上告理由補充書 1998年12月25日
上告理由書提出から2年10ヵ月を過ぎていますが,最高裁はなんの動きも見せません.その間新たに原告適格に関して決定的ともいえる事実が明かとなりましたので,上告理由補充書として提出しました.
右当事者間の当初事件について,上告人らは次の通り上告理由を補充する.
一 原判決において原告適格の存在を否定した根拠
原判決は,事業地内にある不動産に関して権利を有しない控訴人ら,すなわち道路付近に居住し,道路が出来ることにより生ずる大気汚染や地盤沈下の被害を受けないという利益の保護を求めている控訴人らに関して,都市計画法はそうした利益を一般公益と離れて「それが帰属する個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むものと解することは出来ないから,本件各処分の取消を求めるについて法律上の利益を有するものではないといわなければならない」として原告適格の存在を否定した.
1 原判決における原告適格の判断基準
原判決は,原告適格の存否を判断する基準を以下のように規定している.
「行政事件訴訟法九条に規定する行政処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有する者とは,当該処分により自己の権利又は法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい,右の法律上保護された利益とは,当該処分の根拠となった行政法規が私人等の権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることによって保護されている利益をいうものと解される.そして,特定の行政法規について,ある利益が右の法律上保護された利益に当るものといえるかどうかは,当該行政法規がその利益を一般的,抽象的にではなく,個別的,具体的な利益として保護するものであるかどうかを,当該行政法規の趣旨,目的,当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容,性質等を総合的に考慮し判断することによって,決せられるべきである.」
2 原判決における原告適格の有無の検討過程
原判決は,原告適格の判断基準を以上のように規定した上で,道路沿道住民の個別的,具体的な利益を保護するという趣旨が都市計画法に含まれるか否かについて検討している.その結果,「本件認可又は承認に係る事業地付近の住民の大気汚染による健康もしくは地盤沈下の被害を受けないという利益又はこれらの住民の良好な生活環境を享受するという利益については,個々の住民に帰属する利益として個別具体的に保護するため法が行政権の行使に制約を課すことを窺わせるような趣旨の規定は見当たらない.」としている.そして控訴人らが法制定の経緯,法二条の基本理念,法一三条一項四号における良好な環境の保持,及び同条一項の各号列記以外の部分の公害防止計画適合性等から,法が付近の住民の利益を個別的具体的にも保護していることが導かれると主張していることに対して,判決はつぎのように述べている.
「法は,土地の個別的な権利と都市計画との間の調節を図り,「健康で文化的な都市生活」及び「機能的な都市活動」の実現を期そうとするものであることが明らかであり,換言すれば,法は,ここにいう「健康で文化的な都市生活」及び「機能的な都市活動」を,法が都市計画を介して実現すべき目的ないしは理念として掲げ,土地利用の制限といういわば私権を制限する手段を用いてでも,その実現を図ることができるようにしたものであって,このような目的の実現によってもたらされる利益は,付近住民が等しく享受できるもの(すなわち公益)であり,不特定多数者の利益に当たることは疑いがない.法が,このように,他の私権を制限してでも,実現すべき公益として,「健康で文化的な都市生活」又は「機能的な都市活動」を掲げていること及び法一六条,一七条は前説示のとおり都市計画に係る付近住民の権利を保障したものと解することはできず他に付近住民の権利を保障する趣旨の規定はないことを総合して考えると,右の公益を実現すべき旨の規定が,同時に,付近住民の享受する個別的利益としても保障した趣旨に出たものでないことは明らかである.」
二 原判決と現実の都市計画事業との矛盾
原判決は都市計画法における,付近住民の個別的,具体的利益の保護を明確に否定している.しかし,現実の都市計画事業においては,付近住民の個別的,具体的利益を保護している現実が存在している.
1 建設省建設局長,道路局長通達
幹線道路周辺の生活環境を保全することを目的として,「道路環境保全のための道路用地の取得及び管理に関する基準」が,昭和49年4月10日に,建設省都市局長,道路局長から通達されている(資料1).
この基準は具体的には,幹線道路に隣接する地域の生活環境を保全する必要がある場合に(同別添1項),車道端から各側10メートルの土地を道路用地として取得し(同別添3項),植樹帯,遮音壁等を設置するものであり(同別添7項),用地の取得は原則として都市計画として決定(変更)することにより行なう(同別添6項),というものである.
この基準において,「生活環境を保全する必要があると認められる」とは,具体的にどのような侵害から保全する必要があるのかについての記載はない.しかし,通達の道路交通に伴う騒音等の除去といった記述等から,騒音対策に重点を置いたものであることは充分読み取ることができる.
ここで強調したい点は,道路交通騒音による被害を受けないという利益は,道路付近住民固有のものである事実である.沿道の耐えがたいまでの騒音も,道路から離れれば騒音は著しく低下するのである.従って,ここにいう生活環境を保全とは,道路付近住民の個別的,具体的な利益の保護に他ならず,一般公益とは明らかに切り放されたものといわざるを得ない.
2 具体的な事例(調布保谷線における沿道環境保全のための都市計画道路変更)
都市計画道路調布保谷線(調布3・2・6号及び三鷹3・3・6号)は,現在の幅員18メートル(2車線)を36メートル(4車線)に拡幅するという都市計画変更手続きが進められている.資料2は,その都市計画変更の前提として行なわれた環境影響評価書の抜粋である.この都市計画は,9頁にあるように「都市機能の確保,都市防災の強化,都市空間の確保」という意味では一般公益の実現ということをめざしたものといえる.しかし,それに加えて地域環境の保全が明示され「沿道の環境に配慮した質の高い道路として整備する方針」をとっているところに大きな特徴がある.そうした環境への配慮は,14頁に示された標準横断図に明らかなように,遮音壁を備えた分離帯,副道,歩道からなる環境施設帯の設置という形で具体化されている.資料に明示されているように,この環境施設帯は,前記通達に従って設置されるものであり,片側10メートル,計20メートルという基準も守られている.今回の18メートルから36メートルへの都市計画変更の目的も,まさにこの通達に基づく環境施設帯設置のための用地の取得にある.すなわち,この都市計画変更は沿道環境保全のためであり,都市計画の現場においては,土地収用という私権の制限を加えてまで,沿道環境という道路付近住民の個別的,具体的な利益の保護をはかっているである.
(なお,前述のようにこの通達による環境施設帯は騒音防止が主要な目的となっている.しかし,資料3,東京都「生活都市東京構想」(平成9年2月)によれば,調布保谷線は,環境施設帯を設け,通過交通による大気汚染や騒音・振動からの住環境を守る「快適で環境に優しい道づくり」により整備する道路として位置付けられており(206頁),大気汚染の点からも(一般環境ではない)沿道環境の保全をめざすという趣旨を含んでいることがうかがえる.)
三 現判決の誤り
仮に判決のように,都市計画法には「個々の住民に帰属する利益として個別具体的に保護するため法が行政権の行使に制約を課すことを窺わせるような趣旨の規定は見当たらない」ならば,幹線道路周辺の騒音被害の除去という,限られた沿道住民の個別的,具体的な利益だけを目的とした環境施設帯を,都市計画により,私権を制限してまで設置することは到底許されず,そうした土地取得のための基準を示した局長通達は法の趣旨に反するものといわざるを得ない.しかし,それはあまりに非現実的である.大気汚染や騒音といった道路公害が深刻化している現代社会において,道路沿道の環境保全対策の実施は,国民のだれもが必要と認める常識であり,この局長通達は広く受け入れられるものである.この通達は,被上告人が沿道環境の保全を都市計画において実現することを当然のこととして認めていることを端的に表したものと言える.被上告人も,都市計画法の様々な規定の中に,個々の住民に帰属する利益として個別具体的に保護する趣旨を見いだしているからこそ,こうした通達を発遣しているのだと理解せざるをえない.
四 結論
被上告人においても,都市計画法には一般公益と離れて,道路沿道住民の利益を個別的,具体的に保護すべきものとする趣旨が含まれていると解している.
上告人らは,本件各処分の取消を求めるにつき,法律上の利益を有するものであり,原告適格が認められなければならない.
添付資料
1 都市計画法令要覧(平成10年度)
平成10年9月25日
監修 建設省都市局都市計画課
編集 都市計画法制研究会
発行 株式会社 ぎょうせい
2 環境影響評価書 ―調布都市計画道路3・2・6号調布保谷線
三鷹都市計画道路3・3・6号調布保谷線
調布市富士見町〜三鷹市野崎間)建設事業―
平成9年2月
発行 東京都建設局道路建設部計画課
3 生活都市東京構想
平成9年2月
編集発行 東京都政策報道部計画部