NHK-FM サタデー HOT リクエスト 公開録音

2002.12.28 14:00〜

 久しぶりにやって来た、渋谷は NHK スタジオパーク。でもこの年末年始の時期はスタジオパークはお休みなので、集合場所がいつもの玄関前ではなく、内玄関の郵便局前ということで、ちょっと迷ってしまいましたがなんとか到着。友人との整理番号が比較的近かったので、スタッフの方に頼むと、遅い方の番号に合せるのならかまいませんという事で、1時半過ぎに505スタジオに入り、二人並んで座る事ができました。出入りは自由なのですが、トイレもパーク内のは使えないので、スタジオのを使う事になり、いつもと違う場所を見ることができて、ちょっと面白かったです。
 2時から6時50分まで生放送されるサタリク。スタジオパークのオープンスタジオでやっていた時は最後まで観覧できたのですが、505スタジオになってからは、5時過ぎまでしかできませんが、今日の淳くんは4時30頃からの「噂のホットゲスト」のコーナーゲストなので、あまり関係なさそうです。ここ505スタジオは、デビュー当時の光GENJIがNHKのオーディションを受けた所で、ちゃんとした低めの舞台があって、舞台の右隅にテーブルと椅子が4つ、その後ろに衝立てがあって、左にはライブが出来るだけのスペースがあります。
 最初に、今日のスケジュールや注意のお知らせがあって、2時前に、杏子さん、コタニキンヤ君、ジニー・リーちゃんが客席の方から登場。お客さんは立ち見の方もいました。待つ事2時間半以上、コタニ君に疲れが見え始め、とても盛り上がった、レギュラーの帰国子女(?)のLiLiCoさんを交えてのコーナーが終わって、LiLiCoさんが退席し、彼女のファンの男性数人が帰った後、コタニ君の「ドラマ、バラエティーなど幅広く活躍しています、山本淳一さんです!」で、衝立ての後ろから、やっと淳くん登場。拍手と「淳く〜ん!」のかけ声。
 淳くんは、黒のぴったりとしたハイネックのセーターに、赤、白、黒の細い横縞の薄いマフラーを首にかけ、黒のゆるめのGパンに茶色の靴。例の十字架と指輪のついたペンダント、右指にはシルバーのリングが2つ、左は親指以外全部にしている!と思ったら、人さし指と小指のリングが繋がっていて、2個のU字の半リングを中指と薬指に引っ掛けるようになっている変わったデザインの指輪でした。曲がかかっている時に、指からはずして杏子さん達に見せていたので、わかりました。

 「こんにちは!」と、客席とレギュラー陣におじぎであいさつした後、椅子に座ると、「さっきのLiLiCo!…」と呼び捨ての淳くんの声に、LiLiCoさんが衝立ての陰から顔を覗かせ、「すいません」と淳くんの横にやって来ました(爆笑)。「そこに立ってろ。日本語教えたの僕(笑)」と横柄な淳くんに、「マジで!」と驚くコタニ君。スタッフの方がLiLiCoさんの椅子をもってきて、「日本に来た時に…」と本格的にお喋りが始まったので、さっき帰ったLiLiCOさんのファンの方にちょっと同情してしまいました。
 LiLiCOさんが日本に来た時、ちょうど「ガラスの十代」がヒットしていて、それを聞いて、振りとかも覚えたらしく、淳くんとはお互いの友人たちのつながりで、全くプライベートな場所で会ったとか。会った時、LiLiCOさんは「おお!ガラスの十代よ!」と思ったそうで、淳くんは「恋愛関係全く無し!」と答えていました(笑)。コタニ君ともLiLiCOさんのライブで会った事があるそうで、「パンジーで!小学校1年の時、下敷き持っていましたから!」と感動するコタニ君に、「バンジーだからね」と訂正する淳くん(笑)「変わって無い」とみんなから言われていました。杏子さんは、テレビの歌番組の楽屋とかで出合った時、「まだ、お子さまで!穢れなき少年という感じ!」と思ったそうで、「挨拶とかちゃんとしていて、特に山本くんはイメージ、好青年…」に見えたとか(笑)
 LiLiCOさんは、「ガラスの十代」の振りを間違って覚えていた所があって、「知ってる?」と、最後の部分を口ずさみながら、座ったままで手の振りを一生懸命に説明、「で、ここがグーじゃなくて、パーだった!」と淳くんと二人一緒に言ったので、大爆笑。「十何年間違えて覚えてて、やっと解ったので、(淳くんには)もう用は無い!」そうで(笑)「言いたい事は言ったから」と、二人でお笑いのコンビのような掛け合いをした後、LiLiCOさんは帰っていきました。杏子さん達の話によると、LiLiCOさんが「今日はゲストに山本くんが来る」とソワソワしていたので、ファンなのかしらと思っていたそうです。
 昔、事務所の先輩と共演した杏子さんの舞台を観に来た淳くんに、杏子さんは「もうっっ!ほんとに!かわいいっっ!」と言ったらしく、「可愛いっ!て言われた事が一生残ってる」と淳くんは嬉しかったようです。淳くんが18才、90年くらいの事だったようですが、「ずーっときて30になっちゃいました」と言う淳くんに、「え〜!」と客席と3人(^^;「変わらない!」と言うコタニ君に、淳くんが年令をたずねると、「ぼくは23です」「23!」と驚く淳くん。反応のない客席に「どう言う意味だよ!」とコタニ君。「今のはもっと若いかなっという…」という淳くんに、「ありがとうございます」というコタニ君と「え〜?」という客席(笑)ジニーちゃんの年を聞いたりした後(コタニ君と同じだったかな?)、「年令の話はここまで」と自分の前を手で仕切った杏子さんに、「今、ここでビシッと。入っていけなかった(笑)」と淳くん。
 「キャリア的にもすごキャリアをお持ちで…」と話を変える杏子さんに、「サタリク先代の太川さんの時、舞台とかのお仕事で1ヶ月いなくなる時とか、たまにやらしていただいたり…」と淳くん。コタニ君の、「私達の先輩です。アウトドアの日曜の朝(土曜じゃないかな?)とかにやっていた…」から、初級キャンプ指導員の資格の話に。テント張る時に、一個部品がない場合どうするかとか、磁石を使って今どこにいるかを確認するとか、場合に応じた紐の結び方とか、応用力が必要とされるという話。最後のキャンプファイヤーの一芸で何を見せたかという話に、淳くんが「僕は歌を歌った」と言うと、「河原でスケートは無理!」とコタニ君。
 「アウトドアは自然がある限りできる。冬は暖かい。雪の上にテント張って、僕はお酒を飲まないけど、飲んだらぽかぽかするんだろうな。鍋もなかなか暖まらないけれど、朝起きると雪の上にウサギの足跡が…」と話す淳くんに、「かわいい〜!」と杏子さん。「それってビバークとは違って?」と聞くコタニ君に、「遭難じゃ無くて、それを目的に行く!秘境にも行く!ぜんぜん怖いもの無し!どんどん地球を知って行きたい!」と楽しそうに答える淳くんでした。
 杏子さんの「曲ですが、作詞をされたとか?」に、「自分への応援歌でもあるし、『うわ〜っ!』と思っていた所に道が見えたというか、元気になる曲だと思います。」と淳くん。「Eternaly」へ。

 曲の間に、「ウルルン」で行った秘境の話をして、杏子さん達に驚かれていたようですが、マイクが切られているので細かい事は聞こえませんでした。曲が終わって「artlessは造語かと思った」と言う杏子さんに、「飾らないでいこう、飾らないというか自然に、ネイチャーとかナチュラルとかいう自然とは違って、中身というか、飾らないそのままでいこう」という意味だと答えていました。「4曲中3曲を作詞。初めてのアイテムなので、どこに視点を置けばいいのか、普通の生活の事を書くのか、夢みたいな事を書くのか、色々考えると訳が解らなくなる」と淳くん。夜中にし〜んとした所だとスラスラと書けるそうです。
 「詞を書くのはどうい所で?」と、杏子さんとコタニ君に聞く淳くん。お二人は、「けっこううるさい所、スタジオとかみんながワーワー言ってる所。モチーフは日頃から暖めておいて、雑踏の中に居て集中する」そうですが、淳くんは「めちゃめちゃの中に居ると、詞がめちゃめちゃになる。」そうです。「何も無い方がいろんな絵が出て来る、赤だったりピンクだったり」と言う淳くんに、「色が出て来るの?」と驚く杏子さん。淳くんは、夜型というか、朝型なので、静かな夜中2時3時が4時が一番ピークで、冴えるとか。外にいても星を見ながらとか、高速に乗っていても、考える事があると、音を全部消して、ラジオも消して、車の音だけで集中するそうです。そうすると、苦労しないで、パパパッと出てくるとか。
 「artlessというのは(作った)その時に思った事で、流れてる時間があって、合っているか合っていないか、今は答えが違っているかも、こんな事じゃ無い事を言いたかったのかもしれない。この時の山本はこう考えていたけれど、今は‥」と話す淳くん。「レコーディングを進めて行くとまた違ってきちゃったり」と言う杏子さんに、「また同じ事を書いていたり(笑)」と淳くん。「動いているって事は、かなりすごい勢いでのスピードで進んでいるって事ですね。」と杏子さん。
 「メンバー7人から1人になったという事で、色々あったのかな、自分の中でね(笑)。言葉には言い表せなかったけど。」と淳くん。杏子さんの「良くも悪くも守られていた?」に、「ありますね。そういうがなくなった事を実感した瞬間、いろいろ見えて、これでいいのか悪いのかとか、山本淳一の中身を知ってもらうにはとか、かなり精神的には違ってきちゃってる」と淳くん。
 「次に『 It' all my things 』これは?」には、「全部自分が持っている物なので、何を言われようとされようと、答えはいっぱいあるだろうし、逃げる事なく向かって行けばいい、という事をすスラスラッと言っている歌詞なんで…」と答えて、「It's all my things 」へ。

 次は聴視者から淳くんへのメッセージからの質問。「来年はどんな年にしたいですか?」に「来年は…」と考えた後、「自分を大事にして、芝居なり、どんどん山本を出していきたい。アウトドアの部分では力を抜いて、自然に自由でいたい。夢は口にすれば叶う!と思うので、マイペースで行く事を一番大事にして行こうかな。口でいうのは簡単なんですけれど、焦っちゃたり、空回りしちゃったりするんですけれど」と淳くん。「それはね、しますよね。」と杏子さん。「夢は口にすれば叶うに、キュ〜ンとしちゃった!すごく感動!」とジニーちゃん。「来年からはそうしようかな」と続けると、「口にする自らと努力するからね」とコタニ君。素敵な言葉を教えてもらったと感謝しているジニーちゃんに、「とんでもない!」と照れる淳くんでした(笑)
 「今年は大阪と東京でDSやられて、ファンの方も行かれて(客席の方を見ると、ファンが拍手)どんな形で?」と聞かれ、「どんな形?…今回はバンド、生バンドを使わずにコンピューターシステム、マニピュレーターみたいな感じで、全部入れてあるんですけど。ディナーショーなので、テーブルで食事をされている時に、それぞれメッセージをとって、曲と一緒にメッセージがすぐに流れてきたり、そういうびっくり!みたいのがあったり」と答える淳くんに、「そうか!食事している間にとったメッセージを、編集とか、すぐに繋いで、くっつけて流して!」と杏子さんと「すごい!良いですね!」とコタニ君。お二人とも、同じミュージシャンとして、とても興味がわいたようでした。「普通の生バンドでは出来ないし、MDとかCDとかの、ただのカラオケでやるのでも出来ない、レアでオリジナルな…」と淳くん。「ある意味ファンの方も参加できるという…それは楽しかったのね」と、小さな子供に言うような言い方を杏子さんがしたので、笑い声が起こり、「一つの恒例になったらいいな」と淳くんも笑いながら答えていました。
 「来年2月28日が誕生日だとか?」(拍手)に、「親に聞いたら28日だと、朝生まれたと(淳くん、夜を言い間違えたようです)ああ!良かったっていう、4年に1度じゃ無かった!」と淳くん。「この日はファンクラブで何か?」に、「ファンクラブに入っている人達と、一緒に企画して。誕生日なのに俺が歌ってどうする、祝ってくれよみたいな(笑)。いろんな企画を立てて楽しくやりたいなと思っているので、何か聞きたいなと思った方は、JUNNICHI REPUBLIC というホームページがありますので、そこを見てもらって…」。「後、ちょうど2ヶ月」と言われ、「31でございます」と淳くん。「まだまだ!」と杏子さん。「これからだと思ってます!全然焦っている事も無くね?年令の話題になると、3人のね?」とジニーちゃんとコタニ君の方を見る淳くん(笑)。
 「今、話を聞いているとすごく、すごいスピードで進んでるんですよね。今、そう感じる」と、身体は客席の方、顔は斜め横に座る淳くんの方を見て話す杏子さんに、思わず「色っぽいですよね、この斜め具合が…」と淳くん(笑)。杏子さんが、照れながらも「(スタッフに時間を)うながされちゃった」と言うと、「もうそんな話はいいって?」と淳くんがスタッフに答えて、大爆笑に。「逆にエネルギーをいただいちゃって」と言う杏子さんに、「いいえ、そんな、とんでもない」と淳くん。「ありがとうございました」とみんなが言って、「お客さまは山本淳一さんでした」と言うジニーちゃんの言葉で拍手、そして「陽はまた昇り」が掛かりました。
 送ろうとするみんなを無視して(笑)、ジニーちゃんに何かを聞いている淳くん。番組の最初の方でジニーちゃんが言っていた、韓国語での「あけましておめでとう(あなたに福が来ますようにという意味)」を憶えようとしたけれど無理なので、スタッフに紙を貰ってメモをし、笑っているみんなにおじぎをして、「山本淳一さんでしたー!」とコタニ君の言葉に送られて帰りました。一度衝立ての後ろに入ってから、ちょっこと戻って顔を出し(笑)、手を振って帰っていきました。相変わらず、最後までサービス精神のある人です。

 淳くんがよく出演していた頃から、どーにも「サタリク」とは相性の悪かった私・芽衣、今回も絶対休めない年末最後の土曜日の出演となったので、残念ながらスタジオ観覧には行けませんでした…。このレポートは11月から2ヶ月、沢山淳くんに会って、私の代わりにいつも詳しくレポートをしてくれた、あんりさんのご報告を元に、芽衣が一部編集をしました。あんりさん、今回もどうもありがとうございました(*^^*)

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