『テーマ館』 第28回テーマ「森/海」


「現実逃避デカ2」へ

現実逃避デカ3 投稿者:ゆびきゅ  投稿日:08月03日(火)23時26分59秒


      冷たい。頬が冷たい。そうだ、ホシは、ホシはどこだ?
      「ヤッコさん、まだ動いてないぜ」
      警部の声だ。いつのまにか眠ってしまったようだ。慌てて目をこすり、フロントガラスの向こうに視線をやる。
      真っ暗闇...ではない。これ以上ないってくらい真ん丸の月が、薄気味の悪い木々を照らしている。見える
      のは...木と葉っぱだけだ。
      「け、警部、ここは?」
      警部は答えず、右手の缶コーヒーを私に差し出し、前方に射るような視線を送り続ける。
      ついさっきまで、この車は閑静な住宅街にあったはず。高級マンションの4階に、今の警部と同じような視線を
      投げていたはず...私は。
      「女からだ」
      受け取った缶コーヒーが空だということに気づくが、警部の言葉に考えを惑わされる。いつの間にか警部は耳に
      イヤホンを押し付けている。何か言おうとする私を、口に人差し指を当てて制止する。
      「ヤッコさん、高飛びするらしい。お、お、また殺りやがった!」
      私が車を押し潰さんばかりに垂れ下がる大枝たちに目を奪われているうちに、今度は警部は双眼鏡を手にしてい
      る。フロントガラスの向こうに見えるのは...黒と濃密な緑だけ。
      「警部、ここはどこなんですか?」
      「ああ、解ってる。まだ動くわけにはいかんな。ハハハ、オレも部下に説教されるようになったか」
      あまりにも晴れやかな笑顔。その笑みが瞳から消え、突然ガクンと車が揺れ、背中がシートに押し付けられる。
      「高速を下りたぞ! くそっ!もっとスピード出ねえのか!」
      耳元で木の枝が車体をこする、耳障りな音が響く。住宅街にいた時は自分が運転席にいたことを遠くに思い出
      しながら、私は隣りでハンドルを握り締める警部の肩口につかまった。
      「け、警部! ここはどこなんですかっ!?」
      「人質をタテにしやがってる。どこまでもゲスヤロウだな」
      いつの間にか車は止まっている。目の前に緑はない...が、どうやら森の中であることは変わりないらしい。
      窓が少し空いていたため、私のこめかみが擦れ違いざまの小枝に切られ、熱く血が流れている。
      「ヤロウ! 大丈夫か!? くそっ! 一般人に流れ弾が当たったら、ただの懲役じゃ済ませないからな! おい、
      市民を避難させるんだ! オレが、オレがこの手で...」
      警部の勇ましい声を遠くに聞きながら、私の意識は森の中へ引込まれていった。

      私は今日も、いつも遅れてくる警部を待って、現場に待機している。彼は敏腕で知られるデカだ。