第74回テーマ館「ゾンビ」
秘境山荘の怪異 (10) 夢水龍乃空 [2009/09/28 20:49:12]
(9)へ戻る
「真犯人の計画をおさらいしましょう」
学校の先生のような調子で、井倉は言った。切山も知らない分野の授業を受けているよ
うな気になってくる。
「川名の強盗計画を知った犯人は、その横取り計画を立てます。犯行日、犯行場所、おそ
らくそれまでの川名の犯行履歴などから、逃走ルートを割り出して、山荘に目をつけまし
た。三浦さんは、金で雇われただけでしょう。ホームレスだった可能性が高いです。
まず三浦さんに鍵開けの技術を仕込んでおきます。山荘の鍵については、あらかじめ調
べておいたんでしょうね。リサーチは得意のようですし。万全を期して送り込み、夕食時
にまんまと盗み出します。全員のアリバイを互いに証明できる状況を作っておき、大きな
物音で事件の発生を告げます。
川名が電話線を切ったのは計算外でしょうが、暗い間は警察も来られないことを知って
いたはずなので、通報自体はそれほど恐れていませんでした。
三浦さんに運ばせて山中の決められた場所に盗品を移したら、報告に来た三浦さんを殺
します。電気毛布のトリックを施して、朝になるのを待ち、警察の事情聴取に適当に答え
て解散したら、盗品を回収して犯行は完成します。
まあこんなところでしょう」
「はい、そうですね」
「でも犯人にしてみたら、電話線は切ってもらって助かったでしょう」
「え?」
「ハプニングがありました。三浦さんが蛇に咬まれて、帰るのがすっかり遅れてしまった
んです。朝までの時間、つまり警察に遺体を見せるまでに、十分温度を上げないといけな
いのに、時間が足りないんです」
「足りないんですか?」
「数時間単位で必要だったでしょう。あなたがゾンビを見た時間を考えると、足りないと
思います」
「あぁ・・・」
「いろんなハプニングを乗り越えて、犯行は完成しました。強運の持ち主です」
さあ、ではその強運な犯人とは誰なのか? 切山は頭を振って、耳に集中した。
「まず、三浦さんを殺す機会なら、誰にでもありました。でも、一階から二階へ上がるに
は階段を通る必要があり、ロビーにいる人の目に触れます。ゾンビを見た時間にはまだ生
きていたので、あなたが見張っている間に、二階へ上がれない人、滝吉オーナーだけは除
外されます」
「そりゃそうだよ」
「でも、論理的にあなたは除外できません」
「そんなぁ・・・」
「冗談です。山荘内部の人間であるあなたの犯行なら、こんな回りくどいことしなくて
も、十分犯行が可能です。それに、もっとふさわしい人物が宿泊客の中にいますから」
「・・・・・・」
そんな冗談は要らない。切山は大きなため息をついた。
「思い出してください。三浦さんが到着した時の荷物です。ぺしゃんこの袋一枚でした。
そして最終的に警察が報告してきたのは、やっぱり袋一枚だけです。その袋の意味が重要
です」
「なぜ、持っていたのか?」
「それは盗品を一時的に入れておくためです」
「あ」
「被害者の荷物は調べないものですからね。でも、それ以上の意味があります」
「それ以上・・・?」
「外に足跡を残した靴も、二階から出入りするための縄ばしごも、もちろん電気毛布も、
三浦さんが用意したわけじゃないし、最後まで持っていなかったということです」
「あ」
「それは犯人の鞄の中にあったはずです。そして犯人は、最終的に盗品を鞄に入れて持ち
去る必要がありました。つまり、犯人の鞄には、盗品を入れるための余裕がたっぷり必要
なんです。この意味が分かりますか?」
分かる。
「荷物チェックで、鞄に余裕がなかった人は除外できる」
「いいですね。その通りです。該当するのは誰ですか?」
よく思い出しながら、切山は数え上げた。
「小さな鞄にゲームと着替えしかなかった中町さん、だけかな」
「そうですね。残念ながら、中身をほとんど出していて状況がつかめない大間さん、明ら
かに余裕があった川名、これは盗まれた側なので空いていて当然ですが、あとは中身を見
ていない女性たちは全員、除外できません」
川名は別としても、容疑者はまだ四人もいる。
「物理的に絞り込むとしたら、この辺が限界です。でもまだ条件があります」
「それは、何ですか?」
「犯人ならばそうしなければならないことをした人物と、しなかった人物がいます。そこ
を振り分ければいいんです」
「あぁ」
犯人には計画があった。当然ながら、そのためには自分も行動が必要だったはずだ。そ
こに注目すればいいということか。希望が見えてきて、切山は興奮が高まってきた。
「さあ、フィニッシュです」
(11)へ
戻る