第四回:青春の惜別・・・
       桜の季節の分数コード

春は別れと出会いの時・・ひとまずこのコード進行を聞いてください。音楽の教科書にも載っているくらい有名な荒井由実の初期の名曲です。このサビの部分のコードは、
F→G7/F→Em7→Am7と進行します。ここで2番目に出てくるコード、G7/F(またはG7 on FとかG7 bass Fとも記載されます)とあるのはコードはG7なのに、ベース音だけFである、という意味で、「分数コード」と呼ばれます。そっくりなコード進行は、荒井由実2枚目のアルバムの
この曲のサビでも使われています。
ベース音は通常、例えばコードがCならばド、F#m7ならばファ#というように、そのコードの音名(=ルート)をとります。例外的にベース音が音階的に変化した方がきれいに聞こえるような場合は、コードを構成する音の中から、五度(Cならばソ、F#m7ならC#)や三度(Cならばミ、F#m7ならラ)の音をベース音とする場合もあります。この場合も表記の仕方はC/GとかF#m7/Aというような分数コードになります。
ところが
G7/Fという分数コードの場合は、G7を構成する音(ソ・シ・レ・ファ)のなかで最もルートから遠いファがベース音であるため、独特なインパクトのある響きとなります。

一般にF→G7→Cというコードは強い「終止感」が生じる進行で、この場合ベース音はファ→ソ→ドとなります。たとえるならば階段のステップを順番に上って二階まで到着した(やれやれ)という感覚です。ところがF→G7/Fの場合はベース音がファのままですから、すんなりと階段を上る感じになりません。
片足は次のステップにかけたものの逡巡している・・ステップを踏んで上らなくちゃイケナイのに、まだ前のステップに片足を乗せたままの不安定な状態。過去から訣別しなくてはならないのに、どうしても進めることをためらっているセンチメンタリズム・・これこそF→G7/Fの心理だと思います。
悲しいことがあると、ひらく思い出のアルバム・・桜の季節にぴったりな「卒業写真」の歌詞はまさにそういった心理をあらわしています。これほど歌詞とコード進行がマッチしている曲はざらにありません。スタンダードになる曲にはそれなりの理由があるのです。

一方、F→G7/Fに引き続くEm7→Am7への進行(これにはさまざまな変形もある)は、まずEm7でベース音がファからミにさらに下がることで「コード心理学」的には一瞬後退を思わせますが、すかさず次は4度上のAm7にポンっと飛躍します。つまり一度は逡巡したものの、やはり先に進まなくてはならない・・という未練を振りきって「別れる強い決意」をあらわすコード進行だと思います。

桜の季節の分数コードは、わずか数小節の中に、ひどくドラマチックな展開を秘めたコード進行で、70年代にはしょっちゅう出てきましたが、最近どうも人気がありません。ドラマチックであること自体がかっちょわるいという風潮のせいなのでしょうか?

桜の季節の分数コードの出てくる曲のほんの一例
・青春の影(チューリップ)のBめろ
・海岸通り(伊勢正三)のBめろ
・悲しい色やね(上田正樹)のBめろ「ほーみたぃっ」のところやね
あ〜〜やっぱり湿っぽい日本のうたがおおいなあと思ったら、洋物も結構ありますな

Touch me in the morning (Diana Ross)のBめろ
・The Drifter (Roger Nichols)のBめろ
・Let me be the one (Paul Wiliams, Carpenters)なぜか冒頭から出てきます
・I say a little prayer (Burt Bacharach)フォーエバ、フォエバのところですな

アメリカの美空ひばり、ダイアナロスのタッチミーインザモーニングの歌い出しは
Touch me in the morning
Then just walk away
We don't have tomorrow
But we had yesterday・・・やっぱり未練たっぷりの惜別ソングでした。

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