今日は夏用のスーツを買った。しかも2着だ。これで今持っているモノも含めて5着になる。これだけあってローテすれば余裕で着ることが出来るだろう。
しかし、私は割引等が一番受けられるところで買っているため、かなり安く買えたのだけど、それにしても高かった。まぁ、高級品は買えないし、毎日着るモノなので、安物も買えないしということで、微妙に高級品をどうしても買ってしまうため、微妙に金がかかるんだね。
この微妙というのがほんとに微妙で、今回も定価ベースでは49000円のスーツと、79000円のスーツだったりする。でも、色々あって、全体の3分の1の値段程度で買うことが出来たのだけどね。
それにしても、やはり痛い出費である。仕事に必要と行っても、正直、自分ではもったいないと感じているんだよね。
今日は土曜日ということで近所のレコード屋さんに行ってきたのだけど、たまたま上記のCDを見つけて買ってしまった。中古で思いっきり安かったし、特に迷うことはなかったのだけど、
1971年という、彼の非常に若い頃演奏だが、ニューヨーク・フィルとの競演ということで、珍しい組み合わせと感じる。内容は「まぁ、ここまでよくも・・・・・・」というようなフルトヴェングラーへの目指し方を感じる。ただ、オケを歌わせている部分が少なく、少々素っ気なく感じ、表現が悲壮の部分でとどまっているように感じた。まぁ、若い頃ということで修行中と受け取れなくはないが、ほぼ同時期にイギリス室内管と録音したモーツァルトのピアノ協奏曲で深みのある演奏をしているだけに、協奏曲と、交響曲での指揮者としての完成度にばらつきがあったのかと感じたね。ただ、この当時まだ30歳前だったのだけど、かなりゆったりとした巨匠然とした演奏をしていたので、そこが何ともまぁ、面白かったというか、なんというか・・・・・・。
一昨日頼んだCDが早速届いた。ということで、今日はじっくりとこれを聴いていきたい。
さて、そんなわけで、ブラームスの交響曲全集のフルトヴェングラーのやつだ。
COMPACT DISC 1
COMPACT DISC 2
COMPACT DISC 3
以上が収録曲だけど、なんと、2曲ベートーヴェンの曲が付属している。これが何とも、違和感があり、いや、演奏は非常によいのだけど、統一感をぶちこわしている。そこがね・・・・・・。まぁ、個々の曲については後ほど書くとして、なんでこんな風なカップリングになったのだろうね。
しかし、これで9種類目のブラームスの交響曲全集かぁ・・・・・。実は現在、さらに4種類ほど欲しい全集があるのだ・・・・・・。
さて、早速曲の話に移るが・・・・・・、これはなかなか良い。なんでこの3曲なのかと思っていたのだが、よく考えると管弦楽編曲がこの3曲のみブラームス本人だったからだろうね。さて、この演奏の白眉は1番と考える。これが又、堂々とした非常に聴き応えのある曲なんだね。この曲の一般的なイメージはどんなモノかは知らないけど、堂々とした舞曲というのもなかなか堂に入って、面白いモノだと思うね。
この曲はいろいろとフルトヴェングラー独特の演奏方法が裏目に出てしまったような印象だ。基本的に音が悪くこもった印象を受けるのは仕方ないとして、そこから先、非常に曲調が重く、ハイドンの主題の部分が弾んで聞こえなかったんだよね。まぁ、録音のせいが99%だろうけど、それにしても少々アレンジ自体がもっさりしている印象だったね。
冒頭からの堂々とした鳴りっ振り、まさにフルトヴェングラー。1952年のライヴ録音で、1984年になって発売になった比較的最近のモノで、昔からの名盤名演というわけではないが、評判の良い盤ではある。特に凄まじいのは第4章だ。ここのドラマ性は凄いモノがある。ウィーン・フィルにしては少々荒い演奏ではあるモノの、逆に聞き応えがたっぷりある。ただね。フルトヴェングラーにしては少し早い演奏だ。そこが珍しい・・・・・・。なんにしても、ティンパニの音が他の人と違うし、ウィーン・フィルでこれだけ鳴らすことが出来るフルトヴェングラーの凄さを感じたね。
こちらはベルリン・フィルとの1952年のミュンヘンでのライヴ録音。これはこれで凄まじいのだが、元来の腰の強さはウィーン・フィルとは違うわけで、こちらもライヴならではの荒さがあるモノの、非常に迫力のある音になっている。ただ、1番と比べると、フルトヴェングラーの演奏スタイルには曲が向いてないということもあり、だから、第3楽章なんてとっても独特で面白いモノがあったね。でも、第4楽章は気張りすぎで怒濤(笑)。
この3番の第1楽章はヴァントの新盤に心惹かれていて、またの機会に全集を入手しようと目論んでいるのだが(「うぉーい、またかい」という声が聞こえてきそうだが・・・・・・)、このフルトヴェングラーもそれに負けず劣らず、非常にロマンティックな演奏だ。ただ、ベルリン・フィルとの1949年のライヴ録音ということもあって、少々重すぎる所がある。
これはよい。1948年のベルリン・フィルとのライヴ録音。冒頭から非常にドラマティックで「聴いたぁ」という実感を強く持たせてくれる。なんといっても第1楽章の出だしが素晴らしい。きちんとした安定したリズムの中で歌い上げられている。変な感情移入は一切なしと感じた。つまり、フルトヴェングラーサウンドの生を聴かされている印象だった。これはこの全集中の白眉かな?
1947年のウィーン・フィルとのスタジオ録音。音がこもっていてあまり良くは思わない。内容もさすがベートーヴェンのスペシャリストだけのことはある・・・・・・。そう思うのだが、どこかしっくりこない。そんな印象だ。何が悪いのだろう?良くわからないのだなぁ・・・・・・。ブラームスの全集に入っているからだろうかなぁ・・・・・・。
1954年のベルリン・フィルとのスタジオ録音。こちらも「コリオラン」と同じく、フルトヴェングラーらしいベートーヴェンなのだが、どこか違う・・・・・・。晩年だからだろうか?それとも小曲だからだろうか?その辺は良くわからない。
さて、今日はジェフ・ベックのライヴに行ってきた。広島郵便貯金ホールであった。7時開演でほぼ定刻通りに始まり、2部構成にもかかわらず、9時直前に終了したのが印象に残った。
既にセットリストが公開されているので、特にセットリストを書こうとは思わないし、大体が、メモも取ってなかったので、セットリストは書けないということで了解して欲しい。
さて、内容だけど、今まで私が行った数少ないライヴの中ではもしかしたら一番かもしれない。そんな印象を受ける程良かったライヴだった。
オープニングが「ベックス・ボレロ」だったのだけど、あの曲を聴きだした途端に鳥肌が立ってきたね。というか、この曲が聴けるとは全く思っても見なかったしね。後、一番最初にジミー・ホールが登場するところで、登場するまでの間に、「じゃじゃ馬億万長者」を弾いたのがが印象に残ったね。これは完全に即興だったらしく、バンドメンバーがにやりとしているのが印象的だったね。
ところで、このツアーのバンドメンバーだけど、ドラムがヴィニー・カリウタ、ベースがピノ・パラディーノ、キーボードがジェイソン・リベロ、ボーカルがジミー・ホールという面々だったね。
私は基本的にヴィニー・カリウタのドラムと、ジェイソン・リベロのキーボードが気になったのだけど(ピノのベースについては特に気にしてない。あの人のファンキーベースはベックにお似合いだと勝手に確信しているからだ)、そこばかりを気にしながら聴いていたわけではないけど、気になったというやつでね・・・・・・。
ヴィニー・カリウタはかなりタイトなドラマーなので、曲によってはタイトになりすぎる曲もあったね(例えば、「レッド・ブーツ」のオープニングのポリリズム部分なんて、自分流にきちんとアレンジして叩き倒したのだけど(原曲はポコポコペコペコ手数王のナラダ・マイケル・ウォルデンだからね)、印象として曲自体がタイトになりすぎていた印象を受けたね)。後、「ベックス・ボレロ」ではボレロのリズムのパートから、雄叫び一発でロックンロールに早変わりするところでのロックンロールパートでの暴れっ振りが足りなかったね。でも、そう思いつつも、原曲のドラムがキース・ムーンである以上は致し方ないかと思ったんだけどね。
ジェイソン・リベロは終始ニコニコにして弾いていた印象があったけど、もうちょっと我を強く前に出て欲し印象があったね。自分がソロを弾いていて、ジェフ・ベックが割り込んでくると弾いてしまうということがあったしね。ただ、凄くうまいということだけは分かった。最後の「虹の向こうに」ではジェフ・ベックのギターと彼のストリングス・シンセのみだったのだけど、終始微妙にずれていたのが気になったね。これはどういうことなのだろうね。良くわからないのだけどね。演出なのかな?
まぁ、そんなこんなでかなり楽しめたライヴだったね。そうそう、現在来日中のジェニファー・バートゥンもゲスト出演してくれるなどうれしいこともあったし、ジミヘンのカバーはあったしで、いろいろな角度から楽しめたライヴだったね。なんといっても、今回のライヴはジェフ・ベックの演奏が大胆になっていることだ。前回の来日公演は良くも悪くも、ギタープレイ自体がこぢんまりとしていたからねぇ・・・・・・。それに比べると今回はやんちゃに暴れてくれた気がするね。
そんなわけでよいライヴを見ることが出来ました。本当にね・・・・・・。
さて、今日は親父が色々注文したCDに合わせて、値段の帳尻を合わせるために私もHMVに注文した。フルトヴェングラーのブラームスの交響曲全集だが、都合、本日3箱目のブラームスの交響曲全集だ。先月や4月やさらに前にも買っているので、通算8箱目ということになる。まだ、後、4箱くらい欲しい全集があるので、元気よく集めていきたい。別に、今月中というわけではないがね・・・・・・。
きょうも買っちゃった。これで2冊読んで3冊買うだから、1冊、未読が増えたというわけだ。まぁ、それは良いとして、これで網野善彦の講談社学術文庫から現在刊行されている文庫は全て揃ったことになる。こういう風にしらみつぶしに少しずつ欲しいモノ買っていこう。とりあえず、今月はこれで終わりかなぁ・・・・・・。網野先生のは・・・・・・。毎月2〜3冊程度の購入で、彼の諸作の内、私の欲しいモノを購入していきたいからねぇ・・・・・・。
まぁ、だいたいが、あまり買うペースが速いとお金も続かないし、未読が増える一方だからね。
そんなわけで、読書について一言だけ。
昨日買った本は読み終わったので、明日からは新たな本だ。ここらで途中まで読んで放り投げている分厚い論文集を読もうと思う。これは1冊が1月とかかかるかもしれないから、大変かもしれないが、きっと読み応えがあるだろうと感じるね。
さて、強は昼休みに本屋で上記の本を買った。というのも持って行ってる本を読み終えてしまったからだ。私にしては珍しく早い。読むのはとても遅い方なのにね。いくら読みやすい本とはいえ、2日(実質3時間程度)で読んでしまうとは思いもしなかった。そんなわけで急遽買ったものなんだね。まぁ、前から欲しかった本だし、新書なんでそれほど時間がかからないだろうから、良しとしておこう。
しかし、この本も全部で約190ページなのだが既に50ページ読んでいる。なにげに、もうすぐ読み終わりそうな気配だ。でも、この本は遙かに読みにくいはずなのだがね・・・・・・。
そんなわけで、読書について一言だけ。
ここのところザックザックと読んでいっているおかげで、買うスピードより読むスピードの方が早くなった・・・・・・。とは言い難いが、限りなく肉薄してきたということで、これからは集中して読むのに時間のかかる歴史の専門書を読んでいくことによしよう。今手元にある本が夏の終わりくらいまでに読めれば・・・・・・、といっても、そんなに早くは読めないが、限りなく、それに近いくらいのスピードで読めれば良いなということでね。
これは、リズムの刻み方がソ連風なんだけど非常に歌があるブラームスだ。聞き終えるといささか疲れるのだが、そんなことはお構いなしに鳴り響いている。アレンジ自体はオーソドックスなのは1番と同じだが、濃厚な感じは薄い。だから純器楽的な迫力が増で、ガンガンと頭の中に音が叩き付けられる感じだ。そして、第4楽章のラストはスヴェトラーノフお得意の延ばして延ばして、一気にドガンと終わるやつで、ライヴで聴くと多分ブラボーの嵐だろうね。
これは2番以上に歌がある。第1楽章の冒頭はもうちょっとヒステリックに行くのかと思っていたが、思いっきりオケを歌わせてロマンティックに演奏したね。同然、ソ連流でだけで・・・・・・。第3楽章なんて、本当にとろけるような歌があったし、それでいて次の第4楽章ははじけた迫力なモノだから、メリハリがかなり感じられたね。これもなかなか面白い。
出だしが少しさらっとしすぎている。ドイツの渋ちんな連中のと同じ解釈とは思わなかった。ガンガン突っ走るのかと思っていたら非常にオケのコントロールがよい。さすがこの辺はコントロールのうまさを感じたね。もしかしたら人によってはつまらなく感じる人もいるかもしれないね。でも、こういう変幻自在な魅力もあるのかと、私は面白く聴けたね。
これは非常にリズミカルな演奏だ。特に第4楽章がよい。最後は大円団で終了していて、まさに「これをライヴで聴かされたらどんなに凄い感覚が味わえただろうか・・・・・・」と少し嘆息してしまった。つまり、この人は煽りの天才なんだと思う。で、アメリカのオケを使ったため、この曲が少しライト感覚のアーバンな香りを持っていたのも冒頭のリズミカルなイメージを持つに至った助けとなった。さらにはなんと言っても、リズミカルなテンポで終始していて、突如と捨てテンポを動かしたりするところのうまさが光った。第4楽章の最後なんてそれがもっとも成功している部分だろう。
このロリン・マゼールという人は常々上品で優雅な音作りの出来る人だと思っていたが、この曲の第3楽章を聴いてその思いをより強固にした。当然、1番や2番強うダイナミックなテンポの動かしや、数々の細かい計算された仕掛けはあるのだが、それにましてこの3番では音作りが印象に残った。テンポの移動や仕掛けは第4楽章で効果的に行われてここだけ取り出すと非常に名演に聞こえると感じたね。さて、音作りについてだけど、これは彼にしか作れれないどくと区の世界だと思う。とにかく今回のはこの中にはそれを感じるたくさんのモノがあるということだ。
他の曲ではアメリカのオケが演奏という性格上感じられなかったことだが、この曲では第1楽章冒頭から非常にドラマティックに曲が動いている。まぁ、曲そのものに、そのような雰囲気があるからかもしれないが、今までになかったことなので、少々驚いてしまった。私は昔このクリーヴランド管のことを「ヨーロッパのオケのようだ」と評したことがあるのだが、まさにその部分をディフォルメしての演奏のように感じたね。ただ、やはり、根源的な迫力には欠けるのだがね。
これは非常にヘヴィーだ。演奏そのものは軽めの音作りだが、マゼールの描くコンセプトはそれはもうヘヴィーだ。ラストに向かって金管を咆哮させながら突き進むところなんぞによくその傾向が現れているね。そして、いったんためてラストで弦楽器に渦を任せてドガンと一発で終わらせたというのは聴いていて、痛快だったね。
さて、続いてはスヴェトラーノフのチャイコフスキーの交響曲全集1度目盤だ。
Dics One
Dics Two
Dics Three
Dics Four
Dics Five
Dics Six
以上が収録曲だが、1967年〜1989年と収録曲の録音年数の開きは大きい。でも、肝心要の交響曲が1967年に全7曲録音ということで、非常にコンセプチュアルな交響曲全集として楽しめるだろうね。
1967年の録音。これはあまり晩年のポニーキャニオン盤とか割らないが、やはり、さわやかな演奏という点では上をいっている。ただポニーキャニオン盤に漂っていた巨匠然としたゆったりとした風格はなく、非常にメリハリのはっきりとした迫力満点の演奏だね。第2楽章の民謡風のフレーズなどのオケの歌わせ方が気に入った。ただ、録音の線が細いのが気になったね。演奏もリマスターも良いので、そこが気になった。
こちらも1967年の演奏。破綻すれすれのたいした勢いに口があんぐりと開いたままだ。1番は録音時の線の細さが気になったが、この曲はそれほど気にならなかった(それにしても当時の西側の録音とは比べるべくもないが・・・・・・)。多分、曲自体の迫力が大きいからだろう。こちらはポニーキャニオン盤よりも私にとっては好ましく感じたね。国民学派の作曲家としてのチャイコフスキーがこの演奏から聞こえてきたね。ラストが圧巻。
「おーい、焦るな焦るな」と声をかけたくなる程の演奏。ちゃんと歌っているところは歌っていて、迫力を持って決めるところは決めるのだが、妙にせかせかとしている印象を受ける。まぁ、これは先に巨匠然としたポニーキャニオン盤を聴いているからだろう。エネルギーが固まりになって襲いかかってくるかのような迫力は若いだけにこちらの方が格段に上だ。そこが逆にこの盤の面白いところでもある。後、第5楽章後半部分の低音弦の豊かな鳴りはかなり気に入った。
1984年の録音ということで、この曲は録音時期がずれている。ということで、他の曲に見られた焦りにもにたスピード感というモノはない。ポニーキャニオン盤に非常に近くなっている。だけど、この曲が曲だけにスピード感よりも迫力重視なので、素ぴうー度に関しては良くわからない。ただ、はっきり言えることは重戦車のような迫力を有した演奏だということだ。
なんかふつうの演奏。確かに派手な面もあるが、なんか楽譜の世界を逸脱できていない印象がある。楽譜を片手に聴いているわけではないので、この言い方には誤りがあるが、正直そう感じた。これは1970年の録音で、交響曲の録音からは時期がずれているがそれほど離れているわけではないので、そんなに変わった印象はないはずである。しかし、交響曲で聴くことの出来た焦燥にもにたスピード感もなかったので、もしかしたら、スヴェトラーノフの中で、色々考えながらの演奏だったのかもしれないね。
ちょっと最初のファンファーレが妙だった。とだけ書いておこう・・・・・・。それよりも本質的な話としては音が薄いということだ。これは録音のせいだと思うし、他の交響曲と同様ということにもなる。せっかくメリハリのある大迫力の演奏を繰り広げているだけに非常に残念に感じるんだね。薄味なのは。ここで焦燥感あふれるスピードのはひたすらの煽りにとれるので、これはこれで面白い。ちなみに、この曲も1967年の演奏だ。
1970年の録音。まぁ、力強いこと。元々が力強い曲だけに、そうよけいに感じるのかもしれないが、とにかく、それのみの曲。良いことはよいのだが、うーん、どうなのだろう。メリハリがあって、非常に楽しんで聴けた。まるでジェットコースターのような曲だからね。
これは最初が録音のせいで妙にシンバルの音が貧相に聞こえたりして、録音の悪さにブツブツ言っていたのだけど、途中のヘヴィーワルツのあたりなんて、もうむちゃくちゃだし(良い意味で)、ラストに向かって大風呂敷を広げて一気に終わりまで駆け抜けるこの爽快さが感じられたね。でも、それだけ、この曲のいいところは前期だが、はっきり言ってイタリアっぽさが感じられなかった。そこがこの演奏の弱点だね。ちなみに、1970年の録音だ。
この曲はストコ先生の名盤が私にとっては一番のお気に入りなため、その牙城を崩すには至らなかった演奏ということだけ書いておこう。ストコ先生の作り上げるドラマ性とは別の意味で、この演奏は凄く、優しいように感じた。メリハリの豊かな迫力のある音作りがなされているが、先生のと比べると、良い意味での毒が足りない気がしたね。これも1967年の演奏だ。ネガティブな意見を書いてしまったけど、部分部分の迫力(たとえば、第1楽章の最後)ある盛り上げ方なんていうのはこの人の芸風だろうから、さすがだと感じたね。
1989年の演奏。ということは、このコンビの絶頂期のはずだが、なぜか面白味に欠ける気がする。理由は良くわからない。なぜだろうね。交響曲や、1970年録音の小作品と違ってスピード感や迫力だけでなく、安定感もあるのだが、もしかしたら、そこが面白くない原因かもしれない。今までの破天荒な演奏を標準として頭の中でとらえてしまっているのかもしれない。だからこの演奏はこの曲の中ではかなりのクオリティなのかもしれないね。
これは1974年の録音で、この曲だけ妙に録音年が違う。さて、最小は少々もたついていたモノの、戦闘のシーン以降のスピードに乗って小気味よく演奏する様は最高。ポニーキャニオン盤にあったエネルギーの大きさは感じられないモノの(これはたぶんに録音のせいと、ここまで聴いてきてわかった)、スピーディーな展開とそれに見合う迫力音で、十分お腹いっぱいになる演奏だね。
これまた1967年の録音。これは交響曲全曲中最も違和感を感じた。というのが最初とにかくおとなしい。で、ずっとそのままで今ままで熱く熱く演奏してきていたのが急に大人しくなってしまった。ということで、「これはだめか?」と思っていたのだが尻上がりに調子が良くなり始めた。尻上がりなのでだんだんと期待を持ち始め足し、親父が「第3楽章」というので、私もそこに注目し始めたのだが、ここはさすが、オケの歌はそのままに、テンポ良く、素早いパッセージを重低音の迫力で提供してくれた。これでこの曲は二重丸だ。
うーん、いい感じ。余韻たっぷりだ。これも1970年の演奏で、なぜ過去の録音に関しては妙に分厚い。リマスターノせいかもしれないし、録音の悪さを曲が関知してないのかもしれない。ただ、ちっと重苦しく推進力に乏しいのが気になったね。
まぁ、なんてことでしょう。昨年末オーマンディのこの曲を聴いてから以来のこの曲だったけど、凄いね。この今日は最初から非常に重厚な演奏で、ロマンチシズム溢れるべた塗りサウンドに、スピードはそれほど速くないけど非常に重厚な差ウドで、見事にこの表題曲を描ききっている。ここにロシアサウンドの極地を見た気がするね。これは他の番号付き交響曲と同じ1967年の録音だけど、明らかにこの全集の中では白眉の出来だと思う。
これは、1970年の録音。これも他の小作品と同じく、ごくふつうの演奏。この曲に立っては録音が非常にこもっていて、その分打楽器の響きが完全に死んでいて、咆哮する金管とのバランスが悪いのが非常に悪い方に作用している。ここが非序に残念だ。繰り返されるテーマでいかにティンパニを鳴らすかがこの曲の面白さのポイントと私は思っているのだが、そこが駄目だった。残念だ。
さて、続いてはブラームスの交響曲全集、スヴェトラーノフ指揮、ソビエト国立響演奏だ。
Dics One
Dics Two
Dics Three
以上が収録曲だが、これは1980年代のスヴェトラーノフが堪能できる内容となっている・・・・・・、そうだ。さても、さても、どんなのだろうね。
濃厚なブラームスだ。金管の響きは完全にロシアンサウンドなので、初めてのドイツ風以外のブラームスということで、少々違和感たっぷりで聴いている。本当はストコ先生が無国籍の響きを持っているが、あの人は特別だからね・・・・・・。粘りけはミュンシュのようにあるわけでなく、金管の響きがロシアンということからもわかるように意外とさらっとした触感なんだね。でも、胃にもたれそうなくらいの濃厚な演奏だ。そこがこのスヴェトラーノフのやつの魅力と見た。でも、インテンポなので結構オーソドックスな演奏に感じたね、濃厚なだけで。1982年の演奏だ。
さて、昨日は聴いただけで、レビューを書かなかったモノを含めてイーノのアルバムのレビューを書いていこうと思う。このアルバムは1978年の発表になる、映画のための音楽集。まぁ、要はその当時の未発表曲集である。だけど、良くもまぁ、これだけ用意周到に曲を録音していたと思う程にコンセプトにぴったりはまっていた。まだ「ビフォアー・アフター・サイエンス」前のため、ロックのアルバムであったことが結構面白かったね。
1983年のNASA設立25執念記念のドキュメンタリーフィルムのサウンドトラック。厳密にはイーノのソロではなく、ダニエル・ラノワと、ロジャー・イーノによるトリオ作品。要はアンビエントシリーズこのアルバムはサウンドトラックとしてはいかがなモノなのでしょうか?映像を見ていないのでわからないのだけど、宇宙を想起するモノがなかったそこが?部分なのだけど、サウンドスケッチの作品としては今までになく聞きやすい作品のように感じたね。
これは1985年にCDのみで発売された同名ビデオのサウンドトラックだ。CDというフォーマットのみでも発売なので、紙ジャケでの再発には疑問が残るが、まぁ、そのことはいわないこととしよう。で、内容は61分で1曲という、非常にCDフォーマットのみに限定した作りとなっている。これではアナログで発売しようとしても無理だからね。これも「アポロ」と同じトリオで制作されているが、これは完全なソロのようだ。内容はアンビエントなので推して知るべしということで・・・・・・。これ以上書きようがないね。
これは、2枚のアルバムをワンパッケージにした今年発売の企画商品。これも、紙ジャケにする必要があったのかどうかははなはだ疑問。ちなみに何を2in1としているかというと、「ミュージック・フォー・フィルムズ」の1976年のディレクターズ・エディションの全27曲のうちの14曲をサンプラーとして500枚限定で配ったモノと(配布年は不明)、1983年に発売されたイーノのボックスセットのボーナスディスクである「Music For Filmes Volume 2」である。この2枚をワンパッケージにしての21曲である。まぁ、いろいろな音が混じっているが、「ミュージック・フォー・フィルムズ」のアウトテイク集といった趣かな?
さて、今日は友人と昼から映画を見に行った。
何を見たかって、まぁ、それは、ガンダムなんだけどね・・・・・・。
尾道のしまなみ交流間で今日のみ上映すると言うことで、大雨が降って、あっちこっち洪水の状態の中行ってきたわけだ。
で、雨のせいでか、客の入りはまばら。土曜の昼一番だというのに、キャパの半分弱くらいしかいなかった。しかもアニメなのに、肝心の子供があまりいない。というか、ネタがガンダムなだけに、明らかに、親が子供をだしに使って見に来ている。そんな感じの雰囲気の親子が多かった。
で、今回みたのは「機動戦士Zガンダム」の劇場版で、21年前(!)にテレビ放映されたモノの総集編だ。なんか三部作になるらしく、今回はその第1弾で、本当に本放送のさわりの部分のみの編集ということになった。
テレビ放送分を切り貼りしただけでなく、絵を描き直した部分や追加をした部分もあり、さらには前編アフレコをし直したようだ。さらに、微妙にストーリーも変更している。だから、役によっては全く声が変わってしまった人もいたね。また、絵も、当時から素晴らしいクオリティだったのだが、追加や書き直しの部分との差はやはり凄く感じてしまったね。20年超の時の流れは残酷だねぇ・・・・・・。
20数年前に劇場公開されたガンダム三部作の編集版映画と同じように本放送を見てない人にはたぶん良くわからない映画出会っただろう。当時から子供向けのアニメにしては難解なアニメだったのだが、このような難解なアニメのがほとんど絶滅した今の実情で、それになれてしまった子供たちにどこまで理解できたかは疑問だね。その当時子供たちだった、私のような人間や、連れてきた親たちにとっては、懐かしくも、面白くみることが出来ただろうけどね。
そんな訳で、久しぶりの映画だったけど、なんかここ数年ずっとアニメ映画ばかりだ。まぁ、別によいのだが、この映画の続きは10月に公開だそうで、そいつを見に行くのが次の映画を見に行く時なんだろうね。って、ことだ。
さて、話変わって、今日は昼から出かけていたので、ついでに近所のレコード屋さんによってCDを買ってきた。7日にライヴに行く予定のジェフ・ベックの新譜だ。これは、2003年にネット通販のみで販売され始めたモノだが、今回それが日本のみ一般で流通することになったのだ。通販で買わずに待った甲斐があったというモノだ。まぁ、これをゆっくり聴きながらライヴを待つこととしよう。
そして、ついでに友人を福山まで送っていったのだが、その時に何件か古本屋を廻ったので、見つけた古本を買ってしまった。それが上記の本だ。
実は昔からずっと読んでみたくて、古本屋の100円コーナーで探していたのだけど、このたび見つけたので、がんばって買ってみたんだね。しかし、この夢野久作については同じ角川文庫か出ている「少女地獄」という短編集を持っているのだが、これが非常に好きで、ずっと他の作品も読んでみたいと思っていたのだよね。そんなわけで、この「ドグラ・マグラ」が気に入ったら、もしかしたらちくま文庫の全11巻からなる全集を買うかもね。
うーん、これは・・・・・・、1977年のアルバムなのだが、内容は見事にイエス。バンドの名前、そして、マーマレード商品を模したアルバムジャケットやタイトルからして、牧歌的なフォークロックを貴重としたブリティッシュポップなアルバムなのだろうと、勝手に推測していた。ところがそれはよい意味で裏切られ、シンプルな構成のイエスという内容だった。そうは言ってもイエスとはことにするメロディの作り方をしている点から、やはりブリティッシュポップ前途はしているのだけど、曲のドラマティックな構成などかなりイエスを知っている私には面白く聴けた。
キャメルを脱退後のピート・バーデンスのソロアルバム。通算では3rdアルバムになる。ここでは、キャメルの中にあるポップセンスを凝縮したかのような世界が広がっている。これによってライナーにもあったが「ムーンマッドネス」以降のキャメルのポップサウンドは彼が担っていたということがわかった。決して傑作とはいえないし、巣での後の80年代硬派にこう手を染めるニューエイジ的な方向性も見えてきてはいるが、これはバンドのダイナミズムとは違ったところでアルバムが制作されたせいだろ。この良質のポップサウンドはかなり楽しめる。この一言がこのアルバムを表す的確な言葉だと思うね。
前に買ったウーノの後継バンドに当たるノヴァの2nd。このアルバムは現在ではナラダ・マイケル・ウォルデンの片腕として片腕としてセッション活動に勤しんでいるコッラド・ルスティーチと、エリオ・ダンナの双頭グループで、メンバーが足りないため、リズム隊はセッションメンバーを入れての録音となっている(というか、プロデューサーがクビにしたのだけどね、リズム隊は)。で、そのセッションで呼ばれたメンバーはパーシー・ジョーンズに、フィル・コリンズに、ナラダ・マイケル・ウォルデンに、ザキール・フセインという強者共たちばかり、そいつらに支えられて非常にハードコアなフュージョンを展開している。しかし、かなり聞きやすく、所々彼ららしくイタリアが顔をのぞかせることがあるからね。
これに関しては、あまり書くことは多くない。一言どうしても強調しておきたいことがあるが、ジェフ・ベックのバックバンドはジェフ・ベックと同等、もしくはジェフ・ベック以上のテクニックと個性を持ったメンバーでないと彼自身が活きないということだ。このアルバムの最近の彼のソロ作の曲を聴いて良くわかった。バックのメンバーが違うだけで、グルーヴ感の差というモノの重要性を思い知らされたということだ。このライヴの時のメンバーはドラムに、テリー・ボジオ、キーボードにトニー・ハイマスというトリオだ。これが丁々発止で、ジャズだろうが、メタルだろうが、何でも受け止めてしまう。これで、ジェフ・ベックが好き勝手出来るという訳なんだね。
帰ってきたら、先日注文していたCDたちが届いていた。ということで、今日明日とゆっくりと聴いていこう。ちょっとだけ中身を聴いたのだが、どれも個性豊かで聴き応えのある作品のように感じたね。今から非常に楽しみだ。
まずはマゼール指揮クリーヴランド管演奏によるブラームスの交響曲全集からだ。
Disc One
Disc Two
Disc Three
収録曲は以上で、交響曲だけでなく、全集につく小作品で定番の作品もきちんと入っている。どれだけのモノを聴かせてくれるかが非常に楽しみだね。1975年〜6年のデッカ音源なので、録音自体は心配をしていないので、後はリマスターがどのようになっているかだけだね。そんなわけで、じっくりと聴いていこう。
まぁ、仕掛けの多い、ロンリ・マゼールさんだこと。ということで、この1番は、その仕掛けが非常にうまくいっている。とにかくいろいろとテンポを動かしてせわしい演奏となっているが、それがこの曲自体の持つ雰囲気と妙なマッチをして、劇的な効果をもたらしている。迫力も満点だし、私にとってはないもいうことのない満足できる演奏だ。まぁ、決して名演の誉れ高き作品というわけにはいかないし、私も現在まで聴いた中で一番の演奏だというわけにはいかないが、
これも、1番と基本的には同じ。だから、取り立てて書くことはないのだが、そうは言ってもそれではこの日記の話としては面白くないので、少しだけ書いておくと、1番と同じ手法はこの今日ではうまくいっているかどうかはわからない。それよりも、やはり、ここではクリーヴランド管というおけとの組み合わせの妙を感じる。つまり、テンポをいじったり、基本的に緩やかなテンポで進むなどして、曲に粘りけを出そう、アクを出そうと強いている部分が感じられるが、それがオケの個性である程度中和され、それがこの曲では丁度良い塩梅になっているというわけだ。
この曲については、面白いの一言に尽きる。少し堅めの音のような気がするし、はっきり言うと、オケにとってはいまいち似合ってないのだが、そこは世界のエンターテナー、我らが、マゼール先生、ザックザックと独特のテンポで突き進んでくれていて、非常に痛快だ。