聾学校生徒の
社会科アチーブに及ぼす
読解力と語彙力の影響

The Effect of Reading Ability and Vocabulary on Social Study Achievment in Deaf Students

S.Takemura S.Tsuzuki

竹村  茂  都築 繁幸

筑波大学附属聾学校紀要 第9巻 昭和62年3月 41ページ〜46ページ

2005/08/04〜   


T はじめに

本校高等部本科は、中学部の教育を基礎とし、普通高校の教育に応じた対応教育の方針を堅持させながら、教育が展開されている。

学科編成と使用教科書は次の通りである。

 

表1 学科締成

  科目 標準単位数 1年 2年 3年
社会 現代社会 4 4    
  日本史 4     4
  世界史 4   2 2
  地理 4   3  
  文科系社会       1

表2 使用教科書

1年 2年 3年
新現代社会
(一橋)
高校新地理
(二宮)
詳説世界史
(山川)
  高等地図帳
(二宮)
高等学校日本史
(学図)
  詳説世界史
(山川)
 

表1に示されるとおり、「現代社会」が必修科目のため1年次で4時間行なわれている。2年次においては、世界史2時間、地理3時間の計5時間、3年次においては、日本史が4時間、世界史が2時間行なわれている。地理は、標準単位数が4であるが、本校では、全体の学科編成上3となっている。

本校高等部各学年は、校内進学者約20名と、外部から入学試験の選抜をへて入ってくる外部進学者約10名という割合で構成される。本校においては、中学部以前の段階でも各部でそれぞれ選抜試験を受けているので、他の聾学校に比べて、生徒が精選されているという現実は否定しえない面がある。しかしながら、社会科に関する学力は、聾学校又は普通校等の各校から生徒が入学してくるために著しく異なり、また学年が進むにつれ、その歪みはますます顕著に表れてくる。各クラス内での社会科の学力差は歴然として見られるが、社会科においては、各ホーム・ルーム単位で授業を展開している。

我々は、教師作成の自主プリントによって授業を進めていくという方法は、基本的には採用しておらず、「教科書」の配列を重視しながら、普通高校に対応した教育をめざしている。そのため、教師の側からは「教科書」の扱いが、生徒の側からは「教科書」が読めるということが問題になる。従って、教師が生徒に学習内容をどのように理解させるか、生徒はそれをどの程度受けいれる素地を持っているかという両者の関係が重要なこととなる。

我々が感じている社会科教育上の問題点は次の通りである。

  1. 全般的に基礎力が不足している上に、各自の既習内容に差があり、能力差も著しい。
  2. 問題意識が薄弱で学習意欲に乏しい。
  3. 言語力(読解力・表現力)が不足している。
  4. 情報量の少なさから、一般常識に欠け、独断的な判断が多い。
  5. 聾学校は少人数で温室的なためか、競争意識に乏しく、そのため学習活動時のドリルが不足している。

「言語力」の問題が絶えず教科指導にまとわりついているが、社会に巣立って行く時期が近づいている高等部段階の生徒に対して、基礎教育段階における、いわゆる「言語指導」のみに終始することはできない。

教科に出てくる一つ一つの用語を詳しく指導すれば、1時間の授業の中で消化できるのは、数語程度である。そのペースで行なえば、教科書1ページを終えるのに、1か月かかってしまう。こうした指導は、本質的には、大変、重要な側面を持っていることを認識しながらも語句の学習は、自宅学習で行なわせたり、用語集を作成して手立てをしている。

聴覚障害児の社会科の学習を規定する要因は数多く考(ここまで−41−ページ)えられる。例えば、(1)言語力、(2)知的好奇心、(3)学習態度、………などがあげられる。我々の日々の経験からすれば、決定的な要因が一つあると考えるよりも、複合的な要因によるものと考えた方が実態に即している。

我々は、社会科指導における言語力の影響を明らかにするための基礎的な作業として、社会科のアチーブに及ぼす読解力と語彙力の影響を検討した。社会科のアチーブをみるためには標準学力検査を使用するという方法が考えられるが、生徒の既習内容と標準検査の問題との間に相当のズレがあるために、今回は定期テストの成績を基礎データとした。また、読解力は読書力検査の下位項目を使用した。語彙力検査は一般的な語彙というよりも「社会科」に関連した教科語彙約な面から検討を試みた。

表3 教研式読書力検査


第3部(読解力)れんしゅう(正(ただ)しいものの記号を解答(かいとう)らんに書()きいれる)


おもちのかびの中(なか)で、青(あお)と赤(あか)は無害(むがい)です。でも黒(くろ)かびはとてもきけんです。黒(くろ)いこなが散()って耳(みみ)へでもはいると、耳(みみ)が聞()こえなくなります。こんなのはやきすてるにかぎります。

かびをふせぐには、しょうちゅうでおもちの表面(ひょうめん)をふいてビニールでつつみ、冷蔵庫(れいぞうこ)に入れておけばだいじょうぶです。

〔A〕どんなことに ついて書()いてありますか。

〔B〕「こんなのは」は、なにをさしますか。

〔C〕かびがはえないように冷蔵庫(れいぞうこ)に入れるまえにはどうしますか。

U 方  法

(1)対  象

本校高等部本科に在籍する生徒、1年30名、2年30名、3年28名を対象とした。(病気等で欠席した生徒を除く。)

(2)検査材料

今回は、読解力をみるために教研式読書力検査(中学校1〜3年用)の下位検査である「読解」を用いた。この検査は練習課題を行った後に、本課題を17分で行うものである。

表3に示されるようにこの読解検査ほ、250字程度の文章について「主題」「文脈」「要点」の3つの下位領域から各々、問題が構成されている。

表4 社会科基礎語彙調査の問題例

<間>次の語の意味として正しいものを1〜4から選び、番号で解答欄に記入しなさい。

700 職域

  1. 仕事のできる範囲。
  2. 職場のある地域。
  3. 職場と地域の関係。
  4. 職業生活のできる年齢。

701 遺跡

  1. 遺言状。
  2. 過去に戦争や建造物のあった場所。
  3. 船の通った跡。
  4. 遺伝子のこと。

702 出所

  1. 出口。
  2. 出口から出てきた所。
  3. 出て来たその元の場所。
  4. 台所。

703 未開地

  1. まだお店の開いていない商店街。
  2. まだ開拓されていない土地。
  3. 新しく開墾された土地。
  4. 新しく開発された商店街。

704 領土

  1. 王様の一番の家来。
  2. 土地をたくさん持っている人。
  3. お金を出して買った土地。
  4. ある国が支配している土地。

705 無医村

  1. 医者が嫌いな村。
  2. 医者がいない村。
  3. 医者がいらない村。
  4. 大きな病院の無い村。

基礎語彙調査ほ、我々が作成したもので、社会科全般の基礎的な語彙力をみるために、語句の正しい意味を選択肢法で問うものである。基礎語彙調査作成にあたっては、「角川類語新辞典」(浜西正人・大野晋)を利用した。この辞典ほあらゆる語を10進法で体系的に意味分類して配列したものである。まず、全体を、0.自然、1.性状、2.変動、3.行動、 4.心情、5.人物、6.性向、7.社会、8.学芸、9.物品に分類している。社会では 70.地域、71.集団、72.施設、73.統治、74.取引、75.報道、76.風俗、77.処世、78.社交、79.人倫の10の領域に下位分類している。

各々の領域に分類されている語は、数も異なるが、10の各領域からランダムに10個取り出し計100語選択した。表4には、「地域」の領域の問題例が示されているが、いずれも4選択肢の中から正しい意味のものを1つ選ぶものである。

社会科のアチーブは、1学期の中間・期末の定期テストの平均得点とした。各教科によって出題のねらいも異なるが、既習事項に対する語彙力の影響をみるために、今回は健聴児用に標準化された学力検査は用いなかった。

(3)手続き

読書力検査は、制限時間を17分とし、基礎語彙調査は約30分とし、各々のホーム・ルーム単位で集団で行った。

(4)結果の処理法

本研究は、社会科アチーブに及ぼす読解力と語彙力の影響を検討することを主眼としているので、独立変数を中間・期末テストの平均得点とし、従属変数を読解力の得点と社会科基礎語彙の得点とした。そして、両者の相関係数を算出することで、それらの相対的関係を検討した。特にその関係が、社会科の科目別によってどのように異なるかをみることにより、科目に及ばす言語力の影響を考察し、今後の社会科指導の一つの指針を得たいと考えた。

V 結果

(1)読解力について

今回は、教研式読書力検査の下位検査である「読解」を用いた。この下位検査は、「主題」「文脈」「要点」の3つの領域からなる。

この読解力は、主題が8点、文脈が8点、要点が8点、計24点である。表5に読解力検査の結果を学年別に示す。合計点からみると本検査(中学校用)の65%は達成している。表5に示されるように、1年が15.7、2年が15.8、3年が15.1で学年間に有意差が見られなかった。従って、読解力については学年差が見られない。

次に、各々の学年において「主題」「文脈」「要点」「読解力(3つの全体得点)」の相対的関係を見てみる。表6にその結果を示す。主題と文脈の関係では、1年生に相関が認められた。3年生において主題と要点、文脈と要点との間の関係は認められない。主題と全体、文脈と全体においては、各学年とも高い相関が認められる。要点と全体では、1・2年生に相関が認められた。この結果に示されるように、3年生において「要点」が「主題」「文脈」とは独立した側面をもっていることが推察される。

表5 読解力の学年別結果

  1年 2年 3年
主題 4.5 4.6 4.5
  (2.13) (2.13) (1.98)
文脈 4.8 4.9 4.4
  (1.91) (1.95) (1.51)
要点 6.4 6.3 6.2
  (2.05) (1.88) (1.08)
全体得点 15.7 15.8 15.1
(読解力) (5.27) (5.05) (4.19)

表6 「主題」「文脈」「要点」の相対的関係

  1年 2年 去年
主題×文脈 0.632 0.414 0.397
主題×要点 0.416 0.579 0.199
主賓×全体 0.878 0.859 0.819
文脈×要点 0.416 0.339 0.179
文脈×全体 0.825 0.740 0.705
要点×全体 0.762 0.777 0.582

表7 社会科基礎語彙調査の学年別結果

  1年(N=30) 2年(N=30) 3年(N=28)
70.
地域
5.6(1.85) 5.9(1.41) 6.3(1.09)
71.
集団
5.1(2.90) 5.7(1.98) 6.4(4.81)
72.
施設
7.1(2.07) 7.3(1.78) 7.8(1.66)
73.
統治
5.3(2.65) 5.7(2.04) 6.2(1.95)
74.
取引
4.6(2.18) 5.3(1.94) 5.5(2.15)
75.
報道
5.4(1.92) 6.2(1.91) 6.7(1.70)
76.
習俗
5.8(2.01) 6.6(1.79) 6.3(1.55)
77.
処世
6.0(2.66) 6.9(2.13) 7.7(1.25)
78.
社交
4.4(2.36) 5.1(1.97) 5.8(1.44)
79.
人倫
4.8(2.58) 5.6(1.59) 6.7(1.44)
全体 54.1(21.42) 60.0(17.98) 65.5(16.85)

(ここまで−43−ページ)

(2)社会科基礎語彙力について

(i)全体得点における学年変化

社会科基礎語彙力調査は、100点満点であり、全体の平均正答率は59.3%であった。この値から見れば、天井効果を示しておらず、ほぼ妥当な問題であるといえよう。表7に、学年別に平均正答率を示している。各学年とも標準偏差が大きく、個人差の大きいことを示している。学年間の差を検定したところ、1年と3年との間に有意善が見られた。1年と3年とでは、学習経験年数に差がみられることから、一応、学習効果が認められると言えよう。

(A)ジャンル別の比較

今回の基礎語彙力調査は、10の領域から、各々10個ずつランダムに選んで作成した。表7はジャンル別にも平均正答数を示している。

1年と3年で正答数に約10点の差がみられる。表7に示されるように各々の語句の領域でほぼ0.7〜1.0位の得点差がみられたことからもこのことがうかがえる。学年と領域の相互関係をみた場合、極端な差はみられず、すべての領域で3年が1年を上回っていた。1年では、「社交・人倫・取引」といった領域の語彙は、他の領域よりも得点が低い傾向にある。

(B)社会科基礎語彙力と読解力との関係

読解力は「読書力」の一部であり、「語彙力」も読書力の一部である。従って、読書力が高ければ、そこに含まれる「読解力」「語彙力」も高いことが予想される。今回扱った「語彙力」は、一般的な語彙力というよりも「社会科」に関するものをとりあげてみたので、社会科基礎語彙力と読解力がどのような関係にあるのかを検討してみた。その結果を表8に示す。1年生においては、基礎語彙と主題、基礎語彙と読解(全体)、2年生においては、基礎語彙と読解(全体)との間に相関がみられた。3年生においては基礎語彙と主題との間に相関がみられた。3年生において基辞語彙と文脈・要点との関係は、他の学年に比べて低かった。

表8 基礎語彙力と読解力との関係

  1年基礎語彙 2年基礎語彙 3年基礎語彙
主題 0.821 0.602 0.707
文脈 0.586 0.554 0.169
要点 0.657 0.630 0.380
読解 0.842 0.747 0.633

(C)科目と読解力と基礎語彙力との関係

ここでは、各科目と読解(主題、文脈、要点)の各下位検査の得点及び読解力(全体得点)と社会科基礎語彙力との相関関係を検討する。その結果を表9に示す。「現代社会」では、「主題」「読解」「基礎語彙」との間に相関がみられた。「地理」および「世界史2年」では、顕著な関係は認められなかった。3年においては、「日本史」「世界史」ともに顕著な関係は認められなかった。「世界史3年」「日本史」において、「文脈」との間に負の相関が見られるのが目立つ。

表9 相関係数表

  現代社会 地理 世界史 日本史 世界史
  (1年) (2年) (3年) (3年) (2年)
主題 0.775 0.190 0.410 0.421 0.482
文脈 0.400 0.189 0.518 -0.052 -0.211
要点 0.660 0.323 0.437 0.159 0.182
読解 0.782 0.286 0.570 0.288 0.345
語彙 0.902 0.479 0.597 0.532 0.612

W 考察

今回の調査のねらいは、社会科アチーブに及ぼす諸要因を検討するための第一段階として、語彙力 読解力の影響をみることにあった。今回得られた結果からみると、1年生の現代社会と他の科目とに若干の異なる面がみられた。すなわち、現代社会においては、読解力とは0.782、基礎語彙力とは0.902の相関がみられ、言語的要因が関与していることを示している。「現代社会」は内容が大変広いため、雑学的な基礎知識、内容・トピックを読み取る力、語彙を操る言語的なセンスがかなり必要なために、基礎語彙力との関係も高いと考えられる。

それに対して、「日本史」「世界史」は、限定された範囲で、学習の積み上げが可能なものであり、「語彙」「主題」の得点が低くても、日々努力することにより、知識を着実に積み上げていけば、かなりの水準まで学習が達成できるものと考えられる。

「地理」は、「主題」「文脈」との相関が低く、生徒の学習方法は比較的丸暗記型であり、個人の興味・関心に大きく左右されるものと考えられる。このように、科目の性質によって言語的要因の関与度が異なることが示された。

今回、対象となった1年生と3年生とでは、読解力に(ここまで−44−ページ)差がみられなかった。社会科基礎語彙力は、学年が上昇するにつれて成績が伸びるのに対して、読解力は、必ずしも併行していなかった。前者は、学習すれば、身につくものなのかどうか、後者は、学習しても習得が困難かどうかは検討を要するところである。特に、後者に関しては、高等部の生徒に、中学校の読書力検査を用いることが、彼らが本来持っている読書力の上限を測定しえない面をもっているとも考えられるために更に一層の検討の余地があろう。

「現代社会」は、政治・経済・社会が含まれ、日常生活との関係が深い。そのため、一般的な知識や社会の動きに関心を持たせるために、新聞の切り抜き等をよく利用している。「現代社会」という科目の性質とともに、1年と3年という発達差も考慮する必要があろう。高1段階では、教科学習に言語的要因が比較的関与してるかもしれないが、2年、3年と進級し、高校生として学習していくにつれ、「経験学習的要因」の比重がより大きく関与していることが予想される。従って、生徒には社会科を少しでも好きにさせ、「努力していけば分かる」ということを訴えながら授業を展開していくことが肝要だと考えられる。3年次においては、「世界史」「日本史」を平行して進めているので、「時代性」を関連ずけながら指導するように心がけている。

今回得られた結果は、対象が附属校のみであり、一般化するのは難しい面があるが、ここで得られた結果をもとに、学年が進むにつれ、学習の発達にひずみが生じる生徒に対して、どのように指導するかを考えていきたい。特に、学習を支える言語能力の要因から離れていく時期に、いかに教科の独自性を保ちながら、よりよい指導はどのようなものかを検討していきたいと考えている。

(−45−で終り)


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