さて、今日は以前注文していたロストロポーヴィチ指揮のショスタコーヴィチ交響曲全集が届いた。12枚組で6000演題と非常に安価になっていたので飛びついたのだが、来月にはロジェストヴェンスキー指揮の全集元毒ので、この2箱を聴きながら今年は年の瀬を迎えることになるね(昨年はバルシャイの全集だった)。
ということで、箱だけに収録曲の一覧をメモしておこう。
CD 1
CD 2
CD 3
CD 4
CD 5
CD 6
CD 7
CD 8
CD 9
CD 10
CD 11
CD 12
以上が収録曲だが、オケはナショナル交響楽団(ワシントン・ナショナル交響楽団)と、ロンドン交響楽団の2種類がある。さらに14番のみはモスクワフィルだ。録音はソ連時代のモノを覗くと全て1990年代のいわば最新の録音で、非常にクリアーな音で、ダイナミックレンジの広いロストロポーヴィチの演奏を堪能出来るようになってるね。
さて、まずは5番からと親父にそそのかされて聴き始めたのだが、この曲の演奏はなかなか私のツボにはまったね。とにかく第3楽章がよい。ここは大体曲自体の問題で悲序に個性的な2楽章と4楽章に挟まれて印象が薄いのだが、非常に弦楽器の重低音アンサンブルで、引きずるような重い演奏を堪能出来、別のことをしながら聴いていた私もこの楽章はその手を止め思わず引き込まれたね。他の楽章はロストロポーヴィチらしい迫力のある演奏にテンポを好きにいじる演奏が加味されたモノになっていたね。後演奏がナショナル響ということで、非常にさっぱりして聞こえたのが個性的に感じたね。ただ、スネアのリズムが微妙に変なのが気になった。
これは普通。強いて言うなら第1楽章はなかなかのモノだったが、それ以降が結構平板な演奏だったね。5番を聴いて、7番ならさらにメリハリのある迫力のある演奏をしてくれるモノと期待したのだけどね。ということで、この曲の演奏もナショナル響だ。だけど最初に書いた第1楽章の地響き轟く重戦車の行進のようなサウンドは聴き応えがあったね。アメリカのオケなので、残念ながらさっぱりして聞こえてしまうところがあるモノの、そこは指揮者が指揮者だけに持っているポテンシャルで何とかなったということだね。
これもナショナル響の演奏だが、この曲はひたすら重厚に進行する。その態度が徹底していて、弱音部が弱いと感じる程だ。この曲の持つパワーをかなりのレベルまで引き出している。だけど、ロシアのオケのように下品な音にならず(実はある程度は下品になった方がよいことはよいのだが・・・・・・)、スマートな形で出している。これはある意味、ロストロポーヴィチがこの曲に掛ける想いを聴かせてくれた気がするね。あぁ、後、鐘の音が印象的だったね。
さて、この14番だけは録音時期が違う。ロストロポーヴィチがこの演奏に勝るモノ無しと太鼓判を押してロシアのメロディアからライセンス供給されて全集に収録されたモスクワ・アカデミー交響楽団の演奏による1973年のやつだ。この曲はマーラーの「大地の歌」と同じで男女2声による連作歌曲になっているので、独唱者が参加している。実はそれが初演者だったりして、初演者の歌によるきわめて興味深い演奏だ。で、中身だが、これがよい。とにかく荒々しい。歌手はソプラノのヴィシネーフスカヤが特に良い。太く厚く演奏し尽くすといった趣だ。初演者のバルシャイの全集の中の演奏とはひと味違うモノが楽しめたね(冷徹なサウンドに徹したバルシャイの出来の方が上だが・・・・・・)。
さて、今朝の朝一に車がパンクしているのを発見して、応急タイヤに変えた後、車屋さんに直してもらいに行った。車屋さんにはオイル交換で行く予定だったので丁度良かった。
さてさて、パンクといっても何かが刺さってそれで空気が抜けただけだったので何とかタイヤ交換をせずにパンク補修のみで済んだ。で、何が刺さっていたかというと、最初は刺さっているモノを見た感じで釘だと思っていたのだが、実は丸棒の切れ端だった。丸いモノとはいえ、崎野の勝手いないモノが刺さるとは非常に奇妙だった。
何処でそれを拾ったは分からないが、昨日の帰り途中だということだけは明らかだ。なぜなら、いつもこすらない場所でマフラーをこすっていたからだ。その時には刺さったばかりで、まだそれほど空気が抜けてなかったのだろう。それが夜の間に一気に抜けたんだろうね。
まぁ、何にしても早く気付いて良かった。早く気付き処置をしたから何とか直ったけど、これでひどくなって足しや交換なんて事になったら目も当てられないからね。
良かったということでね。
これは凄い。宗教色云々という話が良くこの曲では持ち上がるがそれはさておき(実はその部分で「神々しい」とかいわれる演奏なんだそうだ)、実に明快で明るい音色の演奏の割にはこの曲に似合っていると感じたね。ブルックナーは私の中でどこかに暗くて荒々しイメージがあったのだが、こういう方法論もあったのだと感じさせたね。だからこういう演奏になっちゃうとウィーンフィルの楽器のアンサンブルの揃わなさが目立ってしまうんだね。でも、そんなことは関係ないくらい内容が充実しているし、個性的な演奏だと思うね。迫力も当然充分あるよ。
さて、今日は昨日買いに行けなかったCDを近所のレコード屋さんに買いに行った。で買ってきたのが上記の6枚だ。
ミック・ロジャースが脱退し、クリス・トンプソンとデイヴ・フレットを迎えての7作目。ブルース・スプリングスティーンのカバー曲にして全米ナンバー1ヒットの「光に目もくらみ」に注目が行く曲だが、このバンドのプログレッシヴなかんせいが一番前面に出たアルバムとなっている。確かにサウンドはメンバーチェンジを経てポップに一直線となっているが、逆に変なコンセプトをこねくり回さなくても純音楽的に是婦負性を出せるようになったということだ。だからこそ、「光に目もくらみ」をとんでもなくクールなアレンジでカバーしヒットさせることが出来たのだと思うね。
ベースがパッと・キングに交替しての一応のバンドとしての最終作。このアルバムを持って一度解散をし、その後すぐに再結成するが、バンドとしてのまとまりという意味ではやはり一区切りの作品だ。このアルバムは前作以上にストレートでポップなロックを聴かせてくれている。前作のアメリカでの成功を意識したのか非常にアメリカを意識した音作りとなっている。白眉は「カルフォルニア」だ。この曲はマンフレッド・マン御大とはマンフレッド・マン時代の同僚のマイク・ヴィッカーズの妻のシュー・ヴィッカーズの作品だそうだ。
前作発表とそれに伴うツアーの後一旦解散したバンドはその直後に再編。御大とトンプソン、パット・キングの他はメンバー交代し、ドラムにジェフ・ブリットン、ギターとボーカルにスティーヴ・ウォーラーが加入してレコーディングされたセッションのアルバムだ。よってバンドは再結成されているモノの妙にバンドとしての匂いが希薄だったりする。音自体は前作がアメリカナイズしてアメリカでこけたせいかどうかは知らないfが、前作以上にストレートでポップなくせに汎ヨーロッパ的な佇まいを魅せている。スラップ・ハッピーのアンソニー・ムーアがプロデュースtぽしんせで参加し存在感を魅せているので、そのひねくれポップ的な力が作用しているのかも知れないね。
1980年の第10作目。前作のプロモーションツアー開始にドラムがジェフ・ブリットンからジョン・リングウッドン交替し、終了後にクリス・トンプソンが脱退した状況で作られたアルバム。よってボーカルは基本的にゲスト参加という形を取ったクリス・トンプソンとギタリストのスティーヴ・ウォーラーだが、他にも幾人か参加している。そして、前作のアンソニー・ムーアに続き、このアルバムではプロデューサーとギターににトレバー・ラヴィンが参加して存在感を魅せてくれている。そのせいか、前作と変わらないバンドなんだかマンフレッド・マンのソロなんだか分からないアルバム内容の中にもヘヴィーロック的な匂いがあって、その分、よりバラエティのとんだ内容となっている(そこが前作以上にバンドとしてのまとまりを欠く原因となっている)。
1982年の11作目。前作、前々作と同様バンドとしてのまとまりは欠くが、有る意味、マンフレッド・マンのソロとしてはまとまりのある作品となっている。このアルバムからベースがマット・アーヴィングにベースがスイッチする。一応クリス・トンプソンも名前をメンバーに連ねて作品の全般にわたって参加しているが、実質は脱退している状態といえるだろう。さて、このアルバムは題名にも有る通り、アフリカがテーマだ。端的に言うとアパルトヘイトに対するメッセージアルバムだが、サウンドとしてもアフリカのリズムを取り入れた直球ポップでない変化を魅せている。ポリスやボム・マーリーの曲をカバーしているのも聞き逃せない。草初期のワールドミュージック風ポップロックといったところだろうか?
1984年発売の初のライヴアルバムにして、長年在籍したブロンズレーベルでの最後のアルバム(実はブロンズは倒産)。さて、このアルバムはハンガリーのブダペストで録られたアルバムで、最新作からライヴ向きの曲と、このバンドのヒット曲で構成された非常に美味しい作りのライヴアルバムだ。メンバーは御大に、トンプソン、ウォーラー、リングウッド、アーヴィングという前作に制止決めなーとしてクレジットされていたメンツだ。ここではバンドとして非常にまとまった演奏を聴かせてくれている。これを聴くと、ソロ名義ではなくバンド名義にこだわる理由が良く分かる。最高にドライヴ感のあるポップロックバンドのライヴアルバムとなっている(当然、ジャズに精通した御大がいるし、ソウルフルなトンプソンがボーカルなのでファンキーサウンドだが)。
さて、今日は友人と広島へ行った。昨日飲み会の時「行く?」という話になって、それで決まったという。まぁ、主な用事はソレイユ(何処かは検索して)に行くということだったからね。
で、夕ご飯を福山で食べた関係でちょこちょこと古本屋を巡ったために、上記の本を買った。今月発売になったばかりの本ということで、手に入れることが出来て結構嬉しかったりする。
で、さらにCDも見つけた。このCDは600円だったが、親父に電話を掛けて、600円出す価値のあるCDかどうか調べてもらった。そんな渋ちんな買い物をした。
確かに書いた内容がない。どこかに消えてしまった。ということで、後から書きますけど、今日は友達と久々に居酒屋で飲み会でした。30日に記述。
さて、今日は前に1490円という安価で在庫処分のための売りに出ていたバレンボイムシカゴ響のブラームス交響曲全集を注文していたのが届いた。4枚組で1490円だからね。本当に安価だねぇ。で、中身はバレンボイム。題材がブラームスなのである程度期待は出来る。これ以上コストパフォーマンスの良い買い物はないと思うね。
ということで、またまたの全集箱買いなので、まずはその収録曲の覚え書きから書いておこう。
CD1
CD2
CD3
CD4
以上が収録曲だけど、その他の人のセット同様の収録曲で奇をてらうことなくの真っ向勝負だ。中身はどうなのだろうね。
まず1番だが、ゆったり目の彫りの深いドイツ風の演奏。バレンボイムのアイドル、フルトヴェングラーが降りてきたような演奏をしている。しかしながら、結構あっさりと聴ける。しつこくない。ドイツ風ならねちっこく聞こえてしまう部分もサラッと聞こえる。これはやはり演奏がシカゴ交響楽団だからだろう。この曲ならではの特徴としては荒っぽさだ。たまに金管が素っ頓狂な音を出したりするのはご愛敬だが、第4楽章の最後場度に顕著に表れるが発揮いいって揃っていない。全体の音象の構築を第一義に置いているのかも知れ倍が、あまり楽器の縦や横の線を揃えようとしていない気がする。しかし、それが得も言われぬ迫力を生み出しているのだが。
続いては2番だが、こんなおどろおどろしい2番は初めてかも知れない基本的な印象は1番と同じだが、あっさりしている分、不気味に聞こえたりするのだ。まぁ、これはたぶんに主観的な意見の部分かも知れないけどね。第3楽章辺りはさすがバレンボイムだと思うね。シカゴ響という巨大なオケを凄まじく可愛らしく鳴らすのだ。第4楽章はもうちょっと勢いを付けて激しくやって欲しい気がしないでもないが、それはこの前ワルターニューヨークフィルのを聴いたからそう思ったのだろう。多少ゆっくり目の地に足の着いたサウンドで劇的に処理するこの演奏は個人的に結構気に入った。
これは凄い。いやぁ、びっくりの大迫力。全体的には固めの演奏だけど、他の交響曲と同様の解釈による演奏の分、短い曲だけにあまり劇的な配分を考慮する必要がなかったのか、思い切りの良さが前面に出た演奏に感じたね。この迫力でなおかつ板もあるのだから、こりゃ文句なしだ。
で、3番はこれは目立ったことが二つ。まずは、演奏の分厚さ。ボリュームを絞っても、絞ったように聞こえないくらいの分厚さの演奏をしている。オケのこういった演奏方式の強さが思い切り表れたと言うことだろうね。そしてその分厚いサウンドのオケが自由自在に歌っている。ここがもう人のポイントだ、特に第2楽章、そしてこの曲の白眉ともいうべき第3楽章での歌が素晴らしい。ここまで歌ってくれたら続く第4楽章を怒濤に失そうすれば劇的効果は間違いなし・・・・・・、とか思っていたら本当にその展開だった。読みやすいことをしてくれる人、ということだけど、やはり、それだけ期待に応えてくれる人だということだね。
これは各変奏曲毎に表現を表情豊かに付けるのは、フルトヴェングラーのテキスト通りなのだろうか?結構似た解釈だと感じたね。ただ、惜しいのはリズミカルな成分が少なかったことだ。歌とロマンを第一に持ってきているような気がするのだが、それが裏目に出たということだろう。せっかくシカゴ響という、機能的なオケを使っているのに、リズムを刻むのが後手に回ったのは痛かったね。
で、4番だけど、楽器のバランスが独特なので好き嫌いが分かれる演奏だけど、演奏の表面がサラッと流れているのにコンセプトは濃厚に歌い上げているという非常に聞き応えのある演奏だ。これは実はザンデルリングの新録音の演奏に近い。あちらはこのノリで演奏の表面自体も濃厚なのだが(だからあちらはねっとりしてこちらはあっさりしている)、こちらは違うということだ。第1楽章のラストがもうちょっと劇的仁尾ウェアれば完璧だったのだろうが、バレンボイムは第1楽章の最後はそのまま第2楽章へ続けると下のだろうね。ほんのちょっとだけあっさりと終わった。そこが自分の思っていたこととブレた部分だね。
これ、また良い。非常にお元気のある演奏で、強弱の付け方が抜群だ。だからきちんと元気よく聞こえるのだろう。ゆったりしたパートの流れるような歌と、早いパートのしゃっきりしたリズム感のマッチが非常に聴いていて気持ちよいんだよね。こういう演奏こそ、実はバレンボイムの本領発揮なのかも知れないね。
私の望み通りロッテが優勝した。今日はテレビで見ていたぞ。
最後は結構ビビって見ていたけど、小林がダブルプレーを取った辺りから安心してみることが出来た。というか2点取られて1点差まで追い上げられていても、今日のロッテは負けそうな気配がなかったからね。本当に勢いがあったんだと思うよ。
優勝インタビューでのボビーの言うことも良かったけど、あの通訳の妙に誰かが書いた台詞を読んでいるかのような訳には参ったね。リーグ優勝の時にも感じたけどね。
何にしてもこれで今年も終わりだ。
ただ気になったことが一つ。これはテレビ中継の時に田淵も指摘していたことだけど、これはパリーグとセリーグの晴雨どの差が生んだ疾走と4連勝による優勝ではないのだろうかね。私の場合不純な動機で応援していたので結果論でOKなのだが、でも、田淵のいった「優勝までの過程は同じにしないと」ということは正論だと思う。プレイオフの賛否ではなく、その前にセとパが優勝までの道のりが違うことに問題がある。それで日本一を決めても仕方がないのではないかということだ。
そこが気になったところだ。
しかし、今日は31年振りのロッテの優勝を素直におめでとうと言おう。
まぁ、十年前にGMだった広岡のクビを切っていなければもっと早くロッテは優勝出来ていたのだけどね。
まぁ、そのことは愚痴っても致し方ないね。
それより今年の選手達のがんばりをほめようね。今年の選手達がいたから優勝出来たんだってね。そういえば、一番嬉しいのは初芝かな?なんせ、事で引退で、まさに有終の美を完璧な形で迎えられる訳だからね。うれしさも人一倍だろうね。
うーん、広島カープが優勝してもこれくらい書いてみたい。
最後に、しかしながら問題があるので書いて思う。ボビーの来年の去就どうなるのかな?
昨日の日記を今編集したばかりなので、昨日の日記と対応した名前を付けた。まぁ、それはよいとして・・・・・・。
ついに王手だ。
ロッテが今日も勝った。えーっ、今日は10対1ということだ。3試合連続の2桁得点ということになる。敵地の甲子園に乗り込んで今度はアウェーでの苦戦になると思っていたのだが、結局その敵地をロッテは適地に変えたようだね。
今日も序盤は投手戦で点を取られたら取り返しみたいな感じで、今日こそ試合が壊れることなく進むのかと思ったら、阪神が継投策で来た終盤(今日の試合は7回だった)に一挙に固め打ち7点で勝負あり。
とにかく阪神はあkぅじゅんかんのような気がするね。今日は藤川を出して負けているからね。7回の大量点の発火点は藤川で、彼を6回からマウンドに送り込んでこれ以上点をやらないようにして終盤の逆転を狙うつもりだったのだろうが、うまくいかなかったようだ。
つまり、今日は作戦ミスということだね。
いくら勢いを呼び込みやすい環境の甲子園とはいえ、少々強引な作戦に思えたね。確かにこれが成功すれば、今年のリーグ優勝の原動力であるJFKがここでも魅せたということで、一気に甲子園はヒートアップで明日からの試合が大荒れになること必死だっただろうけど、逆に藤生川を打ち込んだということから、本格的にロッテの優勝に向けて突っ走らせるきっかけになった気がするね。
私は別にかまわないのだけど、この今のロッテの勢いなら次の試合で決めちゃうよ。だけど、純粋に野球ファンとして今年のプロ野球を見てきたモノからすると、せめて阪神には一矢報いて欲しい気がするね。まぁ、ここまでくるとちょっとに補日というのは難しいと思うけどね。
まぁ、ボビーのタレントデビューも決まったようだし、ロッテにとっては日本一がまさに千載一遇のチャンスで迫った今日の試合ということだろうね。このまま4連勝で優勝が日本一の唯一のチャンスと思って次の試合もやってくれ。そして、広島カープのドラフトを有利にしてくれ。
ここまで今日書いた私であるが実は野球中継を見ていなかったりする。さんまの番組を今日は見ていた・・・・・・。
さて、昨日届いたCDを今日聴いたが、そのことについて一言書いておこう。これはセル指揮クリーヴランド管演奏のドヴォルザークの後期交響曲集だ(ドヴォルザークとスメタナの管弦楽曲がおまけで付いている)。詳細な中身は1枚目がドヴォルザークの交響曲第7番、序曲「謝肉祭」と、スメタナの歌劇「売られた花嫁」序曲、弦楽四重奏曲第1番「我が生涯より」(ジョージ・セル管弦楽曲編曲版)だ。2枚目はドヴォルザークの交響曲第8番と9番だ。
まず1枚目だけど、交響曲第7番で相変わらずのクリーブランドの一糸乱れぬアンサンブルに心を奪われたね。セルが東欧の出身とはいえ、時のモノと比べると分が悪いが、それでもかなり素早いパッセージをリズミカルに演奏するのはさすがだと感心したね。特に第3楽章がその部分が一番特徴的に現れていて良かったね。後良かったのが序曲「謝肉祭」。これはむちゃくちゃ早い演奏だけど一糸乱れぬアンサンブルがまさに名人芸の世界になっているすっきり聴きやすいし、どちらかというと固い演奏だけどアンサンブルの妙が堪能出来たね。またこれはスメタナの「売られた花嫁」序曲にもいえることだ。弦楽四重奏曲の編曲版はなんか華麗すぎる気がしたね。
続いて2枚目だけど、8番はボヘミアの匂いの強い第1楽章や第3楽章が非常に良かったね。この曲では7番と比べるとクリーヴランド管が柔和な表情を見せている。相変わらず凄まじいアンサンブルであることには変わりないが、柔和な表情も見せられるところがこの気の実力の高さだと思うね。続いては9番だけど、こっれも様々な表情を見せている。出来は8番の方がよいように思うが(まぁ、8番は名演奏らしいからね)、曲自体がこのセルとクリーヴランド管の体質に合っているのは9番だと思うね。第4楽章が早すぎる気がしないでもないが、ノリがよくてこれはこれでよいと思うね。
昨日に、昨日の試合のことについて書けなかったので、今日昨日の試合について書こうと思うね。
まず中継について、何故地上波ではやらないのか?それが不思議だ。今回は某特殊法人放送局が衛星放送のみで中継していた。それでは衛星放送を受信が出来ない私の家のようなところでは見ることが出来ないということだ。みすみす見たいと思っている人間の視聴率を逃しているということになる。野球の中継の視聴率が低迷する中、某特殊法人放送局が衛星放送の普及を図りたいからといってもそれはないと感じたね。やはり、中継は中継としてやってくれないとね。
さて、その話はどうでも良くて、肝心の試合の話だね。
今日もロッテの勝ち。今回は広島カープのドラフトを有利にするためにロッテを応援しているので嬉しい。
それ以前に試合内容だが、10対0ということで完封勝利だ。これで2試合連続での二桁得点勝利ということで、本当にロッテの勢いという者を感じるし、逆に阪神の勢いのなさを感じる。これは阪神が次に明日から甲子園に移ってどれだけ力を出せるか勢いを付けられるかがこのシリーズを面白くする鍵だろうね。
ただ、まぁ、明日もロッテが勝つことを信じて私は応援するのだけどね。
で、この試合はロッテ先発の渡辺に尽きるだろう。山田張りのサブマリン当方が冴え渡り完封だからね。うーん、それに答える打線も凄い。前半はあ阪神の安藤もナイスピッチングだったようで、それなりの点数で抑えていたが、中盤点が欲しくなってくる場面で固め打ち。一気に試合を決めたからね。こういう、上手く投打がかみ合うところが勢いなんだろうね。
ということで、明日も楽しみだ。
これはバーンスタイン指揮フランス国立管演奏のベルリオーズ「幻想交響曲」とプレヴィン指揮ロンドン響演奏のベルリオーズの序曲集のCDと、おなじくバーンスタイン指揮フランス国立管演奏のベルリオーズ「イタリアのハロルド」とプレヴィン指揮ロンドン響演奏のベルリオーズの序曲集のCDのカップリングCDだ。細かい収録曲は1枚目が「幻想交響曲」、序曲「海賊」、歌劇「ベアトリスとベネディクト」序曲、序曲「ローマの謝肉祭」となっている。そして2枚目が「イタリアのハロルド」、歌劇「ベンヴェヌート・チェルリーニ」序曲、序曲「リア王」だ。
まず、1枚目の方だが、「幻想交響曲」はバーンスタインらしくやった者勝ちと言わんばかりの自信に満ちあふれた熱血演奏だ。ただ、オケがフランス国立管のためちょっと視点が醒めている気がしないでもないけどね。第5楽章の鐘の音が今まで聴いた「幻想交響曲」の中で一番大きく収録されていた。というより、目立ちすぎだ。で、「海賊」は非常に明快な録音で聴きやすかった。プレヴィンとロンドン響の明快な音作りと、ARTリマスターの相乗効果なのだろうね。で、曲自体が非常にさわやかに聞こえたね。「ベアトリスとベネディクト」序曲は単独でやるオペラの序曲ということでシンフォニックな作りになっているがこの曲のもつながれるような雰囲気が良くつかめる。そう、それくらい録音がよいということだ。で、最後は「ローマの謝肉祭」で、この曲はちょっと分が悪いかな?リズミカルに演奏している分には申し訳ないのだが、プレヴィンの曲に対して饒舌な演奏の部分が甘く流れさせている気がするね。贅沢な言い分だけどね。
そして2枚目は「イタリアのハロルド」から。これはかなり刺激的なモントゥー指揮コンセルトヘボウ管のライヴ演奏を聴いているので、その前では分が悪いが基本は「幻想交響曲」とな時。ただ、あの曲と比べると曲自体が牧歌的なので、そこら辺のバーンスタインの処理のうまさも堪能出来るね。シンバルがアメリカ式の叩き方なのが気に入ったね。「ベンヴェヌート・チェルリーニ」序曲はこれはちょっと大人しかった気がするね。まぁ、ロジェストヴェンスキーの激しさが方のバージョンを聴いているのでそう感じるのかも知れないけどね。最後は「リア王」だけど、これは格調高く聞こえる演奏だった。この辺がプレヴィンの面白いところで、この曲のように「格調高く聴かせてくれれば面白いのになぁ」なんて思っている曲はこちらの思っていることを読んでの演奏か、そのように演奏してくれるんだね。
このCDは11月1日に出荷予定だったのだけど、何故か今日届いた。今日は聴く時間がないので聴くのは明日以降になるが非常に楽しみだね。
さて、今日は広島に行ってきたのでいつものようにタワーレコードに行った。すると、タワーレコードの入っているパルコではWAVE廃盤レコード&中古CD掘出市というのをやっていた。で、ブラブラと見ていると輸入盤のクラシックのCDが微妙に安い値段で売っていていいのがあったので目を付けておいた。しかし目的はタワーなので、タワーに行き、まずは私が上記1番目のCDを1145円という安価で購入した。これでポイントカードがいっぱいになり3000円分の割引が出来るようになったので親父がワーナーリリースのモーツァルトオペラ集をポイントを使って3000円引きで購入した。そして、帰りに再びWAVE廃盤レコード&中古CD掘出市に寄って上記リストの2番目と3番目を買ったという訳だ。2番目は1575円とはっきり言うと安価で(というかもう既に在庫が少ないのか見かけなくなった。HMVでも廃盤扱いだし)、3番目のも1050円とHMVの通販とほぼ同じ値段だったので、結局上手く買い物が出来たって事だ。特に2番目のワルターのブラームス交響曲全集モノ盤はずっと欲しかったモノだしね。
フィルハーモニア管をインバルが指揮してのストラヴィンスキーの3大バレエ全曲集(おまけ付き)。収録曲はバレエ「ペトルーシュカ」、幻想曲「花火」、バレエ「春の祭典」までが1枚目。バレエ「火の鳥」(全曲)、幻想的スケルツォop.3が2枚目になる。インバルということで、ちょっとさらっとしすぎた演奏かな?なんて勝手に思っていたのだが、何が何が、3大バレエはストラヴィンスキーのフランスに居住していた時代の作品で、同時代のフランス人作曲家の曲と比べても違和感がない程フランス音楽として聴ける(「火の鳥」とおまけの「花火」はロシア的な匂いがプンプンするが・・・・・・)。だからベルリオーズの管弦楽曲集でインバルが見せた歯切れの良さとこの録音自体の良さに助けられてはいるのだろうけど、細部までの細やかさやカラフルな色彩感とシンフォニックな響きは聴き応えがある。おまけは別として、個人的には「火の鳥」「春の祭典」「ペトルーシュカ」の順番に面白かったね。特に「火の鳥」の第2幕が白眉の出来だ。どれも基本的に非常に個性的だ。
ブルーノ・ワルターのブラームス交響曲全集。私は1枚ずつコロンビア交響楽団を指揮した晩年のステレオ全集を買っていったのだが、それより少し前にモノ時代末期の1950年代前半にニューヨーク・フィルを指揮した全集が今回買った2枚組であったのを知っていたのでずっと欲しいと思っていたんだね。で、今回安価で買えたと言う訳だ。さて、この中身は早樹にも書いたように2枚組なので交響曲全4曲のみの収録で、1枚目には1番と3番が、2枚目には2番と4番が入っている。全体的にはブルーノ・ワルターのダイナミズムな激しい側面がニューヨーク・フィルという機能的なオケのおかげで存分に出ているということだ。それでは1番から一言ずつコメントを書いていこう。
まず1枚目からで1番だが、こちらはワルターにしては激しい側面を見せている。元々曲自体がベートーヴェン張りの激しい曲だからだろうか。しかしながら非常にロマンティックに歌を歌わせている側面などが4楽章などに見られる。でも、ニューヨーク・フィルだからだろうか、少々冷たい演奏になっている。そして2番だが、これは人気が高いのも頷ける。とにかく4楽章が凄まじい。それまで見事に歌い上げて来た3楽章目までから一転怒濤の大迫力演奏に変身するから。当然この解釈は曲にばっちりフィットしていると感じた。ということだね。
続いては2枚目で3番からだが、これは第1楽章の出だしの歌いっ振りが最高。これはワルターとニューヨーク・フィルの美味しい部分を見せてもらったという感じだ。しかし曲自体が激しい曲なので、最後の第4楽章の終わりなんて素晴らしいスピード感覚で爆走する。面白いね。最後に4番だが、この曲はコロンビア響との晩年の作品が良くできた演奏なので、少々分が悪い。どうしてもオケの機能の差から全体的に迫力方で薄味に聞こえてしまうんだね。第1楽章の最後の締めはこのノリで来るのならもうちょっとねちっこく終わっても良かったと感じたね。つまり、そんな感じが全体だ。
さて、今日は午前中はずっと一昨日と昨日の日記を整理していた。で、午後からは近所のレコード屋さんへ出掛けた訳だ。
買った物は以下に書いたけど、買った帰りに100円ショップによって面白いモノを手に入れたのでそれをご紹介。
畳マウスパッドというやつだ。
これは、畳で作ったマウスパッドだが、置き台としての利用で買った。これが大きさが2種類有って小さい方を買ったのだが、丁度携帯用のマウスバッドの大きさということになる。
これ何に使うかというと、鳥の陶器で作った置物の置き台として利用するんだね。今は小さな座布団を敷いているのだが、これは厚みが有りすぎて非常に不安定なので、こいつに変えるという訳だ。置き台に和のテイストが欲しくて色々強いてタメしてみたのだけど、どうやら決定何になりそうだ、こいつは。
ただ、100円ショップのなので、作りがチャチだし、縁がさらにチャチなのは許さないとね。
そんな訳でよい買い物をした。
さらには定規とA7サイズのビニールケースを買った。定規は仕事で使おうと思ってだが、ビニールケースはお店でもらうポイントカードをこいつに仕舞っておこうと思って買った。今はポイントカードはほとんどのモノを持ち歩いていない状態で、お店で「今日は持ち合わせてないんですよ」ということが多いんだね。そんな訳で買ったということだ。
さてさて、そんな訳で今日はCDを買った訳だが、結局マンフレッド・マンズ・アース・バンドは届いていなかった。これについては残念だ(とはいえ今日に発売日が延びていたので直前に注文したから結構のびているのだろうね)。しかしながら他のCDは到着していたので、買ってきた。早速聴いてレビューを書いていくこととしよう。
ラ・デュッセルドルフの1stアルバム。1976年の作品だけど、妙にとんがっている。全4曲で、特にLPでいうところのA面に当たる1曲目と2曲目はパンキッシュを越えて凶暴なまでのビートを持った曲達だ。さてさて、このラ・デュッセルドルフだが、知らない人が多いだろうから(というか、このサイトを覗いている人ならある程度の知識はあるだろうが・・・・・・)、一言で紹介しておくと、ドイツのテクノポップユニット。クラウスとトーマスのディンガー兄弟とハンス・ランペがその中心にいる。クラウス・ディンガーといえばノイ!のドラマーで、パンク以降のロックのビートを決定づけた人として一般には知られている(私にとってはクラフトワークの1stでドラムを担当した人という認識だ。当然ノイ!も大好きだが・・・・・・)。さて、この1stを聴いた印象は贅肉の削ぎ落とされたサウンドだということだ。コニー・プランク(この人は1970年代のドイツのクラウトロックの屋台骨を支えたプロデューサー)のプロダクションということもあって独特の音響はノイ!からの延長線上だが、ノイ!がこのラ・デュッセルドルフとハルモニア(ノイ!の片割れのミヒャエル・ローターがドイツのテクノポップデュオクラスターと3人でノイ!末期に立ち上げたアンビエントサウンドとトロピカルポップが同居したユニット)に分裂したのが良く分かる気がする。ノイ!の持っていた強力なビートはこのアルバムの1曲目と、2曲目に詰め込まれている。残りはパンキッシュなクラウトロックという感じだ(実はこっちの方が私には面白いと感じた。特に最終曲の「Time」なんて・・・・・・)。
ラ・デュッセルドルフの1978年の2nd。世はパンク全盛期で非常に受けたアルバムかと思いきや、ライナーによると世界中から総スカンを食らったアルバムだそうだ。まぁ、そういうことはどうでも良くて、このアルバム、コニー・プランクのプロダクションから離れたということもあって、ドイツエレクトロ特有の立体感がなくなり、非常にノビノビとロックンロールしている。つまり、このアルバムではテクノポップというか、エレクトリックサウンドにまみれているとはいえ、1970年代のストーンズでも聴いているかのようなロックンロールを展開している(当然比べものにならない位軽いし(ブルージーさのかけらもないため)、単純だが)。1曲目から1980年代のニューウェーヴサウンドを先取りしたかのようなエレクトロにまみれたハンマービートのロックンロールが展開される。これはある意味痛快。ひたすらそれだけ。801年代サウンドが苦手な人でもこれは大丈夫だと思う。トランスサウンドの意味を分かりやすく提示してくれていると思うね。で、圧巻は6曲目の「Cha Cha 2000」。この曲はこの後のクラウス・ディンガーのテーマ曲ともなる曲なのだが、その初演がこのアルバムで行われている。エレクトロのうまみを活かした最高にご機嫌なロックンロールだ。ノリだけで20分間一気に聴ける。凄いね。普通のロックンロールなら20分間も聴けないモノね(ちなみに数年前のラ・ノイ名義のクラウス・ディンガーの来日公演でこの曲をやったそうだが、演奏時間は1時間半だったそうだ)。
ラ・デュッセルドルフの1980年の3rd。アナログなシンセがこの当時でも既に古さを感じさせるかも知れないが、前作の性急なまでのロックンロール色は後退し、気の赴くままにサウンドどころかアルバム全体をスイングさせるクラウス・ディンガーのある意味趣味丸出しのアルバムだ。全くビート感の無い曲もあったり、意外とクラウトロック色が強いのだが、それより何より、本当に自由にやっている感が強い。どうしようもなく自由。ひたすら自由。そんな訳で、バンド色は思いっきり後退した。ほとんど、クラウス・ディンガーのソロといっても良いくらいだ。つまり、まとまりがないのだが、でも、ラ・デュッセルドルフはこれでよいと思わせること自体がパンキッシュだったりする。個人的にはいかにもドイツ的な美しいメロディラインをしつこく繰り返し、さらにメランコリックな処理をして仕上げている9曲目が好きだね。そうそう、つまり全体的にはビートが立ってないアルバムということだね。でも、それは前作の分かりやすいポップさが支持されたその自信の上に制作されたアルバムって事を意味してるんだと思うね。1stや2ndにあった暴力的なまでのビートはなりを潜めてあくまでもピースの一遍となっているからね。でも、このバンドはこれでおしまい。
ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターの1976年の7作目。この後、ジェネレーターを取ってバンドの名義を短くするので、ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターとしては今年名前を復活させるまでの取り敢えずのラスト作となる。さて、内容だが、前作の「スティル・ライフ」を私はヘヴィーな世界観という印象を持ったのだが、このアルバムはバンドサウンド自体が高質化し、まさに、ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターのハードロックバンドとしての側面が一番良く現れている作品となっている。圧巻は20分にも及ぶ「ムゥグリーズⅢ」だろうが(途中のレゲエのパートが決して成功しているとはいえないが面白い。ピーター・ハミルのヘタウマだけど奔放なギターソロが面白い)、個人的には1曲目2曲目の流れが良かったね。特にヘヴィーなグルーヴ感で10分間押し切る2曲目の「ア・プレイス・トゥ・サヴァイヴ」が聴き応え合ったね。
ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーター・・・・・・、ではなくこのアルバムからジェネレーターを抜いたヴァンダー・グラフの1977年の1作目(通算8作目にして今年新作が出るまでの一応のラストスタジオ作)。前作制作後、その勢いに乗ってツアーに明け暮れたら結局大幅なメンバーチェンジが行われたそうだ(ライナーに書いてあった)。ということで、大幅なメンバーチェンジの後、楽器の編成も代わり、キーボーディストとサキソフォニストが去って、ヴァイオリニストが入ったので、同じような曲を演奏していても雰囲気が全然違う。特に、ヴァイオリンがエキゾティックな雰囲気を醸し出すようなフレーズを決めると、このころのヘヴィーなサウンドと相まってクリムゾンライクになるところが微笑ましいね。
ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーター・・・・・・・、ではなくヴァン・ダー・グラフが一時閉幕を迎える前の最もアグレッシヴだったライヴパフォーマンスを捉えた2枚組のライヴ盤。このライヴ盤を聴いてヘヴィーなロックをやるバンドの輪郭の部分ではなく、骨格は結構パンキッシュなんだと感じたね。ハードロックのライヴアルバムとして恐ろしい程有機的だが、違う側面もあるって事だね。というか、今回でた2枚のスタジオアルバムは暴走するピーター・ハミルとそれを支える他のメンバーという構図だったのがライヴでも全く同じで、ドライヴし続けるピーターの魅力とそれを支える他のメンバの凄まじいセンスの固まりがヘヴィーに襲ってくるアルバムなんだね。これはライヴアルバムならではということで、非常に聴き応えがあるね。
今日は夕飯を食ってる時間だけ日本シリーズを見た。丁度3階から5階くらいだったのだけど、5回の裏のロッテが試合を決める場面を確認してみるのを止めた格好だ。
個人的には実はロッテを応援している。それは広島カープがロッテが優勝するとドラフトで有利になるからだ(今年はウェーバー順だからね)。すると今楽天と競っている梵を多少は取りやすくなるからね。
おっと、閑話休題。
とにかくこの日本シリーズの第1戦は地の利を活かしたロッテの勝ちということだ。最後は珍しい濃霧コールドだったようだけど、そういうことも含めて、なんだか象徴的な1戦のような気がするね。
尻上がりに良くなっていった井川を捉えた、ロッテの打線に今日は拍手だね。
さて、昨日の日記に書いた通り、広島カープの新監督の記者会見が行われた。
記者会見の詳細な内容は新聞紙上等で色々取り沙汰されているのでここでは書かないが、印象としては「見ているところがきっちりとしているなぁ」という印象だった。攻撃力は充分だけど投手力を鍛えるとのことで、そうなんだよねと思ったね。駒はいるがそれが上手く廻っていない。ただ、ここ数年ずっといない、いないといわれていた中継ぎ陣に何とか芽が出そうな気配はある。だからそれを活かして欲しいのだけど、さてさて、どうなる事やら。
個人的に鍛えて欲しいのは色々あるけど、やはり体質改善というかチーム自体の地力を鍛えて欲しい。なんていうか、力のある選手がいて、作戦自体もそれほど悪くないのに勝てないからね。
現在のフェニックスリーグでは若手や中堅選手のがんばりが結構目立っている。特に私のお気に入りの東出君がここのところ調子がよい。とにかく2軍では色々選手を出してはタメしているようなので、これを秋季練習以後に活かし、最終的に来年に活かして欲しい。
というか、結構テコ入れするかも知れないと感じている。テコ入れとは投手陣をどこかから持ってくるということだ。形はトレードかも知れないし、クビになった選手を拾ってくる形かも知れない。
こういう時にフロントは出来るだけ監督の意向をかなえる方向で話を進めて欲しい。渋チンな事は言わずにね。
何にしても前向きな姿勢で広島カープのことを再び見ることが出来るようになり始めたって事だ。駒はそろえればよいってモノでもないので、そろえるか今ある駒を磨くかそれは人によって様々だし私はそれに対しては意見を持たない。でも、再び動き出したことはきちんと評価したいと思うね。
さぁて、何処までやってくれるだろうかね。取り敢えず秋のキャンプが見物だ。
現在のベテラン勢はブラウンが選手時代には素手にいた奴らばかりで、しかも主力だったため、代わり映えがしないと思う。まずはこの辺りをいじるかも知れないし、逆にこのベテランを脅かす気配のない若手の底上げを図るかも知れない。どうなるか、こういう事を考えるだけでも楽しいね。
さぁて、明日からは日本シリーズなので、そのことについて書くかな?
さて、続いては音楽の話だが、何日か前の日記でも書いた出荷されないCDについてだが、実は出荷されないのも当然で発売が来月の2日に延期となっていた。
ということで、これで今月のクラシックCDの購入は全て無くなった。全て来月に廻るということだ。うー、いよいよこれまた前に日記で書いた欲しいCDでも注文しようかと考えているね。この土日にでも本気で考えてみようかなぁ?
それにキャラヴァンのDVDを買うって手もあるしね。
しかし、HMVというところは何で発売の情報が当てにならないのだろうね。入荷してないのに発売日になると自動的に発売中としてしまう。まぁ、メーカーや問屋から情報が来ていなかったのなら仕方がないだろうが、そうでないなら勇み足というしかないよねぇ・・・・・・。
さてさて、しかしまぁ、こうやって発売日が延びるのは私の取っ手はこれから月末に書けて色々CDが発売されるので、それを買うのと聴くのに忙しく嬉しい限りだ。でも、あまり廻ってしまうと一遍にお金を払わなくてはいけないので財政面の問題が出るかも知れないがね。これでも厳選して買っているのだ。
まぁ、でも素直に喜んでおこう。これ以上のハイペースでかい続けてもCD1枚1枚の聞き込みが薄くなるからね。というか既にその気配が濃厚だが・・・・・・。本当、これがよい機会だよ。
取り敢えず明日はヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターと、マンフレッド・マンズ・アース・バンドと、ラ・デュッセルドルフが出るからね。これだけで12枚だ。凄い量だね。どれかが遅れていてくれれば・・・・・・、と、不謹慎なことを思ったりもしているが、まぁ、欲張りな私としては全部一遍に聴きたい。
ということだ。
故に、11月2日に延びて嬉しい。その後11月8日にベルティーニのマーラー全集で、11月の15日にショスタコーヴィチとマーラーの全集だ。また来月は全集の嵐なので、これだけ買えば年末までは持つ。というより、12月はほとんど買えなくなるだろうから、楽しめる量買い込んでおかないとね。
うん、そういうことだ。