爆走!スノーダンプ特別篇・ぼくらの聖地


ギフトハウス 〜ファンシー少女の聖地

サンリオ教の聖地。ナガオカの竹下通りこと『大手通りの米百俵の樋口屋のワキを曲がった道っていうか厚生会館の正面の道を入った通り(<正式名称不明…。)』にある。キティちゃん、キキララなどを偶像崇拝する信者たちが集う。主宰もかつて巡礼者であり、ラッピングのトメの部分に日がわりのマスコットをつけてくれる儀式を大いに気に入っていた。これまた巡礼者の性別の偏りが猛烈に激しく、主宰が男性巡礼者を見た経験は皆無。狭い入り口と階段構造で、外部から中が見えにくいこと『龍文堂』以上であった。と、過去形で書いた理由は↓に……。

【巡礼者からのメッセージ】

■もうなくなっちゃって(2000.6掲載)
 ギフトハウスについては、もうなくなっちゃって、プリントクラブの機械がたくさん入った高校生の溜まり場になっちゃいました。
 や、前も女の子の溜まり場でしたけどね。
 私もギフトハウス、大好きでした。

■プリクランド(2000.6掲載)
 現在は、『プリクランド』というプリクラ専門店になってしまいました。
 変わってからもう、3・4年は経ったと思います。
 私も小学生の頃、友達と街(?)に遊びに行く、あるいは、友達・家族の誕生日・父の日・母の日・敬老の日・バレンタインなどなど、イベントのプレゼントを買いに行くって言ったら、ギフトハウスでした。
 もうその名の通りって感じですね。
 サンリオ好きの私は、鉛筆・シール・消しゴム・お菓子・雑貨etc…とあのお店には、ほんっと、お小遣いををつぎ込みまくりました。
 と言っても、子供だから500〜1000円以下の物ですが。
 (でも、全部合わせたら、相当な額になると思う・・・。)
 お店の人と仲良くなって、新着情報聞いたりとか、お店では売ってないキティちゃんのファイルを貰ったりとかプレゼントの時につける、ピンクのリボンの作り方を教えてもらったりとか、  お買い物以外にも、いろんな思い出がたくさんあります。
 『プリクランド』となった今も、そこに行くのですが地下に続く階段とかあって、ギフトハウスの面影も少ーし残っています。

■僕も良く(2002.7.21掲載)
ギフトハウスですが僕も良く姉に連れて行かされたことが、、、。
まず、地下への階段がやけに急でした。
そしてこれは後期の話になるのかもしれませんがサンリオ以外の製品も多く置くようになったような気がします。
似通った物なら良いのでしょうが、僕が覚えているので当時アニメでやっていた「まじかるタルルートくん」の普通のおもちゃ屋でも売っているようなおもちゃが売っていて何か冷めたような気がします。

■これはめずらしい(2002.7.21主宰、時の流れに談話)
これはめずらしい男性巡礼者。くしくもギフトさんが非サンリオ商品も置いて、男子信者を開拓しようとしていた頃っぽい。でも逆に冷められてしまっていたなんて……ギフトさんに替わって(泣)。


大手通りの米百俵の樋口屋のワキを曲がった道っていうか厚生会館の正面の道を入った通り
〜名前のわからない聖地

ナガオカのオリーブ〜アンアン系少女たちの聖路地。『ギフトハウス』を卒業したら、『生活の木』『包ファクトリー』『となりのみよちゃん』『キャラメルママ』等の小洒落雑貨屋へ進級する。
また、期間限定のこんな↓ショップも参戦、少女たちの心をゆさぶって、おこづかいを搾取していた。

■貨車村って知ってますか(2000.9.10掲載)
 長岡貨車村って知ってますか。
 電車の古い車両にペイントしてそれが何台もありました。
 そのなかにクレープ屋があって、北越書館に習いたくもないエレクトーンにいくたびにねだっておりました。かわなきゃいかねーぞくらいでしたから。
 その車両とおもわれるのが寺島にあるしちりん亭裏の道の駐車場においてあったのです。あの貨車村の謎をといてください。

■たしかイトーヨーカドーが出来る前の(2000.9.24掲載)
 貨車村、たしかイトーヨーカドーが出来る前の空き地だったところにあったような...
 あ、そうそう、何か大型スーパー建設反対のための居座りだったような気がします。
 かすかな記憶に、駅前長崎屋にあったピーコックもその中にあったような気がする。記憶ちがいかもしれませんが。

■「こんにちは」って吹き込んでください(2003.2.15掲載)
コーナー分けもしにくいネタなのですが、私の女子高生時代の話。
イトーヨーカドー裏手あたり(現在古着屋などが乱立しているようです)で、制服で友達と歩いていたら、見知らぬ男性が、声を掛けてくるではないですか。
「オイオイ、ナンパかよ〜?」と思ったり思わなかったりで振り向いたところ・・

 男「こ、これに「こんにちは」って吹き込んでください」

手にはテープレコーダーのようなものが。
・・!?・・!!!!?!????????と思いつつ、汚れを知らない私は正直に 「こんにちは〜♪」と、明るく声を入れてしまったわけで・・
その後、去っていった男性は携帯で誰かに

「女子高生らしき人物を一人捕捉しました」

などと話していました・・。
友達と「あれは何だったんだろうね〜」としばらくいぶかしんでおりました。
一体何に使われるものなんですか?
真相を知らぬままもう三年ほどたってしまいました。

■ナガオカの下北(2003.2.15主宰、次はドコだろう談話)
うーん、謎のフィールドワーカーっすねえ。「こんにちは」発音研究家でしょーか。「ひとり捕捉しました」って誰に報告してるんだか。それにしても、名前のないこの小洒落ロード、かつてはクレープ屋などもあって竹下通り状態だったんですが、最近は下北沢状態のよーで。

■貨車村はね・・(2004.07.24掲載)
あそこは元長岡女子高跡地で、中央高校(現在の帝京長岡)に改称・移転した際に更地になり、買い手が付くまでの間(1〜2年?)、貨車村として営業していたと記憶しております。

蓮潟のもんじゃ裏にある貨車は古本屋「まんがJACK」さんのやつだったような気がします。
一時期、稲場のJA車両センター付近の道端に置かれていたような気がしますが・・・。
消すのが勿体無い、独特なタッチの絵が描かれているので、アノ状態で保存されていると思われます。
絵の作者は長岡では結構有名な(だった?)同人まんが作家の方(名前忘れてしまいました。)

因みに「まんがJACK」さんは貨車村消滅後に同名で店舗を構え、その後「夢屋古本堂」に改称されたようですが、もう7年位行っていませんので現在は在るかなー?

■あれ?(2004.07.24主宰、地図の読めない談話)
女子高跡でしたっけ?貨車村。ということは、女子高→貨車村→イトーヨーカドーですか? いや、違うなあ。女子高はもう少し駅から遠かったような気が。ヨーカドー以前の駅前風景が怖いくらい思い出せないんですけど…。

■女子高跡地は(2006.04.09掲載)
女子高跡地は現在イトーヨーカドーの駐車場ビルとなっていたと思います。イトーヨーカドーより新潟側(!)に1ブロック離れていて不便ですが、管理人のおじさんは親切です(^^)

■あれれ?(2006.04.09主宰、「燕三条側」でもヨイのでは談話)
上で「女子高はもう少し駅から遠かったような」とは発言しましたが、「新潟側」ってまたえらく距離感が(^^;)、とゆーことはておき、女子校→貨車村→イトーヨーカドー駐車場っすか? それはそれでヨーカドー本体の場所の前身がまたナゾに。駅から見たあの付近の記憶を懸命に掘り起こしても、思い浮かぶのは寿屋のどす黒い雄姿ばかりで。。。

■イトーヨーカドーの前(2006.04.22掲載)
証券会社じゃなかったでしたっけ??
あいまいな記憶でごめんなさい。
長岡も丸専が消滅するとか、酒小屋がついに風化して消滅したとかの噂を聞き淋しい限りです。

■Re:イトーヨーカドーの前(2006.12.10掲載)
ヨーカドーの前、『おぐま旅館』じゃありませんでしたか?
木造の。
昔ふうの筆で書いたような看板が記憶にあるような。
前の前かも知れませんが。

■りょ、りょかん!?(2006.12.10主宰、仁義なき談話)
りょ、旅館って、あのナガオカ旅館界の静かなるドンと数軒も置かないあの場所で!?
しかも昔ふうの木造なんて、キャラ丸かぶりじゃないっすか!
もしかしてあの界隈には、かつて木造旅館類が多数棲息していたとかなのでしょーか。
っつーことは、いま唯一残るドス黒い重厚なアレは、ものすごい勝ち組ってことに・・・。

■酒小屋(2002.9.21掲載)
学生時代に長岡に住んでいました。
当時、気になっていながら、行く機会がなかった呑み屋「酒小屋」は今でもやっているのでしょうか?
厚生会館の大手通り向かいの角あたりにあったはず。蹴れば倒れそうなスッゲーボロボロの6畳くらいの建物は未だ健在か?
呑みに行った友人によると昼からの開店、18時に閉店と呑み屋としては考えられない営業時間。ただし、そこのモツ煮は絶品らしい。

「酒小屋」は長岡人にはに知られているのでしょうか?

■あははははは(2002.9.21主宰、腹痛談話)
あははははは、おなか痛くなるほど笑いました。ついに登場「酒小屋」。わたくしも気になっておりましたです。まさにこのオリーブ少女路地への曲がり角に黒くたたずむアレですね。「酒小屋」の名に恥じない○っ○○小屋、寿屋や釘屋敷とも肩を並べるほどアレな木造物件。私の記憶では、いつも開けっ放しの入口からカウンターが見えたような。椅子はあったかなあ。もしかしたら立ち飲みかも。っていうか、そもそも営業しているのでしょーか?

■今もしっかり(2002.9.28掲載)
今もしっかり営業してます・・酒小屋。
しかも、大繁盛。この前4時頃行ったのですが、満員状態。
すぐに一席空いたのですが、残念ながらトイレの前でした。
マスターって言うかオヤジさんは常連客と競馬談議をしていました。
途中から白熱し、お客さんに本気になってくってかかっていらっしゃいました。

もつ煮は僕好みで好きなんですが、競馬ばっかやってないでもうちょっと掃除しろよ、おやじさん。
特にトイレ・・・

■実家に帰ると寄るところ(2002.9.28掲載)
主人と思いっきり笑いました。酒小屋ネタ。
10数年前、鍋もってモツ煮だけ買いに行った記憶が・・・
実家に帰ると寄るところがまた増えてしまった。
ちなみに寄るところ
1・・・川西屋(もちろんアイスキャンディー)
2・・・福原肉屋(コロッケ)
3・・・次回は行くぞー酒小屋
2番マイナーですいません。福住か東神田あたりにあるんですが、学生時代部活帰りに買い食いしたコロッケのような懐かしい味なんです。

■やはり(2002.9.28主宰、頷き談話)
やはり秘かな人気スポットでしたか、「酒小屋」。しかし4時から満席とは、仕事はどーしたナガオカ人。福原肉屋のコロッケは主宰もよく知っております。あの衣の薄さを知ってしまうと、ぶ厚い衣でサクサク感を無理矢理演出しているそこらのコロッケが、すごいジャンクフードに見えてくる!

■モツ煮がなくなるまで(2002.12.21掲載)
今年の春から学生時代を過ごした長岡市に在勤となりまして、非常にたのしく拝見させていただいていたのですが、酒小屋の話題が登場したので、せっかくだからとかかせていただきます。
大体6年程前のことでしょうか、学生時代に仲間内で訪れてみました。
そのときは昼の1時(!)頃だったのですが、まだ開店時間前だったので、1時間ほど時間をつぶして、店に入りました。営業時間を聞いてみると「モツ煮がなくなるまで」だそうです。まあふだんは4時くらいまでで大体なくなるそうですが。
非常に漢(おとこ)らしい、くたびれた背広のサラリーマンがよく似合うような店内。
メニューはモツ煮、酒、ビール、ジュースという竹を割ったかのような取り揃え。ちなみに大手通沿いの雑貨屋さんは奥さんの経営だったらしく、そちらからジュース等を受け取ってました。
その後、今の職場の先輩方に聞いてみたところ、「メーデーのときとか昔は行ったなー」だそうです。学生の当時は、なんだかマニアックな店(酒場等)の開発がはやってたなー。あまり金が無いので件数が少ないですが。黒船とか道楽とかは今でもたまに行きますよ。

■狭いながらも(2002.12.21主宰、でも角地だし一等地だしもしかして富豪?談話)
狭いながらも(失礼)人気の酒小屋。「メーデーのとき行った」っていうのがイカニモな。闘い済んだ漢たちの集う店ですなー。奥様経営という角のお店はタバコ屋さんというか酒屋さんというかってトコですよね。やはり中がいじょーに暗くて正体不明という(これまた失礼)。

■淋しい限りです(2006.04.22掲載)
長岡も丸専が消滅するとか、酒小屋がついに風化して消滅したとかの噂を聞き淋しい限りです。

■!(2006.04.22主宰、絶句談話)
さ、酒小屋が消滅!? マジっすか!? 耐震強度マイナスとしか思えないのに中越地震を耐え抜いたあの酒小屋がっ! 寿屋とともに大手通をどす黒く彩っていたダーク・ランドマーク酒小屋がっ! 動揺のあまり失礼なコトを口走っていませんか私っ!
……取り乱してしまいましたが、気を取り直して本題に。なるほど、証券会社ですかー。いまもヨーカドーの並びに古い銀行があったりするので、もしかしたら昔は金融ブロックだったのかも? ……それにしても、あの掘っ立てパラダイス酒小屋が…(<しつこい)

■酒小屋、健在です(2006.12.10掲載)
先日、帰省した知り合いを誘い酒小屋に行ってまいりました。
相変わらずのギリギリ建築っぷりと、呑み屋らしからぬ営業時間、なのに何故か居る客、そしていい加減っぽいのだけれどやたら美味しいモツ煮を堪能してまいりました。
器に豪快に盛り付けたモツ煮の汁がテーブルにこぼれようとも気にもとめない、そんな豪儀さがいとおしい。
あ、ただ、暖簾が新しくなってました。
青だか紫だかの暖簾に、白で酒小屋と。

■うっうっうっ(2006.12.10主宰、うれし泣き談話)
思わずうれし泣きですよ、無事でよかった〜。
昔ながらのお店がどんどん閉店していく大手通り最期の砦 but ギリギリ建築!

■おそるべし、長岡祭り! (2008.08.10掲載)
お亡くなりになった方々が現世にお戻りのようです。
昨日17:30頃、酒小屋のわきを通ったら、復活してましたよ!!!
期間限定でしょうか?
同じ建物の隣のお店もあいていて、すさまじく古いウイスキー(間違いなく10年以上前のもの)などが並んでいたので、お店に入ってみました。でも、「古すぎて、売ることはできないのよ」と、Dr. マシリト+塩沢トキ+デヴィ夫人風味のおばちゃん(推定55-65歳, 白髪染め?)談。
びっくりです。
私は、自宅に帰ったら、自分が浦島太郎になっていないか心配でした。

■釜のフタが(2008.08.10主宰、「愛」グッズばかりでビックリしました談話)
長岡まつり、主宰も帰省しておりましたが不覚にも存在確認し忘れていましたよ、酒小屋。隣のお店は酒小屋夫人の経営というアレですね。そこもたしかシャッターだったような気がするなあ。もしかしてホントに祭の熱気で時の釜のフタが開いた一瞬の幻影では<投稿者さんにも酒小屋さんにも失礼な(^^;。

■意を決して(2008.09.28掲載)
実は、先日(とある土曜15:30ころ)、意を決して酒小屋探検に向かいました。
ノレンは出ていたのですが、入り口をふさぐようにしてビールの箱が置かれています。
ノレン越しに「やってますか」と声をかけようかとも思ったのですが、それをも許さぬオーラを発するご主人と奥様。
やはり、さすがは長岡の聖域、軽々しく近づくことを許さぬ結界に阻まれてしまいました。
ぜひ、どなたか、探検ツアーを!!!

■小屋と言っても(2008.09.28主宰、ドリフの回り舞台を思い出す談話)
トーチカの一種ですから、うかつな侵入はキケンでございます。写真撮影だけでじゅうぶん勇気ある行動と言えるのではないかと。<あいかわらず失礼(^^;
それにしても、こうして画像でしげしげ見てみると、大手通サイドの「泉屋」さんとの関係が、コント舞台のセットのようですね。中はどう分かれているのでしょ? 対角線?

■開店待ちの人だかり(2009.08.16掲載)
酒小屋、昼の1時〜2時くらいに、開店待ちの人だかりができているのを見ました。大手通り唯一の行列のできる店じゃないかと!

■そんなことも(2009.08.16主宰、達観談話)
ほえー、そんなこともあってもよかろうとゆー気になってきましたよ、酒小屋さんに関しては。確かに上のほうの記事で4時頃にはモツ煮がなくなって閉店と書いてありますしねえ。あ、4時ってもちろん「昼の」ですよ(笑)

■昔、常連だった(2010.07.04掲載)
酒小屋について。仕事関係の人が昔、常連だったそうです。
というか、当時の職場が酒小屋の近くで、会社で飲んだりするときに、よくモツ煮だけ買いに行ったそうです。お鍋を持って行くと、入れてくれるそうで。はやっていて、モツ煮が足りなくて断られることもあったそうです。

■テイクアウト!(2010.07.04主宰、ビッグビジネスの予感談話)
なんと、テイクアウトも! ちょっとしたデリカテッセンじゃないですか! 最近、イタリアンや洋風カツ丼のコンビニ商品化が流行っているから、もしかするともしかするかも、しないかも!

■食堂酒場(2010.09.12掲載)new!
酒小屋の向かいのお店がずっと気になっています。「食堂酒場」という名前も、食堂なのか酒場なのか(笑)。最近フィーチャーされている、洋カツもやっているみたいです。

■なつかしや(2010.09.12主宰、町自体が昭和テイストなのに(^^;談話)new!
黄色い看板のお店ですよね。場所柄うっかり「食堂酒小屋」と書きたい衝動に駆られなかったか心配になる立地(笑)。ぐぐったら「食べログ」にありますね。名前はずばり「なつかしや」。そういうコンセプトなら、外観はやっぱり黒い板張りに〜(笑)。