更新日時:20xx年4月1日 25時61分
死の兄弟、遂にアテナの乙女に敗れる
本日のニュース・ネクサスは、大盛況の後に終了したN◎VAアサクサの一大音楽イベント「アサクサFES」からピックアップだ。
これまで数々の対戦相手とオーディエンスたちを冥府への生贄に捧げてきたデス・ブラザーズ。
大盛況だった対戦イベントで遂に、アテナポリス・メイデンズに敗れた彼らは自ら、死の国へと旅立っていった。(もちろん、ステージ上の話である。)
その後死の国から蘇り、めでたく活動再開となった死の兄弟、アイディンとハイレディンを招いて感想を聞いてみよう。
「ダ~イバ~ジェ~ンス。アカウント、持って~る」
例の野太い声で二人はポケットロンを出してくれた。対決前、ステージに挨拶してきたノエル・アヴァロンを前に端末を取り出すとその場で通信して会場の笑いを取った二人だが、そのギャグのセンスは相変わらずのようだ。
「ジ・ア~キテ~クト」
ふむ、ノエルPを前にあのコールタール時代のハンドルで呼びかけるのを忘れていたのが、あのステージでのパフォーマンスの心残りだそうだ。このギャグのセンスは相変わらずである。
所属レコードを移り、Divergenceでも今後楽曲を発表していくという二人。スティクスの河の如き野太いビートはしばらく楽しめそうだ。
メイデンズの誕生
連戦連勝、生贄をハデスに送り続けてきたデス・ブラザーズを見事破り、満場の歓声とともに迎えられた新星アテナポリス・メイデンズ。その実力はまだ荒削りながら、新曲や関連PVの再生数は10万を越え、ダイバージェンスを賑わすクールな波動のひとつになっている。
一見お嬢様風の外見ながら骨太のパフォーマンスとキュートで伸びやかなボイスで曲を彩り、メイデンズのフロントマンとなっているボーカルのアリスさんを本日は迎えてみた。
「いつもはアテナポリスで働いてます。今回の事件の功労者のテミスさんの後輩なんです。でも昔からの夢だった音楽も捨て切れなくて、いつも夜はダイバージェンスにアクセスしたり、休みの日もスタジオやレッスンに通ってたの。今回のデビューは夢みたいだわ!」
アテナの乙女はいまだ興奮冷めやらぬようだ。
「アサクサFESのための急ごしらえのバンドなのはあたしたちが一番分かっているのよ。でも気にしてないわ。バンド名を考えてくれたのはノエルPだけど、本人もそれをジョークの種にしてるもの。
実況動画でツッコミ字幕で画面が見えなくなった時はこっちが笑っちゃったわ。メイデンズなのに男もいるじゃないかってね。まあ、あれは……ツッコミ待ちということで(笑)」
メイデンズのPVにタグを付けるのはもはや約束になっているが、本人たちは異色のデビュー方法となったことは気にしていないようだ。
「始まりがどんな形だったかなんて問題じゃないの。あたしにとってはこれはまたとないチャンスなのよ。今まで世界を変えてきた偉大なアーチストたちが最初は小さなところから、最初の一歩を踏み出したように。あたしはできることを精一杯やるだけよ」
尊敬するアーチストはブルーベリーだというアリスさん。いつかステージで挨拶するのが夢だそうだ。
「伝説はヤロールの前から始まった」
そんなメイデンズのサウンドを支えるベーシストのブライアンさんにも聞いてみた。今まではレッドエリアのライブハウスを転々、様々なバンドを脇からサポートしてきたという。
「今まではなかなかチャンスに恵まれなくてね。いつもダチとあの界隈でつるんでたよ。あの《ヤロール》で前座のバックバンドとして出演したこともあるんだ」
そんな、ストリートを庭として生きてきたブライアンさんだが、チャンスは突然訪れたという。
「あの日もたまたま《ヤロール》の前を歩いてたんだ。見慣れないレッガーと育ちの良さそうなマネキンがいて――この人たちが今回の事件の立役者だったんだな――そこへ、スポーツカーが滑るように止まってきた。珍しいから歩いていた奴らは全員振り返ったね。ピカピカのモンツァ・ダブルエックスのニューモデルだ。塗装も洒落たユーロスタイルで、おグリーンなエグゼク連中とも何か違う雰囲気がした。あの車のドアが開いた瞬間、何か新しいことが起こる。あの時そう感じたよ」
そしてその予感は現実に変わった。
「まさにニューロ!だったよ。見間違えようがなかった。運転席から降りてきたのはノエル・アヴァロンじゃないか! コールタールの生ける伝説が目の前にいる。強烈なシンセビートでノックダウンされたみたいだったね」
「ここら界隈で音楽をやってる連中も、“Dive-in-coaltor”は必ず知ってる。本気で音楽をやってて、コールタールが遺した伝説を知らない奴はモグリだ。俺もプラチナムディスクを持ってるよ。実はキーボードのノエル社長がメインのじゃなくて、リードボーカルのエドワード・クロースのソロのだけど(笑)
ちょっと話して、チップを渡されてしばらく車を見ててくれないかと頼まれた。俺もファンで、ダイバージェンスのアカウントも持ってることを話してポケットロンを見せた。そうしたら社長の方から、その場でわざわざフレンズ申請をしてくれたんだ。フランクすぎてこっちが驚いたね」
この“ノエルP”からのフレンズ申請メールは、ブライアンさんのSNSホームのダイアリーに一般公開で今でも記念に残しているそうだ。これから音楽を志す人たちを応援したいとのこと。
いつかアテナポリス・メイデンズの伝説が形になったら――そのバイオグラフィーの先頭にはこう記されるだろう。「その伝説はヤロールの前から始まった」と。うむ、まるでストリートで語られる伝説的な殺し屋、ヤシャのようではないか。
バーグラー・レコード躍進の秘密――そこには「ステマ」が
音楽界の各方面に躍進を続けるバーグラー・レコード。その手法に不正があったことは、アサクサFES最終日のパフォーマンスで大きく報道された。
ダイバージェンス社CEOのノエル社長の談話と共に3Dスクリーンを飾った資料には、半分ジョークでこうした活動を指す言葉「ステマ」が使われたことでも話題になった。
(二世代前のサイバースペースで流行ったネットスラングである。詳細はニューロペディア参照。)
現在、電脳空間N◎VAリージョンのニューロキッズの間では、この「ステマ」のアスキーアートを貼り付けるのが流行っている。
バーグラー・レコードのこうした影の活動の中核は、なんら証拠はないものの――読者の99%は予想が付いているだろう、有名な某氏であると考えられている。ところが、この某氏はアサクサFES以降まったく音沙汰もない。噂では、急遽北米連合の本拠地に引き返し力を蓄えているともいう。
この某氏についてはノエル社長もこうコメントしている。
「意外に思われるかもしれないが、僕はゴールドスミス氏を尊敬しているんだ。彼はビジネスパーソンとしてはとても優秀だからね。プロデューサーとしてはまあその、メソッドに色々あるけれど(笑)
彼ほどの人物だ、これぐらいで撤退するはずもないだろう。来年のアサクサFESにもしも来てくれたら歓迎するよ」
「来年のアサクサFESは僕のDivergenceが全面的に後援することで契約も決まった。ダイバージェンスがフロントにいる限り、すべてのイベントで公正を約束するよ。CMEも、フリーランスも、このDivergenceでオリジナル楽曲を発表しているみんなも、全ての人にパフォーマンスの権利が与えられている。公正な場で、あくまで音楽で勝負しよう」
古の騎士道精神に習い、勝負は正々堂々とという訳だ。音楽という武器を持った吟遊詩人たちの集結を、来年のアサクサFESは待つ。
心に雨を降らす男
今回のアサクサFESの報道では印象的な写真が幾つかメディアを飾った。満場の歓声、懐からトロンを出して見せたデス・ブラザーズの対戦前のアドリブパフォーマンス、無事に復帰したFES代表の日上ユウヤ氏とテミス女史のツーショット。そして事件の後、握手を交わすデス・ブラザーズとノエルP。
これらの報道はN◎VAスポの信も篤いカメラマン、“雨憑き”神後 恭介の手によるものだ。
表舞台への登場をあえて好まない氏の経歴は多岐に渡り、かつてはミトラスの戦場カメラマンとして臨場感ある生の写真の数々を送り、現在はあえて低俗な三文記事を主題に捉えているという。
神後恭介氏に関してはN◎VAスポの名編集長、九条政次氏がこうコメントしている。
「アイツの心の雨も、少しは晴れるといいんだがな……」
九条氏には珍しく、イイ発言だ。煙草を咥えて外を見やる氏の表情には、ドヤ顔が混じっていたことを付け加えておかねばなるまい。
|