コンチキ号漂流記で有名になった米国ナショナル社のNC−173通信型受信機
米国ナショナル社のNC−173受信機です。この受信機は、ノルウェーの若き考古学者ハイエルダールの「コンチキ号漂流記」で有名になりました。「コンチキ号漂流記」とは、ハイエルダールの唱える学説(ポリネシア諸島の人々の祖先は、かつて南米大陸から、太平洋を渡って移住してきたという説)の妥当性を立証するため、1940年代後半に自ら、バルサの大木で作った筏(いかだ)で南米ペルーの一港から南太平洋ポリネシアの島にたどり着くまでの約110日にわたる漂流の記録を冒険小説にしたものです。この筏にはハイエルダールを含め6人の冒険家たちが搭乗しています。アマチュア無線技師も搭乗しており、“LI2B”というコールサインで航海途中の無事を報告したり、気象情報の提供を行ったりしていました。このときの無線機(受信機)として、ナショナルのNC−173が使われました。110日間、潮風に晒されたり、時には海水を浴びながらも動作しつづけたタフな受信機です。
“コンチキ号”と聞くと、私なりの思い出があります。小学3年生の時、“学級活動(今のホームルーム)”の時間に、この「コンチキ号漂流記」をみんなで輪読をしたことを思い出します。週2回の学級活動でしたが、その日の当番が朗読し、読み進んだところを、模造紙に書かれた手書きの太平洋地図に筏のマークをピンで貼りつけました。このマークを逐次移動させていくことで自分たちがあたかもこの冒険に参加しているような雰囲気を味わったことを今でも覚えています。当時、週2回の学活が楽しみで、みんなわくわくして、この漂流記に耳を傾けたものでした。そんな思い出のある“コンチキ号”で有名な受信機を手に入れることが出来ました。
アンバー色のハーフムーン型ダイアルが印象的です。
写真からわかるように、ハーフムーン型のダイアルやツマミが左右対称に配置された美しいスタイルです。この受信機のあとハリクラフターズなどが、SX96やSX99、SX100にこのハーフムーン型ダイアルを採用して受信機のひとつのスタイルを確立したようです。NC−173は、シンプルな高1中2のシングルスーパーヘテロダイン構成です。中間周波数は、455KHzです。受信周波数は、0.54〜31MHzのHF4バンドと48〜56MHzのVHF1バンドの範囲が受信可能です。
シャーシ内部
各部の構成は、
部位 |
真空管名 |
高周波増幅 |
6SG7 |
周波数混合 |
6SA7 |
局部発信 |
6J5 |
中間周波増幅1段目 |
6SG7 |
中間周波増幅2段目 |
6SG7 |
検波・AVC |
6H6 |
ノイズリミッタ |
6H6 |
AVC増幅 |
6AC7 |
ビート発信 |
6SJ7 |
低周波増幅 |
6SJ7 |
電力増幅 |
6V6GT |
定電圧放電管 |
0D3(VR150) |
両派整流 |
5Y3 |
です。ブロックダイアグラムを別紙に示します。
真空管は13球を使っています。整流管、電力増幅管、定電圧放電管以外はすべてメタル管が採用されています。また中間周波増幅段には、クリスタルを使ったフェーズコントロール型の選択度6段階可変機構を備えています。CWからAMまで受信し易い選択度が選べます。AVC(AGC)も増幅型です。当時としては贅沢な設計でしょう。
入手したNC−173は、AS−ISの状態でしたので、クリーニングだけでなく、手直しや調整が必要な状態でした。まず、ケースやツマミなど外せるものは外して中性洗剤を使って洗浄しました。シャーシなどの金属部分は錆とりや金属ブラシであらかた汚れを落して、その後、金属磨きをつけたウェスできれいにしました。これでほぼ外観はきれいになりました。クリーニングのために外した真空管もすべて真空管テスタ(本コーナで紹介済の真空管テスタです)で測定しました。幸いにも、多少の劣化はあるものの、すべて通常使用には問題ないレベル(棄却Gm値より十分上まっている値)でしたので、真空管もウェスで磨いてきれいにしました。
チューニングギアダイアル機構(メイン、バンドスプレッド)
周波数ダイアル目盛板も外してきれいにクリーニングしました。チューニング機構は、かなり凝ったつくりになっていました。バリコンの180度回転に対してダイアル目盛板は270度回転です。このために凝ったギア機構を搭載しています。メイン同調のバリコンは大型でいかにも安定そうな、周波数直線型バリコンが使われています。ダイアル機構と合わせて実に贅沢なつくりです。しばらくじっと見入ってしまいました。
メインバリコン、バンドスプレッドバリコン
次は部品の確認です。選択度可変用バリコンの廻りがよくありませんでした。ばらしてみたとところ、ステータとロータを固定するタイトの板が割れていました。割れは複雑骨折状態だったのでジグゾーパズルのように組立て接着剤で修復するのは不可能でした。仕方ないので手持ちのアクリル版でバリコンの架台を作り直すことにしました。寸法、ビス穴のサイズや位置をノギスで測り、同じものをつくりました。ロータやステータを元のタイトの架台から取り外し、作ったアクリル版の架台に付け直しました。シャフトを固定するためにシャフトの付け根にスプリングワッシャがはめ込んでありこれを付け直すのにてこずりましたが、何とか復元できました。その後、元の位置に取り付けました。通電時に動作確認します。
破損した位相調整バリコン(修復前)
アクリル板で修復したバリコン
元の位置に取り付けたところ(修復後)
次に、劣化した抵抗・コンデンサ類の交換です。電源を入れた状態で、各真空管の端子電圧を迅速に測定しました。電力増幅部管(6V6GT)のコントロールグリッド(G1)の電圧が通常、マイナスになるところプラスになっているところがありました。前段(6SJ7のプレート)と結合しているカップリングコンデンサの絶縁不良と考えられますので手持ちのフィルムコンデンサに交換しました。念の為、同種のコンデンサはすべて交換しました。あわせて電解コンデサなども交換しました。シャーシ内部もゆったりとした配線ですので、交換も簡単です。こういう多き余裕のあるシャーシ配線を見ているとアメリカの古きよき時代が伝わってきそうです。
コンデンサの交換後
交換後、再度、各部の電圧を迅速に測定しました。おおむねOKです。真空管も事前に真空管テスタで確認しておいたのでよって予想通りです。したがって抵抗は交換の必要なしとしました。
これで、大体連続通電してもよさそうな状況になりましたので、スピーカとアンテナを繋いでみました。バンドはAMの放送帯にしてRFゲインやAFゲインを抵当なところにセットして同調ダイアルを回してみます。主だった局の放送が受信できています。音質も問題ありません。AVCの動作もOKのようです。事前にコンデンサを交換しておいたので
音の歪などはありませんでした。
ダイアル目盛板をとりつけ通電しているところ
次に今回作り直した選択度可変用バリコンのチェックをしました。選択度設定用のロータリスイッチを回して位相可変バリコンを有効にします。このバリコンを適当にまわして、信号のディップがあるか確認をしました。結果OKです。復元したバリコンも問題なく使えるようです。
あとは、調整です。調整をする前に、洗浄のために外したケースやツマミ類をもとにもどしました。その後、IFTの調整、BFOの調整、トラッキング調整を行いました。
リストア完了後
調整後、しばらくAM放送を聞いていました。低周波部分は、簡易的なトーンコントロールを備えていますので、AM受信でも好みの音質で聞く事が出来ます。また出力トランスもコアボリュウムのあるものが使われており、更に2次側から前段へ(低周波増幅段)負帰還がかけられており、HiFiをねらった設計になっています。6V6シングルとあいまってダンピングのあるすばらしい音質でなってくれます。部屋を暗くしてみると、アンバー色のダイアルとSメータがぽっかりと浮かびあがり、暖かさが感じられます。工作コーナで紹介のAMワイヤレスプレーヤで、送信した古いJAZZなどの音楽をこのNC-173で聞くとなんともいえない味わいがあります。1940年代後半の受信機としては安定度もよく、感度も申し分ありません。短波放送も一旦ダイアルをあわしたあと、その後ドリフトの心配も無く安定して受信できます。最後にちょっと大げさかもしれませんが、持つことに誇りを与えてくれる受信機のひとつではないかと思います。あんまりこの受信機が気にいったので、この受信機のシリーズ(NC−183、NC−183D)を収集するはめになってしまいました。リストアは完了したら紹介したいと思います。