第71回テーマ館「意外な犯人」



ハローウィンマジック(中) 夢水 龍乃空 [2008/11/22 20:38:48]

(3)
 酒が回ると、次第に遠慮が無くなってくる。当然のように、お互いの懐具合について、
根掘り葉掘りの質問合戦が始まった。
 そうなると、気になるのはここにいない、キャンセル組の4人についてだ。誰か何でも
いいから知ってることを言えと、意地の悪い顔で言い出すやからが出てきた。
「小泉、お前幹事だろ? 連絡してきた時、何か言ってなかったのか?」
 深田が小泉に絡んだ。
「うーん、そういや、また免許に落ちたとか言ってたな」
「湊か? あいつ手先は器用なくせに、何回落ちてんだよ」
「俺の知る限りでは、今度で7回目だけど」
「うひゃあ、馬鹿だねえ」
 湊は昔から馬鹿だったという話題で盛り上がると、次の獲物の話になった。
「免許っていや、深井は? 車まだ取んないわけ?」
「バイクがあれば困らないって奴だからなあ。電話でもバイクの話しかしてなかったぞ」
「じゃ、まだだな。暇人のくせに」
「暇人は余計だろ」
「暇暇。だってあいつ、先週俺のところにいきなり電話して来やがって、アトランティッ
ク手に入ったぜ、とかわめいてんだよ。何言ってんだって言ったら、あ間違えたとか言い
やがってさ、また馬鹿な遊びでもやってんだろ。遊んでばっかだから、ひ弱でひょろひょ
ろなんだよ」
 深井が細木と並んでマイペースの代表格だったことで盛り上がると、杉本は賢い奴だが
やたら偉そうな態度だったとか、太田は手先が不器用だし暗くてしょぼくれてるとかで、
いない人間の悪口が派手に飛び交っていた。小泉は一人、何やら秘密めいた笑みを浮かべ
ていた。
 その時、上の入り口をドンドンと強く叩く音が聞こえた。
「お、何だ? 誰か来たのか?」
「いや、聞いてないぞ。それに叩き方がおかしい」
 またドンドンドンと、一段と強く叩く音がした。
「おかしいおかしい、なんか変だぞ」
「おう。外で何かあったのかな?」
「ちょっと、俺見てくる」
「よし」
 小泉が階段を上がって行った。残った3人で後ろ姿を見守りながら、小笠原は細木に聞
いた。
「お前が入った時、鍵かけたか?」
「いや、別に」
「そうか。入れなくて叩いてるわけじゃないんだな」
「あ、そうか」
 小泉はドアに耳を当てて、様子をうかがっていた。おもむろにドアノブをひねり、ゆっ
くりと押し開いた。顔を出して上下左右を見回すと、またゆっくりした動作でドアを閉め
て、今度は鍵をかけた。
「何も変わった様子はない。いたずらだと思う」
 階上の小泉の言葉に、なんだそうかとほっと一息ついた。
 小泉が下りてきて、よかったよかったと和んでいると、長椅子からなにやらゴトゴトと
物音がした。さっきのこともあり、4人で長椅子の前に並び、叩いたり引っ張ったり、思
い思いに調べてみたが、特に変わった様子はない。
「妙だな。まあ何事も無いようだけど」
「呪われてる?」
「お前か!」
「俺かよ!」
 軽く中を調べようということで、キッチンの中をのぞいたり、食卓の大テーブルの下
や、花瓶のある小テーブルの下を、テーブルクロスの隙間からのぞき込んだりしたが、特
に気付くことはなかった。
「よし、まあドアはいたずらだ。さっきのは、隣のビルの地下の機械室辺りで鳴った音が
たまたま聞こえたんだろ。また何かあったら、この中の誰かが呪われてんだ」
 小泉の合図で再び散らばり、深田はそのまま長椅子に腰掛けた。
 小笠原も苦笑混じりの納得をして、考えても仕方がないと、また飲み始めた。いい加減
にアルコールが回っているのが、深刻さを無視させたのかもしれない。そう思いながら
オードブルに手を伸ばした時、シャンデリアが消えた。
「みんな大丈夫か?」
 一瞬の沈黙の後、やはり小泉が声をかけた。おう、大丈夫だ、という声が散り散りに聞
こえる。小笠原は、ここが地下の閉じられた空間だということを思い出した。逃げ場が無
いという感覚が、胸の奥から急速に立ち上ってくる。
 前に灯したカボチャのロウソクは、とっくに消えていて、部屋は完全な闇である。そし
て、その闇は思いもかけない光によって破られた。
「火だ!!」
 小笠原はハッとした。
 シャンデリアが燃えている。
 なぜだ? 可燃性の電飾なんて聞いたことがない。それとも、内部でコードが燃えだし
たのか?
 いやに冷静に考えている自分がおかしかった。
 が、火が成長するよりも早く、シャンデリアは大テーブルめがけて落下した。
 皿やコップは紙だったが、ビンが何本かある。それが一斉に割れる音で、小笠原は我に
返った。そして、自分がシャンデリアをいじって何かを壊したことを思い出した。大テー
ブルの横に転がったカボチャのお化けと目が合った瞬間、小笠原の恐怖は限界に達した。
「うわあああっ!」
 そう叫んだかと思うと、小笠原は一気に階段を駆け上がり、もどかしげに鍵をひねる
と、ドアを跳ね開けて外へ飛び出した。一瞬振り返ったが、階段の下に揺れるオレンジの
光が恐ろしくなり、思考力を失った小笠原はそのまま走って逃げ帰ってしまった。
 その夜から、何度か電話が鳴った気がするが、小笠原は出ることができなかった。炎の
恐ろしさと仲間たちへの申し訳なさで、気が狂いそうだった。とても仕事どころではな
く、翌日は会社に熱があると言って休みをもらい、家でぼんやりと過ごした。
 その日の夕方、夕焼けのオレンジ色を見て、昨夜のことを思い出し、少し冷静さを取り
戻した頭で考えた。まずは、火事がどうなったのか確かめよう。テレビのニュースを見て
いたが、それらしいニュースは流れない。ネットで検索したが、横浜市内で火災などとい
う記事はどこにも無い。
 不審に思った小笠原は、現場へ行ってみることにした。
 道はもう分かっている。迷わずたどり着いた店には、特に変わりもなく、昨日と同じ貸
切中の看板が出ていた。もしやと思い、ドアを開けてみると、中から賑やかな声が聞こえ
た。気配に気付いた誰かが階段を見上げて、どうしましたか? と聞いてきたので、店を
間違えたとごまかした。
 あれは何だったのか?
 店はどうなったんだ?
 すっかり混乱を極めた小笠原は、とぼとぼと当てもなく歩き回った。そして、目につい
た看板に吸い寄せられるように、一軒のくたびれた探偵事務所のドアを叩いた。

(4)
「そんなの、小泉さんあたりに電話でもすればいいじゃないですかあ」
 話を聞き終えると、マッチ棒のように細身で長身な身なりの薄汚い男は、緊張感のかけ
らも無い声でそう言った。
 入る場所を間違えたかと思ったのだが、その男は僕が探偵ですと言い切った。他に頼る
当てもなかった小笠原は仕方なくソファに座り、一部始終を打ち明けたのだった。そして
聞き終えてすぐ、探偵はそんな呑気なことを言い出したのだ。
「だって、できませんよ。僕は、火事を起こしておきながら、一人で逃げたんです。会わ
せる顔がない・・・」
「大丈夫ですよ。実際にボヤで済んだわけだし」
「はあ・・・・・・は?」
「え? 自分の目で確かめたでんですよね? ついさっきだって言ってたじゃないです
か」
「あ、それは、だから、火事が起きたようには思えないと」
「だったら、火事は起きてないんですよ。事実を疑っちゃあいけませんねえ」
 人差し指を立てて左右に振る仕草が口調にも外見にも似合わない。
「でも、火は起きたんです」
「ボヤで済んだ」
「まあ、騒ぎになっていないなら、そういうことなのかも・・・」
「他に考えられません」
「はあ・・・」
 探偵はそこで初めて、何かを得心したような表情になって言った。
「もしかしてあなたは、パーティーで何が起きたのか全く分かっていないんですか?」
 小笠原は開いた口がふさがらなかった。この探偵は、何だと思って人の話を聞いていた
のか? そんな気持ちを察してか、探偵が続けた。
「てっきり、お友達と今度こそみんなで集まって、パーティーをやり直したいのかと。
だったら幹事さんに電話でもしたらと思ったんですよお。なんだ、そういうことじゃない
んですか。あはは」
 笑い事ではない。
「事件だから探偵事務所に来たんじゃないですか! そんな笑ったり・・・って、もう事
件のことは分かってるんですか?」
「はい。というより、小泉さんも途中で気付いたようですけどね」
「え?」
「真相ですよ」
「は? そんな・・・」
「僕は最初から分かってましたけどね」
「・・・・・・」
 腹をくくった小笠原は、始めから説明してくれと懇願した。
 探偵は語り出した。
「まず、テーブルの上にあったジャックランタンですけど、あれは店の人が用意したわけ
じゃないでしょう」
「え?」
「パーティーの趣旨も分からないし、参加する人の性格も分からないのに、ホラーじみた
演出を施す店はありませんよ。でもカボチャは最初からそこにあった」
「はい」
「なら、みなさんが店に到着する前に、誰かがやったんです」
「そんな馬鹿な。小泉は店の鍵を受け取ってから来たんですよ?」
「店はいつから借りていましたか?」
「いや、それは知りませんけど、あの日じゃないんですか?」
「あの日でしょう。でも昼間からだと思います。でないと、やっぱり鍵を返せないでしょ
うし」
「あ、鍵は一度返して、小泉は次の客という順番で・・・」
「まあ、お店の人には事情を説明して、承諾を得ていたはずですよ。事後処理の速さから
しても」
「事後処理?」
「それは後にしましょう」
「はあ」
「他にも根拠がありますよ」
「え、何ですか?」
「花です」
「花・・・」
「生花だったでしょう?」
「ええ、たぶん」
「これもやっぱり、人によって、パーティーの趣旨によって、飾るものが違うはずです。
サービスとして無難な花を用意してもいいでしょうが、あえて無くてもいいですよね」
「まあ、はい」
「そこを用意した辺りに作為を感じるわけですよ」
「作為?」
「どうしてもそこに花が必要だった」
「花が?」
「正確には、花があることで、その台があることの理由にしたかった」
「???」
「まあいいでしょう。もっと大きなヒントがあるわけですし」
 小笠原は、どんどん深い迷宮にはまりこむような、不安定な感覚に襲われていた。これ
では謎解きどころか、謎かけではないか。
「シャンデリアを変えたのは誰でしょう?」
「へ?」
 考えてみれば、確かに店のトレードマークを取り替える必要など無さそうだ。ならば?
「その、昼間の連中が壊して取り替えたとか?」
「そんな手早く入手できませんよ。シャンデリアなんて」
「ですよね・・・」
「用意してたんです。昼間の人たちが。もちろんお店に許可を得たでしょう」
「じゃ、あのシャンデリアにする必要があったと?」
「そうです。むしろ、あれはシャンデリアとしてそこにあったわけじゃない」
「え・・・あのう、意味が分からないんですが」
「代わりの照明も用意していたんでしょうね。裏口にでも」
「裏口なんて・・・あったんですか?」
「ええ」
 なかったと言おうとして、とっさに質問に切り替えたのだが、小笠原には信じがたかっ
た。キッチンの奥まで見たが、出入り口は見ていない。
「どこに?」
「キッチンの奥です」
「馬鹿な!」
「いえ、本当です。まあ、推測ですけどね」
「おかしいですよ。いくらなんでも。僕は見たんですよ? 扉なんて無かった」
「見えなかったんです」
「どうして?」
「隠れていたからです」
「どこに?」
「タペストリーの裏です」
「あ」
 思い出した。確かにそれはあったが、でも妙だ。
「あのタペストリーの後ろはすぐに壁でした。でも変わったところはありませんでした
よ」
「気付かなかったんです」
「平らな壁だったんですよ?」
「平らにしたんです」
「?」
「ドアノブを外したんでしょうね」
「あぁ」
 エアコンに揺らされる程度の軽い布地だ。ノブの出っ張りがあれば、確実に気付いただ
ろう。それを見越して、ノブだけ外したというわけか。
「随分と、手の込んだことをしていますが、動機は分かっているんですか? 犯人は誰な
んです?!」
「犯人はともかく、動機を示す証拠を、あなたははっきり見ているじゃないですか」
「ええっ???」

続く

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