研究論文 
  
簡易測定法による小牧市での降水pHの挙動
  
Behavior of Precipitaion pH in Komaki, Aichi by Simple Methods
吉田 秀敏 (注1)・ 玉置 元則 (注2)


ABSTRACT
 The precipitaion was collected using a simple sequential sampling apparantus,each 5ml per every 1o precipitaion in Komaki area,Aichi during the period from January,1993 to December,1997. And pH and electric conductivity of the precipitaion were measured by simple apparatuses.The range of annual average pH value was 4.2〜4.8,and that of H+ depositions was 16〜80o・m−1・year−1.It was found that the outline of chemical properties of precipitation for some areas could  be analyzed by long−term monitoring with the simple method.
Key Words: precipitation,simple method,pH


要  旨
 日本の中央部の中核都市である愛知県小牧市で、1993年1月から5年間、簡易的な雨水採取装置を用いて降水のみの採取法で1oごとに8oまで降水資料を分割採取した。432回の降水について、2267試料を採取し、簡易的な装置でpHと導電率を測定した。pHの年平均値は4.2〜4.8であったが、月別の変動は3.6〜5.6の範囲にあった。また、1oごとの分割採取試料のpHは3.4〜7.7の範囲にあった。H+沈着量は16〜80mg/u・年の範囲にあり、夏期に大きい傾向がみられた。簡易的な手法でも労力をかけて長期的に調査すれば、降水の性状の概要を的確に把握できることがわかった。
キーワード: 酸性雨、簡易測定、pH



注1: 吉田薬局(愛知県小牧市) Hidetoshi YOSHIDA
注2: 兵庫県立公害研究所 Motonari TAMAKI
※ この論文は小牧市薬剤師会会員である吉田先生が日本学術会議の広報協力学術団体で
  ある「環境技術研究協会」の機関誌「環境技術 Vol.27 No.12(1998)」に掲載された
  論文であり、許可を得て掲載しました。




1.はじめに
 酸性雨現象は二酸化炭素等による地球温暖化やフロンガス等による成層圏オゾン層破壊と並んで典型的な地球規模の環境問題といわれている1)。しかし、降水の酸性化の原因の半分程度は大陸間規模の大気汚染物質の中距離移流にもとづいているが、残りの部分は測定している地域の汚染を反映するとされている2)。ここに都市部を含めた各地域での酸性雨測定の意義がある。
 一方、降水のみの採取(wet only法)は主に感雨器を使用した蓋の自動開閉による自動採取装置を用いて行われているが、労力さえいとわなければ、バケツ等を用いた手動による採取も可能である。そういう意味では酸性雨調査は市民が手軽に参加しうるものであり、絶好の環境教育の手段ともいえる。ここでは愛知県小牧市で簡易的な採取装置と簡易的なpH測定(ならびに導電率測定)を組み合わせて、5年間にわたり毎日空を眺めながら、雨と雪を採取し、そのデータを蓄積した1つの成果を発表する。この間、432回の降水に対して2267試料を容量別に分割採取し、それぞれの試料のpH等を測定した。


2.測定方法
 2−1 採取場所
  愛知県小牧市の民家の敷地内で降水試料を採取した(図ー1)。小牧市は愛知県北西部(名古屋市の北部)に位置し、人口約14万人の古い歴史と豊かな文化を有する中部地方の中核都市である。市近郊には名古屋空港があり、名神・東名と中央の3つの高速道路の結節点となっている。年間の平均気温は15.1℃、年間降水量は1200o程度である。
 採取地点の民家の宅地 (著者:吉田自宅) の近辺には、東側に県道名古屋犬山線が、北側に国道155線があるが、いずれの道路からも約70m程度離れている。住居を東西に囲うブロック塀の西端に高さ1.7mの位置に採取装置を設置した。周辺には採取を妨げるような樹木等は存在しない。
 2−2 採取期間
  1993年1月1日から1997年12月31日までの期間、連続して降水を採取した。なお、この採取は1998年12月現在も続けて行われている。
 2−3 採取装置と測定装置
  降水の採取は簡易降水採取装置・レインゴーランド(堀場製作所製、口径80o、図ー23)を用い、降水開始とともに、採取装置の覆いをはずして試料を採取した。本装置では降水1oごとに7o目まで約5mlごとに分割採取することができる。8番目の容器には8o目以降の降水がさらに20o分(約100ml)採取される。降水終了後に試料を室内に取り込み、直ちにpHと導電率を測定した。夜半に降水が終了した場合は早朝に試料を回収した。
 また、レインゴーランドと同程度の高さで、口径80oのポリエチレン製ビーカーは容量300ml強でありでありさらに大雨の場合はレインゴーランドでの採取量から、さらに大量の降水の場合は、このビーカーで採取した試料量(メスシリンダーで計量)から降水量を算出した。
 pHの測定には簡易型pH計(堀場製作所製、Twin pH B-112型)を、導電率測定には簡易型導電率計(堀場製作所製、Twin Cond B−173型)を使用した。各測定に先立って、pH計はpH4とpH7の標準液を用いて2点校正し、導電率は114µS/pの標準液を用いて一点校正した。
 2−4 データの平均値の求め方
  レインゴーランド及びビーカーはその口径を正確に計測し、この値を用いて降水量を計算して求めた。1降水、月平均値及び年平均値の算出はいずれも降水量で重み付けした加重平均で算出した2)


3.結果と考察
 3−1 降水データの概要
  表1に5年間の降水データの概要を示す。年降水量は1,031〜1,688oで1993年は多く、94年は少なく、全国的な傾向とほぼ同じであった4)。年間降水回数は78〜103回で、分割採取試料数は年間366〜560試料であった。1降水あたりの平均分割試料数は5本程度であった。pHの全平均値は4.5で、最低のpH値は3.4であった。
 なお、参考として、表中に周辺の名古屋空港の降水量を示す。この地点は調査地点の南側であるが、西側の一宮の降水量とはかなり大きな差がある。これから考えると、本調査での降水量測定はきわめて精度よく行われていると考えられる。
 3−2 pHの年平均値の変動
  図ー3にこの5年間のpHと導電率の年平均値の変動を年降水量とともに示す。
 小牧市での降水は冬期の一時期を除き、ほとんど降雨によるものである。pHの平均値は4.2〜4.8間の変動であり、96年に特徴的に低い値を示したが、ほかの年はpHの年平均値で0.3の範囲にあり、大きな変動は見られなかった。この値は環境庁調査等と同じ傾向である5)
 降水のみでなく非降水時の沈着物も同時に採取する方法(bulk法)であるろ過式採取法による名古屋市での長期的な降水pHは4.6〜5.1である6)。採取法が異なるが、やや本調査の方が低い値であった。これはwet only法に比べて、bulk法は降下ばいじん等による中和作用を受けるためと考えられる2)
 一方、導電率は94年からの4年間について測定しているが、13〜26µS/pの範囲にあり、pHとやや逆相関的な傾向を示していた。
 3−3 pHの階級別出現率
  図ー4に1降水ごとに平均値を求めた全432降水についてpHの出現率を示した。ここではpH0.2ごとのきざみで表示した。もっとも出現率の高い階級はpH4.2〜4.4であったが、pH4.2〜5.0の4つの階級で全体の50%以上を占めており、2回に一回の降水はこの狭い範囲にpHが出現した。また、この4つの階級では出現率は12〜13%とほぼ一定であった。通常の降水では狭い範囲にピークが現れることが多いのに対し、本調査では高原状に同等の出現率を示した。特にpH4.2〜4.3の階級の出現率の高いことが、このことに対するより強い印象を与えている。
 3−4 月別のpHの変動
  図ー5に5年間の降水についての、各年ごとのpH月平均値の変動を示す。各月の平均値は、主にpH4.2〜4.9の範囲に出現しており、大きな季節変動は見られない。ただ、一部の例外を除くと、全般的な傾向として10〜11月の秋季にpHが高く、5〜8月の夏季(暖候期)にpHが低くなっているようにもみえる。12〜翌3月の冬期はどちらかというとpHが低いほうに分類される。なお、05oごとに分割採取した名古屋市での測定データでも、pH4以下の低pH降水は6〜9月にかけて多く出現している。
 94年5月にpHは5.5ときわめて高い値になっている。この月は合計6回の降水があり、そのうち5月11日は68oの降水量でpH5.6、 5月26〜27日は37oでpH5.3 等、降水量の多少に関わらず全体的にpHは高い値であった。96年8月にpHは3.6ときわめて低い値になっているが、これは27〜29日にかけて168oもの大雨が継続的にあり、このpHが平均値3.5〜3.6ときわめて低かったことによっている。
 97年10月にpH4.2と例年に比べて低い値となっいるが、この年の10月は降水量がきわめて少なく、10月4日に5o足らずの降水があり、そのpHの平均値が4.0であったことによっている。
 3−5 水素イオンの沈着量
   pH値から換算して水素イオン濃度(H+)を求め、これに降水量を掛けてH+沈着量を求めた(表2)。年間沈着量は16.0〜80.2r/u・年 とかなり大きな変動があった。この沈着量は環境庁第1次調査での値と同程度のオーダーの値である5)。pH値が低く、降水量も比較的多いため、季節的には夏季に沈着量が大きくなる傾向がある。
  愛知県下で県民が参加し、簡易測定法で降水を採取した例ではH+沈着量は尾張北部から西三河の内陸部で多いという傾向もみられており7)、このことを考慮すると、本調査での沈着量は愛知県でも大きいほうの値と考えられる。  
 3−6 pHとイオン性成分総量との関係
  導電率は降水に溶存しているイオン性成分総量を示す便利な指標である。本調査では降水中の各イオン性成分濃度を測定していないため、pHと導電率の関係を求めた。図ー6に各年別に各月のpHと導電率それぞれの平均値の関係を示す。基本的には導電率の値が大きくなれば、pHが低くなる傾向がみられる。これはひとつにはpHが主に5.0より低い側に出現していることにもよっているが2)、概ねイオン性成分量が増加すると、[H+]が増加する関係を示している。
 3−7 特徴的な降水の例
  本調査は降雨1oごとに試料を分割採取している。そのため、特徴ある経時的変化も見ることができる。表3に低いpHを示した降水の例を示す。
 最も低いpH3.4を示したのはbU、bR15とbR51の降水である。93年1月27日のbUの降水は前回の降水から4日ぶりで、降水量0.5o程度の小雨であった。一方97年2月11日のbR51の降水は前回の降水から9日ぶりで、昼間に2.0o程度の小雨であった。この後、夜には雪になりpH4.0となっている。
 94年8月25日のbP51の降水は夕立で周辺の一宮市では40oも降っている。bP55、177、406はいずれも1o未満の小雨で、分割試料も1試料のみであった。
 96年8月後半の降雨はすべて低いpHの降水であった。この月の中旬には降水量7.0o、pH6.1の降水があったが、その半月後のbR15の降水は前述のようにきわめてpHが低く、その傾向はbR15〜318まで数日間続いている。
 この8月末は、秋雨前線が本州中部から西日本に停滞した。前線通過に伴う上昇気流により、下層大気中の汚染物質が効率よく雲の中に運び込まれ、その結果、降水の強い酸性化がもたらされたと考えられる8)。このことから、小牧市での降水のpHの変動は長距離輸送された汚染物質によるよりは、近傍の道路や工場等から排出された汚染物質に支配されているようにみえる。


4.ま と め 
  愛知県小牧市で、1993年1月から5年間、簡易的な雨水採取装置を用いて降水のみ(wet only)の採取法で1oごとに8oまで降水試料を分割採取した。この間、432回の降水について、2,267試料を採取し、簡易的な装置でpHと導電率を測定した。また、採取試料量から各降水について降水量も求めた。pHの年平均値は4.2〜4.8であったが、月別の変動は3.6〜5.6の範囲にあった。また、1oごとの分割採取試料のpHは3.4〜7.7の範囲にあった。1雨ごとのpHは4.2〜5.0の範囲に50%以上が出現した。
 H+沈着量は16〜80r/u・年 の範囲にあり、夏季に大きい傾向が見られた。低いpH値は化学的には降水中のイオン成分量が多い(導電率が高い)場合に出現する傾向があり、気象的には小雨時によく出現する傾向があった。
 本調査は簡易的な装置を使用して行ったが、このような手法でも労力をかけて長期的に調査すれば、降水の性状の概要を的確に把握できることがわかった。



<謝辞>

周辺の降水量データ収集に際し、名古屋市環境科学研究所:酒井哲男氏にご協力いただきました。
謝意を表します。

<参考文献>
1) 環境庁地球環境部編 : 地球環境キーワード事典、P56、中央法規出版(1993)。
2) 酸性雨調査研究会 : 酸性雨調査法、ぎょうせい(1993)。
3) 永井 博 : 酸性雨分取器の開発、環境技術、23(1)、661〜665(1994)。
4) 国立天文台編 : 理科年表、平成10年、1998、丸善(1997)。
5) 環境庁・酸性雨対策検討会 : 第3次酸性雨対策調査中間取りまとめ(1997)。
6) 酒井哲男、北瀬 勝、大場和生、山神真紀子、大野隆史 :
  低pH降水と気象、大気汚染物質の動態について、名古屋市環境科学研究所報、No.26、69〜74(1996)。
7) 大塚治子、吉田恭司、早川清子 :
  県民参加型酸性雨調査における降水のpHと導電率の分布、愛知県環境調査センター所報、No.24、
  97〜106(1996)。
8) 平木隆年、玉置元則、堀口光章、光田 寧 : 
  雨水の酸性度を決定する要素について、京都大学防災研究所年報、No.32、B-1、311〜319(1989)。