原告意見陳述 1991年10月28日


第1回口頭弁論で,原告を代表して,環六高速道路に反対する会代表の主婦と,原告の一人で大気汚染健康被害認定患者の大学教授が意見を陳述しました.


陳述書

原告のSでございます.住居は新宿区中落合,環状六号線(山手通り)から70メートルくらいのところです.年令は35才,主婦です.

この計画が発表されたとき,主に幼い子どもたちをもった母親たちが,漠然とした不安を持って集まりました.都市計画案というものは,そこに住んでいる人のことなどまったく頭にないという感じで,地図上に線が引いてあるだけのもので,なぜこの事業が必要なのか,この道路ができると環境がどのように変わってしまうのか,いっこうにわからなかったわけです.つづいて発表された環境影響評価書案はその疑問に答えてくれるはずのものでした.分厚い,一見とてもりっぱなものでしたが,どの項目を見ても結論は「影響は極めて小さい」と書いてあるだけでびっくりしました.今の4車線線でさえ道路公害がひどいのに,それが10車線になって影響が少ないなどということはあるはずはない,と住民はみな強く不信感を抱きました.細かい数字をいっぱい並べていかにも専門的に分析,研究した結果のように見せてありますが,皆で調べていくと,おかしいところが次から次へと見つかりました.例えば大気汚染について「影響が極めて小さい」と言えるのは,将来,大気汚染が驚異的に改善されることが前提となっているからでした.実際には悪化の一途をたどっているのに,計画通りうまくいけば空気がきれいになっているからこの道路を作っても大丈夫というのです.住民説明会でもたくさんの人がそれを指摘しましたが,都や公団はまともに答えようとはせず,アセスに書いてあるからというばかりで,質問を続けようとする人がまだ大勢いるのにいつも一方的に説明会を打ち切ってしまうのでした.

私たちの納得のいかないまま,道路を作る手続きはどんどん進行し,住民の意見をいう場はなくなってしまいました.そこで,私たちは東京都の公害審査会に調停申請をしました.そうした公の場ならきちんと対応してもらえると思ったのです.でもその場においても,アセスの関連ページを示し,そのまま読み上げるだけなのです.まったく私たちの言葉に耳を貸そうとしません.もうこの住民無視のめちゃくちゃなやり方に歯止めをかける手立ては裁判に訴えるしかありません.それが今回の提訴に至った理由です.

今でさえも環六沿道の大気汚染や騒音はひどい状態にあります.ここに住み始めた13年前はこんなではありませんでした.最近とみに大型車が増え,今では臭くて道を歩く時はできるだけ息をしないようにしていないと気持ちが悪くなってしまいます.道に面している友人の家ではしょっちゅう家が揺れていますし,うるさくてお正月やお盆にしか窓が開けられないといいます.環六沿道ではない我が家でも物干し竿は排ガスのススで黒く汚れ,それを見ると私たちの肺の中もこんなかしらとぞっとします.事実,それによって健康を害している人が大勢います.幸い今のところうちの子どもたちは元気です.でも歩道橋をわたって環六の向こう側にある小学校に毎日通っているのを見ていると,どうもない方が不思議のような気がしてきます.子どもの友達には喘息の子が多く,娘が幼稚園の頃はクラスの3分の1は具合が悪いようでした.子どもの健康のためとおっしゃって郊外に引っ越してい行かれる方も少なくありません.私も子どもたちの体のことを思うと本当に不安です.私自身も,そして夫や一緒に住んでいる夫の両親たちもいつ発病するかわからないと思っています.

国はそういう沿道住民の健康被害の現状を知っているのでしょうか.知っていてなおかつ道を増やそうとしているのでしょうか.渋滞するからといって道をひろげ,ひろげると少しの間だけはすいているけれど,そのうちすぐ車が集まってきてやっぱり元通り渋滞するようになる ― そんないたちごっこさんざん今までどこの道路でも繰り返されてきたのです.そうしてますます健康被害が増え続けているのです.

車が戦後の日本経済の発展を支え,国民の生活を豊かにしてきたことは確かです.ですから,道路建設反対をとなえることはとかく住民エゴとみなされがちでした.でも今は違います.一昨日も新聞に環境庁による大都市圏の大気汚染対策が発表されましたが,もうこれ以上放置できない,国をあげてなんとか車を減らしていかなければどうにもならないという状況に追い込まれているのです.

現在,幹線道路沿道の環境悪化はどこでも深刻です.原告の中にも多くの公害病患者や呼吸器系疾患をもった人がいます.この事業の実施によってさらに増えるでしょう.また住み慣れた土地を追われる人々も大勢います.私たちの生活を奪い,健康を奪ってまで本当に作らなければならない道路なのでしょうか.それほどに価値のあるものなのでしょうか.もし価値のあるものなのだとしたら,なぜ都や公団はもっと堂々と,誤魔化したりせずに私たちにすべての真相を包み隠さず示してくれないのでしょうか.私たちには理解できません.弱い老人たちや未来のある幼い子どもたちの命以上に大切なものとは何なのか,納得できる答があったら示してほしいのです.私たちは不安でいっぱいです.もうこれ以上環境を悪くしないでください.この道路は不要です.絶対に作らせないでください.お願いします.


陳述書

現在の住居は,環状六号線(通称環六)または山手通りと,新目白通りまたは十三間通りとの立体交差点の近くで,山手通りから200メートルほどの所に位置しています.

現住所での居住期間は,昭和45年11月から同50年3月までの4年4ヵ月と,昭和57年3月から現在に至る9年6ヵ月です.50年4月から57年3月までの7年間は,勤務先等の関係で,武蔵村山市,中野区白鷺,保谷市に在住をしていました.

昭和60年4月頃,私は発病しました.57年に現住所に再転入してから,ちょうど3年後です.それまでは健康体でした.息苦しい日がしばらく続いてから,今でもはっきり記憶していますが,5月4日の早朝,呼吸困難におちいり,息を吐くことも吸うこともできなくなりました.心臓は破裂しそうになり,身体を動かすこともできなくなりました.即刻入院,酸素吸入,点滴,注射.生まれてはじめての経験でした.

病気はいわゆる「ぜん息」でした.ご承知のようにこの「ぜん息」というのは病名ではありません.突発性呼吸困難という症状をそう呼んだだけであり,これに気管支とか心臓とかの言葉が付いて病名になります.腹痛,頭痛と同じように種類があります.それでも「ぜん息」は苦しいものです.

昭和63年1月から,私は障害の程度3級の「公害医療手帳(新宿区)」を保持していますが,認定疾病は「気管支ぜん息」です.近親者にはぜん息患者は全くおりません.

わたしの「ぜん息」は咳がほとんどでません.気管支が痙れんを起こして腫れるために,空気の流通路が極端に狭まり,ピーとかヒューとかいう音と共に辛うじて呼吸運動が行なえるだけで,酸欠,息切れ,動悸がひどくなり,呼吸困難の度合いが高まります.咳でも出れば,少なくとも息を吐き出せるし,そうすれば息を吸い込むこともできるわけです.呼吸ができない,息ができないということは,本当に苦しいものです.

現在,治療のために,気管支拡張剤や予防薬としてベロッテック,ネブライザー,アルデシン等の規則的吸入,テオドール,スピロペント,リザベン、セルシン,ネオフィリン、ブリカニール等の内服薬投与を受けている他に,緊急時には静脈注射や点滴による治療も必要となります.改善は思うにまかせず,残念でたまりません.

通勤のため,自宅から西武新宿線中井駅または下落合駅まで,「環六」を通って約10分間歩きますが,車の排気ガスのために息切れと呼吸困難が強くなり,歩行時に吸入が必要となります.昭和50年以前と比べて,57年以後は交通量が激増し,それと共に大気汚染がいかに激しく深刻化しているかを,身をもって体験,実感しています.今回の道路工事が実施されれば,症状が悪化することは確実です.慢性の呼吸困難は声がれの原因となり,現在の私の仕事にさしつかえることもしばしばあり,肉体的苦痛に加えて,精神的苦痛も職場で,教場で経験しています.普通の生活ができなくなっています.

普通に呼吸をして,普通の生活を営むためには,交通量を減らし,大気汚染を無くする必要があると思って,私は歩行しています.地下道路をつくれば,路面の交通量が減るというのは錯覚だと思います.地下も路面も,あっという間に車が増え,大気の汚染が進みます.私の居住する地域はもちろん,「環六」沿いの地域の呼吸器疾患患者はかなりの数に及ぶと聞いていますが,これ以上病人を増やしたり,病状を悪化させるような状況をつくることは許せません.呼吸ができないというのは苦しいことです.

裁判所の良識あるご判断を期待します.

 

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