第74回テーマ館「ゾンビ」



秘境山荘の怪異 (9) 夢水龍乃空 [2009/09/28 20:49:26]

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「そうだな、死んだふりして何か得があるかと言われても、思いつかないけど」
 切山は思ったことを口にしてみた。それが普通の感想だろうと思っていたが、井倉は
あっさりと答えた。
「二つのメリットがあります」
「え」
「一つは、殺された人が犯人だと疑われることがないので、真犯人を含めた関係者のアリ
バイを確保できます。つまり、外部犯行と思わせる確実な方法です。
 もう一つは、その後に何が起きても、死んだ人は疑われないということです。死人が歩
き回ることは無いので、他の誰かの仕業だと、あるいは、誰も何もしていないと、思わせ
ることができます」
 ということは・・・。
「そうですね。切山さんが三浦さんを目撃したのは、犯人にとって予定外のハプニングで
す。黙っていて良かったですよ。口封じされていたかもしれません」
「そんな・・・」
 怖いことをさらっと言われてしまった。
「だから真犯人にとって大事なことは、まずある事件に対して自分のアリバイを確保する
ことでした。そして自分は目の前にいる三浦さんを二度殺すことによって、それ以上の労
力を払わなくて済むようにしたんです」
「でも、殺人のアリバイを作っておいて、その後でまたさらに殺すなんて」
「違いますよ。アリバイが必要だったのは、殺人事件じゃありません」
「え?」
「川名さんの様子がおかしいことは、あなたも気にしていましたよね。何かから逃げてい
るようだと」
「あー、はい。それは」
「逃げていたんです。警察から」
「は?」
「その日、宝石強盗があったそうですね。犯人は川名たちです。偽名でしょうし、夫婦と
いうの疑わしいですが、とにかく敏一と麻江の二人が強盗犯です」
 どっからそういう話になるんだ? もう切山はまともに声すら出せなくなっていた。
「真犯人の目的は、川名が苦労して盗み出した宝石を、横取りすることだったんです。何
らかの筋から二人の犯行計画を知った犯人は、逃亡ルートを割り出して滝吉さんの山荘に
目をつけました。人目を避けて山越えを目指すなら、ちょうどその辺りで日が暮れる。暗
い道は移動できないので、山荘で泊まるだろうと読んだんでしょう。そうしなかったら、
別の手を考えていたんでしょうね。もしかすれば、この計画も何段階目かの罠だったかも
しれません」
 強盗犯を罠にはめる。そんな危険なことを考えて、実行した奴があの中にいると? 切
山は一人一人の顔を思い出してみた。そんな恐ろしい人物とは、一体誰なのか?
「犯人と三浦さんは、密に連携を取っていました。午前中に麓のニュースで強盗の成功を
確認した犯人は、いよいよ三浦さんに行動を命じます。付近の山中に待機させていたんで
しょう。山荘に部屋を取らせます。もちろん、空室があることはチェック済みでした。だ
からこそ、直後に川名の電話がありました。逃亡ルートは本来彼らの計画ですから、その
山荘への宿泊は予定通りです。でも犯行に失敗すれば不要なので、成功してある程度逃げ
てから、予約したんです」
 切山には、うんうんと頷く以外にできることが無い。完全に未知の領域に入っている。
頭が混乱しそうでいて、ピースがはまっていくような感覚が強くなる。井倉の話に必死で
ついて行った。
「三浦さんの偽装殺人があった時、荷物チェックをしましたね。川名は部屋を施錠してい
なかったと証言したそうですが、今までの話で、それがあり得ないことが分かります
ね?」
「え・・・その・・・」
「盗んだ宝石を人に見られたり、持ち出されたりしたら大事件です。部屋の鍵なんてかけ
るに決まってます」
「あ、そうか」
「でも、川名は嘘をついた。鍵が開いていたのは、あなたと大間さんが見ています。誰か
に開けられたと証言したら、何か取られたのではと思われる。まさか盗んだ宝石が無いな
んて言えないから、施錠しなかったと言うしかない。実際、荷物チェックの際、部屋の中
は整然としていたのに、あえて隅々まで調べたそうですね。念のため、盗品は目に触れな
い場所に隠したんでしょう。そこだけ見ても不自然だから、全体を調べるふりをしたんで
す」
 自分が見たものが、一つずつ納得させられていく。しかも、話を聞いただけの子どもの
ような婦警さんによって。変な汗が出てくるのを我慢しながら、切山は話に集中しようと
努力した。
「川名にとって恐ろしいのは、宝石が盗まれたことより、警察を呼ばれることでした。そ
のことに気付いて、敏一は唐突なことを承知で外へ飛び出し、一人になるのを待って電話
線を切ったんです。携帯が圏外なのは知っていたので、有線電話さえ無ければ連絡できな
いと踏んだんでしょう。山荘にしては、アマチュア無線の設備が無かったようですし」
 そう。滝吉が無線の免許を持たなかったため、設置できなかったのだ。そんな話を聞い
たことがある。
「あれは、免許がいるから」
「取った方がいいですね。災害時の有効な連絡手段としても、注目されています」
「は、はあ・・・」
「あなたが言い出した窃盗犯説に対して、異常に敏感だったのも当然です。こんな山奥で
人を殺してでも盗もうとする物なんて、自分たちの宝石くらいだと分かっていたでしょう
から。すっかり恐ろしくなった川名たちは、部屋にこもって一夜を過ごし、日が出たらす
ぐ立ち去りました。なにせ目的の宝石を盗み終わった殺人犯が、再びやって来るなんてあ
り得ないと知っていたので、見張りをする気にもならなかったでしょうしね」
 川名夫婦のあの振る舞いには、そんな意味があったのか。気にはしていても、そこまで
考えなかった。というより、考える方がおかしい。切山は、目の前の人間が、少し怖く
なった。
「これで、表向きの事件の構造は明らかになりました。では、真犯人は誰でしょう?」


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