第87回テーマ館「携帯」



時間差SOS (1/2) 夢水龍乃空 [2015/07/02 17:42:15]


『助けて! 殺される!!』
「え? 真夏? どしたの?」
『助けて! イヤアーー』
「真夏? 真夏!」
 秋吉美優が受けた電話からは、親友の坂元真夏の叫び声が聞こえ続けていた。
「もしもし! もしもし!」
『今、部屋の中。あいつが追ってきて、キャアー』
「部屋? 部屋にいるの?」
『お願い助けて!』
「うん、待ってて、すぐ行くから」
 あとは会話にならなかった。電話は通じていたが、荒々しい物音と、男のものと思われる怒
鳴り声と、坂元の悲鳴が聞こえるだけだった。
 秋吉は焦ったが、電話はこの携帯しか持っていない。一一〇番するにも切るに切れず、どう
していいか分からなかった。とりあえず電話を持ったまま、坂元のマンションへ向かうことに
した。
 しばらくして物音が途絶えると、荒い息の音と共に電話が切れた。秋吉は悪い予感しかしな
かった。
 すぐに警察を呼び、坂元の部屋へ。鍵がかかっていたので、管理人を呼んで開けてもらっ
た。
 部屋の中は、静かなものだった。
 争った形跡など無い。電話ではかなりの物音がしていたのに、何も壊れたり散らかったりし
ていなかった。
「本当に、この部屋で間違いないんですか?」
 警官に聞かれたのも無理は無い。秋吉はこの状況に対する答えが出せなかった。
 管理人に鍵をかけてもらいながら、坂元に電話してもつながらない。帰り道で何度かけても
出ないので、メールを入れておいた。
 翌朝、メールに返事が無く、電話してもやはり出ないことが気になり、秋吉は再び坂元の部
屋を訪ねた。
 鍵は開いていた。
 恐る恐るドアを開けると、とてもイヤな臭いがした。そして部屋の中は、あの物音が示した
ような、荒れ放題の状態だった。
 全く訳が分からなかったが、秋吉は一一〇番でその状況を伝えた。部屋の中で坂元の死体を
発見したのは、駆けつけた警官だった。
 荒れた現場ではあったが、指紋や血痕がしっかりと拭き取られ、はっきりした証拠が見つか
らなかった。かなりの物音がしたはずだと周囲を聞き込んだが、全く異変に気づいた者はいな
かった。
 死因は鈍器による殴打。当たり所が悪く、ほぼ即死だったと思われたかなりの力で殴られた
ようで、頭蓋骨が変形していた。ワンルームだが、倒れていたのがソファの陰だったため、玄
関からは見えなかった。。死亡推定時刻は、電話の会話があった時刻に一致した。
 現場に生じた時間差を除けば普通の事件である。だが担当の大下警部は一点だけ気になっ
た。現場に転がっていた物で凶器になりそうな物を特定したのだが、骨の変形が大きいせい
か、微妙に形が合わないのだ。肉眼で見えない程度の毛髪が付着し、血液反応も出ているのだ
が、どこかすっきりしない。違和感だらけの事件だった。
 大下の勘が当たったのか、何日経ってもろくな手がかりが無く、単純だと思われた事件は迷
宮入りの様相を呈してきた。

時間差SOS (2/2)

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