更 新 メ モ 過 去 ロ グ
(2002/8/18 - 2003/1/1)

最終更新箇所へ / 表紙へ戻る


 


8月18日。表紙のデザインを変えた。

顔写真のをやめた。

近況。3日まえに散歩をして帰ってきたらひどい腰痛になった。週末なので部屋でじっと寝て過ごしていたら少し楽になったがまだ痛い。おまけに微熱。風邪というほどでもなくたぶんクーラー病というか自律神経だろう。

紀伊国屋やHMVのHPで検索→注文、で、買ったのが、ゴダールのDVDだったり、デートコース・ペンタゴン・ロイヤルガーデンのCDだったりして、おまけに散歩でCD店で買ってきたのもコーネリアスだったり小島麻由美だったりして、ふしぎちゃんというかサブカルというか、の一年遅れ、という感じである。まあいいのぞむところだ。

J=L・ゴダール『東風』『はなればなれに』『万事快調』
DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN「Report from Iron Mountain」
菊池雅章「ススト」
Cornelius「Fantasma」「POINT」
小島麻由美「マイ ネーム イズ ブルー」


 

8月21日。学会発表の要旨原稿を提出。

ああさっぱりした。天気はいいし、風は涼しくなったし。

ファイルをHPにアップしておくかどうかは考え中。べつに発表本番までに要旨を公開してもいいのだけれど、ていうか要旨っていうのはそもそもそういう性格のものやん、と思うのだけれど、ちょっとそれはいさぎよすぎるかなあ、という気もするわけで・・・。
一般論として、あくまで理屈でいえば、まぁ発表を聞く側からすれば、事前に要旨が公開されていれば、あらかじめそれを読んであれこれ考えてから会場に臨むこともできるわけなんだが。
ただまぁ、自分のこととして考えると、まぁ自分の発表が予習にあたいするとも思えないわけで・・・公開したってどうせどうせ読まれやしないわけで・・・等々。

まぁさしあたりは一段落、ていうか、このネタを論文に落とし込まないといけない。そっちのほうが懸案だ。
短くシンプルなものが書きたい。
以前は、1本の論文の中に3つくらいのネタを強引にぶち込み、しかも論理的に途中からメタ理論に移ったりするのを書くのが楽しかった(ジョン・ゾーンとか聴きながら書いていた)。最近、少し趣味のいいものも書いてみたくなってきたかもしれない。「69/96」や「Fantasma」だった人が「point」を作ってしまうような、といいたいところだが、比喩として思いつくのが1年前のコーネリアス、というのはやはり、さえないことだ。まぁ、さえないのはしかたない。

小さな研究会か読書会をやりたいと、ずっと考えている。ウエッブ上でもいいし、メーリングリストでもいい。


 

8月24日。ガーフィンケルの新刊が通販で届いた。

出るといううわさがあってもまさか、と、あまり期待せずにいた(そのへんの感覚は、岡村靖幸の新作に通ずるものがある)のだが、本当に出たとかいううわさも聞こえてきて、うーむ、とか思っていたのだが、ためしに紀伊国屋のサイトから注文してみたら、本当にとどいた。『Ethnomethodology's Program』という本。1冊目が私が1歳のときに出て、2冊目の著書がこれなので、まぁ、奇跡のようなものだろう。たのしみに読もうと思う。

それにしても、あいかわらず奇妙なテキストではある。35年ぶりの著書の、第1章の冒頭が、こんな調子:

アメリカ社会学会の年次大会でこんなことがある度に、私はエスノメソドロジーについてあらためて考えさせられる。私はエレベーターを待っている。ドアが開く。「やあ、ハル!」「やあ」 私は乗り込む。 質 問 がなされる:「ねえ、ハル、いったいエスノメソドロジーっていうのは結局のところ、 何 なんだい?」 エレベーターのドアが閉じる。私たちは九階まで上がっていく。私はこう言うことしかできない「エスノメソドロジーは、ある種のとても途方もない問題を解明しようとしているんだ」 エレベーターのドアが開く。
 私の部屋まで歩いているうちに、私は次のように言う べ き だったと思いつく。つまり、エスノメソドロジーはデュルケームの言う、生きられた不滅の[immortal]普通の社会を再特定化している[respecifying]のであり、一連の途方もない問題を解明するというのも、まさにそのためなのだ、と。それらの問題の源泉は、全世界的な社会科学運動の中にある。その運動は、形式的分析[formal analysis]ないし表象的理論活動[representational theorizing]一般の研究方針と方法とに遍在的[ubiquitous]に関わるものであって、確かな成果がそこから挙がってもいるのだが、まさにそのために、それらの問題を解く必要性も生じてくるのだ。


このミニコントがぶきみなのは、質問する人が声ばかりで姿が登場しないことだとおもう。ちょっとゴダールの『決別』に似ている感触があるような気がする。


 


8月26日。「濱マイク」が今回は面白かったがそれですむというものでもない。

中島哲也という、以前「プロヴァイダ・ゼロ」のCMを作った人が今回の監督で、「プロヴァイダ・ゼロ」のCMの40分拡大版みたいな画面でがんばっていた。ゲスト出演者の人選も林家ぺー・パー子さんをはじめ、あざとくてひきょうわざだが、おもしろかった。これべつに「濱マイク」でもなんでもないなあ、「世にも奇妙な物語」だよなあ、と思いながら、まぁそれはそれとして楽しく見たが、だからといってこのシリーズ全体が許されるというものでもないだろう。「若手個性派監督の競作」という企画自体が、監督の「アート志向」を悪くくすぐって、そのために、どの回も雰囲気的におしゃれ&アートっぽくしようとしつつ収拾がつかなくなっているのだと思う。

沙村広明『おひっこし』(アフタヌーンKC)を買ってきて読んだ。お話の美大生くささに涙。美大の音楽サークルの連中の、ライブハウスとか下宿とか学食とか居酒屋とかを舞台としたもどかしいっぽいラブコメ。昔、耕野裕子がそういう美大生くさいのを描いていたなあとか思いつつ、そういうのが好きなので懐かしく読んだ。

先日買ったゴダールのDVD、『はなればなれに』があまりにふつうの青春映画でびっくりした。アンナ・カリーナが魅力的で、アンナ・カリーナばかり見ていた。すでに事実上の離婚状態になってしまっていた嫁を、あんなにかわいく魅力的に撮ってどうするのだ、ゴダールの心中いかばかりならん、とまた涙。


 


8月31日。8月は今日でおしまい。明日から九州に出張。

今月のベストヒットは、やはり月のあたまにあった学校社会学研究会に参加したことだった。自分が発表できたこともよかったが、自分以外の、若手の人たちの発表を聞いて、刺激をうけた。人と喋れたのもよかった。いや、ほんとうはもっと喋ったらよかったんで、客観的に見れば、ひとみしりっぷりを発揮して逃げ回ってほとんど以前からの知り合いの先生にばかりくっついていたんだが、それでも自分としては「たくさん喋った。」と思って帰ってきた。

そのときおもしろかったこと。
昼間の研究発表のセッションが少し長引いたので、すぐに部屋を移して夕食の時間になった。それで、にこやかに「ここ、いいですかあ?」と、妙齢既婚女性がとなりにいらした、と思っていただきたい。それで、「?」と思ってしまったのだが、なんか、さっき発表をしてらした方に似た感じ(だと思う)なんだけど、どうも服の感じが違う(と思う)。どうも、人の顔と名前を覚えるのが苦手だ。それでも、その人が研究発表をしたりして、その人が何を研究しているか、何を考えているか、がわかると、それでプロファイリングして覚える。だから、昼のセッションで発表をしている人を見て、「あの人がAさんという人。こういう研究をしている。白っぽい服を着ている。」と思っていたのに、なんかすごくそっくりだけど服が違う人が登場して、にこやかに隣にいらして話しかけてこられる。

「えーと、失礼ですけどー、何歳・・・ですかあ?(にこにこ)」
「えー・・・5、ですけど・・・」
「えー!! 若いですねえ!!(すごくにこにこ)」
「はぁ・・・(見た目と実年齢とどっちが「若い」ってことだろう?)」
「え! いえ、悪い意味じゃないですよ!」
「はぁ・・・すいません・・・」
・・・
「えーと、ユースケサンタマリアに似てるって言われませんか?(にこにこ)」
「はぁ・・・ないですけど・・・」
「え! いえ、悪い意味じゃなくてっ!! ユースケサンタマリア好きですからっ!!」
「えー、いや、まぁいいです」
・・・

という調子。
こうして思い出して書いていると、すごく気の毒な気がしてきた。いやしかし、そのときは、隣に座ってダブルバインディングなことを話しかけてくるこの人が誰なのか、Aさん、とお呼びしてもし人違いだったらいけない(なにしろ服が違うので)、どうしよう、ていうかなぜだ?と、ひたすら混乱していて、ちょっとご飯ものどを通っていなかったのだ。

結局、その方がやっぱりAさんだった。晩の懇親会のときに、遠くのほうからこそこそと、「あそこの葉っぱの柄の服の人、Aさん・・・ですよねえ」「うんそうだよ」ということで、にっこり解決。服は、食事の前に着替えられたらしい。まあそうだろう。というわけで、そのあとまたお話しする機会があって、少したくさん喋れた。研究発表が面白かったです、身につまされました、と、感想が言えてよかった。

ま、しかし、1ヶ月のうちそのくらいしか人としゃべってないというのも問題だ、というので、自分で研究会を立ち上げようという気が、ようやくかたまってきた。
賛同してくれそうな方があったので、こういうのをやりたいのですが、とメールを出してみたら、快諾のメールをすぐ返信してくだすった。やったね。
学会シーズンがあけるまでちょっと手が離せないので、10月なかばくらいに第一回をやることになりそう。
エスノメソドロジーとか、会話分析とか、まぁもう少し広い範囲までカバーして、なるべく好きなことをフリーハンドでできる、敷居の高くない研究会にしたい。
詳細未定。固まってきたらここにもそのページを作ろうかしら。
関心をお持ちいただいた方はメールをいただければ。


 


9月6日。9月に入った。「先生モード」に戻らなくては。

九州に行ってきて、まあ例によって寄り道もせずただ行って用件だけやって帰ってきただけだけれど、熊本のローカル電車に、朝の通学時間に乗ったんだが、地元の高校生が車両ごとに男女きっぱり分かれていたのが面白かった。始発駅から乗ったんで、ホームに停まっている車両に発車よりちょっと早めに乗り込んでいたら、あとからぞくぞくと乗ってくるのがみんな女子高生で、ヒッチコックの『鳥』みたいな感じで、まあだからといってこっちが先に乗ってたのにこそこそ逃げるのもへんかなーと思ったし、だいいち、そう言っちゃなんだが都会でもなかなか導入されていない女性専用車両がこのローカル線にいきなりあるとも思えず、いちおう隣の席にいた子に「あのー、この電車って男女別なんすか?」と訊いたら「いいえ」っつって不審そうな顔をされたんで、ま、いいか、そうそうある体験でもないしな、と思って30分ほど女子高生に囲まれて(遠巻きに。まったくねえ。)居心地悪く電車に揺られていた。

エスノメソドロジー関係の研究会、関心を持ってくださる方がメールを下さった。うれしい。


 


9月9日。フォトグラファー・桐島ローランドってのもいた気がする。少し名前が似ている。

けさの「めざましTV」で小島なっちゃんが、「お母さんも19才のときでしたね、 最 初 の 結婚」と、すごいことを言っていたが当然みんなスルー。

夜中に、R.オルドリッチ『キッスで殺せ』を見たら、「濱マイク」第8話で石井聰亙がこの『キッスで殺せ』をまるごと下敷きにしようとしていたということを今更ながら知ることになってあれまあ、と思った。それにしたところで、1955年のマイク・ハマー映画を2002年にTVドラマとしてリサイクルするための新ネタとして導入したのがネットゲームとカルトとクローン、それに主人公の過去の思い出、なんていうのは、やっぱし安易だなあと思う。オリジナル通り、ウラニウムでいいじゃん。某機関から流出したスーツケース大の核爆弾を奪い合うために、各国の各種団体の皆さん及び公安の皆さんが無反省なだましあい、だしぬきあいを展開。オルドリッチしますやんか。そのへんのさじ加減というか、自分の色を出そうとして安易になってしまうあたりが、不満なところ。

岡村靖幸オフィシャルサイトが沈黙して以来チェックをしそびれていたが、megという女の子に曲提供していた。「スキャンティ・ブルース」と「イケナイコトカイ」、早速入手せねば。それよりなにより、石野卓球&岡村靖幸「Come Baby」が出る。これも即買い。発売日が待ち遠しい。

中古CDは一期一会だ、という話。お盆ごろに行った中古CD店で、ポール・ブレイの「Open, to love」があったんでどうしようかと思いつつ、その日はスルーして、そうしたら腰痛になったりあれこれで、先日もう一度、今度こそ買いに行ったら、もうなかった、という話。それで肩を落として帰ってきたのだが、じつはあたらしく、エリック・ドルフィーがラテンバンドをバックに吹きまくっているやつとか、チェット・ベイカーがイタリアで吹き込んだやつ2枚とか(うちで調べたら、まだ持っていなかった)、入っていたのをスルーして帰ってきていて、いま、ちょっとむずむずしているところ。
しかし、こればかりは、聴きたいと思ったときに買って聴かないと結局聞き流してしまうことになるし、むずかしいところだ。
で、結局、遠出をしないでご近所の中古店で、どこにでもありそうなMJQとかジャズ・メッセンジャーズとかをつい買ってしまい、それなりに聴いていたりする今日この頃。大好きな曲「When your lover has gone」を、リー・モーガンとウエイン・ショーターが気持ちよく吹いていて、それを繰り返し聴いているうちに、なーんだ、「Four」だっけ、あれのもとうた(コード進行とか)では、ということに気付いて、小林亜星にきかしてやりたいところだと。


 


9月15日。ティム・バートン『マーズ・アタック!』を見た。

KBS京都TVで、週末の晩の枠で、たぶんカットされまくってるんだろうけれど、この時期にこれを放送するKBSはすばらしい。先日の朝日新聞夕刊の「非力の思想―戦争の犯罪化のために」という文章(さるHPで紹介されていて知った)の上野千鶴子と考え合わせながら見た。ティム・バートンに見えていて上野千鶴子に見ることのできないものってのが、たぶん、あって、それは体質的にしかたないのだろうと思うけれど、理不尽な力だとか運命だとかに遭遇していやってほど思い知らされる「非力さ」を、上野はテーマにして文章を書いているつもりでいながら、結局、その「非力さ」そのものを見損なって、そのために結局、「弱者」を肴にいつもながらの自己宣伝をやってのけることになる。ティム・バートンが登場させる、気持ちの優しいオタクでマザコン(おばあちゃんっ子、か)の男の子は、上野が昔から一貫して執拗に攻撃し嘲笑を浴びせてきたタイプ(にもかかわらず上野の本をいちばんまにうけたのはあんがいこういう男の子たちだったりしたのかもしれないけれど)なのだが、それでもってもちろんその攻撃や嘲笑はとても正当なものではあるのだが、だからこそ、その正しさを前にして目を伏せ苦笑いをのみこむことしかできない男の子がゆいいつ語ることができるかもしれない「非力さ」までを、上野は、「私たち、女は、」などという傲慢ないいかたで奪い取ってはいけないと思う。

「・・・非日常のヒロイズムに陶酔したのは男たちだった。だが、今日のように明日も生きようとする女の日常にとっては、ヒロイズムは敵だ。そして。かつての学生闘争の中で、どうぞ当たりませんように、と祈るように石を投げながら、男なみになれない自分と、男なみになることの愚かさとを、女はとことん学んだのではなかったか?」
(上野、朝日新聞2002年9月10日夕刊)

いやったらしい文章じゃないですか。だいいち、どうぞ当たりませんように、と祈りながら投げられた石に当たって傷を受けた人がいたら、その人は誰に対して怒りを向ければいいんだ?そういうのを、理不尽な暴力、というのでは?おまけに、超あたまわるい女子中学生のポエムみたいな文章。そして。とか書かないでほしい。
あんましがっかりさせないでほしい。

と思いながら見ていたので、『マーズ・アタック!』にはつくづく慰められた。


 


9月20日。明日から学会に行ってきます。

9月に入ってずっと会議やら何やらで学校には顔を出していたのだが、やはり授業が始まると、ちがう。学校は学校なんだからやはり学生さんがいるのがいいなぁ。

きのうの19日は、CDの発売のあたり日で、岡村靖幸と石野卓球「come baby」をはじめ、中村一義とか小島麻由美とか。で、大学の近くの小さなCD店で見当たらなかったので、まぁいいや、と、あれやこれや一括してインターネット通販で発注してしまった。本当は、店で手にとってレジに持っていって買う、というのがうれしいんだけど、ついつい。

で、小島麻由美の話を学生さんとしていたら、「いいですよね小島麻由美、エゴラッピンみたいで」とかいうので、「エゴラッピンと一緒にしないでよう!」ということになり、「エゴラッピンより、クレイジーケンバンドじゃん」といったら、通じなかったんで、「クレイジーケンバンド、今年ブレイクしてる・・・はず・・・雑誌とかで」といったら、「『ロッキンオン』とかですか」と言われたので、「うん、とか、『クイックジャパン』で見たんだけど・・・」と言ったらですね、『クイックジャパン』で特集されてもぜんぜんメジャーとはいわないのだ、と、言われた。正論です。それはそうなんですが、クレイジーケンバンドはこの夏、押してたはずなんだけどなあ。

今年の教育社会学会は広島大学が会場。れいによって宿を取ってないんだけど、とびこみで泊まれるかどうか。


 


9月23日。学会に行ってきた。満喫した。

ていうか満喫という動詞が学会という場にふさわしいかどうかがもんだいなのだが。
ともあれ、たくさん人に会って(自分としては。)、たくさん喋って(おなじく。)、新しく知った人もできたし、よかった。そうそう、発表も、なんとか切り抜けたし、生産的なコメントももらえたし。それで、実はこれが一番かもしれないのだが、自分より若い人の発表を聞き、エスノメソドロジカルな研究とか、エスノメソドロジーの文献を参照しながら行った研究とか、増えているなあという実感があったし、学会発表にでてくるエスノメソドロジーの基本ソフトのヴァージョンがアップしているなぁという感触もあった。勉強しなくちゃねってところ。
学会がおわったので、せんだってから考えていたエスノメソドロジー関係の研究会、具体的に進めていかないと、と思っている。

ところで、広島に向かう新幹線に乗るときに飲んだ酔い止めの薬、箱に「成人1回3錠」と書いてあるので正直に3錠飲んだら、どうも効きすぎて頭がぼーっとして困った。

「いやあ、酔い止めの薬が効きすぎて頭がボーっとしてるんですよう」
「ははは」
「おまけに、ここって床がぐらぐらするじゃないですかー」
・・・
と言ってみたのだがあまり通じなかった。いちおう、落語の「親子酒」とか、内田百間とかを下敷きにしようと思ったのだが、うまく決まらなかったようだ。

そういうわけで、学会発表レジュメをアップ。


 


9月28日。学期早々におつかれぎみ。

いけませんね。

せっかくなのでここに何か書きたいなと思いつつなかなか書けない。まあいいぼちぼちやろう。義務でもないし。

備忘録。
・ジャイアンツ優勝。
・趙治勲連敗。がんばれ趙。趙のすごさを一言で言うとどうなるか。依田名人の強さはどこにあるのか。等々。
・卒業生ふたり(うち一名はサイトを持っている)がたつまきのように学校に来襲、たくさん喋ってあほほど笑った。
・今週末は朝から卒論中間発表会。
・研究会に、さる方をお誘いできた。
・上智大学の武内先生がここのHPを見てくださったということで、先生のHPの掲示板でほめていただいた。ありがとうございます。
・HMVのサイトから注文したCDは宅配で届くことになっているのだがまだ受け取っていない。


 


10月1日。イメージを言葉で伝えるのはむつかしい。

ヨコのものをタテに、というのではないけれど、イメージとしてあるものを言葉に変換して伝えるのはむつかしい。

今日で大体まとめだったのだが、家族論の授業をやっていて、お話は近代家族の話で、それを自分の中ではある種の逆三角形(父−母を上辺として、下の頂点に子がくる、核家族)の図式の展開というイメージで理解している。で、黒板に毎回図を描いて、「で、こんどはこの部分の話・・・」とかいうふうに喋るのだが、どうも喋りにくい(ということは聴く方だって聴きにくいだろう)。二次元に描かれた図というのを、一次元のリニアーな言葉に変換するところでしっくりいかなくなっていて、とくに、逆三角形の横の関係と縦の関係、それに三角形の内と外の関係、という三種類の関係どうしの、相互関係(たとえば性別役割分業と母性愛イデオロギーと会社人間のマイホーム主義との相互関係とか)を言おうとすると、一生懸命に図のあちこちを指しながら喋りながら、うまくいえてるかいなと不安になってくる。それを伝えるのが教師の商売やないか、とはいえ、自分の中でくっきりとリアルにイメージとして存在するものを言語化できないのがもどかしい。

学会発表したときに、質問をいただき、その中で、「不在の共同体」というキー概念について、「共同体と規範一般とを一緒にしてないか。不在というなら、あらゆる規範は不在なのでは」あるいは「共同体と実践とを一緒にしてないか」、というふうに指摘していただいた(のだと思う)。それはそうだなあと思い、後になって考え直しながら、これはなかなか大変だなあと思った。確かに、あらゆる規範は不在だ、といわれれば、それはそうだ、と思う。また、エスノメソドロジーが「実践」と呼ぶものを「共同体」の現象とイコールみたいにして呼んでいる、というところもある。で、それはそうかもしれないのだが、自分の中では、「だって不在の共同体じゃん!」というイメージがまずあって、それをあれこれ説明しようとしている、という感じなのだ。このネタを喋るときに感じるのは、体質みたいなものがあるのかなあ、ということだ。自分が日常生活を送りながら、「みんな」だの「やつら」だの、いるはずもないのに厳然として”いる”存在についてありありと感じているかどうか、ということかも、と思ったりする。だから、たとえばそれを「要するにヴィトゲンシュタインの「生活形式」やろ?」といわれれば、「まあそうです」と一応は答えられるのだけれど、それは、自分がヴィトゲンシュタインをかなりイタい感じで読んでいる限りにおいてそう答えるのであって、だから、「生活形式」の話でしばらく会話しているうちに、話がかみ合わなくなってきたりして「もう少し”排除”とか”権力”みたいなもの寄りの現象が言いたいんだと思う」的な発言になったりする。それでまた、「石飛さんって、「ああいえばこういうおやじ」って言われるでしょうー」とか言われたりもしたのだけれど、たぶん、イメージみたいなものとしてあるものをちゃんと言語化していなくてもどかしいことになっているんだと思う。

現在準備中の研究会、「エスノメソドロジーとコミュニケーション研究会」、というふうに名前をつけることになった。「エスノメソドロジー」と「コミュニケーション」という言葉を並べたら、領域が広くなると同時に、たぶんビミョーな緊張感も出てきそうで、そのへんが趣向である。とにかく、エスノメソドロジーの面白さや「役立ち」というのを、エスノメソドロジーの人以外の人にどう伝えて共有できるか、というのが、自分サイドの関心。第一回の日時もなんとなくふわふわと固まりつつある。

インターネット通販で届いたCDを少しずつ聴いている。ポール・ブレイの『Open,to love』『Alone again』を聴いて、まあ後藤雅洋を読みながらジャズを聴き始めた世代なので、あちこちの本で後藤の評する通り、前者のECM色の強いクラシックっぽさより後者のプライヴェート感をとる、ということになる。ところで、前者のなかに入っている「ハーレム」という曲、日本語版ライナーノートには、レコード初出のポール・ブレイ作曲の作品と書いてあるが、たぶん、オーネット・コールマンやドン・チェリーを加えたクインテットの有名なライブ盤で演奏している「I remember Harlem」という、ロイ・エルドリッジ作曲の作品と同じじゃないかと思う。そっちでのブレイの演奏が好きだったので覚えていた。あれこれ本を読みながら聴いていたら、ブレイは、この2枚のソロピアノで、それまでと奏法や発想を変えていると言っている。より少ない音で倍音を響かせながら弾く、というふうに。でも、どっちかというと私は60年代の、いかにもフリージャズの、ぐしゃぐしゃした捉えどころのない弾き方が好きだったんだけどなあ。


 


10月6日。休日。

ようやく辿りついた週末だったのになんということもなく過ぎて終わったのは、しかしこういうものなのかな。生涯教育の話の中でとうぜん出てくる、「余暇」とか「リクリエイション」とか、について、こういうものなのかな、と思ってもみる。

洗濯機をまわして、古い書類をシュレッダーにかけて少し片付け、囲碁番組を見て、アート・ペッパーのCDを少し聴いて(カール・パーキンスがピアノを弾いているやつ)、散歩に出かけ、本屋で南Q太『夢の温度[あき]』『クールパイン』と、カレル・チャペック『ダーシェンカ』の文庫本2冊を買って帰った。『夢の温度』は、南Q太にしてはめずらしく?落ち着いた、非エロ(?)の作品で、学校で学生に貸すと男女ともに喜ばれる。なんだかんだいって、南Q太は、1冊だけ持っていないけれどそれ以外(絶版のものも)全部持っている。似たようなくくり?でも安野モヨコや桜沢エリカはぜんぜんぴんと来ないのに、(また、安彦麻理絵も以前学生に薦められて少し読んだが、まああの人はくくりが別か、と思うけれど − それよりは魚喃キリコのほうがいい)(もちろん岡崎京子は別格としての話)、南Q太はあんがいしっくりくるんで、どうしたものかと思う。ちなみに、あれこれ読んでいるうちにわかったのは、この人、同郷である。いや、私よりもう少し田舎だ。

チャペックは、ずっと買おう買おうと思いながらいまひとつ気分にならず買っていなかったのだが、どうも気がふさぐので買ってみたのだがやはりすぐ読むかどうかはわからない。以前、あちこちで必ず誉めてある『園芸家の12ヶ月』を読んで、予想以上に胸の痛くなるようないい本だったので、ロラン・バルトが好きだという人に『恋愛のディスクール・断章』みたいにすばらしい、と薦めてみたら、自分は園芸には興味がないので、と言われた。やれやれ、世の中はどうしてそう絵に描いたように予測通りにしか回らないのだろうか?

CD、先日通販で7枚買ったものを、まだ全部は聴いていなくて、やはり通販でクリック一発でまとめ買いをしても、聴く気分になるかどうかというのとは別問題で、結局聴かないままお蔵になることもある。やはり店頭で1枚ずつ買って帰って聴く、というのにまさる聴き方はないのだ。とはいえ、さすがに先日届いてから封も切っていないCDが3枚もあれば、新しいものを買う気も少し減退した。本屋のかご売りの廉価版CDのトム・ジョーンズのを一瞬、手に取ったけれど、やめて帰った。しかし、かといって積読状態のCDの封を切ることもなく、やはり秋になってくると、新しく買ったCDより、ジャズの女性ヴォーカルか何かがよいですね。というわけで、クリス・コナーの、これも昔廉価版で買った、『バードランドの子守唄』『ララバイズ・フォー・ラヴァーズ』からの再編集盤を引っ張り出してきて聴きながらこの文章を書き上げたところ。


 


10月12日。AとBは似ている、という判断は、考えてみれば奇妙だ。

備忘録。

TV大阪で山田洋次『男はつらいよ・翔んでる寅次郎』(1979)を見ていたら、岩館真理子の『えんじぇる』とか『ふくれっつらのプリンセス』を思い出した。渥美清の顔を見ながら少女マンガを思い出すというのはありえないような話だが、布施明の眼鏡と長髪からはじまり、マドンナの桃井かおりがとりとめのないマリッジブルーで、結婚式の披露宴からぬけだして、ウエディングドレス姿のまま葛飾柴又のとらやに現れる、といった展開から、こまごまとしたディテイル(ちなみに布施の妹役が、先日自殺した戸川京子である。ご冥福を。)が、なんとも岩館真理子だ、と思う。たぶん、時代的なものがある(『えんじぇる』の雑誌初出が1982年。『ふくれっつらのプリンセス』はもう少し前)。

ある映画を見ていて、別の何かを思い出す、というのには、まあ説明を始めればある程度まではできるだろうが、どうもとりとめなくなってくるし、まあ、いずれにせよここで書いたって仕方のないことなので、自分のための備忘録としてメモ程度に書きとめておくにとどめる。だいいち、『男はつらいよ』の話をいまどきしたって、誰にも相手にされない(『学校』ならば褒めるという人なら教育業界には多いかもしれないですね)わけだし、岩舘真理子にしても、学生に訊いてみたら名前を知っているものはいなかった。いわんや、『男はつらいよ』と岩館真理子が似ていると言ってみても、ほとんど意味を成さない。

AとBは似ている、といったことについて考えるといつも、昔読んだプラトンの次のようなフレーズを思い出す:

「・・・つまり、私はソクラテスを見知っているわけなのですが、遠くの方から私の見知っていない他の人を見て、それを私の知っているソクラテスであると思うことが時おりあったというのが、それなのです。」(『テアイテトス』191B)

プラトンを読んでいたといっても、深く理解したということではあんまりなくて、ただまあ、なんとなく対話篇というのが面白かったので読んでいたという以上のものではないけれど。プラトンが書くときには、A=BとかA≠Bとかいう論理的なはずの話が、具体的な、ソクラテスと若い愛弟子たちのあいだの、顔の類似とか、見覚えとか、誰かの顔の中に誰かの面影を見てしまうとか、そういう次元で語られているのがおもしろかった、ということだ。
『テアイテトス』は、大学院生の頃、ちょうど今ぐらいの季節に、古本屋で岩波文庫を買ってきて河原の芝生の上で読んだ、という覚えがある。そういうとかっこよさげですね。お金が無かったのでとうとう新刊書が買えなくなって、古本屋の店頭のカゴに入って200円くらいで売られている岩波文庫の古典モノを買って読んでいた。まあ、時間がありましたしね。それなりに若かったですし。

ついでに、似ているという話。ヘンリー・ハサウェイの西部劇『エルダー兄弟』を見ていたら、東映の仁侠映画に似ていた。ジョン・ウェインが鶴田か健さんの役どころ、なわけである。これもまた、どことどこが、と書き始めるととりとめなくなるのでやめておく。それより、『エルダー兄弟仁義・死んで貰います』とかなんとかいう適当なタイトルを思いついて書き留めておくほうがいい。ちなみに、蓮實重彦・山田宏一『傷だらけの映画史』(中公文庫(2001))の中で、ヘンリー・ハサウェイは、マキノ雅弘に似たB級の精神で撮れる監督として語られているので、あながち見当違いでもないと思う。


 


10月18日。資格社会

下宿の、布団をしく枕もとのあたりに、本の小山ができてしまうのでときどきリストラしないといけなくなるのだが、夏に文庫で買ったチョムスキーの『9.11 アメリカに報復する資格はない!』というのが出てきた。本の内容はまあさしあたり置いておいて(ごくふつうに適当に面白い本だったし)、たぶん日本語訳のときにつけられた副題「アメリカに報復する資格はない!」という言い方が、いかにも紋切り型で不愉快だ。

アメリカに報復する資格があるかないか、といえば、そんなもんないに決まっているんで、あるいはアメリカの強引なヘゲモニーで「国際社会」が動いてアメリカに資格を付与してみせたって一向にかまわないのだが同じことで、要するに、アメリカの一連の動きが不愉快なのは、アメリカはそもそも資格だの権利だののあるなしにハナっからかまっていない、という点だろう。あるいは、そのていどの「資格」を調達することぐらい、その気になればいくらでも、たとえば国連から、引き出せる、ぐらいの勢いで。アメリカにはそれだけの力があるのだ。なにがやりきれないといってそこんとこがやりきれないのだが、それに対して、「アメリカに報復する資格はない!」などというフレーズで何か発言した気になっている人というのは、なんだか決定的にズレている気がするのだ。あるいは、犯罪の被害者が「誰にも人の命を奪う権利はない!」と言うのを聞くときみたいに、無力感で途方にくれる。犯罪者だって、権利の行使として犯行を行っているわけではないだろう。あれは純然たる理不尽な暴力として行っているんであって、それに対してあとから資格だの権利だのという言葉をあれこれ思い浮かべても、途方にくれるだけだ。

本の内容にしたところで、まあチョムスキーはごくふつうにまともなことを言っていて、アメリカが今まで一貫して非人道的な真似を世界中の非アメリカに対して行ってきたかがあげつらわれているのだが、まあそれはそんなものだろうと思いつつ、溜飲は下がるがそれで何かが進展するわけでもない。アメリカという国は何しろ広いので、当然、知識人というのもそこで生まれてくるし、選手層が何しろ厚いので、日本の知識人より冴えたことを言う人だってそりゃまあ、いるだろう。しかしそれはまあそれだけの話だ。アメリカは野球でもバスケットでも、国内チャンピオンシリーズをワールドシリーズとか称している、とか、アメリカ国内の一角にディズニーワールドとかいうところがあって「世界は一つ、世界は一つ、・・・」と狂ったように一日中流しているとかいないとか、おもいうかべているうちにどんどんうんざりしてくる。世界がもし100人の村にまで圧縮されたら、あらゆる少数民族も、テロリストも、誤爆でなくなっていった人たちも、みるみる統計的に消滅していくだろう。イッツ・ア・スモール・ワールド、おとぎ話の夢のような世界ではある。

ワイドショーで、親子や旧友が感動的な再会をしている場面を、どのチャンネルでもどのチャンネルでもやっていて、何だよ、メロドラマだな、いいのか?と思わないでもないが、まあ再会できるのは一般論としてよいことだと思う。言うまでもなく当事者にはその瞬間に人生のすべてがあるわけで・・・しかしそれはそれとして、その再会を可能にしたのが、アメリカがもう一つのならず者国家を見せしめにしようと理不尽な暴力でつるし上げにかかっている、という情勢なのかもしれない、と思うと、なんだよ、資格だのなんだのといって学校優等生みたいなことを言ってていいのかよ、と思わなくもない。


 


10月19日。第一回「エスノメソドロジーとコミュニケーション研究会」をやった。

なーんかまた満喫してしまって、まったく、いかんです。

今日、議論になったことや、自分が言ったことを、あとから反芻している。
れいによって、自分が何を言おうとしているのか、正確な意味を言い当てられなかったような気がする。

たとえば・・・

エスノメソドロジーの研究を、エスノメソドロジーに関心のないオーディエンス、もっと「現場」に通用するようなものとして、提起したい。
そのためには
1)エスノメソドロジー と し て の 厳密さを追求するより、「ウソも方便」ぐらいに腹をくくってでも、お話を大胆に単純化して自分が言うべきことを単刀直入に言うべき。
2)エスノメソドロジーの研究を、非エスノメソドロジーの人に受け入れてもらうために、「エスノ成分」を薄めようとすべきではない。むしろ、「エスノ成分」のいちばんエキスの濃いところを出すことによって、「エスノだからこそ言えること」を言うべき。

・・・というのは、うまく交通整理して言わないと、たんに矛盾したことを言っているように聞こえる(ような気がする)。でも、両者は同じことの二つの面を言っているはず(な気がする)。
(でもそうして書きあがったものがエスノメソドロジーになるのか非エスノメソドロジーになるのかはよくわからない)

第2回の相談も少しした。11月なかばの週末のどこかに日程の候補が上がった。発表者は私。夏の研究会と学会で発表したものをたたきなおす。それから、サックスの講義録の紹介をしていただけるようだ。
研究会のHPも立ち上げようという話がかたまりつつある。


 


10月26日。風呂で読む阿部和重

半身浴、というのが身体にいいそうで、とくに、夏に腰痛をやったので、血行がよくなる→腰によい、という噂には心惹かれる。そういうわけで、先日来、風呂でCDなど聴けるような仕組みを購入してきて、ときどき長風呂に挑戦している。
だいたいCDいちまいで1時間前後、とすると、あとは選曲であるが、今まで聴いたのは、パフィーの「JET CD」、スガシカオの「4Flusher」「sugarless」を通勤用に編集したMD、スピッツの「ハチミツ」、といったところだが、いちばんうまくいったのは、スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズの廉価版ベストCDであって、心地よさが、ぬるいお風呂にちょうどいい。「OOO BABY BABY」という曲があるのだが、たしか昔、小室哲也の作ったユニットdos(元アイドル+へんな踊り子ふたり)というのがあって、そういうタイトルの曲を歌っていて、それがシャンプーかなんかのCMに使われていたような気がする、というのもある。いずれにせよ、「風呂で聴きたいCD」というジャンルが確立されそうである。

で、音楽だけではものたりなくなってきたので、本を読むことにして、では何を読もう、ということになり、まあ文庫本ならぬれても惜しくないだろうということになり、さしあたり積読になっていた阿部和重の『ABC戦争』を読んでみた。やはり風呂で読むのは落ち着かないが、それでも2回に分けて表題作(長編)を読み終えた。まあ、そこそこおもしろくあっさり読めた。

阿部和重、『インディヴィジュアル・プロジェクション』も読んだが、やはり『アメリカの夜』がいちばん好きで、美大くさいというか、まあ映画専門学校くさい、懐かしい感じの小説だった。『ABC戦争』はかなり露骨なメタフィクションで、まあこれはそういうものだと思っておけば、さしあたり気にせずに読むこともできる。たんなる田舎の高校生のドタバタけんかえれじいだと思っておけば風呂の中できげんよく読める。
『アメリカの夜』がそうだったように、阿部はここでも、小説の冒頭であからさまに、理論的見取り図を描いてみせるのだが、まあそれをあんまり本気にせずに読んでいくことにする。また、デリダ、などという名前も出てきたりして、頭の悪い大学院生のレポートみたいだが、まあ当然、頭の悪いレポートのパロディだと判断して読み進める。ただ、はくじょうすると、メタフィクション、という仕掛けには、昔からけっこう弱いわけで、ついふらふらと感心してしまうところがある。そのへんは、じつは、機嫌よく読み終わって、風呂から上がって、まだ引っかかっているところではある。

エスノメソドロジーというのは何か、というので、以前、一種のメタ理論だと理解することにしていた。つまり、「人々がdoing sociologyしている様子」を記述するわけだから。そういう理解の仕方が妥当かどうか、いまは、ちょっと微妙だなあ、と思っている(まったく当たっているとは思わなくなったが、まったく外れていると思い切ることもできない。少なくとも、メタ理論なのだと割り切ってしまえば、そっち方面の需要に対して流通させることができる)。
メタ理論としてのエスノメソドロジー、というのがありうるとして、それを論文として形にするには、メタフィクションの形式は参考になるのではないかしら、面白いメタフィクション小説のようなやりかたで面白いエスノメソドロジー、というのがあるのではないだろうか、とか思っていた。今も微妙にそう思っているかもしれない。

趙治勲、あっさり土俵をわってしまい、依田名人が防衛である。うーむ。依田も嫌いじゃないけど、趙が淡白になってしまっているのが淋しいなあ。趙は、今回の名人戦でも、対局前のスピーチで名スピーチを行っている。趙の魅力というのは、底なしの虚無、みたいなところにあると思うのだが、それが驚異的な体力と粘りに支えられないままにたんなる無力感になって、それであっさり土俵をわってしまっているのだとすると、つらいなあと思う。


 


10月27日。散歩をして収穫を得た話。

天気もよかったので昼過ぎから散歩に出かけ、欲しい本もあったし、運動もかねていつも本を買う大きい書店のあるところまで、電車に乗らずに5kmほど歩いて行って帰ってきた。
まあ、目的の本はすぐに見つかったのだが、いったんレジで清算してからあらためてあちこちの棚を見て歩いていたら、金井美恵子の新刊があった! 奥付をみると2002年10月25日、となっていて、まあもう少し前から出ていたにせよ、素晴らしいタイミングではないですか。そのまま手にとってひゅーっとレジに逆もどり。これでとても幸せな気分になった。楽しみに読もう。

それで、書店のフロアからエスカレーターに乗って降りて、1階下のレコード店が閉店セールをやっているのを覗く。半額なら何か買うものがあるかな、と思っていたが、それよりも、この店が抱えていたらしい中古CDを放出しているのに気付いて、ジャズの棚を物色した。大好きなチェット・ベイカーと大好きなリー・コニッツの持ってなかったのを選び、あと、好きでもないけれど念のために聴いてみたいマイルスのライブ盤(トニー・ウィリアムスのドラムがすごいとどこかで褒めてあった)を選び、あと何かあるかなと思って棚の前にしゃがみこんで見ていたら、レコード店のつけた値札に「イン・メモリアム・ジレス・デルーゼ/¥1500」と書かれた2枚組のディスクに目が留まる。たしかに、ジャケットにGILLES DELEUZEと書いてあり、またレーベル名のところにMILLE PLATEAUXと書いてあるので、これはジレス・デルーゼというよりむしろジル・ドゥルーズだ。いったいそんなディスクがありうるものかと思い、また、ジャズの棚に並んでいるとは、と思い、どうやらいろいろなアーティストが競作しているのだが誰一人として名前もわからないし、しかも黒々としたデザインのジャケットには電球の破裂している絵が描いてあって、ドゥルーズってそういうのだっけ?岡本太郎?みたいな、どうにも怪しげでこれはもう買わずには置けないというわけである。

買いました。それでとても幸せな気分だったのだが、肌寒くなってきた夕方の道をとぼとぼと5km歩いて帰るうちに、だんだん縮小してきたのだがまあ気分というのはえてしてそういうものである。
それでそのデルーゼさんに捧げられたCDをいま聴きながらこの文章を書いているのだが、ジャズの棚においてあったというのはやはり誤解と妥協との産物で、やはり予想を裏切らず怪しげな電子音楽(テクノ、というわけでもない、「宇宙の効果音」みたいなのが多いです)が並んでいますねえ。生前のドゥルーズの短い喋りらしきものが最初に入っていて、珍しくはあるけれど、まあこれではドゥルーズ、成仏できないかもしれない。(あ、ちょうどいま始まった曲は、なかなか楽しい。「チュニジアの夜」のイントロのところのアート・ブレイキーのアフロキューバンなドラムソロをサンプリングして、ノイズや電子音とメチャメチャにリミックスして、途中からジミー・スミスの「ザ・キャッツ」かと思ったら違うのか?のオルガンのサンプリングに切り替わりそのままエンディング、今終わった。)
検索したらいちおう出てきた。ミルプラトー、というレーベルがドイツかどこかにあって、まあ日本の「ニューアカ」みたいなブームがドイツにもあったんじゃないかと想像するけれど、ドゥルーズ思想にインスパイアされたとか称していたようで、だからドゥルーズが自殺したときに追悼盤をつくった、といったところなのだろう。
でも、ドゥルーズってたぶん、こういうアートっぽいのではないよなぁ。例えば、ゴダールがリタ・ミツコやストーンズのレコーディング状況を映画にリミックスしたり、まあそれ以外にもシャンソンとかロックとか適当に使って(特に、決め所で案外延々と通俗歌謡を流したりしている気がする)、もちろんショパンとかベートーヴェンとかバルトークとかバッハとか、気軽に使って、やっているのを見ていると、ドゥルーズだってどうせならもっと非アートのごちゃまぜで追悼されるべきだろう、と思う。少なくとも、もうちょっと運動感みたいなものを感じさせる曲が多く混ざっていてほしい。


 


11月3日。ジャイアンツが日本一になったことはとても重大なことだ。よかった。

日曜の朝は日テレの徳光と江川の「今週のジャイアンツ」を見るのだが、もちろん今日は日本一になったという話。
いやまったく、今年の巨人はとても強くて、先取点を取られようが、怪我人が出ようが、なにがおころうが結局、結果的にはちゃんと勝ってきた。とてもよかった。勝つべきチームが勝つということがどれだけ重大なことか、というのを、(ここ関西ではとくに)誰もわかっていないので困るのだが、これはとても重大なことなのだ。

10円玉を放り投げて手で受け止めると、表か裏が上になる。確率は半々で、これは数学的にあらかじめ決まっている。十分に多い回数投げると、その決まった確率がだんだん実現されてくる。これが世界の秩序というものである。『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』という映画で、コインを何度投げてもなぜか表しか出ない、という挿話があったと思う。そういうことが起こってしまう世界というのは、不条理なのだ。しかるにここ関西では、阪神ファンごとき非道の連中が、世界の秩序の壊乱を日夜夢見て暮らしており、あろうことか真理を愛しこの世界に真理を実現すべき大学人にさえそのような者が多数伏在しているらしいのだ。

・・・
「ではこういう場合はどうだろう、シミアース? われわれは正しさそのものというものがあることを認めるかね、それとも認めないか」
「認めますとも」
「また美とか善は?」
「もちろん」
「では君は、いままでにそういうものをどれか目で見たことがあるかね?」
「いいえ、決して」
「ではそれらを、視覚以外の身体的感覚によって捉えたことがあるか? ・・・ いったいそれらのものの真実は肉体によって見られるものであろうか。それともこうではないか。われわれのうちで、自分が研究している個々の対象そのものを、最もよく最も厳密に考察する訓練をしたものこそ、それぞれのものの認識に最も近づくことになるのではないか」
「そのとおりです」
「したがって最も純粋な認識に到達しうるのは、次のような者ではないか。すなわちできるだけ思惟そのものだけを用いてそれぞれの対象に近づき、・・・目や耳やいわゆる肉体全体については、これらと共にあれば、魂は掻き乱され、真実と知恵とを得ることができないとして、それからできるだけ離れる者、シミアース、もし誰か真実在を捉えるものがあるとすれば、それはまさにこのような者ではないのか」
「本当におっしゃるとおりです、ソークラテース」とシミアースが答えました。
(『パイドーン』65−66)
・・・てなことを言いつつ、ソクラテスはさっさと魂を肉体から離脱させてしまったのだが、真に驚異的なのは、この肉体を通してこそこの世界の中に真実が顕現すること、たとえば、コインを投げて表と裏が出る回数を計っているうちに次第に数学的にあらかじめ算出された数値が姿を現してくること、また、あの小さなボールと細いバットを全速力で投げたり振り回したりしながら、ジャストミートしたり空振りしたりを半年間繰り返しているうちに、まさにあらかじめ予測された通りに巨人が日本一になったりすることである。この驚異に鈍感である者たちが、巨人の勝つプロ野球を「面白くない」と言い、これまで何年も巨人が優勝を逃すたびに喜んでいたのだから、この社会はずっと、ニヒリズムに支配されてきたのだ。このたびの日本一によって、久々に真実がこの世界に実現されたのだ。

さて、てなことをぼんやりと思い返しながら、チャンネルをパチパチとかえていたら、NHKで国会議員が例によって不良債権処理の加速化はやめないといけない、と力説していた。なぜならあれはアメリカの意向だからで、日本の銀行がアメリカの資本に買いあさられてしまうではないか、と言っているので、まあそういう言い方じたいはめずらしくもないのだが、なんとなく、そう力説していた議員が、日本における唯一の共産主義政党であるはずのところの人だったように思ったのは、まあ私がまだねぼけていたからかもしれないが、どうなんだろうか。アメリカの資本家はダメで、そのために日本の資本家を守れ、という話なのかなあ。資本主義システムに国境などないはずなわけで、そうした構造が、歴史を通じてまさにこの世界の中に成長し顕現するさまを、マルクスは分析しているのだろうし、その延長上にこそインターナショナルなプロレタリア革命を見ているのじゃなかったかしらん:

・・・共産主義者はさらに、祖国の廃止と国民性の廃止をのぞむものとして非難されている。
労働者は祖国を持っていない。その人の持っていないものを、その人から奪うことはできない・・・
国家間の差別および民族間の敵視は、ブルジョアジーの発達とともに、通商の自由とともに、世界市場とともに、工業生産およびそれに対応する生活関係の一様化とともに、もはや次第に消滅しつつある。
プロレタリアートの支配は、いっそうそれを消滅させるであろう。少なくとも文明諸国の間の統一行動が、プロレタリアート解放の最大条件の一つである。
(『共産党宣言』第2章)


まあべつにどうでもええのやけど。だいいち、革命というのはずいぶんぶっそうだ。歴史の中で構造が顕現するときに、私たちの魂と肉体がどうなっているのか、あれこれ思い煩うより、松井のホームランでも思い出しているほうが精神衛生上よろしいのだが、しかし、その松井は大リーグに流出かあ。巨人が資本力によって日本のプロ野球システムを独占的に支配していたのだが、その支配装置であるFA制度によってこんどはアメリカ大リーグに有力選手を吸い上げられていく。教科書どおりの世界資本主義システムじゃん。


 


11月9日。備忘録。

だんだんここで書く文章が長くなってきた。だらだら書くのは自己愛が満たされて気持ちがいい。しかしそういうことばかりやっていると本格的にバカになるので短いものも書いてみたいものである。

前回に補足。FA、すなわち"free agent"というのを、辞書で調べると、agentの語釈の3番目に、発動者・行為者、とあり、用例として「a free agent  自由行為者 《自分の行為を自らが決定できる人》」とある。agencyの語釈には、「(ある結果をもたらす)力, 作用, 働き; 〔哲〕 作因 human agency 人力. the agency of Providence 神の力, 摂理」とある。というわけで、プロ野球のFA制度が、行為の自由の保証をつうじてこそマルクスばりの超個人的世界資本主義システムの姿を顕現させるというのは、それなりに面白く思えなくもないかもしれない。

ちなみに上記の辞書、パソコンにおまけでついてきたMicrosoftBookshelfなのだが、語釈をコピー&ペーストすると自動的に「New College English-Japanese Dictionary, 6th edition (C) Kenkyusha Ltd. 1967,1994,1998」というクレジットが一緒にペーストされるようだ。すごい。便利というか念がいっているというか。

TVでチャンネルをなんとなくパチパチと替えているうちに、見ないでもいいと思っていたオリヴァー・ストーン『エニイ・ギヴン・サンデー』を結局途中から見てしまう。ごくふつうのスポ根アメフト映画で、プロチームの監督のアル・パチーノが選手に向かって延々と人生の演説をするところとか、ふつうの意味でいえばうっとおしい映画なのだが、しかしそれはそれとして結構その気になって見た。というのも、ギャングスターズ全盛時代に学生だったので、アメフトというのが好きなのだ。で、この作品ではゲームのシーンを、編集をめまぐるしく使って処理していて、まあ雰囲気は出ていた。ただ、オルドリッチの『ロンゲスト・ヤード』でもだったが、アメフトのゲームというのは最後の1分がもりあがるわけで、とくに時計が残り数秒からゼロになるところで大逆転、というのがおきまりなのだが、ルール上、時計がゼロになってもプレイがとぎれるまで続いているわけで、その辺で演出のしかたが難しいといえなくもない。黒沢清が『映像のカリスマ』でそのへんに触れていた。で、オリヴァー・ストーンも、そのへんの最後の数秒の演出が決め手だ、というところは押さえていたのだが、びしっとキマったか、というと、やはりもたついていた。ひょっとしたら、アメフトの映画というのは、最後の逆転勝利のタッチダウンの瞬間を映すと必ず失敗することになっているのだろうか。自分が監督&脚本&編集をするならどうしようかなあと思い返す。
そうそう、ゼメキスの『フォレスト・ガンプ』にもアメフトのシーンがあったような気がしてきた。あの差別映画の、もっとも差別的ないくつかのシーンを見て、手もなく引っかかってグッと来てしまったのを思い出した。なるほど、そうだ、タッチダウンパスでもパワープレイの中央突破でもなく(そういうプレイだとどうしても「決定的瞬間」を表現する必要がでてくる)、誰もが追いつけない無心の独走を延々と走らせ続けることでクライマックスをつくればいいのだ。ボールを持った手を高々とバンザイしながら放心的笑顔でロングラン、観客も敵味方関係なく放心的な絶叫と歓喜、これを画面の上で何秒間か以上持続させていけば、ある瞬間、堰を切ったようにグッとくるはず(すくなくとも自分はそうだ。そういうシーンに弱い。トム・ハンクスの走りやキートンの走り、等々)。

それもそうだがもうひとつ、結構その気になって見てしまった理由というのは、この映画が(というか、それはスポ根というジャンルの主要なテーマのひとつなのだが)、世代交代と、「老い」とか「死」とかの問題をめぐるものだったからで、ようするに、人生くさい映画を嫌いではなくなってきたらしいのだ。

こんな調子ならいくらでもだらだらと気分よく書ける。そういう自己愛は醜い。それで、自分はこれから年をとっていくのだから、そういう醜さを自分で糾弾するのはそろそろやめてやってもよいのではなかろうか、と思わなくもなくなってきている。人生くさいことを言ってしようがないのだが、じっさいこのところずっとそういうことばかり考えているのだ。


 


11月15日。比喩。モネの描いた睡蓮の池のような〈顔〉、の見えるエスノグラフィー

学会誌に載っていたエスノグラフィーの論文がちょっとおもしろくて、『木更津キャッツアイ』みたいだ。千葉のストリートダンサー君たちの、「電車に乗らない」「東京に行かない」「地元つながり」(←「地元のツレ」という語感のほうがぴったり来る気がするけれどそれは関西だけだろうか?)の感覚、というのを言い当てているところが、グッときたと思う。『木更津』で、ちょうど、そういう「東京に行ったことがない、初めて行ってソワソワ」といったエピソードをテーマにした回があって、たぶんこの論文を投稿中の筆者は「先を越された」と思ったに違いないしとうぜん『木更津』は見ていて欲しいものだ。

どうも、「顔の見える」エスノグラフィー、というのが好きだ。せっかくインタビューとか参与観察とかしたのだから、論文を読んでいてその「顔」がありありと浮かんできて「いるいる、こういうやつ!」というふうになると、面白い。自分が書くときも、そういうのをやりたいという気持ちは、ある。例えば会話の録音データを読むのであれば、そこから「口調」みたいなものとか「呼吸」みたいなものが、ありありと浮かんでくるようだと、面白いと思う。

しかし同時に、そういう描き方をめざすことは、記述の態度として通俗的な人間主義になってしまうのではないか、という気もする。むしろ、その「描き方そのもの」と「顔」との相互反映的な生成を、「顔」の浮かび上がりの記述のなかで描き出す、というようなことがエスノメソドロジーなのか、という比喩を思いついた。モネの描いた睡蓮の池のようなものとして描かれた〈顔〉(あるいは、モネが奥さんの死顔を描いた『死の床のカミーユ』みたいなもの)、としてのエスノグラフィー/エスノメソドロジー、みたいな?
この比喩で、どこまで行けて、どこで限界につきあたるだろうか?

丹生谷貴志『砂漠の小舟』(筑摩書房・1987)に「モネの花畑のように」という文章が収められているがそれはモネの花畑について書いたものではない。むしろ、『女と男と帝国』(青土社・2000)所収のとくに「茫然自失の中で問うこと セザンヌとヘルダーリン/エンペドクレス」「「人間のいない世界」としてのアメリカ ポロックとスピノザ」という文章のほうが近いんで、これはモネからさらに批判的に一歩を踏み出したという体のセザンヌについて、メルロー=ポンティからさらに批判的に一歩を踏み出す体に書いているのだと思う:

クロード・モネはマネの無関心を引き継ぐかたちで、無人性における 私 の散逸をその極限にまで導く。 世 界 の 中 に 散 逸 し て ゆ く 私 がそこに描きこまれることになる。セザンヌがモネについて、「素晴らしい眼だ、しかし、眼にすぎない」と言うとき、セザンヌはともあれ、世界の無人性の中に蒸発してゆく決意をしたモネの眼を称賛しているのである。しかしそれはなお人間の劇の最終場面にとどまっている。セザンヌはそれをさらに先へ進めてゆこうとする。絵画において人間の劇を終わらせること。無人性の中に溶け込んでゆく眼の過程を描くのではなく、 ほ と ん ど 無人の世界を発明することが問題となる。/セザンヌは現象学的な画家であるよりも、むしろスピノザ的な画家であるだろう。セザンヌはいわゆる現象学的還元によって ほ と ん ど 人間の消えた世界を発見し、同時にそこから人間が始まるであろう場所を発見しているのではおそらくない。メルロー=ポンティが望んだように、人間の知覚と風景とが溶け合った現象学的照応の場所を見いだそうとしていたのではおそらくない。セザンヌは文字通り「人間のいない世界」を見いだそうとしているのである。スピノザは世界は無限に多くのものが無限のしかたで生起している場所であると言う。・・・
(「ポロックとスピノザ」)


 


11月25日。ジャンクな言葉。「ファミコン」、マンガその他。

同世代以上の人との会話で、「ファミコンをやって・・・」という言葉が自然に出てくる。ところが、たぶん「ファミコン」というのは、死語である。そのことに気付いたのは去年で、学生が「先生先生、私このまえファミコン手に入れましたよう!」と言うので、そうか、お小遣いをためて下宿にゲーム機を買ったんだなあ、と普通に「ふうん」と返事をしたら、さらに「ファミコンですよ!」と念を押されて、しばらくしてようやく気付いた。現役でゲームをやっている世代にとって、「任天堂ファミリーコンピューター」は骨董品なのだ。私ぐらいの世代が普通名詞として「ファミコンに夢中になる子ども」などと用いているときの「ファミコン」という語は、もう時代遅れの死語になっているのだ。
こういうことをあらためて「発見」のように書いているが、たぶん、「ナニ言ってるんだオッサン」と思う人と、「え゛ーそうだったのか!!」と思う人と、出てくるだろう。感慨深いなぁ。

社会学というのをやっている限り、たぶん、こういう時代とともに使い捨てられるジャンクな言葉に、まあ敏感でいられるうちはなるたけ敏感でいたいものだ、と思っている。あるいは、まあ同じことだけれど、例えばマンガならマンガを、べつに全部とはとうてい願わないにせよ、多少なりともたとえば学生と喋れる程度には、知っておきたいと思っている。

某日、昼休みの共同研究室で1回生数名がわいわい喋っている。
「俺、こういう絵がだめやねん」
とか言っている。どうやら少女マンガのようだ。後ろを通り過ぎざまに覗き込むと、なんか眼の書き方に見覚えがある。
「これ誰? 矢沢あい?」と言ってマンガ本を取り上げて表紙を見たら大当たり、『NANA』だった。
「当たりじゃん」と言って指でブイをやって「えーなんでわかんねんー」の男女一斉のブーイングを背に部屋を出る。
という芸当がまだ時々できているので、そのへんはまだけっこうセーフなのでは?と思う。

同じことだが、例えば論文にマンガ等を引用するときに、やはり、何をどう選ぶか、気になるところである。自分のことをいうと、以前、学会誌に載った論文の文献リストに講談社X文庫の中原涼『校則の国のアリス』をまぎれこませ、また後年同じ校則論のコラムでこんどは水上硯『マイペースな人々』を引用した、というので、これは結構悪くない趣味だと思うけどどうかな。

さてお話をもとにもどして、「ファミコン」という語、死語になったとすると、それはしかし、悲しいことで、というのも、岡村靖幸「カルアミルク」という曲が葬られてしまうからだ:

ここ最近の僕だったら だいたい午前8時か9時まで遊んでる
ファミコンやってディスコに行って 知らない女の子とレンタルのヴィデオ見てる
(「カルアミルク」『家庭教師』(1990))

とかなんとかいった、まぁ泣かせる曲だったのだが、耐用年限を過ぎたようだ。「XBOXやってクラブに行って、知らない女の子とレンタルのDVDを見てる」ではお話にならないのだ。
やれやれ。


 


11月30日。ノヴェンバー・ステップス

今年の春は、奥田民生『GOLDBLEND』という、まあ2年前のアルバムを中古CD店で購入したのをMDに落として繰り返し、通勤で聴いていたのだが、今さっきひさびさに引っ張り出してきて聴き直したら、電車の窓から桜が咲いている景色を見ていたことなんかがありありと甦ってきて胸が詰まった。

11月も終わりのようで、まったく月日のたつのは早い。11月というのは、誕生日のある月で、だからこのところ毎年この時期に、自分が年をとってしまったとか、年をとっていくとか、そういうことを考えることになる。感傷的なもので、まったく体裁が悪い話だがまあ年をとるとそういうことになる。

某日。共同研究室で学生と喋っていたら、教授がニコニコと登場、「ハイ、これおみやげー」と、「鳩サブレー」をいただいた。さっそく包みを開けて、学生とわけて食べながら、「おいしいおいしい、鳩の味がするね」と言ったりするわけだが、そういう、若いうちならぜったいに口にしてはならないおやじギャグを太字で言ってみたりなんかして学生をすっかり困惑させるのが気持ちいい。ちなみにその鳩サブレーは鳩の味はしないで、一羽一羽が大きめで、甘くて本当においしかった。「うわー大きいですねえ」とかいいながらいただきました。ごちそうさまです。

まあこういうことを言っていると誰にも深刻に思われないので安心である。

ところで、人を食ったことを言うついでに書けば、自分の誕生日がロラン・バルトとおなじだということに数年前に気付いて、これはちょっと自慢できると思う。それと、今年気付いたのは、高野文子も同じ誕生日だ、ということで、これはもうなによりですね。ばかばかしい話だが、そういう偶然は単純にうれしいものだ。バルトなんて、学生時代(←ニューアカ時代)からずっと、「バルトみたいなのがいいなあ」と思っていたのである。バカと言われようが自慢したモン勝ちなのである。
ちなみに、美人女子高生スイマーの寺川綾も同じ誕生日で、それも悪くないのだが自慢する方向性が見えてこないのであまり言わないことにしよう。むしろ、ミヒャエル・エンデが同じ誕生日だ、ということで、教育学方面の人に自慢すると、「『モモ』のエンデと同じなんですね! 素敵ですね!」と感激してもらえるような気がしないでもないがそれがうれしいかどうかは微妙なところ。

先日、ここにモネがどうしたこうした、という事を書いた勢いで、赤瀬川原平『赤瀬川原平の名画読本』(光文社カッパブックス)など読み返して、また、椹木野衣「天候をめぐって モネとゴダールの光」『現代思想総特集ゴダールの神話』とか、これまた引っ張り出して読み返したり、なにやらときならぬ印象派ブーム到来である。美術部高校生のように純情な気分で、通勤電車の窓から、遠くの山の紅葉や、草はらの枯れ草の色のちょっとした具合とか、空の色とか、どんどん流れていく中で思いがけない色がハッと眼に入ってきたりするたびに、「光だ、光だ、」とかいって胸を熱くしているというわけである。ながいきするよまったくと思っていただければ幸いです。


 


12月9日。東海林さだおと赤瀬川原平が同い年だというのが最近の一番の衝撃である。

古本屋で買った、東海林さだお×赤瀬川原平『軽老モーロー会議中』(新潮社)を読んだのだが、二人が同じ年齢だというので驚いた。もちろん、「ショージ君」が年下で「老人力」が年上だ、とばかり思っていたのだ。それで、じっさい対談を読んでみたら、やはり赤瀬川の枯れぶり(フリであるにせよ)に比べて、東海林の枯れてなさ具合が目立った。ていうか、なんとなく「ショージ君」を頭に思い浮かべながら「丸かじり」シリーズとか愛読していたのが、65歳である。何年も前から『老人力』を著していながら「え?まだ65歳だったの?」というのと並ぶと、いかにも辛いところだ。本文中に載せてある写真を見比べても、輸入物の養毛剤を朝晩ふりかけ、毛染めもおこたらず、身体も鍛え、という「サイボーグのような」東海林のふっくらした笑顔に無残に浮かんでいる老いの気配が、いかにも痛ましい。しかし、金井美恵子が「繊細なセコさ」と賛美した東海林の感性は、結局そうせざるをえないのじゃないか。あるいは別の言い方をすれば、前衛芸術の人、赤瀬川が自分に与えている場所を、マンガの人である東海林は、自分に禁じることによって、リアルな切迫に身を挺しているのじゃないか。等々。

秋にHMVのサイトで注文購入した小島麻由美を、ようやく先日、開封しMDに落として通勤で聴いている。『マイ・ネーム・イズ・ブルー』のあとに、「ロックステディガール」と「愛しのキッズ」。ここまでほうっておいていまさらいうのもなんだが、悪くない。昔、椎名林檎『無罪モラトリアム』を聴いたときにそうだったように、歌詞がうるさくなくてインストゥルメンタルの曲みたいに何度繰り返し聴いても飽きない。

速達で卒論の草稿届く。電話で指示を送る。あと一週間ある。


 


12月12日。「80年代型教養主義」

某日。夕方近く、いきなり冷たいにわか雨が降ってきて、非常勤先の大学の講師室に逃げ込んでいたら、教授くらいの先生二人連れが入っていらして、「いやあ、雨ですねえ」みたいな会話をしておられる。それで、話の流れで、「春雨じゃ、濡れて行こう、」という文句がでてきたようだ。それで、より若年とみられる女性の先生が「あれはもとは何のせりふなんでしょう?」と言い出され、より年上とみられる男性の先生が「ええと、何だったかなあ」と言っておられる。「歌舞伎かなにかでしょうか?」「いやそれは違うでしょう・・・たしか映画で見た気がするなあ・・・」等々言っておられる。私の座っていた椅子のすぐ後ろに立ってそういう会話をしておられたので、ついつい「月形半平太ですね。「月様、雨が・・・」ときて、「春雨じゃ、濡れて行こう」とくるんでしたね」と口を挟んでしまう。それで、ああ、ああ、そうだった、ということになり、にっこり解決、となったと思ったのだが、「よく覚えてはりますなぁ」と言われたのは、ひょっとしたら要らぬ口を挟むものではないぞ、という意味だったのかもしれない。確かに、黙っていたほうがよかったかもしれない。
たしかに、先生にとっては、それは、昔、自分の時代の映画としてちゃんと見たものだったはずで、私はそれを、数年前に下宿でビデオで見たのだ。何度も映画化されているはずのものの中で、たぶん比較的新しい、大川橋蔵が主演で、監督がマキノ雅弘だってことで見た。ようするに、「教養」の一環として(とはいえ、もちろんマキノ作品は間違いなく面白いので見るのだが)見ていたということで、まぁしょせん私程度の「教養」ではメッキで薄いわけで、それが負い目でもあるけれど、なにしろそういうスタンスなのだ。以前、デートコースペンタゴンロイヤルガーデンの菊池成孔の雑誌(去年の『クイックジャパン』だ!)特集記事の中でよくもわるくもキーワードになっていた言葉を使えば、「80年代型教養主義」というやつなのだと思う(そういえば、7、8年前だったか、「渋谷系」をフィーチュアするような青年文化論を学会発表でやった院生の人がいましたね。いまになって、その意味がわかるような気が・・・しかし、渋谷系・・・)。
村上春樹が『やがて哀しき外国語』(講談社文庫)の中で同じようなことを書いていた。それを思い出したこともあって、「月形半平太、マキノで大川橋蔵でありましたね、夜のシーンのはずなのに、カラーがきれいで、橋のたもとで、傘をさしだして言うんですよね、」というところまでは言わずに飲み込んだ。そんなことを言っても後追いの「教養」の薄さが消えるわけではないのだ。それで、80年代型としましては、その薄さと心中しながら生きていくしかない、というわけなのだ。下宿に帰ってからすぐにインターネットで調べました。映画でヒットシリーズになった、新国劇なのですねえ。それでどうした、というわけではないけれど、気になったら調べて「押さえとく」、という。

しかしまあ、いまの季節なので、「春雨じゃ、濡れて行こう」というよりは、「氷雨」、だと思うのだが、あれを歌っていた歌手が誰だったか、これまた思い出せない。男女いたはずで、どちらもそれなりにヒットしていたはずだ。日野美歌か?→インターネットで検索。そうでした。男のほうは、検索によれば佳山明生という人らしい。なるほど。佳山のデビュー曲で、有線で火がついてヒットして、同時期にすぐ日野がカバーしてまたヒットした、ということらしい。
1977年の曲で、83年に有線大賞だと。というわけで、こちらは「教養」としてではなく、これこそ十代の私の耳に空気のように入り込んでいたものだ。1番と2番と歌詞がチャンポンになるけれどいちおうワンコーラスくらいはそらんじることができるのである。ただまあ、季節は合致していても、大学の講師控室には合わないことおびただしいですね。

そういえば、エイティーズがついに懐旧の対象として流行っている。とうとうそうなってしまったか、と思いながら、TVやラジオから、自分が10代や20代はじめのころに流れていた曲が聴こえてくるのは嬉しい。ベリンダ・カーライルとかね。フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドとか。キム・カーンズの「ベティ・デイヴィスの瞳」が好きで好きで。下宿で普通に聴いていたら、それがTVやラジオで流れるようになって嬉しい、という感じ。


 


12月15日。研究会、まずは、うまく立ち上がったようだ。

きのうは「エスノメソドロジーとコミュニケーション研究会」の第三回だった。当初からご参加くださると手を上げていただいていた、ソーシャルワーク論がご専門の先生に、発表をお願いしたのだが、とても面白かった。ライフストーリー研究、ないし、ナラティヴ研究、というふうにいえるもので、ほかの参加者がエスノメソドロジーとか教育社会学系のエスノグラフィーをやりながら「実践」とのかかわりを模索しているのにたいして、ソーシャルワーク分野のライフストーリー論がどうからみあっていくだろうか、と、当初は心配もしていたのだけれど、ぜんぜん杞憂だった。と思うけれど、発表いただいた先生がどう思われたかがいちばん肝心なところなのだけれど。

まだ喋り足らないのに「そろそろ席を変えてざっくばらんに・・・」とかいってさっさと切り上げてしまう研究会、というのは、嫌いだ。研究者がわざわざ集まっているのは、ごはんを食べたりお酒を飲むためではなくて、議論をするために研究会にきているんである。実は今回も、その調子で4時間くらいぶっ通しでやっていたので、さすがにしまいには「もう発表者の方がしんどいでしょう」ということになって、まあ、さすがに席を移した(じつはお鍋をはさんでもう少し続きみたいな話にもなったけれど)。まあ、貧乏性なのだ。しかし、思い出してみれば、まあ前回は私が発表者だったんでノリノリであまり気にならなかったけれど、第一回なんか、やはりそのぐらいひとりの発表で議論して、そういわれてみると発表者はふらふらになってたような。
今回の研究会が、第3回目までやってみて、まず離陸の段階はうまくいった、と思えてきたのは、そのへんで、いっこは、参加者がおたがいふらふらになるまで議論できる場ができたようだ、というのと、もういっこは、ちゃんと「そろそろこの辺で・・・」というふうにタイミングよく言い出していただける参加者に恵まれた、ということだとおもう(だいたい、私以外のみなさんはちゃんと社会性のある方々なのです)。

STEREOLABのヴォーカルの人が亡くなった、という訃報を新聞で見た。べつにファンでもないし、よく知りもしないのだけれど、なぜかCDを1枚(たぶん代表作でもなんでもないシングル編集盤)持っていて、いま、それを引き出して聴いている。私と同い年だったそうだ。自転車に乗っていてダンプにぶつかって即死。なるほど、こういう音楽だった、それにお似合いの、あっさりとしていかにも涼しげな・・・


 


12月18日。It's Beginning To Look A Lot Like Christmas

昨日が卒論提出日で、なんとか全員提出。ただまあ、これから評価をしなければならないのだが、まあそれはそれとして、ひとまずごくろうさま。

今年も、まあ一番すごかった年に比べれば愕然とするほどラクチンだったにせよ、やはり追い込みの時期には、FAXやメールや電話や速達が飛び交う卒論指導だった。例年、この時期、卒論提出最終日まで気が張って、〆切までに無事提出されたら虚脱状態になる。授業期間も終わって、気がつくとクリスマスなのである。

今年聴いているクリスマスアルバムは、まあこれも中古で買った安売り編集盤なのだが、ビング・クロスビーとか、フランク・シナトラとか、ナット・キング・コールとかエルヴィスとか、定番モノが24曲はいったもの。シナトラの「Let It Snow, Let It Snow, Let It Snow」は、白熊がヒッチハイクをするCMで流れているやつで、中間に入る女性コーラスグループのスイング感が気持ちいい。

クリスマスプレゼント、というわけでもないのだが、大学が出してくれる研究費で、本をまとめ買いしている。パソコンとか買う先生もいてはるけれど、私はほとんど全額で本を買っている。年末に近づいたこの時期に、10万円単位でまとめ買いすると、やはり気分は悪くないですね。段ボール何杯も届く、みたいな。
それで、よく考えてみたら − まあなんていうか、この一年を振り返って、的に考えてみたら − あまり、これ、という本を今年は読んでいなかった。それで、この年末に面白い本を買おうということで、さしあたり、アルチュセールの伝記とジャック・ラカンの伝記を買った。伝記なら読んでも楽しいだろうし、両者とも、伝記的事実と理論内容とがわかちがたくからまりあっているだろう人だ。いずれも分厚いのだが、楽しみに読もう。

そして、これはまだ注文中なのだが、とうとう翻訳が刊行されてしまった、アルチュセールの自伝『未来は長く続く』が届くのを、心待ちにしている。『瘋癲老人日記』と『人間失格』と『共産党宣言』を足して割りきれなくやりきれなくしたようなテキストではないか、と期待している。年内に届いたら、それがクリスマスプレゼントだなあ。


 


12月24日。ジョー・ストラマーが亡くなった。

The Clashは別に好きでもなかった(ダムドが好きで、P.I.L.が好きだった)し、クラッシュの中でもミック・ジョーンズのほうが好きだったわけで、要するに、ジョー・ストラマーというのは真面目さの方向性を間違っていてダサいのではないか、と思っていたわけだったのだが、50歳で亡くなってしまったと聞いて、クラッシュのベスト盤をダビングしたカセットテープを引っ張り出して聴いていたら、やはりよくて、一番好きな「(WHITE MAN) IN HAMMERSMITH PALAIS」を聴いていたら、10年前に聴いたときとおなじようにはらはらと涙が出てきた。

...
The new groups are not concerned
With what there is to be learned
They got Burton suits, ha you think it's funny
Turning rebellion into money

All over people changing their votes
Along with their overcoats
If Adolf Hitler flew in today
They'd send a limousine anyway
...
てなぐあい。ああー真面目さの方向性を間違ってるなァ。たぶん曲がよかったのだと思う。いずれにせよ、ごめいふくを。

それから、こういうことになってしまって言うのもなんですが、よいクリスマスを。


 


12月27日。Walk Out To Winter

目の前に『アルチュセール伝』(ヤン・ムーリエ・ブータン、747頁)や『ジャック・ラカン伝』(エリザベト・ルディネスコ、573頁)を積みながら、ていうかそれが横積みに置かれている段階で危険信号なのだが、この間、何を読んでいたかというと、もっと前から積んどく状態だった『ルイ・アルチュセール 訴訟なき主体』(エリック・マルティ、283頁)や、これは新しく買った『ラカン 哲学空間のエクソダス』(原和之、236頁)、をぱらぱらとめくっていて、まあそのあたりは、当初の予定の外堀を埋めていたとも思えなくもない。前者は、タイトル(駄洒落になっている)だけが気が利いてて、それからアルチュセールが殺害した奥さんの話が出てくる章はやはり面白く、あとは、アルチュセールのファンとしては、ちょっと浅薄な悪口が煙たいんでうんざりさせられる本。後者は、「シニフィアン連鎖」という前半のキーワードをめぐるくだりは興味深かったが、後半の「グラフ」の説明になるともう辿る気が失せて、読み飛ばしながら読んだ。ラカンというと、新宮一成『ラカンの精神分析』(講談社現代新書)が面白かったんで、あれが悪夢の中で書かれたんじゃないかしら、という本だったとすると、まあ、この本は、まあ勉強ノートという感じ。私は別に今のところラカン派の精神分析をちゃんと勉強するというつもりもないので、まあ、後半は目だけ通したという感じ。
それで、そこからどうなったかというと、なぜか大学の近所の本屋でひょっと見つけてしまった『どこにもない都市 どこにもない書物』(清水徹=宮川淳)というのをそれなりに読んでしまい(清水のテキストを宮川がコラージュしてできた、”引用だけからなる書物”、とりあえず美しい)、そこから、宮川淳『鏡・空間・イマージュ』とブランショ『文学空間』とを、積んどく状態から救出して、いま平行して読んでいたりする。まぁ、フランス文学や美術評論ものなど、わからないんだけど、どうせ専門外なので、わからないなりに読んでいると楽しい。
あとはまあちょこまかと何冊か、読みかじったり再読したり。

ジョー・ストラマーが亡くなったことで、思い出したのが、アズテック・カメラというのの歌の歌詞で「・・・君の部屋の壁に貼ってある / ジョー・ストラマーの顔がはがれ落ちる・・・」てのがあったのだということで、それを昔、本で読んだのを、やはりじっさいに聴いてみたくなった。それで、もののついでということで、寒かったけれど駅のところの大きな書店のあるビルまで足を伸ばし − 例によって5km歩いて行って5km歩いて帰った。本の収穫はなくて、CDのほうで、アズテック・カメラの中古CDを無事購入。

...
Faces of Strummer that fell from your wall
And nothing was left where they hung
So sweet and bitter, they're what we found
so drink them down and
Walk out to winter
...「Walk Out To Winter」Aztec Camera

音的には、なんかもう少し青春の翳り的なものがあるかと思っていたのになんかさわやかすぎて、まぁなんてことなかった。

じつは、昨日買った花田祐実の『病めるときも貧しきときも』(双葉社)を読みながら(登場人物の初デートがアズテック・カメラのコンサートだった、という挿話が出てきて一瞬びっくり)、一緒に中古で見つけて買ってきたコレクターズのほうを繰り返し聴いている。このところずっと、「世界を止めて」を聴きたくて仕方なかったのだ。


 


1月1日。謹賀新年。

あけましておめでとうございます。

ことしもまたよい一年になりますように。