一審最終準備書面 1994年1月13日


第14回法廷で,これまでの主張をまとめた最終準備書面を提出しました.個人名は略してあります.


第一 原告適格について

一 これまでの主張を維持する

1 原告らは、準備書面一、三において、行政処分の取消訴訟における原告適格につき、いわゆる「法的保護に値する利益説」が妥当であること、本件原告らの主張する利益が法的保護に値すること、「法的に保護された利益説」に立ったとしても人格権、幸福追求権等の実体法上の権利がそこには含まれること、公共事業地の周辺住民の生活環境上の利益は行政手続に参加することによって法律上の利益にまで高まること、人の生命・身体にかかわる利益については反射的利益と言うべきではないこと等について主張した。これらの主張はすべて維持する。

2 その上で以下では、都市計画法が原告らの主張する利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとしているかどうかが問題である、という被告の主張(被告準備書面二の一五頁以下)、つまり「法的に保護された利益説」を前提にしても、本件において原告適格が認められるべきことを、行政処分の取消訴訟における原告適格に関する最高裁判例に基づき主張する。

 

二 処分の根拠法規が保護しているか否かの問題であるとしても原告適格が認められる

1 最高裁が行政処分取消訴訟の原告適格について、「法的に保護された利益説」を採っておりそれが確定した判例理論になっていること、したがって最高裁判例によれば、単に一般的利益に包摂された利益ないし反射的利益では足りないことは、被告主張の通りである。しかし、本件において、都市計画法は「都市計画の内容、都市計画事業を規制することにより公益の実現を図ろうとしているものであり、当該計画、当該事業に関連する地域住民の利益は、……一般的利益に包摂されたもの」(被告準備書面二の二一頁以下)であるとし、原告適格を否定する結論を導くのは単純に過ぎよう。行政法規はすべて公益の実現をその目的としているのであるから、「処分の根拠法規の保護する利益は公益である」と言ってしまうと、処分の名宛人以外の第三者の原告適格などはおよそ考えられないことになってしまう。最高裁も被告が主張するような単純なことを言っているのではない。そこで最高裁の判例理論につき詳述する。

2 最高裁の判例理論

 最高裁が「法律上保護された利益説」を採っていることは先述の通りである。その上で次の如き判断も示している。すなわち「公益に包含される不特定多数者の個々人に帰属する具体的利益」を「一般的公益の中に吸収解消せしめるにとどめず、これと並んで、それらの利益の全部又は一部につきそれが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきとすることももとより可能であって、特定の法律の規定がこのような趣旨を含むものと解されるときは」、このような利益も法律上保護された利益として原告適格の根拠となる(最判昭和五七年九月九日民集三六巻九号一六七九頁、いわゆる長沼ナイキ事件判決、最判平成元年二月十七日民集四三巻二号五六頁、いわゆる新潟空港事件判決)。したがって、原告の主張する利益が一般的公益の中に吸収解消せしめられているのか、それとも一般的公益と並んでそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護されているのかをどのように判断するかが決定的に重要な問題なのである。この判断をまさに法律の文字通りに行うとすれば、およそ行政法規というものは公益の実現を目的としているのであるから、処分の名宛人以外の者の利益が法律上保護された利益とされることはほとんどないことになってしまうことは既に述べた通りである。

 最高裁は、先述の長沼ナイキ事件判決において、保安林指定ないしその解除の際における「直接の利害関係人」の申請、意見書の提出等の手続規定の存在を手掛かりとして、一定範囲の者に保安林指定解除処分の取消を求める訴えの原告適格を認めたのであるが、その際判決は、「保安林の伐採による理水機能の低下により洪水緩和、渇水予防の点において直接に影響を被る一定範囲の地域に居住する住民についてのみ原告適格を認めるべきもの」とした原審の判断を、おおむね「『直接の利害関係を有するもの』に相当するものを限定指示しているものということができ……、結論において正当」とした。ここでは、「直接に影響を被る一定範囲の者」に原告適格が認められたということに注意をしておきたい。

 これも先述した新潟空港事件判決においては、騒音被害を理由とした定期航空運送事業免許処分の取消を求める訴えを提起した飛行場周辺住民に原告適格が認められたのであるが、そこでは、「当該免許に係る路線を航行する航空機の騒音によって社会通念上著しい障害を受けることとなる者」が当該免許の取消を求める法律上の利益を有するとの判示がなされた。このような形で特定された者に原告適格が認められたわけである。

 もうひとつ第三者の原告適格を認めた最高裁判決に、いわゆるもんじゅ事件判決(最判平成四年九月二二日判例時報一四三七号二九頁)がある。この判決では、原子炉の事故が起こったときに直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される範囲の周辺住民に原告適格が認められた。

 以上三つの事件では、処分に直接間接に起因して被害を受ける可能性のある者を何らかのメルクマールで限定ないし特定することができ、そしてそのような特定された者に原告適格が認められたと考えることができる。このことは、ある意味では当然であるとも言える。第三者の原告適格が認められることがありうることを前提とした上で、実質的な民衆訴訟になってしまうことを避けようとすれば、原告適格を有する者の範囲を何らかの方法で特定する必要があり、そしてそのようにして特定された者については単なる一般的公益とは区別される特別の利益が帰属していると言いうるからである。

 最高裁判例の準則を以上のように理解すべきことは、逆に、第三者の原告適格が否定された最高裁判例を見ることによって一層明らかとなる。特別急行料金値上げ認可処分の取消を利用者が求めた事件における最判平成元年四月一三日(判時一三一三号一二一頁)は、利用者の原告適格を認めなかったが、これは単なる一般的公益以上の特別の利益を有する者として一定範囲の者を特定することができないような事件の性質による(ちなみに原審は定期券利用者という形でそのような者を特定できるとして原告適格を認めたのであるが、無理な感じがするのは否めない)。また、最判平成元年六月二〇日(判時一三三四号二〇一頁)は、指定史跡の指定解除処分の取消を求めた訴えについて原告適格を否定したのであるが、この事件も一般的公益とは区別される特別の利益を有する者を抽出することができないものであった。

 最高裁は、以上のように、単なる一般的公益以上の特別の利益を有する特定の第三者に原告適格を認めるのであるが、このような判例の準則に基づけば本件においてはどのような結論になるかについて以下で述べる(なお、「法的に保護された利益」でなければならない以上、原告の主張する利益が少なくとも一般的公益としては法律で保護されていることが前提である)。

 

三 本件においても原告適格が認められること

1 本件において原告らは、大気汚染及び地盤沈下を主とした生活環境上の利益が侵害されるべきことを主張している。そしてこの環境利益は、本件処分の根拠法規である都市計画法において保護されている。すなわち、都市計画法第二条は、健康で文化的な都市生活の確保を都市計画の基本理念として掲げており、都市計画の実施に際して良好な都市環境を維持・創出していくべきこととしているのである(都市施設に関しては第一三条第一項第五号)。もともと新都市計画法が公害対策をその目的の一つとして制定されたものであること、都市計画は良好な都市生活の創出のための手段であるから環境への配慮が計画の一要素であるべきことは当然であることからすれば、環境利益が都市計画法の保護する利益であることは至極当然のことであろう。ともかく環境利益が、少なくとも一般的公益としては都市計画法上保護されているということは間違いなく、被告も認めているところである(被告準備書面二の二〇頁)。

2 そこで次の問題は、単なる一般的公益以上の特別の利益を有する者とはどのような範囲の者かということである。最低限、本件道路における自動車の走行から直接かつ重大な環境上の損害を受ける危険性のある地域内に居住する者ないし通勤・通学をしている者、もしくは本件事業により地盤沈下等の被害を受ける危険性のある地域内に居住する者はそれに当たると言うべきであるが、具体的にそれがどの範囲かを確定することは実際にはそう簡単ではない(簡単でないこと自体は、周辺住民の原告適格を認めた先の三つの最高裁判決の事件の場合も全く同様である)。

(一) 請求の趣旨第二についての原告適格

 本件原告らは、東京都環境影響評価条例第一三条第一項に基づいて定められた「関係地域」内に居住し、または同地域内に通勤もしくは通学している者である(甲一号証)。

 「関係地域」とは、同条例第二条五号で「事業者が対象事業を実施しようとする地域及びその周辺地域で当該対象事業の実施が環境に著しい影響を及ぼすおそれがある地域として、第一三条の第一項の規定により知事が定める地域をいう。」と定められているものであり、具体的には、同一三条一項に基づき東京都知事により甲一三九号証の通り定められている(甲三二号証四三九頁にも記載がある。なお、この関係地域を図示したものが同号証四四一頁にある)。このように「関係地域」とは、行政自身が、本件処分に基づく事業の施行から生じる大気汚染等によって健康被害等を被る蓋然性が高いと認めた地域である。すなわち、この地域は、本件首都高速道路中央環状新宿線における自動車の走行及び本件事業により生じる可能性のある地盤沈下等から直接かつ重大な環境上の損害を受ける危険性のある地域とイコールではないにしても、それに包摂される関係にある地域である。したがって、少なくともこの地域内に居住ないし通勤・通学をしている者には原告適格が認められるべきものである(なお、もんじゅ事件の最高裁判決は、原告適格を有する者の範囲を原子炉から半径二〇キロメートル以内とした原審判決を修正して半径五八キロメートルのところに居住する者にも原告適格を認めたが、その判断の論理的な過程を示していない。これは、範囲の確定が困難であることに鑑み、その範囲を緩やかに設定したものと考えられる)。

(二) 請求の趣旨第一についての原告適格

 本件環状六号線拡幅事業については本件東京都環境影響評価条例を適用した環境影響評価がなされていないため前記(一)の「関係地域」は定められなかったものであるが、以下の理由により、請求の趣旨第二と同様に原告適格が認められるべきである。

(イ) 後記「第二、東京都環境影響評価条例違反」において詳述するように、本件環状六号線拡幅事業についても環境影響評価条例を適用して環境影響評価をなすべきであったこと。

(ロ) 環境影響評価がなされておれば、同様に同条例二条五号、一三条により知事により「関係地域」が定められるはずであり、

(ハ) 定められていたとすれば、その「関係地域」の範囲は、(a)本件首都高速道路中央環状新宿線建設事業が起点を目黒区青葉台四丁目とし終点を豊島区南長崎一丁目とする延長八・七キロに及ぶ工事であり、他方、本件環状六号線拡幅事業が起点を渋谷区松涛二丁目とし終点を豊島区長崎一丁目とする延長八・二キロとする工事であって、起点については前者が後者より南であり、終点については後者が前者より北になっているから、前者と後者が重なり合う区間は、南は渋谷区松涛二丁目から北は豊島区南長崎一丁目(もしくは、南北関係では南長崎一丁目と同じ位置である目白五丁目)であること(以上の位置関係は、甲三二号証四四一頁の「関係地域」図から明らかである)、(b)後記第二の三の2の(二)(三)(四)(五)(六)に述べる通り、本件環状六号線拡幅事業と本件首都高速道路中央環状新宿線建設事業は、同じ環状六号線の上と下を同時平行的に実施されるものであり、二つの事業は相互に関連する、高度の一体性がある事業であることから、少なくとも、右重なり合う渋谷区松涛二丁目から豊島区南長崎一丁目までの範囲を含むことになるのは確実である。

 ところで原告らは、すべて右重なり合う区域内に居住ないし通勤、通学をしているものである(原告らのうち最も南に居住する者の住所は渋谷区神山町と富ケ谷二丁目であり、最も北は豊島区目白五丁目である)から、請求の趣旨第二について原告適格が認められる以上、当然、請求の趣旨第一についても原告適格が認められるべきものである。

 

第二 東京都環境影響評価条例違反

一 東京都環境影響評価条例は法規である

1 法六一条の「法令」と条例

(一) 原告らは、都市計画法六一条の「法令」には、東京都環境影響評価条例が含まれると主張するものである。これに対し被告は、含まれないと主張している。

 しかしながら、この論争は法六一条にいう「法令」の言葉の定義問題のみに帰着するように見え、ややもすると原告らの主張につき裁判所に誤解を与えかねない点も危惧されるもので、最初に、原告らの主張を再度明確化するのが適切であると考える。

(二) 原告らの主張は、法六一条に基づき被告建設大臣が、法五九条二項、三項によって提出された申請を審査し、認可又は承認の可否を決する処分は、適法たることを要することは当然であるが、この処分が適法であるためには、法五九条二項、三項による認可、承認申請の前提たる諸手続が適法でなければならず、これが適法であるためには東京都環境影響評価条例にも違反してはならない、という趣旨である。

 このことを、法六一条にいう「法令」の中には東京都環境影響評価条例も入ると表現しているのである。

(三) 被告は、原告らが法六一条の「法令」の中に、東京都環境影響評価条例も入ると主張したことに対して二点にわたって反論している。その第一は、法文解釈によるものであり、その第二は、都市計画法と全く存立根拠を異にする条例によって認可等の基準が新たに設定されることになり不当であるとすることによるものである。

 しかしながら、この第一の反論は、原告らの主張に対する誤解によると思われる。

(1) まず右の第一の反論について、被告は平成四年一一月二七日付準備書面四の第一、三、2において「法六一条が「法令」と規定しているのは、都市計画事業の認可等の申請手続について、同法が五九条ないし六〇条の三で、政令ないしは建設省令に委任する等規定しているからである。」と主張している。

 しかしながら、原告らとしても、この点に関する被告の主張については異論はないのである。右につづいて、法一六条二項が「政令で定める事項について」と制限を置き、法五八条、七七条三項、七八条八項が「政令に定める基準に従い」と制限を置いているとも主張しているが、原告らはその点についても異論がない。

 したがって、法六一条にいう「法令」が、法五九条から六〇条の三に規定される申請「手続」面に関係しているとの被告主張に、その限度では、原告らは特に異論はない。

(2) しかしながら、被告主張のように法六一条にいう「法令」が五九条から六〇条の三の申請「手続」を指すのだとしても、だからといって右「法令」は東京都環境影響評価条例を排除しているわけではないのである。従って、被告の右反論の第二については原告らは異論がある。

 この点につき被告は、平成四年四月二三日付準備書面三の一、4で、「事業認可又は承認の主体たる建設大臣及び都道府県知事は本件条例の内容に制約されることはない」と主張し、かつ、平成四年一一月二七日付準備書面四、第一、三、4で、都市計画法は「東京都環境影響評価条例による環境影響評価手続の実施を、都市計画事業の認可等の申請をするための手続として法的に義務付けているものではない」と主張しているが、この点については原告らの主張と被告の主張とは対立しているのである。

(3) 原告らは、法五九条二項による認可を受けるべき東京都も、五九条三項で承認を受けるべき首都高速道路公団も、東京都環境影響評価条例によって拘束されるのであり、その結果、第五九条による認可又は承認の適法性が、東京都環境影響評価条例によって左右されることになると主張しているのである。

 この意味において、法六一条にいう「法令」そのものの中に東京都環境影響評価条例が入るか否かは、言葉の定義の問題にすぎない。別の言い方をすれば、被告の主張のように前記第一の反論(前記(1)に要約した被告の主張)が正当であるとしても、前記第二の反論(前記(2)に要約した被告の主張)は正当ではないのである。この第一の反論と第二の反論との間には論理の飛躍がある。

 結局、検討を要するのは、被告反論の第二の点である。

2 条例の根拠及び効力

(一) 地方公共団体による条例の制定権限は、法律によって与えられるのではなく、憲法九四条によって直接に与えられているのである。この意味で条例制定権は、国会が唯一の立法機関であることを定める憲法四一条に対する、憲法上の例外なのである。地方自治法一四条は条例制定権の根拠ではない。したがって、憲法上、行政庁を拘束する法規は、法律のみに限られるわけではなく、条例もまた行政庁を拘束する法規なのである。

 この点、被告の前記反論の第二は、条例制定権が憲法上の根拠をもつことについて誤解がある。

(二) ただし、条例は憲法九四条の定めに従い「法律の範囲内」においてのみ制定しうるに止まる。このため条例の法的効力の範囲は法律によって制約を受けることとなり、条例は、法律及び命令(政令及び省令)の規定と抵触することはできない。

 ところで、条例が法令に違反するか否かについては、法令がすでに規定している場合、法令で定むべきことを明らかにしている場合、法令が条例で定めることを禁止している場合、条例で定める事項について法令で基準を設け条件、制限を定めている場合等については、明らかに条例が法令に違反することになるとされる。

 これに対して、法令にまったく明文の規定がない場合は、法令全体の趣旨に照らして、その事項が全国を通じて一般的に処理することを建前としているのか、全国一律に規制することを適当としないため、地方の実情に応じて処理するところに任しているかを判定して決するものとされ、後者の場合は、条例で規制することができるとされ、前者の場合は条例で規制することは法令に違反する条例となる、とされている(参照、俵 静夫「地方自治法」法律学全集8、三〇二頁)。

(三) ところで、都市計画法に基づく都市施設の建設事業は、一般に、都市の歴史的社会的自然的環境に重大な影響を与えるものであり、特にそのうちでも、道路の新設事業とか道路の拡幅事業は周辺住民の財産、健康、生命に重大な影響又は危険を与えかねないものである。にもかかわらず、都市計画法の全条文中には、良好な都市環境を保持するように都市計画を定めることを要請する条文が存するだけであって、都市計画決定手続又は都市計画事業の施行に関する手続中には、都市施設の建設による環境、財産、健康等に対して与える影響や危険性を事前に予測、測定し、その対策を講ずる趣旨を規定する条文がまったくない。つまり都市計画事業についての環境影響評価に関する明文の規定がない。

 この意味は、都市計画法が都市計画事業についての環境影響評価を全国を通じて一般的に処理することを建前にしているからであるといいうるであろうか。都市施設に関する都市計画について定める法第一一条にも、都市計画法全体の中にも、そのような趣旨を窺わせる規定はまったくない。一九八一年四月に「環境影響評価法案」が国会に提出された(一九八三年一一月に廃棄となった)ことを考えれば、立法者の意思としては、都市計画事業に関する環境影響評価については、別個独立の法律を予定しているのであって、現行の都市計画法自体には、全国一律に定める趣旨を含んでいないと解していると理解するほかはない。

 逆に、現行の都市計画法が旧法とは異なり、都市計画決定権を地方公共団体の長に与えており(法一五条)、都市計画を各地方公共団体ごとに決定することを原則としていること、あらゆる種類の都市計画の基準を規定する法一三条が、都市計画は「当該都市の特質を考慮して・・・・・・定められなければならない」と規定し、特に公害防止の点については「当該都市について」公害防止計画が「定められているときは」、都市計画は「当該公害防止計画」に適合したものでなければならない、と規定していることに照らせば、都市計画法は、環境影響評価については、全国一律に規制することを適当とせず、地方の実情に応じて処理するところに任していると解するのが妥当である。

 かくして、環境影響評価の方法を定める東京都環境影響評価条例は、都市計画事業に関する法令に違反してはいないのである。かくして、東京都の区域に関する限りは、東京都環境影響評価条例は都市計画法とともに、事業者たる行政庁をも拘束する法規なのである。事業者たる行政庁が東京都環境影響評価条例を遵守することは法的義務といわねばならない。

(四) 被告は、前記の通り「事業認可又は承認の主体たる都道府県知事は本件条例の内容に制約されることはない」と主張し、本件条例は都市計画法とは「全く存立根拠を異にし、かつ都市計画法の立法者が全く関知し得ない条例によって認可等の基準が新たに、しかも無制限に設定されることを認めるに等しいことになり、これは都市計画法の全く予定していないところのことといわなければならない」とか「当該地域の条例によってその施策の効力が左右されると解するのは、条例をもって法律の効力を否定することにほかな」らない、などと主張する。

 しかしながら、前述の通り、憲法九四条が地方公共団体たる東京都に対して条例制定権を与えている以上、東京都環境影響評価条例が都市計画法と全く存立根拠を異にするのは、当然である。また、都市計画法の立法者が全く関知し得ない条例によって認可等の基準が新たに設定されることも当然であって、異とするにはあたらない。新たに設定される基準が無限に設定されることになるとの主張は、いささか過剰な反論であって、無論無制限のはずがなく、東京都の区域内における環境影響評価の点に制限されるものである。

 条例が法律の効力を否定することになるとの被告の主張についても、本件条例が都市計画法と抵触するのであればそのように言いうるけれども、右に見たように、都市計画法と抵触しないのであるから法律の効力を否定することになるはずがない。

 また被告は、その準備書面四の、第一、三、2以下で、都市計画法が「条例」に委任した場合について論じているが、原告らは、本件条例が都市計画法の委任によって成立したものであると主張しているのではなく、都市環境の悪化の程度は、東京都や大阪市、川崎市、四日市等の例が示すように、都市によって異なるものであり、このため環境影響評価ということが、現行法上、全国一律に規制することになじまず、むしろ、地域の実情を反映することの方が望ましい事項であるから、憲法九四条により、都市計画法とは別個独立に制定せられたものであると主張しているのである。

 また被告は、その準備書面四の第一、三、3以下では、「国とは全く別個の機関である各地方自治体の独自の判断によって無限に都市計画事業の許可又は承認の申請手続が変容されることになり、都市計画法が建設大臣に対して承認又は認可権限(同条二項、三項)を授権した法の趣旨を没却する危険性がある」とも主張する。

 しかし、原告らの主張は、事業を施行する東京都、首都高速道路公団そのものが本件条例に法的に拘束されるものであると主張しているのであり、東京都、首都高速道路公団が本件条例に、法的義務として従わなければならない結果、その違法性が建設大臣の認可・承認に承継されて、その認可・承認が違法となると主張しているのであり、したがって、法五九条二項、三項及び法六一条の授権を変更するものではないのである。

 なお、環境影響評価条例が制定されているのは東京都だけではなく、ほかに川崎市、北海道、神奈川県がある(参考、大塚直「わが国における環境アセスメント上、下」NBL、五〇五号一八頁、五〇七号三四頁)のであるから、都市計画法と環境影響評価条例との関係は、それらの地方公共団体における都市計画事業についても同一であることに留意すべきである。

 

二 環状六号線拡幅事業に東京都環境影響評価条例の適用がある。

1 東京都環境影響評価条例の構造

(一) 以上の通り、東京都環境影響評価条例は、都市計画法に抵触しない以上、事業者たる行政庁を法的に拘束する法規である。したがって、その適用の有無は、同条例の解釈によって決することとなる。

 同条例は、同二条三号の対象事業の定義によって、同条例を適用すべき事業の範囲を画定している。逆にいえば、同二条三号に定める対象事業に該当するときは、原則として同条例が適用されることとなる。

 同条三号に定める要件は二つあり、別表に掲げる事業であること、次いで、同規則で定める要件に該当することである。

(二) 本件環状六号線拡幅事業は、既存の二二メートル幅、四車線の環状六号線を長さ八二〇〇メートルにわたって、四〇メートル幅、六車線に拡幅する事業であるから、同条例別表の一、「道路の新設又は改築」に該当する道路の改築であることは明らかである。

 次いで、同条例規則の第三条は、同条例二条三号の規則で定める要件は、別表第一の上欄に掲げる事業の種類ごとに、同表の下欄に掲げる要件とするとしている。そして、同別表の上欄の一「道路の新設又は改築」についての下欄の要件である「(四)その他の道路の改築」で、その規模は「四車線以上(改築の結果四車線以上になるものを含む)で、かつ、改築する区間の長さが一キロ以上のもの」としているのであるから、本件環状六号線拡幅事業がこれに該当することも明らかである。

(三) 右は原則であるが同条例附則二項は例外を定めている。

 その基準は、当該対象事業が同条例施行の際、既に第九条一項の規則で定める時期を経過しているか否かである。

 この点につき、東京都環境影響評価条例施行規則第六条は「条例第九条一項の規則で定める時期は、別表第二の上欄に掲げる対象事業の種類ごとに、同表の下欄に掲げる時期とする。ただし、同表の下欄に掲げる行為を行わない対象事業にあっては、当該対象事業を実施する前とする」と定めている。

 そこで同施行規則同表第二を見るに、本件拡幅事業は、対象事業の種類が「一、道路の新設又は改築」にあたるから、本件拡幅事業が同条例施行の際に下欄の「(一)都市計画法第一七条第一項(同法第二一条第二項において準用する場合を含む)の規定に基づく公告」の時期を経過しているか否かを検討しなければならない。

 しかし、右にいう「都市計画法第一七条一項」は、同条例二条七号から、新法である都市計画法を指していることは明瞭である。そして、本件拡幅事業は、新都市計画法の第二一条に基づく都市計画の変更手続を行わなかったのであるから、都市計画法一七条の公告を行わない対象事業というほかない。

 したがって、施行規則第六条但書に該当することになり、「当該対象事業を実施する前に」東京都環境影響評価条例が適用されることになる。

(四) 次いで、東京都環境影響評価条例の附則三項が「前項の規定にかかわらず」としているから同項の適用を検討すべきこととなる。

 本件環状六号線拡幅事業が旧都市計画法の規定によって都市計画の決定がなされた対象事業であることは明らかであるから、同条例施行の際、本件対象事業に係る工事に着手していたか否かを検討しなければならない。

2 工事着手について

(一) しかし、工事の着手があったか否かを検討するといっても、現行の都市計画法の下においては工事に着手していない区域について法五九条の事業認可がなされるのであるから、被告自身が本件環状六号線拡幅事業についての法五九条の事業認可をしたこと自体が着手がないことの証明であって、着手がないことは自明であり検討するまでもない。

(二) これに対し被告は、附則三項の「旧都市計画法の規定による都市計画の決定がなされた対象事業」の定義に手を加え、これは「既に決定された特定の都市計画の内容として掲げられている道路の新築又は改築」=環状六号線整備事業のことであって、これを個別具体的に施行するところの都市計画事業=本件環状六号線拡幅事業ではない、と主張し、そうすることにより環状六号整備事業は、一部完成して供用されているから工事の着手があったことは当然であるという。

 しかしながら、被告の右主張は、旧都市計画法、都市計画法、それに都市計画法施行法の解釈を誤るものであり失当である。

(1) ここでは、被告の主張する「対象事業」と原告ら主張の「対象事業」とが違うのであるから、以下の検討の方法としてとりあえず、附則三項にいう「対象事業」がそのいずれをさすのかはしばらく問わないこととして、附則三項のいう「工事の着手」に焦点をあてて検討してみる。

 新都市計画法が、都市計画と都市計画事業を截然と区別しているのと同様に、旧都市計画法においても、都市計画と都市計画事業とは截然と区別されており、例えば、旧都市計画法(昭和二四年の改正、同四二年等の改正後の、新都市計画法施行直前の旧都市計画法のこと、以下同じ)の五条、六条、一六条、一九条において、その区別は明瞭である。旧都市計画法において、かかる区別がなされているのは「事業ノ執行」(勅令第四八二号、都市計画法施行令第一条ないし第六条等)が都市計画事業として決定された(同三条)都市計画事業の施行を指すところにあった。つまり、旧都市計画法下において、都市計画事業たる工事に着手するためには、必ず都市計画決定(同三条)だけでなく、その都市計画についての都市計画事業決定を要したのである。

 次いで、仮に、旧都市計画法下で都市計画事業決定を受けており、かつ工事の着手があり、したがって、新都市計画法施行の際、現に執行中であったとすれば、その都市計画事業は、都市計画法施行法第三条一項により、新法下の都市計画事業とみなされるのであり、同様に、旧法下においての事業施行期間、縦覧に供すべき図書、都市計画事業の告示等についても、新法下での事業施行期間、図書、新法六二条一項の告示等と扱われるのである(新都市計画法施行法三条二項一号、二号、五号)から、旧法により都市計画事業決定を受けており、かつ新法施行の際までに、工事の着手があったとすれば、新法施行の際「現に執行中」であったものとして、新法による五九条二項、三項の認可又は承認を受ける余地がない。

 そして、旧都市計画法三条一項及び都市計画法施行法三条一項、二項の反対解釈として、旧法下で都市計画決定がなされたが、旧法下で都市計画事業決定がなされなかったもの、及び旧法下での都市計画事業決定までなされてはいたが、新法施行の際までに、工事の着手がなく、したがって新法施行の際に「現に執行中」とはいえないものは、新法の五九条二項、三項の認可又は承認を受けない限り、新法下でも都市計画事業として施行することはできない。つまり着工できない。

 したがって、昭和五六年一〇月一日に施行された東京都環境影響評価条例の附則三項との関係で、工事に着手していた、といい得るためには、@新法たる都市計画法施行の時までに着手しているか、或は、A新法下の五九条二項、三項で認可又は承認を得て、東京都環境影響評価条例施行の時までに着手しているか、そのどちらかしかない。

 ところが、仮に、@だとすれば、前述のとおり、新法下で認可又は承認を受ける余地はないのにかかわらず、本件では、現に新法の五九条二項の認可を受けたのであるから、本件は@には当たらない。

 それでは、右Aに該るかといえば、本件は、一九九一年(平成三年)三月八日に五九条二項の認可を受けているのであり、東京都環境影響評価条例施行の時までに、新法による五九条二項、三項の認可又は承認を得ているわけではないからAにも当たらない。

 よって、東京都環境影響評価条例附則三項との関係でも、着手がある、とはいえない。

(2) 右のことは、次のように表現し直してみると、さらに明らかになる。

 附則三項との関係で、とにかく、工事の着手があるといいうるためには、その前提として、東京都環境影響評価条例施行の時までに、@旧都市計画法で都市計画事業決定がなされているか、あるいは、A新都市計画法で認可又は承認されているか、そのどちらかでなければならない。

 ところで、@の場合なら、新都市計画法施行の際に、a工事の着手があって「現に執行中」であるか、b「現に執行中」でないか、のいずれかである。そしてbであれば、新都市計画法の適用を受けてAにならなければならない。

 しかし本件では、いずれにせよ、Aではない。

 したがって、@の場合であって、かつaの場合しかありえない。

 しかし、本件においては、新都市計画法五九条二項の認可を受けているから、都市計画法施行法三条一項により、@でaの場合ではありえない。よって、東京都環境影響評価条例施行の時までに工事の着手はありえない。

(3) 以上のように、被告の主張が成り立ち得ないのは、そもそも附則三項が「工事の着手」によって同条例の適用を区別しているにかかわらず、附則三項の「対象事業」が、旧都市計画法により決定された都市計画の内容そのものだと主張するところに無理があるのである。「工事の着手」がありうるためには、その前提として「都市計画事業決定」か、「都市計画事業の認可又は承認」を必要としているのである。

 以上の通り、被告の主張は成立せず、失当である。

(三) 被告主張につき、さらに、東京都環境影響評価条例に即して、実質的検討を進める。被告の主張によれば、東京都区部の道路の改築に関する限り、ほとんど本件東京都環境評価条例は無意味になることになり、失当である。

(1) 被告の主張によれば、旧法下で都市計画決定がなされた対象事業とは、旧法下で決定された都市計画そのものをいうことになる。

 ところで、旧法下で決定された都市計画たる東京都区部の道路については、「昭和二一年三月、戦災復興都市計画として定められ…、一六七路線、計画延長一〇四〇キロメートルの延長であったが、昭和二五年、三九年、四一年、五五年と、その時々の時代の要請にこたえる形で計画が再検討され、平成二年度末の東京都区部の都市計画道路は、六〇七路線、計画延長一七〇五キロメートルとなっている」(被告準備書面(一)、第二、一、2)というのであるから、旧法下で都市計画決定されて、本件条例が施行された昭和五六年一〇月一日時点において、その一部についてさえ供用開始がされていない主要な都市計画道路が存在することはまず、考えられないからである。

(2) 環状八号線については、事実として被告主張に反する届出がなされている。環状八号線大田区羽田空港二丁目先埋立地から北区岩淵町一丁目までの延長四四・二二キロメートルについて、旧法下である一九四六年(昭和二一年)三月二六日に都市計画決定がなされている。そして、一九八一年(昭和五六年)本件条例施行の際 、附則三項に基づき環状八号線板橋区若木町三丁目から練馬区北町一丁目間(延長一・八キロメートル)が東京都知事に届出られている。

 これは、旧法下で都市計画決定された環状八号線整備事業のうちの個別具体的に施行するところの板橋区若木町三丁目から練馬区北町一丁目(延長一・八キロメートル)の工事は、附則三項にいう、着手されていない対象事業であるとの前提でなされたものである。

 甲一七三号証は、東京都の都市計画公害委員会において東京都環境影響評価条例公布日(昭和五五年一〇月二〇日)の直前に、道路の新築又は改築、鉄道の新設又は改良、土地区画整理事業について、附則三項の届出を要するものの範囲を事前に検討している内部資料であるが、一枚目の欄外に平成三年四月一二日付のメモの記載がある。この資料では、環状八号線の練馬区以北を三つに分け、(練馬区)南田中二丁目から貫井四丁目の一・八キロ、北町一丁目から(板橋区)若木町三丁目の一・八キロ、坂下一丁目から(北区)岩淵町の二・九キロについて、三者とも一応附則三項の届出を要するものと扱っているが、精査の結果、最後の坂下一丁目から岩淵町の二・九キロについては着工済みのため届出が不要となったものとしている。このように同一の都市計画決定がなされた全体の計画のうち部分ごとに附則三項にいう「着工」の有無を検討している事実は、事業者である東京都自身が、附則三項にいう「対象事業」は被告のいう旧法下の都市計画そのものをいうとは考えていないことを明確に示している。

(四) 被告は、原告のように同条例を解すると、条例四五条が都市計画決定の時点で環境影響評価手続をなすと定めているから、既に都市計画決定がなされている場合には本件条例を遡及させて新たな手続規制を課すことになり不当であるから、附則三項を被告のように解釈すべきであると主張している(被告準備書面三の、二、2)。

 しかし、この主張は新法下で都市計画決定される対象事業と旧法下で都市計画決定された対象事業とを混同するものであり、失当である。

 本件条例四五条は、新法下での都市計画決定についての条文である。原告らは旧法下での都市計画決定について本件条例を遡及して適用せよなどとは主張してもいないのである。原告らは、旧法下で都市計画決定された対象事業については、着工のない限り、その対象事業について本件条例の適用があると主張しているにすぎない。

 原告らのように本件条例を解したとしても本件条例を遡及して適用することにはならないのである。なぜなら、本件条例九条に定める評価書案の提出時期についても本件対象事業についての都市計画決定は旧法下でなされているから、同施行規則六条別表第二の一下欄(一)の公告は元々ないことになり、従って、その「最初に行う行為」もありえないことになるが、同施行規則六条但書が用意されており、「当該対象事業を実施する前」がその提出時期となるから遡及することはありえないのである。すなわち、新法下での環境影響評価手続は当該都市計画決定手続に合わせて行うことになるが、旧法下で都市計画決定された対象事業についは、その対象事業を実施する前、つまり着工前に評価手続を行うことになるのである(勿論、附則三項で、知事と事業者とが協議して定めることを排除するものではない)。

(五) また、被告は原告のように解すると、「環状六号線の線延長二〇・〇五キロメートルの区間すべてにおいて、都市計画事業の認可を受けて工事に着手していなければならないということになり、数キロごとに工事区間を設けて予算を組み、整備工事を実施して完成していく通常の方法を無視することになるから極めて不当である」などという。しかし、この主張は逆に法規たる本件条例を無視する主張であって失当である。

 本件条例施行規則別表第一で明らかなように、道路の改築であって改築の結果四車線以上になり改築の区間の長さが一キロメートル以上のもの程度の比較的小規模の工事についても、当該工事による周辺環境の保全の観点から、本件条例はこれを対象事業とするものであって、「数キロ」に及ぶ工事区間をもつ整備工事に本件条例の適用があることは当然である。

 被告主張によれば、旧法下の都市計画決定以後、四〇年間以上放置していたにもかかわらず、そして、この四〇年以上の間において東京都における大気汚染がきわめて憂慮すべき事態に悪化してしまっているにもかかわらず、本件環状六号線拡幅事業が環境に与える影響を調査さえすることなく、漫然と拡幅事業を実施することができるということになり、いかにも非常識不合理な主張である。本件条例二九条は評価書の縦覧期間から五年経過後の工事着手の場合には評価手続のやり直しを定めており、四〇年以上の昔の計画が評価手続なしに施行されるなどというのは、到底、本件東京都環境影響評価条例の許すところではない。本件条例は、あくまで環境に与える影響を事前に評価することを主眼とする法規である。被告及び東京都は、なにゆえに環境に与える評価の手続を回避するのか。手続遵守は公正な行政としては最低の要件である。

(六) 以上、要するに本件環状六号線拡幅事業は、本件条例附則三項の着手がないこと明らかであり、第二条三号の対象事業であるから、本件条例の適用がある。よって、本件条例による評価手続をまったくしなかった事業者たる東京都は、本件条例三条、七条、九条以下の諸規定に違反した違法がある。よって、被告建設大臣のなした法五九条の認可処分は、違法であり、取消を免れない。

 

三 首都高速道路中央環状新宿線建設事業について

1 東京都環境影響評価条例の適用がある。

 この点については原告・被告間に意見の相違はない。

2 九条二項違反

(一) 前述の通り、環状六号線拡幅事業についても東京都環境影響評価条例の適用があり、首都高速道路中央環状新宿線建設事業についても同条例の適用がある以上、同条例九条二項の適用を検討しなければならない。

(二) 本件両事業計画の経緯について

 東京都の区域における都市施設たる道路の事業計画の策定については、旧都市計画法下とは違い、現行法の下では、まず首都圏整備法に基づき、首都圏全体について長期的に定められる基本計画(同法二一条二項)を基礎として、五年ごとに内閣総理大臣によって策定される首都圏整備計画(同法二一条三項、二二条)の中に、事業主体ごとに整備すべき道路網が指定され、同整備計画の実施のため必要な毎年度の事業が事業主体ごとに定められる(同法二一条五項、同政令一五条)。これらに基づき各個別の整備すべき道路の一部ごとに都市計画法による都市計画として都知事によって決定される。

 本件首都高速道路中央環状新宿線は、目黒区青葉台−板橋区熊野町の区間について整備を推進すべきものとして、遅くとも、一九八六年(昭和六一年)の首都圏整備計画(甲五六号証の一)に記載されていたが、本件環状六号線拡幅事業は右整備計画に記載されてはいなかった。東京都が区部において整備すべき路線として、同一九八六年の整備計画に記載されていたのは放射第二四号線と環状第五の一号線のみであった(原告らの準備書面四の一、二二頁で、環状線三号、五号の記載があるとしているのは誤りであるから削除して本文の如く訂正する)。

 すなわち、環状六号線の拡幅事業については、旧都市計画法下の一九五〇年(昭和二五年)に都市計画変更決定がなされてから四〇年以上も、なんらの変更決定も事業認可もされず、右首都圏整備計画にさえも入らず、いわば放置され続けていたのである。

 ところが、一九九〇年(平成二年)八月一三日に本件首都高速道路中央環状新宿線の都市計画決定がなされるや、翌年一九九一年(平成三年)三月八日に突然、本件首都高速道路中央環状新宿線の右事業予定区域の部分のみについて法五九条の認可処分が行われたのである。環状六号線の整備計画が首都圏整備計画に登場するのは平成三年一一月三〇日付の総理府告示第二三号(甲五六号証の二)であるから、法五九条の認可処分がなされた後になって首都圏整備計画に記載されたのであり、順序が逆である。

 この事実は、環状六号線拡幅事業については、その事業主体たる東京都が、首都高速道路中央環状新宿線の都市計画決定に、いわば便乗して、施行しようとするものであることを物語っており、結局、この両事実が「相互に関連する」一体のものであることを強く推認させるのである。

(三) 事業施行主体について

 事業主体は、環状六号線拡幅事業については東京都であり、他方首都高速道路中央環状新宿線建設事業については首都高速道路公団であるが、首都高速道路公団法二九条一項三号に基づく業務委託により、環状六号線拡幅事業についても首都高速道路公団が施行するものであるから、事業施行主体は同一である。

(四) 予算措置について

 本件環状六号線拡幅事業においては、事業主体たる都は、予算の三分の一しか負担せず、残りの三分の二は、首都高速道路中央環状新宿線建設事 業の事業主体たる公団及び国が負担する構造になっている(甲五七号証の一、の二)。この法的根拠となる法令の一部を見ると、「公団は、第二十九条第一項第一号の自動車専用道路(本件地下道路事業)の新設又は改築に伴い必要を生じた他の道路の新設又は改築に要する費用については、政令で定めるところにより、その一部を負担しなければならない。」(首都高速道路公団法第四〇条)、「公団は、公団が行う法第二十九条第一項第一号の自動車専用道路の新設又は改築に伴い必要を生じた他の道路の新設又は改築に要する費用については、当該自動車専用道路を当該他の道路の区域内において、高架で、又は地下に新設し、又は改築する場合にあっては、その費用の三分の一を負担し・・・」(首都高速道路公団法施行令第六条)、「法附則第七条第一項の政令で定める道路の新設又は改築は、次に掲げるものとする。一〜四略、五 首都高速道路又は阪神高速道路の新設又は改築のうち当該新設又は改築と密接な関連を有する道路(建設大臣が定める基準に該当するものに限る)の整備を伴うもので他の首都高速道路又は阪神高速道路の円滑な交通を確保するため緊急に実施する必要があると認められるもの」(道路整備特別措置法施行令附則五項)と定めているように、予算措置の面においても本件環状六号線拡幅事業が本件首都高速道路中央環状新宿線建設事業と密接に関連しており、両者が一体となっている。

(五) 物理的一体性

 環状六号線拡幅事業は環状六号線の表面を拡幅するものであり、首都高速道路中央環状新宿線は環状六号線の地下に建設されるものであってその位置は同じ環状六号線であって、両者の差は環状六号線拡幅事業が長さ八・二キロ、首都高速道路中央環状新宿線は長さ八・七キロと僅かな距離の違いがある程度である上、第一、三、2、(二)で述べたように、それぞれの区間はほとんど重なり合っており、両者の物理的一体性は顕著である。

(六) 建設方法について

 本件首都高速道路中央環状新宿線建設事業の建設方法も、地下を堀り進むいわゆるシールド工法ではなく、地上から掘削して構造物を築造してゆく開削方法を採用しており、現況幅員二二メートルを上回る構造物を埋め込む工事を行うにあたっては、どうしても地上部分の拡幅が必要なのである。すなわち、本件各事業は、一方の事業の存在が他の事業の存在を前提としているのであって、相互に関連していることは明白である。

(七) 以上の通り、本件環状六号線拡幅事業と首都高速道路中央環状新宿線建設事業は、いずれの面から見ても密接に関連しており、本件条例九条二項にいう「相互に関連する二以上の対象事業を実施しようとするとき」に該当する。よって、同条三項によって代表する者が定められなければならず、その代表する者において、同条二項により、これらの対象事業を合わせて同一項の規定による調査等を行い評価書案等を作成し、提出しなければならない。しかるにこれらの手続が行われていない本件においては、元々同九条一項の手続を行っていない東京都においては同条一項のほか、二項、三項についての違反がある。同条例二条四号により事業者として同九条一項以下の手続を行うべき義務を負う首都高速道路公団においては同二項、三項についての違反がある(なお、甲三二号証環境影響評価書は、その一頁では環境影響評価の実施者は東京都知事と表示されており、首都高速道路公団とはなっていない。この点は、首都高速道路公団が本件条例四四条、同規則三一条により、東京都知事と協議した結果、環境影響評価実施者を都知事とすることになったものと考えられるが、いずれにせよ、本件条例は首都高速道路公団を法的に拘束するものであり、本件条例九条二項、三項の手続がとられていないことは間違いない)。以上のとおり、これらの法規違反の違法を承継する被告建設大臣による法五九条二項の認可処分及び同三項の承認処分は違法である。よって、右認可及び承認は取消しを免れない。

3 東京都環境影響評価条例第七条違反

(一) 仮に、首都高速道路公団については、前記2記載の東京都環境影響評価条例九条二項等の違反の主張が認められないとしても、首都高速道路公団は同条例七条により、適正かつ誠実に本件環境影響評価を行うべき法的義務を負うものであり、本件首都高速道路中央環状新宿線都市計画決定権者である東京都知事においては、同条例三条、都市計画法一五条一項三号、同施行令九条二項一号ロにより、本件首都高速道路中央環状新宿線都市計画決定を適法になすべき義務を負うものである。

(二) しかるに、本件首都高速道路中央環状新宿線についての環境影響評価は、特に地盤、地質、地下水についての調査については、その実質において、なんの調査もしていない、きわめて不適正なものであって、本件条例七条に違反している。

 本件首都高速道路中央環状新宿線建設工事は、全長八・二キロメートルにわたり、縦一三・八〜三二・六メートル、横二八・五〜三七・四五メートルの巨大な構造物を東京の都心部の地下に築造するという前例のない事業なのであり、その巨大さは地下鉄の比ではない(地下鉄一二号線は、直径五・四メートルの穴を二本通すに過ぎない)。地下鉄工事であってもいくつもの地盤沈下事故が現に発生している(甲三九、四〇、四一、四二号証)のであるから、ましてより巨大な本件地下工事においては工事対象地の地質の状況の調査、周辺地域の地盤に与える影響の予測・評価は詳細かつ慎重に行われるべきである。

 本事業地附近で施行が予定されている地下鉄一二号線、ならびに西武線地下化工事についての環境影響評価と対比すると、本件首都高速道路中央環状新宿線に一部併設される一二号線では、延長九・一キロの事業地付近で二〇カ所、約四五〇メートルに一ケ所の割合でボーリング調査を行っており、事業地内の地盤、地質、地下水の状況把握に努めている(甲四四号証の一、二)。各地層の土質についてもN値、粒度特性、力学特性、圧密特性などの詳細な調査を行い(甲四五号証)、地下構造物の規模と地質断面との関係も記載されている(甲四六号証)。

 西武線地下化についても、延長一二・八キロの事業に対し、二六カ所、約五〇〇メートルに一ケ所の割合でボーリング調査を行っており(甲四七号証)、事業地内の地盤、地質、地下水の状況、各地層の土質についてN値、粒度特性、力学特性、圧密特性などの詳細な調査が行われている(甲四八号証)。

 この路線は、東西方向の部分が多く、その部位では地下水脈の遮断は余り大きな問題とはならないが、一部南北方向の部分についても地下水脈の流向推定も行なわれており(甲四九号証)、一二号線の評価書と同様、地下構造物の規 模と地質断面との関係も記載されている(甲五〇号証)。

 しかるに本件環境影響評価においては、ボーリング調査一つさえ行なわれておらず、全く現地調査が行なわれていないのである。

 あまりにも不誠実である。

(三) その上、本件首都高速道路中央環状新宿線建設事業についての環境影響評価は、後記第三、三、記載の通り、著しい虚偽があり、誠実に東京都環境影響評価条例七条を遵守したものということはできない。

 後記第三、三、記載の事実は、本件首都高速道路中央環状新宿線都市計画決定の違法事由及びそれに基づく法五九条による被告建設大臣の承認処分の違法事由として、本件環境影響評価の内容が東京都地域公害防止計画に違反して法一三条に違反する事実として主張するものであるが、この同一の事実をここでは、東京都環境影響評価条例七条違反の事実として主張するものである。

 よって、同一の事実であるから、後記第三、三に主張する事実を全てここに引用するものである。

(四) 以上の通り、本件事業においては東京都環境影響評価条例七条に違反して環境影響評価がなされたものであるから、東京都知事は、東京都環境影響評価条例三条、都市計画法一五条一項三号、同施行令九条二項一号ロに違反して本件首都高速道路中央環状新宿線都市計画決定をなしたものである。

 よって、被告建設大臣が法五九条三項によりなした本件首都高速道路中央環状新宿線建設事業の承認処分は違法である。よって、本件承認処分は取消を免れない。 

 

第三 都市計画法一三条違反(実体法違反その1)

一 都市計画法一三条一項の意味

1 都市計画法一三条一項は、「都市計画は、・・・・当該都市の特質を考慮して、・・・・当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを、一体的かつ総合的に定めなければならない。この場合において、当該都市について公害防止計画が定められているときは、都市計画は、当該公害防止計画に適合したものでなければならない。」と規定している。

 これは、昭和四二年に公害対策基本法(昭和四二年八月三日法律第一三二号)が制定され、同法一九条で、特定地域における公害防止計画の策定が内閣総理大臣と都道府県知事に義務付けられたことを受けて、その翌年に新たに制定された現行都市計画法(昭和四三年六月一五日法律第一〇〇号)が、「当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため」には、公害の発生を防止することが不可欠であることから、公害防止計画の策定されている地域の都市計画について、公害防止計画との適合性を要求したものに他ならない(大正八年に制定された旧都市計画法には、かかる環境保全ー公害防止に配慮した規定は全く見当らない。)。

だからこそ、この都市計画の公害防止計画適合義務は、都市計画基準として明文化されているのであり、右適合義務は、当該都市計画の実体的適法要件と位置づけられるのである。

2 右のように、都市計画の公害防止計画適合義務が、当該都市計画の実体的適法要件である以上、本件都市計画の公害防止計画適合性の主張立証責任は、被告の側にあることは明白である。

3 本訴訟において原告らは、本件両都市計画の公害防止計画適合性の有無については、主として二酸化窒素による大気汚染について、主張・立証してきた。

 東京都公害防止計画の大気汚染に関する達成目標は、いうまでもなく環境基準の達成である(甲五二号証)。したがって、大気汚染に関する本件両都市計画の公害防止計画適合性判断は、両事業の完成が、環境基準達成に寄与し得るか否か、という観点からなされなければならない。

 

二 大気汚染に関する環境基準をめぐる東京都の現状

1 二酸化窒素の現行環境基準値の性格

(一) まず、東京都の大気汚染の現状を論じる前提として、二酸化窒素における現行環境基準値〇・〇四〜〇・〇六ppmの性格を明らかにすることとする。

 二酸化窒素に関する現行環境基準値は、一九七八年七月に改訂がなされ、従来の〇・〇二ppmという環境基準値を緩和したものである。本来、環境基準というものは、「大気の汚染・・・に係る環境上の条件について、それぞれ人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準を定め」たものなのである(公害対策基本法九条一項)。したがって、環境基準値は、それを超えると人体に影響を及ぼすというラインで定められるべきものなのである。

(二) これを、二酸化窒素にあてはめると、旧環境基準値である〇・〇二ppmを超えると呼吸器系疾患等の健康被害が生じ、また光化学スモッグも発生することが明らかにされている。したがって、現行環境基準値は、これを達成できたとしても「人の健康を保護し、生活環境を保全する」ことはできないものでしかない。

 ところが、後述するように、東京都区部においては、ほぼその全域で、この現行環境基準値すら達成できていないという危険な状況なのである。

 東京都の大気汚染の実情を理解する上で、まず、この事実はしっかりと認識されなければならない(以上、藤**和証人第一一回口頭弁論での証言一〇一項以下、甲七四、七五号証)。

2 過去の推移と健康被害の増加

(一) 東京都における大気汚染(特に二酸化窒素による汚染)の状況は、一九八五年(昭和六〇年)までは改善されてきたが、同年を境に悪化の一途をたどり、一九九一年(平成三年)では史上最悪の結果となっており、同年に東京都区部で環境基準を達成した測定局は、一般環境大気測定局(一般局)が二三局中二局、自動車排出ガス測定局(自排局)は二五局中皆無、というものであった。(藤*、前出証言二六項以下、甲五八、六二号証の一、二、六三、九〇号証の一)

 また、二酸化窒素以上に人の健康に悪影響を及ぼすことが判明してきたディーゼル排出粒子を多量に含む浮遊粒子状物質については、都区部において、過去五年間環境基準を達成した自排局はなく、一般局においても達成率はきわめて低い、という状況である(藤*前出証言三五項以下、甲五八、七〇号証の一、二、三)。

 しかも、注目すべきは、一般局においてさえ、二酸化窒素の七割から九割が自動車排出ガスによるという事実である(藤*前出証言五四項、甲七一号証)。したがって、公害防止計画の達成目標である環境基準をクリアするためには、自動車からの排出ガスの抑制が不可欠なのである。

(二) このような自動車による深刻な大気汚染の状況下において、確実に人の健康は害されている。「大気汚染保健対策に係る健康影響調査総合解析について」(甲七二号証)によれば、大気汚染の度合いが高い地域に住む学童は呼吸器系疾患の有症率が高いという報告がなされている(藤*前出証言六六項以下、甲六一号証の一、二)。

 また、「公害健康被害の補償等に関する法律」(以下、「公害健康被害補償法」という。)による認定患者数の動向も、新たな認定をとりやめた一九八七年度までは、東京都区部の指定地域(二三区中一九区が指定地域である。)においては確実に認定患者が増加しており、それ以降の一九八八年度以降は、東京都の「大気汚染に係る健康障害者に対する医療費の助成に関する条例」による認定患者(対象は一八歳未満)がこれらの地域において急増しているのである(甲二八、二九号証の一、二、三、四、五、六、九九号証の二三二頁)。また、右公害健康被害補償法の指定地域でない四区においては、右条例による認定患者は、同世代の幼児、少年の約一、二パーセントという高い有症率を示しているのである(甲三〇号証の一、二、三、四、一七二号証)。実際に、本件訴訟の原告四〇〇名余りの中で、原告本人もしくはその家族に呼吸器系疾患を有している原告の数は三五名にもなり、きわめて高い有症率を示している(原告秋**子の本人尋問、甲一三二乃至一七一号証、なお本準備書面末尾の別表参照)。

3 東京都における大気汚染対策の実情

(一) かかるきわめて深刻な東京都区部の大気汚染の状況に対して、東京都は、二〇〇〇年(平成一二年)に、「環境基準の総体達成」をするために自動車からの窒素酸化物排出量を一四、九〇〇トン削減するという目標をたてている

 右の「環境基準の総体達成」の意味は、二酸化窒素について、一般局全体で環境基準を達成し、自排局の約半数の局のみで達成させるという意味である。

 この「達成」という言葉を用いるのもはばかられる程度の低い目標を実現するために、自動車から排出される窒素酸化物の量を削減しなければならず、このうち従来の単体規制の強化によって約七割を削減し、他の三割、三九〇〇トンについては新たな交通量削減対策によって削減しなければならないのである(甲七一、七三号証の一、二、藤*前出証言五八項以下)。なお、浮遊粒子状物質については、対策ないし目標らしきものさえ、いまだ存在しないのである(藤*前出証言五七項)。

(二) ここで注意しなければならないのは、従来であれば、道路網の整備により渋滞を解消させるという削減対策が盛り込まれていたが、右計画(窒素酸化物対策の目標を達成するためにー甲七一号証一一〇頁)には、「少々の道路容量の増加や交通管制の適正化のみでは、渋滞解消の効果がないばかりでなく、交通量の増加を招き、排出ガス量の増加を伴う恐れがある」として、これが否定されていることである。このことは、湾岸道路、中央環状線東側部分の完成時にはいったん渋滞が減少したものの、まもなく交通量の増大を招き、結局、渋滞は解消できなかったという現実を踏まえての結論であり、いわば必然であったのである。

 このように、現在に至っては、行政においてさえ、道路の整備はむしろ大気汚染により環境を悪化させると考えられているのである。

(三) では、交通量削減対策の内容はどのようなものであろうか。甲七三号証の二、一七五頁によれば、「大規模事業所ディーゼル車走行量削減」「ナンバープレート制限要請」「乗入れ規制」「ロードプライシング」といったものがあげられている。しかしながら、これらの施策は自動車利用者に対して大きな不利益を伴うことから、単なる行政指導では実効性が期待できないものばかりである。したがって、罰則規定を伴った立法措置が要請されると思われるが、いまだその目途はたっていない(藤*第一二回口頭弁論証言一五八項以下)。

 以上から理解されるように、二〇〇〇年の環境基準総体達成程度のことでさえ、現実的にはきわめて困難な状況にある。

(四) かかる状況下で、大気汚染の激しい都区部において、道路を拡幅ないし新設するのは、大気汚染をさらに悪化させるものであり、仮に通過交通の排除などの目的で道路を建設する場合には、比較的大気汚染の進んでいない区部外側に建設するしか途はない。

 以上の事実を踏まえた上で、以下、具体的に本件各都市計画の公害防止計画適合性の有無を検討する。

 

三 首都高速道路中央環状新宿線事業について

1 被告の主張

(一) 被告は、本件中央環状新宿線事業の公害防止計画適合性について、「東京都公害防止計画は、・・・東京地域を視野に入れて全体として、環境基準を達成し維持することを目的としているのであり、個別具体的な地域で何らかの事業が実施された場合に、現在の環境を保全することを意図するものではなく、まして個々の事業それのみで環境基準を達成しようとするものでもない。都市計画の公害防止計画適合性は、当該都市計画が公害防止計画の目標を達成するための施策の一環として位置づけられているか否かによって判断されるべき」であり、「中央環状新宿線は、東京都地域公害防止計画において道路網を整備することがうたわれている『環状道路』としての計画道路であるから、窒素酸化物対策の一環として位置づけられる」ので、本件中央環状新宿線事業は東京都公害防止計画に適合する、と主張する。

(二) さらに、仮に(一)の主張が否定され、当該地域の環境保全が必要だとしても、本件中央環状新宿線事業においては、環境影響評価手続が実施されており、その評価書(甲三二号証、以下「本件評価書」という)によれば、本件中央環状新宿線事業が実施されても、その関係地域の二酸化窒素濃度は環境基準をクリアできるので、公害防止計画に適合する、とも主張しているようである。

 しかしながら、被告の右主張は、いずれも失当であり、本件中央環状新宿線事業が、公害防止計画に適合しないことは明らかである。

2 被告の主張(一)に対する反論

(一) 被告は、公害防止計画について、「個別具体的な地域で何らかの事業が実施された場合に現在の環境を保全することを意図するものではなく、まして個々の事業それのみで環境基準を達成しようとするものでもない」とする。

(二) しかしながら、個別具体的な地域で都市計画事業が実施され、その結果、当該地域の環境の保全が図られずに環境が破壊されても、公害防止計画はそれを容認する趣旨であるとは到底考えることはできない。公害防止計画が、「現に公害が著しく、かつ、公害の防止に関する施策を総合的に講じなければ公害の防止を図ることが著しく困難になると認められる地域」(公害対策基本法一九条一項一号)のために策定されるものであり、当該個別事業実施地域も右の地域に含まれる以上、当該個別事業の実施によって、当該地域の環境基準がクリアできなくなることは許されず、その範囲で当該個別事業実施地域において、環境が保全されねばならないことはあまりに当然のことである。

 だからこそ、東京都公害防止計画においては、「必要に応じ、・・アセス等の実施により」当該地域の環境が保全されるかどうかを事前に予測評価すべきとしているのであり、かつ窒素酸化物対策の一環として位置づけられている「環状道路」の整備についても、「道路の整備にあたっては、必要に応じ環境保全対策を講ずるなど、環境保全に配慮するもの」とされているのである(甲五二号証)。さらに、東京都自動車公害防止計画(甲九号証三、乙三九号証)には、「幹線道路の整備をするにあたっては、環境影響評価条例の定めるところにより環境アセスメントを実施するなど、沿道環境の保全に努めなければならない」と明記されているのである。

 なお、本件中央環状新宿線事業については、環境庁長官からも、環境保全の目標が達成されるよう最善を尽くす必要があるとの指摘(甲一〇三号証)もなされており、国も環境保全が当然必要であることを前提としているのである。

(三)(1) 本件中央環状新宿線事業が、二酸化窒素による大気汚染を関係地域にもたらさず、公害防止計画に適合しているといいうるというためには、少なくとも、本件中央環状新宿線事業完成による通行車両増加により予想される窒素酸化物排出量の増加量より、同事業完成による窒素酸化物排出量の削減効果が上回るとの確実な予測評価ができなければならない。

 しかしながら、同事業完成による窒素酸化物排出量の削減効果を最大限に見込んだとしても、それが通行車両の増加による窒素酸化物排出量の予測増加量を上回ることはあり得ない。

 このことは、原告ら準備書面六の二で詳細に主張したところであるが、本項において、簡単に論じることとする。

(2) 東京都公害防止計画(甲五二号証)によれば、環境基準達成のためには一九八五年度五万二七〇〇トン/年だった東京二三区及び周辺五市における窒素酸化物総排出量を、四万六二〇〇トン/年にまで削減しなければならず、さまざまな対策が立てられている中で、交通流円滑化などの自動車対策で、年間二〇〇トン減少させなければならない。本件高速道路の窒素酸化物排出量への影響は、本件高速道路から排出される窒素酸化物総排出量から、交通流円滑化によって達成される窒素酸化物削減量を差し引いて計算されるが、その結果がこの二〇〇トン削減に合致しているかどうかで評価される。

 本件高速道路建設により新たにもたらされる窒素酸化物の総排出量は、環境影響評価書に記載された予測交通量と排出係数とから算出すると、二〇〇〇年時において少なくとも三六〇トン/年と予測される。

 一方、被告は、中央環状線東側区間が完成した際、都心環状線の交通量が減少したことをあげて、中央環状新宿線建設による交通流円滑化効果がある旨主張している。

 この中央環状線東側区間完成による窒素酸化物削減効果について、交通量の減少、渋滞解消効果を最大限に見積って計算すると、一八三トン/年となる。中央環状新宿線完成による削減効果を中央環状線東側区間と同量であるとしても、新宿線完成による増加量(三六〇トン)の二分の一に過ぎない。しかも、中央環状線東側区間は、約一九キロメートルであり、一〇・一キロメートルにすぎない新宿線(本件中央環状新宿線道路事業の予定区間は、八・七キロメートルであるが、豊島区の構造等検討区間を含む全線の距離は一〇・一キロメートルである。)の完成による窒素酸化物排出量の削減効果が、東側区間のそれを上回ることはあり得ず、右の予測は新宿線の完成による削減効果を極端に過大に見積ったものであって、実際には到底あり得ない予測である。したがって、本件中央環状新宿線完成による窒素酸化物削減効果は全くなく、逆に莫大な排出量の増加をもたらすものと断ぜざるを得ない。

(四) したがって、東京都公害防止計画において、「環状道路」の整備が、窒素酸化物対策の一環として位置づけられていさえすれば、公害防止計画適合性は認められる、という被告の主張は、暴論というべきであり失当である。

 なお、本年度新たに策定された東京都公害防止計画(甲九九号証、公害防止計画は五年ごとに策定される)においては、窒素酸化物削減対策から環状道路の整備が削除されており、道路整備による窒素酸化物の削減効果は認められないことが明らかにされている。

3 被告の主張(二)に対する反論

(一) 被告の主張立証責任の放棄

 被告は、本件評価書によれば、本件中央環状新宿線事業が完成しても環境基準が達成できるので、本件中央環状新宿線事業は、公害防止計画に適合している、と主張しているようである。

 原告らは、本訴訟を通じて、詳細に本件評価書の内容の虚偽性を指摘し、本件中央環状新宿線事業について適正な環境影響評価が行われれば、少なくとも二酸化窒素については環境基準をクリアできないことが明確になり、本件道路事業は公害防止計画に適合しないことを主張立証してきた(以下、特に断わらない限り、環境基準については二酸化窒素のそれをいうものとする。)。

 しかしながら、被告は、これらの原告らの主張に対し、反論、反証活動どころか、認否すらなさないままであった。被告は、前述したごとく、本件中央環状新宿線事業の承認処分の適法性について主張立証責任を負っているのであるから、右のような被告の訴訟態度は、原告らの主張を認諾し、自らの主張立証責任を放棄したものとみなされるべきである。

(二) 本件評価書の欺瞞性、虚偽性

(1) 以上のように、被告の主張立証責任を放棄した訴訟態度からだけでも、本件地下道路事業の公害防止計画不適合性は明白であるが、本項においては、原告らが主張立証してきた本件評価書の内容の欺瞞性、虚偽性(詳細は、原告ら準備書面四の二及び甲七九号証伊*政*作成の鑑定書)を簡潔にまとめ、本件中央環状新宿線事業の公害防止計画不適合性を明らかにすることとする。

(2) 将来の二酸化窒素濃度の予測手法の概要

 まず、予測すべき将来の時点で、当該道路がなかったとした時の窒素酸化物濃度を、バックグラウンド濃度という。

 次に、同じ将来の時点で、当該道路ができた時、当該道路を通行する自動車により増加するであろう窒素酸化物濃度を寄与濃度という。

 このバックグラウンド濃度と寄与濃度とを合わせたものが、その地点での将来予測値となる。なお、自動車から排出されるものについては、窒素酸化物の重量で表されるのに対して、将来の予測濃度は二酸化窒素の濃度で示されるので、前者から後者への転換が必要となる。

 本件評価書では、この窒素酸化物転換式と、バックグラウンド濃度算定に重大な問題があるのである。

(3) 窒素酸化物濃度から二酸化窒素濃度への転換方法の虚偽性

@ 理論的側面

 窒素酸化物から二酸化窒素への転換式は、統計モデルによることが多いが、本件評価書における統計モデルは、幹線道路沿道で測定したデータ(自排局)、幹線道路から離れた地点で測定したデータ(一般局)に基づき、自動車からの窒素酸化物寄与濃度と二酸化窒素寄与濃度との関係式を作成している。

 ところが、自動車からの排ガス中の窒素酸化物は、大部分が一酸化窒素であり、大気中に拡散されたオゾンと反応して二酸化窒素に変化する。ある地点の二酸化窒素濃度は、一酸化窒素、オゾン、二酸化窒素の濃度のバランスの中で決まるのである。したがって、ある量の窒素酸化物が排出されたとき、それがどの程度二酸化窒素に変化するかは必ずしも一定ではなく、本件評価書で採用したような窒素酸化物寄与濃度から、二酸化窒素寄与濃度を算出する式は、本来成り立たないのである。そもそも、結果として存在する二酸化窒素が、どの発生源から排出された窒素が酸化されたものかは不明であるから、二酸化窒素の寄与濃度という観念が、原理的にはあり得ないのである(甲七九号証、伊*鑑定書三頁)。統計モデルを用いるのであれば、環境影響評価条例技術指針関係資料集(甲三四号証)にある式、すなわち窒素酸化物バックグラウンド濃度に窒素酸化物寄与濃度を加えて、予測地点の窒素酸化物濃度とし、窒素酸化物濃度から二酸化窒素濃度を算出する転換式を用いるべきである。

A 実際的側面

A(技術指針に定める方法を使用した場合)

 実際に、環境影響評価書の数値をそのまま採用して、右に述べた技術指針関係資料集に基づく式を用いて、環境影響評価書における一四ヶ所の予測地点の二酸化窒素濃度を計算してみると、環境影響評価書では、一九九五年に四ヶ所、二〇〇〇年に一ヶ所で環境基準を越えると予測していたのに対して、この式では一九九五年に八ヶ所、二〇〇〇年に二ヶ所で環境基準を越えてしまう。すなわち、本件評価書の式を用いると、予測数値が不当に小さくなり、環境への悪影響を過小評価することになるのである。

B(最新のデータを使用した場合)

 さらに、本件評価書では、統計モデルによる窒素酸化物濃度から二酸化窒素濃度への転換式を作成する際、大気汚染測定局のデータとして、一九八三年から一九八五年のものを使用しているが、本件評価書作成当時でも得られたはずの一九八六年から一九八八年までの最新のデータを用いて技術指針に基づく転換式を定めて、各予測地点の二酸化窒素濃度を計算してみると、二〇〇〇年の二ヶ所を除いて全ての地点で環境基準を越えることになる。これは、二、2で述べたように、一九八五年以降大気汚染が急激に悪化しており、そのことが反映された当然の結果であり、大気汚染が改善傾向にあった頃の古いデータに基づく本件評価書の欺瞞性は明白である。

(4) バックグラウンド濃度予測値の虚偽性

@ 予測年度において、当該道路がなかったとした時の窒素酸化物のバックグラウンド濃度は、基準年である一九八五年の窒素酸化物総排出量、同年の窒素酸化物平均濃度、それに予測年度(一九九五年度及び二〇〇〇年度)の窒素酸化物総排出量予測値をもとに、自然界の窒素酸化物濃度について補正して比例配分して計算する。ここでは予測年度における窒素酸化物総排出量をどのようにして設定するかが最大の問題となるが、本件評価書においては、一九八八年に発表された新中期展望(甲三五号証)記載の一九九三年度の予測数値を基礎にして設定している。

 この新中期展望は、窒素酸化物をいかに削減するか、という対策を検討した資料であり、一九九三年度の予測数値として、従来の対策そのままの場合と、それに加えて今後対策を追加した場合の二つのケースが挙げられている。ところが、本件評価書では、その中の後者の数値を何の理由も述べることなく採用している。後者の数値は、追加対策が講じられた場合の数値であり、これを無条件に予測の前提とすることはできない。本件評価書のように、この将来予測値を用いて環境基準を達成し得るとすることは、将来大気汚染は改善されるから環境基準が達成できると言っているに過ぎないのである。

A 本件評価書では、右@において述べた一九八五年度の窒素酸化物の大気汚染状況を基準として、それが予測年度(二〇〇〇年度)にかけて改善されていくことを前提としている。

 しかしながら、本件評価書作成当時(一九九〇年七月)、前述したように、一九八八年度までの大気汚染状況の測定結果(甲八六ないし九〇号証)が発表されており、これによれば、一九八八年度においては、すでに本件評価書の予測に反して、窒素酸化物濃度が悪化し、窒素酸化物総排出量が増大していることが、公表されていたのである。すなわち、本件評価書作成当時、すでに同評価書の予測年度における窒素酸化物総排出量の設定は実現可能性がないものであったのであり、この点を黙殺した本件評価書のバックグラウンド濃度予測値の虚偽性は明白である。

(5) バックグラウンド濃度補正の虚偽性

 さらに、本件評価書では、将来の二酸化窒素バックグラウンド濃度を計算する際、本件各道路からの寄与分はすでに織り込み済みだから、そのようにして計算したバックグラウンド濃度に本件各道路の寄与濃度を加算すると、重複分が生じてしまうとして減少補正を行っている。その考え方自体は納得できるものである。

 しかし、重複分としてバックグラウンド濃度と寄与濃度との合計から差し引いた値は、なんの根拠も示すことなく突然現われる数値であって(本件評価書甲三二号証一五七、一六三頁の各表のバックグランド濃度欄カッコ内数値及び注。同資料編甲三三号証一九四ないし同二〇八頁のどこにも、この数値の根拠は示されていない)全く根拠がなく、あまりに過大なものとなっている。その補正分に基づいて、本件各事業のバックグラウンド濃度への影響を逆算してみると、東京の窒素酸化物総排出量の一割以上が、本件各事業道路によるものとなってしまい、その虚偽性は明白である。正しくは、ほとんど結果に影響がない程度のわずかな補正で十分なのである。

 これらの全ての虚偽性を排し、正しい転換式、最新のデータ、正しいバックグラウンド濃度予測に基づき、予測値を修正すると、本件評価書の二酸化窒素予測濃度は、すべての予測地点で環境基準をはるかに上回るものとなり、本件各事業が公害防止計画に反するものであることが明らかとなるのである。

(6) 誤差の考慮がなされていない

 本件評価書においては、二酸化窒素の環境濃度の将来予測値を求める過程において、@二酸化窒素のバックグラウンド濃度を求める式、A窒素酸化物の転換式、B二酸化窒素濃度の年平均値と日平均値の年間九八パーセント値の関係式の三つの回帰式を使用しているが、これらすべての式について、誤差を評価していない。

 これらの回帰式の統計学的信頼性を考慮した場合、本件評価書が、二〇〇〇年(平成一二年)に環境基準を満たすと予測しているG点において、右Bの誤差のみを考慮しても、同点において、環境基準を超える確率は四三パーセントとなり、約五年に二回は環境基準を超えることとなってしまうのである。

 このように、回帰式による将来予測には、必ず誤差が伴うのであるから、それを無視して予測値を求めても、その値がどの程度信頼できるか不明であるので、予測評価としては適切さを欠くのである(甲七九号証伊*鑑定書)。

(7) 短期高濃度汚染についての予測評価がない

 中央環状新宿線は地下に造るので環境に配慮した道路である、と被告は主張している。しかし、大気汚染の場合、汚染物質は換気塔から排出されるので、前述のように窒素酸化物総排出量の削減には寄与しない。さらに、従来あまり顧みられなかった重要な問題として短期高濃度汚染の影響がある。

 短期高濃度汚染とは、地下道路に蓄積された高濃度の汚染物質が、拡散、希釈されることなく、換気塔を通じて高濃度のまま地表にまで達してしまうことをいう。これは、冬場にしばしば出現する大気の逆転層によって、高濃度の排ガスが拡散できずに上空に溜ってしまい、逆転層の解消とともに地表に降りてくる現象(藤*前出証言一五四項)や、地下道路に蓄積され換気塔から排出される高度に汚染された空気が、風が強いとき換気塔や近隣の中、高層の建築物の風下側に沿って地表に降りてくるダウンウォッシュやダウンドラフトという現象によって生じる(甲一一三号証)ものである。

 こうした、短期だが高濃度の汚染は、広い範囲の周辺住民にとって深刻な影響を与えるものである。大気汚染の少ないフィンランドのヘルシンキで、三年間にわたって行われた調査では、日本の環境基準をはるかに下回るレベルであっても、汚染濃度が高い日には、喘息で入院する患者が多いという統計的な結果が得られている(甲一一〇号証の一、二、一一一号証)。換気塔から排出される汚染物質が高濃度のまま地表まで降りてきたら、喘息の素因を持つ人にとっては致命的となることもあり得る。本件環状新宿線の換気塔がこのような重大な問題を抱えているにもかかわらず、この短期高濃度汚染について全く取り上げていない本件環境影響評価書はあまりに杜撰と言わざるを得ない。

(8) 浮遊粒子状物質の予測評価がない

浮遊粒子状物質の現状は、大部分の測定局で環境基準が達成できない深刻なものである。それに対する対策もなんら有効なものがなされておらず、税制面でガソリン車よりディーゼル車が優遇されていることもあって、浮遊粒子状物質を大量に排出するディーゼル車が増え続けており、きわめて憂慮すべき状況である。

 公害防止計画は、この浮遊粒子状物質の環境基準達成をも目指しているが、本件評価書では、予測手法が確立していないとの理由で、その予測、評価すら行っていない。

 しかし、浮遊粒子状物質は、東京都環境影響評価条例技術指針関係資料集(甲三四号証)に予測手法が示されており、精度が低くても予測は可能である(藤*前出証言四二乃至四八項)。本件評価書においては、浮遊粒子状物質の環境基準が達成されていないという状況を前提にしていながら(甲三三号証本件 評価書資料編一二〇頁)、その予測、評価を行っていない。

 前述のように、本件道路事業により確実に交通量は増加するのであるから、浮遊粒子状物質も当然増加する。したがって、環境基準達成を目指す公害防止計画とは相いれないものである。

(三) 以上からして、本件評価書の虚偽性、欺瞞性は明白であり、右にあげた諸点を正しく修正し、かつ取り入れて予測評価が行われたならば、本件中央環状新宿線道路事業の施行により、少なくとも二酸化窒素及び浮遊粒子状物質に関する環境基準を達成することは、不可能であるという予測評価が導かれるのである。

 したがって、本件中央環状新宿線都市計画が、東京都公害防止計画に適合しないことは明白である。

4 環境影響評価見直しの可能性

(一) 以上のように、本件評価書に記載された予測評価は、虚偽と欺瞞に満ちたものであるが、第一二回口頭弁論における藤*氏に対する被告の反対尋問の趣旨から推測すれば、被告は、本件評価書作成当時、使用し得る最新のデータを用いて予測評価をなしたのであるから、その後、本件評価書の予測と異なり、大気汚染が悪化したとしても、本件評価書作成時には、これらのデータを組み入れることができず、本件中央環状新宿線道路事業に関する都市計画(以下、「本件都市計画」という)の決定権者である都知事が、本件評価書に基づいて、本件中央環状新宿線都市計画は公害防止計画に適合すると判断し、都市計画決定をなしたことに誤りはない、と主張するかのようにも見える。

(二) しかしながら、右の点は、原告ら準備書面八において詳細に指摘したように、全くの虚偽である。

 確かに、走行車両の車種構成、走行量等から、窒素酸化物総排出量を求め、窒素酸化物濃度との関係式を導くための詳細なデータは、本件評価書作成当時、一九八五年(昭和六〇年)に行われた交通センサスしか存在しなかったのは事実である。しかし、右の一九八五年のデータに基づいて導かれた窒素酸化物総排出量と窒素酸化物濃度との関係式を用いて、その後の各年度に測定された窒素酸化物の濃度から窒素酸化物の総排出量を求めることは可能であった。

 本件評価書作成時である一九九〇年(平成二年)七月当時、すでに一九八八年(昭和六三年)時までの東京都における大気汚染状況の測定結果は明らかにされていたのであり(甲七六、八〇、八一、八二号証等)、その測定結果が、本件評価書が前提としたように改善に向っているのではなく、悪化の一途をたどっていたのである。したがって、一九八八年の窒素酸化物濃度から窒素酸化物総排出量を計算し、同年を基準として将来の予測を補正することは可能であった。

 さらに、一九九〇年六月に発表された本件環境影響評価書案に対する都知事の審査意見(乙三三号証)において、「計画路線周辺のバックグラウンド濃度については、大気汚染の状況の推移等を考慮」するよう要請がなされていたのである(同号証、大気汚染の項5)。加えて、右審査意見に先立つ関係地域住民の意見書(甲一〇〇ないし一〇二、一二六号証)においても、同様の意見が多数提出されていたのである。

(三) このような事実関係からすれば、本件都市計画の決定権者である都知事は、同計画決定当時、本件評価書の予測評価は誤っており、本件中央環状新宿線道路事業を遂行すれば、環境基準を超えてしまうこと、すなわち同都市計画は、東京都公害防止計画に適合しないことを十分に認識しえたのである。

 したがって、都知事は、本来ならば、本件都市計画の見直しないしは本件環境影響評価の見直しを行うことは十分に可能だったのであり、東京地域公害防止計画に本件都市計画を適合させてから本件都市計画の決定をなすべきだったのである。

5 まとめ

 以上から、本件都市計画は、東京地域公害防止計画に適合せず、都市計画法一三条に違反する。よって、同都市計画決定は違法である。

 したがって、違法な都市計画決定に基づいて被告がなした本件承認処分も違法であるから、その承認処分の取消しは免れない。

 

四 環状六号線拡幅事業について

1 被告の主張

 被告は、本環状六号線拡幅事業の公害防止計画適合性について、「本件拡幅事業に関する都市計画は、東京地域公害防止計画策定前に決定されたものであるから、公害防止計画に適合していないということはできない」として、本件拡幅事業については、公害防止計画への適合性を要しないと主張している。

 しかしながら、被告の右主張は、以下のとおり失当である。

2 被告の主張に対する反論

(一) 都市計画法施行法二条には、「新法の施行の際現に旧都市計画法(大正八年法律第三六号。以下、「旧法」という。)の規定により決定されている都市計画区域及び都市計画は、それぞれ新法の規定による都市計画区域又は新法の規定による相当の都市計画とみなす。」と規定されている。

 これは、新法施行の際、旧法によって、決定されている都市計画についても、新法下で決定されたものと同様に新法を適用するという意味であることは文言上明らかである。実際に、本件拡幅事業の認可処分も新法五九条二項に基づいて行われている。

(二) 都市計画法施行法二条が存在するにもかかわらず、都市計画法の全条文を通じて、旧法下で決定された都市計画と新法下で決定された都市計画を区別して扱う条文は存在しいない。都市計画法一三条一項においても、「・・・この場合において、当該都市について公害防止計画が定められているときは、都市計画は、当該公害防止計画に適合したものでなければならない。」と規定しており、旧法下の都市計画と新法下の都市計画を区別してはいない。結局、同条は、新法下において都市計画が存在している以上、その決定手続が、新法下において行われていようと、旧法下において行われていようと、公害防止計画が定められている場合は、その都市計画は、当該公害防止計画に適合していなければならない、としていると解されるのである。

 すなわち、新法一三条一項の公害防止計画適合性の要件は、都市計画決定手続の要件ではなく、都市計画の内容そのものの適法性要件(都市計画基準)なのである。

 以上から、同条は、すべての都市計画が公害防止計画適合性を要する意味であることは明らかであり、本件拡幅事業に関する都市計画を例外とする理由はなく、被告の主張は失当である。

3 本件拡幅事業は、公害防止計画に適合していない。

 では、本件拡幅事業に関する都市計画は、東京地域公害防止計画に適合しているのであろうか。

(一) 本来であれば、東京環境影響評価条例に従い環境影響評価手続を行って、本件拡幅事業に関する都市計画の同計画適合性を判断すべきであったが、それは行われていない(このことの違法性は、第二で詳述したとおりである。)。

したがって、環境影響評価との関係で、本件拡幅事業に関する都市計画が、東京地域公害防止計画に適合していると言うことはできない。

(二) しかし、都市計画法一三条は、とにかく当該地域における公害防止計画に適合することを要求するにとどまり、どのような方法によって適合することを確認すべきかについてまでは規定していないから、環境影響評価の手続によらなくても、被告がなんらかの方法によって、本件拡幅事業に関する都市計画が、東京地域公害防止計画に適合していると主張立証するのであれば、都市計画法一三条違反にはならないといえるであろう。

 しかしながら、被告は、どのような方法によって適合することを確認したのか、この点につき何らの主張立証もしていない。

 よって、本件拡幅事業に関する都市計画は、いかなる意味でも、東京地域防止計画に適合しているとはいえないのであるから、都市計画法一三条に違反する。

 なお、事情として付加すれば、前記二で詳述したとおり、東京都区部の大気汚染の現状の深刻さ、道路を整備することはかえって車の潜在需要を喚起し、交通量の増加を招き、排出ガス量の増加を招くだけであること、交通量を削減する有効な対策がないこと等から考えれば、現状のまま本件拡幅事業を遂行することになれば、大気汚染の悪化を招くことは明らかであり、渋滞解消により予想される窒素酸化物の排出量の削減効果より交通量の増加による排出量の増加が上回ることは確実であって(甲七一号証の一一〇頁等)、環境基準を達成することなど到底ありえない。

4 まとめ

 以上のように、本件拡幅事業に関する都市計画についても公害防止計画適合性が、その適法要件であるにかかわらず、適合性判断のための環境影響評価手続を行っておらず、それに代わる調査も行なわれていないばかりか、被告は、この点について何らの主張立証も行っていない。

 したがって、本件拡幅事業に関する都市計画は、公害防止計画に適合せず、都市計画法一三条に違反する。

 かかる違法な都市計画に基づく本件拡幅事業についての、被告による本件認可処分もまた違法であるから、その取消しは免れない。

 

第四 本件各事業は、土地の合理的利用に反し、かつ公益性がない(実体法違反その2)

一 土地の合理的利用と公益性

 都市計画が土地の適正かつ合理的利用に寄与するものでなければならないことは都市計画決定の効力要件であり、都市計画事業に土地を収用し又は使用する公益上の必要があることは都市計画事業認可及び承認の効力要件であることについての従前の主張を維持する。

 

二 首都高速道路中央環状新宿線事業の事業目的は達成できない

1 中央環状新宿線建設の事業目的は達成できない

(一) 首都高速道路の交通量は年々伸び続けてきたにもかかわらず都心環状線を利用する自動車台数は一日四〇万台でほとんど変化がないこと、湾岸線、中央環状線東側区間の開通後であっても都心環状線の利用台数は減少していないこと、その上都心環状線の渋滞時間も減少していないこと、したがって、中央環状新宿線が開通したとしても、都心環状線の交通量、渋滞時間が減少して、都心環状線の交通流が円滑になるとの根拠はないこと、についての従前の主張を維持する。

(二) 首都高速道路が建設され、その総延長が伸びても、首都高速道路の渋滞は減少するどころか逆に増加していること、都心環状線の利用台数とは無関係に首都高速道路の渋滞時間距離は増加していることから、中央環状新宿線が開通すれば首都高速道路の渋滞は増加することが明らかである、との従前の主張を維持する。逆に都心環状線を利用しない交通量が増加すればするほど首都高速道路の渋滞時間距離は増加する関係にある。

 従って、被告が主張する、中央環状新宿線建設事業によって、都心環状線の交通流の円滑化を実現するとの事業目的は達成できない。

(三) 本件中央環状新宿線が完成したときには、首都高速道路五号・池袋線の一部である板橋区熊野町ー同板橋二丁目間の〇・八キロの重複区間で、中央環状新宿線と首都高速道路六号線とが交差・重複している小菅・堀切間約二・一キロにおける極度の渋滞と同様の渋滞が発生することは必至であって、到底都心環状線からの迂回・分散をはかることなぞできるはずがない、との従前の主張を維持する。

2 JR山手線地下案

(一) 副都心の育成と都心環状線の交通流の円滑化を事業目的とするのであれば、中央環状新宿線は首都高速道路三号線、四号線、五号線とも接続でき五号線との重複利用区間もなく、収用手続対象者が少ないJR山手線の地下に計画した方がより合理的である(甲一〇七号証)、との従前の主張を維持する。

(二) 右の点につき、被告は本件都市計画決定になる中央環状新宿線は、三号線、五号線に接続のための構造上の対応がすでに設置されているから、本件都市計画の方がより合理的であると主張している。

 しかしながら、現行法上の都市計画決定が、首都圏整備計画に定める路線の一部分ごとに決定するものであり、旧都市計画法のごとく路線の全部について決定する仕組みではないこと、被告主張の如く、従前に施工された部分に接続構造があることを以って、本件都市計画決定の内容が定まってしまうのであれば、別途都市計画決定をする意味が失なわれてしまうことになり、本件都市計画決定の独立性を否定するものであって、主張自体自己矛盾というべく、失当である。

 以上、要するに、首都高速道路中央環状新宿線は土地の合理的利用に寄与するとはいうことはできないから、東京都知事がなした都市計画決定は違法である。

 よって、首都高速道路中央環状新宿線事業承認は取消しを免れない。

 

三 本件各事業は公益性がない。

1 公益性について

 公益性の概念は、時代と共に変遷するものである。

 我国は、第二次世界大戦によって壊滅的な破壊を蒙ったのであるから、戦後は、経済活動と社会生活の復興のため、輸送力の確保は、国是でもあり国益にも合致するものであった。一九六〇年ころ以降の、いわゆる高度成長も、一つには輸送力の確保によって実現された。

 このように、ある時点までは、道路を建設し自動車による輸送力の向上拡大をはかることは、国民の生活厚生に合致し、国民の幸福の増進に寄与するものである。このような段階までの時点においては、道路建設により、その沿道の住民に自動車交通量の増加による大気汚染の増悪によって、その健康・生命に危険が生じ、被害が発生したとしても、それら危険や被害は、国民の一部の危険、被害であり、輸送力向上によって国民全体が享受する経済的社会的利益に比すれば、マイナーなものであり、国民一般の利益、つまり公益のためには、受忍すべきものであったかもしれない。

 しかしながら、道路が完備し、自動車輸送力の飛躍的向上が実現した平成の時代においては、そして特に道路網の完備した東京都の区部においては、道路建設による輸送力の増加と社会的経済的利益の増加とは、幸福な平行関係ではありえないのである。道路建設による社会的経済的損失はあまりにも巨大になり、その利益よりも、もたらされる損失の方がはるかに大きい段階に達している。

 一切の社会的経済的影響を与える行為が、社会に利益と損失をもたらすのは必然である。しかし、それら行為が、公益性ありとして許容されるのは、社会が受取る利益が社会が受取る損失を上まわる場合であり、かつ、上まわる場合のみであって、損失が利益を上まわる場合には公益性なしとして禁止されなければならない。

 つまり公益性は、社会にとっての利益と損失との比較衡量概念であり、従って、社会的経済的事実の変遷とともに、同一の行為であっても公益性は変遷するのである。

 首都高速道路公団が東京都及びその周辺に、高速自動車専用道路を建設することによって、及び東京都が都道を建設整備することによって、従来、社会に利益を与え、東京都民らに対して重大な貢献をなしてきたことについては、原告らとしてもこれを認めるのにやぶさかではない。

 しかしながら、平成の現代においては、首都高速道路及び道路の更なる建設は、耐えがたい被害を生じるまでに至っている。

 

四 損失の重大性

1 自動車による大気汚染の悪化

(一) 自動車による大気汚染の悪化は著しいものがあり(甲四、五、六、七、八、九、一〇号証)、昭和六二年度に急激に悪化し(甲八〇号証の一、二、八一、八二号証の一、二、八三号証の一、八四号証の一、二、八五号証の一、二、八六号証の一、二、八七号証の一、二、三)、一九九〇年以降も悪化し続けており(甲一一、一二、一三、一四、 一五、一六、一七、一八、一九、二〇、二一、二二、二三、八七号証の一、二)、特に二酸化窒素による汚染は過去最悪の状況であり(甲二四、八八号証)、一九九一年度においても(甲六二号証の一、二、五八、六三、八九、九一号証の一、二)、一九九二年度においても更に悪化し(甲九〇号証の一、二、三)ている。

(二) 公害対策基本法九条一項に基づき、人の健康を保護し、生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準として政府によって定められた二酸化窒素についての環境基準は、この基準を超えれば咳が出る、たんが出るとの二症状の発症率が増加する限界値として〇・〇二PPMと定められたが、一九七八年に〇・〇四〜〇・〇六のゾーン内またはそれ以下と、大幅に緩和された(甲七四、七五号証)。

 東京都においては一九八五年に環境管理計画を策定して(甲九二号証)この環境基準を一九九〇年(平成二年)には達成することを目標として改善をはかろうとしたものであるが、実際には一九九〇年には達成することができなかったのであり(甲八四号証の一、二、八六号証の一、二)、更に目標達成年度を繰り下げて二〇〇〇年には達成することを目標としているが(甲七一、七三号証の一、九八号証)、特に都内の幹線道路沿いの高濃度汚染地域では達成することは極めて困難であることが判明している(甲六四の一、二、六八号証の一、二)。

2 交通量の抑制

 自動車排気ガス中の、特に窒素酸化物による大気汚染の悪化に対して、結局、乗り入れ規制等自動車交通量の抑制をはかる以外にはない事態にたちいたっており(甲三五、六九、九四、九五、九六号証)、東京都においては、一割程度の交通量の削減が提言されており(甲七一号証、一一〇頁)、毎週水曜日をノーカーディとする対策を実施している(甲六〇、六六号証)のであるから、更に自動車交通量の増加をもたらす本件各事業は、すでに公益性に反するのである。

3 公共施設に対する損失

 本件各事業は、環状六号線沿線の住民にとって日常的に便益を受けている、公園、遊園地、学校、診療所、その他の公共施設の効用を減少させ住民に損失を与えるのである(甲一〇九、一三一号証)。

4 人体に対する損失

(一) 大気汚染は、低レベルであっても、ぜん息発作を発症させることが知られている(甲一一〇号証の一、二、一一一号証)。東京都における大気汚染の悪化が、特に幹線道路沿いの住民に健康被害を与えていることは周知の事実であり(甲六一号証の一、二)、呼吸器系疾患が後背地の住民より有意に高率であることが報告されており(甲七二号証)、二酸化窒素が〇・〇二PPMを超えれば、咳やたんが出る等の症状が有意に増加する(甲七四、七五号証)。

 特に、ディーゼルエンジン車の排気ガス中に含まれる浮遊粒子状物質は気管支ぜんそくを引き起す(甲六五号証の一、二、七〇号証の一、二、三)。

(二) 本件各事業の施行が予定されている区域を含む、東京都の目黒区、世田谷区、渋谷区、新宿区、豊島区、中野区には、国の法律である公害健康被害補償法によって認定された呼吸器系健康被害者及び東京都の「大気汚染に係る健康障害者に対する医療費の補助に関する条例」によって認定された、大気汚染障害者(同条例三条により一八才未満)の数は、一九九〇年度において、目黒区で九六人、世田谷区で四九人、渋谷区で四四九人、新宿区で三八二人、中野区で二四七人、豊島区で一三八人、合計一、三六一人に達している(甲二八、二九号証の一、二、三、四、五、六)。本件「関係地域」に同法及び同条例による認定者が相当数存在することは間違いない(甲第二号証)。

(三) 原告小**一は、大学教授であるが、仕事にさしつかえるほどの気管支ぜん息に罹患している(甲第五四号証)。同人をいれ、原告本人及び原告の家族のうちに法又は条例により認定を受けているか或は呼吸器系疾患者を有する者は数多いが、それらを、原告本人が国の認定を受けている者三名(A)、原告本人に呼吸器系疾患がある者一七名(B)、原告の家族に国の認定を受けている者四名、都の認定を受けている者四名(C)、原告の家族の中に呼吸器系疾患がある者一六名(D)の別に、その一人一人につき、事件番号、原告番号、原告の氏名・住所、原告と当該認定を受け又は疾患を有する者との続柄、当該疾患の概略、対応する疾患、認定等を証する甲号証番号(但し、枝番は省略する。なお、同一人が二回現われる場合の住民票は一枚だけを書証とする扱いとした)を表に整理したものが、本準備書面に添付する「原告及び原告家族の大気汚染による健康被害状況」表である(なお、同表のうち、一一一−一一一の小*セ*本人、一一一−二三〇長*和*の長男の二名については、疾患名がアレルギー性鼻炎であるが、この趣旨はアレルギー性鼻炎に罹患する者は原告及びその家族中に右二名だけであるとするものでは全くなく、この比較的軽微な疾患に罹患している原告又はその家族は数多いが、その一端を立証する趣旨である)。

(四) このため原告らは、本件各事業が公表されて以降、自動車排気ガスによる大気汚染の悪化を恐れ真剣に反対運動にとり組み(甲一〇〇、一〇一、一〇二号証の一乃至同号証の三七、一一六乃至一二二号証)、一九九〇年に公害紛争処理法に基づき東京都公害審査会に対して調停の申立をなした(原告ら以外の者の調停申立につき甲一〇四、一〇五号証、原告らの調停申立につき甲一〇六号証の一、二、三、四、五)。調停申立人数は五一五名に達し、四回にわたる調停参加申立人の総数は三九三名に及んだ。

 原告らは、なんとしても、これ以上の大気汚染の悪化を阻止しなければならないと決意して本訴に及んだものである(甲五三号証、原告秋**子の供述)。

 

五 利益と損失の逆転

1(一) 以上の通り、原告らは自動車排気ガスによる大気汚染によって既に健康被害を受けており、本件各事業によってますます健康被害を受けるに至ることは歴然としている。

 本件首都高速道路中央環状新宿線建設事業及び本件環状六号線拡幅事業は、東京都の豊島区、中野区、新宿区、渋谷区などの住居専用地域を貫いて事業施行がなされるものであり、原告ら住民に与える損失はあまりにも巨大であって、それによってもたらされる社会的利益を考慮しても、すでに損失は利益を上まわるに至っており、公益性があるということはできない。

(二) 本件各事業は、現代の首都圏が必量とする最適道路量を上わまる過剰な道路量の供給である。本件各事業によって交通流の円滑化を実現することはできず、かえって、最適交通量をはるかに上まわる交通量を誘引するだけであることを原告らは立証した。

 車社会といわれている現在と今後のあるべき社会を考えるとき、われわれは、道路を造らないことによる社会的損失を恐れるよりも、道路を造りすぎることによってもたらされる社会的損失を恐れるべきである。

2 結語

(一) 以上の通り、本件各事業によって、原告らが耐えがたい健康被害を蒙ること、社会に重大な損失を与えること、本件各事業の事業目的は達成しえないことを原告らにおいて立証しえたのであるから、被告は、それらの事実にもかかわらず、なお本件各事実には、損失を上まわる利益がある、すなわち公益性があるとする点について立証すべき負担を負う。しかし、その立証がなされていないことは明らかである。

(二) 以上の通り、本件首都高速道路中央環状新宿線に関する都市計画決定は土地の合理的利用に寄与するものではない点で違法である。本件各事業には、土地を収用し又は使用する公益上の必要性が認められない点で、本件事業認可、並びに承認は違法である。よって本件認可、承認は取消しを免れない。

 

第五 結  論

一 前述の通り、本件各処分は違法である。

二 原告らの権利の侵害

1 財産権

(一) 平成三年(行ウ)第一三四号事件の提訴時原告らのうち原告番号五(訴取下)を除くその余の原告らは、本件準備書面末尾に添付する権利目録記載の通り、所在欄記載の所在地に、同権利区分欄に土地所有者と記載のある原告番号一、二、三、四、六、一四、一五、一六の各原告においては、地番欄記載の地番の土地についての所有権(及び家屋番号欄記載の家屋)を所有しており、同権利区分欄に土地賃借、土地一部賃借と記載がある原告番号七の原告は、地番欄記載の土地の上に家屋番号欄記載の家屋を所有して同土地に賃借権(借地権)を有しており、同権利区分欄に建物(一部)賃借と記載のある原告番号八、九、一〇、一一、一二、一三の各原告においては、家屋番号欄記載の建物の全部、又は一部に借家権を有している。

(二) 原告番号八の原告を除くその余の各原告においては、環状六号線拡幅事業に伴う収用裁決並びに首都高速道路中央環状新宿線建設事業に伴う使用裁決によって、土地所有権または土地賃借権(借地権)、借家権を侵害されることになり、原告番号八番の原告においては、首都高速道路中央環状新宿線建設事業に伴う使用裁決によって建物(一部)賃借権(借家権)が侵害されることになる。

2 幸福追求権、人格権

(一) 平成三年(行ウ)第一三四号事件原告のうち、原告番号二、一四、一五、一六の原告は、前記1記載の財産上の権利が侵害されることに加え、その居住地が第一に記載した「関係地域」内に存することから、同「関係地域」に居住すること、

(二) 平成三年(行ウ)第一三四号事件原告のうち、一〇、一一の二名は、前記1記載の財産上の権利が侵害されることに加え、その借家権を有する建物の、収用裁決並びに使用裁決によって侵害される部分以外の一部が、第一に記載した「関係地域」に残存することとなることから、その限りで「関係地域」になお居住すること、

(三) 平成三年(行ウ)第一一一号事件及び平成三年(行ウ)第一三三号事件における各原告においては、その各訴状請求原因三項に記載の通り、第一に記載した「関係地域」に居住、又は通勤ないし通学するものであること、

(四) から、いずれの原告においても、本件各処分に基づき施行される各事業から生じる大気汚染等によって良好な環境を享受することができなくなり、急性又は慢性の呼吸器系疾患に罹患して生命、身体に重大な被害を蒙り、人間として最低限の生活すら奪われる蓋然性がきわめて高い。つまり、本件各処分によって右各原告は、原告らの幸福追求権及び人格権を侵害される恐れがある。

 

三 各原告に対する右権利の侵害は、それぞれ違法な本件各処分の法律上の効力が維持されていることによって生じるものであるから、右効力の排除を求めるべく、各訴状請求の趣旨記載の通り、被告による環状六号線拡幅事業認可処分、並びに被告による首都高速道路中央環状新宿線建設事業承認処分の取消しを求めるものである。

以 上

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