17歳でモトクロスを始めるが、75年ロードに転向し、76年J250チャンプ
79年750チャンプ、82年500チャンプを獲得している
その82年は出場した全戦に優勝するという快挙を達成
「東海の暴れん坊」の異名をとり、そのアグレッシブなレースぶりと、ひょうきんなキャラクターで
人気を博した
市販RGBで7連勝を上げチャンピオンを獲得した82年
85年の鈴鹿BIG2&4
1年ぶりにモデルチェンジされたXR70ウォルターウルフガンマを駆り
ホンダNS500の木下恵司選手とのバトル
85年、全日本第10戦菅生
ライダーズミーティングでヤマハ勢(手前が平忠彦選手、向こう長谷川嘉久選手)
ににらみを効かすスズキ軍団(手前が水谷勝選手、向こう伊藤巧選手)
このレース、平選手は独走にもちこみながら単独転倒し
水谷選手に82年以来の勝利をもたらすこととなります
当時の全日本500のヒートぶりを象徴するようなエピソードですね
中央でホンダの木下恵司選手が日和見を決め込んでるのがおもしろいですね