱世へと変わってしまった。
 第三の創世では、同時に3つの繭塚を開いた。竜神ケムエルも今まで以上に人界に関わり、有為転変の世ながらも繁栄が始まった。だが遅々として混沌の晴れぬ人界に、エルリムは三度目の終末を与えることを決めてしまった。竜神ケムエルはこれに異を唱え、エルリムとケムエルの間に、聖霊をも巻き込む千日の不和が訪れた。人界の繁栄は腐臭へと変わり、エルリムが自ら終末を為す決意をすると、ケムエルはやむなくオニブブを放った。
 そして第四の創世が訪れた。竜神ケムエルは七つの繭塚を開くと、人界を聖霊に任せ、影を潜めた。エルリムの目が及びにくい中、聖霊アモスは契約を破り、ナギ人が生まれてしまった。その一方、人界には初めて堅固な都市国家ゲヘナパレ帝国が誕生した。エルリムはパレル歴を開くことを許すと、帝国は順調に繁栄を続けていった。聖霊たちは新たに繭塚を開き、帝国は益々繁栄を謳歌した。しかし、暖衣飽食の陰に、腐敗もまた忍び寄っていた。四百年の繁栄を経て、帝国中枢の腐乱が目に余る物となると、エルリムはケムエルに問うことなく聖魔を生み、人界に神罰を加え始めた。
 だがゲヘナパレ帝国は、公然と反旗をひるがえした。知の聖霊マモンより多くの知識を与えられ、帝国錬金術師たちは、聖霊をも凌ぐ力を備えていたのだ。エルリムはマモンを森人に変えて罰すると、聖霊たちに人界への制裁を命じた。だがついには聖霊は錬金術師に破れ、滅ぼされてしまった。そして錬金術師たちは、森の神エルリムにさえも戦いを挑んだのである。
 激怒したエルリムは錬金術師たちを滅したが、御神木バオバオの一部、聖霊の揺りかごを失ってしまった。そして破滅の蟲ヨブロブを放ち、ゲヘナパレ帝国の殲滅を図った。見かねた竜神ケムエルはついに滅びの蟲オニブブを放ち、帝都ガガダダを消し去った。

「こうしてゲヘナパレは滅んだが、エルリム様もまた、手足となる聖霊を失われた。そしてエルリム様は竜神ケムエルの進言を受け入れ、ナギ人ギの作りし結界の奥へとその身をお隠しになられた。だがその後、聖魔のみ残った森は、繭使いと竜神ケムエルの力により、時空の狭間へと追いやられてしまった。今にして思えば、竜神ケムエルは、始めからエルリム様を人界から遠ざけるつもりだったのであろう」
 聖霊の記憶を読み解き、ゼブルはそこまでの先史を確信した。だが、そこからが分からない。
「この時、竜神ケムエルは力尽き、死を迎えた。我ら聖霊も復活した今、もはやエルリム様に異を唱える者はいない。にもかかわらず、エルリム様はこれまで以上に慎重になっておられる。まるで何かを恐れるように……」

 その時、不意にゼブルは、自分を見つめる気配に気付いた。
「マテイか?」
 ここに来られるのは、エルリムの使徒だけのはずである。だが視線の先にあったのは、黒いローブの男であった。
「おぬしは?……そうか、カフーか」
 杖を手に立ち上がる。その時、カフーの背後から、更に3人の黒い人影が現れた。仮面の八熱衆アビーチとプラタナ、そして予言者シであった。
「でかしたぞ、カフー。知の聖霊ゼブルとは上出来だ」
 身の危険を感じたゼブルは杖を構えようとした。だがその瞬間、既に両脇からアビーチとプラタナに押さえられていた。そのまま強引に地面に跪かされる。見上げると目の前に予言者シが立っていた。
「貴様、何者?!」
「我は予言者シ。エルリムに取って代わる者」
 そう告げると、シはゼブルの頭を鷲掴んだ。ゼブルの記憶が吸い出される。
「グア――!」
「見つけたぞ! とうとうエルリムの居場所を見つけたぞ!」
 用が済むと予言者シはそのまま手のひらから黒い光を放ち、ゼブルの頭を吹き飛ばした。上半身までえぐられたゼブルの体が、丸太のように地面に転がる。
「これで我らの勝ちだ。ハハハハハ!」
 勝ち誇る笑いを残し、予言者シは八熱衆とカフーを伴い、再び森の中へと消えていった。

 * * *

 魔攻衆、八熱衆、聖霊。三つ巴の戦いは、いよいよ終盤の様相を呈していた。
 聖霊ラキアは八熱衆ラウラバを探し当てると、ついに雪辱を果たした。重傷を負い敗走するラウラバの跡をつける。
「お前達の主の元へ案内してもらうぞ」
 だが、その追跡を、八熱衆タパナが遮った。
「死してシ様の礎となれ!」
 タパナはラウラバの第八の封印を解放し、ラキアを討たせた。島一つ崩壊させる激闘の末、ラウラバとラキアは命を落とした。そしてタパナが逃げた一瞬の隙を突き、その戦いに気付いた青の繭使いコリスがタパナを仕留めたのだった。
 コリスは下肢の千切れたタパナの胸ぐらを掴み問い詰めた。
「シゼは、予言者シはどこにいる!」
 タパナは消えゆく最後の意識で笑いながら告げた。
「ハハハハハ。御神木バオバオの在りかは知れた。もはや誰も、シ様を妨げることは出来ぬ。見るがいい!」
 タパナは血反吐を吐きながら森の奥を指さし、そのまま絶命した。コリスはタパナを地面に下ろすと、その方角を見上げた。樹海の奥に、巨大な黒い繭が顔を出していた。
「な、何だあれは!」
「隊長!」
 コリスが唖然と繭を見上げていると、彼の部隊の魔攻衆たちが追いつき、集まってきた。
 ゴゴゴゴゴ……!
 バキバキバキ!
 役目を終えた繭が、音を立てて壊れていく。中から、巨木を遙かに超える巨大な竜が姿を現した。それは予言者シの切り札、四象獣リヴァイアサンであった。

 一方、ケムエル神殿も戦雲の激震に包まれていた。バスバルス市長のシャンズより、陥落したコロニー・ゴランにメガカルマの大部隊が集結中との連絡が入ったのだ。
「何でよ? 何でゴランなんかに集結してるわけ?」
 コリスの部隊を除くほぼ全軍がバスバルスへの増援準備に追われる中、メロディーはゼロやウーに問いただした。
「知るもんか! よし! 準備の出来た隊から出発してくれ!」
 ゼロはフロートカーへの搭乗の終わった部隊から発進を指示した。メロディーがウーの腕を掴むと、ウーは思慮を巡らし答えた。
「地の利は向こうにある。わざわざこれ見よがしにゴランを集結地に選んだのには、何か理由があるんじゃろう。陽動か、それとも罠か……」
 ゼロは振り返ると吐き捨てるように告げた。
「考えてもしょうがないさ! 大部隊に自由に動かれたら、それこそコロニーを守りようが無い。罠があろうと、奴らが動く前に突入して、指揮している聖霊を叩くだけだ。今度こそ、マテイと決着を付けてやる! ウー老師、神殿の守りをお願いします。行くぞ、メロディー!」
「あっ! ちょっと、待ってよ!」
 ゼロとメロディーはフロートバイクに跨ると、神殿主力部隊と共にシャンズの元へ急行した。

 * * *

 国連での不眠不休の協議を終え、サガはケムエル神殿遺跡へと帰ってきた。明日はシドたちに5度目の目覚めが訪れる日だ。幸いにして、ヨブロブはエルリム樹海には現れていない。専用機から降りると、樹海には夕闇が迫っていた。玉座の間へ入ると、一足先に到着したラングレイクと、留守を預かったケズラ教授が出迎えた。シドたちを見下ろす櫓の上で、3人は再会の握手を交わした。
「ふたりとも、ご苦労じゃった!」
 聖魔の森が2007年に出現してからというもの、サガもラングレイクも睡眠すら満足に取っていない。二人の表情から、疲労が限界に達していることは容易に見て取れる。だがその目はギラギラと力を帯び、並々ならぬ覚悟がひしひしと伝わってくる。
「それで、国連はどんな決定を?」
 ラングレイクはサガに尋ねた。サガは直ぐに答えようとせず、腕時計を気にしていた。サガが切り出せずにいると、ケズラが代わりに口を開いた。
「ここを核攻撃するんじゃないかね?」
 その言葉に、サガとラングレイクが驚いた。
「一昨日、ふたりの4度目の目覚めの時、フレアが言っておったよ。ヨブロブを止めるには歴史交差を切り離すしかない。そのためには、核爆発の電磁場を使ってブルーボールを圧縮消滅させるしかないとな」
 ラングレイクは唇を震わせると、サガの胸ぐらを掴んだ。
「本当か、サガ?!」
 サガは沈痛の面持ちで答えた。
「その通りだ。ふたりが目覚める時間に最も歴史交差が弱まる。そのタイミングに合わせ、遺跡の周囲に配置した64発の核爆弾を同時に爆発させる。作業チームが既にこちらに向かっている」
 ラングレイクはサガを離すと、櫓のフェンスに怒りをぶつけた。
「くそう! どうすることも出来ないのか!」
 サガは無表情で続けた。
「もう時間がないんだ。国連の分析では、あと3日もすれば、世界中の都市は総て廃墟に変わる」
「じゃが、たとえ歴史交差を解くことが出来ても、ヨブロブが本当に活動を停止する保証は無かろう」
 ケズラは疑問を口にした。ブルーボールが消滅し時代交差が解消したとしても、自立兵器であるヨブロブが活動を停止する保証はない。その事は関係者の誰もが理解している。理解した上で、2007年の人類には、ブルーボールの消滅に賭ける事しか出来ないのだ。
 冷却装置の冷気が、玉座の間を重く凍らせる。サガは意を決すると、ケズラとラングレイクに一つの提案をした。
「ここの施設を停止させてはどうだろうか」
 ふたりは驚いてサガを見た。
「装置を止めればシドとフレアの意識は999年に戻るはずだ。フレアがそこまで理解しているなら、この危機を伝えてくれるんじゃないか?」
 確かに999年の側でエルリムを倒すことが出来れば、ヨブロブも活動を停止するに違いない。だが、核攻撃まで24時間しか無いことは、999年の側でも変わりはない。ブルーボールが消滅すれば、シドとフレアの肉体も失われてしまうだろう。また、消滅の如何に関わらず、装置を停止させる事は明らかな反逆行為と言える。だがそれでも、3人は現代を救える可能性は、999年のすう勢にあると判断した。
「ゼロとメロディーには無茶を頼むことになるが……」
「それしか方法は無いじゃろう」
 3人は頷くと櫓から駆け下りた。磁場発生装置の制御板に取り付き、停止シークエンスの入力を始める。だがその時、武装した兵士達が玉座の間へ突入してきた。
「3人とも装置から離れて下さい」
 銃口が3人を取り囲む。隊長らしき男が一歩進み出て告げた。
「ここの施設は現状をもって凍結します。装置には手を触れないでいただきたい」
 続いて作業班が装置のコンソールを封印していく。ラングレイクが歯ぎしりしていると、サガは兵士の包囲を振り切り、メイン電源のブレーカーに手を伸ばした。
 パーン!
 1発の銃声が玉座の間に響いた。今一歩のところでサガの手は空を切り、そのまま肩を押さえて床に転がった。
「手間を掛けさせないでいただきたい。お三方は本件の専門家だ。これ以上手荒な事はしたくありません」
 サガ、ラングレイク、ケズラの3人は、万策尽きてしまった。

 * * *

 その夜、ケムエル神殿は静けさに包まれていた。コリスの隊はまだ森から帰還しておらず、神殿には、首座直営の神殿守備隊が残るのみであった。
 当番の2匹のトリ男が、ホタル石のランプ片手に薄暗い神殿の中を見回っていた。
「静かッスね〜」
「ゼロたちはシャンズ市長と合流した頃ッスかね〜」
 トリ男たちは、小声で話しながら病室などを見て回った。
「アレ?」
 一匹が、その異変に気付いた。その部屋には、ジルとキュアが眠っていた。
「いま、ジルが動かなかったッス?」
「そんな事あるわけ……ウワ!」
 青い光に包まれたジルの腕が、ゆっくりと宙を掴んだ。
「う……あ……」
「た、大変ス!」
「ウー様! ウー様!」

「ジル! キュア! 分かるか? わしじゃ、ウーじゃ!」
 ウーはふたりが横たわるベッドの脇に立ち呼びかけた。ジルもキュアもうっすらと目を開いているが、何も見えてはいなかった。シドとフレアの意識が2007年へ引き寄せられたことで、ジルとキュアは目覚めぬ眠りに落ち、動けぬはずであった。だが今、ジルとキュアの意識は総ての気力を振り絞り、メッセージを伝えるために目覚めたのだ。
「……ウー。シドとフレアが……未来が危ない……」
 ジルの言葉にウーは驚いた。
「なんじゃと? 未来がどうしたんじゃ!?」
「エルリムが……ヨブロブ……2007年……世界が燃えている……」
「明日の日没までに……エルリムを倒して……ゼロとメロディーに……早く……」
「おい、ジル、キュア! しっかりせい!」
 そこまで話すと、ジルとキュアは力尽き、再び動かなくなってしまった。
 未来が危ない。ウーはふたりのもたらしたメッセージに愕然とした。明日の日没までにエルリムを倒す。だがエルリムは、その所在さえ掴めていない。
 ウーが呆然としていると、そこへトリ男がけたたましく飛び込んできた。
「大変ッス! コリス隊が戻ったッス! 血だらけッス!」
 ウーは慌てて玉座の間へ向かった。重傷の魔攻衆が次々と担ぎ込まれる。これほどの被害は、新生魔攻衆となってからは初めてのことだ。クマーリ門から腕の傷を押さえながらコリスが帰還した。
「コリス! これはいったいどうしたんじゃ?!」
「ウー老師。予言者シがエルリム狩りに動き出した。我々だけでは戦力が足りない。急いで全軍で追わなければ!」
 だがウーは困惑した表情で、神殿主力部隊がゴラン攻略に向かったこと、そしてジルたちのメッセージを伝えた。コリスは愕然とし、その場に立ちつくした。ふたりが言葉を失っていると、力強く通る声が静寂を破った。
「フロートシップを出撃させましょう!」
 バニラが闘衣に身を包み、ふたりに近付いてきた。
「バニラ! 傷はもういいのか?」
「もう寝てなどいられないわ。コリス隊と直営守備隊を再編してフロートシップを核として出撃しましょう。ゼロたちにはトリ男を伝令に出して。ゴランのメガカルマを撃破したら、掃討はシャンズに任せて一刻も早くこちらに合流するよう伝えるのよ。ゼロたちには無茶をさせることになるけど、わたしたちもギリギリまで彼らとの合流を待って、予言者シを叩きましょう!」
 バニラの言葉に、ウーとコリスは力強く頷いた。

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