第65回テーマ館「図書館」



図書館で暗号 しのす [2007-06-17 06:08:53]


 司書主任の高雄さんが困った顔で紙切れを見ていたので、あたしは声をかけた。
 「どうしたんですか」
 「なんか数字が書かれた変な紙があったんです」と言って高雄さんはあたしに紙を渡した。
 その紙には
01055645652918620535963049023154778281689623
と書かれていた。
 「暗号かな」あたしは紙切れの数字をじっと見る。この暗号を解いてみせたら、高雄さん
に良い印象をもたれるに間違いない。高雄さんは、背がすらっと高い素敵な人だ。
 「そのまま音読したら、れいのこごろし、いつむこに、くいはむに、とここまで読むと、
誰か子どもを殺していつ婿に入るのか、そして悔いはないということでしょうか」
と言ってみたけど、これはダメ。
 「うーん、かなりこじつけですね」やはり高雄さんの形のいい眉がしかめられた。
 「ははは、冗談ですよ」あたしは慌てて言うと、
「えっと、あ、そうか」
 そしてコンピュータに向かうとパチパチとキーボードを叩いた。
 「わかりましたよ」
 「010とか、9186とか言うと何かピンときませんか」
 「あ」高雄さんも気づいたようだ。「もしかして分類番号」
 「そうです。010なら図書館、9186なら全集の分類番号です。ちなみに010-55は検索したら
『明日の図書館』、645-52は『犬の素敵な飼い方』、918.6-205-3は『島本権三郎全集第三巻』、
596-304は『天丼の作り方』、902.3-154は『いかにして密室を開くか』、778.28-16は
『マルクス兄弟を笑え』、そして896-23は『スワヒリ語を話そう』です」
 「誰かが請求記号を書いたのを、ここに置いてあっただけなんだ。それにしても
よくわかったね」  

 高雄さんはあたしを尊敬のまなざしで見た。よし、好感度アップ、予想通りだ。
 「でもこれはたぶんただ請求記号を書いただけではないと思います。それぞれの本の
最初の文字を並べてみてください」
 「あ・い・し・て・い・ま・す。えっ、愛しています。気持ち悪い」
 「気持ち、悪い、ですよね」あたしは言った。

「これは高雄さんへの愛のメッセージだったんです。心当たりは」
 すると高雄さんは閲覧室内で、じっとカウンターをうかがっている老女を見た。
 老女はこちらをうっとりとした目で見ていた。
 「これってもしかしたら」
 「気色悪いですね」
 高雄さんは確かに素敵なかっこいい人だ。
 でも高雄さんは、高雄有希子さんというれっきとした女の人なのだ。

「Another Story」戻る