この曲は後半の行進曲のパートが白眉。あまり音が良くなくて打楽器が遠くに聞こえてしまっているけど、でもアレンジ自体は最高。微妙に温めの行進曲に聞こえるのだけど、その実、こんなにはっきりと行進曲だというのは珍しい。分かり易い。非常に分かり易い。感動モノのレベルだ。
なんかねぇ・・・・・・、ここにストコ先生の本質を見た気がしたが、いかんせん、曲が淡々としすぎていて、それを更に淡々と演奏するので(ある意味変態的なまでに)、だから、微妙に印象に残りにくかったりするんだね。
金管が咆哮する有名な曲だけど、こういうのを聴くにつれワーグナーの金管を使うアイデアの豊富さを実感するね。まぁ、有名な曲だということが有るのだろうけど、それを曲のイメージを損なわずにやってくれる先生の能力の凄さを改めて感じたね。
日曜の朝の某ワイドショーの中で流れているCMでおなじみの(ローカルではないよね。バイロイト祝祭劇場を使ったやつね)曲だけど、途中から違う曲になってからは少々一本調子だが、前半の「序曲」が聞き応えがあった。とはいえ、地の底からわき上がって宇宙的に広がるようなイメージではなく、かっちりとメロディラインを聴かせるアレンジで、非常に分かり易いと感じた。というか、ポップにすら感じた。プロのワーグナーファンには物足りないかもしれないけど、私は結構満足できたね。
ゆらりゆらり、のたりのたり、そういう曲を思いっきりそういう風に演奏。盛り上がり一切無し。ここまでって呈してやってくれると逆にそれが面白く感じてしまう。
遅い、でも、決して重くなることが無く、「なんのためにスピードを落としているのか?」と聴くと、「それは曲の展開を面白く個性的にするためだ」という答えが返ってきそうな内容。弦楽器がインテンポで演奏している中、突如スピードを落とした金管が割り込んできて雰囲気を変化させる。そのカタルシスと来たら、何とも言えない・・・・・・。
これもゆるゆる。でもそれがよい。ストコ先生こんな曲が好きなんだろうね。でも、私はもうちょっと有名なパートを個性的に演奏するのをたっぷりと聴きたい。
親父に言わせると、本当に色々なところのいいとこ取りだそうだ。しかも、あちら事らに行き順序性とかもなく、本当に一部分だけを切り取ってきて、先生作「ワーグナーの主題による管弦楽曲」状態だそうだ。本当に数小節担任に出切り貼りしているらしい(って、イエスじゃぁあるマイし・・・・・・(笑))。さて、曲の品行きだけど、結構ワーグナー的な雰囲気は出ているが、ちょっとおどろおどろしいところを強調している感じが強い。
なんだか、妙に盛り上がる作品になっている。といっても、元々が淡々としたパートなので、そこをメリハリを付けてかなり面白く演奏しているということだ。
これは短期決戦の勝負。なかなか重低音サウンドで、重く仕上がっている。
しかし、これはまた、親父曰く、実質上色々なところの良いと小取りだそうだ。で、ゆらゆら、くねくねしたパートばかりを集めて作ったモノなのだそうだ。しかしながら、これはBGMで掛けている分にはよいかもね。休日の昼下がりに読書でもする後ろで流れている音楽としてね・・・・・・。
これも上記と同じ。出も上記に比べるとオープニングが結構有名な場面を使用しているので、ちょっとは耳になじみやすいかな?ライヴで聴くと面白そうだ・・・・・・。
さて、今日で仕事が終わって、明日からは新しい仕事だ。そんなわけで普段なら夜の10時終わりの所を今日は8次で終わって帰った。で、明日は5時半起きで、頑張って出勤だ。うー、ワクワク。新しい仕事だ。広島通勤だ。
ということで、今年は仕事帰りにカープ戦がみれるかも?何せ、市民球場の近くだからね。職場が・・・・・・。なんにしても、今年は試合を見に行きたいなぁ・・・・・・。去年は行きたかったけどいけなかったからなぁ・・・・・・。うーん、友人でも誘っていくかな?
さて、今日は朝から4月からの予行演習ということで、職場の近くまで通勤予定に沿って行ってみた。
そうすると、ほぼ予定通り行くことが出来た。
だけど、それから仕事へ出るという強行軍が祟ったのか、結局夕方から頭痛で今日も早退ということになった。しかも昨日よりひどいというおまけ付き・・・・・・。やはり、今朝調子が良かったのが油断の元のようだった。
この曲についてはDECCA盤を愛聴していて、それに比べると一段落ちるのだけど、それでも凄まじく個性的な演奏が堪能できた。見方によっては若さが前面に出て刺激的という意味ではこちらの方が大きい。例えば、終楽章の最後の部分なんて、ブレーキのかけ方の極端さがDECCA盤を遙かに上回り、聴く人が聴いたら「気持ち悪い」といわれるレベルにまで達していると思う。私にとっては「おぉ!やってくれるねぇ」と思わず嬉しくなる部分なのだが・・・・・・。
この曲は凄い。大迫力をだしながら、この曲のファンタジックな部分もきちんと描き出している。さて、しかし、この人のこの演奏は何でこんなに凄いのだろうか?曲の本質をきちんと描き出しているかどうかは別にしても、とにかく濃密な幻想の世界を描き出すという意味ではピカイチだ。な訳で、非常に感動して聴けた。これこそまさに「幻想序曲」の名にふさわしい演奏だと思うね・・・・・・。
曲自体が柔らかく、歌曲の管弦楽のみバージョンなので、カラオケを聴いている感じ以上のモノはなかったね。でもきれいにオケがなっていて、オケの歌は最高だったね・・・・・・。
いきなりフェードインして入ってきてたった4曲の本当に抜粋。そうでなくてもストコ先生の「展覧会の絵」はカットが多いのにね。さて、演奏自体は何故かオーソドックス。でも、ラヴェル編曲版よりもロシアモノに近い雰囲気は良くでていた。個人的にはやはり、この先生の編曲版が一番刺激的に感じて好みだね。
ずっと重低音サウンド。うるさいぐらいだったのだが、なかなか暗いサウンドでよろしかったね。ただ、私がこのオペラを知らないモノで、全体の雰囲気との兼ね合いがどうなのかまでは分からなかった。でも、演奏会用の管弦楽曲としては面白いと思ったね。
はっきりいって、よく分からない・・・・・・。自分で曲名を調べておいて言うのも何だけど、これ、この曲名で会ってるのかな?それにこの曲、思いっきり「抜粋」って意味の、"excerpts"という文字が見えるのだけどなぁ・・・・・・・。しかし、この曲はピアノ協奏曲のような内容で、結構アヴァンギャルドな曲に聞こえた。さぁて、この曲の正体は如何に?
曲としての面白味に欠ける曲だけど、それをドンブラコ、ドンブラコと、カラヤン以上に船を漕いで演奏している。これはこれで面白いが、うーん、どうなんだろうね・・・・・・。
民謡の寄せ集めのようなのだがよく分からない。
いかにもなロシア風のダンスミュージックだが、さすがストコ先生。弦楽器を幾重にも重ねて分厚い音の壁を作り、凄いことにしてしまっている。とても踊れる音楽ではないだろうが、これはこれで面白いと思ったね。
もろモロロシア風の音楽、こういう曲ではストコ先生は不利かな?迫力がもうちょっとあればよいのにと感じたね。
今日は頭が痛く、鼻水がじゅるじゅると出るので仕事を早退した。ゆっくり寝て、明日は朝早いので、判然の体勢に整えなければ・・・・・・。
ニルヴァーナの4thアルバム。これは実質パトリック・キャンベル=ライオンズのソロプロジェクトということになる。で、このアルバムは私は昔から聴いているので、今回の新しい盤を買ったからといって特別な感慨はない。
このアルバムを初めて聴いたのは一昨年の夏。旧規格盤リリースから9年、欲しくて欲しくてどうしようもなく、でも手に入らない日々が続いていて(出た当初は買えず、一瞬にして廃盤、その後長きにわたり絶賛廃盤中だった)、ようやく中古CDで見つけて購入した。そのときの興奮は当時の日記にもきちんと現れているし、今でもすぐにトランス状態に入れるくらい記憶の中に刻まれている。それくらい衝撃的な出会いだったし、中身は期待以上のモノだった。それは1年半後の今あっさり再発。しかもリマスターで。これくらい嬉しいことはない。当時の日記の情報は大分間違っていたが(例えば、スティーム・ハマーがフォークロックのバンドだとか)、基本的には今kさいきいても感想は変わらない。音が良くなった分(そうはいっても、A&M。元々の録音が良いから(それでもハードロックということで・・・・・・)リマスターの効果はビックリするほどではないが・・・・・・)、
”醒めた炎”・・・・・・なんてすてきな邦題なんだろう。
と、ライナーで小松崎健郎がこう書き出している。確かに。私は昨日売っぱらった旧規格盤は単にカタカナで「アウト・オブ・ザ・ミスト」だった。別にそれが悪いとは言わないが、昔レコードで出ていた時代のこの邦題は中身を的確に表していると思う。昔から聴いているアルバムなので、今回買ったモノについては邦題の事のみにしておく。後はこのバンドやこのアルバムについて知らない人のために一言書いておく。元ヤードバーズのメンバーを中心に結成されたルネッサンスというフォークとクラシックを強引に融合させた音を出すバンドの再結成バンド。ただし、ルネサンスは別のバンドが名前を使っていたために最初は「ナウ」というバンド名だったのだが、バンドのリーダーであるキース・レルフの死をきっかけに「イリュージョン」と改名。その1stアルバムが本作となる。音はきわめてメロディアスでゆったりとしたポップなフォークロック。
イリュージョンの2ndアルバム。このアルバムも売っぱらった旧規格盤では邦題が飾らない「イリュージョン」だけだった。この邦題は多分、幻想的な風景をトリが飛ぶという内容のジャケットに由来するモノだろう。中身が非常に腰の据わったプログレッシヴなフォークロックなので、結構内容と合い、非常に素晴らしいジャケットだと思うね。で、結局このバンドはこのアルバムが売れずにレコード会社から契約を切られてその後でもテープを制作するも(アルバム1枚分あり後に纏められて3rdアルバムという事で発売された)、レコード会社と契約が結べずそのまま解散。まぁ1970年代末葉ということで仕方がないのだろうね。そんなイリュージョンの商業的には失敗したけど、まるできらきら光る宝石がぎっしり詰まった宝石箱のようなアルバムだ。
ホルストの「惑星」。1956年のロサンジェルス・フィルとのやつだけど、録音は悪いけど、中身は最高。基本的に迫力という面ではストコ先生は足りないので、1曲目の「火星」などは期待できないと思っていたが、むしろこれがこの演奏の一番面白い部分だったりした。足りない迫力については演奏効果でどうにしてでも出していた。ただ、オケの実力の問題か、少々リズムの怪しいところがあり、ストコ先生のもっともとんがっていたとされる50年代の演奏にしてはいまいちアイデアを具現化し切れていない部分があった。4曲目の「木星」がロシア音楽のようだったのはご愛敬かな?
さて、このCDはストコ先生の著作権切れ音源寄せ集め集で、10枚組のボックスだ。実は第2弾もでているのだが、この前買った同じ様なボックスの内容とかなり重複しているため、今回は買うのを見送った。で、今回は1は事いうことだが、まずは箱購入時には恒例となった収録曲の一覧を書こうと思う。
バッハ作品
ベートーヴェン作品
ワーグナー作品CD 1
ワーグナー作品CD 2
ロシア音楽作品CD 1
ロシア音楽作品CD 2
ロマン派作品
フランス音楽作品
映画「ファンタジア」
20世紀
最初はスクラッチのイズが気になったけど、それは最初だけだった。きわめて優秀な録音に、耳が疲れるけどノイズの少ないリマスターに私は非常に好感が持てた。ただ、アメリカ人向けの演奏と言うことで、非常に音が堅く、第4楽章が英語で(これが結構有名であったはずだ)歌われているため違和感があるので、印象は微妙なのだけど、それにしても面白く聴けたね。1〜3楽章はふっくらして地の底からわき上がるような前時代的な迫力の出し方なので、非常に気に入ったね。後第4楽章だけゆっくり演奏しているという良い意味でのあざとさも感じたね(ここだけでも、完全にこの曲の紹介目的の演奏だということが推測できる)。
この曲は1935年の録音で先に録音が優秀と書いた1934年録音のべートンヴェンの9番に比べると時代が後なのに極端に録音の質が落ちる。でも、聴けないほどでないから、恐るべしリマスターの力ということだろう。これもきれいにノイズが消えている。全体的には硬い演奏。一瞬ピッチを違えて収録しているのかと思ったが、聴いた感じそういった部分は感じられなかったので、違うのだろう。特に第4楽章を非常にロマンティックに演奏してくれたのは、やはりストコ先生の面目躍如というところだろう。
なんか、うねるような曲になっていて一瞬「こんな曲だったっけ?」と思ったが、まぁ、こんな曲だ。しかし、ストコ先生はこういった感じの曲が好きなようだ。この曲の演奏は至って紹介的に感じるので、この曲も多分アメリカでシベリウスを紹介するために演奏しているモノなのだろう。だから、アレンジが結構素直だ。
このヘヴィーな曲を結構軽めに演奏している。冒頭は根限りヘヴィーになっているが・・・・・・。で、意外とストコ先生シベリウスが似合う気がする。全体的には明るめだが、北欧の厳しさを表現できそうなところではきちんと表現している。かなり素直なアレンジと取った。
この曲は幾つかの人のを聴いてきたが、このストコ先生のが一番エンタメ性に優れていると感じた。とにかく冒頭のラテン系の明るさ、途中のロマンティックな響き、かなり狙ってノリノリに9馴れるように練りに寝られた演奏だと感じた。まぁ、癖が強いということがあって聴きにくいかもしれないが、そこがまた魅力ということでね。
これ良いなぁ・・・・・・。ストコ先生責任編集の「カルメン」と「アルルの女」からの組曲。印象派辺りの管弦楽組曲のような編集にしている。ストコ先生は、現役ならブーレーズやデュトワ、死んだ人ならアンセルメやモントゥやミュンシュやクリュイタンスやマルティノンなどと並んで、個人的にはフランス音楽のエキスパートだと思っているから、やはりこの曲は巧くまとまっている。でも、この組曲は音がこもっているのが難点だ。そこだけどうにかなれば良かったのだがね。「ハバネラ」では、先生得意のテンポいじりが良い方向に炸裂している。
この歌劇はフィリップスからのコリン・デイヴィスのやつを親父が持っているのだけどまともに聴いたことがない。で、これについてだが、舞曲だそうだ。って、聴いたら舞曲だということは分かったのだけど、結構面白いね。
久しぶりに聴いたぞ「死の舞踏」。「こんな曲だっけ?」と思いつつも、ストコ先生のバージョンの前にはそんな言葉はむなしいだけなのでいわない。色々とめまぐるしく展開するこの曲を巧く纏めて聴きやすく聴かしてくれている。しかし、本当に変わった曲だ。それを更に変わった編曲
この曲、ストコ先生の編曲では?本来なら目立たないはずの管楽器の音が妙にお目だっているんだけど・・・・・・。しかし、とてもきれいな演奏だ。当然、ノイズがほとんど無く音圧を上げているので不自然に低音が出まくりなのだが、それでもかなり良かった。つまり内容が良かったんだね。
こちらは1番に比べると地味な演奏だ。
ラフマニノフ本人がピアノを弾いている。これは有名な音源だけど、今回私は聴くのが初めてだ。確か、この曲は彼の最高傑作で、アメリでの初演は本人のピアノと先生かオーマンディ指揮によるフィアデルフィア管だったはずだ。これは1929年の古い録音のせいか非常に遠くに聞こえる。そこが少し残念だね。
DECCAでの音源をDECCAの録音集出来いていたのだけど、解釈は同じでも、おけがアメリカなため、ちょいと雰囲気は違う。でも、まぁ、ダイナミズムを強調した演奏の「火の鳥」と思えば十分聴ける。というか、「火の鳥」の中ではかなりレベルは高いと思うなぁ・・・・・・。まえに「ペトルーシュカ」を聴いたときと同じだ。
これ、年末に手に入れた全曲からの抜粋なんだよね。でも、あの宇宙的な深遠な世界はこの最初の部分だけでも堪能できたね。でも、何より音が良いのが嬉しかったね。
これは絶対良い。録音がなかなか良いということもあるのだが、後年の名盤と謳われるチェコ・フィルとのやつよりも演奏が締まって聞こえる。それに何よりダイナミズムがある。このCDは、映画「ファンタジア」のサウンドトラックで使われた曲の演奏を集めたモノで(サウンドトラックと同一音源かどうかは知らない)、オープニングはある意味映画のテーマソングともいうべきこの曲から。それと同時に先生のテーマソングでもあります。オルガン曲の改変版というより、ストコフスキー作「バッハの主題による変奏曲」といった感のする曲だ。
いきなり、「こんぺい糖の踊り」から始まって「お茶」「コーヒー」「トレパーク」「花のワルツ」と分かり易い曲のみを並べている。さすがディズニー映画のサウンドトラックに選ばれた抜粋だけのことはある。元々が子供向けの曲ではあるのだけど、その中でもより親しみやすい抜粋にしている。これも多分にアメリカにこの曲を紹介する目的を持った抜粋なのだろう。
そういえば、この曲は初めて聴く。名前だけは知っていたのだけど一度も聴いたことがなかったんだ。これ面白い。元ネタはゲーテかなんかなんだけど、今の感覚でいうと「ハリーポッター」や「ねぎマ」の世界だ。ハッとさせられるようなメロディはないモノの非常に仕掛けが多く、ストコ先生、きっとこの曲は嬉々として演奏していたのだろうね。
根源的な迫力というモノのないストコ先生にこの曲は不利かと思ったが、そこはマジカルな先生の力量で何とかなりました。というか、妙に似合っている。結構明るめのアレンジなのに、怪しさがかなり漂っている。録音が悪く、いまいち聞こえにくいのだが、演奏自体は迫力満点のようだ。腰が据わった演奏で、例えば、「春の踊り」での地の底からわき上がるような思い躍動感が堪らない。そして、その弦楽アンサンブルは不協和音のアンサンブルなんだけど、きちんとした和音に聞こえてしまう。もしかして、これはブーレーズの旧盤に匹敵するかもね。でも、まぁ、モントゥのを今日聴いてしまったので、その前には全ては平伏してしまうのだが・・・・・・。
これは普通かな?まぁ可もなく不可もなくといったところだ。
5楽章のピアノ協奏曲。演奏自体は相変わらず取り立てていう部分はないが、曲自体はそれぞれの楽章がコンパクトで、古典的な手法をこれでもかと取り入れた面白い作品。そこにプロコフィエフの独特のメロディと変拍子を多用した独特のサウンドが乗っかっているので、非常に奇妙に聞こえたが、2番と同様、実はあまり耳には残らなかった。
ここからは、ヴァイオリン協奏曲で、ピアノ協奏曲と同じ指揮とオケによる演奏だ。ヴァイオリン独奏はテディ・パパヴラミ。印象としてこの人はジャズのヴァイオリンのような弾き方をする人だと感じた。特にこの曲の第1楽章のヴァイオリンはジャズ風だった。全体的に破局はそれほど特筆すべき部分はなかったが、第2楽章のスケルツォ楽章がアヴァンでユニークに感じたね。
これは、まるでフランス印象派のような作品。全体的には、色々なめろディがつぎはぎでアエラ割れてくるような感じの印象を受けた。そんな曲なので刺激は薄く、個人的には1番の方が好みだと感じたね。演奏もあまり特徴がなかったし、「まぁこんな曲か」と感じることが出来るレベルだったね。
うーん、ごめんいまいち分からなかった。というか、ヴァイオリンが、このヴァイオリニストには会わない曲だと感じた。
題名はチェロ協奏曲になってないが、結局は3楽章のチェロ協奏曲だ(実は調べてみたら、これがチェロ協奏曲第2番だそうだ)。相変わらず心に残るメロディよりも刺激的でアヴァンなフレーズが耳に残るモノの、そういった刺激的な部分と美しい旋律の部分のメリハリが素晴らしく、結構気に入ったね。また、演奏がテオドレ・クチャル指揮ウクライナ国立管に戻ったため、こういったメリハリのあるサウンドを見事に具現化してくれていたね。チェロのアレクサンドル・ルディンなる人は実力は相当あるけど、どうだろう?なんかいまいちパッとしない。1960年生まれの若い人らしい。これからに期待する人なのだろう。指揮もするらしいし・・・・・・。
チェロ協奏曲との違いはよく分からなかったけど、とにかく管楽器とチェロのための曲であることだけは分かった。で、取り留めの無い印象の曲だったので、いまいち良さが分からなかった。まぁ、聴き込んでいくかな?でも、メリハリのはっきりした好みの演奏をクチャルはしてくれたので、そこが好感が持てたね。
まぁ、ロシア風のワルツ。全2曲で、特に2曲目がもう典型。こういうのを聴かされるとこれはこれで堪らない。
今日はHMVにて来月到着予定分と再来月到着予定分の2つに分けて注文を出した。
まずは4月分のリストから。
ブルックナーの交響曲は0番と00番で揃うので、どこかによいのはないかと思っていたら、バイヤーズガイド等で評判の良いインバル指揮フランクフルト放送響の盤がHMVで安売りしていたためにこれに目を付けていたんだね。ただ、この盤は届くまでに2〜4週間掛かるということだったので、ついでにホロヴィッツのソニー時代のレコードをオリジナル盤をCDのボックスとして纏めた箱とワルターの同様の箱も一緒に注文したんだね。全て2〜4週間の納期なので、これを4月分の購入としたい、ということだ。
続いて5月分のリスト。
こちらはスイトナー流し。シュターツカペレ・ベルリンおよびシュターツカペレ・ドレスデンとの録音作品ボックスセット3セットで、既発売のパート1(シュターツカペレ・ドレスデンとの録音作品集)、パート2(シュターツカペレ・ベルリンとの録音作品集)と、5月10日発売のブラームスとドヴォルザークの交響曲全集抱き合わせボックスという内訳となっている。これは5月10日発売の予約商品が含まれているので、5月の購入分ということになる。
自分で注文していて言うのも何だが、こんなに箱ばかり注文してどうするのだろう?幾ら安いとはいえ、玉石混交という言葉もあるのにねぇ・・・・・・。
ついでに書いておくと、近所のレコード屋さんでも注文をしてきた。
ようやく聴けた、パトゥの1stアルバム。このパトゥはイギリスのハードロックバンドで、1970年にこのアルバムは発表されている。前身バンドはタイムボックスで、このバンドの結成は1966年だ。タイムボックスからキーボーディストが脱退し、名前を変えて再出発したから、基本的に一緒のバンドだ。ただし、タイムボックスはビートグループだった(よくモッズのコンピには彼らの曲が収録されているが、モッズといってもマンフレッド・マンのような位置にあるバンドと思って貰えばよい)。まぁ、バンドの紹介はこれくらいにして話を進めるが、基本的にジャズロックのバンドなので、キーボードパートが無くなった分(ギターのオリー・ハルソールがピアノを弾いているが・・・・・・)、ための聴いたシンプルなブルースハードロック色が前に出たというわけだ。ジャッジーながらもフリーも真っ青のタメの効いたハードなサウンドは聴いていてカタルシスを感じる。惜しむらくはこのアルバムは音が悪いのだ。きちんとリマスターされてはいるが、元のマスターの音があまりよくなかったのだろう。ノイズも気になった部分が一ヶ所有るし、そこが惜しかっただけだが、それでこのアルバムの評価が変わるわけでなく、やはり素晴らしいアルバムである。
パトゥの2ndアルバム。基本的にはこちらの方が傑作とされているようだ。ジャズやブルースやハードロック色が後退し、よりファンキーなロックンロール色が前面に出ている。ジャズやブルースに根ざしたハードロックのためファンキーなサウンドではあったのだけど、それがストレートに出てきたことで、1stとは全然違ったサウンドになっている。後、オリー・ハルソールの弾くピアノやヴァイヴ我より目立っていることからも、タイムボックス時代へファンキーなロックンロールになって回帰したとも取れる。が、そんな難しいことを考えなくても、1971年発表ということを考えると単に時代がファンキーなサウンドを求めていて「よっしゃ俺たちの時代だ」ということなのだろう・・・・・・。
ケヴィン・エアーズの5thソロ。1974年の作品だ。東芝EMIから1st〜4thまでCD化されたのに続きリリースとなった。さてこの作品からアイランド移籍ということもあるが、あまり作風は変わっていない。ただ、この作品はルパート・ハイン(キャラヴァンの「夜ごと太る女のために」でシンセを弾いてる人)がプロデュースを担当しているため、妙にごてごてした作品になっている。しかしながら彼のポップセンスは全く衰えておらず、凄まじくレベルの高い次元の作品を作ってきた。このアルバム、リズム隊が素晴らしく強力(俺的に)で、ドラムに・マイケル・ジャイルズ、ベースにジョン・G・ペリーとなっている。その他スティーヴ・ナイがキーボードで参加していたりと、XTC好きの私の心もくすぐってくれる。で、中身だけど、やはり白眉はストレートに楽しげなハードロックンロールになっているオリー・ハルソールとの邂逅作品「ティル・アイ・ソート・オブ・ユー」だろう。パトゥでも彼もよいが、ケヴィン・エアーズのバックでの彼も素晴らしいギターを聴かせてくれている。
6thアルバムで、彼の6枚目のソロ。このアルバムはケヴィン・エアーズのセルフプロデュースだが、オリー・ハルソールが共同プロデューサーとしてクレジットされている。彼はこのアルバムでは前作の1曲のみの参加と違って全ての曲でギターやベースを弾いている。さて、前作との比較から書くと、かなりごてごてしたサウンドだった前作に比べて、メンバーが固定していることもあり、比較的シンプルなサウンドになっているんだね。4thアルバムの頃の雰囲気に戻っているね。ということで、彼のポップサウンドの真骨頂であるトロピカルサウンドが再び戻ってきているのが個人的には嬉しい。後、このアルバムはエルトン・ジョンがピアノで参加している。2曲目のトロピカルでファンキーなポップロックナンバー「グールー・バナナ」におけるホンキートンク風のピアノが最高だったね。
サンディ・デニーが配偶者のトレヴァー・ルーカスと共に組んだバンドの唯一のアルバム。1970年のアルバムだ。このバンドの結成が彼女のフェアポート・コンヴェンション脱退の原因だったとライナーに書いてあったが私は詳しくは知らない。で、このアルバムはちょうどサンディ・デニー在籍時のフェアポートと、トレヴァー・ルーカス在籍時のフェアポートと足して2で割ったようなサウンドだ。つまり、トラッドにもポップにも偏りすぎないフォークロックとなっている。なんといっても、個人的にはオープニングを飾る「ナッシング・モア」が白眉の出来だと感じた。で、基本的に古今東西のフォークロックが混在しているの様なアルバムなので、かなり聴き応えがありお腹が一杯になったね。
ニルヴァーナの5thアルバム。前作の「局部麻酔」から比べるとプログレ色が薄れ、ポップな曲で埋め尽くされたアルバムとなっている。デュオから一人のユニットになってやりたいことを全部一遍に突っ込んだプログレッシヴなアルバムを作ったかと思うと、こうだ。なんかライナーでは変名で出していたポップなシングルとかを纏めてリリースしたアルバムで、裏方としての仕事をしているときにレコード会社の方から促される形で作ったモノだそうだ。1972年のアルバムということで、サイケの度合いは薄いが、初期のニルヴァーナのビートを緩くして、ひたすらポップにしたような曲ばかりなので、オーケストラを配したゴージャスなサウンドが耳に心地よかったね。傑作とは言えないが、こういうアルバムを作ることが出来たこの時代は凄いなぁと感心したね。
さて、2月の下旬に聴きながらレビューのみを残しておいたCDのレビューを再開しようと思う。
順番が回ってきたんだ。5月くらいまで掛かるかと思っていた聴く順番(単に買った順に繰り返し聞いているのみ)が思わぬ注文しているCDの到着の遅れによってあれよあれよという間にここまで聴けたというわけだ。
そんなわけで、始めていこう。ただし、明日は久しぶりに近所のレコード屋さんでロックのCDを買うので(確か10枚)、またレビューは滞るだろうが・・・・・・。とにかく、始まり、始まり・・・・・・。
プロコフィエフのピアノ協奏曲だが、第1楽章が非常に古典的な構成で、しかも、私の感覚でいうところの今風のメロディを持った曲で(つまり、プログレ風ともいえばよいか・・・・・)、特にピアノによる第2主題が耳に残った。また、第2楽章は変奏曲形式だが、所々「ハッ」っとさせられる変奏があり、なかなか楽しめた。後、第3楽章の日本風の主題が刺激の強いプロコフィエフ独特の曲展開と奇妙に合わさっていて面白かった。ただ、このCDの演奏はどうだろうか?ポーランドの指揮者とオケということで、ちょっとピンとこない。ピアノも、オーソドックスな印象のみだった。
4楽章仕立ての左手のための曲ということで、ピアノは全て左手一本で弾いているため、単音の転がるような旋律のみの曲。ピアノの旋律と弦楽器の旋律がポリフォニックな第1楽章が面白かったね。ただ、残念なことに第2楽章は結構深遠な世界を描いているのだろうが、それを演奏が用表現し切れていなかった。最初の部分なんてもうちょっと宇宙的な広がりを持たせて欲しかった気がした。
単一楽章のピアノ協奏曲。プロコフィエフが学生の時の作品だそうだ。重厚な序奏があって、ピアノで主題を提示して・・・・・・、という展開。全体的には、急緩急の形式を取っている。しかも、その展開が変わるところには必ず一呼吸入れているので、実は3楽章仕立てだったりして?
意外とねぇ、オーソドックス過ぎる気がするなぁ・・・・・・。で、演奏にドスがきいてないので、曲自体の迫力を表現し切れていない気がするね。そんなこんなな、第2番は4楽章仕立ての曲。確かにメロディは良いし、きちんとアヴァンな曲に仕上がっているのだけど、なんかちょっと一味足りない気がする。それが何かまでは気付かないのだが・・・・・・。
さて、今日は職場で4月からのことを話した。上司にはずっと前に報告していたのだが、他の人には今日報告した。これで、これから31日までに片付けと引き継ぎをせねばならぬ。後、私がやっていた仕事で、私しかできないような部分を誰でも出来るように直す作業もしないといけない。
そんなこんなで、そうでなくても忙しい年度末、更に忙しそうだ。
さて、4月からは新しい仕事だけど、ここでお知らせしておくと、4日から15日が研修になっていて、その間、この日記は全く更新できない。また、メールチェックも出来ないので、そのことはお知らせしておく。
そんなわけで、4月はちょっと生活が落ち着くまで、この日記を含めたサイトの更新もバタバタいろいろするかもね。分からないけど・・・・・・。
あぁ、そろそろ研修の準備をしないといけない・・・・・・。
昨年の5月からずっと読み続けている全15巻の日本史の通史本について、先週の木曜日からようやく13巻に入った。去年の秋にちょこっとこの本にいては書いたが、結局長続きせずやめてしまった(実は色々と書きたいことはあるが、時間がねぇ・・・・・・)。しかし、読む方は着実に続けていて、1ヶ月に1〜2冊というロースピードだけど、ようやくここまで来た。この調子なら最後までは丸1年といった所だろうか?
しかし、この間に全く本を買わなかったわけではなく、以前より抑えてはいるモノの結構本は買っている。漫画なら、ちょっとした隙間の時間を見つけて読むことが出来るが小説や専門書はそうはいかない。特に私の好きな冒険小説やハードボイルド小説はそれこそ一気に夜を徹してでも(ウィスキーなんぞ片手に)読まないといけない(というか、それくらいのめり込んでしまうってこと)。でも、今はそういったことをする時間すらないのだ。だから、買い控えている小説もある。そんなわけで、まぁ、ゆっくり読むのも良いが、たまってきた本を前にして途方に暮れているという現実がある。
そんなわけで、そろそろピッチを上げて読まないといけないね。
そういえば、日本史の専門書について未読の作品のみをリストにしてみたことがあったが、今度は漫画と写真集を除く全ての本に対して既読と未読を判別するためのリストを作成せねばならないだろうね(まぁ、日本史の専門書は本当に買い控えているので、前からはそんなに変わってないが・・・・・・)。
困ったことに、メインで使っているパソコンのハードディスクがクラッシュしてしまった。すぐにすぐに復旧出来るわけでないので、とりあえず、現在遊ばせているパソコンを使ってこの日記を書いている。
しかし、バックアップはもうかなり長く取ってないので、失ったデータが凄くありそうだ(とはいえ、メールのみだが・・・・・・)。データも出来る限りサルベージしたいと思っているが色々いじってようやくハードディスクの中身が見えるようになっただけなので(NTFSが壊れてのクラッシュらしく、システムファイル以外は見事に名前などの種々の情報が変わっている。データだけを探すのは至難の業だ)、いかんともしがたい。サルベージは非常に困難かもね。
さて、注文より1ヶ月強、ようやく2つ頼んでいたうちの1つが届いた。もう一つはまだだけど、取りあえず、ワルターのマーラー盤起こし集が届いたので、その内訳を書いておこう。今回は日本編集の箱なので、中々ツボにはまったセットだと思うね。
8.110850
8.110852
8.110871
8.110876
ウィーン楽友協会ホールにおけるウィーン・フィルとの1938年1月19日のライヴ録音。SP盤からの盤起こしで、オリジナルはHMVだそうだ。このアダジェットのバーンスタインの交響曲全集の中にも入っていたのだが、個人的な好みとしてはこちらに軍配を上げたい。やはり、オケに歌わせてなんぼの楽章のように感じるので、根源的な迫力よりも歌心のあるきびきびとした演奏に好感が持てたね。
これは、ウィーン楽友協会ホールにおけるウィーン・フィルとの1936年5月24日のライヴ録音。SP盤からの盤起こしで、オリジナルはColumbiaだそうだ。歌曲集から1曲のみ取り出されてもいかんともしがたい。スクラッチノイズの大きな盤起こしではあったが、特に聞きにくいことはなく、それなりに聴けたね。
これも、ウィーン楽友協会ホールにおけるウィーン・フィルとの1936年5月24日のライヴ録音。SP盤からの盤起こしで、オリジナルはColumbiaだそうだ。結構バイヤーズガイド等では名盤扱いだったような気がする。私は友人から「音が悪い、音が悪い」と聴かされていたのだが、盤起こしとリマスターが優秀だったのか、かなり良い音で聴けた。ただ、やはり、遠くで鳴っているような音になっていて、本来盤起こしであるはずのアナログ盤の持っている音の丸みが無くなっていた。これは、リマスター時のノイズリダクションの影響だろう。ノイズリダクションも善し悪しと言うことで・・・・・・。それで、特に男性歌手の歌が遠くなっていたのでバランスが悪く感じた。だが演奏は凄い気に入った。私が現在持っている1952年のDECCA盤とは歌手が違うだけなのだが(つまりどちらもウィーン・フィル)、ワルターの解釈はあまり変わってないのか、かなりに通った演奏だった。ただ、年齢が若いだけあって、切れ味の鋭い演奏となっている。気に入った。
ウィーン楽友協会ホールにおけるウィーン・フィルとの1938年1月16日のライヴ録音。SP盤からの盤起こしで、オリジナルはHMVだそうだ。これもバイヤーズガイドでは名盤扱いで、EMIから繰り返しリリースされているので、比較的手に入れ安音源だ。それをこの箱ではあえて独自の盤起こしに挑戦ということで、EMI盤を持っていない私には比べようがないのだけど、音は気持ち悪いくらいに生々しい。上の「大地の歌」と同じで、これはノイズリダクションの賜物だろう。しかし、それ以上にこれは演奏が、たまらなく良い。第4楽章の冒頭辺りのオケの歌い方、弦の旋律の美しさにはノックアウトされてしまった。それと全体的にメリハリが非常にあって結構重低音サウンドだった。この演奏の背負っている歴史的背景とかまぁ、色々あるけど、その辺をさっ引いても純粋に音楽的に聞き惚れることの出来る名演奏だと思う。
ウィーン楽友協会大ホールにおけるウィーン・フィルとの1952年1月20日の録音。LP盤からの盤起こしで、オリジナルはDECCA。というよりオリジナルのCDを持っているので分かる。しかし、改めて聴いてみるとこれは伴奏が良かった。音の比較については「大地の歌」に譲るけど、とにかく伴奏が良くて、高音質の録音を丁寧に起こしてリマスターしたため、少々高音が近々するモノの、歌と伴奏のバランスは存分に味わえた。
ウィーン楽友協会大ホールにおけるウィーン・フィルとの1952年1月20日の録音。LP盤からの盤起こしで、オリジナルはDECCA。上の「リュッケルトの詩による五つの歌」と現在は同じCDにまとめられている。そして、そのDECCAからのCDの最新リマスター盤を私は持っている。この曲が好きになったきっかけの盤だ。さて、音質の比較を取りあえずしたいと思うのだけど、とにかく元々の盤が高音質盤だったために丁寧なリマスターによって、素晴らしい盤起こし盤となっている。最新リマスターの方も「まるで昨日録音した」かのくらい生々しい音なのだが、こちらはレコードの音をそのままCDにパッケージしたかのような、疑似レコード体験版といった趣だ。一日中書けていたら、こっちの方が疲れないかもね・・・・・・。で、演奏自体はもうとってもとっても大好きな演奏なので、特に言うことはない。とにかく盤起こしやリマスターが演奏の邪魔をしているということだけはないと、そこは強調しておこう。
ロンドンキングスウェイホールにおけるウィーン・フィルとの1949年10月4日の録音。SP盤からの盤起こしで、オリジナルはColumbiaだそうだ。で、この曲の独唱はキャスリーン・フェリアで、1952年の上記の「大地の歌」と同じ人だ。これも、非常に音の良い、優秀な盤起こしとリマスターだね。というか、この箱全体が優秀盤起こしとリマスターだね。その中でも特に秀逸だと思ったね。歌声と演奏が生々しいし。モノなのにキリンと分離して聞こえるからね。
ニューヨークカーネギーホールにおけるニューヨーク・フィルとの1945年5月10日の録音。SP盤からの盤起こしで、オリジナルはColumbiaだそうだ。それにしては非常に音がきれい。まるでマスターテープからのリマスターのように聞こえる。そうは言っても、ほんの数ヶ所「パチッ」という音が聞き取れるので、盤起こしと分かる。さて、中身だけど、これも良い。ワルターのマーラの特徴である。歌があって、メリハリもあるのが健在で、しかしながら非常に甘口に仕上がっている。で、この曲の美しさが際だっている。音も良いし、本当に言うこと無しだ。曲全体の面白さとしてはバーンスタインとニューヨーク・フィルの方が勝っているかもしれないが、これはこれで懐が深く聴き応えがある。
さて、一昨日、昨日、今日と次々とCDを仕入れたので、前に書いた手持ちの交響曲のリストを更新しておこうと思う。これ単独でネタにしても良いモノだと思うけど、何かその気になれないし、それ以前に、にっきのネタとして向いてるんだよね。「今日はこんなモノを手に入れて、同じ曲が何種類目になりました」ってね。でも、近い将来にはリストだけは切り離してネタにするかもね。これだけで、凄い量になりかねないのでね。
ベートーヴェン
ブラームス
チャイコフスキー
ベルリオーズ
シューベルト
マーラー
ショスタコーヴィチ
モーツァルト
ドヴォルザーク
リヒャルト・シュトラウス
フランク
シベリウス
ハイドン
ストラヴィンスキー
ブルックナー
ヴォーン=ウィリアムス
カリンニコフ
プロコフィエフ
さて、今までは交響曲だけのリストだったけど、今日は協奏曲もリスト化しておこう。こうすれば、私の持っているCDの見通しが明るくなる。そうそう、ラロの「スペイン交響曲」はこちらに移した。
ブラームス
モーツァルト
ショスタコーヴィチ
ベートーヴェン
グリーグ
マクドナルド
ヘンデル
ラロ
シューマン
リスト
リパッティ
チャイコフスキー
ショパン
プロコフィエフ
交響曲と協奏曲を除く管弦楽曲をリストアップしていく。
ストラヴィンスキー
ファリャ
ムソルグスキー
リムスキー=コルサコフ
JS・バッハ
ベルリオーズ
ドビュッシー
取りあえず、今日はここまで。