914年 蒲原の津に弘法大師創立の放光院あり(「延喜式」)
1202年 印信法印京都西山より別当職として来住
1212年 越後御流罪の親鸞聖人御来寺 印信は常聞房法爾と放光院は鳥屋野院と改名し弟子となる
1221年 佐渡渡海前に順徳天皇御来寺 御歌と御念持仏御寄進 勅命を下し寺号を金波山鳥屋野院浄光寺と改名
1244年 佐渡西三川金山開発をし別院法名院を建立した法爾弟子正全房信応没す
1449年 蓮如上人御来寺 六字名号下賜
1503年 実如上人より竹筆九字名号下賜
1533年 実悟上人「蓮如上人遺徳記」に当寺の事を記す
1555年 当寺所蔵の宗祖三筆を本山に上納
1568年 蓮如の孫顕誓「反故裏書」に当寺の事を記す
1577年 石山本願寺合戦の功により顕如上人尊像を賜る
1647年 本堂落雷により焼失
1671年 度々の水害により鳥屋野の地(現西方寺)により現在地に移転
1675年 本願寺派に転派した為末寺18ヶ寺と門徒2,500戸を失う
1680年 本堂焼失
1731年 是心「親鸞聖人二十四輩記」に当寺の事を記す
1803年 了貞「二十四輩巡拝図絵」に当寺図絵掲載
1845年 境内地35,000坪政府に没収
1863年 本堂焼失
1864年 十二間本堂落成
1869年 境内地5,000坪政府に没収
1880年 本堂焼失
1901年 十一間本堂落成
1909年 本堂焼失
1939年 十一間本堂落成
1997年 平成の大改修落成
「二十四輩巡拝図絵」より