準備書面六の二 1993年6月18日
中央環状新宿線が完成し,都心環状線の交通流が多少円滑化したとしても,道路建設がもたらす交通量増加はNOX総量の増加につながることから,本件事業が公害防止計画に適合しないものであることを述べた.
一 窒素酸化物の排出を増大させる中央環状新宿線事業は地域公害防止計画に適合しない
1 はじめに
被告が,その準備書面四(平成4年11月27日)において指摘するとおり,環状道路の整備は,東京地域公害防止計画(以下「公害防止計画」という)において窒素酸化物削減のための施策の一つとして,確かに位置付けられている.これは,環状道路を整備して交通流の円滑化を図ることにより渋滞を減少させて,自動車1台当りの窒素酸化物排出量の減少を意図したものに他ならない.
しかし,道路を建設すればその分交通量は増えることは自明である.そこで,道路建設による交通量増大にかかわらず窒素酸化物排出量が増大することなく,むしろ同排出量の減少効果が認められるものでなければ,その道路建設事業は,公害防止計画に適合したものということはできない.
しかるに,本件中央環状新宿線事業による環状道路の整備は,交通流円滑化による削減効果を大きく上回る交通量の増大を招き,全体として窒素酸化物の削減効果は全く認められない.
したがって,中央環状新宿線事業による環状道路の整備は窒素酸化物削減に寄与するものとはいえず,窒素酸化物削減を内容とする公害防止計画に適合していないと言わざるを得ない.それ故,かかる本件各事業をもたらす都市計画は,「公害防止計画に適合したもの」とはいえないから都市計画法13条に違反する.その結果,本件事業の認可処分は取消を免れない.
以下,詳論する.
2 東京地域公害防止計画の窒素酸化物削減対策の概要
(一)最新の公害防止計画は,1988年に策定されている.これは,最近では最も二酸化窒素濃度が低水準にあった1985年(原告準備書面四の二の図1参照)の東京23区及び周辺5市における窒素酸化物排出量を基準とし,1990年度には,環境基準が達成されることを目指して,二酸化窒素の排出量の削減計画を策定したものである.(なお,現実には86年度以降窒素酸化物の排出量は増加し続け(原告準備書面四の二参照),90年度において環境基準の達成がなされなかったことは,東京都の平成3年度の「大気汚染状況測定結果のあらまし」(東京都環境保全局・平成4年8月25日/甲第58号証)により明らかである.)
(二)右計画によると,1985年度の窒素酸化物の総排出量は,52,700トン/年であった(表1のA).81年度から85年度に至るまでの窒素酸化物の総排出量は年々減少していたことから,そのまま推移してもこのペースで排出量は減少し,90年度の窒素酸化物の排出量は,48,400トン/年になると同計画では推定している(表1のB).この排出量から,様々な対策により,さらに2,200トンを削減し環境基準を達成する(表1のE)というのが,同計画の骨子である.
(t/年) | |
A 1985年度窒素酸化物排出量 | 52,700 |
B 現状(85年度ベース)のまま推移した場合の排出量(90年度) | 48,400 |
C 目標達成のための排出量 | 46,200 |
D 差引削減目標 (B−C) | △ 2,200 |
E 対策の内容 | |
固定発生源対策 | △ 1,400 |
清掃工場の窒素酸化物対策の充実 | △ 400 |
その他の削減対策 | △ 1,000 |
移動発生源対策 | △ 800 |
自動車排出ガス規制 | △ 600 |
その他の自動車対策 | △ 200 |
出典:東京地域公害防止計画
(三)この対策の内容は,(1)固定発生源(工場等)対策により年間1,400トン,(2)移動発生源(自動車)対策により年間800トン,各削減することとなっている.
右(2)の移動発生源対策による年間800トン削減の内訳は,@自動車単体当りの排出量の抑制をめざす「自動車排出ガス規制」により年間600トン,A「その他の自動車対策」により年間200トン,各削減するというものである.
右Aの「その他の自動車対策」とは,「共同輸・配送等,物質輸送の合理化など交通量の抑制,信号機の高度化,交通管制センターの整備等交通管制システムの整備,必要な交通規制の実施,幹線道路の交差点の立体化を図ると共に,環状道路等の道路網の整備を行なう」(公害防止計画132頁)というものである.
(四)したがって,環状道路の整備は,公害防止計画においては「その他の自動車対策」の一つとして位置づけられていることになる.
そうである以上,本件中央環状新宿線事業(環状道路網整備の一環)が,公害防止計画に適合すると言い得るためには,同事業によって,窒素酸化物排出量が削減の方向に向かうことが明らかにされねばならない.
3 適合性判断の具体的方法
まず,中央環状新宿線の完成による窒素酸化物排出量を,本件事業にかかわる環境影響評価書(以下,「評価書」という)を基にして予測する.次に,この数値を基に同事業の完成によって交通流が円滑化されると仮定した上で,円滑化効果による窒素酸化物削減量を算出する.その方法は,すでに開通している中央環状線東側部分の実績を基に予測する.
そして,右の両者を比較することによって,中央環状新宿線の完成が総体として窒素酸化物排出量の削減をもたらすか否かを検証することとする.
かかる検討のために予測すべき時点は2000年時とする.また,「自動車排出ガス規制」による効果を計算上排除するため,自動車単体あたりの窒素酸化物の排出係数は同一の値を採用した.その値として,単体規制が進んでいるとされる2000年時のものを評価書から引用し採用することとしたので,ここで算出される排出量は,極めて低く設定されていることをあらかじめ付言しておく.
4 中央環状新宿線による窒素酸化物の直接排出量予測
(一)予測手法
(1)各区間の昼夜別・大型小型別交通量に,各窒素酸化物排出係数をかけて各区間ごとの窒素酸化物排出量を出し,これらを集計する方法による.
予測の基礎となる数値は全て環境影響評価書による.区間毎1日当りの中央環状新宿線将来予測交通量は評価書25〜26頁に記されているものを採用する.1台の自動車が1km走る毎に排出する窒素酸化物の排出量,すなわち窒素酸化物排出係数は評価書資料編164,165頁に記されている2000年の値を採用する(表2).この排出係数は,昼夜別,大型・小型別に値が設定されているので,前記の交通量について,昼夜別,大型・小型別の内訳を知る必要がある.この昼夜別交通量の比率,および大型車の比率(大型車混入率)は,評価書資料編17,18頁の数値をもとに計算する(表3).
(2)以上の数値をもとに以下の計算を行なう.
@まず,各区間の昼夜別・大型小型別の交通量を次式で算出する.
各区間交通量(台/日)×昼夜別,大型・小型別交通量比率
A次に各区間の窒素酸化物排出量を次式で算出する.
昼夜・大型小型別交通量×昼夜・大型小型別窒素酸化物排出係数(g/台km)×区間長(km)
Bこの各区間毎の窒素酸化物排出量を,路線別,年度別に集計して,年間窒素酸化物総排出量を算出する.
なお,窒素酸化物排出係数について,評価書では中央公害審議会答申「今後の自動車排出ガス低減対策のあり方につてい」(平成元年12月22日)の新規制による排出削減を考慮して著しく低い値を採用している.この答申に基づく規制車がいつごろからできるようになるのか,新規制車への移行がどのように行なわれるのか,答申は具体的には述べておらず,評価書における排出係数の決定には疑問が残るが,そのまま用いた.
表2 中央環状新宿線における昼夜別車種別窒素酸化物排出係数(g/台Km)
路線名称 | 昼間 | 夜間 | ||
大型 | 小型 | 大型 | 小型 | |
中央環状新宿線 | 2.278 | 0.747 | 2.348 | 1.000 |
・評価書資料編 p.164-165の排出係数資料による.
・昼間とは6時から22時まで
・走行行速度 昼38.1q 夜53.4q
表3 昼夜別,車種別交通量比率
路線名称 | 昼間 | 夜間 | ||
大型 | 小型 | 大型 | 小型 | |
中央環状新宿線 | 17.2% | 63.5% | 5.1% | 14.2% |
・各数値は,時間交通量率と大型車混入率(評価書資料編 p.17,18)とから求めた.
・時間交通量率とは,1日を24時間に分け,1時間毎の交通量を1日交通量に占める割合を求めたもの.これに大型車混入率をかけ,昼間,夜間のそれぞれについて足しあわせ,昼夜別車種別の交通量比率を求める.
・昼間とは6時から22時まで(試料編 p.164-165).
(二)中央環状新宿線の完成による窒素酸化物排出量の予測結果
年度・区間毎の窒素酸化物排出量予測値,および集計結果は表4に示した.これによれば,中央環状新宿線を通行する自動車による窒素酸化物排出量は,2000年に360.0トンとなる.
なお,この窒素酸化物排出量予測値は,不当に低く抑えられた窒素酸化物排出係数に基づくものであり,きわめて控えめな数字である.
表4 中央環状新宿線(2000年)の窒素酸化物排出量算出のための集計表
区間 | 距離(km) | 上段:交通量(台/日),下段:窒素酸化物排出量(kg/日) | |||||
総数 | 大型(昼) | 小型(昼) | 大型(夜) | 小型(夜) | 区間合計 | ||
青葉台〜富ケ谷 | 1.35 | 91000 | 15652 | 57785 | 4732 | 12922 | |
48.1 | 58.2 | 14.9 | 17.4 | 138.8 | |||
〜新宿南出入口 | 1.45 | 101000 | 17372 | 64135 | 5252 | 14342 | |
57.3 | 69.4 | 17.8 | 20.7 | 165.5 | |||
〜西新宿インター | 0.65 | 83000 | 14276 | 52705 | 4316 | 11786 | |
21.1 | 25.5 | 6.5 | 7.6 | 60.9 | |||
〜中野本町出入口 | 1.35 | 75000 | 12900 | 47625 | 3900 | 10650 | |
39.6 | 48.0 | 12.3 | 14.3 | 114.4 | |||
〜中落合インター | 3.05 | 91000 | 15652 | 57785 | 4732 | 12922 | |
108.7 | 131.6 | 33.8 | 39.4 | 313.7 | |||
〜南池袋出入口 | 1.10 | 86000 | 14792 | 54610 | 4472 | 12212 | |
37.0 | 44.8 | 11.5 | 13.4 | 106.9 | |||
〜高松 | 1.15 | 66000 | 11352 | 41910 | 3432 | 9372 | |
29.7 | 36.0 | 9.2 | 10.7 | 85.7 |
合計窒素酸化物排出量(kg/日) 986.2
合計窒素酸化物排出量(t/年) 360.0
注)表作成の手順
@ 交通量は,インタ−チェンジ,出入口等で区切られた区間毎に予測されているので,その距離を市販の1/10,000の地図より読み取る(表の左端).
A 交通量はそれぞれの区間で一日の総数として記されているので,表3の比率にしたがって按分し,昼夜・大型小型別交通量を算出する(表の上段).
B この昼夜・大型小型別交通量に,それらの距離を掛けあわせ,さらに表2に記されたそれぞれの排出係数(1台の車が1km走る毎に排出する窒素酸化物の重量)を掛けあわせて,昼夜・大型小型別排出量をまとめ,区間毎に合計を計算する(表の下段).
C 路線毎,年度毎の合計窒素酸化物排出量を計算する.
5 中央環状新宿線による窒素酸化物の排出削減量予測
(一)葛飾江戸川線(中央環状線東側部分)開通に伴う都心環状線利用車両の交通流円滑化による窒素酸化物削減量
次に,中央環状新宿線の建設により被告が期待している都心環状線の交通流円滑化がもたらす窒素酸化物排出量の削減量を予測する.
乙第二二号証の二によれば,中央環状線の東側部分開通により,開通以前(1985年)に比べて開通後(1988年)には都心部分で交通量が減少したという.そこで,それがどの程度の窒素酸化物排出量削減につながったかを検証することにより,中央環状新宿線建設の窒素酸化物削減効果の予測を試みることにする.
手法は前記4(一)とほぼ同様,すなわち,各年度における昼夜別・大型小型別走行台キロに窒素酸化物排出係数をかけ,集計するものである.
(1)各年度における昼夜別・大型小型別走行台キロの算出
@右各年度において都心環状線を利用した交通量
乙二二号証の二には,都心環状線を利用する交通量について,1日あたりの台数が示されており,1985年が47.3万台,1988年が45.6万台となっている.昼夜・大型小型別交通量比率は表3の値をそのまま使う.
A一台あたりの平均走行距離
これは,「第二〇回首都高速道路交通起点終点調査報告書」58頁(甲第59号証)の図2-27に示されており,これによれば,1985年(昭和60)の平均走行距離は17.5km,1988年(昭和63)では18.2kmである.1988年における平均走行距離の伸びは,交通流円滑化以外の要素であるから,その影響を排除するために,両者の平均値,17.85kmを両年度とも採用して計算を進めることとする.
B走行台キロ
交通量と走行距離を掛けあわせれば走行台キロが算出できる.
(2)窒素酸化物排出係数の算出
前述のように,自動車排出ガス規制の効果と混同が生じないように,2000年についてのものを用いた.ただし,円滑化する前の1985年の窒素酸化物排出係数については,資料は整っていないが交通渋滞がかなりひどかったものと仮定して補正する必要がある.この様に仮定することで,道路整備による交通流円滑化の効果を最大限に見積った時の窒素酸化物削減量を推定することとなるが,窒素酸化物排出係数の見直しは,高速道路の渋滞が著しい昼間だけについて行なうこととする.すなわち,表3の値をさらに昼間の分についてだけ補正してみる.
表5で示したように評価書は2000年の平均走行速度が38.1km/hに改善していると予測しているが,円滑化がなされたとする1988年についてはその値を採用する.円滑化以前の1985年の平均走行速度は,その約半分の18.2kmだったとして計算してみる.この値は,評価書資料編164頁に記載されている数値の中で,平均排出係数が最も大きくなる(他に21.3,24.3,32.7km/hの場合が記載されているが,平均窒素酸化物排出係数はいずれも18.2の場合を下回る)ものを採用する.これは中央環状線東側部分の開通により,飛躍的に平均走行速度が伸びたものと仮定するもので,交通流円滑化効果を極めて過大に評価したものであるが,右効果の過小評価を避けるためにこのように設定したものである.
これにより,昼間における排出係数は大型は3.090,小型は0.557となる.渋滞のない夜間は表3の2000年の値(大型2.348,小型1.000)をそのまま使う.
表5 中央環状線東側部分開通前後の窒素酸化物予測に用いた排出係数(g/台km)
年 度 | 昼 間 | 夜 間 | ||
大型 | 小型 | 大型 | 小型 | |
1985年度 | 3.090 | 0.557 | 2.348 | 1.000 |
1988年度 | 2.278 | 0.747 | 2.348 | 1.000 |
・数値は評価書資料 編 p.164-165の排出係数資料による.
・数値は2000年のものを用いた.
・昼間とは,6時から22時まで.
・走行速度 1985年 昼18.2Km 夜53.4Km
1988年 昼38.1Km 夜53.4Km
(3)窒素酸化物排出量の算出
前述(1)の走行台キロに前述(2)の排出係数を掛けあわせ集計すれば,窒素酸化物総量が算出できる.
(4)表6に,計算結果をまとめた.これによると,中央環状線東側開通による交通流円滑化の窒素酸化物排出量におよぼす効果は,1985年の3534トンが,1988年には3351トンに減少したということになり,183トンの減少ということになる.しかしこの数値は極めて過大に評価したものとであることに留意すべきである.
表6 中央環状新宿線東側部分開通前後の都心環状線利用交通による窒素酸化物排出量
昼 間 | 夜 間 | 総計 | ||||
大型 | 小型 | 大型 | 小型 | |||
昼夜・大型小型別比率(%)*1 | 17.2 | 63.5 | 5.1 | 14.2 | 100 | |
1985年 | 交通量(万台/日)*2 | 8.1 | 30.0 | 2.4 | 6.7 | 47.3 |
走行量(万台km/日)*3 | 145.2 | 536.1 | 43.1 | 119.9 | ||
窒素酸化物排出係数(g/台km)*4 | 3.090 | 0.557 | 2.348 | 1.000 | ||
窒素酸化物排出量(kg/日)*5 | 448.7 | 298.6 | 101.1 | 119.9 | 9683 | |
年間窒素酸化物排出量(トン/年)*6 | 3534 | |||||
1988年 | 交通量(万台/日)*2 | 7.8 | 29.0 | 2.3 | 6.5 | 45.6 |
走行量(万台km/日)*3 | 140.0 | 516.9 | 41.5 | 115.6 | ||
窒素酸化物排出係数(g/台km)*4 | 2.278 | 0.747 | 2.348 | 1.000 | ||
窒素酸化物排出量(kg/日)*5 | 318.9 | 386.1 | 97.5 | 115.6 | 9181 | |
年間窒素酸化物排出量(トン/年)*6 | 3351 |
窒素酸化物削減効果 3534 - 3351 = 183
注)表作成の手順
@ 昼夜・大型小型別比率*1;表2による
A 昼夜・大型小型別交通量*2;交通量総計×@
B 走行量*3;A×17.85km(平均走行距離)
C 窒素酸化物排出係数*4;表5による
D 窒素酸化物排出量*5;B×C
E 年間窒素酸化物排出量*6;D×365日
(二)中央環状新宿線による窒素酸化物排出量の変動
中央環状新宿線(中央環状線西側部分)は全長10.1kmであり,全長約19kmの葛飾江戸川線(東側部分)の半分ほどしかなく,断面交通量に大きな差がないことから,走行台キロはおよそ半分と見積られる.その一方,中央環状新宿線(中央環状線西側)の開通により環状道路としての整備が大きく進んだとしても,それによる交通流円滑化がもたらす窒素酸化物排出量排出係数の改善が前記3の過大な予想をさらに大幅に上回るとは考えられない.このため,中央環状新宿線開通による窒素酸化物排出量削減量が,東側部分開通における最大限183トン上回ることは考えられない.
したがって,中央環状新宿線開通による交通流円滑化から生じる窒素酸化物排出量の削減量は,極めて過大に見積もったとして183トンに過ぎないということができる.
6 まとめ
中央環状新宿線建設による窒素酸化物の直接排出量は,前期4の(二)でみたとおり2000年に360の増加である.これに対し,交通流円滑化による窒素酸化物排出量の削減効果を最大限に見積もった時の窒素酸化物削減量183トンは,中央環状新宿線開通による窒素酸化物の排出増加量約360トンの約半分に過ぎない.
結局,何の対策もなく排気塔から窒素酸化物をまきちらす中央環状新宿線事業は,窒素酸化物排出量の増加につながるのであって窒素酸化物対策としては逆効果にしかならないことは明らかである.したがって,本件事業は,公害防止計画に適合しない.
二 環状六号線拡幅事業は公害防止計画に適合しない
1 環状六号線拡幅事業(以下,単に「本件事業」という)の前提たる都市計画は公害防止計画に適合しなければならない
被告は,平成4年11月27日付の準備書面(四)において「環状第六号線に関する都市計画は,東京地域公害防止計画が策定される前に策定されたものであるから,右都市計画が東京地域公害防止計画に適合しないものであることはできない」(16頁)として,本件事業の前提となる都市計画が公害防止計画に適合しているか否かの主張を回避している.
しかし,都市計画法13条1項が公害防止計画に適合するよう求めているのは,都市計画決定ではなく都市計画であること,本件事業は公害防止計画策定後の昭和55年に計画の再検討がなされていること(被告準備書面(一)),の2点から本件事業の前提となる都市計画も公害防止計画に適合したものでなければならないことは,本年2月2日付原告ら準備書面6の11ページ以下で既に述べたとおりである.
したがって,本件事業もまた,中央環状新宿線の場合と同様,公害防止計画の窒素酸化物提言策の中の「その他の自動車対策」の「・・・環状道路等の道路網の整備」に該当し,本件事業の前提たる都市計画が公害防止計画に適合していると認められるためには,本件事業により,交通流が円滑化して窒素酸化物の総排出量が低減されることが明らかにされなければならないのである.
右のことが明らかにされない場合,かかる本件事業をもたらす都市計画は「公害防止計画に適合したもの」とはいえないから,都市計画法13条1項に違反する.その結果,本件事業の承認処分は取消を免れない.
以下,検討する.
2 環状六号線拡幅事業は交通量を増加させる
(一)本件事業の目的には,「他の環状線と同様に都心に集中する交通を分散・導入することにより,都心部交通渋滞の緩和を図る」こと,とともに「大崎,渋谷,新宿及び池袋といった副都心相互の連携を強化し,多心型都市構造への改変を誘導する」ことがあげられている(被告準備書面(一)).このことは取りも直さず本件事業が新たな交通需要の喚起してしまうことを意味する.にもかかわらず中央環状新宿線の環境影響評価書では,この道路が完成しても将来の交通量は減少するという,全く誤った予測が行なわれているのである.
(1)現在および事業終了後の環六の交通量は,中央環状新宿線の環境影響評価書に記載されている(評価書23〜26頁,評価書資料編214頁).
(2)これらと国土地理院の市販の1万分の1の地図から読み取った各区間の距離とから,表7のように山手通りの走行台キロを算出する.1985ないし1987年には451678.95台キロだったものが,1995年には9.5%の増加で494700台キロ,2000年には逆に8.7%の減少で412300台キロとなる.
区 間 | 距離 | 上段:交通量(台/d) 下段:走行台キロ | ||
1985/1987年 | 1995年 | 2000年 | ||
青葉台〜淡島通り | 0.30 | 46,691 | 46691 | 40,000 |
14007.30 | 15,600 | 12,000 | ||
淡島通り〜駒場 | 0.20 | 46,691 | 48000 | 36,000 |
9338.2 | 9600 | 7,200 | ||
駒場〜東大裏 | 0.65 | 45,893 | 66000 | 55,000 |
29830.45 | 42900 | 35750 | ||
東大裏〜富ケ谷 | 0.20 | 45,893 | 44000 | 40,000 |
9178.6 | 8800 | 8000 | ||
富ケ谷〜井の頭通り | 0.45 | 45,893 | 34000 | 30,000 |
20651.85 | 15300 | 13500 | ||
井の頭通り〜新宿南 | 1.00 | 50,114 | 37000 | 32,000 |
50114 | 37000 | 32000 | ||
新宿南〜補助59号 | 0.35 | 47,006 | 48000 | 50,000 |
16452.1 | 16800 | 17500 | ||
補助59号〜甲州街道 | 0.30 | 47,006 | 48000 | 45,000 |
14101.8 | 14400 | 13500 | ||
甲州街道〜水道通り | 0.30 | 43,433 | 47000 | 43,000 |
13029.9 | 14100 | 12900 | ||
水道通り〜方南通り | 0.60 | 40,490 | 50000 | 45,000 |
24294 | 30000 | 27000 | ||
方南通り〜補助63号 | 0.30 | 40,490 | 55000 | 52,000 |
12147 | 16500 | 15600 | ||
補助63号〜中野本町 | 0.15 | 43,367 | 60000 | 61,000 |
6505.05 | 9000 | 9150 | ||
中野本町〜青梅街道 | 0.45 | 43,367 | 46000 | 45,000 |
19515.15 | 20700 | 20250 | ||
青梅街道〜大久保通り | 0.45 | 41,493 | 45000 | 41,000 |
19671.85 | 20250 | 18450 | ||
大久保通り〜早稲田通り | 1.10 | 41,493 | 50000 | 41,000 |
45642.3 | 55000 | 45100 | ||
早稲田通り〜新目白通り | 1.05 | 47,793 | 54000 | 41,000 |
50182.65 | 56700 | 43050 | ||
新目白通り〜目白通り | 0.50 | 47,793 | 45000 | 30,000 |
23896.5 | 22500 | 15000 | ||
目白通り〜池袋南 | 0.60 | 41,783 | 43000 | 30,000 |
25069.8 | 25800 | 18000 | ||
池袋南〜補助172号 | 0.10 | 41,783 | 60000 | 50,000 |
4178 .3 | 6000 | 5000 | ||
補助172号〜立教通り | 0.30 | 41,783 | 60000 | 40,000 |
12534.9 | 18000 | 12000 | ||
立教通り〜放射36号 | 0.30 | 41,783 | 53000 | 40,000 |
12534.9 | 15900 | 12000 | ||
放射36号〜高松 | 0.45 | 41,783 | 53000 | 43,000 |
18802.35 | 23850 | 19350 | ||
合計走行台キロ | 451678.95 | 494700 | 412300 | |
現況(1985/1987)に対する増減 | +9.5% | -8.7% |
・現況交通量は評価書資料編214頁による.1985/1987とあるのは,2種類の調査に基づいていることによる.
・将来交通量は評価書25〜26頁による.
・走行台キロは,区間長と交通量とをかけあわせて算出する.
(二)右の算出結果をみると,環六拡幅と中央環状新宿線が完成した直後の1995年においては,地上と地下とで交通の分散があるにもかかわらず交通量は9.5%も増加するのである.これは4車線が6車線に増えることで,他の道路から迂回してきた車両や,潜在需要が顕在化した結果と考えられる.
他方,2000年の減少というのには全く理由がない.前述のようにこの道路の目的が副都心相互の連携を強化する意味をもつならば,交通量が飛躍的に増加するものと考えるべきである.実際,これまで都内の道路における交通量は道路の容量に応じて推移しているのである(この点については別に主張する).
3 環状六号線拡幅は窒素酸化物の削減にはつながらない
評価書148頁に予測に用いた平均走行速度が記載されている.この値として実走行速度が用いられていることから,拡幅しても走行速度の増加はないことは,評価書自身認めているのである.沿うである以上,交通量の増加はそのまま窒素酸化物量の増加に結びつくのである(前記中央環状新宿線の窒素酸化物排出量予測の場合と同様,自動車単体の排出係数改善はここでも考えない).
したがって,本件拡幅事業による窒素酸化物排出量の削減効果は全く認められない.
三 浮遊粒子状物質の発生を増大させる本件各事業は公害防止計画に適合しない
1 東京地域公害防止計画の目標
公害防止計画は,第一章序節,第三節計画の目標(3頁)によれば,昭和66年度(1991年度)末を目途に大気汚染の環境基準達成を目標としている.環境基準が定められている大気汚染物質は,二酸化硫黄,一酸化炭素,浮遊粒子状物質,二酸化窒素,光化学オキシダントである.これら,環境基準が定められている物質の内,現在までに二酸化硫黄と一酸化炭素に関しては対策が進み環境基準を下回っているが,残りの浮遊粒子状物質,二酸化窒素,オキシダントは環境基準達成が極めて困難な状況である.二酸化窒素については別に述べたが,浮遊粒子状物質,オキシダントに関しても,本件各事業はこれらの大気汚染物質の環境基準達成という公害防止計画の目標に適合せず,逆に本件事業により目標達成がさらに困難になる.
以下,浮遊粒子状物質について詳述する.
2 浮遊粒子状物質による大気汚染の現状
東京都の調査によれば,前年度に引き続いて平成3年度も浮遊粒子状物質は東京都の一般環境大気測定局35局,および自動車排出ガス測定局13局の全局で,環境基準を達成できなかった(前出,東京都の平成3年度「大気汚染状況測定結果のあらまし」(甲58号証)1,4頁),東京都環境保全局,平成4年8月25日,1,4頁).
同報告書の図3(4頁)に見られるように,近年,自動車排出ガスの影響を直接受ける自排局では明らかに増加している.浮遊粒子状物質には発ガン物質が多量に含まれるなど,重篤な健康被害を起こす大気汚染物質であり,極めて危険な状態にあるといえる(なお,昭和48年以前の高い値は,当時の浮遊粒子状物質の発生原因の大部分が工場の煙突から排出される煤煙であったことによる.その後,工場等の固定発生源に対しては,除塵装置の設置義務化などの対策が進みその発生量が激減した).
3 浮遊粒子状物質の排出状況の将来
浮遊粒子状物質の排出率は,ディーゼル車がガソリン車に比べて著しく高い.しかし,現在わが国では,ディーゼル車の燃料となる軽油の方がガソリンに比べて税金面ではるかに優遇されていることもあって,ディーゼル車の比率が年々高まっており,極めて憂慮すべき状況である.
4 本件地下道路事業の都市計画決定における環境影響評価においては浮遊粒子状物質の予測がなされていない
前項までに述べてきたように,公害防止計画は浮遊粒子状物質の環境基準達成を目標としているが,現実には全く達成されずむしろ悪化しており,かつ将来改善されるという見通しも全くたっていない.そうである以上,本件道路建設が浮遊粒子状物質の面でも公害防止計画に合致していると言い得るためには,窒素酸化物の場合と同様,道路建設による交通流円滑化がもたらす浮遊粒子状物質の減少が,道路建設による交通量増加による浮遊粒子状物質の増加を上回ることを示し,これらの事業が多少なりとも浮遊粒子状物質の減少に寄与することを証明しなければならない.そのことを確認し得る方法は環境影響評価の実施の他に存在せず,そのことを公害防止計画が予定していることはすでに述べたとおりである.
ところが,本件環六拡幅事業についてはそもそも環境影響評価が一切実施されておらず,本件地下高速道路事業についても「浮遊粒子状物質は予測手法が確立していない」という理由で予測・評価の対象として選定していない.すなわち,本件道路建設に伴う浮遊粒子状物質の将来予測は一切なされておらず,公害防止計画に適合しているという判断を下すことはできないのである.
5 浮遊粒子状物質を無視した環境影響評価は違法である
本件地下高速道路の環境影響評価書において浮遊粒子状物質は取り上げられていない.環境影響評価技術指針を見ると,大気中の二次生成物,例えばオキシダントについては,予測が困難だから,環境基準が設定されているにも係わらず予測を行なわなくてもよいことになっているが,浮遊粒子状物質に関してはそのような例外とされていない.
本件地下道路事業に関する環境影響評価において,浮遊粒子状物質を予測・評価の対象からはずした理由として同評価書には,「窒素酸化物などのように予測手法が確立しておらず,予測精度が低い」ことがあげられている.しかし,これは浮遊粒子状物質を予測,評価の対象から外すことの合理的理由とはならない.
浮遊粒子状物質が発ガン性の高さ等,その危険性がきわめて高いものであること,及び環境影響評価手続の趣旨が,当該事業の環境に与える影響を予測,評価し,もって周辺住民の生命,身体を守ることにあることからすれば,浮遊粒子状物質の予測,評価は,環境影響評価にとって必要不可欠であるといわなければならない.
仮に,浮遊粒子状物質の予測精度が低いとしても,その誤差の範囲を明示した上で予測数値を示せば足るのであって,予測,評価自体を行なわない理由となるものではない.浮遊粒子状物質の予測手法が,環境影響評価技術指針関係資料集(甲34号証)に明示されているのであって,予測手法が判明していないわけではない.
当該事業の環境に与える影響を予測,評価する手続きが他に存在しない以上,仮に,その予測制度は低いといっても,これについての環境影響評価手続の重要性を損なうものではない.現在とりうる最高の手法で環境影響評価を行なうことが要請されているのである.東京都環境影響評価条例は,そのような環境影響評価を予定しているのであり,事業者にとって都合のよい結論のみを故意に導こうとする環境影響評価は,違法の瑕疵を帯びるというべきである.
しかるに,本件環境影響評価手続は,二酸化窒素については関係資料集の手法を無視して,事業者にとってのみ都合のよい誤った予測手法を用いて,環境に対する悪影響を故意に過小評価し,浮遊粒子状物質については関係資料集所定の手法は精度が低いとして予測を行なわず問題の所在を明らかにしていない.このような環境影響評価は,違法であり,明らかに環境影響評価条例に違反する.ひいては,同条令が実現を目指す公害防止計画への適合性にも反するものである.
6 浮遊粒子状物質の増加をまねく本件各事業の都市計画は公害防止計画に適合しない
前述のように環状六号線の交通量は飛躍的に増加する.これにより浮遊粒子状物質も増加する.地下高速道路からの浮遊粒子状物質は,換気所における除塵装置によりある程度取り除かれるというが(既存のものは60〜70%取り除くという,評価書資料編121頁),取り除くことができなかった分は確実に増加分となる.
したがって,浮遊粒子状物質についても,本件各事業の実施により削減が全く期待できない以上,環境基準を下回ることも有り得ない.したがって,浮遊粒子状物質の面からも本件各事業の都市計画は公害防止計画に適合しないことは明白である.
四 以上のように本件各事業の都市計画は公害防止計画に適合せず,都市計画法13条1項に違反する.その結果,本件各事業の認可・承認処分は,都市計画法61条に違反し,取消を免れない.