第71回テーマ館「意外な犯人」



ハローウィンマジック(上) 夢水 龍乃空 [2008/11/22 20:38:48]

(1)
 小笠原は、横浜の街をのんびり歩いていた。
 住めば都と言うが、田舎が出身の小笠原にとって、物価は決して安くはなく、都会的な
センスの街はそれほど過ごしやすくなかった。家だけは郊外に借りていたため、住む分に
は良かったが。
 だから街の中にある店のことなど、何も知らなかった。場所は聞いていたが、流行の隠
れ家的な店らしく、なかなか見つからない。よく散歩する山の道ならば、咲いている花の
顔まで思い出せるのに。
 仕方なく、幹事に電話することにした。
「もしもし、小笠原だけど」
「おお。どうした?」
「道、分かんないいんだけどさ」
「はあ? 地元だろお前」
「知らないんだよ、こんな街中のこと」
「そっか。お前地味系だからな」
「そうそう。道案内しろよ、幹事さん」
「じゃ、今どこ?」
「えーと・・・」
 周りを見渡す。とりあえず、目につく看板の文字を読み上げた。
「ああ、分かった。それじゃ・・・」
 電話の声に従って5分も歩くと、言われた名前の店を見つけた。
「あ、あったあった。ここだな」
 電話を切って、そのドアを開くと、すぐに下りの階段が現れた。確かに、地下の店だと
は聞いていた。
 小笠原は、薄暗い階段をゆっくりと下りた。昔から、逃げ場のない空間が苦手だ。閉所
恐怖症というほど強烈ではないが、生理的に受け付けない。怖々と歩を進めた。
 階段の先は扉ではなく、そのままフロアになっている様子だった。その壁の横から、小
泉が顔を出して小笠原を迎えた。
「よお。やっと主役の登場か」
「やあ。悪かったな。ここ電波通じるんだ?」
「みたいな。どこにアンテナあるのか知らんけど」
 小笠原はクスッと笑った。小泉はいつも、人が気にしないような細かいことにこだわる
タイプだ。携帯なんて通じればいいだけのものを、アンテナを探して部屋を見回す小泉の
姿が容易に想像できて思わず吹き出したのだ。
「部屋決まったのか?」
 既に来ていた深田が言った。
「いや。まだ」
「いいのかよ、そんなんで」
「まだ半月あるし」
「おいおい」
 今日は小笠原の、大阪出張を祝うパーティーということになっている。折角だからと、
小さな店を借り切って水入らずでやろうということになり、この店を幹事の小泉が手配し
たのだ。
 小学校からの腐れ縁が今でも続いている連中には、一通り声をかけた。最初は、8人全
員が参加できる予定だったが、近くなって半分の4人がキャンセルしたと聞いている。小
学生じゃないのだから、色々と事情があるだろう。店は既に借りていたが、4人でもやろ
うということで、こうして集まっている。
「細木は?」
「まだ。連絡は無いから、また遅刻だろ」
「そういえば、遅刻魔だったなあいつ」
 参加者は、小笠原の他に、小泉、深田、細木の4人。8人では少し狭そうだが、4人で
は持て余すスペースがある。
「やっぱり目立つな、これ」
「だろ? フロアの割にでかいから、威圧感あるよな」
「来た時びっくりしたよ」
 3人の目線の先には、天井から吊られた、幅60センチに高さ40センチにもなろうか
という、大きなシャンデリアがあった。何でも、店のオーナーの趣味というか、憧れのた
めに、トレードマークとして吊ったらしい。店の広告サイトにはそう書かれていた。
「これさ、広告と違うんだよ」
「え、シャンデリアが?」
「そう」
 小泉が言った。
「俺さ、鍵預かって1時間前に来たんだけど、何か違和感あったんだよ。店の雰囲気って
言うか、イメージが違うような。で、しばらく考えて、シャンデリアが広告と違うってこ
とに気付いた。もっと電球の数が多くて、煌びやかだったんだ。これって、なんかミラー
ボールに電球取り付けたみたいじゃないか? イメージ違うのも当然だよ」
 言われてみれば、電灯として十分明るいのだが、どうやら電球の内側に球状に付けられ
た鏡のせいらしい。電球の数はそれほどでもない。確かに、頭を少し平らにした感じのミ
ラーボールの周囲に、明るい電球を取り付けただけの構造である。電球というのも、そう
見えるダイオードを使っているらしい。
「へえ。そういやそうだな」
 深田がのんびりしたリアクションを返した。だいたい、深田はいつでものんびりしてい
る。だが、バスの運転手をやっていただけあり、時間には正確なのだ。
「あ、ハローウィン」
 小笠原は、シャンデリアから何気なく視線を落とした先の物体を見つけて言った。食卓
の大きなテーブルの中央に、三角の目と三日月の口を切り抜いたカボチャが鎮座していた
のだ。ちょうど、シャンデリアの真下に当たる。
「洒落てるよな。その時期とはいえ」
「これがオシャレなのか?」
「洒落だよ、洒落。オシャレじゃなくて」
「ああ、そうか」
「中に小さいロウソク入ってたぞ」
「後で点けるか?」
「折角だからな」
 そんなことを話していると、上のドアからノックが聞こえた。放っておくと、階段を人
が下りてきた。
「やあ」
「遅いぞ細木」
「すまん」
 このマイペースなところが細木の特徴でもある。たまには相当に迷惑だが。
「他のやつらは?」
「来ないよ。キャンセル。薄情な奴らだよ」
「へえそう」
 自分から聞いておいて興味なさそうに答える細木に、小泉が説明した。
「杉本は急な仕事が入ったって。ゲームクリエーターも当たりゃでかいが、楽じゃない
な。深井はなんか実家の用事とかで、出られなくなったらしい。家にいるってのも、金は
かからんが自由度が低いのかもな。湊は奥さんにつかまって、旅行に付き合わされてる。
結婚も良し悪しかな。太田も仕事だ。しがないサラリーマンだからな」
 どれも一言多いのは、昔から変わらない。懐かしい顔ぶれに、小笠原の気分も若返る気
がした。大阪へ行けば、この仲間ともなかなか会えなくなる。年に何度も会うわけではな
いが、いつでも会える距離とそうもいかない距離では、気持ちが違うような気がする。
「ま、とりあえずこれで全員集合だ。始めよう」

(2)
 店を借りただけで、要は場所しか持っていない。集まるのはほとんど独身のくせに、誰
も簡単な料理すら作れないということで、食べ物はすべてオードブルを注文していた。そ
れは小泉と深田で受け取り、テーブルに並んでいた。結構広いテーブルなのだ。白いテー
ブルクロスが床から10センチくらいのとこまで長く垂れ下がり、パーティーの雰囲気に
貢献していた。
 飲み物は分担を決めて、それぞれ持ってきたものを冷蔵庫に入れてあった。一応、主役
の小笠原は担当無しとなっている。最後に来た細木も、そこはしっかり大きな袋を下げて
いた。
「では、転勤を祝して、乾杯!」
「別にめでたくもないんだけどな」
「そう言うなよ。集まるきっかけなんて、何だっていいじゃん」
「うん」
「ほら、乾杯!」
「乾杯」
 4人で食べるには少々多めの料理に苦笑しながらも、店と食料を手配する係だった杉本
を恨めということで、昔話も絡めた近況報告で盛り上がった。
「これ点けてみるか」
「お、いいね。ライターは?」
「俺持ってる」
「さすがヘビースモーカー。環境破壊の権化」
「携帯灰皿くらい持ち歩いてるさ」
「携帯分煙機を持ち歩いてほしいね」
「うるせえ」
 この中では唯一の喫煙者である深田が、テーブル中央のカボチャに手を入れて、ロウソ
クに点火した。カボチャの顔の後頭部に当たる部分が丸くくり抜かれて、空間ができてい
るのだ。
「このロウソク、途中で切ってあったぞ」
 点火した深田が言った。
「そりゃそうだろ。普通の長さじゃ、火がカボチャに届くからな。どう見ても本物だろ?
 こんだけ乾いてりゃ、よく燃えそうだ」
「おい、怖いこと言うなよ」
「短いんだから平気だよ。すぐ終わりそうだけど」
「これならかぶれるよな」
「火が消えたらお前かぶるか?」
「いや、臭くなりそう」
「確かに」
 ロウソクの炎が落ち着いて、ちらちらと独特の光を出し始めていた。
「おお、感じ出てるね」
「どんな感じだよ」
「ハローウィンさ」
「ああ。ジャコランタンだっけ?」
「ジャックランタン、またはジャコランタン。成仏できない魂がカブに憑依して彷徨う姿
で、鬼火の一種でもある。アメリカに伝わった時、カブがカボチャになって、そっちの方
が有名になったんだな。ハローウィンと言えばカボチャだ」
「へえ」
「さすが小泉くん」
 細かいことが気になる男は、細かい知識を持ち合わせた男でもある。
「ジャックって人の名前?」
「ジャックという農夫が悪魔を騙して、死んでも地獄へ行かない契約を結んだが、悪さを
しすぎて天国へも行けず、あの世で彷徨っているのだという説もある。でも、ジャックっ
ていうのは、日本で言う太郎みたいなもんで、昔なら権兵衛さんだな、男の一般名称とし
て使われることも多い。だから、ランタンを持つ男、という意味で捉えるのが正解だろ
う」
「へえ。面白いな」
「普通は祭の意味なんて考えもしないけどな」
 小笠原たちの田舎には、地元の祭というものがなかった。近くに神社があった記憶もな
い。小泉たちが、今住んでいる近所の神社で見つけた面白いものの話題で盛り上がってい
る間に、小笠原は壁際にあった長椅子に腰掛けた。椅子と言っても、厚めの板を渡しただ
けで、壁が背もたれという代物だ。下は足があるのだろうが、板が張ってあって見えな
い。床に近いところで壁がせり出しているのと、見た目として変わらない。
 片手のビールを飲みながら、小笠原は改めて部屋を見回してみた。
 長椅子から見て左の手前に、入り口へ上がる階段が見える。その並びで奥の角には、3
0センチ四方くらいの、四本足の小テーブルがあり、花瓶に花が挿してある。さっき見た
限りでは、生花のようだった。中央の大テーブルと同じように、足下まである白いテーブ
ルクロスがかけれれている。
 右に目をやると、奥にトイレがある。コンビニのような小さなもので、男女共用だ。右
の奥、階段の正面に当たる場所がキッチンだ。キッチンのスペースの上に、ビルトインタ
イプのエアコンがある。
 そして正面を見れば、あのシャンデリアが下がっている。何とも非日常的な空間だ。
 何となく、キッチンへ入ってみることにした。
 階段の真正面に当たる壁際が通路になっていて、1人が動くにはそれほど問題ないが、
2人は入れないような狭いキッチンだった。冷蔵庫の存在感がなかなかのものだ。通路と
反対側、トイレが見える方向の壁には、これまたハローウィンテイストの絵が入った、縦
に長いタペストリーがかかっていた。よく見れば細長い布が並んでいるもので、エアコン
の風に軽く揺れていた。確かに、ただ白い壁紙だけでは殺風景すぎるかもしれない、と小
笠原は思った。
「オガ、何やってんだ」
「いや、ちょっと」
「ついでにこれ温めてよ」
「あ、いいよ」
 細木が唐揚げの皿を持って来た。受け取った皿を電子レンジへ入れて、適当にあたため
ボタンを押した。
「そうだ、シャンパンあるんだよ。出してくれ」
「ああ」
 小泉に言われて、小笠原は冷蔵庫を開けた。やはりキッチンはスタッフの位置なのだろ
う。ゲストの注文が続いている。
「これでいいのか?」
「それそれ」
 チン、と鳴った電子レンジから取り出した皿を細木に渡して、小笠原はその辺にあった
紙コップとシャンパンのビンを持って、大テーブルに戻った。
「よし、開けるぞ」
 深田がビンを持つと、周りが一歩下がる。あまり状況を考えずに行動する奴だと、全員
承知しているのだ。
「うおりゃ!」
 案の定、力任せに栓を押し上げると、ビンからはシャンパンが飛び出し、栓は一度壁に
反射して、シャンデリアに豪快な音とともにぶつかった。
「あ! 大丈夫か?!」
 小泉が慌ててシャンデリアをのぞき込む。小笠原はキッチンに折りたたみ式の椅子が
あったのを思い出し、それを持ってきて大テーブルに上がった。
「気をつけろよ」
「ああ」
 小笠原は、栓が当たった辺りの様子をうかがったが、それらしい損傷は見られなかっ
た。少し傾けて見ると、小さな鏡をつないで作ったらしいミラーボール構造の鏡の一枚
に、ヒビのようなものを発見した。
「あ、ヒビ入ってるかな」
「マジで?」
「もうちょっと見てみるよ」
「あんま無理すんなって」
「分かってるよ」
 もう少し、と思って傾けると、妙な手応えがあった。
「あれ、何かコロっていった?」
「ん、何か聞こえたかも」
「俺も」
「・・・」
 小笠原は冷や汗が出るのを感じながら、そっとシャンデリアの角度を戻すと、そろそろ
と大テーブルを降りた。
 少し様子を見ていたが、特に消えたり点滅したりといった異状は無かった。
「まあ、もう少し様子見るか」
 小泉の一言で、ひとまず忘れようということになったが、それが小笠原を襲う混乱の元
凶となるのだった。

続く

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