第41回テーマ館「飛行機」



摩天楼の撃墜王 その1 月光の調律師 [2001/08/29 23:57:26]


 操縦桿がきしみをあげるほどの強引さで機体を横転させる。身体を押し潰そうとするGも、最
新の飛行服と座席によってほとんど影響がない。
 ほんのすこしでも操縦にミスがあれば、立ち並ぶ高層ビルに激突する。
 膝の間にある操縦桿を右手で握りなおし、ウィングは上唇をなめた。
「うまく逃げるじゃないの、普通ならとっくの昔に死んでるぜぇ!」
言いざま操縦桿を引き、機体を反対に横転させる。
 摩天楼を飛行機で飛び抜ける。それはまさに一瞬の遅滞が命取りになる。激突は避けられず、
確実な死が待っている。
 しかし、ウィングは目の前に迫ってくる摩天楼の壁面を小刻みな右手の操縦桿の動きと、左手
のスロットレバーだけでかわしてゆく。むしろわずかに見え隠れする敵複葉機の尾翼を追い、じ
りじりとスロットを開けていった。
 敵は追っ手を撒くつもりでブロードウェイからビル街へと、文字通り飛び込んだ。普通のパイ
ロットならば誰もが躊躇する。しかしウィングは違った。迷うことなく後を追い、今、さらに加
速をかけている。
「そろそろ、危険な鬼ごっこも終わりだぜ」
その声は、ぎりぎりの状況の真っ只中にいるとは到底思えない。
 お互い、摩天楼のなかでは攻撃など出来はしない。決着はやはりさえぎるもののない空が舞台
となる。
 ウォール街を抜けバッテリー公園の上へ抜ける。その先は海。さえぎるものなど何もない。

 摩天楼を駆け抜け、海上へ出た二機の差はわずかだった。
 ウィングは機体をわずかに上向かせ、上昇する。
 上昇開始直後の飛行機は、前方尾あるいは後方からは若干スピードを落としたように見える。
追撃の手を緩めたと勘違いしたのか、空賊機は大きく左にバンクし、機首をウィングへと向けて
きた。
「俺とやりあおうってのか。救いようがないな」
あきれたようにそっと呟いて、ウィングは一気にスロットレバーを押し込んだ。
 敵機のパイロットの予想を上回る急激な引き起こしから背面飛行につなげる。曲芸じみた軽快
なロールによってあっという間に敵機の上をとる。
 寸分違わず目標は目の前。
 光学照準機のサーティング・イメージ環いっぱいに、めちゃくちゃなカラーリングの空賊機が
収まっている。機動性に自信のある機体だからこそ出来る離れ技だ。
(終わりだ!)
 上方から叩きつけるように機銃を打ち込む。曳光弾をともなった13ミリ機関銃がジェラルミ
ンの外版に牙をむいた。ウィングは掠めるようにその脇を駆け下っていく。
 エンジンカウルからコックピットにかけて機体の中心部を打ち抜かれた複葉機が、一瞬にして
炎の塊と化した。
 空中で爆発した機体は文字通り木っ端微塵となり、眼下の海をめがけ破片が降り注いでゆく。
「スプラッシュワン!」
 戦空において『撃墜』を意味する隠語を吐き、ウィングは左手を強く握り締めた。
 主翼をバンクさせつつ機体を引き起こす。
 瞬間、ウィングの機体二つ分後ろを弾丸が抜けていった。
「まだいやがった、ってか!」
ウィングは首をひねった。コックピットの後方視界は良好だ。左後方から接近してくる敵機の姿
があった。機銃をばら撒いている。
 スーパーマーリン・スピットファイヤ戦闘機。かつての世界大戦、ヨーロッパにおいて最多生
産数を誇ったベストセラー機だ。しかし、それが画期的だったのはもはや過去の話。いかにエン
ジンを換装し、改修を繰り返したとしても、時の流れを飛び越えることはできない。
 それが空戦。

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