▼Driven act.2

「あ……あっ、どうして……そこばっか舐めるの」

 俺が葛城を抱く時は、いつも決まって、キレイなバストの間の醜い傷跡に舌を這わせる。

「ココに触れてる時だけ、ホントの葛城に出会える気がする」
「なにそれ……んっ」

 彼女ほどスタイルが良いオンナは、他に知らない。
 背が高く、腰が細く、胸がデカイ。
 それだけじゃない。感度も良かったし、声も良かったし、肌も滑らかだった。

「全部知りたいのさ。性分なんでね」

 ろくに大学にも行かず、あやしいバイトに精を出している事は始めの頃に話していた。
 だから、葛城の事も知りたいのだ、と言ったがなかなか上手く行かない。
 その辛い記憶を閉じ込めて、敢えて前向きに明るく振る舞う事で、彼女は自分自身を守っていたんだと思う。

「忘れさせてよ、そんな……哀しい事」
「悲しいのかい?」

 完璧なスタイルの身体の真ん中に、消えない傷跡。葛城は、例え水着になるとしても、ビキニは着れなかっただろうな。
 あんな豊かな胸には、どんな男だって目を惹かれる。
 けれどその間に、大きく爛れた傷跡。
 白く張り詰めた肌の真ん中だから、余計に目立つ。

「ああっ……加持君、もう」
「いや、ダメだ。まだだ」

 傷跡の肌は過敏だ。
 火傷の痕のように醜く爛れた肌。
 赤黒く盛り上がる傷跡を、縫い合わせた糸の痕が縁取る。
 彼女の身体の中心にある、その裂け目。
 初めて触れた時から、俺はその傷跡の縫い目の一つ一つを舐めるのが習慣になっていた。
 一つ二つと辿って行って、全部で三十針。
 鳩尾を三十針も縫う怪我がどれ程のものか。

「くすぐったいのよ、そこ」
「だから良いんだろ?」
「ちがっ……あっ」

 傷跡を舐めれば舐める程、葛城の肌は張り詰め、粟立ち、紅潮し、乳首は尖り、息は乱れる。

「弱点だよ、ココが」
「そっ、そうよ……だから……ああっ」

 傷跡を執拗に舐めながら、手に余る胸を両手で握る。
 優しく揉んだんじゃあ満足しない。
 痕が付く位に指に力を込める。
 その手を押し返すような弾力を楽しむ。

「いやっ」

 切り裂かれた傷跡に、歯先で触れる。
 冷たい感触に葛城の身体が硬直する。

「もう許して。普通に、抱いて」
「全部話しちまえよ。楽になる」

 胸を揉みし抱いていた掌を汗の上に滑らせて、細い首筋を掴む。
 葛城の鼓動が伝わってくる。
 耳の下から撫で上げて、頬を両手で挟む。
 瞳を覗き込んで、唇を合わせた。
 キスに関しては、彼女は何時でも積極的だった。
 絡め合う舌、弄り合う口腔の熱さ。
 吐息すら逃さない。互いの吐息を呼吸して、体温すら溶け合う。

「何でそんな事聞きたがるのよ」
「言ったろ、性分なんだよ」

 ピロートークにしちゃあ色気が無い。
 けれど、俺達二人にとっては、辛い記憶は避けて通れない過去だった。

 先に俺から話した。
 葛城と二人なら分かり合えるかも知れないと、淡い期待を抱いたから。


 家が潰れ、親が死に、逃げ出した子供達だけで日々を生きる為に盗みを繰り返す毎日。
 誰も何も、信用出来なかった。
 浮浪少年なんぞ珍しく無いご時世だった。
 少ない、そして貴重な財産を守り抜いた大人達からしてみれば、死んじまった方が有り難いような厄介な浮浪児どもの集団さ。

 何度か、孤児の世話をすると謳う施設に放り込まれた。
 中身は少年院か刑務所の方がまだマシだと思えるような惨状。
 八人部屋に十二人が押し込められて、毎晩ベッドの取り合い。
 食事に関しても同じで、腕っ節の強い奴から食べ始める。
 風呂は良くて、週に二回。温かいシャワーなんて出やしねえ。垢が浮いたぬるい風呂桶で汗を流す。まるで猿山だったな。
 親が生きてる子供達とは、学校の教室すら別。ボロ切れみたいな服しか着れないから、孤児院の子供は一目で分かる。
 そんな生活を送るくらいなら、世の中の底辺で泥水啜って生きてたって同じ事だ。

 散り散りに逃げて、また集まる。
 とっ捕まって放り込まれ、また逃げる。
 そんな事を繰り返すうちに、メンバーが固定されて行った。
 俺と俺の弟と、まだ世の中がマトモだった頃の同級生と、施設で出会って気が合った連中。
 合い言葉を決め、アヂトを定め、気分はちょっとしたギャング。
 大人は誰も信用しないで、自分達の生活は自分達で守る。
 食べる為に盗む。生きる為に傷つけ、奪い、また傷つける。

 けれど、仲間内では絶対に揉め事はしない。
 誰かが裏切れば、全員の身が危なくなる。
 運命共同体――亡くした家族や壊れちまった社会との繋がりを、そうやって、不法集団の中では維持しようと思っていたのかも知れない。
 何があっても揺るがす事の出来無い『鉄の掟』があった。
 逃げ遅れても、仲間の為なら、仲間を生き残らせる為なら、喜んで犠牲になるという誓い。
 粋がったガキの戯れ事に聞こえるだろうが、その頃は、そうしなければ生きていけなかったんだ。

 一人減り、二人減り、最後に俺を含めて五人が残った。
 段々と、ただ食べる為だけに盗むんじゃ足らなくなってきた。
 盗品を売買するひどく原始的な市場が出来ていた。ルートに繋がって、自分達が盗んだ物と、自分達では盗めないものを交換して生き延びる。
 その市場で一番高く捌けたのが、武器と軍用レーションだった。
 軍用のレーションは栄養価が高く、保存性が良く、まとまった数が有り……そして、入手が難しい。

 軍隊はあの時代、唯一残った公権力機関だ。
 だが軍隊は軍隊で、自分達の組織が生き残るために必死さ。
 市民の身を守るための軍隊なんて建て前はとっくに崩壊している。何より俺達は不法集団だ。端から『市民』の頭数に含まれていないのさ。
 そいつらが糧食の備蓄庫に忍び込むなんて、自殺行為も良いところだ。警告無しで撃ち殺されても文句は言えない。

 けれど俺達は、そんな軍の倉庫から物を盗んでくるプロ集団になっていた。
 交換レートの高いレーションのおかげで、盗品市場ではあらゆるモノが手に入った。
 住み心地の良い根城を定め、毎日腹一杯食べ、着る物を選び、オンナだって買った。
 いや、買うまでも無かった。俺達にぶら下がって居れば喰いっぱぐれが無いと分かると、選ぶのも手間なぐらい、家も家族も無くした少女達が群がって来た。
 オンナと食べ物、だけじゃない。拳銃、ナイフ、バイクにガソリン。憂さを晴らす為、そしてオンナを楽しむ為のクスリ。
 どれも禁制品だが、俺達の周りにはいつでもそういうモノが溢れていた。性質の悪い少年ギャング団の出来上がりさ。

 軍から物を盗む事が当たり前になり、何時しか油断していた。
 五人全員で忍び込み、全員で見つかり、俺が捕まった。
 他の四人を逃がす為に、当たりもしない拳銃を振り回して時間稼ぎをしたんだ。
 派手な撃ち合い……見た目だけはな。
 実際は一方的な立ち回りだ。
 こっちはガタが来た拳銃が一丁。
 向こうは手入れの行き届いたサブマシンガンにアサルトライフル。訓練され連携の行き届いたチームプレー。
 初めから、殺すつもりで撃っちゃこない。
 他のメンツが逃げおうせたのを見て、残った俺は殺さず捕まえるつもりで弾切れを狙われた。

 捕まった後は、地獄だった。
 銃撃戦で即座に撃ち殺されれば苦しまないですんだ。
 だが、俺達みたいな浮浪児の窃盗団に、軍隊でも手を焼いていたんだろう。
 ホンモノの拷問って奴にお目にかかった。
 殴る、蹴る、吊るして鞭打ち、口の中にガラスを突っ込んでビンタなんざ序の口。
 髪の毛を焼かれ、顎を外され、爪を剥がされ、輪姦された。
 ゴリラみたいな大男の兵隊が、俺の身体を楽しんだ。
 殺してくれと泣いて頼んだが、死ぬような事は絶対にしない。
 三日三晩、陵辱の限りを尽くされて、俺は吐いた。
 仲間達がアヂトを引き払っている事を願いながら。


 そのまま殺されると思ってたんだが、何故か解放された。
 引き裂かれたボロボロの服と身体を引きずるように、アヂトヘと帰った。
 もう誰も居ないことを願って開いた扉の向こうは、血の海。
 俺が帰って来るかも知れないと待っていたのが仇になった。
 無数の弾痕が残され血に塗れた床の上に、仲間の死体がゴミのように捨てられていた。
 仲間だけじゃない。俺達が居なければ餓えるだけの少女達や、他の窃盗団の連中も交じってた。
 もしかしたら、捕まったままの俺を取り戻す為に、新たな襲撃の準備していたのかもしれない。

 俺が口を割るとは思って居なかったんだろう。
 生きている限り、見捨てる事は出来無い。
 それも『鉄の掟』の一つだ。
 掟に従った仲間を売って、掟を破った俺だけが取り残された。


「今の、幸せなこの瞬間ですら、自分に生きてる価値があるかどうか自信が無い」

 色気の無いピロートークを、何故か葛城はいつまでも聞きたがった。
 ゴムを付けると文句を言われたな。
 コンマ数ミリの距離でさえ、切ない程に遠く感じると言う。
 葛城の身体の中はいつも、熱かった。
 その熱さは何故か、殴られた痛みに似ている。
 だからもっと、求めた。
 一番奥底まで抉り込む。そうする事で忘れたかった。
 これまでの事を、自分自身の人生を。

「ああっ…そこっ……いいっ、すごくっ」

 繋がったまま、彼女の肌に傷を付ける。
 歯形が残るぐらいに噛む。
 痕が付くぐらいに握る。
 痛みに反応して熱さを増す肌、浮かぶ汗。

「熱い……熱いぜ」

 常夏の続く季節の壊れた国。クーラーは高すぎて、下宿には無い。けれど二人で、汗に塗れるように肌を合わせ続けた。

「もっと、キツクしてっ」

 イキそうな波が来ると、葛城は涙声でそうせがむ。
 燃える肌を打ち合わせる。
 彼女の白い肌が、桜色に上気する。
 紅い傷跡が深みを増し、今にも血を流さんばかりに染まる。

「葛城っ……」
「来てっ、来てっ……中にっ!!」

 気が付けば、俺は彼女の傷跡と、胸の間に縋り付いたまま、泣いていた。
 自分の事をあんなふうに誰かに喋ったのは、後にも先にも葛城にだけだ。
 けれど、喋った事で救われた気がした。
 何度も思った事を、口に出してみた。
 俺みたいな屑は、死んだ方がマシなんだ、ってね。
 そう言って泣く俺を、葛城は抱き締めてくれた。

「もし死んでたら、私、加持君には会えなかったわ」

 果てる瞬間はいつも、溢れる涙と共にやってくる。
 許される筈も無いという想い。
 忘れたいと願う想い。
 そして、それを誰かに許して欲しいと渇望する心と、誰かに罰して欲しいと責める想いとが。
 彼女の中に弾けて消えていく。
 快楽に痺れて溺れる一瞬だけが、安息の時。
 そんな関係が深まって、彼女もようやく、昔の話をするようになった。

 ――セカンドインパクトの真実――。

 神の残した奇蹟。
 それを手に入れようとした愚かな人間。
 光の巨人が引き起こした、カタストロフ。
 嫌いだった父親に助けられた事、言葉を失って三年も茫然自失のまま過ごした事、気が付けば、身内は誰も残っていなかった事。

 そんな過去を抱えて、どうして明るく振る舞えるのかと俺が聞けば、もう十分に落ち込んだから、忘れる事にした、と。
 それから一週間、狂ったように互いの身体を求めた。
 狭いアパートから一歩も外に出ないで、風呂とトイレ以外は敷きっ放しの布団の上。
 いい加減なインスタント食品で腹を満たすのも布団の上。
 疲れて眠るのも布団の上。
 服を着るのも面倒だった。
 ずっと葛城を抱いていた。
 何回したかなんて、お互い覚えちゃいない。
 同時に果てるタイミングを覚えた。
 頭の芯が痺れる程のエクスタシーを知った。
 互いの身体を貪った。
 取り残された同志、ただただ、不安だった。

 そして、嬉しかった。

Web版描き下ろし挿し絵 その3 ミサト

 葛城とリッちゃんが、学内のネットワークを荒らし回るハッカーだと気付いた時には、俺はもう元の俺じゃなくなっていた。
 むしろ、他のクラッカー連中とは縁を切って、二人と行動を共にする事を選んだ。
 バイトを辞めて、普通に大学に通う事にしたよ。
 目標が出来たんでね……いつか、謎の核心に、自分なりに近づこうと。
 半端な情報屋稼業からは足を洗った。アマチュアで情報屋なんか続けていても、『そこ』には絶対に辿り着けない。
 葛城も国連職員になる事を目標にしていた。
 何時の日か『アレ』が何だったのか知りたいのだと言っていた。


 けれど葛城とは、長続きしなかった。
 多分、刺激がね、強すぎたんだ。
 彼女の身体は良かったよ。今でもそう思う。
 けれど、俺達は二人一緒にいると、ヤバイんだ。
 お互いに溺れちまう。
 だから、離れた。

 ゲヒルンがNERVに改組され、俺達は新生NERVの新卒採用一期生になった。
 院試に受かってたリッちゃんも一緒にNERVを選んだ。
 葛城と俺は、同じ職場に居た期間はほとんど無い。
 研修や訓練ぐらいかな?
 俺がアメリカ支部で仕事する事になれば、彼女はドイツ支部への転属願いを出した。
 彼女が本部勤務に戻る事が決まると、俺はドイツへ。

 使徒が来るようになってからだな、本部で顔を合わせるようになったのは。
 腐れ縁だ。そうして顔を合わせちまえば、何時の間にか元の関係に戻っちまう。
 葛城の肌に違和感を感じたのは、何時の事だったろうな。
 思えばそれも、お肌の曲がり角、なんて言うやつなのかもしれない。
 鋭くて、滑らかに張り詰めていたそれが、触れると吸い付くような柔らかさを持つようになった事に気付いた時、俺の胸の内に去来したのは多分、潮時って言葉だ。
 楽しませてもらったんだよ、実際。
 ドイツでの、アスカ担当の引き継ぎ以来三年ぶりに出会って、始めは懐かしさも有って、やっぱり楽しんだ。

 けど、気付いちまったんだな。
 歳を考えれば、いいカラダさ。
 いまだに線は崩れていない。
 胸も有るし、ウェストも細いまま。
 長い髪も、長い手足も、どれも隅々まで知り尽くした安心感に満ちてる。
 だからやっぱり、潮時なんだろう。
 もうこの先は葛城一人でいいじゃないかって、俺の中の誰かが囁いた。
 もう心配をかけるのは止めろ、って。
 あいつが生活力の無いオンナだって事は知っている。
 幸い家事一般、得意と言うほどの事は無いが、苦も無くこなせる。二人分の収入なら、今よりずっと広いフラット借りて、車を買い換えても、残業手当をアテにしなくていい。
 そしたら気楽なツトメに戻れるじゃないか、ってな事をな。

 だけど、残念な事に俺は俺一人じゃ無い。
『落ち着こうぜ、お前もいい年だ』と囁く俺。
『なに言ってんだ、チャンスは全部大事にしろ』と囁く俺。
 どっちも俺だ。踏ん切りは付かないね。
 これで最後とココロに決めたデカイ山がすぐ先に控えていやがった。
 乗り切ったらまた考えるさ、とその件は頭の隅に追いやって、考えない事にしたんだ。

 けど、残っていたんだろうなあ、どっかにさ。
 俺は往生際の悪い男なんだ。


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制作・著作 「よごれに」けんけんZ

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