東京高等裁判所控訴審判決(含地裁判決)1995年9月28日


一審の東京地裁の判決は1994年4月14日でした.控訴審判決は,当初1995年7月27日の予定でしたが,7月5日の西淀川道路公害大阪地裁判決,7月7日の国道43号線最高裁判決で,相次いで住民勝利の判断がなされたこともあって,判決言い渡しの延期がありました.しかし,結果は変わらず私たちの全面敗訴となりました.

控訴審判決は,一審判決を修正するというスタイルで書かれるため,全体を読み通すことがむずかしくなっています.この不便さを解消するため,一審の東京地裁判決と二審の東京高裁判決を合わせた形で編集し直しました.一審判決から削除された部分は赤色で,控訴審で新たに加えられた部分は紫色で表してあります.なお,ここに紹介するのは,判決の内,理由部分だけに限られており,事実部分は省略しました.また,判決文中原告番号四〇九から四二三,あるいは控訴人番号一八三から一八七に該当するのは,拡幅用地内に土地・建物等を所有する地権者で,それ以外はすべて道路周辺の住民です.


主       文

一 本件各控訴を棄却する.

二 控訴費用は控訴人らの負担とする.

 

事       実

   (略)

 

理       由

一 請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない.

二 原告らの本件訴えについての原告適格の有無について

1 行政事件訴訟法九条に規定する行政処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有する者とは,当該処分により自己の権利又は法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい,右の法律上保護された利益とは,当該処分の根拠となった行政法規が私人等の権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることによって保護されている利益をいうものと解される.そして,特定の行政法規について,ある利益が右の法律上保護された利益に当るものといえるかどうかは,当該行政法規がその利益を一般的,抽象的にではなく,個別的,具体的な利益として保護するものであるかどうかを,当該行政法規の趣旨,目的,当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容,性質等を総合的に考慮し判断することによって,決せられるべきである.

 原告らは,行政事件訴訟法九条にいう法律上の利益を有する者とは,裁判所が具体的事案において原告の主張する利益が裁判上保護に値するかどうかを判断して訴えの利益を肯定できるものをいうと解すべきであると主張するが,そのような見解によれば,特定の者が当該訴えについて原告適格を有するかどうかを判断する具体的な基準が定立されないこととなって相当でないから,これを採用することはできない.

2 法五九条の規定による認可又は承認がされると,都市計画事業の施行者には事業地内の土地の収用又は使用の権限が付与され(法七〇条一項,法六九条,土地収用法五条等),また,右認可又は承認の告示がされると,当該事業地内における土地等の所有権や使用権について,法六五条(土地の形質の変更,建築等の制限),法六七条(土地建物等の先買い)等に規定するような制約が課されることとされている.したがって,その認可又は承認に係る事業地内の土地等に関して権利を有する者は,その認可又は承認によって自己の権利を侵害され又は必然的に侵害されるおそれが生じることとなるから,その取消しを求める法律上の利益を有するということができる.

 一方において,原告らの主張するような本件認可又は承認に係る事業地付近の住民の大気汚染による健康もしくは地盤沈下の被害を受けないという利益又はこれらの住民の良好な生活環境を享受するという利益については,個々の住民に帰属する利益として個別具体的に保護するため法が行政権の行使に制約を課すことを窺わせるような趣旨の規定は見当たらない.

 原告は法制定の経緯や法二条の基本理念,法一三条には環境保護を目的とする規定が多いこと,法が公害対策基本法等の公害防止を目的とする法律と連動する法律であること等を理由として,法が付近の住民のこれらの利益を個別的具体的にも保護していると解すべきであると主張する.たしかに,法二条は,健康で文化的な都市生活の確保を法の基本理念の一つとして規定しており,法一三条には,都市計画における地域や都市施設の決定等に関し,都市計画が公害防止計画適合するものであること(各号列記以外の部分),居住環境の保全(一号),公害を防止する等適正な都市環境の保持(二号),良好な都市環境の保持(四号),区域の防災,安全,衛生等に関する機能の確保,区域内の良好な環境の形成又は保持(七号),居住環境の整備(二項)等良好な都市環境の形成及び保持という環境利益の保護の観点から配慮すべき事項を定めている.しかし,これらの規定は,広い地域を対象とする都市計画の決定やこれに基づく施策を実現するについて,一般的,抽象的に都市環境の形成及び保持という公益を実現すべきことを規定するにとどまるものであり,これらの規定によって,法が,都市計画の対象となる地域における住民個々人の大気汚染若しくは地盤沈下の被害を受けないという利益又はその良好な生活環境を維持するという利益を個別的,具体的に保護していると解することはできないのである.法は,都市計画の案の作成について住民の意見を反映させるための公聴会の開催等の措置を講ずることや,都市計画の決定に当たり関係市町村の住民及び利害関係人が意見書を提出できることを規定するが(法一六条,一七条),これらの規定も都市計画に広く住民の意見を反映させるという一般公益上の目的を実現するために設けられたものと解されるのであって,このような手続が設けられているからといって,都市計画の対象となる地域周辺の住民の前記のような利益が個別的,具体的に保護されていると解することもできないといわざるを得ない.

 原告らは,本件認可又は承認に係る事業の完成によって特別直接かつ重大な環境上の損害を受ける危険性のある地域に居住し,通勤し又は通学する者として,他の被害を受ける可能性のある者から特定されているから,原告らには,一般的公益に吸収解消されない特別の利益が帰属しており,そのような特別の利益は行政処分の根拠法規によって個別的,具体的に保護されていると解すべきであると主張する.しかし,住民の大気汚染若しくは地盤沈下の被害を受けないという利益又は住民の良好な生活環境を享受するという利益は,事業地付近の広い範囲にわたる住民に一般的に共通する利益であり,付近住民は多かれ少なかれ,本件認可又は承認に係る事業によってその利益に影響を被るのであって,特定の範囲の住民については,その利益の侵害が他の住民と区別し得る程に重大かつ直接的であるということが,その侵害をもたらすとされる事業の施行前に明らかとなることがあり得るとは経験則上考えられないし,本件認可又は承認の根拠法規にもそのような住民を区別するような基準を定める規定は置かれていない(原告らは,本件条例の定めがそのような基準であるとの主張をするが,後記九のとおり,本件条例の定めは本件認可又は承認の適法要件となるものではないから,このような見解を採ることはできない.).そうすると,原告らのこの主張も採用することができないのである.

 なお,控訴人らは,最高裁判所平成四年九月二二日第三小法廷判決(いわゆるもんじゅ事件判決)を引用して,その基準によれば,控訴人らはすべて原告適格を有すると主張する.当裁判所は,右最高裁判所判決は,従来の同裁判所の判例を踏襲するもので(このことは,同判決自体が控訴人らの主張するいわゆるジュース表示事件判決(最高裁判所昭和五三年三月一四日第三小法廷判決)を含む従来の判例を引用していることに照らしても明らかである.),前記理由(引用に係る部分)を変更する必要はないものと考える.ただ,右判決は,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の利益を保護する趣旨の規定である場合であっても,それが帰属する個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含む場合があり,係る場合には,処分によりその個別的利益が侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者も当該処分の取消訴訟における原告適格を有する旨を判示したものであり,当裁判所も,もとより,右の判断基準は相当であると考える.そこで,以下において,右の観点からの当裁判所の見解を付加することとする.

 控訴人らは,法一三条一項四号の良好な環境の保持及び同条一項の各号列記以外の部分の公害防止計画適合性によってもたらされる利益は,前記控訴人らの個別的な法的利益であると主張するが,右の各利益は,都市計画に係る都市施設の付近住民が等しく享受すべき利益であるから,不特定多数者の利益を保護したものであることは明らかである.そこで,法が,これを専ら一般的公益の中に吸収解消されるにとどめず,これと並んでその利益が帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解されるか否かについて検討することとする.

 先ず,控訴人らは,法一三条一項四号が「都市施設は,土地利用,交通の現状及び将来の見通しを勘案して,適切な規模で必要な位置に配置することにより,円滑な都市活動を確保し,良好な都市環境を保持するように定めること.」と定めていることをとらえて,本件各事業地の周辺住民の良好な都市環境の保持は,法によって保護された利益であり,しかも,これは付近住民の個別的利益であると主張する.しかし,右主張は採用することができない.そもそも,法は,その一条及び二条によると,多様化する都市活動が一体として十分な機能を発揮し得るように,都市の健全な発展を図り,公共施設を適切に配置すること等秩序ある整備を図ることにより,健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保しようとするものであり,そのためには土地の合理的な利用が不可欠であるところから,適正な規制のもとに合理的な土地利用が図られるべきであるとしているのである.してみると,法は,土地の個別的な権利と都市計画との間の調節を図り,「健康で文化的な都市生活」及び「機能的な都市活動」の実現を期そうとするものであることが明らかであり,換言すれば,法は,ここにいう「健康で文化的な都市生活」及び「機能的な都市活動」を,法が都市計画を介して実現すべき目的ないしは理念として掲げ,土地利用の制限といういわば私権を制限する手段を用いてでも,その実現を図ることができるようにしたものであって,このような目的の実現によってもたらされる利益は,付近住民が等しく享受できるもの(すなわち公益)であり,不特定多数者の利益に当たることは疑いがない.法が,このように,他の私権を制限してでも,実現すべき公益として,「健康で文化的な都市生活」又は「機能的な都市活動」を掲げていること及び法一六条,一七条は前説示のとおり都市計画に係る付近住民の権利を保障したものと解することはできず他に付近住民の権利を保障する趣旨の規定はないことを総合して考えると,右の公益を実現すべき旨の規定が,同時に,付近住民の享受する個別的利益としても保障した趣旨に出たものでないことは明らかである(ちなみに,これに対比しうる関係を,核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律についてみるに,同法一条とそれが引用する原子力基本法の精神とによると,同法は,原子炉の利用等による「災害を防止し」,「公共の安全を図る」ために,「原子炉の設置及び運転」等の規制を行い,もって「原子力の研究,開発及び利用を促進することによって,将来におけるエネルギー資源を確保し,学術の進歩と産業の振興とを図り,もって人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与」することを目的としている.そして,ここにいう「災害の防止」,「公共の安全」は,一面において,不特定多数者の利益を保護するものであることが明らかであるが,規制の在り方いかんによっては「災害の防止」,「公共の安全」の程度に差異が生じうることを考慮すると,他面において,原子炉等の運用により万一起こる災害によって必然的に被害を被る原子炉等の付近住民の個別的利益をも保護する趣旨が含まれていると解されるところである.これに対して,同法が,規制を介して実現を期している対象である「エネルギー資源の確保」や「人類社会の福祉,国民生活の水準向上」等の利益は,専ら公益を保護する趣旨であって,個々人の個別的利益を保護する趣旨に出たものでないことは明らかである.)

 ところで,控訴人らの主張する法一三条一項四号は,法一条及び二条の右の趣旨を,都市計画中の都市施設について改めて宣明したものにほかならないのであって,都市施設の周辺住民が等しく良好な都市環境を保持できるようにすることを定めたもので,周辺住民の良好な都市環境を害されないという個別的利益をも保護した規定であると解する余地はない(なお,控訴人らは,同号の「良好な都市環境」の中には,都市施設の付近住民の生命,身体を保護する趣旨を含むかのように主張するが,「都市環境」とは,一般に,交通,衛生,治安,経済,文化,生活便益等広範な都市における生活環境を総称するものであって,このことは,同項が,市街化区域にあっては道路,公園,下水道を,第一種住居専用地域等にあっては義務教育施設を都市施設として定めるべきことを規定していることに照らしても,明らかである.).

 次に,控訴人らは,法一三条一項各号列記以外の「当該都市について公害防止計画が定められているときは,都市計画は,当該公害防止計画に適合したものでなければならない.」と規定していることをとらえて,法は,本件各事業の付近住民の公害被害を受けない利益を個別的利益として保護したものであると主張する.しかし,右主張も採用することができない.すなわち,同項の規定は,従来,都市は自然の膨張のままに放置され,種々の理由からその規制がされるようになっても,これらが有機的に整合しない限りは,健全な都市の形成,発展は望めないところから,都市計画の基準として他の法律等に基づく計画との整合性のある計画の策定を期したものであって,このことは,同項がその直前において,全国総合開発計画,首都圏開発計画等の法律に基づく国土計画や地方計画,さらには道路,河川,鉄道等の施設に関する国の計画に適合するように定めなければならないと規定していることからも明らかである.換言すれば,法が,同項の各号列記以外において,「当該都市について公害防止計画が定められているときは,都市計画は,当該公害防止計画に適合したものでなければならない.」と定めたのは,公害防止計画を無に帰せしめることがないようにするとともに,都市計画を真に実効性のあるものとするための,専ら公益の保護に出た規定である.仮に,控訴人らの主張するように,これを付近住民の個別的利益の保護をも配慮した規定であるとすると,法は,公害防止計画が定められている都市の住民に対しては,これが定められていない都市の住民と区別して,特別の保護を規定していることとなるが,このような区別が合理的理由を持ちえないことは明らかであろう.

 よって,控訴人らの右各主張は,いずれも,本件各事業の付近住民の原告適格を基礎付けるものとはいえない.

 また,原告らは法一六条及び一七条に定める手続に参加したことによって,原告らの有する事実上の利益が法律上の利益に高まる旨の主張をするが,右主張は独自の見解に基づくものであって,採用することはできない.

 以上によれば,本件認可又は承認に係る事業地付近の住民の大気汚染若しくは地盤沈下の被害を受けないという利益又はその良好な生活環境を享受するという利益が,本件認可又は承認に関する根拠法規において個別的,具体的に保護されているものということはできないから,原告らは,そのような利益の侵害を理由としては,その原告適格を基礎づけることはできない.

3 右2に判示したところにより,本件訴えについて,原告らに本件認可又は承認の取消しを求める法律上の利益があるかどうかを検討する.

 成立に争いのない甲第一七四号証の一,二及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一九〇号証によれば別紙原告目録の原告番号四〇九の原告が本件拡幅事業の収用予定地でありかつ本件地下道路事業の使用予定地である地域内に土地及び建物を有し,成立に争いのない甲第一七五号証の一,二及び前掲甲第一九〇号証によれば同番号四一〇の原告が右地域内に土地の持分及び建物の区分所有権を有し,成立に争いのない甲第一七六号証の一から三まで及び前掲甲第一九〇号証によれば同番号四一一の原告が右地域内に土地及び建物を有し,成立に争いのない甲第一七七号証の一,二及び前掲甲第一九〇号証によれば同番号四一二の原告が右地域内に土地及び建物を有し,成立に争いのない甲第一七八号証の一,二及び前掲甲第一九〇号証によれば同番号四一三の原告が右地域内に土地及び建物を有し,成立に争いのない甲第一八六号証の一,二及び前掲甲第一九〇号証によれば同番号四二一の原告が右地域内に土地の持分を有し,成立に争いのない甲第一八七号証の一,二及び前掲甲第一九〇号証によれば同番号四二二の原告が右地域内に土地の持分及び建物を有し,成立に争いのない甲第一八八号証の一,二及び前掲甲第一九〇号証によれば同番号四二三の原告が右地域内に土地の持分を有していることが,それぞれ認められる.

 成立に争いのない甲第一七九号証の一から三まで及び前掲甲第一九〇号証によれば,同番号四一四の原告が本件拡幅事業における収用予定地でありかつ本件地下道路事業の使用予定地である土地を賃借し,右土地上に建物を所有していることが認められる.

 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一八〇号証の一,二及び前掲甲第一九〇号証によれば同番号四一五の原告が本件拡幅事業の収用予定地でありかつ本件地下道路事業の使用予定地である土地上に存する建物の全部又は一部を賃借し,弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一八一号証及び前掲甲第一九〇号証によれば同番号四一六の原告が同様の建物の全部又は一部を賃借し,弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一八二号証の一,二及び前掲甲第一九〇号証によれば同番号四一七の原告が同様の建物の全部又は一部を賃借し,弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一八三号証及び前掲甲第一九〇号証によれば同番号四一八の原告が同様の建物の全部又は一部を賃借し,弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一八四号証及び前掲甲第一九〇号証によれば同番号四一九の原告が同様の建物の全部又は一部を賃借し,弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一八五号証の一,二及び前掲甲第一九〇号証によれば同番号四二〇の原告が同様の建物の全部又は一部を賃借し手いることが,それぞれ認められる.

 成立に争いのない甲第一七五号証の一,二及び弁論の全趣旨により申請に成立したものと認められる甲第一九〇号証によれば,別紙控訴人目録の控訴人番号一八三の控訴人が本件各事業の事業地である地域内に土地の持分権及び建物の区分所有権を有し,成立に争いのない甲第一七六号証の一ないし三及び前掲甲第一九〇号証によれば,同番号一八四の控訴人が右地域内に土地及び建物を所有し,弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一八〇号証の一,二,同一八四号証,同一八五号証及び前掲同一九〇号証によれば,同番号一八五ないし一八七の控訴人らがいずれも右地域内の土地上に存する建物の賃借権を有していることがそれぞれ認められる.

 右各事実によれば,別紙原告目録の原告番号四〇九ないし四二三の原告らは別紙控訴人目録の控訴人番号一八三ないし一八七の控訴人らは本件各事業地内に所在する土地等に関して権利を有し,本件認可又は承認によってその権利に前記の法的効果を受ける者であるから,本件各処分により自己の権利を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者として,その取消しを求める法律上の利益を有するものというべきである.

4 一方,別紙原告目録の原告番号一ないし四〇八の原告らが別紙控訴人目録の控訴人番号一ないし一八二の控訴人らが本件各処分に係る事業地内に存する土地等に関して権利を有しないことは,原告らの自認するものであるところ,法五九条の認可又は承認ないしその告示により生じる土地の収用又は使用等(法七〇条一項,六九条,土地収用法五条等),土地の形質の変更,建築等の制限(法六五条)等の法的効果は,事業地内にある不動産に関して権利を有するものにのみ及ぶものであるから,そのような権利を有しない右の原告らは控訴人らが,右の法の規定により自己の権利又は法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に該当しないことは明らかであり,法の他の規定や趣旨を検討しても,法が,右控訴人らの主張する利益をそれが帰属する個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできないから,本件各処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有するものではないといわなければならない.

三 本件各処分の適法性について

 法六一条によれば,法五九条の認可又は承認が適法に行われるためには,その申請手続が法令に違反せず,申請に係る事業が法六一条一号及び二号に該当するものであることを要するところ,本件各処分の申請書及び貼付書類が法六〇条の規定に従って適式に被告に提出されたこと並びに本件各事業が右各号に該当することを基礎づけるものとして被告の主張する事実について,原告らはこれを明らかに争わないから自白したものとみなされる.これらの事実によれば,その事実の限度において本件各処分の申請手続が法令に違反するものではなく,本件各事業が右各号に該当するものであることを認めることができる.原告らは,右各事実以外の事由を主張して本件各処分の適法性を争うので,以下,これらの事由が本件各処分の違法事由となり得るものであるかどうか及び違法事由となり得るものであれば,その主張のような事由があるかどうかについて判断する.

四 原告らの主張1及び2(二)について

 原告らは,法六九条が都市計画事業にも土地収用法を適用する旨定めており 法七〇条一項は都市計画事業について土地収用法二〇条の事業認定の手続自体は省略したものの,同条各号に規定する要件が適用されることまで否定するものではないとして,同条各号に規定する要件は都市計画事業の認可又は承認或いは都市計画決定の適法要件であると主張する.

 法七〇条一項が都市計画事業について法五九条所定の都市計画事業の認可又は承認を土地収用法二〇条の事業の認定に代えるものとした趣旨は,原告らが主張するように,都市計画事業が土地収用法二十条各号所定の要件を具備するものであることが都市計画決定ないし法五九条の認可又は承認等の法上の手続により保障されているとの考慮に基づくものであると解されるが,そうであるとすれば,法は,都市計画事業については,都市計画決定から都市計画事業の認可または承認に至る一連の手続が法の規定に従い適法に行われているものであれば,当然当該事業は,土地収用法二〇条各号の要件を満たすものとする立法政策を採ったものということとなるから,法五九条の認可又は承認の適法性は,右認可若しくは承認又はその前提となる都市計画決定が法の設定する要件を満たすものであるかどうかによって判断すれば足り,右認可又は承認に係る事業が土地収用法二〇条各号所定の要件を具備するものであるかどうかについてまで判断する必要はないものと解される.

 そうすると,申請に係る事業に土地を収用し,又は使用する公益上の必要性があること(土地収用法二〇条四号)を法五九条の認可又は承認の効力要件であると解し,或いは,事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること(同条三号)を都市計画決定の効力要件であると解することはできないから,この点に関する原告らの主張は,違法事由とすることのできない規定の違反を主張するものとして,それ自体失当なものというほかはない.

 また,原告らは法一条及び二条を法五九条の認可若しくは承認又は都市計画決定の効力規定であると主張するが,法一条は法の目的を,法二条は都市計画の基本理念をそれぞれ示した規定であって,いずれも法の解釈及び運用についての一般的指針となり得るものではあるが,それ以上に法に基づいて行われる個々の行政処分の効力に直接影響を及ぼすような要件を定めた規定と解することはできない.したがって,原告らの法一条及び二条違反の主張は,本件各処分の取消事由の主張としては失当であるというべきである.

五 原告らの主張2(三)について

1 都市計画決定の違法と本件各処分の違法事由との関係

  道路等の都市施設(法一一条一項一号)について法の定める要件を欠く都市計画決定がされても,右都市計画決定は,不特定多数の者に対して一般的抽象的な制約を課するものに過ぎないし,その段階においてはこれを訴訟の対象とする成熟性が欠けているから,これをもって行政事件訴訟法三条二項所定の取消訴訟の対象となる行政庁の処分その他公権力の行使に当たるもの行使に当たる行為とはいえず,右決定の取消しを求めることは許されない.しかしながら,右都市計画決定に続いて法五九条に定める都市計画事業の認可又は承認がされる段階に至ると,特定の者に対し個別的具体的な制約が課されることとなるし,訴訟の対象とする成熟性も備わることとなってくるから,右の認可又は承認をもって取消訴訟の対象とすることが可能となる.この場合において,右の認可又は承認は,適法な都市計画決定がされていることを前提として,その上に積み重ねられる手続であるから,都市計画決定が違法であれば,当然その認可又は承認も違法となるものであり,都市計画決定の違法事由は,右認可又は承認の違法事由としてその取消訴訟において主張することができるものと解すべきである.よって,以下,原告らが本件各都市計画決定の違法事由として主張するところを検討する.

2 原告らの主張2(三)についての違法事由

(一)本件各都市計画の法一条,二条違反の主張について

 原告らは,本件各都市計画が本件公害防止計画に適合しないから法一条,二条及び一三条一項各号列記以外の部分に違反する旨の主張をする.このうち法一条及び二条違反の主張は,右四のとおり,右各条が法の目的及び都市計画の基本理念を定めた規定であり,都市計画決定の適法要件に関する規定ではないから,それ自体において失当というべきである.

(二)本件各都市計画が適合すべきものとする公害防止計画について

 法一三条一項各号列記以外の部分において都市計画が適合しなければならないものとされる公害防止計画は,都道府県知事が公害対策基本法一九条二項に基づき同条一項所定の内閣総理大臣により指示された基本方針に従って作成し,内閣総理大臣の承認を受けたものをいうと解される.

 東京都についての公害防止計画は都知事により昭和四七年一二月に最初の東京地域公害防止計画が定められており,中央環状新宿線建設計画が決定された平成二年七月の時点における東京都についての公害防止計画は昭和六三年三月に定められた本件公害防止計画であることは,当事者間に争いがない.

(三)環状第六号線整備計画の決定について

 原告らは,環状第六号線整備計画は本件公害防止計画に適合しないから,これに基づく本件認可は法一三条一項各号列記以外の部分に違反すると主張する.

 しかしながら,環状第六号線整備計画が昭和二五年に旧法の規定に基いて決定されたものであることは当事者間に争いがないから,旧法の規定に基づく決定の適法性は旧法の下においてのみ判断されなければならず,その判断について法を遡及して適用することは,法にこれをすべき旨の特段の規定が設けられていない限りできないものというべきである.法にはそのような特段の規定が設けられていないから,環状第六号線整備計画の決定について法一三条一項各号列記以外の部分を適用して,その適法性を判断することはできない.そして,旧法において法一三条一項各号列記以外の部分に相当する規定が設けられていなかったことは明らかである.

 なお,法付則一〇項により必要な経過措置について定める法施行法二条は,法の施行の際(昭和四四年六月一四日)現に旧法の規定により決定されている都市計画は,法の規定による相当の都市計画とみなす旨を定めるが,右規定は,既に旧法の規定により決定されている都市計画については,法一五条一項及び二二条の規定により,建設大臣,知事または市町村のいずれが定めたものかの区分を当然に行うことにするなど,旧法の規定に基づく都市計画決定により形成された秩序を維持しつつ,これと法による制度との調整を図る趣旨の規定であると解されるから,法施行法二条を根拠として,旧法の規定に基づく都市計画決定に法が遡及的に適用されるものとすることはできない.

 原告らは,法施行法二条などを根拠に法一三条が都市計画決定の適法要件ではなく都市計画それ自体の適法要件を定めた規定であると主張するが,法施行法二条について原告らの主張するような解釈をとり得ないことは右のとおりであり,(仮に,控訴人らの主張するように,都市計画の決定当時は適法であったとしても,法の施行により都市計画が違法となる場合があるというのでは,前記の法施行法二条の趣旨が没却される結果となり,そのように解することができないことは明らかである.)都市計画の決定という行政行為を離れて,都市計画それ自体の適法違法をいうことはできないから,法一三条が都市計画それ自体の効力要件を定めた規定であるとする原告らの主張は失当である.

 また,原告らは,環状第六号線整備計画は昭和四七年に最初の東京地域公害防止計画が定められた後である昭和五五年に法二一条によって見直しがされており,その際には,その時点における公害防止計画に適合するように都市計画を変更することができたのにこれがされなかったから,本件とし計画は違法となり,したがって本件認可も違法となる旨を主張する.しかしながら,適法に行われた都市計画の決定は,例えその後の社会情勢等の変化によって都市計画の変更をすることが相当になったからといって,遡って違法となるものではなく,また都市計画の変更の決定が,原告らの主張するような公害防止計画との適合性の見地からは行われなかったからといって,その変更の決定が違法となるものでもない.原告らの主張は,環状第六号線整備計画が公害防止計画に適合するよう変更する決定をすべきであるのにこれをしないという不作為について,その違法を主張するものであり,本件認可の前提となっていることからその違法が直ちに本件認可の違法となる都市計画の決定については,そのような事由は到底違法事由とはなり得ないものである.したがって,原告らの右主張はそれ自体において失当であるというべきである.

 以上によれば環状第六号線整備計画が本件公害防止計画に適合していない旨の主張は本件認可の取消事由の主張として,それ自体失当なものであり,採用することができない.

(四)中央環状新宿線建設計画の決定について

 本件公害防止計画は平成三年度末における二酸化窒素,浮遊粒子状物質等の大気汚染物質に関する環境基準値の達成をその目標とし,右目標達成のための「都市地域における大気汚染対策」に係る窒素酸化物削減のための施策として交通量抑制,交通完成システムの整備,幹線道路の交差点の立体化,環状道路等の道路網の整備等の移動発生源対策等を,浮遊粒子状物質の削減対策として移動発生源に対する黒煙規制,固定発生源に対するばいじん等の削減対策などを掲げていること,中央環状新宿線建設計画は,右のうちの環状道路等の道路網の整備として本件公害防止計画における窒素酸化物対策の一環として位置づけられることは原告らにおいて明らかに争わず,これを認めることができる.

 そして,法一三条一項各号列記以外の部分にいう都市計画が公害防止計画に適合するということは,その文理上,当該都市計画が公害防止計画の目標を達成するための施策の一環として位置づけられる場合はもとより,当該都市計画がそのように公害防止のための施策として積極的に位置づけられない場合であっても,公害防止計画と矛盾なく両立するものであれば足りることを意味するものと解される.中央環状新宿線建設計画は,右のように,本件公害防止計画における窒素酸化物対策の一環である環状道路等の道路網の整備という施策に位置づけられるものであり,本件公害防止計画と矛盾なく両立するものであるから,本件公害防止計画に適合するものというべきである.

 また,本件公害防止計画が,浮遊粒子状物質の削減対策として移動発生源に対する黒煙規制,固定発生源に対するばいじん等の削減対策などを掲げつつ,道路建設の規制をこれに含めていないことからすれば,右計画は,道路建設の規制以外の方法で浮遊粒子状物質の削減を図るものであると解されるから,仮に中央環状新宿線建設計画によっては浮遊粒子状物質の削減を期し得ないとしても,それによって,中央環状新宿線建設計画が本件公害防止計画の内容と両立し得ないことになるとはいえない.したがって,中央環状新宿線建設計画は,本件公害防止計画に適合するものというべきである.

 原告らは,都市計画が公害防止計画に適合するということは,その都市計画に定められた事業により公害防止計画の定める目標が達成され得ることを意味するものと解すべきであると主張する.

 しかしながら,公害対策基本法十九条二項に基づき定められる公害防止計画は,現に公害が著しく,かつ,公害の防止に関する施策を総合的に講じなければ公害の防止を図ることが著しく困難になると認められる地域(同条一項一号)又は人口及び産業の急速な集中等により公害が著しくなるおそれがあり,かつ,公害の防止に関する施策を総合的に講じなければ公害の防止を図ることが著しく困難になると認められる地域(同条一項二号)において実施されるべき公害の防止に関する施策に係る計画(同条一項)であるから,本来,特定の施策を掲げ,これによってその目標を達成することを目指すような内容のものではなく,各種公害の防止対策相互の関係を調整しその体系化を図りつつ総合的かつ計画的にこれらの施策を実施し,地域全体について公害防止の効果を上げることを目的とする計画に留まるものである.都市計画が公害防止計画と適合するということについて,都市計画が公害防止計画の定める目標の達成に具体的に寄与することを意味するとの原告らの見解は,右のように都市計画の内容とするところが制度的に公害防止計画の目法の達成に寄与しようとするものでなければならないという点においてはそのとおりであるが,これによって具体的に右目標の達成に寄与することまで要求されるものとは解しえないから採用の限りではない.したがって右のような見解に基づいて中央環状新宿線建設計画の本件公害防止計画への不適合をいう原告らの主張はそれ自体において失当であるというべきである.

 法一三条一項列記以外の部分にいう公害防止計画は,公害対策基本法一九条二項に基づき定められるもので,現に公害が著しく,かつ公害の防止に関する施策を講じなければ公害の防止を図ることが著しく困難になると認められる地域等特定の要件がある地域において実施されるべき公害の防止に関する施策に係る計画をいうのであるから,この点を本件公害防止計画(成立に争いのない甲第五二号証)について見てみることにする.

 本件公害防止計画は,東京都知事が昭和六三年に,東京都のうち離島部分と日の出町,五日市町,桧原村,奥多摩町の部分とを除いた全域を策定地域として,昭和六六年度(平成三年度)末に公害対策基本法九条の定める環境基準が達成維持されることを目標として策定したものであり,計画の主要課題として,都市地域(二三区及び隣接五市を指す.)における大気汚染対策ほか四課題を掲げている.

 そして大気汚染に係る施策の基本的方向として「窒素酸化物については,清掃工場等大規模発生源に対する排出量削減指導,都独自の「窒素酸化物削減指導要綱」に基づく指導,民生等小規模燃焼機器対策の推進等環境基準の達成を目指し,新たな施策を講ずる」とし,昭和六五年(平成二年)度目標を設定して,これを達成するための施策として,固定発生源対策として,大規模発生源に対する削減対策の強化,中規模発生源に対する削減指導,定置型内燃機関対策の推進,民生等小規模燃焼機器対策の推進,地域暖冷房の推進を掲げ,移動発生源対策として,自動車排出ガス規制の強化と並んでその他の自動車対策として,「都の推進している「自動車使用合理化指導標準」に基づき共同輸・配送等,物資輸送の合理化など交通量の抑制,信号機の高度化,交通管制センターの整備等交通管制システムの整備,必要な交通規制の実施,幹線道路の交差点の立体化を図るとともに,環状道路等の道路網の整備を行う.なお,道路の整備に当たっては,必要に応じ環境保全対策を講ずるなど,環境保全に配慮するものとする.」としている.

 ところで,法一三条一項は,「当該都市について公害防止計画が定められているときは,都市計画は,当該防止計画に適合したものでなければならない.」と規定するが,ここにいう公害防止計画が,当該地域において実施されるべき公害の防止に関する施策に係る計画を指すことは明らかであるから,法は,公害防止計画に盛られた施策との間の適合性を要求していることは明らかであり,したがって,都の施策の実施を不能にし又は著しく困難にする場合及び都の実施する施策の効果を直接減殺するような場合には,これに適合しないこととなるが,都市計画が公害防止計画に盛られた施策に積極的に寄与することまでも要求する趣旨でないことは明らかである.

 控訴人らは,本件公害防止計画が平成三年度末に環境基準が達成されることを目標として掲げていることをとらえて,本件各事業がこれが達成を阻害ないし悪化させるものであれば,本件公害防止計画に適合しないこととなると主張するが,その失当であることは,前説示により明らかである(そもそも,都市計画と環境基準の特定の時期までの達成の可否とは,比較可能性のない事柄であり,仮にすべての都市計画が環境基準値の特定の時期までの達成に支障のないものに限られるとすると,各都市計画毎にその時点での環境基準値と現況との乖離を検討しなければならないこととなるだけでなく,都市計画が策定される時期の前後によって,公害防止計画適合性の有無の判断に不整合の余地を残すこととなり,かくては法の期待する都市計画の目的を達することはできないこととなるから,このような解釈を採りえないことは明らかである.).

 そこで,さらに進んで,右の見地から,中央環状新宿線建設計画が,本件公害防止計画に適合するか否かについて検討する.右建設計画は,その設計の概要が原判決別紙事業目録二の三2記載のとおりで,これにより,首都高速道路の都心環状線を通過する交通の迂回,分散を図り,放射線を含む首都高速道路全体の効率的利用及び高速道路本来の機能を発揮させるとともに,一般環状道路からの利用転換を図ることにより周辺街路の混雑を緩和し,さらには渋谷,新宿,池袋の三副都心の育成を介して東京の多心型都市形成に資することを目的とするもので,もとより前記本件公害防止計画の窒素酸化物対策の実施を阻害したり,その実施による効果を削減するものでないばかりでなく,同対策が道路の渋滞を解消させることにより窒素酸化物の削減を図ろうとする思想と一致するものということができる.してみると,右中央環状新宿線建設計画は,本件公害防止計画に適合していることが明らかである(なお,控訴人らは,本件公害防止計画が「道路の整備に当たっては,必要に応じ環境保全対策を講ずるなど,環境保全に配慮するものとする」としている点をとらえて,本件地下道路地業には,脱硝装置の設置,短期高濃度汚染対策がされていないから,右計画に適合しないと主張するが,右計画に示された窒素酸化物対策は,他の部分が,固定発生減対策,移動発生源対策とも具体的であるのに比し,控訴人ら主張の道路整備に当たっての環境保全については,右のとおり抽象的な表現に止まっていることに照らしても,また,いずれも成立に争いのない甲第一九四号証,乙第六〇ないし六二号証によって認められる,本件公害防止計画が策定された昭和六三年はもとより,本件承認がされた平成三年当時においても,現実の道路整備に伴って実施できるような低濃度脱硝技術及び短期高濃度汚染の防除策は,開発されていなかったことに照らしても,控訴人らの主張する脱硝装置の設置又は短期高濃度汚染対策が施されていないことをもって,中央環状新宿線建設計画が本件公害防止計画に適合しないということはできない.)

 次に,本件公害防止計画の浮遊粒子状物質対策の記述をみると,「浮遊粒子状物質は,固定発生源,移動発生源及び自然界に起因するもののほか,二次的に精製されるものなど複雑多岐であるため,現状では発生源別の実態把握及び発生源と環境濃度との関係などについて未解明な部分が残されている.環境基準の確保のためには,これらの調査研究を進め,汚染予測モデルを開発し,削減手法を確立する必要がある.」との認識を示した上,施策については,次のとおりとしている.すなわち,「環境基準の達成を目途に,移動発生源に対する黒煙規制と併せ,固定発生源に対するばいじん等の削減対策を講ずる.ア 大気汚染防止法及び東京都公害防止条例に基づくばいじん規制,粉じん規制の遵守及び集じん装置の維持管理の徹底を引き続き実施する.イ 良質燃料の使用指導,地域暖冷房の加入促進を引き続き推進する.ウ 削減対策を確立するため,次のような調査研究を進める.@一時汚染物質が大気中で反応し,浮遊粒子状物質を生成する機構に関する調査研究 A固定発生源・移動発生源からの排出量及び自然界からの寄与率の解明に関する調査研究 B汚染予測手法の確率に関する調査研究」

 以上を要するに,浮遊粒子状物質については,その発生,拡散のメカニズムすら十分に解明されていないため,本件で問題となる移動発生源に対する具体的な施策としては,黒煙規制(特にディーゼル車に対するもの)を上げるに止まっており,してみると,中央環状新宿線建設計画が,本件公害防止計画が定める対策を困難にし又はその実施の効果を減殺するということもできないから,右都市計画は,本件公害防止計画に適合するものというべきである.」

 以上によれば,中央環状新宿線建設計画は本件公害防止計画に適合しているものというべきである.

六 原告らの主張2(四)について

1 原告らは,本件地下道路事業の事業地の地盤が軟弱である上に,中央環状新宿線の建設によって地下水脈が遮断されるため,地盤沈下や出水が発生して住民に家屋倒壊等による生命,財産の危険を及ぼすことが予測されるから,中央環状新宿線建設計画は法十三条一項四号に定める「都市施設を適切な規模で必要な位置に配置する」という基準を満たさないものであり,また,本件地下道路事業の実施について事業地の地盤や地下水脈の状況等に関する十分な調査が行われていないから,中央環状新宿線建設計画における中央環状新宿線の規模及び位置の決定にあたって,地盤や地下水脈の状況等に関する法六条一項に基づく基礎調査の結果を配慮したとはいえず,右計画は法十三条一項四号及び十一号に違反すると主張する.

 法十三条は,適正な都市計画を定めるについて準拠すべき基準を設定しているが,法が都市計画を定めるについては土地利用,都市施設の整備及び市街地開発事業に関する事項を一体的かつ総合的に定めることをその基準としていること(法一三条一項各号列記以外の部分)からも明らかなように,都市計画は広い地域を対象にして様々な利益を衡量しながら政策的にこれを総合して定められるものであり,同条が準拠すべき基準として掲げるものの中には一般的抽象的であって指針に留まるものが多いことに鑑みれば,同条各号に掲げられている基準の全てが都市計画決定の効力要件であると解することはできないから,当該基準が都市計画決定の効力要件であるか,或いは,運用上の指針にとどまるものであるかは同項各号に設定された基準ごとにこれを判断していかなければならない.

 このような見地から法十三条一項四号をみると,同号は,都市施設に関する都市計画について,これを土地利用,交通等の現状及び将来の見通しを勘案して,適切な規模で必要な位置に都市施設を配置することにより,円滑な都市活動を確保し,良好な都市環境を保持するように定めるべきことを規定しており,このような定めは,相当に一般的であり,抽象的な基準の設定であるといわなければならない.しかし,このような定めであっても都市施設に関する都市計画の内容について定める基準として相応の実効性を肯定することができ,この基準に反するような不合理な内容の都市計画が定められた場合にはその決定が違法となることはあり得ることであるから,右規定は,都市施設に関する都市計画の決定についての効力要件を定めたものということができる.

 この場合,ある都市施設についてその適切な規模をどのようなものとするか,またこれをどのように配置するかといったことは,一義的に定めることのできるものでなく,様々な利益を衡量し,これらを総合して政策的,技術的な裁量によって決定せざるを得ない事項というべきである.したがって,このような判断については,技術的な検討を踏まえた政策として都市計画を決定する行政庁の広範な裁量権の行使に委ねられた部分が大きいものであるといわざるを得ないから,都市施設に関する都市計画の決定は,これを決定する権限を有する行政庁がその決定について委ねられた裁量権の範囲を逸脱し,或いはこれを濫用したと認められる場合に限って違法となるべきものというべきである.

2 以下,右のような見地に立って,本件地下道路事業の事業地への中央環状新宿線の建設という事業が原告らの主張するように地盤沈下等の被害を発生させる蓋然性が高く,本件地下道路事業の事業地の住民らの生命,身体あるいは財産に危険を及ぼすことが明らかであって,中央環状新宿線建設計画の決定に裁量権の逸脱又は濫用があるといえるかどうかについて検討する.

3 東京都議会において中央環状新宿線を地下式とする方針がうちだされた後,昭和六三年六月から本件地下道路事業を対象事業として本件条例による本件環境影響評価手続が開始されたこと,右手続においては地盤沈下,地形及び地質も評価事項とされていたこと,右手続に基づき本件環境影響評価書が作成され,都知事に提出されたこと及びその後中央環状新宿線建設計画が決定されたことは原告らにおいて明らかに争わず,これを認めることができる.

 そして,成立に争いのない甲第三二号証(本件環境影響評価書),乙第五五号証及び第五六号証並びに弁論の全趣旨によれば,中央環状新宿線建設計画の決定にあたっては,東京地盤図,東京都総合地盤図T及び東京都交通局地質調査等の既存の資料により,本件地下道路事業の事業地における地層と耐水層の分布状況を想定したこと,また,右各地層の土質は,東京地盤図及び東京都総合地盤図TにあるN値(土の硬度を示す値)及び土質試験結果を基に想定したこと,これらの既存資料のうち東京地盤図は三四二一本のボーリング柱状図を記載するなど過去に行われた多数のボーリング記録を基にして作成された資料であり,東京都総合地盤図Tも三四九九地点での地質調査結果と一万六七二〇個の土質資料の試験結果に基づいて作成されたものであることが認められる.そして,右のように過去の多くの調査結果に基づいて作成され,信頼性の高い既存資料を基に地層や耐水層の分布状況及び土質を想定したことは,十分科学性を有する合理的なものということができる.

 なお,本件地下道路事業の事業値に関する地層の分布状況は当事者間に争いがないが,原告らは,右地層のうち中央環状新宿線が通過する関東ローム層や凝灰質粘土層はかなり軟弱な土質からなるものであると主張する.この点については,地盤の強度はその上に建設される構造物と相関させなければ判断することができないものと考えられるところ,弁論の全趣旨によればこれらの地層は中層の建築物を建設するに足りるだけの強度をもつものと認められるから,本件地下道路事業の事業地の地層は本件地下道路事業の施行によって地盤沈下等を起こすほど軟弱なものであると認めることはできない.

 そして,前掲の甲第三二号証及び弁論の全趣旨によれば,右の地層や帯水層の分布状況及び地層の土質工学的特性を踏まえ,本件地下道路事業について本件条例に基づき行われた環境影響評価手続における地下水脈及び地盤への影響の評価をも考慮した結果,本件地下道路事業の実施による地盤及び地下水への影響としては,@開削工法を用いたトンネル部での掘削に伴う土留壁の変形による土留壁背面地盤の変形・沈下,A開削工法を用いたトンネル部における砂地盤のボイリング(地下水の噴出)に伴う背面地盤の変形・沈下,B揚水工法による開析谷に分布する粘性土層・腐食土層の圧密による周辺地盤の地盤沈下,Cシールド工法を用いたトンネル部での,切羽の崩壊,地下水位の低下及びトンネル外周と地山の空隙部への充填不良等による地盤沈下の各点に留意すべきことが明らかになったことが認められる.

 前掲の甲第三二号証,成立に争いのない甲第三三号証,乙第五八号証及び第五九号証並びに弁論の全趣旨によれば,出水や揚水による地下水位の変化をもたらさない工法として,遮水性の高い土留工法である地下連続壁工法(地盤を掘削機で溝状に掘削し,泥水状の地盤安定液を利用して,その掘削壁の崩壊を防止しながら地中に鉄筋コンクリート壁を連続して構築していく工法)や,底面からの湧水を防ぐための土留壁を不透水層まで入れ底面からの湧水を防ぐ方法,あるいは,透水層内の地盤改良を行うことにより底面からの湧水を防ぐ方法があること及び中央環状新宿線建設計画においては,地下水位の低下の原因となる地下水の汲み上げを要する地下水低下工法によらずに,右の各工法によるものとされたことが認められる.

 本件地下道路事業の事業地の地下水脈は概ね西から東に流下しているものと認められること及び本件地下道路の一部がこれを南北に遮断することになることは被告において明らかに争わず,これを認めることができるが,右のように本件地下道路が地下水脈を遮断して建設されるとしても,右の各工法により工事が行われる限り,地下水位の低下等の地下水への影響は少ないものと見込まれるから,地盤沈下が発生する蓋然性は相当に少ないということができる.

4 また,前掲の甲第三二号証,第三三号証,乙第五八号証及び第五九号証並びに弁論の全趣旨によれば,本件地下道路事業においては,地下構造物について剛性の高い地下連続壁等の土留壁構造を採用し,逆巻き工法で掘削するなど,土留壁の変形の少ない工法及び軟弱地盤の場合や,掘削深度の大きい場合にも安全に掘削できる工法により工事を行うことが認められるから,土留壁の変形によって地盤沈下が発生する蓋然性も相当に少ないということができる.

 更に,前掲各証拠によれば,本件地下道路事業は,地下水脈を全面的に遮断することがないよう,河谷底,鉄道との交差部等ではパイプルーフ工法を,インターチェンジ部の一部ではシールド工法によるものとされており,また,開削工法の区間においても地下水流保全対策を講じるものとされている.

 したがって,本件事業の実施による地下水脈の変化は少ないものいうことができ,地下水位の変化によって地盤沈下が発生する蓋然性も相当に少ないということができる.

5 以上によれば,本件地下道路事業が実施されても,それによって出水や地盤沈下が発生する蓋然性が高いとはいえず,中央環状新宿線建設計画によって本件地下道路事業の事業地付近の住民の生命,身体あるいは財産に危険が及ぶことは通常考えられないといい得るから,都知事が,右事業についてそのような危険があるのに,その委ねられた裁量権の範囲を逸脱し,あるいはこれを濫用して都市計画の決定をしたと認めることはできない.そうすると,その決定をもって法一三条一項四号所定の都市計画基準に違反するということはできない.

6 法一三条一項一一号が,都市計画を決定するに当たりその結果に配慮すべき旨を規定する調査とは,法六条一項の規定による都市計画の基礎調査,及び,政府が法律に基づき行う人口,産業,住宅,建築,交通,工場立地その他の調査であって,原告らの主張する事業対象地に対する個別具体的な地質調査はこれに当たらないものであり,かつ,弁論の全趣旨によれば中央環状新宿線建設計画の決定に当たっては,法一三条一項一一号に規定する右のような調査の結果が配慮されたことが認められるから,右計画に法一三条一項一一号に反する違法はないというべきである.

七 原告らの主張2(五)について

 原告らは,昭和六〇年六月六日建設省都計発第三四号建設省都市局長通達によれば環状第六号線整備計画の計画書には本件拡幅事業についての環境影響評価の概要を附記すべきところ,右計画書にはこれが附記されてないから,右計画の決定は法一四条一項に違反する旨の主張をする.

 しかしながら,すでに判示したとおり,環状第六号線整備計画は旧法の規定により決定されたものであり,右決定の違法性は法ではなく旧法の規定により判断されなければならないのであるから,原告らの右主張はそれ自体失当なものといわなければならない.

 なお,法一四条一項は,都市計画書には建設省令で定めるところにより都市計画を表示すべき旨を定めているが,法施行規則(昭和五〇年建設省令三号)九条三項は,法一四条一項所定の計画書には法及び法施行令の規定により都市計画に定めるべき事項の外,当該都市計画を定めた理由を附記すべきことを定めるに留まる.そして本件条例に基づく環境影響評価は,法及び法施行令の規定により都市計画に定めるべき事項にも,当該都市計画を定めた理由にも当たらないから,その概要が計画書に附記されていなくても,都市計画書の表示に法一四条一項に反する点があるとはいえない.原告らが,その主張の根拠とする昭和六〇年六月六日建設省都計発第三四号建設省都市局長通達は,右計画書に任意に記載すべき附記事項についての行政庁の見解を明らかにしたものに過ぎず,これが法一四条一項にいう建設省令に当たらないことは明らかである.したがって,旧法はもとより,法のもとにおいても,都市計画の計画書に右通達に従った附記事項の記載がされなかったからといって,その計画書が法一四条一項の規定に違反した表示をしたものとなるものではない.

八 原告らの主張3(一)について

 本件拡幅事業のうち東京都渋谷区代々木山谷町から同区代々木新町までの区間(延長一一メートル)に係る部分については昭和三七年に既に都市計画事業の認可がされその告示もされていることは当事者間に争いがないところ,原告らは,本件認可は過去にされた認可と重複されているものであるから,右重複部分については無効であり,かつ,右のような部分を含む認可の申請手続は法令に違反するから,本件認可は全体としても法六一条各号列記以外の部分に反し違法であると主張する.

 しかしながら,都市計画に定められた都市施設を完成させるために,過去に事業が完了した区間を含めてこれと一体的に一つの都市計画事業を遂行する必要が生じることは,道路等の都市施設の整備に関する都市計画においてはあり得ることであり,そのような事業の実施を許してはならないとするような法上の規定は存しない.したがって,事業認可の対象区間に過去に認可がされ事業が完了した区間が含まれていたとしても,そのことは事業認可を無効とする事由にならず,また,そのことによって,認可の申請手続が違法となるものでもない.したがって,原告らの右主張は失当である.

九 原告らの主張3(二)および(三)について

1 原告らは,本件条例が法六一条各号列記以外の部分の規定する認可又は承認の申請手続において遵守されるべき法令に含まれると解し,そのうえで,本件各処分の申請者である東京都及び首都高速道路公団は,それぞれその申請に係る事業について環境影響評価手続を行わず,或いは,これを本件条例に定める方法によっては行わなかったから,本件各処分の申請手続が法六一条に違反すると主張する.

2 しかしながら,法六〇条及び六〇条の二の各規定によれば,都市計画事業の認可又は承認を受けようとする者は,六〇条一項各号所定の事項を建設省令の定めるところにより記載した申請書を同条三項各号所定の書類を添付して法六〇条の二第一項所定の期間内に建設大臣又は都道府県知事に対して提出すべきこととされており,法は右各規定以外に法五九条の認可又は承認の申請手続について定める規定を持たないから,法六一条各号列記以外の部分において予定されている法五九条の認可又は承認の申請手続とは,具体的には法六〇条に定められた申請書及び添付書類の提出をいうものと解するのが相当である.

 そして,法は右手続について,六〇条において申請書の記載及び添付書類の記載事項及び記載方法を,六〇条の二において申請書及び添付書類の提出期間を定め,これらの形式的要件以外には右手続を規制する規定を置いていない.

 以上のような法の規定の仕方からすれば,法六一条各号列記以外の部分において予定されている法五九条の認可又は承認の申請手続に係る法令とは,法六〇条及び六〇条の二並びに法六〇条が申請書の記載事項及び記載方法並びに添付書類等の細目について定めることを委任している建設省令をいうものであり,本件条例その他の条例や規則はこれに含まれないと解するのが相当である.

 本件条例においても,事業者が本件条例に定める手続を正当な理由なく懈怠した場合の制裁として,知事に対して,当該事業者の氏名及び住所並びにその事実の公表(本件条例四三条一項)及び公表した内容の当該事業の許認可者への通知(同条二項)の義務を課するに留め,対象事業が法の規定により都市計画に定められる場合につき,知事に対して環境影響評価手続を法の定める都市計画の決定の手続に併せて行うよう努めるべきことを定めるに留めていて(法四五条),都市計画事業の施行者が本件条例に定める手続を懈怠したことについて同条例が予定する制裁は,本件条例四三条に定める右のとおりの効果に留まるのであって,これによりその施行者に対してされた法六一条の認可又は承認が違法になることまで予定してはいないのである.

 したがって,本件条例の定める環境影響評価手続を法六一条にいう申請手続の一部と解し,あるいは,本件条例を申請手続に関する法令と解することはできないのであり,原告らが本件各処分の申請者である東京都及び首都高速道路公団について本件条例に違反するとする主張は,本件各処分の取消事由の主張としてそれ自体失当なものといわなければならない.

 

 

二 よって,原判決は相当であり,本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,控訴費用の負担について民事訴訟法九五条,八九条,九三条を適用して,主文のとおり判決する.

 

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