日本語対応手話テキスト・目次


第1章『新・手話辞典』とは

 ◇ 第1節 はじめに

 ◇ 第2節 日本語対応手話とは

 ◇ 第3節 テキストの必要性

第2章『新・手話辞典』の特徴

第3章 日本語対応手話の使い方

 ◇ 第1節 単純手話のひき方

 ◇ 第2節 活用のある語の表現上の注意

 ◇ 第3節 漢字手話

  ▼ 第1項 漢字手話の有用性

  ▼ 第2項 常用漢字の漢字手話

  ▼ 第3項 漢字手話作成の方針

  ▼ 第4項 漢字手話を使った例文

 ◇ 第4節 漢字語の表現

 ◇ 第5節 指文字結合手話

  ▼ 第1項 指文字結合手話の例

  ▼ 第2項 指文字結合手話の引き方

  ▼ 第3項 指文字結合手話を使った例文

第4章 手話表現の実際

 ◇ 第1節 文を全部手話で表現する場合

 ◇ 第2節 省略した表現例

 ◇ 第3節 付属語の表現

  ▼ 第1項 助 詞

  ▼ 第2項 助動詞

 ◇ 第4節 敬語を使った表現

 ◇ 第5節 固有名詞の表現

  ▼ 第1項 国 名

  ▼ 第2項 人 名

  ▼ 第3項 地 名

 ◇ 第6節 外来語の表現

 ◇ 第7節 助数詞単位の表現

 ◇ 第8節 擬態語擬音語の表現

第5章 応 用 編

 ◇ 第1節 社会科教材

 ◇ 第2節 理科教材

 ◇ 第3節 算数数学科教材

付録1 『新手話辞典』の編集方針

★ 付録2 手話化の基本原則

〔コラム〕手話の種類


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第1章 『新・手話辞典』とは

『新・手話辞典』…………これはどのような手話辞典なのでしょうか。

これまでにも、いくつもの「手話辞典」が作られてきました。

この『新・手話辞典』は、それらの手話辞典とどのように違うのでしょうか。

そしてまた、なぜこのようなテキストが必要なのでしょうか。

第1節 はじめに

従来の手話は、聴覚障害者の意志や感情を豊かに表すことのできるコミュニケーション手段ではありますが、日本語の言葉そのものを伝えるには不十分なものでした。ニュースや時事問題を伝えたり、教育現場で教科指導を行うような場合などでは、従来の手話では日本語の言葉そのものを表すにはどうしても限界があります。結局、表したい言葉に似た意味を持つ他の手話におきかえたり、一つの日本語の言葉を複数の手話で表したりします。それでも手話表現が難しいときには、文字に書いたり、指文字で表したりするなどの工夫が必要になります。

では、聴覚障害者の社会生活や教育の場で、より豊かなコミュニケーションを実現できる手話とは、どのような手話でしょうか。

手話で、もっと日本語の言葉を正確に伝えることができたら、従来の手話独特の豊かな表現の世界に加えて、聴覚障害者に健聴の人びとともに日本文化の世界を享受する機会を与えられることになります。

私たち手話コミュニケーション研究会では、このような手話を「日本語対応手話」と呼ぶことにし、その実現をめざして、日本語対応手話の研究を進めてきました。その成果として作られたのが、この『新・手話辞典』です。

この辞典には、「漢字手話」、「指文字結合手話」などと聞き慣れない言葉が幾つか出てきます。日本語の豊富な単語に対応させるために、新しい手話単語を考案する必要がありました。「漢字手話」、「指文字結合手話」は、新しい手話単語を分かりやすく表現できるように工夫した手話の造語法です。この新しい造語法によって、口型と併用し、単語数を豊富にし、日本語を正しく表現できる手話単語数が、一躍増大しました。

『新・手話辞典』は「辞典」と銘打っていますが、現在行われている手話を集めたものではありません。ここが、従来の「手話辞典」と大きく異なるところです。「日本語対応手話」という考え方に基づいて、既存の手話を整理したばかりでなく、日本語を正確に表せるような新しい手話を創作して一つの辞典にまとめたものだと考えてください。

そのため、『新・手話辞典』を使いこなすには、「日本語対応手話」という一つの体系を理解する必要があります。このテキストでは、日本語対応手話の基本的な考え方や、手話の造語法などについて分かりやすく説明しながら、手話の学習をすすめていきます。

第2節 日本語対応手話とは

音声や文字は、「日本語」を表現するために、ある決まった約束のもとに使われています。点字も日本語を表すことができます。同じように、手指に日本語を表すための約束を与えたものが「日本語対応手話」です。日本語対応手話は、音声や文字、点字と同じように日本語を表す媒体の一つです。

日本語対応手話の大きな目的は「手話と口話を併用することによって、正しく日本語を伝達できるようにする」ことです。

このような日本語対応手話には、次のようなメリットがあります。

(1)教育の場では

聾教育の現場では、口型、文字、空書、指文字、音声、聴覚活用などのさまざまなコミュニケーション・メディアが使われています。

聴覚障害児教育では、日本語の持つ音韻概念をできる限り理解させる必要があります。そのため、耳の聞こえない子どもは、できるだけ早期から「ことばの洪水」にさらされなければなりません。日常生活の中で、常に言葉に接し、模倣していくことから言語習得は始まります。

日本語対応手話は、音声や文字と同じく、正確に日本語を伝える媒体としての役割をはたしますから、日本語対応手話で聴覚障害児に豊かな言語環境を与えれば、聴覚障害児の言語発達をうながします。

教育の場では日本語対応手話は次のような特長を発揮します。

  1. 口話と併用しやすい
    口話と併用しやすくなれば、口話だけ、手話だけの時よりも分かりやすくなります。「たばこ」と「たまご」のように、口型のよく似たことばを明確に区別できます。
  2. 日本語習得のたすけとなる
    手話で日本語を正確に表せるので、自然に目から入ってくる日本語の語彙をふやすことができます。
  3. 専門用語をカバーする
    特定の教科に使われる用語や専門的な用語など、従来の手話では対応しきれなかった単語や表現も可能になります。このため、手話で広い範囲の内容を伝えることができます。

(2)社会生活の場では

聴覚障害者の社会生活の場で従来から用いられてきた手話には、日本語の文法に依存しない独特の表現形式が多くふくまれており、それが聾者の手話の豊かな表現力を生み出しています。従って、「日本語対応手話」は、従来の手話とは異なった役割をになうことになります。

いずれの手話も、日常のコミュニケーションで大いに独自の伝達力を発揮すると思われますが、従来の手話は、日常生活の他、特にパントマイムや視覚パフォーマンスのような芸術的分野などにおいてその役割をになうものであると言えましょう。

「日本語対応手話」は、次に示すような役割をはたします。

  1. テレビなどの日本語によるマスメディアで使用する
  2. 大学や研究の場など日本語による専門用語や特殊な用語、表現が要求される分野で使用する
  3. その他、日本語に依存する度合の大きい場面で使用する

以上のようなことから、日本語対応手話は従来の手話と補いあいながら、聴覚障害者の社会参加の可能性を高め、種々の活動を行う機会をつくっていき、社会生活の向上に大きく寄与することが期待されます。

第3節 テキストの必要性

日本語対応手話は、「日本語をそのまま手話で表すこと」を目標としていますが、この『新・手話辞典』を手にしたからと言って、すぐに日本語を手話で表せるようになるわけではありません。実際に手話で自由に表現出来るようになるには、日本語対応手話の約束を理解し、基本的な単語を学びながら、「手話を使う」ということを身体で体得する必要があります。

日本語対応手話は、言うまでもなく、主に手指で日本語を表すものです。そのため、音声で日本語を表す場合とは違ったいろいろな制約が生じます。手話というものについてある程度理解ができてしまえば、それほどむずかしいものではありませんが、最初のうちは、辞典のイラストを見たり、単語を引いたりするだけでは、分かりにくいこともあります。

日本語対応手話には、日本語の単語を一つの手話で表す場合もあり、漢字ごとに用意された「漢字手話」を組み合わせて表現する場合もあります。日本語では別の単語になっていても、日本語対応手話では同じ手話で表すことになっている手話を同形語といいますが、その同形語の選び方にもある程度の慣れと工夫が必要です。

手話に学ぶには、聴覚障害者との日常的な会話を通して、カンを養いつつ自然に身につけていくのが一番ですが、そういった理想的な環境をつくろうにも、身近に聴覚障害者がいない、時間的に厳しいなどの制約がある場合もあります。

以上のようなことから、日本語対応手話を正しくかつ効率的に身につけるための環境を整えたいと考え、このテキストを用意しました。

日本語対応手話の基本的な約束ごとを分かりやすく説明した教材となるように工夫して作成したものです。

『新・手話辞典』を活用するための道しるべとして、このテキストを役立てていただけるならば、たいへん幸いに存じます。

第2章 『新・手話辞典』の特徴

『新・手話辞典』は次のような考え方で作られています。

(1)単語数の多い手話辞典

最近では、聴覚障害者の言語力が向上し、昔に較べて、社会との接触の機会も格段に増えてきています。それに伴って、手話で表現できれば便利な単語や、社会生活上手話化が必要不可欠の単語が多くなっています。それに対し、今までにつくられてきた手話辞典では、掲載されている単語の数が少なく、ろう者の現実の生活上の必要性に十分に応じきれなくなっています。この状態を克服する対策の一つとして、『新・手話辞典』はなるべく多くの単語を掲載することをめざしました。日常生活はもちろん、専門的な分野で使われる用語や、常用漢字などをなるべくカバーできるように工夫されています。

(2)新しい造語法による手話辞典

「造語法」とは、新しい手話を作るための方法です。

手話の単語を増やすためには、今までの造語法では限界があり、造語法自体の見直しが必要となりました。『新・手話辞典』では、造語法を改善・考案し、それによって新しく作った手話(いわゆる「創作手話」)を数多く掲載しています。今後、手話を発展させるための新しい造語法とそれによる新しい手話のモデルとなることが期待されます。

(3)日本語対応手話の手話辞典

『新・手話辞典』の手話は、日本語の表現方法の一つとして、日本語を手で表したものという考え方に基づいています。日本語の表現には、音声や文字、点字などがありますが、『新・手話辞典』では手話や指文字も、音声や文字、点字などと同じように日本語を表すことができると考えています。

聴覚障害児・者が視覚的に日本語をとらえる方法の一つとして、唇の形を読みとる読話があります。しかし、耳で聞き分けることのできる音韻は、日本語では102種あるのに、口の形では16種程度しか区別できません。例えば「パ・バ・マ」の3種の音韻は、同じ口型で表されるため、「たまご」と「たばこ」は口型だけでは区別できません。(栃木聾学校『同時法について』より要約、引用)

そのため、実際には、補聴器を通して残存聴力を活用するか、話の前後の文脈や相手の顔の表情などを手がかりとして、何が話されているかを理解することになります。

唇の形や残存聴力を活用して相手の話を理解し、聴覚的フィードバックがなくても訓練によって発声できるようにする教育を口話法といいます。

手話も口話も単独で用いるよりも併用した方がわかりよく、表現力も豊かになります。手話が日本語対応であれば、口話と併用しやすくなります。日本語対応手話によって手話と口話の併用が一層円滑になることが期待されます。

『新・手話辞典』は日本語から手話を探す辞典です。手話は単純手話(漢字手話を含む)と指文字結合手話が日本語の50音順に並んでいます。

辞典の理想としては、単純手話、漢字手話、指文字結合手話、指文字のみの手話、複合手話、同形語のすべての語彙を見出し語として掲載すべきです。しかし、手話辞典は、イラストにかなりのスペースを割きますので、その役目は巻末につけた索引にまかせています。

巻末の索引では、単純手話、漢字手話、指文字結合手話、指文字のみの手話、複合手話、同形語のすべてをひくことができるようになっています。まず『新・手話辞典』の索引の使い方に慣れて下さい。

第3章 日本語対応手話の使い方

日本語対応手話では、日本語の文をそのまま手話に置き換えて表します。つまり、基本的には、その文章の単語に一つひとつ手話を当てはめていけば良いわけです。いくつかの基本的なルールを覚えてしまえば、それほどむずかしいものではありません。

この章では、そのルールを一つひとつ説明しながら、実際の表現を練習してみましょう。この章ではイラストをつけますが、必要に応じて辞書も参考にして、自分で手を動かしてみてください。

<単語例・練習文の見方>

まず、手話で表そうとする日本語を「……」でくくって示します。次に日本語の単語に対応する手話を並べます。『新・手話辞典』に掲載されている手話については【 】に入れ、指文字で表すときは《 》に該当の指文字を入れて示します。

例:「謝」【謝る 15】

   「謝」の手話は、「謝る」という見出し語で15ページに載っているという意味です。

例:《に》《は》

   例えば、助詞の「には」は指文字で示すという意味です。

*第3章までは日本語を全部手話で表現する形で説明します。

第1節 単純手話のひき方

『新・手話辞典』では、「単純手話」と「指文字結合手話」に分けて、それぞれイラストを "あいうえお順" に並べ、説明を加えてあります。

「単純手話」は、一つの(または一続きの)動作で一つの意味を表す手話のことです。「指文字結合手話」は、簡単に言えば、花とか魚など、あるグループに属する単語を表現する際に、左手でそのグループを表す手話を、右手でその単語の頭文字を指文字で表すというものです。指文字結合手話の表現については、後に練習します。

まず、単純手話をひいてみましょう。

次のページに『新・手話辞典』から単純手話の凡例を引いたので見て下さい。

動詞、形容詞などのように活用のある語は、一般の国語辞典と同じように終止形で掲載してあります。手話では動詞などの活用は特別な場合以外は表現しません。次節を参照してください。

第2節 活用のある語の表現上の注意

(1)動詞の活用の表現

動詞の活用は口型で表示し、命令形以外は手話では表現しません。例えば「学習する」というサ変動詞は次のように活用しますが、( 部分が活用)

学習ない  (未然形)
学習せる  (未然形)
学習、   (連用形)
学習する。  (終止形)
学習するとき (連体形)
学習すれば  (仮定形)
学習しろ   (命令形)

命令形以外は「学習」に「する」をつけた形で、全部同じ表現になります。

 例:「学習する」
まなぶ【学ぶ】       漢 やる【遣る】
〔同形〕

学習
学業
学問

学校
〔同形〕
する
実施
「学習」【学ぶ 460】 「〜する」【やる 498】

サ変動詞(名詞に「〜する」がついたもの)の命令形の場合は、「〜する」の後に「命令」の手話をつけ加えます。この場合は煩瑣になるので、「〜する」の手話は省略してもかまいません。

例:「学習しろ」
「学習」【学ぶ 460】 【やる 498】 【命令 479】

サ変動詞以外の動詞の命令形は、動詞の手話に命令を意味する手話をつけ加えて表します。

例:「走る」 例:「走れ」
【走る 381】 【走る 381】+【命令 479】

「学習すれば」などは、【学習】【やる 498】に「〜ば」を表す【仮 101】の手話をつけて表しますので、仮定形だということは自然に分かります。(参照:助動詞の活用)

例:「学習すれば」
【学ぶ 460】 【やる 498】 「〜ば」【仮 101】

(2)活用による自動詞と他動詞の区別

日本語では、活用形の違いで自動詞と他動詞を区別することがあります。手話では、原則として同じ手話で表現し、活用の違いは口型で区別します。

例:「建つ」(自動詞)と「建てる」(他動詞)
たつ【建つ】             漢  
〔同形〕
建(けん)
建(こん)
建てる
建設
建立

築く

どちらも
同じ手話で表
し口型で区別する。

【建つ 282】

活用の違いは口型で区別しますが、必要なときは指文字で示します。

(3)形容詞と形容動詞

形容詞と形容動詞の活用変化は口型で区別することになっており、手話では特に表示しません。

例えば、形容詞「高い」の場合は、その活用変化は、「高かろ/高く/高い/高い/高けれ」となります。この活用の変化を、口の形に気をつけて、実際に発音してみてください。活用語尾の母音は「A/U/I/I/E」となっており、それぞれ口型が違うことがわかります。一つ一つ手話で区別しなくても、口の形を読みとることで十分区別できます。確実に区別することが必要な場合等には、指文字で示します。

また、音声語と同じく次に続く語でも区別できます。例えば、仮定形の場合は、次に「〜ば」(【仮 101】)がつくので区別できます。(参照:助動詞の活用)

例:「高い」
たかい【高い】       漢  
〔同形〕
高(こう)
高(たか)
高まる
高める

高かろ(未然形)

高く (連用形)

高い (終止形)

高い (連体形)

高けれ(仮定形)

 【高い 277】

形容動詞も形容詞と同じく、活用の変化は口の形で区別します。

しかし、例えば、「あからさまだ」と「あからさまな」は口型では区別できないので、必要に応じて指文字を加えます。

例:「あからさま」
あからさま
〔同形〕
あらわ
【あからさまな 4】 指文字「だ」 or 指文字「な」

(4)助動詞の活用

助動詞の活用は、命令形以外は手話では特に表現しません。命令形以外は口型と、次に続く語で区別できます。例えば、「着させる」は次のように活用しますが、:の後に書いてある理由により特に活用形を表示しなくても分かります。

子どもに服を着させない。 (未然形) 「〜ない」が続く
子どもに服を着させ、学校に出す。 (連用形) 動詞が続くか、
休止がある(連用中止法)
子どもに服を着させる。 (終止形) 文が終わる。
子どもに服を着させるときは、 (連体形) 名詞などに続く
子どもに服を着させれば、 (仮定形) 「〜ば」に続く
早く子どもに服を着させろ! (命令形)  

命令形だけは【命令 479】の手話をつけ加えます。

例:「早く子どもに服を着させろ!」
【速い 389】 【子供 169】 《に》
【シャツ 212】 《を》 【着る 126】
 
【〜せる 255】 【命令 479】  

(5)活用語のある例文

では、次の例文を日本語対応手話で表現してみて下さい。活用の変化は、口型ではっきり示すように注意すること。

「簡単な回路で作りやすく、アンテナ線なしで鳴るスピーカー・ラジオ」

簡単な 作り やすく、
【易しい 495】 【回 76】 【道 467】 《で》 【作る 306】 【易しい 495】
             
アンテナ なし 鳴る
【アンテナ 19】 【線 256】 【無い 346】 《で》 【鳴く 349】
             
スピーカー ラジオ          
【スピーカー 242】 【ラジオ 510】          

第3節 漢字手話

日本語を完璧に手話に置き換えて表現することを考えるなら、一つの単語に対し一つの手話が対応するのが望まれます。つまり、日本語の単語数と同じ数だけの手話単語数が存在するのが理想的です。しかし、日本人(成人)の理解語彙数は、平均5万語ほどもあり、その5万語のことごとくに対応した手話を創り出すのはまず不可能です。仮に5万語の手話が存在したとしても、それを全部覚えるには、たいへんな努力が要ります。

この問題をどのように解決したらよいか、あれこれと模索するうちに、日本語は漢字と仮名の組み合せによって表記されるという点に着目しました。漢字ならば、まだ数が限られていますし、手話と同じく視覚で認知するという点でも、手話表現の可能性に結びつきそうです。そこで考案されたのが、一つの漢字に一つの手話を対応させた「漢字手話」です。 

第1項 漢字手話の有用性

漢字を手話で表すことができれば、いろいろなメリットが生まれます。

まず、日本語には漢字の熟語が非常に多いので、それぞれの漢字に対応した手話があれば、その漢字手話を組み合せることで、いろいろな熟語が表せます。

この漢字手話の組み合わせをうまく活用すれば、比較的少ない手話で日本語の多くの語彙に対応することができると考えました。

また、漢字手話の視覚的な形から漢字を連想させ、さらにその漢字の意味を想起するという過程を経ることによって、抽象性の高い言葉を表現しやすくなるというメリットも生まれます。

次に、漢字手話の熟語の例をあげますので、実際に表現してみてください。

「事」と「物」という漢字手話を組み合わせて「事物」という言葉を表現することができます。同じようにして、「品物」や「事実」などを表現するのに、同じ漢字手話を組み合わせれば良いことが分かります。 

例:「事」 例:「物」
こと【事】           漢 もの【物】            漢
〔同形〕
事(じ)
事(ず)
事柄
〔同形〕
物(ぶつ)
物(もつ)
【事 168】 【物 489】
例:「品」 例:「物」
しな【品】      漢 もの【物】      漢
〔同形〕
品(ひん)
〔同形〕
物(ぶつ)
物(もつ)
【品 206】 【物 489】
例:「事」 例:「実」
こと【事】         漢 じつ【実】         漢
〔同形〕
事(じ)
事(ず)
事柄
〔同形〕
実質
【事 168】 【実 204】

第2項 常用漢字の漢字手話

『新・手話辞典』に収められている漢字手話は1,621語です。 これは、常用漢字1,945の内、1,621を漢字手話化したものです。

使用頻度の少ない漢字や、異なる漢字でも意味が近く同形の手話で表せる漢字は、手話化の対象とはしませんでした。例えば、むかしの天皇が一人称に用いた「朕」のように、一般にはほとんど使われないような常用漢字は、あえて手話化する必要はないと考えました。

一方、「服」という漢字は、いろいろな漢字と結びついて多くのことばを創り出す重要な役割を持っています。ところが、その意味があまりに多様にわたっているために、一つの手話では、とてもその意味全部を表しきません。「服」は、一般的には「きもの(衣服)」という意味で使われていることばですが、別の漢字と結びつくと、従う(服従)、飲む(服薬)などの意味をもつようになります。例えば、「服薬」を「着る」という手話と「薬」という手話の組み合わせで、違和感なく表現できるでしょうか。「薬を着る」というような手話になっても、かえって不自然で意味が伝わりにくくなります。このような場合は、あえて無理に一つの手話にまとめることはしませんでした。

また、昔から使用されてきた手話で、そのまま漢字手話として利用できるものは、できるだけ尊重しました。

第3項 漢字手話作成の方針

このように、漢字手話は新しい発想のもとに考案されたものなので、次の原則を設けて、慎重に作成しました。

(1)原則

  1. 漢字は1手話とします。
  2. 漢字手話の手の形は、なるべく、その漢字が持っている意味全体を表現できるようにします。

(2)例外

  1. 指文字を使用する漢字手話は、音読み・訓読みそれぞれに応じて指文字部分を変えて表現します。ただし、音・訓は常用漢字として認められている範囲内で考えます。
  2. 音と訓の違い、音の違い、訓の違いで漢字の意味を明確に区別できるときは、それぞれ別に手話をつくることもできます。
  3. 二つ以上の漢字が同じ訓読みを持つときは、音訓ともに意味が同じか似ている場合は同じ手話とし、意味がはっきり異なる場合は別の手話とします。

<音読み・訓読みそれぞれを指文字で表現し分ける例>

例:「通」
「ツウ」と読む場合 「とおる・とおす」と読む場合 「かよう」と読む場合
左手人差指の上を
「ツ」でなぞる
「ト」でなぞる 「カ」で往復させる

<音と訓の違い・訓の違いで意味を明確に区別できるので、別の手話をつくる場合>

例:「治」
「おさめる・おさまる・ジ・チ」と読む場合 「なおる」と読む場合
おさめる【治める】*        漢 なおす【なおす】*            漢
〔同形〕
治(じ)
治(ち)
治まる

〔同形〕
直る
修正
訂正
修理
いやす
治す
治る
維新

改まる
改める
改革
改訂
手のひらを下に向けた両手を
開きながら下へ
両手を手のひらを向い合せにして
交差させて重ね、右手を裏返す

第4項 漢字手話を使った例文

「この度は、お買い上げ頂きまして、誠にありがとうございました。
 この説明書をよくお読みの上、正しくお使い下さい。」

度は 買い 上げ 頂き
《こ》 《の》 【度タビ284】 【御 157】 【買う 79】 【上がる 4】 【頂 26】
             
まし て、 誠に ありがとう ござい まし  
【〜ます 456】 《て》 【誠 455】 【有り難い 16】 【居る 33】 【〜ます 456】  
             
た。 説明  
【〜た(過去) 271】 《こ》 《の》 【説く 334】 【書く 83】 《を》  
             
よく 読み 上、    
【良い 504】 【御 157】 【読む 507】 《の》 【上 36】    
             
正しく 使い 下さい。      
【正しい 280】 【御 157】 【使う 304】 【願う 363】      

(註)・「度」の漢字手話は「ド」と読む場合と「たび」と読む場合では分けて作ってあります。見出し語に「ど【度】*」(p.326)、「たび【度】*」(p.284)と「*」印で表示してあります。

  ・「お」などの敬語の表し方については後で説明します。

第4節 漢字語の表現

「漢字語」という聞きなれない言葉が出てきますが、『新・手話辞典』では漢字だけの熟語のことを、便宜的に「漢字語」という呼び方をしています。

第1節の例文では、「回路」は漢字手話「回」+「道」の組み合わせで表現されていますが、「簡単」は一語の単純手話で表現されています。

索引を見れば、漢字手話の組み合わせで表現するのか、それとも一語だけの単純手話で表現できるのかを調べることができますが、この区別は、基本的に次のような考え方にもとづいていることを理解してください。

(1)漢字語を漢字手話の組み合わせで表す場合

その漢字語を表す手話がなく、漢字手話の組み合せでも違和感のないもの

これとは逆に、漢字手話の組み合わせでは、その言葉を不自然に分解してしまって、返ってわかりにくくなる場合があります。そういう場合は漢字手話で表すのではなく、ひとつの手話で表現した方が意味がスムーズに伝わります。例えば、「先生」という単語を手話化するとき、「先」という漢字手話と「生」という漢字手話を組み合わせて「先のナマ」などど表現しても、手話を見る側にとってはピンとこないでしょう。「先生」という従来通りの一語の手話の方が、すっきりと意味が伝わります。

同じように「意味」という単語を表す時なども、「意」と「味」の漢字手話をそれぞれ組み合せたところで、「意見の味とは何だろう?」と思われてしまいそうです。「先生」という語も、「意味」という語も漢字を組み合わせてできている熟語というよりも、ひとつの独立した単語とみなされ、使われていると考える方が適切です。こうした単語を「一語感の強い語」という言い方をしています。

即ち、「一語感の強い語」は1つの独立した手話で表現する、漢字の組み合わせと考えても違和感のない語については、漢字手話の組み合わせを用いる、と覚えて下さい。どちらか判断に迷うような場合は、索引で調べてください。

なお、索引に載ってない漢字熟語の場合は、原則として漢字手話の組み合わせで表します。

(2)漢字語を漢字手話の組み合わせで表す例

漢字語を漢字手話の組み合わせで表すのには次のような例があります。

  1. 漢字手話の組み合わせで意味を示せるとき
    例:文法=文【文 430】+法【法 440】
  2. 単純手話のない場合
    例:定職(単純手話はない)=定【定 185】+職【職 308】
  3. 漢字手話の複合の方がわかりよいとき
    単純手話や指文字結合手話で表現できても、手話で伝達する相手によっては、漢字手話の複合の方がわかりやすい場合があります。手話を習いたての健常者や、中途失聴者の場合、また日本語力のある聴覚障害者の場合などです。単純手話では語彙をたくさん覚えなければなせないので、学習・記憶の負担が大変ですが、漢字手話では組み合わせ次第で語彙が増やせます。
  4. 単語と単語が結合した複合語

「日本画」というような単語と単語が結合した複合語では、元の単語の手話を複合させます。

例:日本画=日本【日本 358】+画【画 47】

(3)漢字語を単純手話で表す場合−その1

 一語感が強いとき

「自動車」の手話のように、その漢字語を表す単純手話がすでに広く使われている場合は、漢字手話の複合にはしません。

また、一つひとつの漢字の意味の合成では、その熟語の意味が示せないときも、一語感が強いと考えます。例えば、「先生」という語の意味は、「先に」+「生まれる」という普通に使う漢字の意味の合成とは離れています。

例:「自動車」= 単純手話【運転 46】

  「先 生」= 単純手話【教える 62】

(4)漢字語を単純手話で表す場合−その2

 漢字一字でその熟語の意味がほぼ表せるとき

例えば、「謝罪」という漢字語は、「謝」の漢字手話だけでほぼその意味が表せます。「謝罪」の「罪」はこの場合、省略して支障がありません。

例:「謝罪」= 謝 【謝る 15】

(5)漢字手話を使った例文

「旧山手通りが環状7号線と交差する角」

(の) 通り
【古い 428】 【山 497】 《の》 【手 315】 【通る 333】 《が》
           
環状  
【環状 107】 【七 103】 《ゴー》 【線 256】 《と》  
           
交差 する      
【交差 161】 【やる 498】 【角 93】      

*山手(やまのて)は読み通りに漢字手話と指文字の組み合わせで表します。

*「環状」と「交差」は単純手話です。

*7号線の「号」は指文字で表し、ここは漢字手話と同様に組み合わせて示します。

第5節 指文字結合手話

ことばの中には、同じグループに属する語がたくさんあります。例えば、「すいせん」と「なでしこ」は、「花」という同じグループに属する言葉です。このようなグループをカテゴリーといいます。

このように、同一のカテゴリーに属する語がたくさんある時には、左手でカテゴリーを示す手話を、右手でその言葉の最初の1文字か2文字を指文字で表すという方法をとることにしました。このような手話を「指文字結合手話」とよんでいます。

いいかえれば、「指文字結合手話」とは、左手の手話をそのカテゴリーを示す「枠」とし、それを右手の指文字で「分化」させるわけです。

「指文字結合手話」の約束によって、たくさんの単語を表すことができ、記憶の負担が減少します。また、動作量も少なくすみます。

第1項 指文字結合手話の例

指文字は、同じカテゴリーに属する他の語と混同する恐れのないときは。その語の最初の1文字だけを示します。最初ないし2番目以降の文字が同じで、口型での区別もむずかしいような場合は、最初の2文字か必要に応じては3文字以上を指文字で示します。

例:<花というカテゴリーに分類される植物名> 【花 535】
「すいせん」 「なでしこ」
   
例:<魚というカテゴリーに分類される語> 【魚 540】
「サバ」 「サンマ」
   

「日本語対応手話」では、次のようなカテゴリーに分類される語を指文字結合手話で表すものとします。『新・手話辞典』でひく場合は、P.534 に、次に示すものと同じカテゴリーの一覧表が掲載されています。

 植物名  花、樹木、草類、野菜、果物類、根菜類、豆類、きのこ類、海藻類
 動物名  獣類、鳥類、虫類、魚類、貝類、その他の生物
 薬品名  医薬品、農薬、化粧品、塗料
 食品類  酒類、肉加工食品類、めん類、揚げ物、揚げ物、パンに塗る物、調味料、栄養素
 地 域  国、都道府県など
 自 然  あられ等、大陸等、宝石類、色、元素、原子など、金属類
 身 体  身体部位、味覚、発疹、
 その他  歌、弦楽器、クイズ類、トランプ類、縫い方、和服類、ランドセルなど、時代名、ワープロ等

第2項 指文字結合手話の引き方

『新・手話辞典』では、単純手話と文字結合手話に分けて、それぞれイラストをあいうえお順に並べて説明がしてあります。

単純手話の引き方は前に説明しましたので、ここでは指文字結合手話の引き方を説明します。

1 花 例:ばら

左手は指を開いてやや丸くし、手のひらを右に向ける。〔花〕の右手をとった形で「花」を表す。

右手で、花の名前の最初の音を指文字で表す。

樹木で表したい場合は「2 樹木」で草で表したい場合は「3 草」で示してもよい。

朝顔〈朝+顔)アネモネ アマリリス あやめ カーネーション カンナ ききよう ☆菊 金せん花 グラジオラス クロッカス けいとう けし コスモス 桜草(桜+草) サルビア 三生すみれ(三十色+すみれ) シクラメン シネラリア しゃくやく ジャスミン しょうぶ 水仙 スイートピー すいれん すずらん すみれ ゼラニウム ダリア たんばば チエーリツプ なでしこ 菜の花 はぎ 浜ゆう ばら ひなげし ひまわり 百日草(百十日+草) ヒヤシンス 福寿草(福+寿十草) フリージア ぱたん マーガレット まんじゅしゃげ ゆり よいまち草 りんどう れんげ

このグループに属する単語。この例ては花の名。ここに掲げた単語は『角川・類語新辞典』の中からとりあけた。ここに掲げていない単語を同じ方法で示してもかまわない。

「朝顔(朝+顔)」とあるのは、指文字結合手話の形式て示してもよいし、「朝」と「顔」の漢字手話の複合で示してもよいという意味である。

「☆菊」は、指文字結合手話で示してもよいが、単純手話の中に「菊」という形て示してある。必要に応じ、どちらを用いてもよい。

「アネモネ」と「アマリリス」のように語頭音だけで混乱しそうなときは、「アネ」「アマ」など2音を示す。

第3項 指文字結合手話を使った例文

「うちの庭には、春は桜草、秋は菊が咲きます。
池には鮒がはなされ、あひるもいます。」

うち (の) は、  
【家(いえ) 21】 【庭 359】 《に》 《は》 【桜 182 OR 535】 《や》  
               
すみれ 咲き ます。  
【すみれ 535】 《が》 【咲く 182】 【〜ます 456】 【湖 466】 《に》 《は》  
               
はなさ れ、 あひる ます。
【鮒 540】 《が》 【放す 387】 【〜れる 521】 【あひる 13 OR 538】 《も》 【居る 33】 【〜ます 456】

*指文字部分は省略可能です。

*この例文の中で、「菊」などの花は指文字結合手話の「花」の類で表すことができます。P.535「1 花」というカテゴリーに、花の類に含まれる語句があげられていますが、その語句の中で、「☆菊」を見ますと、☆印がついています。これは単純手話で表すことも出来るという意味なので、単純手話で【菊113】で表してもかまいません。また、「桜草」などは漢字手話の結合【桜 182】+【草131】で表すことができます。

*「放され」の受身の表現【〜れる 521】は省略可能です。

*「〜います」は【〜ます 456】だけで表現することもできます。

第4章 手話表現の実際

手話表現の実際では、文を全部手話で表現する場合と助詞などの手話を省略する場合があります。聾学校などで日本語を習得する段階では、文を全部手話で表現することが必要ですが、その他の実際の手話コミュニケーションの場面では、口話のペースに手話を合わせる、手話の量を減らして疲れを少なくするなどの観点から、助詞などの手話を省略して表現します。

第1節 文を全部手話で表現する場合

 「各国の努力もむなしくCO2は増加し、地球の温暖化が進んでいると言われています。」

努力
むなしく CO 増加
し、 地球 温暖
進ん いる
言わ ます。

第2節 省略した表現例

手話で伝えようとする相手に言語力や読話力があったり、残存聴力の活用ができれば、前ページと同じ文を、助詞などの手話を省略しても、口型や音声(聴能)などに依存して、十分に伝達することができます。

手話を省略する部分は、文脈、話題、相手などに応じて変えます。

「各国の努力もむなしくCO2は増加し、地球の温暖化が進んでいると言われています。」

努力
口型などに依存 口型などに依存
むなしく CO 増加
口型などに依存
し、 地球 温暖
口型などに依存 口型などに依存
進ん いる
口型などに依存 口型などに依存 口型などに依存 口型などに依存
言わ ます。
口型などに依存 口型などに依存

少し長い文で、「文を全部手話で表現する場合」と「省略した表現例」を見てもらいました。次に短い文で個々の表現について練習します。

第3節 付属語の表現

名詞、動詞、形容詞などのようにそれ自体で独立した意味をもつ言葉を自立語といいます。

助詞、助動詞など自立語について、自立語同士の関係や話者の意志をつけくわえる言葉を付属語といいます。

従来の手話では、付属語は手の位置関係や顔の表情などで表されることがありました。そのため、日本語の付属語に相当する手話がないということもありました。

日本語対応手話では、原則として付属語も全部表現することができます。

助詞、助動詞は、普通は文中での役割がは少ないので、自立語の手話の後で軽く短時間に示します。(特に強調したいときは大きく示します。)

第1項 助詞

(1)1音の助詞は原則として指文字で表します。

  例:〜は=指文字「ハ」   あなたは

  〜が=指文字「が」 わたしが

  〜と=指文字「と」 本と雑誌

終助詞も指文字で表すことが原則ですが、状況に応じて、どんな終助詞も、前の語が終わった位置で、指文字「サ」で示してよいことにしました。

(2)1音節の助詞でも次の語は手話を使います。

  例:「〜か。」  「手話ができますか」

【手話 218】 《が》 【出来る 318】 【〜ます 456】 【〜か 75】

 2音以上の助詞は、できるだけ既成のものをとり入れるか、音形を残す形で手話化しました。

(3)2音節以上の助詞で既成の手話を取り入れたもの

  例:「〜から」   「ここから900メートル」

《こ》 【所 380】 【〜から 99】 【900数詞 24】 【メートル】

  例:「〜けれども」   「あなたはだらしないけれども」

【あなた 12】 《は》 【だらしない 287】 【〜けれども 151】

(4)音形を残す形で手話化したもの

  例:「〜しか」   「1時間しかいない」

【1数詞 24】 【時 333】 【間 2】
【〜しか 197】 【居る 33】 【無い 346】

  

(5)指文字の連続で示す助詞

  例:「など」(指文字の連続)   「狆やコリーなどの犬は」

【獣 538 +《ち》《ん》】 《や》 【獣 538 +《こ》《りー》】
《な》 《ど》 《の》 【犬 29】 《は》

第2項 助動詞

助動詞は手話を作ります。活用の表示は口型によります。

  例:「〜たい」   「行きたかった」

【行く 23】 【好き 235】 【〜た(過去) 271】

連続して使われることの多い助動詞は、次のように連続した動きとして示します。

  例:「〜でしょう」   「明日はよい天気になるでしょう」

【あした 8】 《は》 【良い 504】 【天気 323】
   
《に》 【成る 354】 【〜でしょう 319】  

第4節 敬語を使った表現

敬語も日本語の通りに手話を当てはめて表現します。また、手話の動作全体を丁寧に表す必要があります。

敬語では「お」や「ご」を付け加える例が非常に多くみられます。これをすべて手話で表現してしまうと、指文字などで手の動きが煩雑になり、見苦しくなります。要点だけ「お」や「ご」を付け加え、敬語であることを表しましょう。

尊敬の助動詞「〜れる/〜られる」は動詞に続けて表示します。受身の助動詞「〜れる/〜られる」と同形です。

 「お慶び申し上げます」

【御(ご) 157】 【祝う 33】 【申す 486】
   
【上がる 4】 【〜ます 456】    

第5節 固有名詞の表現

地名・国名・人名などの固有名詞は、その固有名詞独特の由来をもつ手話と、漢字手話や指文字結合手話で表す手話があります。

『新・手話辞典』では、固有名詞としては、大陸名、国名、県名、東北や関東など地方名を掲載してあります。

都市名、河川、山岳、人名、企業名等は、次のような約束で表すことにして、特に辞典には載せてありません。

(1)都市、市町村名

・現地で使用している手話が通用するなら、それを用います。

  例:ソウル

・漢字手話の組み合わせが通用しやすいときは、それを用いてよいことにします。その場合、末尾に「市」「町」「村」等の手話をつけることもできます。

  例:北京=北+京

・カタカナ表示などの場合、指文字結合手話で示すことにします。

 【左手の甲の上に、都市名の語頭音を指文字でしめす】

   例:ロンドン

(2)河川・山岳等の名称

・現地で使用している手話が通用するなら、それを用います。

・漢字手話の組み合わせが分かりやすいときは、それを用いてもよいことにします。

(3)人名

・原則として、人名の漢字は漢字手話で、"かな" は指文字で表します。

 「藤」は常用漢字外ですが、【藤 421】を用います。

・アルファベット(例:S.フロイト)はアルファベット指文字を用います。

・愛称形や慣用形は場面に応じて用いてよいことにします。

(4)企業、政党、団体名等は人名に準じて表現します。

第1項 国名

『新・手話辞典』に掲載したものの例として「国名」について説明します。どんな考え方で国名の手話を掲載したか分かれば、手話表現の参考になります。

(1)外国の国名については、既成手話で定着しているものはその手話で表現します。

例:「アメリカ」  例:「イギリス」
アメリカ手話では
別の形を使っている
イギリス手話では
この形を使っている

(2)既成手話にない国名は、その国で使用している国名の手話を使います。

例:「エチオピア」 例:「ケニア」
「エチオピア」の語源
「日焼けして顔の黒い人」から
ケニア国旗にある「勇気」の
象徴の槍を示す

(3)指文字結合手話を使う。

(1)(2)で表せない国名については、左手で「世界」の手話の半分の形を示して国名のカテゴリーを表し、右手で国名の最初の1〜2文字を表します。(2)の手話で通じにくい時は、この(3)の方法で表現してもよいこととします。

例:イスラエル   例:コスタリカ

(4)国名の漢字部分は漢字手話の組み合せで表現します。

例:モナコ公国
《も》《な》《こ》 【公(おおやけ) 58】 【国(くに) 137】

第2項 人名

(1)漢字の人名については原則として漢字手話で表します。

例:「竹下 登」
【竹】 【下】 【登】

(2)ひらがなやカタカナの名は指文字で示します。 

(3)ただし、親しみをこめた愛称としてその人の特徴的なしぐさなどを表す手話を 使ってもよいこととします。

例:水戸黄門

水戸黄門のあこひげを示す
水戸の地名を表す現地での手話にも使われています。

第3項 地名

辞典に掲載されてない地名として、例えば「筑波」があります。これは、現地でよく使われている手話ですが、筑波山の男体山と女体山を表します。

例:「つくば」

「東京」の手話は「東」(太陽が上る)を2回繰り返します。

例:「東京」

現地の地名の手話が不明なときやあまり知られていないときは、漢字手話の組み合せで表現してもよいことにします。

例:「岩手県」 例:「岩手の現地での手話」
漢字手話「岩」と「手」の組み合せ 岩手県出身の原敬首相の頭髪を示す

(岩手を表す現地の手話は全国的には理解されにくいので、漢字手話の組み合せで表してもよいこととします。) 

第6節 外来語の表現

日本語の中ではカタカナ書きの外来語がたくさん使われています。カタカナ書きだからといって、これを全部一つひとつ指文字で表現すればいいというものではありません。あまり手の動きが多すぎると、返って手話が読みとりにくくなってしまいます。そこで、外来語の表現については次のようにします。

(1)外来語に既成手話があり、造語原則上も問題がなければそれを用いる。

例:「オリンピック」 例:「マイク」
【オリンピック 71】 【マイク 452】

(2)外来語の訳語に手話があり、外来語と訳語に意味上の違いがほとんどないときは、その手話を使います。ただし、こういう場合でも、特に外来語であることを示したいときは指文字で示してもかまいません。

例:「リコーダ−」は「笛」の手話を使う
【笛 417】

(3)外来語の「ドクター」は、「医師」と「博士」の2つの意味で使われるので、「ドクター」に「医師」や「博士」の手話は使えません。この場合は、指文字で表します。

 例:「ドクター」は指文字で表す。

(4)外来語を指文字で示すときは、語頭より3音を示すことを原則とします。

単語によっては、2音でもかまいません。

半濁音、濁音、拗音は1音、長音、撥音、促音は前の音と合わせて1音と数えます。『新・手話辞典』で指文字を○で囲んで示すときは、同じ数え方で1音ごとに囲んであります。このテキストでは印刷の都合上〔 〕で1音を囲んで示してあります。

  例:〔ギョ〕で1音

  例:〔ア−〕で1音

  例:アニメーションは〔ア〕〔ニ〕〔メ〕で3音

(5)アルファベットが日本語の中で定着しているときは、アルファベット指文字を用います。

・大文字なら従来日本で用いられたアルファベットの表示法を用いる。

例:「PTA」(日本式アルファベット 23)

・単位など小文字のときは国際指文字による。

例:「p」(国際指文字)

(6)複合外来語を指文字で示すときは、前部を2音、後部を1音にすることを原則にします。

  例:「アタッシュ・ケース」=〔ア〕+〔タッ〕+〔ケ〕

第7節 助数詞・単位の表現

助数詞の表現

助数詞とは数を表す語に添えてどんな種類のものの値かを示す接尾語です。

(1)「10人」とか「100万光年」とかは漢字手話がそのまま使えます。

  例:「〜人」 【人(ひと) 405】

    「〜光年」【光(ひかり) 399】+【年(とし) 336】

(2)「熱が38度ある」の「度」は、漢字手話の「度」では不自然なので、指文字 「ド」で表すことにとします。

例:「熱が38度ある」
【熱い 10】 【38数詞 24】 《ど》 【有る 16】

*日本語対応手話では、この「熱」を「体温計を腋の下に入れて熱をはかるしぐさ」で表すことはしません。特に違和感がなければ、一つの単語に一つの手話という考え方からです。

単位の表現

(1)外来語の単位で、文字数が少ないときは指文字で表します。

文字数が多いときは単純手話をつくりました。

例:「〜トン」(指文字) 例:「〜マグニチュード」(単純手話)
指文字「トン」 【マグニチュード 454】

(2)アルファベット表示が定着しているときは国際指文字にし、特に単純手話にした方が分かりやすいときは、それを用いることにします。

例:「〜p」(国際指文字) 例:「〜カロリー」(単純手話)
国際指文字 22ページ 【カロリー 102】

第8節 擬態語・擬音語の表現

擬態語は、人の動きなどや状態などを音声で感覚的に模写して表現したものです。例えば「こそこそ」した様子を表すとき、従来の手話では、手話をする人の演技力にまかされていました。それはそれで手話の表現力として尊重すべきですが、人によって表し方が違いますし、演技力がなければ表現するのがむずかしくなってしまいます。

例えば、「こそこそ」という言葉は、それを知ってさえいれば、日本語では語彙として表現できます。それと同じように手話も、個人の演技力に関わらず、語彙を学習しさえすれば、だれでも表現できるものであるべきです。そこで『新・手話辞典』では擬音語・擬態語も日常生活上の頻度の高い語は積極的に取り上げました。『新・手話辞典』にないものは指文字で表現するようにします。

例:「こそこそ」 例:「ごそごそ」
【こそこそ 166】 【ごそごそ 166】

くり返しのある語は、くり返しのない語を基本にして表現するようになっています。清音は前後の動き、濁音は片手の左右の動きまたは両手の動きで示すようにして区別しました。類似した状態を表す語同士は、手の動きも類似したものにして、指文字で区別するようにしました。

漢字手話で表現した方がよい場合は、漢字手話を用います。

例:「堂々」=堂+堂
【堂 328】 【堂 328】

擬態語は同じ音の繰り返しだけではありません。次のような例もあります。

例:「ぬっと」 例:「ねっとり」
【ぬっと 362】 【ねっとり 365】

物音や人や動物の声などを音声で感覚的に模写して表すのが擬音語です。擬音語も擬態語と同様に考えて手話化しました。

例:「がんがん」 例:「とんとん」
【がんがん 105】 【とんとん 344】

第5章 応 用 編

応用編では、原則として助詞・助動詞を省略した表現で手話を表します。一部繰り返しになりますが、第5章で使われる凡例を掲げます。

(凡例)・最初に手話で表そうとする日本語を「……」で示します。次に手話の表し方について、日本語の単語と対応する手話を並べて示します。その際、手話では省略するものは( )に入れて示します。

・『新・手話辞典』の手話については、【 】に入れ、指文字で表すときは、《 》に該当の指文字を入れます。

・【 】に示す手話は同形語を使うときには、イラストが掲載されている見出し語で示しました。

  ・「*……」で手話の使い方についての注釈を入れました。

 例: 謝      【謝る 15】

「謝」の手話は「謝る」という見出し語で15ページに載っているという意味です。

に は     :《に》《は》

例えば、助詞の「には」は指文字で示すという意味です。

第1節 社会科教材

社会科の教材として高等学校の地理と日本史の教科書から日本語対応手話で表現する例をとりあげてみます。

地理の例文

「気候は、気温、風、降水、気圧、日照などの気候要素の組み合わせで表現される。」(『改訂地理』東京書籍)

気候(は)、気温、    風、   降水、  気      圧、   

【気候 113】【温度計 73】【風 88】【雨 15】【気(き) 110】【圧力 11】

日    照(などの) 気候    要    素(の)

【日 398】【照 322】 【気候 113】【要 487】【素 260】

組み    合わせ  で  表現さ     れる。

【組む 138】【合わせる 2】《で》【現れる 16】【〜れる 521】

*「気候」の手話は指文字と組み合わせて作ってあるので分かりやすい。

*「表現される」の【〜れる 521】はここでは「可能」の意味を表すが省略してもよい。

日本史の例文

「平安時代以来、地方の農村に成長してきた武士たちは、鎌倉幕府に結集することで、新しい歴史をきりひらいた。このときから、信長・秀吉が登場してくる16世紀の末までの約400年間が中世とよばれる時代である。」(『高等学校日本史』学校図書)

平安時代    以来、    地方(の) 農    村(に)

【平安時代 545】【〜から 99】【地方 296】【農 367】【村(そん) 270】

成長(して)きた     武士    たち(は)、鎌    倉   

【成長 250】【来る 141】【武士 421】【皆 469】 【鎌 97】【倉 139】

幕    府(に) 結     集する    こと    で、

【幕 454】【府 414】【結ぶ 475】【集まる 11】【こと 168】《で》

新しい   歴史(を) きり    ひらい(た)。

【新しい 9】【歴史 520】【切る 129】【開く 409】

こ  の  とき    から、   信長           ・

《こ》《の》【時 333】【〜から 99】《の》《ぶ》《な》《が》(休止)

秀吉(が)       登    場    して    くる 

《ひ》《で》《よ》《し》【登 369】【場 380】【やる 498】【来る 141】

16       世紀(の) 末    まで(の) 約   

【16(数詞) 24】【世紀 249】【末 234】【至る 27】【約 494】

400    年    間(が) 中    世(と) よばれる 

【400(数詞) 24】【年 336】【間 2】【中 347】【世 504】【言う 21】

  時代(で)  ある。

【時代 203】 【有る 16】

*指文字結合手話の【平安時代】は【歴史】の手話をもとにしており、右手で

「へ」を表示します。

*「成長してきた」では、【成長】の手話に動きがあるので「〜して」は省略し

た。「登場してきた」では【場】の手話に動きがないので【〜する】【来た】の手話を入れた。

*「呼ぶ」は「招く 460」の同形語となっているが、この場合は意味を考えて

【言う 21】を使う。

*【有る】は助動詞なので省略可能だが、文末ではここで文が終わるという意味

で【有る】を入れた方がよい。

第2節 理科教材

理科の術語は漢字熟語が多いので、漢字手話の組み合わせで表すことができます。例では、「液体」は1語の手話で、「気体」は漢字手話の組み合わせで表していますが、最初は

「液体=【液 49】+【体カラダ 100】」「気体=【気 110】【体カラダ 100】」

で表して、慣れてくれば口話と併用して

「液体=【液 49】」「気体=【気 110】」

としてもよいでしょう。

「液体を熱して沸騰させ、出てくる気体を冷やして再び液体に戻して取り出すことを蒸留という。」

液体(を) 熱し(て) 沸騰    させ、 出て    くる

【液 49】【熱い 10】【沸く 527】【〜せる 255】【出る 322】【来る 141】

気    体 (を)    冷やし (て)  再び    液体 (に)

【気 110】【体カラダ 100】【冷たい 312】【また 457】【液 49】

戻し (て) 取り 出す    こと(を) 蒸     留 (と)

【戻る 489】【取る 343】【出る 322】【事 168】【蒸す 475】【止まる 340】

いう。

【言う 21】

第3節 算数・数学科教材

「算数」といわれる段階であれば、『新・手話辞典』の範囲で十分表現できます。しかし、「数学」といわれる段階になると専門的用語がたくさん出できて、別に数学用手話の研究が必要です。

ここでは、水道方式の本から例を取り上げてみました。(『なぜ?どうして?を大切に』上村浩郎・数学教育研究会)

「a『キャンディーが12個あります。4人でわけると1人分は何個になりますか。』

b『キャンディーが12個あります。1人に4個ずつわけると何人にあげられますか。』

aもbも12÷4=3という式が得られる文章題ですが、意味が違います。

aは1人あたり何個になるかを求める問題で、bは1人あたりの量が決まっていて何人分になるかを求めよという問題です。

aは等分除、bは包含除といわれています。」

ちょっと長い文ですが、1文ずつやってみましょう。同じような単語が繰り返し出てくるので練習になります。

a『キャンディーが12個あります。4人でわけると1人分は何個になりますか。』

     a『   キャンディー(が)  12         個

【国際指文字a 22】《キャンディー》【12(数詞) 24】【〜個 156】

あり     ます。       4       人(で)

【有る 16】【〜ます 456】(休止)【4(数詞) 24】【人(ひと) 405】

わける(と)  1       人        分(は)

【分かれる 527】【1(数詞) 24】【人(ひと) 405】【〜分 430】

何        個(に) なり     ます     か。』

【何(なに) 351】【〜個 156】【成る 354】【〜ます 456】【〜か 75】

「b「キャンディーが12個あります。1人に4個ずつわけると何人にあげられますか。」」

      b   『キャンディー(が)  12         個

【国際指文字b 22】《キャンディー》【12(数詞) 24】【〜個 156】

あり     ます。       1       人(に)

【有る 16】【〜ます 456】(休止)【1(数詞) 24】【人(ひと) 405】

4        個     ずつ    わける(と)

【4(数詞) 24】【〜個 156】【〜ずつ 239】【分かれる 527】

何       人(に)    あげら    れ

【何(なに) 351】【人(ひと) 405】【上がる 4】【〜れる 521】

ます      か。』

【〜ます 456】【〜か 75】

*『 』は必要に応じて空書します。空書は自分が普通に黒板に書くように相手

に向かって書きます。相手の立場を考えて逆に書く必要はありません。

aもbも12÷4=3という式が得られる文章題ですが、意味が違います。

     a(も)      b(も) 12          ÷

【国際指文字a 22】【国際指文字b 22】【12(数詞) 24】【空書 ÷】

4          =  3       という   式が

【4(数詞) 24】【空書 =】【3(数詞) 24】【言う 21】【式 198】

得ら     れる    文章   題    です

【取る 343】【〜れる 521】【文 430】【題 273】【〜だ(断定) 271】

が、         意味(が) 違い    ます。

【しかし 197】(休止)【意味 31】【違う 293】【〜ます 456】

*「÷」とか「=」とかの記号はそのまま空書します。

*助詞は表現しないのが原則ですが、逆接の接続助詞「〜が」は、重要なので手

話で示した方がよい。指文字「が」で示すか、【しかし 197】を使う。

*文の切れ目には適当に休止を入れた方が分かりやすい。

aは1人あたり何個になるかを求める問題で、bは1人あたりの量が決まっていて何人分になるかを求めよという問題です。

     a(は) 1       人       あたり

【国際指文字a 22】【1(数詞) 24】【人(ひと) 405】【当たる 10】

何        個(に) なる     か(を) 求める

【何(なに) 351】【〜個 156】【成る 354】【〜か 75】【求める 489】

問題(で)、     b(は) 1       人

【問う 328】【国際指文字b 22】【1(数詞) 24】【人(ひと) 405】

あたり(の) 量(が) 決まっ(ていて)何      人

【当たる 10】【量 515】【決める 119】【何(なに) 351】【人(ひと) 405】

分(に)  なる     か(を)求め(よ)  という

【〜分 430】【成る 354】【〜か 75】【求める 489】【言う 21】

問題     です。

【問う 328】【〜だ(断定) 271】

aは等分除、bは包含除といわれています。

     a(は) 等      分    除、

【国際指文字a 22】【等しい 405】【分 430】【除く 368】《とうぶんじょ》

     b(は) 包     含     除(と)  

【国際指文字b 22】【包む 308】【含む 419】【除く 368】《ほうがんじょ》

いわ(れ)(て)  (い)ます。

【言う 21】      【〜ます 456】

*「等」は接尾辞の【〜等 328】使わないこと。

「分」も同じく接尾辞の【〜分(ふん) 430】を使わないこと。

*「等分除」「包含除」については、専門的な用語なので漢字手話で表した後、読みを指文字で示す。

付録1 『新・手話辞典』の編集方針

『新・手話辞典』の編集方針は以下の通りです。

(1)手話化検討語の選択方針

単語の領域が偏らないことを考えて、『角川・類語新辞典』(昭和56年、角川書店)収録の約6万語から、次の3点を基準にして約3万語を手話化の検討語にしました。

  1. 使用頻度が高いこと。
  2. 聾学校だけでなく、難聴学級や高等教育機関を含む教育機関で広く使用できること。
  3. 聴覚障害者の日常生活はもちろんであるが、テレビ放送や研究会など幅広い
  4. 社会生活で使用できること。

(2)手話化した単語数

上記の約3万語の検討対象語から実際に手話化した単語数は下表のとおりです。

単純手話 漢字手話 指文字結合手話 複合手話 手話の合計 同形語 日本語としての合計
3,943語 1,621語 661語 10,251語 15,246語 4,866語 20,112語

*単純手話の数には、漢字手話の数を重複して含んでいる。

(3)『新・手話辞典』における手話の分類

『新・手話辞典』では、手話の単語を次のように分類しています。

単純手話
「山」とか「先生」などのように、意味を持ったものとしては、これ以上分けられない最小単位の手話をいいます。原則として1種類の手の形、動きを持っています。

漢字手話
指文字がかな文字に対応しているように、「山」とか「時」のような漢字1字を示すための手話です。漢字が音読みと訓読みを持っているときも同じ手話を用いることにしていますが、手話の形がある意味を持ってしまうために、一つの手話で音読みと訓読みの両方の意味を表せない場合は、一つの漢字に二つ以上の手話をあてていることもあります。漢字は常用漢字の範囲から選んで手話化してあります。

指文字結合手話
たとえば、「すみれ」や「ダリア」というような花の名前の語群は、グループとして共通性があるので、左手で「花」のグループを示す手話をし、右手で指文字《す》や「だ」をつけて「すみれ」や「ダリア」表すこととしました。左手の手話と右手の指文字を結び付ける造語法によったものです。

複合手話
単純手話、漢字手話、指文字などを組み合わせてつくった手話をいいます。たとえば、「愛読」は漢字手話「愛」と「読」を結び付けて示します。「日本画」は単純手話「日本」と漢字手話「画」を結び付けて示します。

同形語
「愛」「愛情」「いとしい」などは、どれも同じ形の手話で示します。「愛」と「愛情」の違いは、口型と残存聴力で区別できます。このように、同じ形の手話を用い、口型などで区別する語群を同形語といいます。同形語のなかで代表的な単語が見出し語になっています。

付録2 手話化の基本原則

次の(1)〜(5)を基本原則として手話単語を作成しました。

(1)1単語1手話の原則

手話は、日本語を音声で表すのと同じように、日本語を手の形で表したものですから、日本語の一つの単語には一つの手話表現を原則としました。手話を文脈の中での意味に応じて使い分けるということをしないですむように、日本語の単語の持ついろいろな意味を表せるように手話の形を考えました。

ただし、手話では手の形や動きの方向がどうしても意味を持ってしまうために、日本語の1単語に複数の手話が対応する場合も出来てしまいました。

(2)相互補完の原則

「手話」も「読話・発語・聴能」も、どちらかを単独で用いるときよりも、併用したときの方が分かりやすく、意味も細かに伝えることができます。「手話」を「読話・発語・聴能」と併用することで相互に補完しあうことができます。日本語対応手話では、口話と手話の併用を前提にして、手話の意味を口型などで変化させて同形語を示すことにしています。

日本語の単語は何万語とありますので、それを全部手話化することはできませんし、手話化しても記憶の負担が大きくなります。そこで意味の似ている単語を同じ手話で表す場合がありますが、そのようなときは口型によって区別することを原則とします。その結果、手話の読み取りも、読話も、聴覚弁別もいっそう容易になります。

  例:「法律、条例、規約」  これらは同じ手話を用いますが、口型が違うので区別できます。

(枠記号) (分化記号) (同形語)
法律
条例
規約

(3)動作経済の原則

手指の動きは発話する際の唇の動きに比べてどうしても労力と時間の負担が大きくなりがちなので、ひとつの動作の動きがなるべく小さくなるように工夫しました。手話表現の動作量が大きいことは、見分けやすくなる利点はありますが、一方、日本語を音声で表すときに比べて、手を用いる手話の表現は労力からも時間の面からも負担が大きくなります。このことは、口話と手話を併用するときにマイナスになります。そこで、動作量が少なくてすむように、1手話1動作を原則にしました。

 例:「父」  

従来の形 日本語対応手話での形
人差指で頬をなでて、 親指で頬をなでて、
親指を前に出す そのまま前に出す
「父」【父295】

(4)記憶の負担軽減

『新・手話辞典』の日本語対応手話は、聴覚障害者を対象にして作成しました。聴覚障害者には生まれつき聞こえない人の他に、難聴者や中途失聴者を含みます。その難聴者や中途失聴者はもちろん、手話通訳者なども成人に達してから手話を習得する場合が多いことを考えて、手話を記憶する負担を軽くするように努力しました。

(5)既成手話の尊重

手話は、聴覚障害者の日常生活に密着した言語ですから、それを尊重して、できるだけ既成の手話をとり入れました。また、既成手話が造語原則からみて問題があるときでも、少し形を修正すれば原則と矛盾しないときは修正してとり入れました。

〔コラム〕 手話の種類

現在、日本で行われている手話は、日本語対応手話、中間型手話、日本手話の3つに分けられます。

(1)日本語対応手話(同時法的手話)

日本語対応手話については本文の説明にあるとおりです。日本語対応手話はもともとは栃木県立聾学校で昭和43年に同時法的手話として考えられたものです。それまで日本の聾学校では口話法教育が中心で、手話は聾学校の中では罪悪視されていました。しかし、聾学校の生徒の学力の遅滞に真剣に取り組んだ栃木聾学校では、聴覚障害の子どもたちに日本語の力をつけるために、日本語と同時に使える手話を開発しました。

(2)日本手話(伝統的手話)

同時法的手話が開発されたとき、それまで聾者が使っていた手話を区別するために伝統的手話と名付けました。伝統的手話はろうあ者が昔から使ってきた手話で、日本語との対応や口話と一緒に使うことを考えていません。手の位置や動きの方向、全身の表現などをたくみに使うので、見ていて直感的に理解できるのですが、話しことば置き換えるのは難しいことがあります。

最近は、聴覚障害者の独自の文化、アイディンティティを主張する立場から、また同時法的手話の対極として伝統的手話が規定されたという歴史的経緯から、伝統的手話という用語を嫌って日本手話と言うようになっています。

(3)中間型手話

現在、現実にいちばん多く使われていると思われるのが、中間型手話です。中間型手話では、日本語の話し言葉と同じ順序で手話を並べます。ただし、動詞、形容詞、形容動詞、助動詞の活用はありません。助詞を表す手話がいくつかありますが、それ以外の助詞は省略するか、特に必要なときには指文字で表します。手の位置や動きの方向で日本語の助詞が表す意味を代行することもあります。

手話の単語の意味をそれに応じた日本語の意味を基本にしますが、一部手話の単語の写像性によって、対応する日本語とは違った意味で使われることもあります。

一般には中間型手話は同時方的手話と伝統的手話との折衷として生まれたと考えられていますが、現実には日本語と伝統的手話との折衷として生まれたものです。健常者が聴覚障害者から手話を習っていく過程で、日本社会では文化的に優位な立場にある健常者の日本語の表現に聴覚障害者の手話が合わせられていったものです。