▼Dilemma act.3 |
「大丈夫かい?」 ぼんやりと虚空を見詰める瞳が何も映していないように思えて、細い肩を揺すりながら声を掛ける。 「……大丈夫じゃ、無いです」 大きく溜め息を吐きながら寝返りを打った。 柔らかな枕に顔を埋めて身体を縮める。 「どうした?」 返事が無いので、仕方なく蹴り剥した掛布を引き寄せて、寄り添うように身を横たえる。 じっと息を殺しているような背中や頭を、ゆっくりと擦る。 どうやら、少々やりすぎたようだ。 「意地悪」 ボソッと呟くぶっきらぼうさが、気に入った。 先程まで、弄ばれて艶声を上げていたのと同じ口から、そんな言葉が出てくるのが可笑しい。 「拗ねてるのかい?」 「だって……っ!」 酷いじゃないですか、と続くのは予想出来たから、振り返った彼の唇を無理矢理塞いだ。 片腕を細い腰に回し、もう一方の手で足の付け根を後ろから撫で上げる。 汗の浮いた肌が、粟立つ。 こじ入れた舌を噛まれるかと思ったが、案外素直に応じてくれた。 「どうしてそんなに怒るんだい?」 口を離して耳元に寄せ、囁く。 「酷いですよ……あんな……あんな風に」 「何度も気持ち良かったんじゃないかい?」 「違っ」 抱きすくめた腕を振り解かれそうになったから、一層きつく抱きしめた。 「やり過ぎたんなら謝る。けど、悪いとは思ってないよ」 「でも、優しくって」 「ああ、けどあんまり声が可愛かったからね」 そうして言葉を交わす間も、執拗に尻の丸みを手の平で揉み解す。 徐々に足が絡んでくる。 「虐められたい訳じゃ……」 「でも、俺はそれが好きなんだよ」 「え?」 「もっと激しいプレイが好さ……言葉なんて信じちゃいない。だから身体だけで良い。冷静さには嘘が交じる。理性が消し飛ぶようなのじゃなきゃ意味が無い」 |
ぐっと力を込めて、彼の肉を掴んだ。 ビクッと腰が震えて、触れ合ったモノ同士が熱さを伝え合う。 「そんな所、触らないで……」 「触らなきゃ先へ進めないよ……俺にも、忘れさせてくれ」 激しいプレイが好きだ。 身体だけ、野性だけが存在するようなセックスが好みだ。 悦楽の高みまで共に昇りつめ、気だるさの底で迎える束の間を愛おしむ。そんな夜が、全てを失った俺を埋めていく。 「あ……熱い……熱いです」 再び昂ぶる彼のモノに、寄り添うように自分のモノを押しつける。 「ああ。許してくれとは言わない。全てを奪いたい」 身体の後ろまで手を伸ばし、丸みの中心に隠れた固い蕾に指を這わせる。 むしろ、彼を悦しませる行為より、自分が貪る事の方が慣れている。 身体の後ろは、男も女も関係無い。 「うっ……あっ」 「力を抜いて。怖がるなよ」 「でもっ」 腕を回し、仰向けになって身体を重ねる。 腹の上で二つのモノが押しつけ合う。 片膝を曲げさせて、反射的に閉じようとする脚を絡めて動きを止める。 「こっちの方が慣れてる。任せてくれれば君も楽しめる」 ベッドサイドへと手を伸ばせば、使い慣れた小道具が並ぶ。 女性の身体を余す事無く味わう為に用意したそれらを、こうして使う事は予期していなかったが。 「冷たい……」 「すぐ温まるよ」 濡れない身体にローションを滴らせる。 花弁の中心を侵す事はしないで、周囲から順に指先で解していく。 本来、男を受け入れるように出来ていないそれは、脆いように思われる女性の身体より更に繊細で壊れ易い。 「ふっ…んっ……はっ」 上に抱えた身体の息遣いが、良く分かる。 そして、彼の身体が十分に敏感な事も。 自分だけでなく、相手も楽しませる事が出来れば最高だ。 「あぁっ…何か…変です」 「何故?」 「だって」 そこに性感が有る事に戸惑う声。 人の身体は何故かそのように出来ている。 「おかしくは無いさ。素直に感じれば良い」 滑らかな雫が、徐々に肌に馴染んでいく。 艶やかな肌が潤い、柔らかさを増す。 花弁を模る襞の一つ一つを、数えるようにじっくりと開いていく。 「あっ…あっ…んぁっ」 息遣いに合わせるように、背中を撫で上げる。 目の前の小さな耳朶を口に含む。 首に巻き付いた腕が、切なげに力を増していく。 「加持さん……もう」 指先を三本揃えて、円を描くように揉みしだく。 そして徐々に、中心に滑らかさを集めていく。 一旦指を止め、再び滴を垂らして濡らす。 「息を吸って、止めて」 耳元で囁けば、言われた通り素直に応じた。 「ゆっくり長く吐く」 「はぁ……ああっ」 身体の中を侵蝕される、初めての感触に戸惑う声。 だが、まだたった一本しか指を差し入れていないのに、固く強張るようでは怪我をしかねない。 「しばらくじっとしてるから。慣れるよ」 「慣れるんですか?」 「ああ。ヒトの身体は不思議だよ」 言った通り、しばらくは差し入れた指の動きを止める。 すると徐々に力が抜けてくるのが分かる。 血が止まりそうな圧力が、ゆっくりと引いていく。 「そうだ。怖がらなければ大丈夫」 空いた手で髪を撫で、唇を重ねながら待った。 そしてゆっくりと、周囲に向かって押し広げるように、指を動かす。 「うっ……あっ……くっ」 深く差し入れた指を少しづつ出し入れしつつ、更に濡らす。 中まで十分に濡れて滑らなければ、無理が効かない。 「力を抜いて」 指が届く範囲を十分に馴らした事を確かめて、ゆっくりと引き抜く。 だが完全には引き抜かない。関節一つ残した所で、もう一本指を添えた。 「もう一度息を吐け」 「はあっ……ああっ」 指二本が収まると、いくら力を抜こうとしても、さすがにキツイ。 「あっ…あうっ」 呼吸につれて僅かに力が加わるだけで、無理に引き伸ばされた括約筋に痛みが走るのか、彼の呼吸は浅く忙しない。 「少し……痛いです……」 手応えからすれば、少しどころでは無い筈だ。 それでも堪えて受け入れようと言うのだ。 「身体、動かすよ」 そう告げて、ゆっくり上下を入れ替える。 左手で腕枕をして、半身を起こして右手で彼の身体を犯す。 より深く差し入れる為に、仰向けになった膝を上げて腰を曲げる。 「うっ…ううっ」 指がゆっくりと捩じれて、差し入れた指と手の平も上を向く。 「痛むかい? 痛むだけかい?」 ただ、黙って首を振る事しか出来無いようだった。引き伸ばされる筋肉が上げる悲鳴と、圧迫による快感の両方を感じている筈だ。 俺は指先に神経を集中させて、胎内を探る。 そして。 「ああっ…ああっ…加持さんっ」 突然彼が声を上げた。 それにつれて、脈打つように昂ぶったモノも揺れている。 「身体の中でも、感じるかい?」 耳元に口を寄せて、息を吐きかけるように囁く。 指先が身体の中で、僅かな感触を捉えていた。 「やっ……やめて」 「どうして?」 「変になりそう」 前立腺と精嚢が、括約筋の薄い部分を隔てて指先に届く。 ヒトの身体の欠陥なのか、それとも奇蹟なのか。 男が男を受け入れても愉悦を感じる機能は、何故与えられて居るのだろうか? 「どんな感じ?」 「分からない……けど、怖いんです」 「怖がらなくて良い」 差し入れた指を、ゆっくりと広げる。 入り口はまだ固いが、中には少しづつ余裕が出来る。 滑らかになったそこは、僅かな指の動きにつれて、妖しく蠢き始めていた。 「待たせたな……」 耳朶を噛みながら、脚の間に腰を寄せる。 広げた指をゆっくりと引き抜きつつ、ずっと昂ぶり続けて先を濡らした自分のモノを押しつけた。 「加持…さ……ん」 息をするのも苦しい圧迫感の中から、掠れた声で名を呼ばれた。 引きつった喉が、ごくりと動いた。 「入るよ」 告げながら、ゆっくりと押し入る。 背中に回った彼の指先が、恐怖に強張り肌に刺さる。 「いっ…あああああっ」 さらにもう一段のストレッチを強いられた筋肉が悲鳴を上げる。 身体を引き裂かれるような鋭い痛みに、柳眉が軋み涙が溢れる。 だが、一旦先端が固い入り口をくぐってしまえば、残りはむしろ細いはずだ。 刺し貫いた勢いを保ち、根元まで差し入れて動きを止める。 荒い吐息を聞きながら、汗に乱れた髪を梳いて、彼の身体が受け入れたモノの大きさに慣れるのをじっと待った。 「まだ、痛むかい?」 きつく閉じられた瞼が震えて、長い睫毛を濡らした涙が零れ落ちる。 目尻を舐めて涙を拭き、耳元へ唇を寄せた。 「ロスト・バージンだな」 痛みが徐々に引いたのか、強張っていた身体が少しずつ柔らかさを取り戻す。 それでも余りに狭くて苦しい程だった。 特に入り口の固さが根元を締め上げ、食いちぎられるような圧力を感じる。 「全部入ってるんだ、分かるかい」 上体を少し起こして、二人が繋がって居る部分が見えるように首を曲げた。 陰になってはっきりとは見えないが、暗闇に慣れた目には、二人の身体が隙間無く密着している事が分かるはずだ。 「あ……ああ……」 溜め息とも、鳴咽とも聞こえる声が漏れる。 目尻に再び涙が溢れ、零れ落ちる。 「初めてだよ……男の子を、抱きたいと思ったのは」 「うっ……あっ」 喉の奥に鳴咽を押し殺して、彼の腕が俺の身体を抱きしめた。 こちらの腕も背中に回して、二人で熱くなった胸を合わせる。 身体の間に、取り残されたように痛々しく張り詰めた滾りを感じた。 「動いて良いかい?」 スローモーションのような肯き。 後ろから項に手を添えて、顎を上げる。 今日覚えたばかりのディープに絡み合うキスをしながら、ゆっくりと身体を動かし始める。 「んんっ……はぅん」 口を塞がれたまま、喉で啼いた声が鼻へ抜ける。 狭く滑らかな締め付けが、まるで誂えたように隙無く俺を包み込む。 苦しい息にも絡み合う事を止めない唇。 「ううっ……んんっ……んあっ」 口を離し、身体の脇に手を置いて上体を起こす。 膝で体重を支え、自由になった腰で細い身体を突き上げる。 「ああっ……はああっ……いっ……いやっ」 離れた身体にしがみ付くように、細い手足が動いた。 「だめっ……だっ……ああっ」 身体の奥底まで押し広げるモノが、挿抽のたび胎内の性感を突く。そこは鍛える事も堪える事も出来無い、男の身体の弱点といえた。 「いっ……いやっ」 身を硬くしようが、蹂躪される所に力を込めようが、中から押し出されるような絶頂に抗う術は無い。 「ああっ…やめっ……助けてっ」 細い足が腰に絡んだ。 その動きを押し止めようとするのか、それとも逃さぬようにする為か。 巻き付いた足に引かれひときわ深く突いた刹那、弾けた。 「あああっ……あああああっ」 熱い飛沫が向き合う二人の胸に飛ぶ。 迸る奔流のリズムに合わせて、身体の中も痙攣する。 「あはあ……はあああぁ……ああ……あうう」 先程、限界まで搾り取られたはずのモノが、また身体の中から押し出されるように迸った。 長く続く絶頂と放出に震えた身体は、唐突に事切れた。 「ぁ……うぅ……はぁ」 「良かったかい? こんなに感じてくれるとは思わなかったよ」 目を開ける事も叶わぬ脱力した肢体を白く汚す、精。 腹から顎の下まで吹き上げたそれを、手の平に擦り付ける。 「あぅ……いや……やめ……」 力無く呟くような懇願を無視して、胸に押し広げた。 首筋から項から、頬に至るまで、青い香りを放つそれで薄い肌を汚していく。 すると白い汚れは、引き伸ばされて透明になる。 汗と精に塗れた胸を、合わせる。 唇にも塗り付け、そして口付けを交わす。 「んんっ……んっ」 もはや感じる事も出来ないかのように、生気を失った様子なのに、口腔を冒し合う動きはこれまでにもまして貪欲で力強い。 「疲れただろうが、俺はまだだよ」 休ませてやりたい気持ちも、もちろん有る。 だが腕を伸ばして、だらりと力を失った脚を再び引き上げ、胸の前へと押し曲げる。 「ああっ…こっ…壊れちゃう」 深く曲げられた腰骨が軋み、一層伸ばされた筋肉が痛みに引き攣る。 腰を落として低く構えれば、尾骨に支えられ、先端が彼の性感をより刺激する体勢が取れる。 「つっ……かっ…加持さんっ」 「痛むかい? じゃあ、すぐにでも終わらせるよ」 「ちっ…ちがっ…ああっ」 快楽の愉悦など拒絶したいと思っていても、刺激を受ければ反応してしまう男の悲しき性。 一層強く刺激される姿勢は、痛みも悦楽も共に強い。 相反する二つの感覚の間で、身体ばかりか精神までも引き裂かれそうな極限。 「いやっ…いやああっ」 首を振って許しを請う彼の脚の間で、悦楽の奴隷は三度鎌首を擡げていた。 俺が求めているのは、まさしくこういう光景だった。 快感と苦痛。 貪欲と拒絶。 嬌声と鳴咽。 「許してっ!!」 膝の裏を手で押さえつけながら、リズムを早めて俺自身も限界へ向かう。 理性と狂気。 倫理と本能。 冷静と熱情。 そしてそれは、真実と欺瞞が交錯し、嘘が嘘で無くなる僅かな瞬間。 |
「ああっ…まっ…もうっ…もうっ」 俺はただ、その一瞬を求めていた。 「うおおおっ」 「ひぃあああああっ」 獣のように吠え、昂みを目指す。 全ての言葉が意味を失う瞬間。 そして虚ろな闇を埋め尽くす、白い、光……。 「はぁ……はぁ……ふう」 吐き出された欲望と同じく、俺の意識も白濁した。 軋む細い身体の上に、熱く燃えた身体を投げ出す。 「あっ……はっ……はっ」 途切れがちな呼吸を聞けば、幼い肢体が陵辱に耐え兼ねて意識を失っているのは明白だった。 しかし、腹の下では、獣欲の支配者が三度目の歓喜を振り絞り脈打っていた……。 |
意識を失い細い手足を投げ出した彼を寝室に残して、俺は任務の成果を冷凍庫へと収めた。 最初の小瓶の隣りに、三度目に放たれたモノを集めた小瓶を並べる。 これが何に使われるかは知った事では無いが、サンプルが増えて文句を言われる事はあるまい。 もしかしたらこれは、万一サードチルドレンを失っても尚、巨大な陰謀を諦らめないという老人達の決意の現れなのかもしれない。 そして俺がこれを届ける頃には、サードインパクトの準備が本格的に始まる事だろう。 無事に帰る事が出来れば……そしてかの陰謀を切り抜ける事が叶えば……今まで犯した幾つもの罪の償いを考えたいと思う。 シャワーで身を清め、意識が途切れてもなお熱く燃える細い身体を抱きしめて、心地好い疲労から眠りに落ちる頃には、時計は午前三時を指していた。 |
朝は気だるく訪れた。 いつも通り、セットした目覚ましがなる直前に目を覚ます。 ブラインドの隙間から、細い光が幾筋もの鋭い直線を壁面に描く。 隣りで手足を丸める彼の額に唇を落とす。 触れる前はあれほど怖れていたのに、いざ共に果てた後には、もはや別ち難い深い絆を感じる。 「ん……あ?」 「朝だよ my lover」 気障な台詞で笑わせるつもり……でもなかったが、向こうにちゃんと聞こえたかどうか。 「あ、おは…イッ!…たたた」 「大丈夫かい?」 目覚めのキスを交わす間も無く、思い人は裸のまま部屋を駆け出した。 「ん? 後始末が要るんだったかな、確か」 詰めの甘さに苦笑するが、昨夜の状態ではそうも言ってはいられない。 元気に飛び起きただけでも善しとする。 トイレと風呂場を往復して、ようやく彼が落ちついた頃には、さっさと今夜の痕跡を消さなければいけない時間になってしまっていた。 余韻も何も無い。 けれど、部屋を後にする時、一度だけキスを交わした。 「忘れるんじゃなかったのかい?」 「次に逢うまで覚えてます……その時、忘れさせて下さい」 それでは永遠に……いや、彼の目が、冗談のつもりでは無いと告げていた。 「約束するよ」 |
車は早朝の市街地を悠々と駆け抜ける。 彼の家までは五分とかからない。 ところが、後少しというところで携帯が鳴った。 呼び出しでは無く、監視していたタスクのステートが変わった知らせだった。 慌ててブレーキを踏んで道を外れる。 俺は何が起きたのか確かめる為、携帯に目を落としていた。 「あっ!」 唐突に声を上げたのは、彼の方だった。 「ん? どうした」 ようやく確認したステートは、葛城とアスカが本部を出たという知らせ。 急いで送って見つからないように現場を離れなければいけない。 「いま、ルノーが……」 「青い奴か?」 「早すぎてナンバー見れませんでしたけど、確かに」 なんて奴だと舌を打つ。こっちが計算したより遥かに早い。 早朝で道が空いていたから、目一杯飛ばして帰ってきたのか。 「見られちゃいないよな?」 「え……あのスピードでまさか脇見運転は」 「じゃあ逆に時間を潰さないとマズイな。家に付いたらさっさと寝るだろう。30分も遠回りすれば良いんじゃ無いか?」 「ドライブですか?」 「ん? 嬉しそうだな」 車は朝日を浴びて輝くワインディングへ走り出した。 |
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