第79回テーマ館「シュークリーム」



シュークリーム・プリーズ(2) 夢水龍乃空 [2010/11/27 13:28:17]

シュークリーム・プリーズ(1)へ

『はい井倉です』
「もしもし」
『あ、珠莉?』
「そうだよ」
『久しぶり。どうしたの?』
「高校卒業以来かあ。刑事になったんだっけ?」
『ミニパトのお姉さんでーす』
「ありゃ、でも警察には入れたんだ」
『なんとかねえ』
「今、大丈夫?」
『うん。勤務は終わったから』
「そっか」
『・・・何?』
「あのさ、美和って、妙に勘のいいところあったじゃない」
『え、何かあったの?』
「ちょっとね、たいしたことじゃないんだけど」
『いいよ、何でも言って』
「うん。ありがと」
『・・・』
「うーん、何と言ったらよいやら」
『何があったのか、そのまま話してくれればいいよ』
「うん、実は・・・」
 丸尾は高校時代の親友である井倉に電話してみた。学校で困ったことがあると、あの天
然娘がなぜか鋭い勘を発揮して、妙な空気を振りまきながらいつの間にか解決しているこ
とがよくあった。誰もが圧倒され、嫌でも納得させられた。夢は刑事だと言っては友達の
失笑を買っていたが、丸尾は密かに向いているかもと思っていたのだった。
 プロフィトールのことは、井倉も知っているようだった。人の注目を集めているテーマ
については、一通り調査しているらしい。店の名前がフランス語で「あなたの甘い幸せ」
という意味だということは、井倉に教わるまで知らなかった。そういえば意外と頭のいい
子だったなと、丸尾は昔を思い出した。
「そういうわけで、彼女がどうして毎日シュークリームを食べられるのか、その謎を解い
てほしいわけよ」
『謎も何も無いじゃない。答はそのままよ』
「は? あんたもう分かったの?」
『だって、はっきりし過ぎて面白くないくらいじゃない』
「ちょっと、何か知ってるわけ?」
『珠莉に聞いたことだけに決まってる』
「まったく、美和ってなんかそういうとこあるよね」
『どういうこと?』
「人の困ってる気持ちに全然共感しないところ」
『わたしは困ってないもーん』
「変わってないなあ」
『変わったわよ? いろいろあったんだから』
「へえ、って、そうじゃないでしょ! 早く教えなさい」
『はーい』
 こんなマイペースで天真爛漫な井倉のどこに、人も空気も丸ごと飲み込むような、煌め
くオーラの源泉があるのか。少女の頃に思った謎はいつか解決されるんだろうか。丸尾は
懐かしい気分に浸っていた。
『小野山さんは自分でシュークリームを買うことができない。それはいいわね?』
「間違い無い。絶対無理」
『お店の関係者から商品を受け取ったり、頼んで残して置いてもらうこともできない』
「無理ね」
『だったらお客さんの誰かに買ってきてもらうしかないわね』
「まあね」
『それじゃ、常連客が買っている商品の一部が小野山さんに流れているとしか考えられな
い』
「常連って、レジェンドと四天王ってこと?」
『毎日商品を入手できる人なんて、他にいないじゃない』
「じゃ誰よ?」
『決まってるでしょ』
「んー、分からん」
『もお。一人しかいないわよ?』
「じゃレジェンド」
『適当に言ってるよね? レジェンドは郊外から車で通う人よ。近所のOLに手渡す機会
は無い』
「だったら学生は? 時間ありそう」
『難しいわね。一限目を全部外すってことは、二限目からは詰め込んでるってことになら
ない?』
「あ、逆に時間無いのか。なら生保レディーだ。またコース調整、って、これも一緒か』
『そうよね。朝のコースを無理に調整してるなら、それからのコース取りは窮屈になって
るはず』
「ってことは主婦?」
『健康のためのウォーキングよね。片道一時間。手渡す機会が昼休みだとして、何のため
にその主婦が戻ってくるの?』
「美月に脅迫されて、とか?」
『バカでしょ』
「ゴメン。え、それじゃ幼稚園児?」
『未来のね。小野山さんにシュークリームを渡せるのは、お母さんに連れられて足繁くお
店に通う小さな紳士しかいないわ』
「だって、まだ子どもでしょ? シュークリーム食べたい年頃じゃない!?」
『傍証ならあるわ』
「ぼーしょー? あ、傍証ね」
『大丈夫?』
「うん、大丈夫大丈夫」
『その子が買い物をする時の姿よ』
「姿って?」
『どうやって買い物するんだっけ?』
「えっと、お母さんにだっこされて、ポケットからお金出して、満面の笑みで箱を受け取
る」
『自分のお金で買ってるのよね?』
「おお、そっか、お母さんの財布から払うわけじゃないんだ」
『そのお金は誰があげてるのかしら?』
「あ、お母さんがあげるならお母さんがその場で出せばいいのか」
『もちろん、おうちでお金をあげて、それでお買い物するっていうお勉強なのかもしれな
いわよ』
「お勉強ねえ。確かに」
『だから確実ではないの。けど、親子でお散歩っていうなら、家は割と近いはずよ』
「なるほど。チャンスはあるんだ」
『他の常連客にチャンスが無いなら、この子しかいない』
「ゲ、だったら美月が子どもにお金渡して貢がせてるってこと?」
『そこは違うような気がするのよ』
「どして?」
『その子の笑顔よ』
「笑顔が何?」
『すごく嬉しいんだと思うのよ。自分が食べるんじゃないんだから、それを受け取った人
の喜ぶ顔が嬉しいってことよね』
「え、え、まさか、そういうこと?」
『これはきっと恋なんじゃないかしら』
「きゃー」
『たぶん小野山さんが偶然その子にシュークリームを食べてみたいってことを話したん
じゃないかな。大好きなお姉さんが喜ぶと思って、お母さんに連れてってもらったのよ。
小野山さんって優しそうな感じだから、受け取る時にちゃんとお金払ったんじゃないかし
ら。そしたらそのお金でまた買ってきて、もう断るに断れない感じになってるのかも。心
苦しいとか気恥ずかしいとかで、珠莉には言えなかったのかもね』
「はあ・・・」
 小野山が子どもと楽しくおしゃべりする様子は簡単に想像できた。恋するお姉さんが喜
んでくれるシュークリームをプレゼントする時の嬉しそうな顔も、会ったことは無いけれ
ど、浮かんでくるのだった。
 頑張れよ小さな紳士君、お姉さんは君の見方だぞ。丸尾はそんなことを思いながらも、
また別のことを考えていた。
 どうしたら、自分のシュークリームも買ってきてもらえるだろうか。わたしにも、
シュークリーム、プリーズ!

完

インデックスに戻る