安吉にかけて!解答篇/長高・大手の河岸戦争

長高・大手の河岸戦争
[ちょうこう・おおてのかがんせんそう:the riverbank war ]

『修学旅行廃止の謎』で触れた、長岡高校と大手高校。栖吉川を挟んで対峙するこのふたつの進学校には、長年の確執があると囁かれている。のどかにもゴミだらけな河岸に、いま何が起こっているのか!

■関係者の証言■


01:賢人渡らずの橋(長高卒・学生・男性)

ウチの母親が大手高校の卒業生なんですけど、その母曰く。「長高と大手の間にある橋は、『賢人渡らずの橋』と密かに言われていた」との事です。
 大手生の勝手な妄想か、長高生の思い上がりか・・・どっちにしてもそういう2校ですよね(笑)

栖吉川にかかるあの橋のことですね。ホントに戦争が起こったらまず最初に爆破されるポイントかと。


02:渡河レース(長高卒・学生・男性)

長高があたかも大手に見せつけるべく行っている行事に、「渡河レース」というものが・・・渡河っていうより、川の中を走ってるんですけどね(^^;
 で、このレース、思いっきり大手の教室から見えるそうです。大手の友達曰く、「おお、川の中入っていった!」っていう事で、授業中に騒然となったそうです。。。<ただ、そいつのクラスだけなのかもしれませんが・・・
P.S.長高の文化祭の仮装行列って大手高校の正門前まで行ってから折り返して来る。。。
嫌がらせ?(^^;;;

橋が落ちたら、おそらく大手側もこの渡河部隊を結成するものと思われ…。


03:第一はないのになぜ第二なんだ(大手卒・神奈川県・男性)

大手はご指摘の通り高飛車で(校歌がそうだ)、長高に対抗意識をもっているところがありますから、見栄で修学旅行をやめたとしてもフシギはないです。何しろ、大手はかつて長岡第二高校と名乗っていましたが、『第一はないのになぜ第二なんだ』というクレームがついて改名した、という歴史をもっているくらいです。

 昔、大手と長高は同じ日に学園祭をやっていたそうです。
 でも、内容は正反対で、大手が屋台とかフィーリングカップルとかお化け屋敷とか、大学の学園祭と変らないような、にぎやかなものをやっていたのに対して、長高は学習発表会と称して、ごくまじめでアカデミックな展示をやっていました。そうなれば、当然大手の方に人は流れて行くわけで、
 #女の子が多いし(^^
 私自身も見ているのですが、長高は気の毒なほどがらがらでした。
 それでも、しばらくは意地をはって、同じ日にやっていたそうですが、ついには長高が折れて、ほかの日に移したそうです。
 大手と長高がいがみ合っていたといっても、教師と一部の女子だけで、あとは(以降自粛)。

平和の祭典・学園祭にまで及ぶ河岸戦争の影。学校行事って、前の年度に決めるから、同じ日に設定するほうが難しいような気もするんですが。まさか諜報活動が!?


04:長高体操(大手卒・長岡市・男性)

長高は、1年生の体育の時に『長高体操』というのを、大声を張り上げて練習させられていました。その時に、なぜか大手の方を向いて練習していたのです。なんか変だなーっておもってたら、案の定大手の方に噂が流れてきました。
 なんと、長高の先生は、その練習の時に、『よーし、おまえらが大声張り上げて、隣の学校の授業をじゃまするんだ!』といっていたというのです。まぁもっともこれは、大手高校生のひがみ根性だとも思うんですけど…
 実際こんな噂が流れてくると言うことは、あんまり仲が良かったとは言えないでしょうね。

栖吉にこだまする体育教師と長高生の閧の声。どっちかっていうと長高の授業の邪魔ではという気も(以降自粛)。


05:かんじき履いて(大手卒・女性)

私がおーてに通ってた20数年前、学校の先は確か総合庁舎があって、その先は行き止まり。田んぼがひろがり、あるのはあぜ道だけだったと記憶しています。
その頃、冬場は、川崎方面から通ってる子は、近道をする為には、雪道を長靴履いてひざまで埋まり、一列になって通ってました。
そんな大手高校にも、救世主が現れたのです。
その名もS井和尚!(たぶん家がお寺さんでついたあだ名・・・一応先生)
先生が、かんじき履いて通った後をゾロゾロと生徒が蟻のように列をなす・・・。

そんな列のなかに、多分川崎方面から来る”ちょーこう”の生徒は混じってなかったはずです。
賢い彼らは、そんな危険を冒すより、駅方面から通う確実な方法を選んだと思われます。

戦時下でもきっと『和尚』はカンジキで黙々と雪原に道を拓いているものと思われ…。肩にはオウム、手に竪琴。


06:改名秘話(大手卒・女性)

大手高校の名前について在学時にOGの先生(結構いました)から面白い話を聞いたことがあったと思うのですけど、すっかり忘れてしまいました(爆)
大手高校は名前も校章も公募(内部からだけだったかも)だったそうなのですが、「長岡大手」以外の候補でいかにも女子校!?といった感じのものがあったとか。「白鷺」とかそんな名前でした。

最大の謎。市街の大手側じゃないのになぜ『大手』…。


07:自由の危機!?(大手高現役・男性)

今年の春に大手に入学した者です。
この前、「図書館の利用の仕方」とかいって司書の人が話をしたんですが、司書の方曰く「大手高校の図書館は本がたくさんあります。長高より多いです。」と長高を意識した発言をしていました。また、HRで模試の説明ということで担任が話をしたんですが、担任曰く「長高も同じ会社の模試です。」、生物の教師は「長高もこの教材を使ってます。」、数学の教師にいたっては「米百俵とか大手高校もなんか逸話がありませんかねぇ。」などなど長高を意識した発言が目立ちます。
あと、校内での噂ですが来年度から(創立100周年を記念してなのか?)制服になるらしいです。1989年4月11日にだされた「服装自由化宣言」がついに崩壊の危機です!!「珍しい教師側から提案された自由化」「どさくさに紛れて自由化になった長高とは違う」と大手の自慢だったはずが…。
大手は、まわりから「長岡大手温泉」「長岡大手保養所」(何も頑張らず、だらだら休んでるだけ という意味)と馬鹿にされているらしいです。(体育教師・談)
長高は、井上円了・山本五十六・松永二三男等々、数々の偉人が巣立っているというのに大手はといえば…?

対立激化のなかで衝撃の制服復活説! 全体主義の波がひたひたと…!?


08:自由の危機はもう少し先か?(長岡高現役・男性)

現在長岡高校の生徒会に所属している者です。
僕も大手生の友人から制服移行の噂を聞きまして大手高校の生徒会にいる別の友人に聞いてみたところ、生徒会はまだ何もそういう話を聞いていないとのこと、その友人もかなり戸惑ってました。う〜ん・・・・
噂が本当ならどうやら先生方だけが先行しているようですねぇ・・・。
あと来年度より再来年度(今の二年生が卒業した後)に制服移行するという噂の方がよく耳にします、これも真偽は分かりませんが・・・・・。

極秘になにやら進めている気配の大手高教師たち。何かが起こる2003年!?


09:NG!以外に情報源がない(大手卒・女性)

大手高校の制服化のこととても気になるのですが、NG!以外に情報源がないので、続報があり嬉しく思います。
私服だったの、結構自慢に思っていますからねえ。

現役生でさえ情報が遮断されている中、さらに不安な日々を送る卒業生たち。ましてや唯一の情報源がウチっ。激ショボな『アルジャジーラ』でございます……。


10:第二の長岡(大手高現役・男性)

先日、第二高校の校名の由来を知ってしまいました!
大手の図書館に「消えた学校〜新潟県立第二長岡高校〜」という本がありました。この本は、第二長岡高校だった頃、学校に在職していた先生が書いた本で、自費出版のようでした。
その本によれば…
大手は長岡第二高校ではなく、第二長岡高校だったのです。長高に次ぐ、長岡の「第二の高校」ではなく、「第二の長岡」の高校だというのです。 〜第一の長岡は空襲でなくなってしまった。これからの第二の長岡が始まる。その第二の長岡の高校なのだ。〜 これが校名の本当の由来だそうです。
それだったら、戊辰戦争でも焼けてるんだから第三長岡高校にしていれば…、新生長岡高校とかにしていれば何も問題なかったのに…。
郷土資料コーナーの新潟県大百科事典(新潟日報社刊)の近くにあります。在校生は是非、一読を…。

これは意外な新事実! 「セカンド」ではなく「ネオ」なのですね。いっそのこと『ネオ・ナガオカ高校』にしたら……悪者っぽいか……。


11:長高とはぜんぜん交流しないくせに(大手高現役・男性)

大手現役生です。制服になるんでしょうかねえ???
あ、俺は部活に入ってるんですが、長高とはぜんぜん交流しないくせに、向陵とは仲いいんです。長高大手不仲説見て、笑いました。

ついに第三の学校が登場。新勢力は、歴史に使い古された土地ではなく新興の地から出現するのが世のならい。そして、くしくもこんな↓投稿が同時期に!


12: 遠い西の対岸から(向陵高卒・女性)

 はじめまして。私は現在東京で暮らす長岡出身の大学生です。
 「安吉の名にかけて!」では長高と大手の対立が話題になっているようですが、見ているうちにどうしてもうずうずしてしまい投稿しました。

 私は「ちょーこー、おーて、こーりょー」と中学3年生の間でよく並べられる内の「こーりょー」・・・向陵高校の卒業生です。
 そこで在学中にずっと感じていたのですが、どうも向陵の教師陣はやたらと長高を一方的にライバル視していたようです。
 制服校というせいもあってか、校則や試験がとても厳しかったという印象があり、そんな教師陣の努力の成果か、確かに偏差値は年々上がっていました(個人的には迷惑でしたが)。
 そんな中、模試などがある時に校長が全校集会でごーぎというか何というか、
「我が校は学力面で『打倒長高!』を目指しており・・・」
などとほざいたのを、生徒たちは
「ってゆーか別に向こうは相手にしてないじゃん。」
とむしろ冷ややかに聞き流していたようでした。
少なくともその言葉で長高・大手に対し本気でライバル意識を燃やした生徒は皆無だったと思われます。

 ・・・という別によくはない思い出が呼び起こされてこれを打っているのですが、今更長高・大手の対抗勢力に向陵を、などと言い出すつもりではありません。
 ただこれからも向陵は、川向こうの二校の対立とそれにライバル意識を燃やす自校の教師陣を斜め45度から見続けていくんだろうな・・・と思っている向陵出身者および現向陵高校生が少なからずいることをお伝えしたかったまでです。
 「陵(みささぎ:本当は信濃川土手ではなく西山丘陵のことなのですが)に向かう」高校の生徒たちは、遠い東の対岸を望みながら厳しい校則や環境の中で教育されたせいなのか、ちょっと冷めた所があるようでした。私自身も高校時代を思い出すとこんな風に冷ややかな文章になってしまいますし・・・(苦笑)。
 教師陣が熱すぎたのかもしれませんね。
 以上、初投稿なのに長くなってしまい恐縮です。

追記:・・・と、ここでやめようとしたのですが、最後にもうひとつだけ。
ちなみに3校の受験倍率は、長高はだいたい定員割れか1.0前後で、大手と向陵は一年ごとに高倍率とそうでない年が入れ替わっていました。
「偏差値は中の上だろう」と中学生は予想するので、その結果入試の難易度は長高よりも高いのに学力的にはなめられている(という被害妄想が働く)のが向陵で、それが教師陣の悔しさの原因だったのではないかと思われます。
 もっとも近年の倍率はどうなっているかわかりませんが・・・。

グランド・ゼロ栖吉河畔からはるか信濃川を越えた向陵高をも巻き込む河岸戦争。大手と親密らしいという向陵。受験倍率も低迷しているらしい長高はいかなる打開策を!?


13:高校受験における傾向とルーズソックス論(長高卒・男性)

長高・大手・向陵の普通科3校の受験に関するネタですが、長高の受験倍率が1.0倍前後で大手と向陵の倍率が高くなる傾向があるとありましたが、これは事実ですね。
理由は簡単です。
長高を受験する自信がない生徒がいずれかへ流れるのです。

長岡学区の普通科高校は、相変わらず長高・大手・向陵の順にランク付けされています。中学生向けに配布される各公立高校の資料もこの順番になっていますし。
長岡学区から長高よりも高い進学実績を残す高校へ行こうと思えば、浦佐の国際情報高校か、新潟高校理数科(いずれも全県1区の高校)しか残らないのです。が、現実には長高にも理数科がありますので、国際情報高校しか残らない。

新潟県の公立高校受験は、1回の推薦入試と1回の一般入試でほぼ決定してしまいます。一部、定員割れの高校が二次募集をかけますが、長高・大手・向陵が二次募集を出すことはありません。

といったわけで、大学進学を考える生徒は確実に合格できる3校のいずれかに一発で合格しなければならないわけです。

一発合格するためには確実に安心して受験できる高校を選択してしまいますので、それぞれのボーダーラインにいる生徒は、1ランク落として受験することが多いのです。したがって、長高の倍率が1.0倍前後になり、大手・向陵の倍率が上がってしまうのです。

ちなみに、長高を受験する生徒で帝京や中越を併願する生徒は、私は見たことがありません。長高受験に失敗して中越の二次募集で進学した生徒は知っていますがね。

向陵が学力的に中学生になめられるのは仕方ないと思います。
先ほども書いた中学生向けの各高校に関する資料で、進学実績を見ると、向陵は大学進学率が50%ぐらいでしたので。ちなみに、長高の大学進学率は98〜100%、現役進学率は60〜80%で推移しています。

No7で制服が「どさくさに紛れて自由化になった」とありましたが、長高では、そんなことはないはずですよ。

時は’70年代、和同会(生徒会)で制服廃止宣言文が採択され、その翌年度から制服が廃止されたはずですから。
今でもちゃんとその宣言文は生徒手帳に掲示されていますよ。
それをどさくさと言われるのはちょっとどうしたものかなぁと思います。
何年だったかなぁ。確かに’70年代だったはずなんですが。

あと、逆説的に見えれば、「教師が制服廃止を提案」というのは、一方的な対抗意識にしか見えないんですけどね。

あと、過去の回想なんですが私が現役だった×年前、ルーズソックスなるものが全盛の頃ですが、うちの同期にそんなものをはいている連中は1人もいませんでした。全然似合いませんからね。私服には。
ちなみに、大手には山ほどいました。
ちょっとした自慢でしたね。これは。流行に流されない長高生!さすが「和して同せず」だ!ってね。
でも、その後ルーズソックスの長高生が出現し、幻滅しました。(爆)

なんだか、大手・向陵の生徒を挑発するようなネタになってしまいましたが・・・。(汗)

向陵勢の川を越えての空爆に、長高卒業生が反撃! ルーズソックスに関しては、イトコの女の子が高校生のとき、そのおかーさんが彼女のルーズソックスを「あったかくてバカいいてー」と履いていた思い出が……と、主宰がステキなエピソードを思い出していると、件の空爆者よりこんな投稿↓が!


14:長高の名誉と女子用スラックス(向陵卒・女性)

 長高の名誉を損なわないために付け加えさせていただくと、あちらの場合受験倍率が低迷しているわけではなく、どちらかというと受験生は安全圏を狙うので受験前にこぞってランクを落とすので中堅ランクの高校に集中してしまうのです(それで私の中学のクラスメイトは3人落ちましたが、長高は定員割れでした)。
やはり長高は一目置かれている存在なのですね。

 ついでなのでまたまたしつこく向陵ネタです(笑)。
 制服の女子高生が街中で「スラックス」を着用している姿を見たことがありますか?
制服の下にジャージをはいているとかではなく、本来スカートであるべき位置にあるものが男子のようにそのまんま「ズボン」なのを。

 実は、我が向陵には「女子用スラックス」なるものが存在するのです。

 昔から名目上着用OKだったようなのですが、それを本当に着用する女子が現われ始めたのは私の在学中の4、5年前からです。
 私も当時は驚きましたが、最初に「寒いから。」と言ってはき始めたのはクラスのリーダー格の体育会系のボーイッシュな女子たちだったのでそれほど似合わないという事もなく、表立って非難される事もなく少しづつ浸透していきました。
せいぜい教師に女子用のものに買い換えるように注意されていた程度で(最初は女子用を買うつわものなど現われなかったため販売されていなかったらしく、男子用を着用していた彼女たちはかなり憤慨していた。実際はシルエットが違う程度?)。

 が、翌年からはそれが下級生にもおおっぴらに流行り、クラスの女子の2、3割ほど(それでも結構多いですよね)がスラックス姿という状態になった時にはさすがに「何だかなあ・・・」と思いました。
それが「長岡だから」「雪国だから」で通るのがまた・・・これは絶対によそでは見たことないですよね。

 ――公立校の冬は寒い。まして制服校は衣類による体温調節が限られる。教師もうるさい。

 そんな中で最初にこれを着用し始めた彼女たちはある意味えらいとは思ったのですが、コギャル・ルーズソックス全盛期だったために年頃の彼女たちを見ていて同世代としても何か切ないものがありました・・・。

彼女たちが登下校の際もこれを着用していたのか、またこれを着用したまま長岡の街中を平然と歩いていたのかは川西地区在住だったためついにわからずじまいでした(私の周りではいなかったし、何となく訊きづらくて・・・)。

 今は長岡祭りと年末年始にしか長岡に帰れないので、これまた現状がつかめていません・・・。
 もしかしたら廃れてしまっているのかも。

たしかにスラックスのほうがルーズソックスよりバカあったかい。ただ、昭和期にはもっとフツーにいたのでございます、スラックス姿の女子中高生(きゃー、若い読者さん引かないでー)。セーラー服にソレの姿とか、よく見かけました。戦時にはまんま海兵隊に流用できるのではないかと……。


15:実のところ向陵は大手を(向陵高現役・女性)

大手と向陵は仲がいいとありましたが、去年「図書館交流」なるものがありました。
そのまんま、大手の生徒が向陵図書室に来た「らしい(笑)」です。
大手の人が書いてくれた「向陵の印象」が教室に張り出されていたのを見ただけなのですが。
とくにたいしたことは書いてなかったのですが、

「『やっぱり好きんが、向陵』――はどうかと思う」

とあったのが印象に残ってます。
↑向陵正門にでかでかと張り出されているスローガン(?)のことです。

ですが、実のところ向陵は大手をライバル視してるところがあります。
もっとも、そう見てるのは教師のみで、何かにつけて、
「大手に追いつけ、追い越せ!」と言われます。
向陵は伝統がないというのが引け目のようです。

次に、×長ネタですが、現在の×長はとっても評判悪いです(笑)。
彼は「文武両道」を目指しているらしく、生徒にいろいろと求めすぎています。
でも、これは歴代向陵高×長に共通のようです。
しかし、現×長は「向陵だ×り」なるものを一人で制作・発行しています。
読むに×えられる文章ではなく、教師陣も即ゴ×箱行きというシロモノです。
おーては遠いです(笑)。

ちなみに、向陵では
「入るのが大変で、あとは楽なのが大手、その逆が向陵」
というのが通説です。

教師陣&×長が熱すぎるため、生徒が引いてるのは今も同じです。
そんな×長は大×中との中高一貫を狙っているとかいないとか…。

川西の刺客・向陵生が自らを斬る。とくにいやらしいことが書いてあるわけではないのですが、なぜか伏せ字だらけでございます(笑)。大手に接近しながらも追い越す機会を狙っているというのがなかなか冷徹キャラですね、向陵。『やっぱり好きんが、向陵』は、敵を油断させるための脱力カモフラージュか!?


16:学校の周りにラーメン屋しかなくたって(向陵卒・男性)

つい最近まで向陵高校に在籍していた大学生です。

図書委員の交流会はありましたよ。
だってそのとき××××××××でしたもん。
大手高校の図書委員は、言っちゃ悪いような気がするんですが×××っぽい人ばっかでした。(あくまで当時の図書委員です)

向陵は本当に大手・長岡を意識してますね。
先生方もかなり対抗意識丸出しで・・・
だけどそれに向陵生がついていけていないのが実状です。
「どうせ×高になんて追いつけないんだし・・・」
「俺ら馬鹿だし、どっかの私立大には入れればいいし・・・」
なんていう生徒の意識ですから・・・
まあ、制服があるってのだけが唯一のパーソナリティーですかねぇ?

でも僕は向陵が好きですよ。
たとえ川西だろうと、街から遠かろうと、学校の周りにラーメン屋しかなくたって、学校のとなりにフランス(イタリアだったかな?)料理店があったって(客が入ってるのを見たことがない)、バス以外に交通手段がなかろうと・・・

限られた交通手段、都市からの隔絶。まるで某国のごとき自然の要塞。周りを囲むものが「山岳地帯」と「ラーメン屋」という違いはありますが……。


17:改名秘話2(大手現役・男性)

 「初めて聞いた人に『ああ第一長岡高校というのがあって、その学校よりちょっと程度の下がった学校なんだな』と思われてしまう。校名を変えよう。」

 という生徒の投書が昭和39年の学校新聞に載りました。
 これを発端に改正運動が起こりましたが、時期的に早いとされ(なぜ?教師側の怠慢?)、話が具体的になったのは昭和41年になってからでした。現・帝京が当時、『長岡女子高校』だったのに、現・大手は『県立長岡女子高校』に改名されることに内定しました。(「横浜国立大学」と「横浜市立大学」状態ですね)、ところが、生徒にアンケートをとったら反対者が賛成者の5倍以上であり(そんな結果になるような校名を誰がつけたんでしょう?)再び審議となりました。

 校名募集で『大手』『沖田』(所在地・四郎丸町字沖田による)『済美』(建学の精神、「人間としての美しい在り方・生き方を目指す」を漢字で表したもの。生徒会の名でもある)『中央』『東』『東山』にしぼられ、生徒の投票では『中央』が1位だったのに、教師とPTAの協議の結果、2位の『大手』になったそうです。

   『大手』の意味は、

 @長岡は城下町である。大手は城の正門で、正面から堂々と入っていく意である。
 A“大”とは「すぐれる、さかん」の意であり、“大手”は「大手を振って堂々と立ち向かうこと」である。
 そして、きわめつけは、
 B新幹線が通る前、大手通りは、東口側に延びて我が校の前も大手通りになるだろうという噂があったから地名にも由来する。

 って、そんな噂を信じるなよ!!

 長高と違い、職員に振り回される(?)大手のエピソードでした。
 学校新聞第209号より抜粋。

今ならひらがなで『おぉ〜て』がイチオシでしょうか。さまぁ〜ず・くりぃむしちゅ〜効果で……。


18:向陵創立当時(向陵高卒・女性)

向陵創立当時、先生方が異様なまでに長高を意識していました。
かなうわけないに決まってますよ、一期生は特に辛かったと思います。
文系・理系ごとのクラス分けは、露骨でした。番号の早い組から成績がいい訳です。
そして学年が上がるごとのクラス分けで、下のクラスに落ちることを「都落ち」と言っていました。
私は、文系の一番下のクラスでまったり高校生活をすごし、そして目的の分野の進学先は別に難しいところではなかったので上のクラスの方々のことはよく知らないです。
しかし、無理っぽい大学を受験して浪人した人数は少なくなかったとか。

そうそう、つまらないことですが、学校内の廊下の漆喰の壁は、寄りかかるとよく白い粉がつくので一部で「松の廊下」と呼ばれていました。何故、松の廊下なのかは知りません。

しかし、向陵の校長は歴代×××××なのでしょうか?初代校長は、朝礼の時間の折の話が凄まじく長く、授業時間に支障を来たすほどで、先生方も辟易していたようです。あの校長の転勤が決まって、喜んだのは生徒ばかりではないと思います。

ラーメン屋要塞の中で、長高への敵意を胸にエリート教育に燃える校長は、授業にさしつかえるほどの長バナシをしながら何をたくらんでいたのか。白い粉……。


19:長高・大手(向陵も?!)の河岸戦争に物申す!(大手卒・女性)

図書委員会交流についてですが。
この交流、誤解があるようですが、突然に向陵とだけやった訳ではありません。
高専、長高、長商、長工……など国公私立問わずに長岡市内の高校の図書委員会と毎年交流を持っています。
別に向陵と仲がいいからやった訳ではないので、注意。

本来の理由は、長岡市内の高校の中で最先端に入る部類の図書室設備を学習しに行くため……だったような気がします(笑)
当時、向陵の他に、中越(理由は向陵と同じ)と長商(司書教諭が仲良しだった?)が挙がっていました。
裏事情的には、一昨年(99年)は図書室工事のため、行われず。
あと、シュークリームありがとうございました(ペコリ)

16番の記事、×××に入るのは「オタク」と思われ。
(違ってたら、見なかったことにしてください)
漫研と文学部(しかもこの部活、長岡には少ない)がある高校と無い高校の差ですね。
図書委員をやる子は大概、このどちらかの部員が必然的に多くなります。
ただし、本にかける情熱はかなりのもの。
活動を積極的にやる委員もそういう人が多いです。
オタクだからって馬鹿にしないように。

大手の図書室について、もう一つ。
図書室の本が多いのは本当です。
これは女子高・元女子高に多い傾向なのですが、安価な文庫本を多く入れるため。
男子高・元男子高はほとんどそういった本を入れない為、全体的に量が少なめになります。(その分、高価な本を入れているんでしょうが)
ちなみに、冊数だけで言えば、長岡造形大学の図書館よりも多いらしいです。

アフガン復興会議のごとく、事後に意外な展開をみせている図書委員交流会でございます。ふるまわれたシュークリームを挟んで様々な思惑が交錯するのであった……。
……と、このまま三つ巴でゆくと思われた河岸戦争に、新局面が!


20:長高はもう(?・女性)

長高はもう完全に大手相手してないみたいですよ。
今度は情報高校。

ついに登場、第4の学校! 風の噂で聞いてはいても、どこにあるのかナニ立なのかナニ系なのか、世代的にカイモクわからない主宰なのであった。


21:確かにもう(大手高現役・男性)

確かにもうちょーこー(長高)は大手相手にしてないなあ・・・。
国際情報(KJ)はおっそろしいガッコです。友達が行ってますが。
友達からの情報によると、KJは新潟高校に敵対心持ってます、たぶん・・・。
たしか総合ではKJのほうが上だけど、英語か数学のどっちかは新潟高校のほうが上らしいです。
俺のKJの友達は1年ですが、すでに2年の教科書やってるしなー。恐いなー。
たぶん、3年入ってすぐに教科書全部終わると思うってゆってました。

略して「KJ」というんですかっ、情報高校。これはますます新機軸。円周率を3にするゆとり教育の潮流に真っ向挑むKJ、いたいけな中3生が聞かされたその驚愕の実態は……↓


22:高校説明会(長岡高卒・男性)

私は長岡高校出身ですが、中学3年生の時に高校説明会なるものがあり、そこで国際情報の先生も来ていました。
そこで説明していったのが以下のとうりだったと記憶しております。

・自主学習は1日4時間はしなければならない。
・毎朝小テストを行う。
・部活動は週3日。
・宿題の量が半端じゃなく多い。
・高校3年間はつらいが、その時身につけた知識は将来役立つ。
など。

 これを聞いたとき、自分には絶対無理だと確信し、長岡高校にしました。案の定私と同じようなちゃらんぽらんなやつはほとんど受験せず、ほとんどが見るからに勉強好きの優等生が志願していたようでした。はっきり言って勉強以外のことはほとんどしない高校ですね。イヤー、長岡高校で良かった。

 これは恐ろしい勉強梁山泊。この投稿者さんもですが、河岸戦争の古豪「ちょーこー」出身者たちは、この新参者を大いに気にしているらしく……↓


23:個人的には嫌いな学校No.1(長高卒・男性)

長高OBです。ついに長高・大手の河岸戦争に「情報高校」が出てきましたね。ある意味待ちに待っていた存在です。

情報高校とは、正式には県立国際情報高校と言い、浦佐駅から徒歩20分のところにあります。全県1区の学校で、新潟県の大学進学率を上げるために10年ほど前に開設された学校です。私にしてみれば、とにかく勉強するためだけの学校という印象ですね。授業はもちろんのこと、自宅学習をどれぐらいしたのかチェックされるとかされないとか。頭でっかちのサイボーグを作っているみたいで個人的には嫌いな学校No.1です。(こんなことを言っていいのかしら・・・。)

ちなみに、現在の国際情報高校の進路指導部長(担当教員)は、長高卒の先生のはずです。長高から赴任される先生、長高に赴任される先生が結構いらっしゃるようで。その辺は県の陰謀だと思います。(笑)

国際情報高校の現役進学率は80〜90%ぐらいだったかと思います。ちなみに長高の場合は70〜80%ぐらいのはずです。その点ではかなわないかもしれませんが、勉強だけ出来ればいいというのもおかしい話ですので、長高も捨てがたいとやはり思うところです。ま、国際情報高校が出来て、特に新潟高校・長岡高校・高田高校・国際情報高校の4校が新潟県の大学進学を引っ張る存在になっているのではないかと思います。(こんなことを言うと、村上・新発田・新潟南・三条・柏崎あたりに怒られるかもしれませんが。)

 河岸戦争におけるターミネーターとなるのか、勉強サイボーグKJ。県下どこからでも受験できる県立高というのもこれまた新機軸。
 そして、そんな謎多きKJ生からついにーーー!!


24:現役情報生です。(KJ生・女性)

現役情報生です。
新潟県立国際情報高校・・・略してKJです。
雪深い大和の地にあるくせになんで国際なんだよとKJ生からも突っ込みを入れられつつ、新潟県の大学進学率を上げるべく日々学んでいます。
ひたーすら勉強勉強。
だってスローガンが『学ぶ青春いき高く』だし・・。土日も模試で夏休みは二週間、という、過酷な生活を送っています。

さて、この前、中学の時に通っていた塾に行ったときのこと、制服でうろうろしていたのですが、何か視線を感じる・・・っていうか見られてる?と見たところ、長高と思われる私服の高校生に睨まれていたのです。私、何かしたか?と思って壁を見たら『追いつけ情報追い越せ情報』の張り紙が・・・怖かったです・・・
あ、なにかこんど、長高の理数が全国で30?くらいの学校が指定を受ける強化高になったらしいです。

 土日が模試で夏休みは二週間! やはり恐ろしい勉強虎の穴! 国の強化校指定を受けてそれを迎え撃つ長高! 河岸戦争の裏でひそかに繰り広げられていたというか単に主宰がトシヨリなので知らなかったKJをめぐる越後國勉強ノ乱、今後のゆくへは如何に!<あ、老け込んじゃった。


25:長高も大手も向陵も実は(長高卒・男性)

数年前に長高を卒業した者ですが、長高は長岡では「お山の大将」であり、県内でも有数の進学校ではありますが、他県と比べると県のトップ校としては物足りないです。
まあ、一応進学校というのに大して勉強している人が居ないので、現状でも仕方ないというか寧ろよくやっている方なのかもしれません。
今はどうか知りませんが、昔は「自宅学習日」と称して、県内一休みの多い学校でした(7月と3月はかなり休みが多かった気がします)
また、友人の間で勉強の話もあまりしませんでしたし、良くも悪くもそんなに勉強勉強という雰囲気もなく、教師の方からも勉強を強制されることは殆どなかったですね。放課後によく飲食店に友達で食べに行ったり、ゲーセンやカラオケで遊んだりもしました。
ですから、長高の大学実績は急によくなったりはしないでしょう。

個人的に思う長高のよさといえば、体育学校を髣髴とさせる程、部活が盛んというか、強いことでしょう。私立のようにスポーツ推薦などないので、入学後の勧誘に始まり、殆ど勉強する時間がないのではと思うほど、練習をしている部活は多かったですね。
しかし、そんな生徒でも成績がよく学年でもトップを争うなんて人も少なくなかったです。
別に、KJを挑発するわけではないですが、これが本来あるべき姿なのではと思います。
長高卒業生で大学院に進学したり、大学入学後に活躍する人が多いのは、高校時代からそういった自主性で学べているからでは?思っています。やらされて勉強して入学してきた学生は伸びないと教授が語っていたのも聞いたこともあります。

個人的には、長高は全く違うベクトルを向いていたKJを意識はしてませんでしたし、かといって近くの大手も眼中になかったですし、新潟高校には一目置いてましたから、どこを意識することもなく、「我が道を行く」という感じだったと思います。
特に長岡市内で交流のある学校もなく、在学時に大手や向陵の生徒と話したことすらないですね。ですから、大手と向陵の事は殆ど知らず、未知の世界です。

何か今年の高校入試は、長高、大手、向陵とも倍率が例年になく高いようですが、毎年実際の受験生の質は大したことないので、寧ろもっと定員を減らして、少数精鋭にすべきだと常々思っていました。全体のレベルの底上げは必要な状況です。たまに長岡でミニスカ・ルーズソックス・茶髪でチャリを二人乗りしてる向陵生や、アホそうな長高、大手の生徒を見ると、なんだか哀しくなります。実際、東京では、お嬢様学校や進学校の生徒の身なりはきちんとしていて、まずルーズソックスなんて居ないですし、茶髪なんていうのも殆ど見たことないです。(ルーズ自体もうブームが去ったのかかなり減少していますが)そういう意味では、長高と大手が私服であるというのはいいのかもですね。制服なんてあればあったで、今の時代何故かミニスカやらルーズソックスやらで悪く作用するだけですから。あの異様さ、アホさ加減に気がつかないのも不思議なんですが(笑

 つ、ついに登場、全否定派。くしくも小泉政権が失速しつつある今、米百俵をルーツとするナガオカ教育界も迷走ムードでございます。やっぱ米は食ったほうがよかったのか???

...To Be Continued!


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