#3372/3372 本会議場 市民の討論広場 メイン会場
★タイトル (********) 25/ 9/12(Fri.) 15: 1 ( 80)
疎外 拓睦
★内容
以前、下記のように書きましたが、少し掘り下げようと
「社会階層の二極化、有効需要を持つ者の可処分時間の低下と、有効需要を持たない者への疎外だ。
ここでいう疎外とはマルクスの疎外とは無関係とではなく嫌味である。」
この単語が、マルクス経済学でどう扱われたのかは承知しています。
wikiからですが、
「賃金労働者は自分自身を疎外(支配)するもの(資本)を再生産する。資本はますます労働者、人
間にとって外的・敵対的なもの、「人間疎外」となっていく」
まあ、産業革命当初のブラック労働であったり極端な貧富格差であったりするので、
いいたいことはわかるが、
そこから暴力革命に行くのはマルクスのルサンチマンのなせる行いでしょう。
本末転倒でしかない。
実際の資本というものは会計学に支配されるものであり、帳簿という単位で完結するものであり、そ
の帳簿というのは労働者とされる人々も持つものであるので、資本からの疎外、というのはピントが
ずれている。
正確には、貨幣の循環流からの疎外、である。
信用創造の実務機関である銀行は融資計画において査定する。
この視点から考えれば、マルクスの言う搾取する資本家というのは、経営の責任を持ち生産物の成否や
組織運営の責務などから資本から非人間的な扱いを受ける存在である。
資本からの疎外があるのならば、それは形而上の話であり全人類に発生する。
世界銀行が中所得国の罠を回避するための提言として、投資、注入、イノベーション、というが生まれ
た貨幣は市中にどどまり金融機関の査定から離れる。
市中中にある、有効需要を切り分けて考えれば実体経済には回らず金融市場で循環し、金融によって金
が金を生む存在になり、実体経済のリソースを増加させず貨幣を食う存在になる。
実体経済の生産物と雇用による有効需要が生まれず貨幣が金融内で循環すれば、購買力の喪失につながり、
購買力がなければ実体経済の生産には回らない悪循環になる。
実際、バブルが発生・破綻を繰り返している以上、市中にでた貨幣は利殖に使われている額のほうが高額
とみるべきでしょう。
一昔から金融緩和が叫ばれて久しく、株式市場が盛況だが実体経済に回っていないと考えられる。
セイの方程式がポンコツなのはケインズが指摘したとおりだが、政府支出で雇用創出による有効需要の増
加、は対策として有効だが、グローバリゼーションで資本がよりやすい人件費の国にいけるようになった
ため、決定打にかける政策になっている。
同時に第四時産業革命はAIによる知性の代替といわれているので、雇用は伸び悩むことになる
とどのつまり、会計学に律された帳簿というものが単体で完結するにはよく出来たものだが、社会という
単位での連結した状態を想定しておらず、その結果として合成の誤謬を作り出すことになる、ということ
である。
当然、このグレートフィルター責任を負うものは居ない。
会計学の枠組みに支配され、自己の帳簿を黒字化するために他社の帳簿を赤字化させるという資本の過当
競争を見ず、信用創造で生まれた貨幣が株式市場に流れバブルを作り出したり、グローバリゼーションを
利用して、もっと安い人件費で人を雇える国に産業が流失したりと、先進国の実体経済に目減りして残っ
た資本が労働環境を悪化させたとしても、単一会計にしか責任を持たない帳簿の理屈では、他人事である。
会計学の欠陥、帳簿の非連結性。
これを認識していないから、野党は自民党が悪いの大合唱しかできない、経済政策に取り組む自民党も陳
腐化しているとはいわれるが、取り組む分だけマシであろう。
しかし、票のために一部の団体だけ弁護するのでは、利権そしられるのも当たり前である。
一方で、貧困対策のために給付金を付けたけれども、需要を増やすことで生産を支えるという認識がない
状態でやったので、中途半端に終わる結果になっている。
そもそも、生産に見合う有効需要の創出となれば、額が足りないし、支出した貨幣が市中に回れば金融市
場が吸収し負株や債権に投資され塩漬けになり不活性化するので、意味がない。
有効需要を増やすために増税では本末転倒だし、貨幣をいう兵力で権力を持っている人からすれば、他者
の帳簿が赤字で自分が黒字なのは歓迎すべき状態である。
それがバブルであろうとも、自分の帳簿が大事なら。
本来なら貨幣というものがリソースの定数量化という機能があるので、この機能がが正常に機能していれ
ばバブルは発生しないはずだけど、オランダでチューリップバブルがあったとおり、機能不全を起こす。
商品の最適値、それを調べる手段もないのが現代社会なので、致し方ない話である。
一方で、マクロ経済の分析では、帳簿を連結した状態で見るが、経済学は帳簿をまとめた状態で見るので
帳簿間の対立、特に生産者と消費者の対立を需要と供給の関係で自動的に片付くといった有様では、話に
ならない。
左翼の大元、であるマルクスは資本家という一部の原因を帰し革命のために経済学を利用したので根本的
に誤っている
下部構造が上部構造を決める、のは世俗では一定の説得力を持つ話だが貨幣という前人類共通の形而上を
相手取るならば、上部下部も存在しない、あるのはその機能と、パラダイムからくるグレートフィルター
である。
結果、貨幣の循環流はじわじわと薄まって不活性化が侵食していく。
こうして循環流の疎外は拡張されていき、社会構造になる。
だからせめて、生存消費は全人類的に保障されるべきとはおもうが、貨幣に纏わる思惑があるので簡単に
はいかないものでしょう
以上、掘り下げましたが経済学は機能不全ですね
拓睦
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