▼Deprave act.1 |
そんなある日、街で、職場で見知った女の子を見掛けたんだ。 制服のまま、買い物帰りのでかい紙袋を抱えて、なんて言うかこう『ヨチヨチ』歩いてたんだな。 きつめのウェストを選んでるのか、それともお尻が大きいのか。多分両方だな。 色気の無い制服なんだが、後ろ姿がそそった。 膝から上が、なんとも言えずにイイんだ。 アンタも男だったら分かるだろ? たまに居るんだ、ああいうケツ。 横幅は、まぁたいしたこたぁ無い。丸みの頂点が高い所に有って、足との付け根がくっきりしてるタイプが好みさ。 好みのケツ、そのモノじゃねえかと気付いちまったんだ。 俺は乗ってた車を歩道に寄せて、ウィンドを開けた。 「今お帰りかい? なんなら送るよ」 その時点で下心があっただろって? 馬鹿言うなよ。 それが不思議とそうでもなかったんだ。時々声掛けて、初心な反応を面白がったりした事は有ったけどな。 それまでは正直、そういう対象と思って見た事が無かったんだ。 ところが、その日はやけに素直に乗ってきた。 「助かります、買い過ぎちゃって」 買い置きのつもりか、醤油かみりんの一升瓶が見えた。缶詰やらパスタやら、確かに重そうなモノばかり詰まった紙袋だった。 「ふーん、料理するんだ。いいね、いっぺん食べてみたい」 「時間が有る時だけです……お休みとか」 「大したもんだ。俺なんか休みたい時ほど手を抜いちまうね」 「加持さんも、自炊なさるんですか?」 「自炊どころじゃない、野菜だって自分で作るよ」 別に笑い話をサービスするつもりはなかった。 単に、車を走らせるだけの単調な時間を持たせるための会話だった。 「どんなモノです?」 だから、ノって来たのは向こうだ。 俺はホント、何もしないで家まで送れば良いと思ってた。 そりゃもちろん、ちょっと上がってお茶でもなんて、狭い家だけど奇麗にしてるねなんて、やっぱり家庭的なんだね、一回マヤちゃんの料理を食べてみたくなったよなんて、ちらっとも思わなかったなんて言ったら嘘になるがな。 けど……そうさな、期待なんかしてなかった。 「今の時期なら……そうだな、トマトとキュウリなら今日にでも。明後日ならナスもいけるか」 「夏野菜なんですね、やっぱり」 「スイカも有るよ。こーんなでっかいヤツ。もうちょっと待たないと甘くならないと思って、畑で太らせてる」 「どこで作ってらっしゃるんです?」 「見たい?」 な? 俺は誘う気なんて無かった。 そうでなくても、この子にはこわいこわい上司のお姉さんが居て、つまみ食いはちょっと勇気の要る決断だ。 しかも、本人が潔癖症ときてる。 「そういうお付き合いは結婚したい人とします」ってなタイプ。 今時めずらしいだろ?……だから余計「ちょっとつまみ食い」をなんて事を思わせるってのは、まあ否定しないが。 「ここが俺の庭。みんなにはナイショにしといてくれよ」 「へえ……やっぱりスーパーで見るのとはツヤが違いますね」 |
トマトは俺の自信作だった。 一番熟れたあたりを4つ5つもいで持たせてやったね。 「甘いからね、生でも旨いが煮ても旨いよ」 「トマトを? 煮るんですか?」 「パスタソースにね。逆に酸味が足らないかもな。そんな時はレモンをちょっと絞ると良い」 女の子を退屈させない会話も男のたしなみだろう。魂胆が有ったわけじゃ無い。 ところが「おいしそうですね」と来たもんだ。向こうがワンステップ用意してるようなもんだった。 乗らないって手は無いだろう? と言うか、そこで食いつかなきゃ男として失礼だってのが俺の考え方だ。 「作ってみる?」 「今日ですか?」 「どうせ家に帰ったら晩飯の時間だろ」 乗りかかった船には押しの一手だ。 その時はもうだいぶその気になってた。 「え、ええ。そうですけど……その」 「独り暮らしに男が訪ねちゃマズイ?」 「それに、葛城さんが」 「……ばれたら恐い?」 「ええ、そうです」 自分がどうかなっちまうなんて、思っても居ないんだろうね。 油断されると付け込みたくなる、こういう場合。 「なんで葛城が恐いの。俺は葛城の彼氏じゃないぜ」 「でも、付き合ってらしたんでしょう」 「昔の話さ」 これは今思えば逆効果だったかな。 彼女は「ちゃんと決まった相手が居る男」だから安心するってタイプだ。 これじゃあどこから見ても送り狼そのものになっちまう。 「なら尚更、遠慮しておきます」 「カタイねえ。カタイカタイ」 「そうですか?」 「う〜ん、逆に言えば、マヤちゃんはちょっとエッチに想像力が働き過ぎるんだろうな」 「ど、どうしてですか」 怒ったような焦ったような、赤いほっぺが可愛かったね。見せてやりたいよ。 「男が部屋に上がって来ちゃマズイ。そのマズイ内容が思い浮かぶからこそ、警戒するんだろ?」 「ちちっ違いますっ」 おやおや、怒らせちまったみたいだ。 ちょっとむくれて向こうを向いた。 そんな横顔や、うなじがそそるんだよ、男ってのはさ。 「あれ? 怒ったの」 「怒ってないです」 「怒ってるじゃない。声がさ」 「怒ってないですってば」 カワイイね。たまらんのよ、マジで。 ここらで本気で『落とし』たくなったんだな。 「お詫びに作るよ。今日の夕飯」 「結構です」 「心配なら窓開けといてさ、指一本でも触れば大声出せば良い」 「そ……そこまで心配してません」 「じゃあ何が不安なの」 「……多分、葛城さんはまだ加持さんの事が好きなんですよ」 「だから、そんなそぶりを見せたら葛城が焦るだろうって?」 「ええ、迷惑掛けると思いました」 「ふ〜ん……なら逆に焦って欲しいぐらいなんだがなあ」 「でも先程、昔の話だって」 「もちろん昔の話さ、付き合ってたのはね。どっちから何言って別れちまったのかな……もう七年……いや、八年になるのか」 「そういう大事な事は言わないんですか?」 「言わないって?」 「その、私みたいな、どうでも良い女の子には平気で声掛けてるじゃ無いですか」 「言った方が良いと思う?」 「もちろんですよ。だって葛城さんだって……いえ、言い過ぎました」 「もう三十目前だもんなあ。周りが心配しちゃうよな」 「そこまで言ってません!」 「ま、そういうことならいいじゃん。今日はバジルとトマトのパスタソースの作り方を教えてあげるよ。けど、ただそれだけだ」 「本当ですかぁ?」 「信用が無いなあ」 「いつも軽い感じだからですよ」 「軽い男は信用出来ない?」 「もちろんです」 「キビシイねえ」 他愛も無い会話だった。 今思えば、えらく楽しかったような気がするけどな。 |
NERVってやつもあれだ、結局公務員なんだよ。 まあ、アンタにはこんな事言うまでもないか。 けどね、年が若かったり、手当ての付かない仕事なんかしてると、ホントにつつしまやかな生活しか出来ない。 狭いフラットだったね……おっと、フラットなんて言葉が似合う場所を想像してもらっちゃ困るな。 むしろアパートだね、ありゃ。 「お邪魔します、と。やっぱり緊張するね」 「スリッパどうぞ。こんなのしかありませんけど」 中はやっぱり奇麗だったよ。 小さな花瓶に花が生けてあったり、写真立てに実家で飼ってたとかいう犬の写真が飾ってあったりね。 小物を自分で作るんだなあ。トイレの便座のカバーとスリッパとペーパーホルダーのカバーがおそろいなんだぜ。 葛城に十分の一でもあんな性格が有ればねえ。 料理の方だけど、狭いキッチンだが使いやすかった。 火力も十分だし、調理器具が一通り揃ってて調味料も整理されてたのが大きいな。 基本的によその台所ってのは使いにくいもんなんだけど、そこは、彼女がずっと隣りに居たからね。 おかげで旨く出来たよ。パスタさ。 手慣れたもんだ、家に着いてから30分かかってなかっただろ。 「生のトマトからでもこんなに簡単に出来るんですね」 「しかも缶詰より旨い。言うこと無しだね」 「でも、完熟でないと」 「まあ、そうだな。いつでもおいでよ、トマトなんて売るほど出来るからさ」 この時点でどうだったんだって? 頭の中はフル回転さ。この子をどうしてやろうかってね。 一つは、これを足がかりに何度も訪ねて、少しづつ距離を縮めてなんて悠長な事は出来ないってのがネックだと思ったんだな。 なにせ、生きて帰れるかどうか分からん。少々焦ってた。 もう一つ、部屋は安普請だ。 しかも、多分両隣とも住んでるのはNERVの関係者だろう。 この子が安心して住んでるんだから、仲の良い女の子なんかが住んでるんじゃないかな。 ……とすれば、だ、ちょっとでも声が出ちゃマズイ。 乱暴にコトを運ぶのは無理だと思ったね。 って言うかさ、ガラじゃないんだよ、ゴーカンなんてな。 それに、万一向こうが処女だったらどうする? 一生後悔しなきゃいけない。 無理矢理なんてね、そりゃ無理だと思うのよ。 俺の性格から考えて。 だから俺は、食べ終わって彼女が流しに立ったあたりを見計らって、懐から取り出したね。 ……スタンガンをさ。 |
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