1.富良野の茶髪 蛍ちゃん

1987年8月、初めての北海道に上陸してから一週間目、富良野にチャリンコでたどり着いた。
それはテレビドラマ「北の国から」の舞台だ。ラストシーンで蛍ちゃんが恋した男にそっとベンチに手紙を置くあの感動的な別れと
出会いの場所、富良野駅に僕はやっとたどり着いたのだ。この脚で!
高倉健の映画の1シーンのような出だしだけど、実際にはエンドレステープでえんえん流れる北の国からのテーマソングが
僕を出迎えてくれた。さだまさし がいいかげん疲れていた。

まずは、駅前を散策する。コレも僕の正しい旅のやり方だ。全ては駅から始まる。
昼飯時なので駅前の食堂に入った。やはり観光客らしき人たちが大声で北の国からの駅のシーンで盛り上がっていた。
窓の外からはまだ歌わされている、さださんの声が聞こえていた。

印象に残らない昼食を済ませ再び駅に戻った。地べたに座り人の群れをぼんやりと見てしばらく過ごした。
行く宛もない野宿旅人はこういう時気楽なモンだ。こうしていると無責任な傍観者になれるのが心地よい。
どうせ、一時だけここに存在する旅人でしかないのだから。どのくらい経ったろう。とうとう黒板 五郎は現れなかった。

前置きはそのくらいにして、本題に入ろう。夕方近くになると駅の周りはバイクやら、チャリダーが集まってくる。今日のねぐらも
まだ決まっていない旅人達がとりあえず駅に集まる。どうやら、この習性は日本全国旅しても同じと言える。不思議だ。実際に僕も
そうなのだが。

富良野駅にはツーリングトレインという物がある。古い列車の車両を利用して、我々のような貧乏旅行をする人を¥500ほどで
泊めてくれる。何とも心優しい気使いだ。さすが優しき北の大地。車両の中は畳敷きになっていて1人一畳のスペースが与えられる。

夜になると車両はいっぱいになった。結構人気がある。いつものことだが、車両の人がみんなで酒を飲もうと誘ってきた。
二つ返事でマグカップを取り出し宴会モードへと突入していった。やはり旅はコレがないとつまらない。コレも旅の楽しみの1つだ。

顔ぶれはバラエティーに富んでいる。仕事を投げ捨てて飛行機でハーレーを空輸してきた髭おじさん、明治大学のナイスガイ、
やはりハーレーで日本全国を放浪している熊さん、オフロードバイクの30歳サラリーマン、僕を含め3人のチャリダー、
車で旅をしている25歳のフリーター、鉄道マニア(通称 鉄ちゃん)の疑いがある、とりあえずは鉄道利用の旅人。等々、
一癖も二癖もあるようなむさ苦しい面々が金を出し合い、酒を浴びはじめた。

こういう出会いは、とても心地よい。学歴や地位、名誉などいっさい関係ない。ただ同じ旅人として酒を飲み交わすのみ。
シンプルでいい。初めに聞くことと言ったら今日どこから来て、明日はどこへ行くのかぐらい。当然名刺交換するやつなんているわけない。

酒もそうとうまわってきた頃、仕切屋のハーレー髭おじさんが、「蛍ちゃんと一緒に酒を飲もう」と無謀なことを言い始めた。
酒の飲み方も豪快だがどうやら生き方も豪快らしい。無謀なことを難なく言ってのける。「蛍ちゃんっていうとあの蛍ちゃん」って
僕が聞くと当然北の国からの蛍ちゃんだという。あの清楚な感じがたまらないと言う。「やっぱり富良野は蛍ちゃんのような
女の子がいっぱいいるはずだ!」と訳が分からないことを言う。せっかく来たのだから、是非蛍ちゃんと酒を飲み交わしたいと言う。
相当酒におかされている。
うらやましいほど、幸せな人だ。しかし彼は本気らしい。もうこうなったら野獣を止めるすべはない。誰もがそう思っていた。

そうこうしているうちに誰が蛍ちゃんを見つけて来るかって事に話は進んでいった。そして結局宴会の間中、みんなに疑われていた
鉄ちゃんに髭おじさんの命令が下った。それには一同賛成した。彼もまた酒で壊れていた。

                                          次ページ

HOME