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更新メモ(2018/3/31)

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研究室紀要『天理大学生涯教育研究』

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更 新 メ モ


3月31日。年度末は新年度のはじまり。

晴れの日が続いて、桜も満開で、さしせまったしめきりもなく、まずはいいかんじの年度末である。そして4月1日が入学式というわけだから大学のほうは既に新年度のオリエンテーションがはじまっている。まぁ、それをせわしないとみるか、もう慣れちゃったとみるかは、あなたのうけとめかたにもよるだろう。

花粉の季節ということで、うららかな春というのに下宿の窓はしめっきりで、まぁそのへんは気勢があがらないのだけれど、なにしろこの季節のしのぎ方はすでに会得していて、鼻炎薬がよく効くたちらしく、鼻炎が出てきたぞとおもったらすぐに鼻炎薬を飲めばそれでしばらくはおさまるわけで、つまりこじらせさえしなければいいのだということで、とりあえず今シーズンはまだ3回ぐらいしか薬を飲んでない。

3月のあたまには会議とかいくつかあり、また研究室の紀要をまとめて出稿したりしていたのが一通りきりがついて、月の半ばに帰省してのんびりとした。お盆休みや正月と違って、帰省の列車もいたってのんびりとしていて、ちょうど晴れが続いていたころでいかにものんびりと春らしい。それでまぁ手土産に五色豆と八つ橋の詰め合わせを持って帰ってそれを食べながらやっぱり結局は定番がいちばんだねえとか評したり、まぁそうして庭を眺めていたらうぐいすがとんできたり、玄関先のほうの木に止まって鳴いたりしてなんだか春らしいとよろこんでみたり、まぁパラリンピックを見たりカーリングを見たり、それから十両がやってる時間から相撲を見たりして、それで晩になればまた新鮮な魚でおさしみとか、わかさぎフライやふきのとうのてんぷらとか、ふきの炊いたのとか、それでまた大きな鯛がこれも刺身になったりとか、ごちそうをたべてはビールとか日本酒のにごり酒で乾杯乾杯、まぁ愉快愉快といって過ごし、食っちゃ寝ーの生活でひととおり気散じができた。ありがたきかな。

卒業式があり、5回目の担任クラスを卒業させたことになる。まぁ、だんだん担任クラスというかんじもなくなってきて担任らしきこともしなくなってきたのだけれど。

卒業式にあわせて刊行する研究室紀要、今年は研究ノートを載せた。じつは一年前に書いて塩漬けにしてたものなんで、これがいちおう出せたのは自分としてはよろこばしいことである。

・ 石飛和彦(2018)「研究ノート:会議をうまくやる方法の教育と研究について」『天理大学生涯教育研究』no.22.pp.19-34.

まぁ、研究ノートということで肩の力を抜いてということなんだけれど、「会議のやりかた」の研究やカイゼンというテーマは、エスノメソドロジーと相性がいいですよね、というパッケージのしかたで、会議のビジネス書的なハウツーとエスノメソドロジーの会議研究を串刺しにしておさらいしたようなもの。以前、生涯教育ゲームについてさいしょに書いたときとおなじようなかんじがあって、とりあえずまずこういうことがやりたいというのを出して、それから各論みたいなのをやってければというかんじ。

春休みらしい読書、というのは、できなかったなあという感慨、それでまぁ唯一、『早稲田文学』が金井美恵子の特集をやるというので買い求めて読んで、まぁこれは「デビュー50周年」ということなんだけれど、自分は世代的には「目白もの」から入ったわけで(福武文庫の『文章教室』とかね)、気がつけばなんだかんだで30年ぐらいにはなるというわけである。今はもう、新作が出ればいそいそと買い求めては本棚の金井美恵子棚に並べはするものの、こと小説に関してはゆっくりと読む心境から離れてしまっていて、いつか読める日が来るのを楽しみにする本たち、ということになってしまっているんである。なかなかねえ。雑誌の特集を読みながら、こんな日が来るわけだからなあ、とか、でもくりかえし金井美恵子を読んでた日々があったよなあ、とか、まぁそれなりに感慨にひたっていたのは、それもまあそれなりに春らしいことだとはいえなくもないかもしれない。

あわあわとしているうちに年度末、そして年度末は新年度のはじまりなんである。


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