日付のなびげーしょん(2005年1月・・・1日〜10日まで)
さて昨日届いたストコ先生のデッカ時代の箱を取り合えず聴く前のメモ書きとして曲目の詳細を書いておきたい。結構な量の曲が収録されていて、聴きでが有るんだよな。取り合えず、楽しみにしながら、リストを書いていくことにしよう。
CD 1
CD 2
CD 3
CD 4
CD 5
そんな訳で、こうやって聴いていくと何曲かは既に別のCDで持っている物もあったりする。だから、CD 1(ストコ先生編曲曲集)の1〜6曲目(バッハの曲)と、CD 2の1〜4曲目(チャイコの5番)は飛ばして聴くことにする。
ウィリアム・バードの「パヴァーンとガリアード」だけど、非常にメロディアスなバラッドに仕上げてある。管弦楽曲への編曲としてはやはり面白いと思うね。
これ果たし私の記憶が確かならクラークの作ったチェンバロ曲を誰かがトランペット用にアレンジしたモノだった。それをストコ先生は管弦楽アレンジしたモノだ。本来的にはちょっといかめしい宗教音楽のイメージだったが(本当はそうではないが)、より親しみの持てる演奏会用の音楽になって新たな魅力が出てきた気がするね。
うーん、この有名な曲をこういう風に鳴らすのか・・・・・・。これがまず思ったこと。メロディを強調して寄り親しみを持てるように弦楽器の柔らかい音を中心に据えたアレンジは曲想にぴったちまっちしていると思ったね。
ショパンのピアノ作品を管弦楽アレンジした物。これはちょっと捉え所がないような気がするなぁ・・・・・・。なんか、このCDの中では唯一のアレンジすることによってメロディラインがぼやけた作品に思えた。
アップテンポの明るいピアノ作品をゆっくり目の弦楽セレナード風にアレンジするなんてにくい。素晴らしい演出。もしかしたら一番気に入ったかもしれない。
この曲は知らない曲だったのだけど、元ネタは歌曲だそうだ。デュパルクは1848〜1933の人なのでロマン派後期の作曲家のようだ。その人の曲をスローテンポの管弦楽アレンジにしている。落ち着くような曲想だ。
ストコ先生のお友達作曲家のラフマニノフの作品をまるでワーグナーの曲のそうな壮大な曲にアレンジしている。これは凄い。まるでそのままSF映画のサウンドトラックにでも使えそうだ。
前に買った盤起こし集にもあった曲だ。音がよいバージョンで聴きたいと思っていたがすぐに聴けた。元はピアノ曲だけど、それを印象派のドビューッシーを意識してか、写実的な管弦楽アレンジとしている。特に曲の真ん中付近のふっくらとした聴感の盛り上がりは「牧神の午後への前奏曲」辺りがベースになってるのかとも考えるがそこまでは正直よく分からない。うーん、美しい。良い音で聴くとよりよく分かった。
初めて聴くんですけど・・・・・・。この人はロシアの作曲家だと言うこと位しか知らない・・・・・・。深遠なる世界で、ストコ先生はそれを描ききっているとは思えないのだけど、途中からはやはりロシアの曲らしく盛り上がってくるけど、そうなってからがストコ先生の本領発揮。もう、根限り盛り上げる、盛り上げる。きっと楽器のバランスなんぞ全然違うのだろうけど、曲を自分の元にたぐり寄せて、演奏しているのが十分に伺えるね。教示対は単一楽章の交響曲でソナタ形式を取っているため、交響曲と名付けたのだと思う(感じからすると交響詩なのだが・・・・・・)。
親父に言わせれば、非常にオーソドックスな演奏のようだ。盤起こし集に収録されている録音にあったような宇宙的な神秘性はなく、ロマン派の壮大な交響曲をロマンティックに演奏し倒しているという印象だ。線が太いのので、結構聴き応えはあるね。迫力には乏しいが・・・・・・。
正式名称は「独奏主題による変奏曲」だったかな?実はうろ覚えなのだが、確か謎がいくつかあるため、通称として「エニグマ変奏曲」という名前が使われているはずだ。とまぁ、いい加減な情報を書くモノではなく少し調べてみれば分かることで・・・・・・、・・・・・・、調べてみた。有っていたようだ。まぁ、それはよいとして、主題と14の変奏曲による曲だけど、なんか派手なアレンジ。この曲はもっとおとなしい曲だと思っていたのだけど、かなりカラフルで、派手なアレンジになっている。オーソドックスだと思うのだけど、よく分からないなぁ・・・・・。
タメがない。その一言に尽きる。後はストコ節全開のスペクタクルサウンドでひたすら聴かせてくれるけど、特に4楽章では本当にタメが無くさらっと流れてしまっているので、やたらポップに聞こえたりする。まぁ、そこが先生の特長なんだけど、もうちょっと粘っこい部分も欲しかったね。第2楽章のワルツはかなり好みの演奏をしてくれていたね。でも、全体的にはさらっと流れてしまったなぁ、惜しい。
「踊り」と付くぐらいなので、リズミカルな曲だなぁ。でも、ストコ先生にしてはおとなしいような気がする。まぁ、初めて聴く曲なのでよく分からないが・・・・・・。
「そう来るか!」という感じ。この曲の持つ、スパニッシュなファンファーレを見事に浮き彫りにしている。非常に面白いアレンジだ。この曲の演奏も大人しめだけど、まぁ、それが美しさを引き出してるので良しとするかな?
末で映画のサウンドトラックのようにきらびやか。元々がバレエ音楽だとは思わない。そんな出だしだ。それは最後まで貫かれていて、ストコ節全開の一大スペクタクルになっているところがよい。このストコ先生のバージョンは3曲目にコーラス入りだ。この曲の全曲版に入っているコーラスは組曲版では省かれているのだけど、ストコ先生は入れている、これがまたスペクタクルなサウンド作りにマッチしているんだね。因みに、私の手持ちの組曲版は他にはデュトワとミュンシュだけど、デュトワはコーラス入りで、ミュンシュはコーラス無しだ。因みにアンセルメによる全曲版では当然コーラスは入っている。
相変わらずのスペクタクルサウンド。この曲の持つ題材から言うと、かなりピッタリのアレンジだと思う。押さえるところは押さえて鳴らすところは思い切り派手に鳴らす。演奏会用の組曲にアレンジされているバージョンではあるので、これでよいと思う。特に4曲目の「カスチェイら一党の凶悪な踊り」が割れんばかりの大迫力。で、そこから「子守歌」を経て終曲へ至るのだけど、ここが独自解釈、ひたすらタメてタメて、最後の大円団の場面につなげる。聞きやすさという面ではこのアレンジは良かったと思うね。「こういうのもありなんだ」と気付かされたね。
まぁ、こんなモノかな?と思うようなオーソドックスな演奏。でも、やはりこういった曲の演奏が似合うストコ先生。美しくオケを鳴らしています・・・・・・。
これも、上記と一緒。きれいに描けてはいるけど、それだけ。そうは行っても、あくまで第一印象だけだからねぇ・・・・・・。
初めて聴く曲。「四つの交響的瞑想」という副題が付いているが、基本的には宗教曲のようだ。しかし、このメシアンという人自体も初めて知ったのだけど、現代音楽で宗教音楽を多数作曲している作曲家のようだ。フランスの現代の作家らしい。1992年人無くなっているので、まだ没後そんなに経っていない。確かに、ドビューッシーの諸作から続けて聴くと、そんなに違和感空く聴けたね。ただ、いかんせん、初めて聴く曲なので、この曲に対してストコ先生がどれだけ力を発揮しているかが分からない。
ようやく出た感のあるエッグの再発だけど、先に再発されたイギリスでの盤とはどうやら違って日本独自のマスターのようだ。だから基本的に10数年前の旧規格盤と音の傾向は一緒だ。多分使用したマスターテープが一緒なのだろう。さて、この「エッグ+3」目玉はなんと言っても今までずっとオミットされ続けていた交響曲第2番の第3楽章が収録されたことだろう。これを含めたボーナストラックについてライナーで全く言及されていなかったのはちょっと「どうかな?」とは思ったけど、まぁ、その辺の事情を知るものにとっては、書いてあろうが無かろうが問題はない。でも、書いてあった方が親切ではあっただろう。さて、その辺の事情を書いておくと、この第3楽章はストラヴィンスキーの「春の祭典」をそのまま引用してきているので、デッカ(発売レコード会社側)が無用のトラブルを避けるためにオミットしたとのもっぱらの噂だ。実際初めて聴いたら全く持ってその通りで、これならオミットも致し方ないかと思った。第1楽章でグリークの「ペールギュント」からの引用もあるのだけど、こちらはビートに乗せている分まだ何とかなったのだろう。後、彼らのデビュー作で唯一のシングルのAB両面の曲が収録されたのも嬉しかったね。いかにもなさいけポップで非常に楽しい曲だったね(暗いけど)。
こちらは2ndだけど、1st同様のリマスターのようだ。1stのレビューでリマスターの傾向を書かなかったので、こちらで書いておくと、リマスターといってもそれほど大幅な音質の変化はなく、各楽器の分離が良くなり、エッグがオルガントリオ(オルガン、ギター、ドラムスのトリオ編成ではなく、オルガン、ベース、ドラムスの方の編成)であるが故に、凄く細部まで聞き取れるようになった。これだけでも、このリマスター盤に買い換える価値はあると思う。イギリス盤の音はどうなのか知らないけど(噂では、こちらの音質改善は凄いらしい)、負けていないと信じたい。
実は全く知らないグループの知らないアルバムだったりする。今回買った中では唯一賭で買った物。ただ、サイケフォークなアルバムらしいとの情報は得ていたので多分聴けるだろうとは思っていた。蓋を開けたら、何が何が、私の好みど真ん中なアルバムだった。アメリカのフォークとイギリスのフォークをごちゃ混ぜにして、このアルバムが発売された当時(19698年)のイギリスの流行の音にしてある。アレンジ自体は古いフラワーポップ風だが、クラシカルなアレンジとかドノヴァンをもう一つポップにしたフォークロックと取れなくもない。そうそう、このグループは女性2人、男性1人のユニットだ。
ボブ・ウェストンが在籍していたバンドといえば、ブリティッシュロック好きの人は「あぁ、あぁ」とポンッと膝をたたいて納得するだろう。風車と麦畑にたたずむ男4人、このジャケットの絵面を見ただけでも中身がによってきそうだが、まさにその外見そのままのバンド。基本的にブルースハードロックだけど、線が細いためか、時折見せるフォーキーな感覚のためか軽めに感じる。これぞまさに1960年代末期のブリティッシュハードロックという内容だ。その後、ボブ・ウェンストンがフリーとウッド・マックに加入することを考えれば、そのサウンドは何となく見えてくる(因みに、このバンドの前にはブラック・キャット・ボーンズにいたそうだ)。4曲目のニーナ・シモンのカバー曲はゼップを意識しすぎのように聞こえて微笑ましかったね。
最近の言葉で言うところのフリークビート系の行き着いた先のような音を出すバンドだ。このバンドずっと昔から名前だけは知っていて、音を聞きたくて聴きたくてたまらなかったんだけど、ここに来て、ようやく聴けたという訳だ。フリークビーとなる手のバンドはひたすらアングラなどろどろした方向に進むとT.2.の様なバンドになるだろうし、ある意味洗練されてくるとディープ・パープルのようなバンドになると思う。このバンドは、一聴、ハードロック色のないディープ・パープルのように思わせていて、その実、どろどろしたエイメン・コーナーのようなバンドだ。コンポバンドの妙にポップなんだけど、変な感じでずれている感覚がたまらなく私のツボをついてくる。
イアン・ギランが見つけてプロデュースまで買って出たバンドの唯一のアルバムだ。私は名前だけ知っていて、聴きたいと思っていたのだけど、ようやく念願かなって聴くことが出来た。それだけでも感激だ。中身の方はギランが気に入ったと言うこともあって、ハードロックロールな内容になっている。NWOBHMに通じるところがあるなんてライナーに書いてあったが、言えなくもないが、まぁ、根本的にこのアルバムのリリースされた1972年頃のドロドロしたアングラサウンドを引きずっているので、同じ頃に活躍したバンドでやはりNWOBHMに通じているバンド(例えば、バッジーとか)と比べると微妙にベクトルが違うと思う。
ライナーにも書いてあったが遅れてきたフェアポート・コンヴェンションといった感じだ。しかもサンディー・デニーと、イアン・マシューズをダブルボーカルに要していた頃のフェアポートに似ている。趣味的なトラッド色こそ薄いが全体的な雰囲気が近いのだ。ただ、こちらの方がよりポップだ。まぁ、それは14976年というこのアルバムの発売時期に依存することだろうと思う。しかしながら、もう時代はパンクに移ろうとするこの時期にはちょっと古くさいサウンドだったと思う。でも、ポップなフォークロックとしては高い水準だし、個人的には気に入ったね。
1974年のアルバムで、大所帯のバンドだが、この当時はやっていた10CCとかそっち方面よりの音を出している。あまりにストレートすぎる部分もあるが、根限りポップなので面白い。元々は1960年代末に結成された何でも有りのごった煮ロックのバンドだったそうだが、1971年に解散して再結成してからのアルバムだそうだ。どちらかというと実験色が強かったバンドだが、このアルバムは時代を反映したポップサウンドになっているそうだ。と、ここまで書いてから言うのも何だけど、このバンドについては名前以外は知らなかった。
ストコ先生とアンセルメの10枚組盤起こし集は、色々な曲を脈絡無しにぶち込んでいる関係上、各CDの各曲単位で項目を点ててレビューを書いていこうと思う。ただし、そのほとんどが実は初めて聴く曲だったり、大昔に聴いていてもすっかり記憶の彼方だったりするモノばかりなので、曲自体の感想と、演奏の感想が入り乱れることはご容赦願いたい。そのような訳でレビューを始めようと思う。
あっ、演奏自体は全て初めて聴く音源ということには間違いない。アンセルメの方に1曲だけ怪しいのがあるが(親父がレコードで持っているといっていた曲があった)、私の帰国にないので、初めてと考えて差し支えないだろう。
先に一言書いておくけど、これは起こした盤の状態によって音質が変わっているが、一部を除いては非常にノイズも少なく聞きやすい音となっている。ただし、場の腰の雰囲気すらなくなっているので、きれいにしすぎの感もあるが、それをこの値段で言うのは酷だろう。もしかしたら他社のCD起こしかもしれないしね。そういうモノだと、それはそれで問題なのだが・・・・・・。
曲自体は親父が好きな曲なので昔に聴いたことがあったのだろうが記憶にはない。初めて聴く曲だ。3楽章仕立ての交響曲で、19世紀ロマン派ど真ん中の頃のフランス人作曲家フランクによる交響曲ということになる。この辺の基本事項位は書ける。が、曲の感想となると、きわめてドイツ的な交響曲で、ちょっとびっくりした。どおりでドイツ系の指揮者が得意にしていた(というか、親父が「聴くならフルトヴェングラー」tぴっていた)交響曲だけのことはある。第一楽章のオープニングなんて、宇宙へ目の向いたスペクタクルサウンドになっている。ストコ先生は激しさはないモノの、まるでSF映画のサウンドトラックの如き演奏を繰り広げていた。
この曲はアンセルメやデュトワといったフランス音楽を得意にしている人の演奏を先に聴いているので、どう思う部分も好きな胃fが、まぁ、オーソドックスな演奏だなぁという印象。あくまで曲の紹介に努める向きが強いと感じたね。だから、印象派の非常に写実的な表現よりも曲のメロディーを際だたせるような演奏をしていたとも取れるね。私はこの曲は結構好きなので、ストコ先生ので聴けただけでも単純に嬉しかったりするね。
次のCDに移って、今度は私のダイオ好きなショスタコーヴィチの5番だ。この曲は暗く沈んだまま3楽章まで進んで4楽章で一気に爆発して怒濤の勢いで最後まで駆け抜ける曲と私は解釈しているのだけど、この演奏は中仮名かストコ先生らしい解釈の仕方をしている。第一楽章のオープニングから地を這うような魅力ある低音を豊かに響かせるアレンジで、比較的オーソドックスに進んでいき(スピードもゆっくり目)、最後の第4楽章で、まるでバーンスタインのように豪快に荒れ狂う。・・・・・・、のだけど、なぜかリズムが変。ゆっくり行って欲しいところを軽く流したり、スピードに乗って豪快に行ってるところで急ブレーキを掛けたりと、ストコ節全開。これが聴きたかったんだよと思わせる内容だったね。
オープニングだけなら誰でも知っているある意味超有名曲。この曲をストコ先生はどう料理するのかと楽しみに聴いていたら、意外や意外、ピアノの伴奏に徹してました。パーシイ・グレンジャーという人がピアノなのだけど、知らない人だ。
この曲は知らない。というか、ブロッホ自体知らない。生没年をチェックする限りでは現代音楽の人のようだ(1880〜1959)。この曲は「チェロと管弦楽のためのヘブライ狂詩曲」なんだそうだ。エマニュエル・フォイアマンという人がチェロ独奏を担当をしているのだけど、この人のことも知らない。で、曲自体の印象だけど、単一楽章の狂詩曲のため、協奏曲という形は取っていない事から、非常にインパクトだけは強かったね。それがストコ先生のオーケストレーションによるモノか曲自体のオーケストレーションによるモノ化の判別は付かなかったけどね。
ショーソンはフランスのロマン派後期の作曲家ということしか知らない。ましてや、この「詩曲」なる曲を聴いたのは初めてだ。この曲はヴァイオリンと管弦楽のための曲で、流れとしてはロマンティックな曲想で、段々と盛り上がっていき、最後はヴァイオリンが爆発して終わるという、ストコ先生向きの曲と思えるが、何せ曲を知らないモノで、これが凄いアレンジなのかどうかまでは分からなかった。
ストコ先生難でもやるというのは知っているのだけど、こういう曲もやりますか。うーん、非常にオーソドックス。まぁいじるところがいかにも少なそうな曲だけにそうなってしまうのだろうね。でも、他の人の盤に比べれば、非常にカラフルなタッチではある。そこがストコ先生らしいといえば、全くその通りだけどね。
これは初めて聴いた作品。大体、マクドナルド鳴る作曲家が誰かも知らなかったりする。一応、それではいけないので調べてみ竹度よく分からなかった。残念。この曲自体は2台のピアノを上手く使ったリズミカルな面白い曲では会ったね。
お得意の編曲作品。非常にきれいな今日ではあったし、それを流麗に辺境していたが、やはり音が悪かったので、この編曲作品については音の良いデッカ盤を聴いてからその真価を問うことにしよう。しかし、昔からバッハの「トッカータとフーガ」に次いで評判が良いんだよなぁ・・・・・・。
この曲はバレエ音楽であるし、ストラヴィンスキーの曲の中では比較的明るい曲なので、ストコ先生がスペクタクル作品に仕立て上げようとするならかなり向いている作品とは思うのだけど、それはある意味ズバリ当たっていた。私はブーレーズの比較的大人しめの丁寧になぞるような演奏の全曲版しか持っていなく、正反対ではなく、90度位反対なストコ先生の解釈はなかなか新鮮だったね。宇宙へでも飛んでいきそうなオープニングのスペクタクルとか、聴いていてもたまらなかったね。
これについては言うこと無し、ストコ先生に勝る作品はないのかなぁ?というか、この先生の土俵で戦う気がある人がいないだけなのかもしれないが・・・・・・・。音のみによる海洋冒険活劇といった趣向が私の心を捉えてはなさい。私の持っているデッカ盤の録音とも甲乙付けがたい。
こういう曲もやっているのがストコ先生の凄いところ。というか、こういった作品をアメリカで演奏して、曲そのものを広めたのがこのストコ先生だったりするんだよなぁ・・・・・・。だからシベリウスにしてもそうだけど、その他にしてもそう、ストコ先生と同年代の20世紀初め頃から活躍し始めた作曲家のアメリカ初演を決行しているんだよね。で、こいつは結構オーソドックスな作品で、少々面白味には欠けたね。
ストコ先生のブラ3。これを聴いたことによってブラ2以外は全て聴いたことになるね。で、この曲については非常にメロディアスに演奏していると感じたね。ブラームスは情熱的に演奏するか、冷静に演奏しても、重厚に演奏するとうまくいくのだけど、ストコ先生の場合、スピードはミディアムでメロディアスに攻めたんだね。同じくメロディアスに攻めるといったらワルターを思い出すけど、彼の場合はオケを歌わせることによってメロディアスにさせるのであって、ストコ先生の場合、先生自身がメロディアスなんだよね。でまた、この曲がそういうのに向いているということが幸いしていると思うね。オーソドックスだけど、面白いね。
で、4番はこれで2通り目だけど、こちらも3番同様、ミディアムテンポでメロディアスに攻めてるね。ただ、幾分極小会という意味が強い演奏に聞こえなくもない。ラジオ向けとも取れなくもないのだ。
うーん、オーソドックス。それだけ。5番のような小細工もないし、9番のような妙ちくりんな楽器のバランスもない。逆に恐ろしいぐらいストレートでミディアムテンポで淡々と曲が進んでいる。この曲の持っている根源的な迫力なんぞどこ吹く風というのが逆に凄い。
この曲については面白いと思う。非常に硬めの演奏で、小走りに進むところはこの曲の持つ標題音楽としての価値は台無しにしているモノの、曲紹介としての意義は十分に果たしていて、これはこれでよいと思うね。
有名なこの曲。作曲写本にのピアノによるモノになっている。ラフマニノフの作品はストコ先生が結構初演しているので、というより、この曲の初演はストコ先生なので、さらに1934年が初演の年なので、もしかして、これは初演の録音だったりして?よく知らないけど、もしそうでなくても限りなくそれに近い、つまり、まさに紛れもない教科書演奏という歴史的価値を持った演奏だと思う。この曲自体はパガニーニの曲の変奏曲で、それをピアノで表現しているため、なかなか面白い作品となっている。
バロック時代におけるコンチェルト・グロッソの如きモーツァルトの作品。初めて聴いたけど、ストコ先生、あまり面白くないです。モーツァルトといえども全ての作品が凄い訳ではないので、こういう曲こそ、凄まじいアレンジが欲しかった気がするね・・・・・・。
これも、もうちょっと録音の良い盤を持っているのだけど、解釈は基本的に変わりなし。非常にエンタメ性の強いストコ節吹きまくる名作だね。
チャイコフスキーの5番が名作なだけにこれも期待して聴いたのだけど、傾向は一緒。冒険心も一緒。ということで、ストコ先生、自分の作品に仕切っているという感じだ。ただ、作品のカラフルさと言うことでは5番に軍配が上がるので、先生はいまいち手を加えていないように感じたが、それにしても第1楽章と第3楽章は聴いてみる価値のある内容だと思うね。うーん、相変わらずの怪演認定しておこう。
さて、この曲はスヴェトラーノフの演奏で聴いただけで、その時にはいまいちつかみ所がないように感じたのだが、このストコ先生の演奏を聴いて考え方が変わった。凄い曲だ。南への憧憬というモノが音楽という形になって現れた良作だと思う。元々チャイコフスキーはフランスやドイツの音楽を自分の音楽の中に取り込んで作品を作っていたと私は考えているのだけど、まさかここでそのフランスよりさらに南のイタリアを指向する音楽とは恐れ入った。リズミカルに分かりやすく、ラテン系の指揮者とは違うラテン系のノリで(逆にラテン系でない日本人にとっては分かりやすいと思う)かなり面白い演奏になっていたね。
これはデッカでの作品種にも良い音の録音が収録されていたのだけど、それと基本的に一緒。ストコ先生のエンターテインメント性を最大限に発揮させた本当に面白い曲だったね。盤起こしのため、少々堅い音だったけど、それが行進曲であるこの曲にはよい方に働いたと思うね。
アンセルメといえば、フランス物、ロシア物のイメージがあるが、ドイツ物もなかなかの物だ。ちょっと硬めの演奏ではあるものの、メロディラインの表現を大切にした、音符を積み重ねていく方式で演奏されている。これは本当に面白い。ベートーヴェンや、ブラームスは多分この人はあまりに会わないだろうが、ハイドンやモーツアルトはこの演奏に現れているような方法を採れば、かなり聴きでのある物になるようだ。ただ、そうは言ってもワルターなどのようにはオケを自在に歌わせている訳ではないので、そういう物は求められないけどね。
で、41番は、これはこれで、なかなか良かったが、楽章が進む毎に小難しくなっていく印象だった。曲自体がそういう構造になっているというのもあるのだけど、それだけでない、アンセルメの解釈がそうさせているのだと思う。40番と対照的なだけに、面白く感じたね。
これはモーツァルトの歌曲。知らない今日だったけど、なかなか良かった。
これは、彼の得意にしている音で、個人的にも彼の演奏によるこの曲はダイオ好きなので、録音が古かろうがなんだろうが、安心して聴けたね。
これは、初めて聴いた曲だけど、上の曲同様。私の彼のドビュッシーの解釈はほぼ信頼しているので(当たり前ではあるが盲信してはいない)、安心して聴けた。ちょっと硬めの演奏に感じたけど、非常に美しい曲だった。
ごめん、正直言ってこの曲はよく分からなかった。
ここから3曲ヘンデルのコンチェルト・グロッソは音が悪い。というより、スクラッチノイズが強烈に入っていて、古いレコードを聴いているという実感がわいてきたね。で、この4番は面白味には欠けるが、丁寧な演奏で締まって聞こえたね。
6番は基本的に4番と同じ(手抜き)。
12番も上に同じ(手抜き)。
これはモーツァルトを聴いた時と同じ印象だったけど、ただ、モーツァルトに比べると面白味に欠ける部分があったね。まぁ、元々この曲自体が、カラフルなサウンドの曲ではないので、そうお思うのかもしれない。ただ、きちんと全体を鳴らすことが出来ていて、丁寧に演奏している印象を受けたね。1小説毎を摘み気にしそれを積み重ねて行って出来た物を聴かされている気がした。
ラヴェル編曲の「展覧会の絵」の教科書的な演奏はアンセルメに夜モノという噂をちょろっと聞いていたのだけど、いきなり、最初の「プロムナード」から妙なリズムの刻み方をしていてゲテモノのにほひが・・・・・・。しかし、描く絵のパートになるとラヴェルの印象派として面目躍如となる写実的な音作りを見事に再現している。このアレンジはもはやムソルグスキーの「展覧会の絵」の教科書サウンドではなく、ラヴェルの「展覧会の絵」の教科書サウンドとと取ればよいと思う。でも、本当に教科書に出来るのはデッカ盤なんだろうなぁ・・・・・・。
ロックファンにはナイスの楽曲に引用されていることで有名なこの曲。実は聴くのは初めて。でも聴く限り、交響曲というより、4楽章仕立てのヴァイオリン協奏曲に聞こえなくもない。というか、そう思う。でも、4楽章仕立てでちゃんと交響曲の構成を有しているので、ヴァイオリン独奏付きの交響曲なのだろう。この今日な曲でも、非常にアンセルメは民族色豊かに天性のリズム感覚でもって難なくラテン系のノリをこなしている。なかなか面白かった。因みに、これは4曲番だそうだ
これは私はストコ先生の怪演でしか知らなかったのだけど、ようやく他の人のを聴くことが出来た。そういえば、アンセルメはフランス音楽だけでなく、ロシア音楽にも定評があったのだけど、ストコ先生のバージョンを聴いた後では幾分、分が悪いと思う。確かにきちんとメロディアスに情感たっぷりに演奏されてはいるし、根源的な迫力はストコ先生より上である。しかし、この曲の持つファンタジックなエンタメ性の表現はやはりストコ先生の方が上である。まぁ、この曲の教科書的なアレンジが手に入ったと思えばよいと思うね。
この曲は初めて聴く曲だ。オペラを管弦楽のために組曲化したモノのようだ。元のオペラも聴いたことはない。ということで、初めてづくしなので、捉え所がなかったが、まぁ、ロシアの作曲家のというか、そのロシアの中でも曲作りのうまさに関してはピカイチだと個人的に思っているリムスキー=コルサコフの特徴が結構出ていたね。
ラヴェル作のワルツの名曲「ラ・ヴァルス」のアンセルメのが聴けた。デュトワのもかなり良かったが、やはりこちらにはデュトワでは表現し切れていない優雅さが出ている。確かこの曲はラヴェルなりのウィンナワルツだったはずだから、そのウィンナワルツの表現が勝っていたようだ。
「シェエラザード」は「シェエラザード」でも、こちらは歌曲の「シェエラザード」。あの人の冒険心をくすぐるようなファンタジックな交響組曲ではなく、女性歌手の独唱による非常に美しい歌曲。やはり、この作品も隅々まで計算し尽くされたアンセルメサウンドが心地よかったね。
ファリャの、これは何になるのだろう?実は交響的印象と呼ばれるモノだそうで、ファリャが印象派の管弦楽曲に挑戦したモノのようだ。つまり、スペインの庭の夜を写実的に描いた交響詩といったところか?3部仕立てで、第2部と第3部にピアノが登場するところから、この曲は実質的にはピアノ協奏曲のようだ。ただ私は初めて聴く曲だけど、ファリャがスペインの作曲家の中ではフランスの作曲家に近い音作りをするからか、ラヴェルの曲のように感じたね(ラヴェルはフランスの作曲家の中でスペインの作曲家に近い音作りをしている)。
牧歌というだけあって牧歌的な曲。初めて聴く曲だし、大体、オネゲルの曲自体初めて聴く。フランスの6人組のうちの一人らしいのだけど、この曲は印象派のような写実的な曲となっている。ちょっと調べてみたら、この曲がオネゲルにとっての出世作のようだ。しかし、なんだか非常にはかない印象である。アンセルメもそれを丁寧に演奏している印象がある。
シューマンの唯一のピアノ協奏曲。初めて聴いた曲。非常に美しいいかにもなロマン派の濃厚なピアノ交響曲だと思ったね。それをアンセルメは意外と丁寧に優しく演奏している。ピアニストの名は記載されてないけど、ロマンティックな指使いをしているので、それに合わせての管弦楽による伴奏と言うことなのだろう。有り体に言えば面白くないと言うことになるのだが、でも、ロマン派なので、こういったロマンティックな演奏はある意味教科書的なのかもしれない。
古典派のオペラの序曲のように聞こえるけど、でもこれは紛れもなく、シューマンのオペラのようだ。因みに聴いたことはない。でも、まるでモーツァルトの序曲のように聞こえる部分は何とも言えない。またアンセルメがそれを杓子定規に演奏しているところが、少々面白味に欠ける部分がある。正直言うと、もうちょっと迫力があっても良いように思うね。
この曲は初めて聴くのだけど、トータルでも約20分しかない短い曲だ。ただ、4楽章仕立てと協奏曲としては珍しい楽章数でだったりするので、短い楽章が立て続けに演奏される。しかも、リストの曲だけ合って壮大だし(特に出だしの所なんて・・・・・・)、さすがワーグナーと共に、ドイツロマン派の一番濃い部分を支えていただけのことはある。アンセルメの演奏はちょっと軽めだけど、これは多分録音のせいだろう。また、ピアニストが誰か分からないのだけど、非常に硬めの演奏なのが気になった。
上のが1939年版で、これが1947年版なのだけど、なぜかこちらの方が音が悪い。その理由についてはよく分からない。ただ、演奏の壮大さも、ピアノの変幻自在さもこちらの方が上だ。ただ、演奏の悪さからか、妙にこぢんまりとして聞こえた。もったいない気がする。
リパッティ自体を知らんよ。ということなのだけど、この人は1917〜1950年という時代を生きた、いわば現代音楽の作曲家のようだ。まぁ、この曲自体も非常に前衛的なピアノ協奏曲で、聴き応えはあるけど、やはり初めて聴く曲だけによく分からなかった。でも、どちらかというと、フランスの印象派に近い音作りだった(さらに書くと、結構ショパン当たりのロマン派からの影響が濃いようには思う)。因みに、この演奏2台のピアノのうち、1台はリパッティ本人が弾いている。ということは、本業はピアニストかな?というか、アンセルメはその辺のノリで演奏していた・・・・・・。・・・・・・、ここまで書いてて、この作者について調べてみると、なんと、ルーマニアの人で、ショパンの演奏を得意にしていたピアニストだそうだ。
こっちはピアノ入り交響組曲だけど、いまいち捉え所がない曲だ。ピアニストが誰か書いてないのだけど、多分作者本人だろうと思う。この曲は最後の警戒でリズミカルな部分が楽しげで良かったな。当然この曲も初めて聴いた曲だ。
ストラヴィンスキー本人のピアノによる演奏だそうだ。まぁ、いわば、ピアノ協奏曲なのだけど、一応題名はカプリッチョと奇想曲となっているので、それはそのまま受け取っておこう。確かこの作品は彼が新古典主義にこけていた時代の物だろうから、前衛的ではあるが、曲の構成自体は分かりやすかった。因みに、この曲も初めて聴いた物だ。
うーん、やっぱりこの人の「火の鳥」はいつ聴いても良い。組曲版には批判的だったはずなのだが、実は録音は組曲の方が沢山残っている。その中の一つになる。組曲版はこれまでバーンスタインや、モントゥの番を聴いたが、どちらももっとリズミカルに演奏していた気がする。しかし、アンセルメはあくまでも全曲版の抜粋という形で演奏している。特にそれが顕著なのが最後の「終曲」だ。こいつはリズムの取り方が全曲版とは異なっているのだけど、このアンセルメの演奏は流れるように美しく演奏している。うーん、素晴らしい。
ストラヴィンスキーの新古典主義時代の曲。合唱曲のため、交響曲というよりはオラトリオのように聞こえる。大体が新古典主義ということ何お出、この解釈の方がしっくり来ると思う。しかし、ここのところ聴きたいと思っていたこの曲をようやく聴くことが出来た。大体がこの曲の初演者がアンセルメで、その初演に限りなく近い録音ということで、まさに教科書摘録音が聞けると個人的には思っているね。非常に荘厳とした、分厚いコーラスの宗教的交響曲だ。
バレエの神様本領発揮と言うことで。これで踊れるのかどうかは知らないが、非常に小粋な曲にまとめてある。初演者のピエール・モントゥはどのようにこの曲を演奏するのかは知らないけど、このアンセルメは非常にフランス音楽的に演奏している。しかもリズムはラテンのノリを少し入れている。そうやってなおかつ、隅々まで計算し尽くしたようなサウンドにしているのだから恐れ入る。面白い。是非ともアンセルメの全曲
なんか協奏曲と交響曲を掛け合わせたような曲にも聞こえたが、とにかく、スイスの現代音楽家マルタンによるこの作品のアンセルメの演奏と言うことになる。個人的には全く知らなかったので、初めての経験と言うことになる。
これにて、チャイコフスキーの7曲の交響曲の全てが手に入った。「マンフレッド交響曲」を除いては全て今回のスヴェトラーノフので手に入れることが出来た。さて、この1番は結構評判が良さそうではあったのだけど、結構のっけからうわずった激しい交響曲だった。私は初体験なので、分からないまま書くが、最終楽章が非常にロシア的で、後は非常にフランス的な好局曲に感じた。受けた影響をそのまま出してしまった部分はあれど、ロシアのオケには彼の交響曲の中で一番向いているかもしれないね。
3枚頼んだ、スヴェトラーノフのチャイコフスキーの初期交響曲で、届いていなかった唯一の1枚が届いたので買ってきた。ただ、前に買ったCDを全て聴き終えた訳でないので、このCDも全部は聴けてないのだが、オーディオ装置のセッティングを変えた時の試し聴き用CDとして、このCDの5曲目を利用した。で、この5曲目とは「序曲「1812年」」だ。かの有名なナポレオンのロシア侵攻を題材に取った演奏会序曲のこの曲はフランス国家を交えながらカラフルな音色で進んでいき最後は大砲の音がドカンドカンにいながら大迫力の大円団を迎えるのだけど、この盤は結構派手だった。出だしは巨匠然として緩やかに進んできたが、3部編成のこの曲の第3部まで来ると大迫力で、オケをドカンドカン言わせるなかなかの「これぞロシア」といわせんばかりの迫力のあるサウンドだった。
ストコ先生のDECCAでの録音集のVol.1がHMVでは、妙に高くなっていて、@TOWER.JPでは、かなり安かったし、在庫があるとのことなので、結構急いで買った。1100円も安いと言うことで、かなりお得な気分だ。
細かいレビューは明日以降に書こうと思う。現在大分回復したのだけど、風邪と胃痛のダブルパンチで、思うように書けそうにない。ということで、今日はこれにて。
今日はこれにて。
今日はこれにて。
本日、HMVより2箱に持つが届いた。予想では昨日の夕方と予想していたのだけど、実際には今日の朝になった。
で、届いたのは1日未明に注文した2つのBOXセットと、先月の17日に注文した2つのBOXセットだ。先月の17日に注文した方は特に、1月31日発売のモノだったのだけど、どうやら早くに届いてしまったようだ。実はタワーレコードなどでは既に店頭で見かけたりするモノで(通販も出来るはずだ)、実際には発売されているので、HMVは到着したら前倒しで送ってきたのだろう。まぁ、そんなこんなで、凄い両のCDが一遍に届いたことになるね。
さて、実際に聴き始める前に、こういったCDのBOXセットの場合は内容の詳細を覚え書きとして書いておきたい。まずはショスタコーヴィチの管弦楽曲集だ。テオドレ・クチャルというロシアの若手の指揮者による指揮で、ウクライナ国立交響楽団の演奏になる。私は指揮者もオケも知らない。が、別のモノを聴いた限りでは良さそうだったので今回買ってみた。まぁ、詳しい印象は本編レビューに譲るとして、取り合えず、内容の詳細は、
CD 1
CD 2
CD 3
のようになる。
3枚という事もあるのでこれからゆっくりと聴いていこう。
次は、ドボルザークの管弦楽曲集。交響詩と演奏会用序曲は全曲収録してあるお得盤だ。指揮はこちらもテオドレ・クチャルで、オケは地元チェコのヤナーチェク・フィルハーモニー管弦楽団となっている。で、中身の詳細は、
CD 1
CD 2
CD 3
のようになる。
こちらも3枚組という事もあるのでこれからゆっくりと聴いていこう。しかし、こういった管弦楽曲集で、交響詩と演奏会用序曲を全曲収録しているのは、実はヴァーツラフ・ノイマンのモノがあったりして、買った後で気が付いて、「しまった」と思ったのだが、まぁ、悪くはなさそうなので、最初から悪い方へ決めてかからず、じっくり聴いてみたい。
そして、続いてはストコ先生の10枚組超お徳用箱だ。これで1983円なのだから、お得以外の何者でもないと思える。選曲は微妙だけど、これはまぁ、致し方ないと思う。同じような選曲の箱が4000円台攪拌することを考えれば、以下にお得かが分かるというモノだ。さて、この中身はSPやらモノ盤のLPの盤起こし集で、比較的丁寧にリマスターしてあるので、非常に聴きやすい。私のようなファン有りたての人間にもってこいの箱かもしれないね。さて、中身は
CD-1:
CD-2:
CD-3:
CD-4:
CD-5:
CD-6:
CD-7:
CD-8:
CD-9:
CD-10:
のようになっている。知らない曲もいっぱいあるので、今から聴くのが楽しみだね。
次もストコ先生のと同じような箱。こちらは3000円台後半の10枚組の箱と全く選曲が一緒という、どうしようもないほどのお得盤。あちらのリマスターの具合はどうか分からないけど、こちらのリマスターの具合は結構良い。それだけでもお得な気分ってモノだ。詳細は、
CD-1:
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CD-6:
CD-7:
CD-8:
CD-9:
CD-10:
のようになっている。こちらも知らない曲もいっぱいあるので、今から聴くのが楽しみだね。それに、ほとんど演奏していないと思われるストラヴィンスキーのバレエ音楽の組曲版の方とかも入っているので聴き応え有りそうだ。
今日も、まだ痛い。相当しつこいようだ・・・・・・。
今日は一日胃が痛かった。それだけだったので、他に何も出来なかった。
実は家族で行動する予定でいたのだが、なぜかそれはなくなっていて、昼から友人達と遊びに行くことになった。と言うか、先に出ている友人達に私が合流した格好だ。
で、夜9時からテレビを見る用事があったので、それまで福山で遊んでいた。いつものように、あっちに行ったり、こっちに行ったりと忙しく動いていた。と言うか、まぁ、正月だし、車は多いしということで、ボチボチ行ったことはいうまでもないけどね。
で、今日は久しぶりにマクドナルドのハンバーガーを食べた。ちょうどビッグマックが200円というセールをしていたということもあり、この値段デフレスパイラルの今高いんだか安いんだか分からない微妙な値段だけど(普段の値段からいうと安いことは当然分かっているが・・・・・・)、まぁ、おいしくいただけたので良しとしておこう。
まぁ、今回の年末年始の休みはみんな時間が合わなくて、いまいちまとまって遊べてないけど、こうやってちょこちょこ集まって行けたので良しとしておこう。因みに、今日の収穫は中古CD1枚だ。これが今年初めての中古CDを買うことになるね。
で、9時前には帰ってテレビを見たのだけど、これが「ぷっすま」。11半まで笑わせていただきました。まぁ、あまりに沢山のネタがあったので、最後の方は詰め込みすぎによる、大幅なカットを余儀なくされていたけど、まぁ、前半中盤のネタは抱腹絶倒だったので良しとしておこう。
しかしまぁ、今日これが唯一まともに見たテレビだったりする。朝「サンデープロジェクト」や「サンデージャポン」なんていうワイドショーを見てはしたけど、まともに全部見た訳ではないし、午後は遊びに出ているので、結局はこの夜の「ぷっすま」だけなんだよね。昨日は「ニューイヤーコンサート」のみがまともに見た番組だったし、とにかく見る番組が少ないね。まぁ、他に楽しいことがあるので、当たり前といえば当たり前だけどね。明日は「芸能人格付けチェック」かなぁ・・・・・・。
後、昨日注文したCDなど、2個HMVから荷物が届くようになってるのだけど、HMVのサイト上では発送済みに昨日の時点でなっていた割にはお知らせのメールが届かない。特に昨日の昼にはなっていたのが届いたのは今日の午後2時過ぎ。どうなってるのだろうね。この間のタイムロスが長い長い。やはり年末年始で大変荷物を処理する量が多いのかな?でも、出来る限り迅速にやって欲しいのが客としての論理だよね。
運送会社がトラックに乗せて出発したのが22時25分の便なので、届くのは明日の夕方だろうねぇ・・・・・・。
さて、遂に手を出したR.シュトラウスだけど、まずは「アルプス交響曲」である。こういった規模のがでかく、壮大な曲はそれに見合った指揮者で聴かないと思っていたのだけど、たまたま、今回買ったショルティ盤をブックオフで年末に見つけて、自分の中で期が成熟するのを待っていた。で、今日たまたまもう一回いったので買ったという訳だ。うーん、さすがショルティ、やはり壮大。でも線が細く決定的な迫力には欠けるが、まぁあまり気にはならない。R.シュトラウスと言えば、ロリン・マゼールの管弦楽曲集を今ねらっているのだけど、迫力という面ではあちらの方が上だろう。しかしながら標題音楽としてのアルプスというか壮大な山の自然を描写しきっているのはこの盤だと思うね。後、おまけでワーグナーの「ジークフリート牧歌」が付いていたのだけど、これは曲と彼の指揮法が合ってないのかあまり面白くなかったね。「指輪」みたいなのを期待したのだけどね・・・・・・。
HMVで今年最初の注文をした。と言っても、昨日の日記を書いている今朝未明に注文をしたのだけど、昨日の日記にはなぜか書かなかったので(単に今年最初の記事にしたかったからなのだが・・・・・・)、今日の日記の最初の記事となっている。
さてさて、何を買ったかというと、クチャル指揮でヤナーチェク・フィルによるドヴォルザークの管弦楽作品集と、同じく、クチャル指揮でウクライナ国立交響楽団によるショスタコーヴィチの管弦楽作品集だ。どちらも3枚組で、1590円という安価な値段の作品集になっている。このクチャルなる人物はテオドレ・クチャルと言って名前からも分かるようにロシアの指揮者だそうだ。私はよく知らないのだけど、ここ10年位色々な意味で話題を提供し続けているレーベルNAXOSからリリースされているカンリニコフの作品で名を上げた指揮者だそうで、現役の若い指揮者だ。
ちょろっとNAXOSからリリースされているプロコフィエフの作品が試聴出来たので、効いてみたのだが、なかなかオケを歌わすのが上手い指揮者のように感じた。で、今回注文したCDの内容が内容だけに、聴いてみる価値があるかな?と思い注文してみた。
今年のニューイヤーコンサートはロリン・マゼールが指揮ということで興味を持ってテレビでの中継を見てみた。実はあまりニューイヤーコンサートには興味が無くとも、ロリン・マゼールには興味があるということで、ちょっとだけ見てみようと思い見始めたのだけど、結局全部見てしまったという。
まぁ、なかなか面白い演奏だったことは認めるけど、テレビ中継をする某放送局の極悪編集には辟易した。コンサートの中継が見たかったのに、途中でイメージカットを挿入したりということが非常に多く、落ち着いてみることが出来なかった。それだけが残念だ。後は、やはり生のライヴということもあるのか、見応えがあったね。
大体がロリン・マゼールということもあり、大迫力だったのだけど、テレビでは環境の貧弱さからいまいちその迫力は伝わってこなかったけど、きっとCD化されてそれを聴くとゴーッと迫ってくるような大迫力のサウンドになっているんだろうなと思ったね。まぁ、その辺はバレンボイムと並んで、フルトヴェングラーのサウンドを継ぐ者と言われている(本人の意向に関わらず・・・・・・)、マゼールのカラーと受け取れるのだけどね。
話変わって、今日は初詣に行った。なんと広島まで。広島駅の裏山には色々と神社仏閣が建ち並んでいて、そこに行ってきたんだね。まぁ、行かなきゃ一日中暇していただろうし、ちょうど良い出掛ける機会になったね。
しかしまぁ、人出人数は微妙だった。微妙が故に人に酔うこともなく(あまりに多いところは苦手)楽に行けたので良かったね。
でも、店が開いてなかったので、他にすることがなかったのは微妙だった(幸いと取るべきか?)。でも、まぁ散財することもなく(笑)、純粋に楽しめたので良かったね。
たまには変わったところに行ってみるのもまた乙なモノということでね・・・・・・。