平成12年(ワ)第348号
原  告 篠 田 通 弘
被  告   財団法人岐阜県文化財保護センター

準備書面(3)

                         平成13年5月9日

                  原告訴訟代理人
弁護士 水  谷  博  昭
同   丸  井  英  弘
同   井  口  浩  治

岐阜地方裁判所 民事2部 合議係 御中


1 はじめに
(1) 原告準備書面(2)においては、原告と被告との間の雇用契約が職務専念義務免除に起因して存在するものであることを論じた。
(2) 原告と被告との間で雇用契約が存在する以上、被告が原告を解職、解雇するためには、正当事由が必要になる。
(3) 被告には、原告を解職、解雇するについて正当事由がないことについては、原告準備書面(1)第二においては、被告の法人としての性格に依拠して論じたが、今回はさらに埋蔵文化財行政に関連する諸法規並びに行政通知等からこのことをより明確に論ずるものである。

2 文化財保護法に基づく埋蔵文化財発掘調査の手順と被告の立場について
(1) 公共事業等に伴う埋蔵文化財の発掘調査は、通常次のような手続きを経て行われる。
(2) 工事施工予定地内(本件では、徳山ダム建設事業に伴う水没地区等)で遺跡が確認された場合には、まず最初に、事業者(本件では水資源開発公団、以下、公団という)と教育委員会等(本件では岐阜県教育委員会、以下、県教委という)との間で遺跡の取扱いの協議が行われる。
本件では、工事予定地内において、寺屋敷遺跡が存在していることが確認され、遺跡を事業対象区域に加えないことも、事業対象地区内で現状保存することも不可能であるため、公団と県教委との間では、発掘調査を実施して記録保存とするという方針が決定された。
その協議決定内容として、公団と岐阜県との間で「埋蔵文化財発掘調査に関する協定書」(昭和62年3月27日付)が取り交わされた。
(3) 前項の協議に基づいて、事業者(公団)は文化財保護法の規定により、文化庁長官に埋蔵文化財包蔵地において土木工事を行う旨の通知(文化財保護法第57条の2)を行い、この通知に基づいて発掘調査の実施についての指示が文化庁長官から事業者(公団)へ通知され、この指示を受けて事業者(公団)は岐阜県に発掘調査を依頼し、単年度ごとの「埋蔵文化財発掘調査に関する委託契約書」(乙1)が両者の間で結ばれることになる。
本件では、同時に岐阜県は被告との間で「発掘調査委託契約書」(乙2)を締結し、被告に調査を再委託している。被告はこの再委託により、発掘調査に着手する日の30日前までに文化財保護法第57条第1項に基づく発掘調査の届出を文化庁長官に行い、発掘調査に着手することとなるものである。
(4) 被告は、本来、県教委が実施すべき埋蔵文化財の発掘調査を、岐阜県内における埋蔵文化財発掘調査件数の増加に対応するため、それに代わって実施することを主たる目的として平成3年4月1日に設立された財団法人である。つまり、被告は、岐阜県から再委託を受けていることから、岐阜県の負うべき文化財保護と教育行政の一環として実施する発掘調査の責任の一端を担う立場にあることは明白であり、以下に述べるような発掘調査に関する方法については、岐阜県あるいは県教委に代わって遵守する義務がある。

3 埋蔵文化財発掘調査における調査担当者の資質に関しての文化庁の考え方等について
(1) まず、この点を考察する前提として、埋蔵文化財の発掘調査とはいかなるものであるのかを検討する必要がある。具体的には、学術目的に行われる発掘調査と被告が行うような公共事業に先立って行われる発掘調査はその性格が異なるのかという問題である。
(2) この点について、文化庁文化財保護部(現文化庁文化財部)の『埋蔵文化財発掘調査の手びき』(甲43号証 以下、文化庁手引きという)では、
「発掘調査は、いかなる場合でも、学術的な成果をあげることを目的とする調査であるが…その動機によって分類すると、学術発掘調査、緊急発掘調査の二つに分けられる。」(同書3ページ)「緊急調査とは、工事前に行う記録保存のための調査である。…やむをえず破壊される遺跡に対しては、できるかぎり事前に発掘調査を行い、記録保存の措置をとって、将来の学術研究に支障のないようにすることが必要である。」(同書3〜4ページ)
とした上で、
「この二つの発掘調査は、その目的、調査の範囲、規模などが異なるが、調査の方法は全く同じである」
「いかなる緊急調査においても調査者自身は、学術研究の方法からそれることなく、行なうよう努めるべきである。緊急調査が、緊急という名前のゆえに、学術発掘と異なるものとされ、正当な手法と綿密な観察を受けることのない、誤った結果が報告されることがあるとすれば、その害毒は大きなものとなろう」
と警鐘を発している。その上で、
「最近の傾向として、大規模な土木工事が多くなり、これにともない緊急調査の数は年々増加し、研究者本来の目的に応じた発掘調査が圧迫されている。このような事態に対処するためには、いかなる種類の調査にも応じられることのできる優秀な調査員の養成と資質向上をはかる必要がある。」(同書4ページ)
と、緊急調査においても調査員の学術的能力を求めているのである。
(3) 関係法令において、発掘担当者に関しては、以下のように規定されている。
@ 文化財保護法(昭和25年5月30日法律第214号、最近改正 平成11年7月16日)では、以下のように定められている。
「土地に埋蔵されている文化財(以下「埋蔵文化財」という。)について、その調査のため土地を発掘しようとする者は、文部省令の定める事項を記載した書面をもって、発掘に着手しようとする日の30日前までに文化庁長官に届け出なければならない。」(同法第57条)
とあり、これを受けた「埋蔵文化財の発掘又は遺跡の発見の届出等に関する規則」(昭和29年6月29日文化財保護委員会規則第5号、最近改正 昭和50年9月30日文部省令第33号、甲45号証の3)には
「発掘調査の場合の届出書の記載事項及び添付書類」として
「文化財保護法(昭和25年法律第214号。以下「法」という。)第57条第1項の規定による届出の書面には、左に掲げる事項を記載するものとする。」(第1条)として
「(1)発掘予定地の所在及び地番(2)発掘予定地の面積(3)発掘予定地に係る遺跡の種類、員数及び名称並びに現状」などとともに
「(6)発掘担当者の氏名及び住所並びに経歴」が定められている。
この規定においても、発掘調査が調査主体者、あるいは調査目的がいかなるものあろうと、発掘調査担当者に調査担当者としての十分な力量と経験が備わっていることを求めているのである。
A さらに文化庁は「埋蔵文化財関係の事務処理の迅速適正化について」(平成5年11月19日庁保記第74号、各都道府県教育委員会教育長あて文化庁長官通知、甲45号証の4 以下、文化庁長官通知という)中の「留意事項」として「調査主体者及び調査担当者について」において、以下の通り通知している。
「(1)届出書に調査主体者として記載されている個人又は組織については、計画されている発掘調査全体を適切に遂行し、完了させることができる能力を有し、責任を負うことができるものであるかどうかを判断すること。
(2)届出書に発掘調査担当者として記載されている者については、専門知識・技術・経験の上で、その発掘調査の対象となる遺跡を発掘調査するに十分な能力を有し、かつ、発掘調査の現場と作業を掌握して発掘調査の全行程を適切に進行させることができるものであるかどうかを判断すること。」
B このように、関連法規、通知においても、埋蔵文化財発掘調査における調査担当者に十分な考古学的力量と経験等の学術的能力を求めており、文化庁手引きが「いかなる緊急調査においても調査者自身は、学術研究の方法からそれることなく、行なうよう努めるべきである。」と解説していることは、発掘調査の目的を達成するために、考古学的力量と経験の備わった者を調査担当者として調査にあたらせることを要求している規則や文化庁長官通知の趣旨と、まさに合致するのである。
(4) 被告が行う発掘調査は、公共事業等に伴う埋蔵文化財を発掘調査し記録保存するものであり、同書の区分からするとすべて緊急発掘調査に該当する。被告は、この点を捉えて、本件での発掘調査で必要とされるものは、「単なる事実の記録」であると、これまで人事委員会などの場で一貫して主張してきた。
しかしながら、前記のように、関連法規や通知、並びに文化庁手引きで明らかな通り、いかなる発掘調査においても学術研究の方法からそれることなく行われるべきであり、この点の被告の主張は明らかに間違っている。

4 発掘調査報告書と調査担当者の役割について
(1) 調査報告書について
@ 埋蔵文化財保護の基本的な考え方について、文化庁は「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について」(平成8年10月1日 庁保記第75号、最新は平成10年9月29日 庁保記第75号 文化庁次長から各都道府県教育委員会教育長あて通知、甲45号証の5 以下、次長通知という)において「基本的事項」として「(1)埋蔵文化財保護の基本的な考え方」を記している。そこでは
「埋蔵文化財は、国民共通の財産であると同時に、それぞれの地域の歴史と文化に根ざした歴史的遺産であり、その地域の歴史・文化環境を形作る重要な要素であることから、基本的には各地域で保存・活用その他の措置を講ずるという理念に基づいて諸施策を進めること。」
とし、埋蔵文化財が「国民共通の財産」として、「地域の歴史と文化に根ざした歴史的遺産」であるとその重要性を述べている。さらに「(6)広報活動等の推進」では
「埋蔵文化財の保護とそのために講ずる諸措置に関しては、発掘調査成果の公開や文化財保護施策に係る広報活動等に積極的に取り組むことにより、埋蔵文化財行政について広く国民の理解を得、その協力によって進めること。」
として、「成果の公開」が果たすべき役割について明記している。
A 建設省建設経済局事業総括調整官室・文化庁文化財保護部記念物課監修、公共事業に伴う埋蔵文化財取扱い実態調査に関する検討委員会編『公共と埋蔵文化財−公共事業に伴う埋蔵文化財発掘調査の手引』(甲44号証)では
「現地調査・整理作業の図面類・写真等をもとにし、遺跡の全調査記録を報告書として取りまとめる。取りまとめに当たり、関連遺跡・遺物等の現地調査が必要となる場合もある。記録保存の調査では、報告書がいわば遺跡に代わるものであり、その遺跡の歴史的な意味を知るための唯一の資料となる。発掘調査は、報告書の刊行をもって完了する。」(42ページ)
と報告書の果たすべき役割が明記されている。報告書が「遺跡に代わるものであり、その遺跡の歴史的な役割を知るために唯一の資料となる」とするのは、報告書の作成目的を端的に指摘するものである。
B 以上のように、公共事業等によって消滅する前に行われる発掘調査では、調査終了後には遺跡は永遠に消滅することとなるため、記録保存としての発掘調査における「成果の公開」の最も中心となるのが、発掘調査報告書であることは言うまでもない。報告書が果たすべき役割は埋蔵文化財行政にとって極めて重要なものであることは明らかである。
(2) 報告書に関する調査員の役割について
@ そして調査員の役割について、前記『公共と埋蔵文化財−公共事業に伴う埋蔵文化財発掘調査の手引』の改訂版である『改訂版 公共と埋蔵文化財−公共事業に伴う埋蔵文化財発掘調査の手引』(甲45号証の2)では
「調査実施機関の中核をなす考古学の専門的知識・技能をもった者。その役割は、第1に遺跡の性格を的確に判断すること、第2に中心となって効率的な調査を実施すること、第3に調査組織を代表して外部との交渉に当たること等である。さらに、日々の仕事や人員の配置、各地区ごとの調査班の動きの調整などもすべて調査員(主任)の役目である。」と記している(同書57ページ)。
A また、文化庁手引きでは調査員主任の役割について
「その役割は、第1に調査の目標と実施方法を大きくさし示すこと、第2に学問上の要請と予算の制約を調整すること、第3に調査団を代表して外部との交渉に当たることである。主任と主体者の別な場合これには主体者が当たることもある。日々の仕事や人員の割付け、各地区調査班の動きの調整などはすべて主任の役目である。いずれの場合にも調査員を有機的に指揮統括できることが必要で、このためにも常時現場で指揮をとれるものでなければならない。発掘成果を公表する責任もこの調査主任にある。」(同書10ページ)
と記している。
B 以上のように、この両書によって、発掘調査においては、発掘成果の公表、すなわち報告書の作成まで行う必要があることが十分に明らかにされており、発掘調査の調査担当者の役割は、現場における発掘調査をもって終了するのではなく、発掘調査報告書作成をもって完了するものであることも明らかである。
このように、調査員、調査担当者の果たすべき役割は、発掘調査から最終的には報告書の作成まで一貫したものとして位置付けられている。
(3) 調査報告書の内容について
@ さらに文化庁手引きでは
「発掘調査報告書は、これまでに述べてきた調査内容をすべて網羅し、調査結果についての学術的考察をつけくわえたものが最も望ましい。すべてを網羅することは、参加した全調査員が調査内容について共通した見解をもっていることによって可能になる。報告書の執筆は分担執筆になることが多い。分担者の見解は当然、調査中に統一されているはずだが、執筆に際しても、じゅうぶんな話し合いをかさねて、内容的にばらばらの分担執筆とならないように注意する必要がある。」(同書203〜204ページ)
とあり、さらに「遺跡の記述」については
「結果のみの羅列に終わらず、その結果を得た過程と考察の順序を明らかにし、読者にもその過程を再体験できるような形にすべきである。この場合、その時点で解明できなかった問題点や、調査の失敗や手ぬかりについても明確に記述するだけの謙虚さが必要である。」(同書204ページ)
と記述している。
A このように、文化庁手引きでは、報告書の執筆に関しての調査員の役割として、一つは発掘調査を担当した調査員が発掘調査報告書作成に関与することが当然とし、関与がないことは全く想定していない。仮に分担執筆する場合であっても見解が「調査中に統一」されているべきである、として発掘調査段階における調査と成果に対する認識の一貫性が強調されているのである。
また、報告書の内容について「結果のみの羅列」に終わってはならないことを強調した上で、「その結果を得た過程と考察の順序を明らかに」することが重要であると指摘している。
(4) 調査成果の公表について
次長通知には「8発掘調査成果の活用等による保護の推進」として
「(1)埋蔵文化財の保護については、広く国民の理解を求め、その協力によって進めることが肝要であることから、各地方公共団体及び関係の機関において、発掘調査現場の公開、調査成果のわかりやすい広報、出土品の展示、その他埋蔵文化財保護に関する事業の実施を積極的に進めることとされたい。」
とし、さらに
「(2)発掘調査終了後は、可能な限り速やかに調査結果の客観的資料化を行い、発掘調査報告書の早期作成とその公表に努めることとされたい。」
と記載している。
この通知中の「関係の機関」とは「発掘調査を業務とする財団その他の組織、機関」をさすものであり、まさしく被告がこれに該当するのである。報告書の早期作成により調査の成果を公表する責任は、被告が負っているのである。
(5)@ 以上の通り、文化庁手引きや建設省手引き、又その改訂版、さらには次長通知においては、報告書自体が遺跡に代わるものとしてその重要性を強調している。そして、報告書の内容に関しては、単なる結果の羅列に終わるのではなく、発掘調査との一貫性の必要と、結果を得る過程と考察との連続性を要求しているのである。その上で、報告書の完成とこれの公表を求めているのである。
A ところで本件寺屋敷遺跡に関しては、原告が3年間にわたって唯一の発掘調査担当者(調査員)として発掘調査を指揮しこれを完了させた。そのため、「発掘成果を公表する責任」を果たせる者は原告以外に存在しない。さらに、結果のみでなくその結果を得た過程を最も熟知しているのも、原告をおいて外にはいない。
B 被告がこうした立場にある原告を、整理調査と報告書作成から全く排除し、一切関わらない形で発掘調査報告書の作成を行うことは、発掘調査段階からの調査の一貫性を欠き、発掘調査段階における認識を一切排除する結果となることは明らかなのである。
これによって、文化庁や建設省の手引きで報告書に求められている学術性と水準が十分に達成できないことは明らかである。また、次長通知で求められている成果の公表にも支障が発生する。
C 岐阜県、県教委、被告は答弁書において「被告の事業の目的は、徳山ダム水没地区等公共事業地区の埋蔵文化財の発掘調査の結果を、委託者である岐阜県(ひいては岐阜県に委託している水資源開発公団等公共事業主体)に報告することであるが、その結果を公表することではない」としている。
この被告や岐阜県らの間違った認識が、今回の原告の不当な処分の最大の原因となっている。
D 従って、以上のような報告書の作成の面においても、被告の行った解雇並びに岐阜県、県教委の行った配転処分が不当であったことは顕著である。

5 宮城県上高森遺跡の石器捏造事件に関連する文化長官通知について
(1) 昨年宮城県上高森遺跡の石器捏造事件が露見し、社会的にも埋蔵文化財の保護に関して大きな影響を与えた。これに関連して、平成12年11月17日に文化庁長官から各都道府県教育委員会宛に「埋蔵文化財の発掘調査に関する事務の改善について」(甲46号証)と題する通知が出された。
(2) この通知は、基本的には捏造事件の再発防止と、埋蔵文化財の発掘調査に対する国民の信頼の回復をはかるために、埋蔵文化財の発掘調査に関する事務及び出土品を取り扱う各都道府県教育委員会宛に、その事務の適正化を促し改善を求めるために出されたものである。
(3) この中で、発掘調査に関し、文化庁の指針が再度明確に出されているので、以下の通り必要な部分を取り上げる。
(4) 調査主体について、同通知1(2) @には「調査主体となる個人又は組織が、次のすべての事項に該当する者であること。」として、「ア 計画されている発掘調査全体を適切に行い、完了させることができ、かつ、発掘調査報告書を適切に作成できる専門的な能力を有している者であること イウ(省略)」と明確な指摘がなされている。
(5) 発掘調査担当者について、同通知1(2) Aには「発掘担当者が、次のすべての事項に該当する者であること」として、「ア 専門的知識・技術の面で、調査の対象となる遺跡について発掘調査を実施するのに十分な能力と経験を有し、発掘調査の現場の作業を掌握して発掘調査の全行程を適切に進行させることができるとともに、発掘調査報告書を適切に作成できる者であること」と指摘されている。
(6) 発掘調査の報告書等の提出について、同通知2(3) では「発掘調査が適切に実施されているがどうかを把握するため、発掘調査の結果については、その概要報告書を調査終了後すみやかに、また、調査の過程、調査方法、調査成果等を客観的に示した内容の発掘調査報告書を発掘調査の内容等に応じて定めた一定期間内に提出すること」と指摘されている。
(7) 報告書の公開等について、同通知4(2) には「提出を受けた発掘調査の概要報告書、発掘調査報告書や保管した出土品については、文化財として活用することや歴史学・考古学等の研究資料として活用することが望まれるものであり、埋蔵文化財センターや博物館などにおいいて積極的に公開する必要があること」と指摘されている。
(8) 以上の通り、今回の石器捏造事件に関連して、その際再発防止のために各都道府県教育委員会に事務改善を求めた文化長官通知でも、これまで述べてきたような手引き、慣例諸法規で明らかにされているここと同様に、埋蔵文化財の保護のための発掘調査とそれを担う調査主体・調査担当者の役割、並びにその成果としての報告書の公開が、いかに重要なものであることかを再度強調しているのである。

6 被告が埋蔵文化財保護事業の遂行のために必要な人材を確保し、適正にその事業を運営していかなければならない責任を負っていたことについて
(1) 被告が、岐阜県から委託を受け、県教委の行うべき埋蔵文化財保護の業務に従事する立場であることは、前述の通りである。
次長通知では「2埋蔵文化財行政の組織・体制のあり方とその整備・充実について」において、発掘調査に伴う埋蔵文化財保護のための体制に関し、以下のような通知を出している。
ここでは、「埋蔵文化財の保護上必要な開発事業との調整、発掘調査等を円滑に進めるには、それらを的確に執行するための体制が必要である。」として、
「(1)地方公共団体における体制の整備・充実」の中で「各地方公共団体においては、埋蔵文化財の保護を図るため、史跡の指定等による積極的な保護及びその整備活用、埋蔵文化財包蔵地の把握と周知、開発事業との調整及び発掘調査の実施、発掘調査成果の公開等の広報活動等の多岐にわたる行政を進めることが求められる。このため、適切な対応能力を備えた十分な数の専門の職員を確保し、それぞれの担当部署への適切な配置に努めるとともに、常時その能力の向上を図る必要がある。」と通知している。
続いて「(5)発掘調査を業務とする財団その他の組織、機関のあり方」に言及し、
「地方公共団体が設置している発掘調査のための組織・機関は、発掘調査を円滑に進めるために十分な職員体制と調査のための基本的な機材等を整えるとともに、財政的な基盤を確保する必要がある。また、各教育委員会は、こうした調査組織・機関による発掘調査であっても、調査に関する指導は教育委員会が行うものであるから、これらの組織・機関との連絡を密にすることが必要である。」
と通知している。
この通知中にある「地方公共団体が設置している発掘調査のための組織・機関」に被告が該当することはいうまでもない。被告が事業遂行に必要な人材を確保し、適正にその事業を運営していかなければならない責任を負っていたことは、この通知によっても明らかである。同時に岐阜県教育委員会は被告との連絡を密にすることがこの通知によっても求められている通りであった。
(2) 被告が上記のような埋蔵文化財保護の役割を担う財団法人であるからこそ、岐阜県は職務専念義務を免除して岐阜県職員を派遣することが出来るのである。そして、派遣の目的が被告での発掘調査業務にあり、派遣する職員としてはその目的に見合った能力を有する人物である必要があり、原告が指名されたのであった。
原告の派遣を受け入れた被告は、派遣以前からの原告の埋蔵文化財調査の実績と考古学的力量を十分に評価した上で、原告を寺屋敷遺跡の発掘調査担当者に任命し、文化財保護法と文化庁長官通知の趣旨に従って「埋蔵文化財発掘調査の届出について」を文化庁長官に届け出た。
そして原告は、平成5年度、6年度、7年度と3カ年度にわたり、寺屋敷遺跡のただ一人の発掘調査担当者として発掘調査を担当し、数々の調査成果をあげて派遣目的に対する期待に応えた。平成8年度は、年度当初寺屋敷遺跡の残務調査を行った後、寺屋敷遺跡に先行して発掘調査がなされていた旧徳山村内にある塚遺跡の整理作業、整理調査と報告書作成業務に従事していた。
原告は、この塚遺跡報告書作成の後、寺屋敷遺跡の整理作業と整理調査、報告書作成業務にあたるよう命じられていた。
従って、寺屋敷遺跡の整理作業と整理調査、報告書作成業務を十分な学術的水準でなしうる職員は、被告において3カ年度をかけた発掘調査担当者である原告をおいて他にはあり得ず、原告がこれらの作業を継続することが、埋蔵文化財関連法規から必要とされていた状態であったことは明白であった。
(3) 原告の解職・配転処分が被告と岐阜県教育委員会のどちらが主導権を握った上で下されたものであるのか、これまで被告からは明らかにされていない。
しかし、仮に被告が解職処分を下そうとした場合でも、県教委は前掲通知により解職処分が報告書作成に支障をきたすことから被告に対してこれを指導すべき責任を有していた。
逆に、県教委主導で、被告に解職辞令を交付させ、異動処分を下そうとした場合には、被告は寺屋敷遺跡の報告書の完成をすすめるために、前掲通知により県教委に異議を申し立てるための協議をなすべき責任を有していたことは明らかである。
(4) 県教委及び被告は、寺屋敷遺跡の発掘調査に関し「対応能力を備えた十分な数の専門の職員を確保」する必要があったし、発掘調査終了後に「可能な限り速やかに調査結果の客観的資料化を行い、発掘調査報告書の早期作成とその公表に努める」ためにも、寺屋敷遺跡を最も良く熟知し、寺屋敷遺跡の発掘調査を担当・指揮した原告に、整理調査と報告書作成業務への従事を命ずるべきであった。
原告をその作業を目前にしながら被告から解職・配転させなければならなかった客観的理由は何もなく、むしろ文化庁の通知の趣旨である「国民共通の文化財」であり「それぞれの地域の歴史と文化に根ざした歴史的遺産」を軽視した不当な処分であることは明らかなのである。
以 上

 以上の準備書面は被告財団法人岐阜県文化財保護センターに対する訴訟について、岐阜地裁の第4回口頭弁論において提出・陳述したものです。被告岐阜県、岐阜県教育委員会にたいする訴訟においても、同日に同趣旨で、県教委の責任を明確にした準備書面(3)を提出しました。