第74回テーマ館「ゾンビ」



秘境山荘の怪異 (11) 夢水龍乃空 [2009/09/28 20:48:45]

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「実は、わたしは最初からある人に注目していました。犯人の取るべき行動をなぞるよう
に動いている人がいたからです」
 頷いて次の言葉を待つ。
「犯人は、三浦さんが鍵を開けて侵入するタイミングを計り、全員のアリバイが成立する
タイミングを見つけて合図する必要がありました。そのために絶対に欠かせない行動とし
て、ロビーに居続けるということがあります」
「あ、それって」
「その通りです。その人は、人の話が聞けるからと言ってロビーに長時間いる理由を説明
しましたが、初日のことを思い出してください。みんな部屋に引き上げた後にも、ロビー
に長いこと居続けましたよね。人が来るからという理由は成立しません。その行動の意味
は、自分がロビーにいても不自然ではないことを印象づけるということだったと考えられ
ます」
 いつもロビーにいる人、という印象を植え付けることで、その不自然さをカモフラー
ジュしていた。考えてもみなかった。でも説明無しに居座られれば、確かに不自然極まり
ない。
「その人は、警察への通報を躊躇させるような発言をしました。その人が珍しく部屋に上
がったところで三浦さんが現れました。何よりその人の鞄には、たっぷりと余裕がありま
した。そして最後に残った四人の容疑者の中で唯一、一人だけで帰路についた人でもあり
ます。すなわち、三浦さんが隠した盗品を自然に回収できるチャンスは、その人にしか無
いんです」
 決定的だ。ここまで来たら偶然では済まされない。
「吉田さんが、真犯人・・・」
「間違いないですね」
 あの明るくて快活な人が、無関係な三浦を殺して強盗犯から盗品を奪った極悪人だと
は。切山はしばし呆然となっていた。
「あの人が三浦さんを殺したのか・・・」
 ふと、そんな呟きが漏れた。律儀な性格なのか、井倉はそこに妙な言葉を返した。
「その可能性が最も高いと思われます」
「え? だって、吉田さんが犯人なんですよね?」
「はい。でも、三浦さんが生きていることを知るチャンスが、川名にはありました。もし
気付いていれば、川名と三浦さんの間で争いがあった可能性があります。起きたとすれば
三浦さんの部屋でしょうから、凶器はロープ一本だけ。結局は絞殺に発展したと考えるの
が妥当です」
 生きていることを知るチャンス? 切山には分からなかった。また見透かしたように、
井倉は言った。
「あなたと同じです」
「え」
「三浦さんを運ぶ時、あなたと川名は腕を持ちましたね。その時はばんざいの格好になっ
たはずです。脇を締められないので、手首の脈は戻ります。もし指先の神経に気をつけて
いれば、その脈に気付いた可能性はあります」
「おお・・・」
 死体を触るという気味悪さから、できるだけ別のことを考えていた。切山は井倉の冷静
な思考と自分の臆病さを比べて、ますます情けなくなった。
「でも、もしそうなら、みんなが部屋に引き上げて、閉じこもってすぐの時間に行動した
と思います。それなら三浦さんが死ぬのは盗品を運び去る前で、犯人の計画は崩れ、あな
たがゾンビを見ることはありませんでした。それに、その場合も死亡時刻偽装のトリック
は必要です。吉田さんがあえてトリックを施すことに、メリットを感じません」
「そりゃそうだ。実際に殺した川名さんに、罪を着せればいい」
「その方が簡単ですしね。だから、川名殺人説は説得力に欠けます」
 そこまで考えるのか。犯人を特定するだけじゃなく、別の可能性を全て否定してから結
論を出す。人は見た目じゃないと、切山は痛感した。
「あ、それなら」
「何ですか?」
 今度は見透かされていなかったらしい。
「三浦さんの立場は? 本当は殺しますなんて言っても、協力しないと思いますけど」
「そこはうまく丸め込んだんでしょう」
「は?」
 一気に怪しくなってきた。
「一度死んだふりをして、盗品を隠しますね。そして夜中に運び出し、吉田に報告させ
る。そこで報酬を支払って、明るくなったら三浦さんは逃げ出す。そして何らかの証拠を
出して狂言を見破ってもらい、三浦さんが犯人として追われることになる」
「ちょっと、それじゃダメじゃ」
「いいえ。どうせ偽名ですし、ほとんど誰とも会っていないから、正確なモンタージュも
難しいでしょう。遠くへ逃げれば、まず捕まる心配はありません。処分しにくい宝石よ
り、現金の方に気が行くでしょうから、持ち逃げされるリスクも低いですしね。そういう
感じで説得したと思います」
「なるほど」
 筋は通る気もするが、わざわざ山に隠したり、靴を履き替えたりと、説明のつかない無
理な要求がある。三浦も所詮金に目が眩んだということか。切山は全てが納得できた気が
した。
「ふう、すっきりしましたね」
「あ、はい」
 いかにも清々しい顔で井倉が言った。さっきまで放っていたオーラは見事に消え去り、
ただの女の子に戻ったようだ。本当は子どもじゃないのだが。
「非番ですし、面白い話も聞けたので、今日のところは見逃してあげます。でも次に同じ
ことをしたら、もう許しませんからね。いいですか?」
「はい。もうしません」
「よろしい」
 よっぽど面白かったのか、スキップしながら行ってしまった。後ろ姿を眺めながら、こ
りゃ大遅刻だなと重い、切山は深いため息をついた。
 たっぷり頭を下げて、何とか商談だけはつなぎ止めた帰り道で、切山はあの山荘を懐か
しく思い出していた。
 オーナーはまだ山荘を続けてるんだろうか。山が好きな人だから、やっているだろう。
また遊びに行ってみようか。いきなり行ったら驚くかな。今度の連休は少し長く取って、
また山に登ろうか。昔は大好きだったあの山に。
 車を走らせながら、長いこと忘れていた胸の高鳴りを感じて、切山は幸せだった。

完


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